2010年06月27日

交響曲の歴史を社会的認識から問う(3)――交響曲の確立過程は論理的な認識の発展によってこそ支えられた

 前回みたように、「いかに生きるべきか」という大問題にかかわっての個人的な感情の表現という意味での真に交響曲らしい交響曲は、ベートーヴェンによって確立されたということができます。その画期となったのは、1804年に完成されたベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」です。

 このことは、演奏時間の面からも確認できるでしょう。初期の交響曲の演奏時間はせいぜい10分から15分ほど、ハイドンの晩年の長いものでもせいぜい25分ほどなのですが、ベートーヴェンの「英雄」交響曲は50分ほどもかかる大曲だったのです。これ以降、交響曲は通常30分〜40分かかるのがふつうになり、1時間を超えるものも珍しくなくなっていったのです。

 ちなみに、これに伴って、1人の作曲家が生涯に作曲する交響曲の数は激減していきます。「交響曲の父」ハイドンは100曲以上の交響曲を残したのですが、ベートーヴェンは9曲だけです。彼以降、一流とされる交響曲作家の中で、はっきり10曲を超える交響曲を書いた人はほとんどいません。ようするに、交響曲はいわば自らの人生をかけて創作すべき分野となったので、そう大量には作曲できなくなってしまった、というわけでしょう。

 さて、ハイドンからベートーヴェンへという交響曲の確立過程は、端的には、「いかに生きるべきか」という大問題にかかわっての個人的な諸々の感情を盛り込んでいくために演奏時間の長大化が必要とされた過程であった、とまとめることができるのですが、この確立過程を支える上で、一つの重要な条件があったことを見落としてはなりません。

 それは、長大な楽曲を支えるためにはしっかりとした骨組みがなければならない、ということです。何の脈絡もなくダラダラと音楽が続いていくといったことでは、規模の拡大は不可能だからです。ようするに、もともと交響曲はしっかりとした骨組みをもった楽曲として創出されていたからこそ、このような規模の拡大が可能だったのだ、ということがいえるわけです。

 
 では、そもそも交響曲とはいかなる骨組みをもったものだったのでしょうか。

 核心となるのは、ソナタ形式です。交響曲の第1楽章および第4楽章は、たいていソナタ形式と呼ばれるきわめて論理的な構成がとられているのです。

 このソナタ形式とは、大きくいえば、提示部・展開部・再現部の3つの部分からなるものです(提示部の前に序奏が、再現部のあとにコーダがおかれることもあります)。

 提示部というのは、対照的な性格をもった2つの主題が提示される部分です。たいていは、力強く激しい第1主題と穏やかな第2主題という対照です。展開部では、この2つの主題がそれぞれ分解されたり複雑に組み合わされたりして、大きく発展させられていきます。そして、このような展開の過程をふまえたうえで、再現部では2つの主題がより調和的な形で再現されるのです。

 このように、ソナタ形式というのは、あたかも、討論において2つの異なる意見がたたかわされることによってより高いレベルで見解の一致が見出される過程を音楽にしたような、まさに弁証法の音楽化といってもよいものです。対立物が相互に浸透し合いながらひとつの新しいものが生成していく過程を音楽にしたもの、ひとことでいえば「対立から調和へ」という筋に貫かれているのがソナタ形式だ、といってよいでしょう。

 このソナタ形式は、ハイドンやモーツァルト(1756〜1791)においては、まだ、教養ある貴族どうしの知的なおしゃべり、といった趣なのですが、ベートーヴェンにおいては、大衆を前にして大きな身振りを交えつつ激しく煽るように演説することで意見をぶつけあう、というような趣になってきます。

 さて、交響曲の構造について、さらに重要なのは、この「対立から調和へ」という過程が、ベートーヴェンによって、たんに1つの楽章の内部だけでなく、4つの楽章からなる交響曲の全体を貫くものとして、明確に位置づけられるようになったのだということです。4つの楽章をつうじてひとつの物語の展開を流れとして感じさせるように、楽章どうしに緊密なつながりをもたせるような工夫がなされるようになっていったのです。

 とくに、ベートーヴェンは「苦悩を克服して歓喜へ」という図式を、交響曲の基本的な型のひとつとして打ち立てました。それが端的にあらわれているのが、日本では「運命」のタイトルでよく知られている交響曲第5番ハ短調作品67です。

 これは、暗く闘争的な第1楽章のあと、ホッと一息つくような第2楽章をへて、第3楽章で再び暗雲が垂れ込め、第4楽章にいたってその暗雲を吹き飛ばして勝利の凱歌を高らかに歌い上げる、といったように、非常にわかりやすい構成となっています。しかも、第1楽章がその冒頭に登場する有名な「運命の動機」によって緊密に組み上げられているばかりでなく、この「運命の動機」が他の楽章にも登場することで、全曲の統一感を高めているのです。

 この交響曲は、後世の交響曲作曲家に大きな影響を与え、19世紀には、この「暗から明へ」という図式にのっとった交響曲が数多く作曲されていくことになりました。
 

 以上でみてきたように、交響曲とは、「いかに生きるべきか」という大問題から生じる個人の諸々の複雑な感情を、きわめて論理的な構成によって、いわば論文のように纏め上げたものなのだ、ということができます。

 ここから分かるのは、交響曲の創出の背景にある社会的認識の発展とは、社会のあり方の変化に伴う個人的な感情の発展にくわえて、対象を論理的に把握する能力の向上をもふくむのではないか、ということです。

 実は、社会のあり方の変化に伴う社会的認識の変化ということでいえば、変化の激しい近代社会になるにつれて、その変化を論理的に把握する能力(千差万別に見える諸々の現象の背後に共通する構造を見抜く力)もまた創出されていったのだ、ということができるのです。これがやがて、ドイツにおいて、カント(1724〜1804)やヘーゲル(1770〜1831)の哲学として花開くことになっていきました。

 とりわけ、ヘーゲルは、この世界全体を、絶対精神というひとつのものが多様に分化しながら発展していく過程において捉えました。このように、多様なものを統一的に把握する論理的な能力の発展こそが、交響曲という多様な要素を内包しつつも統一感のある表現形式の創出を可能にしたのだということができるのではないでしょうか。

 ちなみに、世界全体を論理的に把握する哲学体系を確立したヘーゲルと、論理的な構築物としての交響曲を確立したベートーヴェンとは、同じ1770年に同じドイツに生まれています。このことは、人類の社会的認識の歴史における発展の必然的な流れというものを感じさせる、非常に興味深い事実です。
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 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言