2017年09月05日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(1/10)

目次
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)カント『純粋理性批判』経験の類推
(3)カント『純粋理性批判』経験の類推
(4)カント『純粋理性批判』経験の類推
(5)カント『純粋理性批判』経験の類推
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:経験の類推・実体の常住不変性の原則とは何か。
(8)論点2:因果律に従う時間継起の原則とは何か。
(9)論点3:相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則とは何か。
(10)参加者の感想の紹介

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、今年および来年の2年間を費やして、カント『純粋理性批判』に取り組んでいくことにしています。これは、哲学の発展の歴史を、絶対精神という一つの主体の発展として描いたヘーゲル『哲学史』の学び(2015-2016年)を踏まえつつ、客観(世界)と主観(自己)との関係という問題について徹底的に突き詰めて考え抜いたカント『純粋理性批判』の学び(2017-2018年)を媒介にすることによって、全世界の論理的体系的把握を試みたヘーゲル『エンチュクロペディー』の学び(2019-2020年)に進んでいこうという計画に基づいたものです。

 8月例会では、『純粋理性批判』の先験的論理学の内、その「第一部 先験的分析論」「第二篇 原則の分析論」の途中を扱いました。具体的には、「第三節 純粋悟性のすべての総合的原則の体系的表示」の中の「3 経験の類推」です。

 今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介します。その後、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、次いで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を掲載します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにします。

 なお、この研究会では、篠田英雄訳の岩波文庫版を基本にしつつ、他の翻訳やドイツ語原文を適宜参照するようにしています(引用文のページ数は、特に断りがない限り、岩波文庫版のものです)。

カント『純粋理性批判』経験の類推
【1】経験の類推・実体の常住不変性の原則とは何か?
 カントは、経験の類推の原理が、「経験は知覚の必然的結合の表象によってのみ可能である」というものであると述べている。経験においては、多様なものの現実的存在における関係は、時間において客観的に存在するものとして表象されねばならないが、時間における客観の存在は、ア・プリオリに結合するところの概念(時間一般における)によってのみ必然的に規定されうる、故に経験は知覚の必然的結合の表象によってのみ可能である、というのである。

 またカントは、第一の類推として、実体の常住不変性の原則を挙げ、これは「現象がどんなに変易しようとも実体は常住不変であり自然における実体の量は増えもしなければ減りもしない」というものだと述べている。すべて現象は時間において存在するのであり、時間一般を表すところの基体によって知覚される(時間そのものは知覚され得ない)のであるが、その基体とは常住不変な実体のことであり、現実的存在に属する一切のものは、それぞれの実体の規定としてのみ考えられるから、実体は現象の現実的存在において変易することがなく、故に自然における実体の量は、増すことも減ることもあり得ないというのである。

<報告者コメント>
 カントは「時間における関係は、同時性と継時性の2つだけである」(p.259)と述べている。第1の類推である「実体の常住不変性の原則」においてカントは、時間を表現する基準である常住不変なものとしての実体を説明し、それを基にして、第2、第3の原則では、時間の「継時性」と「同時性」の原則に関して説いていくことになるということであろう。

 ここでは、カントのいう「実体」とはどのようなものか、よく検討してみる必要があろう。純粋悟性概念の1つとして、カントは「実体」というカテゴリーを挙げているが、ここでの「実体」はカテゴリーとしての「実体」を意味しているのか、別の内容を表しているのか。ここでの「実体」は物自体の範疇に入るものか、現象の範疇に入るものか。「現象の現実的存在」という表現も使われているが、これとここでの「実体」という表現とは同じことなのか違うのか、違うとするとどう違うのか。

【2】因果律に従う時間的継起の原則とは何か?
 続いてカントは、第二の類推として、「一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する」という因果律に従う時間継起の原則を挙げている。これは、原因と結果というカテゴリーを現象に適用することによって、現象の変化を認識できるし、現象自体も変化するのだ、ということである。

 ここでカントは、ヒュームの因果律批判に反駁している。つまり、原因や結果という概念は、確かに経験から導き出されるものではないが、かといって客観的な対象にこうした必然的な因果関係がないということにもならない、それは原因や結果という純粋悟性概念によって認識が成立すると同時に、客観的な対象の因果関係も成立するからだ、というのである。

<報告者コメント>
 カントはこの部分で、「対象が、我々の直観能力の性質に従って規定される」(p.33)という、形而上学におけるコペルニクス的転換を実証している。我々の認識が対象によって規定されるのではなくて、その逆だという発想を展開することで、ヒュームが乗り越えられなかった問題、すなわち因果律の客観的な必然性はどこにあるのかという問題を解決した(つもりになっている)。

 しかし、こうした考え方の結果、現象と物自体とを完全に分けてしまい、物自体は捉えようのないものだとする「物自体論」に陥ってしまったのである。唯物論の立場からすれば、物自体には性質があり、それを認識できるかどうかは物の性質とは関係がない。カントは、客観と主観との一致という問題を、客観を現象に限定することで解決しようとしたが、では現象の背後にある物自体とはどのようなものかという新たな問題を残してしまったのである。

【3】相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則とは何か?
 最後にカントは、第三の類推として、「およそ一切の実体は空間において同時的に存在するものとして知覚される限り完全な相互作用をなしている」という相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則を挙げている。2つの物が同時的に存在する(相互的に継起し得る)ということを知覚する根拠は客観に存在するというためには、相互性の関係、あるいは相互作用の関係というカテゴリーを必要とし、このカテゴリーを前提としてのみ、2つの物の同時的存在が認識され、また経験の対象を可能ならしめる、ということである。

<報告者コメント>
 ここでもカントは、2つ以上の物が同一の時間に存在することを、相互性の関係というカテゴリーによって認識するのだと説明している。これも「対象が、我々の直観能力の性質に従って規定される」ということの1つの実例であろう。

 唯物論の立場からすれば、人間の認識の能動性を取り上げ、その性質を明らかにしたという意味では、一定の評価ができるものの、やはり考え方が転倒しているといわざるを得ない。2つ以上の物が同時に存在するかどうかは、認識(の能動性)如何に関わりなく、客観的に規定されている事実である。認識が成立して初めて対象が成立するのではなくて、対象の成立が認識の成立の条件である、と考えるのが唯物論的な認識論の土台である。


 このレジュメに対して、いくつかの指摘がありました。1つは、第三の内容の報告者コメントに関するものです。「唯物論の立場からすれば」ということで書かれているものの、これだけでは「唯物論ではこう考えます」というだけであり、カントは納得しないだろうということでした。これについてはレジュメ報告者も納得していました。

 もう1つは、第二の内容に関するものです。「一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する」ということが「原因と結果というカテゴリーを現象に適用することによって、現象の変化を認識できるし、現象自体も変化するのだ、ということである」と言い換えられているが、果てしてこれでよいのかということをチューターが指摘しました。もう少し具体的に言うと、前者は客観的な世界について述べていて、主観のことには何も触れていないのに、それを言い換えた後者では「現象の変化を認識できるし・・・」と主観のことを書いていることに違和感を覚えるということでした。しかし、これは今回の例会で議論したい点として挙げていたことでもあったので、詳しくは論点の議論の中で扱うことになりました。
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 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
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 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言