2017年08月06日

改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う(4/5)

(4)心理療法は社会的認識を創り出す

 前回は,前稿「改訂版 心理療法における外在化の意義を問う」に欠けたるものとして指摘された観念的二重化の視点から,外在化の意義を考察しました。外在化とは観念的二重化でもあるがゆえに,心に問題をかかえ,観念的二重化の能力が衰えたり歪んだりしているクライエントにとっては,セラピストと共同して心の問題を外在化することは,観念的二重化の能力の回復を促進することになる,ということでした。

 今回は,前稿に欠けていた社会的認識という観点から,心理療法における外在化の意義をとらえ返していきたいと思います。

 まず,そもそも社会的認識とは何でしょうか。それは,ある社会に属している人間がおよそ共通してもっている認識のことです。これは,本人はあまり自覚することはできませんが,本人を規定する大きな力となって本人を支配することになります。

 もう少し詳しく,基本的なところから説いておきます。

 そもそも「社会的」というのは「多数個人の協働」(マルクス)のことであり,したがって社会的認識とは多数個人の協働によって創られた認識,すなわち,自分一人だけでなく他の人(達)と一緒に創り上げた認識のことです。また,社会とは,多数個人の協働によって結びついた諸々の小社会の重層的かつ過程的な複合体であり,その最大の単位が国家という枠組みをもつ社会である,ということができます。

 たとえば,日本社会と欧米社会を比較してみましょう。我々日本人は家の中では靴を脱ぎます。これは,「家の中では靴を履いてはいけない」というような規範が,我々日本人の中には共通して存在しているからです。ところが,欧米ではそうではありません。欧米ではたいてい家の中で靴を履いています。これはあえていえば,「家の中でも靴を履くものだ」というような規範が,欧米人の頭の中に存在しているからです。こういった規範は,その社会の成員が創り上げ,それぞれが共通してもっている認識ですから,社会的認識の一種であるといえます。ですから,本人はその社会的認識の存在をあまり自覚できませんが,強力にその人の行動を規制しているのです。日本人であれば,他人の家に上がるときに,ほぼ自動的・無意識的に靴を脱ぐはずです。外国人が靴のまま上がったとすると,「ええ! なぜ?」と慌ててしまいかねません。この例で,社会的認識の威力をなんとなくであっても分かっていただけたかと思います。

 このような社会的認識は,先にも触れたように,その創出過程に着目するならば,2人以上の人間で創ったものであるということができます。2人で交わす約束も,その意味では社会的認識であるといえます。そして,自分ひとりだけで「○○をする」と決心した場合よりも,誰かとの約束として「○○をする」と決めた場合のほうが,自分を規定する力がより強いということは,経験上誰もが分かっていることでしょう。

 さて,以上を踏まえて心理療法における外在化の意義を,社会的認識の観点から考察したいと思います。前稿では,外在化とは何かを説明する流れの中で,外在化することによってセラピストと当事者の関係性も変化するとして,次のように説きました。

「もともと心理療法においては,援助するセラピストと援助される当事者という二者の関係性(セラピスト⇔当事者)が基本です。ところが心の問題を外在化することによって,セラピストが当事者とチームを組んで問題にあたる,というような三者関係(セラピスト・当事者⇒問題)に発展するのです。媒介関係の発展によって,当事者は援助される対象であると同時に援助する主体でもあるという矛盾した構造が創出され,それに伴って,セラピストと当事者は共同して問題に対処するという調和的な関係が構築されるわけです。認知行動療法においては,このような「自助の精神」や共同的な関係性が重視されています。」


 ここで説いたように,心の問題を外在化することによって,セラピストと当事者が共同して,1つの問題に対応するというような関係性が生まれるわけです。そうすると,1つの問題をめぐって,双方がさまざまなコミュニケーションをとり,問題点を明確化し,解決法を模索したり,解決策を試したりする中で,つまり問題と取り組んでいく中で,両者に共通の認識が芽ばえていくことになります。これが社会的認識として,強力な治療促進的な効果を発揮することになるのです。

 それでは治療促進的な効果とは具体的にはどのようなものでしょうか。2つ3つ,例を挙げたいと思います。

 まずは,外在化をセラピストと当事者が共同して行うということ自体に意義があります。こうすることによって,当事者が自分自身を第三者の視点から客観的に眺める観念的二重化という認識の運動も,スムーズに行うことができるようになります。当事者本人だけではなかなか気づけないような自分の認知や行動の特徴も,セラピストと共同で探っていくことによって,気づきやすくなります。また,一人で行う場合に比べて,強烈でしっかりした像として描かれるので,急激なる量質転化が起こり,治療が効率的に進展するということができます。要するに,心理療法場面という社会的な場で,社会的な認識の力を借りながら共同して外在化を行うことによって,心の問題から距離をとって冷静になれたり,心の問題の対処可能性が増したり,あるいは,観念的二重化の能力を鍛えたりするということが,より容易にできるようになるのです。

 これが,認知行動療法はうつ病に効果あるとされているものの,うつ病の人が1人でセルフヘルプ本を頼りに認知行動療法をやろうとしても,なかなか成功しない理由でもあります。1人で本を頼りにやろうとしても,そこには共同作業で創り上げた強力な社会的認識を欠いていますので,今説いたような治療促進的な効果が見込めず,なかなか奏効しないということになってしまうのです。

 また,統合失調症患者の場合は,セラピストと当事者が共同して,社会的に外在化=観念的二重化を行うということは,歪んでしまっている観念的二重化の能力を矯正する意味合いも出てきます。統合失調症の幻聴や妄想というのは,現実から乖離して自分勝手に二重化した状態が慢性化しているということですから,他者にも受けいれられる,他者と共通性のある観念的二重化を外在化によって促進するならば,自分勝手な二重化も徐々に社会性を帯びるようになり,観念的二重化の歪みが徐々に正されていくことが期待できます。つまり,社会関係の中であるべき観念的二重化をくり返し実践することによって,社会適応力を回復させていくことにつながっていくのです。

 もう1ついえることは,べてるの家のような小社会で社会的認識を創った場合,その認識がよい意味での「風」(ふう)となって,強力な威力を発揮するということです。べてるの家では,当事者研究においてもSSTのセッションにおいても,さらに日常生活場面においても,心の問題を外在化して,それに対する対処法を考案し試してみるというのは,1つの文化と呼べるほどにまで成熟しています。こうなると,新しくべてるの家のメンバーになった当事者は,この文化と呼べるレベルの社会的認識に強い影響を受け(相互浸透し),知らず知らずのうちに自分も同じように自分の問題を外在化して対処法を模索するというような,適応的なパターンが身に付いていくのです。これも社会的認識による治療促進効果といっていいでしょう。

 以上要するに,心理療法において心の問題を外在化することによって,最低でも2人,多い場合は十数人という人数が1つの問題に取り組むことになり,その結果,そこで創られる社会的認識が非常に強い威力を発揮して治療を促進しうるということを説いてきました。セラピストは,このような社会的認識の威力を自覚して,上手く利用することが求められるといえるでしょう。
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 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言