2017年08月10日

2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2(3/10)

(3)カント『純粋理性批判』原則の分析論 第1章(承前)〜第2章第1節

 前回は,『純粋理性批判』の原則の分析論の緒言と第1章の前半部分の要約を紹介しました。そこでは,判断力とは規則のもとに包摂する能力であること,カテゴリーを,それとは異種的な現象に適用することを可能にする第三のものが図式であること,悟性が図式を取り扱う仕方を図式論と命名したこと,などが説かれていました。

 今回は,『純粋理性批判』の原則の分析論の第1章の後半部分と第2章第1節の要約を掲載します。ここでは,先験的図式がカテゴリーの順序に従って説明され,一切の分析的判断の最高原則について説かれていきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

第1章 純粋悟性概念の図式論について(承前)

 純粋悟性概念一般の先験的図式をカテゴリーの順序に従い,またカテゴリーに関連して説明していこう。
 およそ外感に対する量の純粋な形像は空間である。しかし感性一般に対する一切の対象の純粋な形像は時間である。ところで悟性の概念としての量の純粋な図式は数である。数は一を一に順次加算することを含む表象であるから,同種な直観における多様なもの一般の総合的統一にほかならない。つまり私はこうした総合的統一において,時間そのものを直観の覚知において産出するのである。
 実在性は,純粋悟性概念において感覚一般に対応するところのものであるから,そのものの概念自体が時間における存在を示している。また否定は概念に対応するものの時間における非存在を表わすものである。実在と否定との対立は,同一の時間が充実しているのと空虚であるのとの相違ということになる。時間は直観の形式であり,現象としての対象の形式にほかならないから,対象において感覚に対応するものは物自体としての一切の対象という先験的質料である。およそ感覚は度あるいは量を有し,感覚はこれによって同一の時間を,換言すればある対象に関する同一の表象を含むところの内感を,無に至って消滅するまで,あるいは多くあるいは少なく様々な度合で充たすことができるから,ここには実在から否定への移行がある。この移行は,実在するいかなるものをもひとつの量として現わすのである。
 実体の図式は,時間における実在的なものの常住不変性である。換言すれば,経験的な時間規定一般の基体としての実在的なものの表象である。それだから他の一切のものは変化しても,この基体は常住的である。
 一般にあるものの原因と原因性との図式は,実在的なもの――換言すれば,このものが任意に設定されると,何か他のあるものが必ずこれに随起するような実在的なものである。だからこの図式の本質は,多様なものが規則に従って継起する限りにおいて,多様なもののこうした継起にある。
 相互性(相互作用)の図式――換言すれば,実体がその付随性に関して相互に作用しあう相互的原因性の図式は,一方の実体の規定と他方の実体の規定との同時的存在――しかも普遍的規則に従う同時的存在である。
 可能性の図式は,種々な表象の総合と,時間一般の諸条件との合致である。それだからこの図式は,何らかの時点における物の表象の規定である。
 現実性の図式は,ある一定の時間における現実的存在である。
 必然性の図式は,あらゆる時点における対象の現実的存在である。
 上述したところから,次のことが明らかになる。カテゴリーの図式は,いずれも時間規定を含みかつこれを表示している。すなわち分量の図式としては,対象の継起的覚知における時間の産出(総合)を,性質の図式としては感覚(知覚)と時間表象との総合,あるいは感覚による時間の充填を,関係の図式としては,あらゆる時間における近く相互の関係を,様態と様態のカテゴリーの図式としては,ある対象が時間に属するかどうか,また属するとすればどのようにして時間に属するかという規定の相関者としての時間を,それぞれに含み表示するのである。それだから図式はいずれも,規則に従うア・プリオリな時間規定にほかならない。そしてこの時間規定は,カテゴリー表の順序に従い,一切の可能的対象に関して時間系列,時間内容,時間秩序および時間総括に関係するのである。
 悟性の図式論が構想力の先験的総合によって達し得たところのものは,内感における直観に含まれている多様なものの統一であり,従ってまた間接的には内感(受容性)に対応する機能としての統覚の統一にほかならない。純粋悟性概念の図式は,それぞれの純粋悟性概念に対象との関係を与え意義を与えるところの,真正でかつ唯一の条件である。してみると,カテゴリーは結局,可能的な経験的使用以外には使用されないことになる。
 我々のあらゆる認識は,一切の可能的経験の全体のうちにある。そしてあらゆる個々の認識がこの可能的経験全体と関係するところに,先験的真理が成立する。こうした先験的意味における真理は,一切の経験的真理よりも前にあって,これを可能ならしめるのである。
 感性における図式の本務は,カテゴリーを実在化するにあるとはいえ,これらの図式はまたカテゴリーそのものに制限を加える。換言すれば,カテゴリーを悟性のほかにある(感性に存する)条件だけに制限するということである。それだから図式は本来は現象にほかならない。
 図式を欠くカテゴリーは,悟性の単なる機能――換言すれば,概念を産出する単なる機能にすぎないのであって,対象を表示するものではない。このようにカテゴリーに与えられるところの意義は,悟性を実在化する(図式によって悟性を経験的実在に関係させる)と同時に,これに制限を加える(経験的実在だけに制限する)ところの完成に由来するのである。


判断力の先験的理説(あるいは原則の分析論)

第2章 純粋悟性の全ての原則の体系

 悟性が実際にア・プリオリに形成するところの判断を,体系的に結合するためには,カテゴリー表が自然で確実な手引きになる。
 ア・プリオリな原則が原則という名をもつのは,これらの原則が他の判断の根拠を含んでいるという理由からばかりでなく,原則自身が最も高く最も一般的な認識に基づいているからである。しかしこうした特性をもつからといってこれら原則の証明を省略してよいものではない。
 我々は当面の研究をカテゴリーに関係する原則だけに限るが,ここでまた分析的判断の原則にも言及しなければならず,しかもこれを総合的判断の原則と対立させる。この対立こそ,綜合的判断の理論を一切の誤解から免れさせ,この判断の特異な本質を明確に示すものだからである。

純粋悟性の原則の体系

第1節 一切の分析的判断の最高原則について

 「いかなる物にも,この物と矛盾する述語を付すことはできない」という命題は,矛盾律と呼ばれて一切の真理の一般的な――たとえ消極的なものにすぎないにせよ――標徴である。しかしこの命題は一般論理学のみに属する。この命題は認識の内容に関わりなく,ただ認識一般としての認識にだけ妥当し,矛盾はおよそ認識を滅却するものである,と言明するにとどまるからである。
 ところがこの矛盾律は,積極的にも使用され得る。換言すれば,虚偽や誤謬(矛盾にもとづく誤謬)を追放するだけでなく,真理を認識するためにも使用できるのである。もし判断が分析的判断であれば,その判断が否定的であるにせよあるいは肯定的であるにせよ,こうした判断の真実は,常に矛盾律にしたがって十分に認識され得るからである。
 それだから我々は矛盾律を,あらゆる分析的認識の必然的でかつ十分な原理と見なさなければならない。しかし総合的認識の真理に関しては,この原則からいささかも解明を期待し得ない。

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 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言