2011年04月12日

新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」(1/13)


(1)大学生活のスタート時点で大志を掲げることが大切である

 この春から新しく大学生活をはじめる新入生のみなさん、おめでとうございます。

 長く苦しかった(?)受験勉強からようやく解放され、これから4年間(+α?)の学生生活に、大きな期待を抱いていることでしょう。とはいうものの、みなさんのなかには、日本経済の現状、より具体的にいえば、失業の増加や非正規雇用の拡大、深刻な就職難などなどの問題が報じられるのにふれて、「大学を出たところできちんと就職できるのだろうか……」と、卒業後についての拭いがたい不安を抱いておられる方もいるかもしれません。しかし、とりあえずいまは、精一杯前向きに、明るく、大きな夢を描くようにしてもらいたいと思います。

 なぜなら、しっかりと夢を描くということこそが、みなさんのこれから4年間の大学生活を有意義なものとしていくうえで、必須の条件となるものにほかならないからです。

 ここで「夢」というのは、いいかえれば、目的・目標のことだと思ってください。そもそも人間は、意識的であろうが無意識的であろうが、かならず何らかの目的を描くことなしには行動しない存在なのです。したがって、ある人間がいかなるレベルの目的を描いてから行動におもむいたかということが、その人間の行動の質を決定的に左右することになります。目的・目標をしっかりと立てることの重要性がしきりに強調されるのはそのためなのです。

 このことは、とりわけ大学生活について考えるうえでは、きわめて重要な視点であるといわなければなりません。それはいったいなぜでしょうか。

 それは、大学生としてすごすこれからの4年間は、みなさんの人生のなかでも、例外的といってよいくらいに自由な時間に溢れたものであるからです。自由な時間というのは、ようするに、どのようなすごし方をしようが(どんなことをしようが、あるいは何もしなかろうが)、それはすべてみなさんの勝手であり、それがどのような結果をもたらそうとも、すべてみなさん自身の責任である! ということにほかなりません。それだけに、大学生活のスタート地点において、大きな目標を、志高く、意識的に描いておく必要があるのです。

 大学生活の問題について説いていくにあたって、ここでとくに力をこめて強調しておきたいのは、目標の大きさ、あるいは志の高さということがもつ重要性についてです。つまり、たんに明確な目標を立てればよいということではなくて、大きな目標を、志高く掲げることが何よりも重要であるのだ、ということです。

 たとえ話的に説いてみましょう。

 日本一の山である富士山に登るということを考えてみてください。富士山の頂上に到達できるのはどういう人でしょうか。足腰の強い人、登山経験の豊富な人……など、いろいろな答えが出てくるでしょうが、一番大事なのは「富士山に登る」という大きな目標を明確に立てた人だ、ということです。いくら足腰が強くても登山経験が豊富でも、「富士山に登る」という目的をもつことなしに、富士山の頂上に到達することはありえません。ましてや、そのあたりをブラブラ散歩するつもりで歩いていたら、いつのまにやら富士山の頂上についていた! などということは絶対にないのです。それだけに、富士山の頂上をきわめたいという人は、かならず「自分は富士山に登るのだ!」という目標をしっかりと描いて、そこに向かって努力を積み重ねていく必要があるのです。

 このように、人間のあらゆる行動について一般的に、ゴール地点で達成されるものの大きさを決めるのはスタート地点での目標の大きさ・志の高さにほかならない、ということがいえるのです。通常、人間は最初に立てた目標以上のことは達成できません。このことをしっかりと肝に銘じたうえで、自由な時間に溢れた大学生活のスタート地点においてこそ、大きな目標をしっかりと立てて、それを志高く掲げつづけることを願っておきたいと思います。

 さて、大学生活のスタート地点において明確な、大志レベルの目標を立てるべきだとして、では具体的にどういう中身の目標を立てればよいのでしょうか。

 このようにいうと突き放したように聞こえるかもしれませんが、それは直接的には、みなさんの勝手! ということになります。みなさんの人生はほかならぬみなさん自身のものなのですから、どういう目標を立てようと(あるいは立てなかろうと)、それがもたらすところの結果は、自分自身でしっかりと責任を取ればよいのだ、ということです。

 とはいえ、これはあくまでも表面的にみれば、ということでしかありません。本当は、あなた自身の人生だからといって、あなたが自分勝手にどんな目標を立ててもよい(あるいは、何の目標を立てなくてもよい)、ということはないのです。

 たしかに、自分の人生はほかならぬ自分自身のものとはいえ、他の人たちの人生から切りはなされたものとして、孤立して存在しているわけではありませんね。ようするに、自分がどのような目標を立てて人生を歩んでいくかということは、良かれ悪しかれ、多かれ少なかれ、他人の人生に影響をあたえずにはおかないのです。逆に、自分の人生が、良かれ悪しかれ、多かれ少なかれ、他の人たちの人生から影響を受けていることもまたたしかなことでしょう。

 これがどういうことなのか、もっと大きな視点から端的にまとめていうならば、人間は社会のなかでしか生きていくことのできない存在である、ということになります。もう少し難しくいうならば、「人間たちは相互にはたらきかけており、精神的・肉体的な活動を相互に交換し合い、相互につくり合うという相互浸透の中で生産を行い生活をいとなんでいる」(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』講談社現代新書、p.165)ということができるわけです。

 このように、自分の人生と他人の人生とはしっかりと絡み合っています。そうであるからこそ、自分がどのような人生を歩んでいくべきかという問題についてまともに考えていくためには、みずからの人生を社会的な関係のなかでしっかりと位置づけてとらえておくことが、必須の大前提となります。

 大学生活のスタート地点においては、以上のことをしっかりとふまえたうえで、自分は社会のなかでどのような役割を担って生きていきたいのか、そのためにこの4年間の大学生活をいかにすごすべきなのか……としっかりと考えていくことをつうじて、まともな目標を立てておくべきであるといえるでしょう。
posted by kyoto.dialectic at 05:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 弁証法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
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 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言