2011年02月05日

われわれはどのように論文を書いているか(4/12)

(4)論文は3段構成の三重構造である

 前回は論文を書く場合の流れについて説明しました。論文は必ず全体から部分へという弁証法的な流れで書いていくものであり,論文のアバウトな全体像であるアウトラインを初めにきちんと書かなければならない,ということを強調しておきました。

 では,そのアウトラインというものは具体的にはどのようなものなのでしょうか。これはすなわち,われわれの論文とはいかなる構造・いかなる形式になっているのか,ということです。論文の構成といってもいいものです。

 一見すると,われわれの論文は千差万別で,共通する構造などないように思われるかもしれません。しかし,初回で少し触れたように,われわれの論文は13回や5回で完結するものが多いのです。それはある共通した構造があるからなのです。つまり,現象は多様でも構造は同じなのです。これは建物の場合と同じです。一見するとさまざまな現象を呈している建物がありますが,基本的な構造としては縦と横の柱の組み合わせであり,その変化でしかありません。

 建物の縦と横の柱に相当するような論文における基本的な構造とはいったい何でしょうか。端的にいえば,それは3段構成の三重構造ということです。もう少し詳しくいうと,3つの段落でできているという構造が3つあるのです。

 それはどういうことでしょうか。これを理解していただくためには,具体例を示すのが一番でしょう。以下はわれわれの論文「法人税減税の必要性を問う」(2011年1月6日〜18日掲載)のアウトラインです(念のために述べておくと,このアウトラインは最初に研究会のメンバーの1人が出してきたもので,その後,メンバー間の討論によって多少の変更が加えられています)。

――――――――――――――――――――――――――
「法人税減税の必要性を問う」

序論
(1)法人税の5%減税
(2)法人税の減税は必要か

本論
1.そもそも諸外国に比べて日本の法人税は高いのか
(1)日本の法人税は諸外国に比べて高いという主張
(2)法人税には様々な減免措置がある
(3)企業の公的負担全体から考えなければならない
2.現代日本経済の問題とは何か
(1)経済の原点は限られた資源の分配である
(2)近代経済の問題は需要と供給の調整にある
(3)現代日本経済は需要の創出が課題(デフレ)である
3.法人税の減税はいかなる結果をもたらすか
(1)法人税を減税しても国際競争力は高まらない
(2)法人税を減税しなくても企業は海外に移転しない
(3)法人税を減税すればむしろ内需は縮小する

結論
(1)法人税の減税は不要である
(2)大きな視点から対象を捉えるために弁証法の学びを!
――――――――――――――――――――――――――

 見ていただければ分かるように,まずは大きく「序論」「本論」「結論」というように3つの段落に分かれています。これが大構造です。さらに本論の部分が3つの章に分かれています。これを中構造と呼んでおきましょう。そして,本論の各章がそれぞれ3つに分かれています。小構造です。

 このように,大・中・小のそれぞれの構造が,3つの部分に分かれているわけです。これを称して「3段構成の三重構造」といったわけです。なお,次回以降に詳しく説きますが,序論と結論はその機能上,二つに分けています。

 したがって,一番小さく分けると,序論で2つ,本論で3×3=9つ,結論で2つの部分に分けられるわけですから,それぞれを1回ずつの文章にまとめるとすると全部で13回となるわけです。また,序論を1回,本論を3回,結論を1回という分け方にすると,全5回の論文になるわけです。これでわれわれの論文が,13回ものや5回ものが多い理由がおわかりいただけたと思います。

 なお,以上のような論文の構成の仕方,およびアウトラインを書いてから論文を書くという方法論は,われわれの独創でも何でもなく,予備校講師・湯浅俊夫さんからわれわれが学んだものです。湯浅俊夫さんに関しては,かつて南郷継正先生が大絶賛されたことがあります。それは,朝日新聞社の月刊誌『論座』2000年7月号に載った『育児の認識学』の書評に関してでした。以下に引用します。

「『論座』7月号に載った書評は「『認識とは何か』を原点に構築された保育の理論」というタイトルで論じられているのですが,その論文が見事なまでに『論文』となっているのにびっくりさせられました。といいますのは以下のことです。
 『実は,私はかつて39歳になったころ,……ある高名な学者に論文の書きかたを教わることにしました』と連載三回目の“夢”講義に書きましたが,そのとき教わった論文の書きかたの全きそのままの書き出しで驚かされ,そして全体としての論の展開も,その内実も『お見事!』そのものであり,私はうなりっぱなしでした。
 筆者は湯浅俊夫さんといい,予備校講師とありましたが,こんな先生に教わっている生徒は幸せだろうな,としみじみ思ったことでした。
 とにかく,その論文の言葉の一つ一つに一言の反論とてなく……,あまりにもの完璧な『育児の認識学』の紹介になっていたのです。一瞬,あたかも自分がその筆者であるかのような錯覚すらおこしたものです。」(南郷継正『なんごう つぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義(1)』現代社,pp.166-167)

 南郷先生がここまで絶賛されることはあまりないのではないかと思います。単行本に収められたこの南郷先生の論文が『綜合看護』に連載されたのは2000年8月でしたが,この時以降,筆者はますます湯浅さんの方法論を熱心に学ぶようになり,論文の書き方の基本技として徹底するようになっていったのでした。

 ですから,読者のみなさんは本稿と合わせて,是非,湯浅俊夫『合格小論文の書き方』(旺文社)を読んでいただきたいものです。ゆめゆめ,単なる受験参考書だなどと馬鹿にされないことです。


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 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言
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