2017年08月31日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(4/5)

(4)『政治論集』を読むB――ヒュームの租税論・公信用論

 前回は、ヒューム『政治論集』のなかの3つの論説、すなわち「貨幣について」「利子について」「貿易差額について」を読みました。これらの論説は、貨幣は財貨を交換するための手段にすぎず、貨幣の動きは結局のところ、勤労の生みだす財貨の動きに規定されるのだ、という考え方(古典派経済学的な貨幣数量説)に基づいて、貨幣=金銀こそ富であり、貿易黒字によって金銀を蓄積することが国家を富裕にするのだという重商主義的な俗見を批判したものでした。しかしながら、ヒュームは、貨幣量の漸次的な増大が(すなわち貨幣量が次第に増加していく過程においては)生産活動を刺激する効果をもつことも認めていましたし、自国民と手工業の保持を目標として貿易制限を行うことは国家社会の維持発展に資するものとして肯定してもいたのでした。

 さて、今回は、「租税について」「公信用について」という2つの論説を取り上げることにしましょう。

 「租税について」では、重商主義者たちが租税に関して掲げていた「全ての新しい租税は国民のうちにそれを支払う新しい能力を創り出し、公共の負担の各々の増加は、国民の勤労に比例して増加する」という命題の妥当性が検討されています。この命題は、貧民に厳しい条件を与えれば、それだけ勤勉さが刺激されてよく働くようになるから……ということで、貧民に租税負担を課すことを合理化する理屈として主張されていたものです。ヒュームは、勤労(産業活動)を重視する自身の立場から、この命題について批判的に検討し、それが真理として通用する範囲を厳格に定めようとしたのでした。

 ヒュームの議論を少し詳しくみていくことにしましょう。

 ヒュームは、租税が貧民の勤勉さを刺激する効果をもつということ自体は、全面的に否定するわけではありません。不利な自然的条件こそが勤勉を刺激したという人類史的な事実からの類推として、人為的な不利が勤勉を刺激することがあり得るのだ、ということを認めています。

 とはいえ、ヒュームは、あまりに重い税負担は、過度の窮乏と同じく、絶望感を生み出すことによって勤労を破壊する、と釘を刺すことを忘れていません。それどころかヒュームは、現在のヨーロッパのあらゆるところで、租税がすべての技術と勤労を完全に押し潰してしまうほどに増大しているのではないか、との懸念を表明するのです。要するにヒュームは、租税について論じるにあたって、国民の勤労(産業活動)を何よりも重視する自身の見地からして、租税が産業活動を抑制しないかどうか、という点に焦点を当てているわけです。

 ヒュームが、最も望ましい税だと指摘するのは、奢侈的な消費に対する課税です。奢侈品に課税されているのであれば、人々は課税された財貨をどの程度使用するかある程度まで自由に選択することができますから、このような税の支払はある程度までは自発的なものであるとみなすことができる、というわけです。さらにヒュームは、奢侈的消費への課税について、賢明に課税されるなら自然に節制と節倹を生み出すこと、また財貨の自然価格と混同されるので消費者にはほとんど気づかれないことを、その利点として挙げています。ただし、この種の税は、徴収に高い費用がかかるという欠点があるために、財産に対する課税に頼らざるをえないことも指摘しています(*)。

 一方、ヒュームが最悪の税だとするのは、統治者が恣意的に課す税、とりわけ人頭税です。こうした税は、統治者の都合で容易く引き上げられてしまうために、勤労者にとって非常に抑圧的で耐え難いもの、端的には、勤労に対する懲罰のようなものになってしまう、とヒュームは指摘しています。また、人頭税のような逆進性の強い税は、それが不可避的にもたらす不平等によって、実際の負担よりもいっそう過酷に感じられてしまう、とも指摘しています。ここにも、勤労(産業活動)を何よりも重視するヒュームの視点が貫かれているといえます。

 さらにヒュームは、ジョン・ロックによって提唱され、重農主義者たちが受け容れるところとなった土地単一課税論に対しても批判を加えています。土地単一課税論は、商品に課された税金は、最終的には農業者(地主)に転嫁される――商人は課税分だけ値上げして商品を売るし、ギリギリの生活をしている労働者は物価の値上がり分だけ賃金を上げてもらわねば生きていけなくなるので、結局のところ、農業者(地主)が労働者の賃金や商品の値上がり分を負担しなければならなくなる――のだから、最初から土地にのみ税金を課すようにすればよい、という主張です。これは、根本的にいうならば、土地(農業)こそが価値の唯一の源泉である、という発想にもとづいたものでしたが、ヒュームはこれを、全ての者が税負担を他者に押しつけたがっているのに、ただ地主だけが他者に税負担を押しつける能力を欠いている(他者から税負担を押しつけられて大人しく黙っている)とは考えがたい、という論法で批判するのです。さらにヒュームは(1764年以降の版において)、労働者が賃金の引き上げによらず、節約と労働時間の延長によって商品価格の値上がりに対処する可能性をも指摘しています。ここには、明示されてはいないものの、勤労一般(農業労働だけでなく!)こそが価値の源泉である、という発想が暗黙のうちに前提されているのだ、といってよいかもしれません。

 さて、「公信用について」という論説は、イギリス名誉革命体制下における近代的公債制度の確立、すなわち、議会による承認と一定の財源(税収入)保障を裏づけとした公債発行が制度化されたことを歴史的な背景としたものです。この論説でヒュームは、公債は国内流通を盛んにし産業活動を促進する効果をもつ、という重商主義者たちの主張を批判的に検討しています。ヒュームは、公債には重商主義者が主張するような社会的利益をもたらす側面があることについて全面的には否定しないものの、社会的不利益の方が比較にならないくらいに大きい、という主張を展開していきます。あえて現代的な図式に当てはめて整理してみるならば、財政支出が経済の活性化に大きく貢献することを説く積極財政論者に対して、ヒュームは累積債務の膨張は持続不可能であるとして健全財政の確立を主張したのだ、ということもできます。

 ヒュームの議論をもう少し詳しくみておくことにしましょう。 

 そもそも重商主義者が公債の利益を主張したのは、公債が一種の貨幣のようなものとして金銀と同じくらい容易に時価で通用している、という事情を背景にしています。商人は、公債の保有によって商業利潤のほかに確実な利益を確保することになるために、より低い商業利潤で事業を営むことが可能になります。このため、財貨がいっそう廉価になって消費が拡大することで、一般民衆の労働が促進され、技術と産業が社会の隅々まで広がっていくのに資するに違いない、というわけです。

 しかし、ヒュームは、こうした事情はそれほど重要なものではないのに引き換え、公債に伴う不利益は国家の内的秩序に重大な悪影響を及ぼすものであることを力説していきます。ヒュームは、公債のもつ不利益として、次の5つを挙げています。

 第一は、地方の負担で首都に住む公債所有者への利払いがなされることによって富が首都へ集中させられることです。

 第二は、一種の紙幣である国債の流通増大によって物価が高騰してしまうことです。

 第三は、利払いのための増税が勤労者への負担となってしまうことです。

 第四は、外国人の公債所有によって労働力と産業活動の国外移転の可能性が生じることです。

 第五は、公債の利子収入で生活が可能になることで、怠惰な生活スタイルが蔓延してしまうことです。

 以上の5点にわたって公債の社会的不利益(国家の内的秩序への悪影響)を指摘したヒュームは、これらの損害は無視し得ないものであるものの、対外的に独立した国家――諸国家から構成される社会のなかで自立しなければならず、戦争や外交交渉において他の諸国家と対峙しなければならない政治体としての国家――に帰する損失と比べれば、取るに足りないものである、としています。つまり、国家の独立を危うくしてしまうことこそが、公債の最大の弊害であるとヒュームは主張するのです。

 ヒュームは、公債の膨張は持続不可能であり、国民が公信用を破壊してしまうか、公信用が国民を破滅させてしまうか、どちらかになるしかない、といいます。ヒュームは、公信用死滅の3つの形態として、“医者による死”“自然死”“暴力死”の3つの形態を挙げています。“医者による死”というのは、公債償還のための冒険的な試みが全機構を崩壊させるケースであり、“自然死”というのは、戦争や災害などの危機に際して国家が公債の返済を放棄してしまうケースです。これら2つのケースは、国民が公信用を破壊する(数百万人の国民の安全のために数千人の公債保有者を犠牲にする)形態であるとされています。これらに対して、“暴力死”というのは、公債の膨張による国家の弱体化が他国の侵略と征服を導いてしまうケースです。このケースは、公信用が国民を破滅させる(数千人の公債保有者の一時的な安全のために数百万人の国民が永久に犠牲にされてしまう)形態であるとされ、公債の膨張がもたらす最悪の結果だとされています。

 このように、ヒュームは、公債の膨張が社会的に大きな不利益を伴うものであり、最悪の場合は国家の破滅をもたらしてしまうことに強い警告を発したのでした。

(*)ちなみに、当時はまだ所得税なるものは成立していませんでした。個人の所得を正確に把捉してそこに課税する、というような高度な徴税技術はまだ確立していなかったのです。イギリスでは、1799年にナポレオン戦争の戦費調達のために所得税が導入されましたが、以後、導入と廃止がくりかえされ、所得への課税が定着するのは1840年代に入ってからのことです。
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2017年08月30日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(3/5)

(3)『政治論集』を読むA――ヒュームの貨幣論・利子論・貿易差額論

 前回は、ヒューム『政治論集』の最初の2つの論説、すなわち「商業について」と「奢侈について」を読みました。「商業について」は、国民の幸福と国家の強大さの両立という問題を、社会的総労働の適切な配分――農業、基本的な手工業、奢侈品の生産・流通業、および軍隊――による生産力の発展という観点から論じたものであり、生産力の発展を牽引する社会的認識のあり方――物質的・精神的により豊かな生活を送りたいという人間の諸欲求――に焦点が当てられるとともに、格差と貧困の拡大を放置することが国家を弱体化させることも指摘されていました。「奢侈について」は、奢侈あるいは機械的技術における洗練がもつ意義について、単に経済的な領域にとどまらず、国民精神のあり方全体を視野に入れて論じたものであり、勤労と機械的技術における洗練が学問・芸術の発展と相互浸透的に進行していくものであること、さらにこうした過程のなかで人間が社会的交際を通じて、人間性を高めていくことも強調されていました。

 さて、今回は、「貨幣について」「利子について」「貿易差額について」という3つの論説を取り上げることにしましょう。

 ヒュームは、「貨幣について」において、産業活動の発展のなかで貨幣がどのような役割を果たすものであるのか、論じています。ここで基調になっているのは、貨幣は単なる交換手段であり、その量の増大は物価の高騰をもたらすだけである、という主張です。これは、経済学史の用語でいえば「機械的な貨幣数量説」と呼ばれる考え方(貨幣数量は物価水準に機械的に動かすだけ、という考え方)にほかならず、貨幣=金銀こそが富であるという(貨幣量の増大を富の増大と同一視する)重商主義的な考え方に対抗して主張された、古典派経済学に特徴的な主張です。つまり、ヒュームの貨幣論は、古典派経済学の貨幣数量説を先駆的に主張するものであった、といえるわけです。

 一方でヒュームは、貨幣量の漸次的な増大が(すなわち貨幣量が次第に増加していく過程においては)、生産活動を刺激する効果をもつことをも認めています。このような考え方は、経済学史の用語では「連続的影響説」と呼ばれるもので、重商主義的な主張です。古典派経済学的な主張と重商主義的な主張を併存させている点に、ヒューム貨幣論の重要な特徴があるともいえます。

 さて、ヒュームの貨幣論をもう少し詳しくみておきましょう。

 ヒュームは、財貨の価格は貨幣の多寡に常に比例するから、一国の幸福にとって貨幣量の多寡それ自体は何ら重要でないことは明らかである、と主張します。さらに、貨幣が他国より豊富であるということは、外国人との通商において、一国民の損失となることさえありうる、と主張するのです。ヒュームは、人間に関わる事柄には諸々の要因の絶妙な噛み合わせ(happy concurrence of cause)があり、貿易の発展や富の増大を一定の限度内に押しとどめ、貿易や富の一国民による全面的独占という事態の発生を防止している、と説きます。どういうことかといえば、商業が確立された国は、貨幣の豊富による物価高騰という不利益を避けることができないのであり、その結果、全ての国外市場において、豊かな国は貧しい国よりも安く販売することが不可能となり、それ以上の富の蓄積に歯止めをかけられてしまう、ということです。

 以上は、貨幣の数量は物価水準に影響を与えるだけだ、という考え方に基づく主張ですが、一方でヒュームは、貨幣量が次第に増加していく過程においては、生産活動を刺激する効果をもつことをも説いています。ヒュームは、物価の高騰は金銀貨が増大した途端に生じるものではなく、貨幣が国内に隈なく流通し、その影響が全ての階級の人々に及ぶまでにいくらかの時間が必要であることに注意を促します。まず、ある部門で労働の対価として以前より多くの貨幣を得られるようになったとしても、貨幣量の増大の影響はまだ社会全体に行き渡っていないために、生活必需品や便益品の価格は以前と同じですから、その部門の労働者は、以前より良い飲食等ができるようになり、喜んでよりてきぱきと働くようになります。こうして、いかなる国であっても、その国へ貨幣が大量に流入しはじめると、労働と勤労(産業活動、生産意欲)は活況を呈し、商人はより積極果敢になり、手工業者はいっそう勤勉と熟練を増し、農民までもが鋤を迅速かつ慎重に動かしていくようになる、というのです。

 このようにヒュームは、流入してきた貨幣が物価を騰貴させてしまう前に個人の勤勉の度合いを高める効果をもつことを指摘したのでしたが、「貨幣について」という論説で基調になっているのは、あくまでも貨幣数量説的な主張であり、国家の富裕は貨幣が豊富になった結果である、という俗見を批判することこそがヒュームの狙いであったことは、改めて確認しておく必要があります。

 これに続く「利子について」という論説もまた、国家の富裕は貨幣が豊富になった結果である、という俗見を批判しようというものです。当時、利子が低いことは国家の繁栄の証だ、と考えられていたのですが、ヒュームはそのこと自体は認めながらも、貨幣の豊富こそが低利子率をもたらしているのだ、という通念については厳しく批判するのです。その論拠となったのも、貨幣の多寡は物価の高低に帰結するだけである、という貨幣数量説的な発想にほかなりませんでした。

 この論説で、ヒュームは、利子の高低を決める要素を3つあげています。そのうち2つは、貨幣の貸借における需給関係です。貨幣需要(大きければ利子は高く、小さければ利子は低くなる)については、商工業が未発達で土地所有者階級しかいない段階においては、土地所有者が浪費的(土地からの固定した収入を消費するだけでは大して楽しくもないので、快楽を求めずにはいられない!)であることから借り入れへの需要が大きくなるのだ、と論じています。一方、貨幣供給(需要を満たす富が小さければ利子は高く、大きければ利子は低くなる)については、商業の発展によって、まとまった貨幣額をもつ大金持ち層(monied interest)が形成されてくることが、貨幣供給量の増大につながることを指摘しています。結局、商業の発展が、貨幣需要の減少、貨幣供給の増大の両面において利子率の低下を導いていく、というのがヒュームの結論です。

 ヒュームは、貨幣の需給関係に加え、商業利潤の高低を、利子率の高低を決める第三の要素として論じています。ここでは、低利子と低利潤が相互に促進し合う関係にあることが論じられています。商人が大きな資本を蓄積すると、そのまま商業活動を継続するか、それとも商業活動から撤退して利子取得者になるか、という選択を迫られるケースが出てきます。商業活動から撤退する場合は、社会における資金供給の豊富さのために、非常に低い利子しか受け取れないでしょう。そのため、低利潤に甘んじながら商業活動を継続せざるをえない場合も多くなります。そもそも広範な商業の発展は、競争を通じて商業利潤の低下をもたらすのですが、この低利潤は、商業活動から撤退する際に、極めて低い利子を受け入れさせるように働くのです。

 以上のように、利子の高低を決める3要素について検討したヒュームは、利子率は国家の状態のバロメーターであり、低利子は国民の繁栄状態のほとんど間違いない証であると述べ、低利子は勤労の増大と国家全体に及ぶ勤労の速やかな循環とを証明するものである、と結論づけています。

 続いての論説「貿易差額について」において、ヒュームは、外国商品に税を課すなどして貿易を制限することで貨幣の国外流出を押しとどめようという重商主義の核心的な思想・政策を正面から批判しています。その根拠となるのも、貨幣は財貨を交換するための手段にすぎず、貨幣の動きは結局のところ、勤労の生みだす財貨の動きに規定されるのだ、という考え方にほかなりません。これは、自由貿易を主張する古典派経済学への道を拓くような論といえますが、注目すべきなのは、ヒュームが貿易制限を全面否定しているわけではなく、国家社会の維持発展という観点から一定の制限を課すこと自体は認めている点です。

 もう少し詳しくみておくことにしましょう。

 ヒュームは、ある国家が国民と勤労を保持するかぎり、貿易赤字が累積され続けるという結果はありえないことを一般的に証明するために、以下のような思考実験を行います。

 ある国の貨幣(金)が突然に大幅に減少したとすれば、その国の物価(金で表示された価格)は大きく低下し、輸出が著しく有利になります。その大幅な輸出超過の結果、当該国の物価が周辺諸国とだいたい同じ水準に上昇するまで、貨幣が流入してくることになります。逆に、ある国の貨幣が突然に大幅に増加したとすれば、その国の物価は大きく上昇し、輸出が不利になり、国外から低廉な製品が大量に流入してくることになります。この大幅な輸入超過により、当該国の物価が周辺諸国とだいたい同じ水準に低下するまで、貨幣が流出していくことになるわけです。これが、経済学史上におけるヒュームの不滅の貢献として有名な、金本位制の自動調節作用についての説明です。

 しかしながら、ヒュームは、外国の商品に課される全ての租税が有害あるいは無益だとみなされてはならない、とも主張しています。貿易を通じて貨幣を失ってしまうのではないか、という誤った猜疑心にもとづく関税だけが有害で無益なのだ、というわけです。ヒュームは、正当な貿易制限の事例として、国内手工業を奨励するためにドイツ製リンネル(亜麻布)へ課税することや、ラム酒の売れ行きを増大させて南部植民地を支えるためにブランデーへ課税することなどをあげています。

 ここは、ヒュームの経済思想も結局は重商主義の枠内にすぎなかった、という主張の根拠ともされる部分ですが、ヒュームにおいては、(富としての金銀量の増大ではなく!)自国民と手工業の保持ということこそが最大の政策目標であるべきだと考えられていた点にこそ注目すべきでしょう。
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2017年08月29日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(2/5)

(2)『政治論集』を読む@――ヒュームの商業論・奢侈論

 本稿は、経済学が独立した学問として確立される直前の時期に、現代的な感覚からすれば経済問題として分類されるような諸々のテーマ(貨幣、利子、貿易差額、租税、公債など)を、あくまでも政治の問題として、換言すれば、国家社会の維持発展に関わる問題として論じたヒューム『政治論集』を読んでいくことを通じて、ヒュームの経済思想が、現代経済学の混迷を打開していく上でどのようなヒントを与えてくれるものなのか、探っていくことを目的としたものです。

 今回は、『政治論集』の冒頭の論説「商業について」、および第二の論説「奢侈について」を読んでいくことにします。

 ヒュームは、「商業について」において、国家の強大さと国民の幸福は商業において不可分の関係にある(商業が発展した方が、国民は幸福になるし国家も強大になる)、という命題の妥当性を検討し、その真理性を主張しています。単純に考えれば、生活必需品の生産(農業および基本的な手工業)に携わる人々以外は、全て兵士にしてしまった方が国家が強大になるようにも思われますが、必ずしもそうではない、というのがヒュームの結論です。これは、国家社会の中身(国民生活)と容れ物(それを支えるのが軍事力)の両面に的確に目を配った論考だと評価することができます。

 もう少し詳しくその内容をみていくことにしましょう。

 ヒュームによれば、どんな国でも国民の大半は農民と手工業者に大きく二分されます。ヒュームは、農業技術の改善で、直接耕作者や彼らに必須の手工業製品を供給する人々を養う以上のモノが生産できるようになった場合、余分な人手(労働力)が、奢侈(生活洗練)に関する技術(直接の生命の維持にとって不可欠ではないが、物質的・精神的により質の高い文化的生活を営む上で求められるようになるモノを生産し流通させる技術)に従事するようになれば、国民の幸福は増大していくことになる、と主張します。

 同時にヒュームは、このことが、国家の統治者にとっても利益となることを力説します。奢侈に関する技術に従事する労働者が多ければ、国家の危急の際に彼らの多くを兵士に転換したとしても、農業者の労働から生じる剰余で彼らを維持することが容易だからです。奢侈品を生産する手工業者は、国家権力が誰からも生活必需品を奪わずに要求できるような種類の労働を蓄えることによって、国家の力を増大させる、というのです。

 ヒュームは、スパルタなど古代の国家が、国民の幸福を犠牲にして国家の強大さを追求したのは乱暴であり、事物の自然で普通の成り行き(the more natural and usual course of things)に反している、と批判しています。それでは、人間の本性に即した、事物の自然な成り行きとはどういうものなのでしょうか。

 ここでヒュームは、よりよい生活を希求する人間の諸々の欲望こそが、生産活動を発展させる原動力であることに注意を促しています。これは、生産活動を行っていく人間の認識(感情のあり方)に着目したものとして、高く評価するに値するといえます。

 ヒュームは、この世に存在するあらゆるものは労働によって取得されるとした上で、我々の情念こそが、そのような労働の唯一の原因である、と説いています。ヒュームが、そのような情念の具体例として挙げているのは、貪欲と勤労、技術と奢侈(諸感覚の満足における高度の洗練)の精神などです。人間がその生活のなかで必要とするあらゆるものは労働によって取得される、というのは、いうまでもなく、古典派経済学における労働価値説の先駆けといえるような把握です。加えてここでは、欲求・欲望満足の手段としての労働というように、認識のあり方と明確に関わらせた把握がなされていることが注目されます。

 このような情念を刺激する上で歴史的に大きな役割を果たしたものとしてヒュームが注目しているのが、外国貿易です。外国貿易は人々の欲望を掻き立てることで生産力発展の大きな誘因となった、というわけです。ヒュームによれば、外国貿易は、人々を怠惰な眠りから目覚めさせるとともに、富裕層に彼らが以前には夢想さえしなかった奢侈品を提供することによって、祖先たちが享受したよりも素晴らしい暮らし方をしたいという彼らの欲望を掻き立てたのでした。こうして、国内手工業が外国のそれと改良を競うようになり、あらゆる国産品を完成の極致にまで仕上げていくことになります。

 ヒュームは、こうした生産物の分け前に多くの人々があずかれるようにすることが国家社会の維持発展にとって有利だ、と指摘します。ヒュームによれば、市民の間の不均衡があまりに大きいことは、国家を弱体にしてしまいます。誰もが自分の労働の果実を享受し、全ての生活必需品と多くの生活便益品を保有するという平等なあり方こそが人間の本性にふさわしいものであり、それが富者の幸福を減少させる程度は、貧者の幸福を増大させる程度に比してはるかに少ないのだ、とヒュームは強調します。富が多数の人に分散されていれば、各人の肩にかかる負担は軽く感じられ、租税は誰の暮らし向きにもさほど目立った変化を生じさせないのですが、富が少数者に集中しているところでは、この少数者がすべての権力を壟断することになり、彼らは共謀して全ての負担を貧者に転嫁し、貧者をいっそう圧迫することによってあらゆる勤労をダメにしてしまう、というのです。

 以上のように、「商業について」という論説では、国民の幸福と国家の強大さの両立という問題が、社会的総労働の適切な配分――農業、基本的な手工業、奢侈品の生産・流通業、および軍隊――による生産力の発展という観点から論じられているのであり、そのなかでは、生産力の発展を牽引する社会的認識のあり方――物質的・精神的により豊かな生活を送りたいという人間の諸欲求――に焦点が当てられるとともに、格差と貧困の拡大を放置することが国家を弱体化させることも指摘されていたのでした。

 さて、よりよい生活を求める人間の諸欲求の問題は、第二の論説「奢侈(luxury)について」において、より突っ込んで検討されることになります(ちなみに、この論説のタイトルは、1760年の版より「技芸における洗練について〔Of Refinement in the Arts〕に変更されています)。この論説で、ヒュームは、あらゆる奢侈を有益とする議論、一切の奢侈を不道徳として否定する議論の双方を両極端の誤りとして排し、奢侈は度を越さない限り社会にとって好影響をもたらすことを論じています(ある命題がいかなる条件の下で真理として通用するかを問うのは、ヒュームの議論においてよくみられる思考法です)。

 ヒュームは、勤労と機械的技術の洗練は自由な学芸にも洗練をもたらすのであり、一方は、ある程度、他方を伴わなければ完成されえない、と主張します。ヒュームは、天文学を知らず、倫理学を軽視する国民において、一枚の毛織物が完全に織られるなどということは期待できない、と述べています。ヒュームによれば、時代精神は技芸のあらゆる分野に影響を及ぼすものであり、人間精神は、ひとたび怠惰の眠りから呼び覚まされ発奮させられると、四方八方に関心を伸ばしてあらゆる科学と技術に改善をもたらしていくものなのです。このように、ヒュームは、勤労と機械的技術における洗練が学問・芸術の発展と相互浸透の関係――一方の発展が他方の発展を促し、他方が完成しなければもう一方も完成しない、という関係――にあることを力説しています。さらに、ヒュームは、こうした過程のなかで、人間がより社交的になっていき、社会的交際を通じて、人間性を高めていくことも強調しています。ヒュームによれば、勤労と知識と人間性とは互いに断ちがたい鎖でつなぎ合わされているのです。

 さらにヒュームは、奢侈あるいは機械的技術における洗練が、国家統治のあり方にも好ましい影響を与えることを説いています。統治技術の発展は、統治者により洗練された支配方法を採用させるようになるし、独立心旺盛な中産階級が台頭してくることによって、国民の側からの圧政への抵抗力も強まっていく、というわけです。

 このように、「奢侈について」という論説では、奢侈あるいは機械的技術における洗練がもつ意義について、単に経済的な領域にとどまらず、国民精神のあり方全体を視野に入れて論じている点が注目されます。
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2017年08月28日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(1/5)

目次

(1)ヒューム経済思想の歴史的・現代的意義とは
(2)『政治論集』を読む@――ヒュームの商業論・奢侈論
(3)『政治論集』を読むA――ヒュームの貨幣論・利子論・貿易差額論
(4)『政治論集』を読むB――ヒュームの租税論・公信用論
(5)ヒュームは政治と経済を一体に、国家社会の維持発展という観点で論じている

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(1)ヒューム経済思想の歴史的・現代的意義とは

 今から5年前のことになりますが、2012年10月11日付『朝日新聞』の「カオスの深淵」という欄に「危機読めない経済学」と題された記事が載りました。そこには、以下のように書かれていました。

「エリザベス英女王がなにげなく口にした疑問に、英国の経済学者たちは激しく動揺した。
 2008年11月、経済学の名門ロンドン大経済政治学院(LSE)の開所式。来賓の女王が尋ねた。
「どうして、危機が起きることを誰も分からなかったのですか?」
 米証券大手リーマン・ブラザーズ破綻から始まった金融危機が深まっていた。居合わせた経済学者は、充分な返答ができなかったようだ。
 学者や実務家らが集められて討論し、手紙で女王に報告した。「金融市場や世界経済について多くの警告はありましたが、分析は個々の動きに向けられました。大きな絵を見失ったことが、ひんぱんにありました」。手紙に署名した一人、LSEのティム・ベズリー教授は言う。「誰も全体を見ていなかった」
 経済学者は政策を示すエリートだ。しかし、本当に役に立つのか。よってたかって処方箋を書くのに、なぜ景気はよくならないのだろう。」


 要するに、経済の「個々の動き」にばかり気をとられて、「大きな絵」「全体」を見失ってしまうところに、現代の経済学が経済的な諸問題をまともに解決できない根本的な原因があるのではないか、という指摘です。例えば、この記事が出た後に成立した第2次安倍政権の下では、日銀が本気になって金融緩和を継続すれば必ずデフレから脱却できる、と主張するいわゆる“リフレ派”の経済研究者が日銀副総裁になって、異次元の金融緩和が進められてきましたが、ご存知の通り、デフレ脱却というハッキリとした成果は出せないままでいます(*)。これもまた、貨幣供給量とか物価とかの「個々の動き」に囚われて、経済全体の「大きな絵」を見失ってしまった典型的な事例だといえるのではないでしょうか。

 もっと大きくいえば、現代経済学の混迷は、そもそも、効率的な資源配分の場としての市場を、社会の他の部分から切り離して究明しようとしているところに根本的な原因があるといえるかもしれません。それだけに、経済学が独立した学問として確立される直前、経済的な問題が社会の他領域との関連でどのように論じられていたのかを探究することが、現代経済学の行き詰まりを打開していく上で大きなヒントとなるのではないか、とも思われるのです。

 経済学の確立に大きな役割を果たした人物として、18世紀スコットランドの3人――ヒューム、スチュアート、スミス――を挙げることができます。このうち、ジェームズ・スチュアート(『政治経済の原理』、1767)は、通常、重商主義的な思想を集大成した人物として知られています。重商主義というのは、端的には、貿易黒字で金銀=富を蓄積することが大切だという思想のことです。金銀という具体的な形をもったもの(目で見たり手で触ったり、感性的に捉えられる物体)こそが富であるとした現象論レベルの思想であり、外国貿易を通じて資本主義的な経済が生成発展していくなかで、自然成長的に形成されてきた社会的認識だといえます。スチュアートは、そのような自然成長的な認識を整理整頓して、それなりのレベルで論理化した存在であり、学者というよりは超一流の経済評論家のような存在だったといえるでしょう。

 これに対して、アダム・スミス(『諸国民の富の本質と原因に関する研究』、1776)は、重商主義を乗り越える古典派経済学を確立した人物として知られています。古典派経済学は、端的には、労働こそが富の源泉であり、労働生産性を向上させていくことが国家の豊かさにつながるのだという考え方を基礎にしています。つまり、スミスは、直接には目で見たり手で触ったりすることができない労働というものこそが富の源泉である、としたわけです。現象論レベルから構造に一歩踏み込んで経済の本質的なところを論理的に把握しようとしたわけで、一流の哲学的認識をもった経済学者であったと評価することができるでしょう。

 それでは、スチュアートやスミスに対して、ヒューム(『政治論集』、1752)についてはどのように評価することができるのでしょうか。端的には、ヒュームは、重商主義的見解を批判的に検討することを通じて古典派経済学への道を切り開いていった存在だ、ということができます。過渡的段階に属するだけに、どちらの側面をより重視するかによって、重商主義の枠内にすぎないという評価も成り立ちますし、古典派経済学の先駆者だという評価も成り立ちうる(**)わけですが、結局のところ、ヒュームの経済思想は、どのような歴史的意義をもったものだと評価するべきなのでしょうか。また、ヒュームの経済思想は、現代経済学の混迷を打開していく上で、どのようなヒントを与えてくれるものなのでしょうか。本稿では、このような問題意識をもって、ヒューム『政治論集』を読んでいくことにします。

 それに先立って、ヒュームの学問的構想全体のなかで『政治論集』がどのように位置づけられていたのかを、簡単に確認しておくことにしましょう。

 ヒュームは処女作『人間本性論』(1739)の序論において、@論理学(人間の推理能力の原理と作用、観念の本性を究明するもの)、A道徳論(我々の趣味と感情を究明するもの)、B文芸論(道徳論と同じく、我々の趣味と感情を究明するもの)、C政治論(結合して社会を形成し、相互に依存し合うものとしての人間を考察するもの)の4部門からなる構想を示し、その基礎として人間性の原理の究明が必要であること、その方法は実験と観察でなければならないことを主張しています。『人間本性論』は、この4部門のうち論理学と道徳論に該当する内容を含むものですが、その論理学における有名な因果律批判(原因と結果とのつながりは客観的なものではなく、ある出来事の後に別の出来事が続いて起ることを何度も繰り返して経験することによって形成される主観的な信念にすぎない、という議論)は、自然科学(自然哲学)と社会科学(道徳哲学)に共通する方法論の確立を目指すものとしての意味をもっていたわけです。

 さて、本稿で取り上げる『政治論集』は、先の4部門構想のうち、政治論に相当する内容を含むものにほかなりません。1752年に出版された初版には、以下の12の論説が含まれていました(ちなみに、その後『政治論集』は増補改訂を繰り返され、新たな論説が次々と追加されていき、タイトルも『いくつかの主題についての論集』に変更されています)。

1.商業について
2.奢侈について
3.貨幣について
4.利子について
5.貿易差額について
6.勢力均衡について
7.租税について
8.公信用について
9.若干の注目に値する法慣習について
10.古代諸国民の人口稠密について
11.新教徒による王位継承について
12.完全な共和国についての設計案


 『政治論集』は、そのタイトルからしても、論文集としての体裁からしても、スチュアート『経済の原理』やスミス『国富論』に比して、政治経済論としての体系性に欠けるような印象がありますが、内容を突っ込んで検討してみれば、必ずしもそうとはいいきれません。

 『政治論集』において注目すべきは、何よりもまず、「政治論」といいながら経済的な問題を正面から取り上げた論説が大半を占めている点です。現代的な感覚からすれば経済問題として分類されるような諸々のテーマ(貨幣、利子、貿易差額、租税、公債など)が、あくまでも政治の問題として、換言すれば、国家社会の維持発展に関わる問題として、論じられているのです。これは、経済学の未確立という当時の学問的な状況を示すものではありますが、根本的にいえば、経済の政治からの未分化という社会の歴史的な発展段階の反映にほかなりません。『政治論集』で扱われているテーマ(商業、奢侈、貨幣、利子、貿易差額、租税、公信用)は、いうまでもなく、名誉革命体制下イギリスの社会状況に規定されたものであり、いわゆる重商主義的な経済思想のなかで取り上げられてきたものです。

 それでは、次回以降、『政治論集』のうち、商業、奢侈、貨幣、利子、貿易差額、租税、公信用に関わるヒュームの論考を順次取り上げながら、ヒュームの経済思想が、現代経済学の混迷を打開していく上でどのようなヒントを与えてくれるものなのか、探っていくことにしましょう。

(*)服部茂幸『偽りの経済政策――格差と停滞のアベノミクス』(岩波新書、2017)は、この経済研究者の醜態(見苦しい言い訳)を完膚なきまでに叩きのめしていて痛快である。

(**)後者の見方をとる場合、古典派経済学の確立者とされるスミスとの関係(スミスはどのような点でヒュームを発展させたのか)が問題になりうる。極端なものでは、スミス『国富論』はヒュームを超えるものではなかった、という見解も存在する。例えば、20世紀を代表する経済学者であるシュンペーターは、大著『経済分析の歴史』において、ヒュームについて以下のように述べている。

「まさにこれ〔自動調節機構についての論――引用者〕を射抜いた者のなかでももっとも傑出していたのは、カンティヨンとヒュームであった。ヒュームの論文が若干の異論を引き起こした事実は、かえって彼の功績の証となるものである。……本質的には、彼の業績は「重商主義的」遺産から誤謬の塵を払い落としたこと、およびこれらの部品一つのきちんとしたよく発達した理論に組み立てたこと、にある。そして以上がすべてである。この世紀〔18世紀――引用者〕の残りの期間には、大きな重要性を持ったものは何も付加されなかった。『国富論』においてアダム・スミスはヒュームを抜きんでることなく、むしろ彼以下に留まった。実際のところ、ヒュームの理論は、自動調節の媒介手段としての価格の運動に対する彼の過度の強調をも含めて、実質上は今世紀の二〇年代にいたるまで、少しも挑戦されるところがなかったと言っても、真理から隔たるものではない。」(シュンペーター『経済分析の歴史(上)』岩波書店、p.664)


 ここでのシュンペーターの評価は、市場の自動調節機能の把握という非常に限定された基準によるものでしかないことに注意が必要である。『国富論』は、市場の自動調節機能を主として問題としたものではなく、国家社会の全体を視野に入れて諸々の問題に筋を通して論じていることにこそ意義があるものである。スミスがヒューム以下にとどまったというのは、市場の自動調節機能の把握という「個々の動き」に囚われて、経済学の発展の「大きな絵」「全体」を捉えそこなった評価だといわざるをえない。
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2017年08月27日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(5/5)

(5)夢の解明のためには学問が必須である

 本稿は,哲学レベルで説かれている南郷継正『“夢”講義(4)』を読んで,学んだことを認めることによって,学習内容を明確にし,しっかり自分のものにしていくためにこれまで執筆してきた。ここで,これまでの内容を簡単に振り返っておきたい。

 初めに,「学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる」(p.72)と説かれている内容を取り上げた。ここではまず,哲学というのは,原点からの歴史性に学んでこそ,措定できるのであり,成立しうるものなのであるということが説かれていた。哲学の原点は,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望にあり,その原点を踏まえたうえで,古代ギリシャから自分の時代までの学問史を一身の上にくり返すことこそが,哲学へ到達可能な道なのである,ということであった。これはあらゆる学問分野に当てはまることであるが,原点からの歴史性に学ぶ必要があるのは,原点にこそ,そのものの本質が端的な形で現れているため,そのものの本質を掴みやすいからであり,この世のありとあらゆるものの発展は,段階を踏んでなされているものであり,前段階の実力をしっかりと身につけてこそ,次の段階へと発展していけるという,発展の論理構造があるからであった。これを踏まえて,本書では弁証法や認識論の歴史性についても説かれていた。認識論の歴史性に関しては,心理学誕生の謎解きがされていた。すなわち,人間において,本能以上の働きをし始めたココロが,本能レベルの安定性を求めて宗教を創造することになり,ココロの問題は,一般性をもったレベルのものであっただけに,宗教による画一的な教えによって解消されていたが,資本主義社会になるに至り,個人が主体性を帯び,ココロが特殊性や個別性を帯びるように変化したため,心理学が誕生したのだ,ということであった。

 次に,本書で説かれている弁証法の基本について取り上げた。まず,弁証法の歴史的過程については,弁証法は歴史的にはさまざまな姿形をとっているが,その実態・実体は,弁証法の原点たる古代ギリシャ時代に見るがごとく,学問(というより論理体系レベルのもの)の創出できる論理的な実力形成への歩き方の方法である,それが,時代時代によって変化・発展していき,さまざまな姿形として現象してきているだけであるという趣旨のことが説かれていた。次に,直接と直接的同一性の論理的区別を確認した。ここに関わっては,「直接に同一」と「直接的な同一の性質」とは大きく異なるのであり,これは「人間」と「人間的」の関係と同様だと説かれていたのであった。第三に,『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきについて,その意義と重大性を検討した。本書では,「この「あとがき」を読んでから弁証法の深い学習に入るばあいと,この「あとがき」を知らないで学習に入るばあいとでは,その実力のつき方が全く異なっていく」,「はっきり述べて,私はこの「あとがき」の文言がなかったならば,恩師三浦つとむの著作との精神レベルでの交流はなかった」(p.166)などと説かれていた。あとがきを読むと,三浦つとむの志の高さや気概,責任感・使命感の強さの他に,権威を恐れずにその誤りを批判して憚らない主体性が痛いほど伝わってくるのであり,これを読めばこそ「人生,意気に感ず」レベルで弁証法の学びに入っていけるのだと説いた。

 最後に,認識の成立と社会の関係を中心に検討して,認識論の理解を深めようと試みた。第3編第3章では,人間は社会からの反映でもって育ってくるのであり,私たちの認識は必ず社会を反映しているし,社会を反映した像しか原形としては存在していないと説かれていた。そして,ここでいう社会とは,生活している範囲の身近な小社会のことであるとされていた。そして,夢も認識=像であるから,社会関係の足跡の全くないものとはなれず,それだけに,夢の問題を学問レベルで説くためには,社会に関わる大勉強が要求されるのだと説かれていた。要するに,社会が違えば,それに応じて創られる認識も違ったものになるのであるから,認識のことをしっかりと理解するためには,「世界史を初めとする歴史や政治,経済などの社会に関わる大勉強」が必須だということであった。その社会は,時代性,国家性・地域性,小社会性に応じて千差万別であるから,その普遍性・特殊性・個別性をしっかりと押さえない限り,その社会的外界を反映して創られる人間の認識をしっかりと解明することはできないのだと説いておいた。さらに,認識論の基本用語ともいえる,「像」「感覚」「感情」「感性」についても,本書で説かれている内容を確認した。像とは脳の中に描かれたものであり,感覚とは実体としての感覚器官の機能(働き)であるがゆえに,感覚だけではまだ像ではない,「この感覚が脳そのものに反映されて脳の中に自身が『何か』を描く時,『何か』が描かれた時,この描かれたもの,描いたもののことを『像』という」と説かれていた。また,感情と感性については,脳の中での像が量質転化するだけではなく,感覚するということ自体が量質転化し,さらに実体である五感覚器官も量質転化していくのであり,こうして量質転化できていったあるレベルの状態を感情といい,この感情の一般的なあり方を感性という,と説かれていた。

 以上,本稿の内容を端的にまとめ直した。

 本稿の最後に,本稿で採用されている論の展開について考察しておきたい。本書では,読者からの質問に答えながら,論を展開している部分が多い。これには,どのような意義があるのであろうか。筆者は3つあると考える。

 第一に,読者からの質問に答えて,より丁寧にとき直すことによって,自身が説きたかった内容がより明確になっていく,ということが挙げられる。自分の表現した言語は,自分の認識を表現しているだけに,自分が読み返しても論の不十分な点や不明瞭な点が分かりにくい。自分の頭の中にある像でもって問いかけ的に読み返してしまうため,これで十分だと反映してしまいがちなのである。ところが,他者が自分の論理展開を読んだ場合は,そのような問いかけ像がないために,純粋に言語表現されているもののみを根拠に論の展開を追おうとする。すると,不十分な点や曖昧で不明瞭な点がよく分かるものである。その点を質問されると,分からないといっているのだから,より丁寧に説き直すことになる。それによって,自分自身もいいたかったこと,説きたかった内容が,より明瞭になっていくのである。

 第二に,自己の論理展開をくり返し原点から辿り返せるという意義がある。質問されると,少し前に説いた内容を,もう一度説くことになる。今説いていることとは相対的に独立した内容であるし,少し前の内容であるだけに,もう一度,なぜそれを問題にしたのか,それに対してどのような答えを出したのかということを説き直すことになる。本稿の連載第2回でも説いたように,このような原点からの辿り返しは,次の段階へと発展していくために必須のものである。すなわち,少し進んではまた原点に戻って,そこから説き直し,少しだけ進む,ということをくり返すことによってこそ,自らの実力が前段階をしっかりものにして,正当に発展していくことになるのである。

 第三に,読者からの質問・疑問をしっかりと読み,それに答えていくことによって,自らが行う一人きりの二人問答の実力があがっていく,その精緻化につながるといえる。これはどういうことか。そもそも一人きりの二人問答とは,自らが何らかの立論をした場合,すぐさま,それの批判者の立場に立って,自らの立論に対する疑問点を出し,論駁し,反論する,ということをくり返して行なっていくものである。この際,自分の見解に対して疑問点を出したり,反論したりということは,実際に誰かから疑問点を出されたり,反論されたりという経験を内在化していくことによって,うまくできるようになっていくものである。であるからして,実際の他者から疑問点を出してもらい,反論してもらうというようなことは,他者がいなくても,一人きりの二人問答によって自らの認識を発展させていくことができるようになる,いわば前提条件といえるのである。

 以上の3点は,われわれが研究会において議論し,討論していく際にも,常に念頭に置いて意識しておくべきことだと考えられる。すなわち,会員同士で,相手の書いた論文に対してしっかりと質問したり疑問点を出したりすることによって,問われた方は相手に分かるように,より丁寧な論理展開を試みる。それによって,自分の像がよりクリアーなものになっていく。同時に,説きたかった内容を原点から再度説き直すことによって,自分の上達に向けて,前段階の実力を常態化・常識化していくことが可能となる。さらに,他者からの疑問や反論を内在化して,事前に,他者がいなくても,一人きりの二人問答を展開することによって,より隙きのない論理展開が可能となっていき,自分の認識を発展させていくことが可能となるのである。

 このようなことを実現化していくためにも,われわれはより積極的に議論し討論していかなければならない。相手の論に疑問点をぶつけ,質問していくことは,相手の認識を発展させることにつながり,ひいては,組織全体のレベルアップに貢献することなのである。このことをしっかりと肝に銘じて,今後の研究会活動を行っていきたいと思う。

(了)
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2017年08月26日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(4/5)

(4)認識の成立と社会の関係性

 前回は,本書で説かれている弁証法の基本について検討した。特に,旧版のあとがきで説かれている内容に関して,三浦つとむの志の高さや気概,責任感・使命感の強さ,それに,外国の権威を恐れずに批判する主体性を感じるとして,これがあればこそ,三浦つとむの著作との精神レベルでの交流が可能となるのだと説いておいた。

 さて今回は,主として本書「第3編 認識の成立の過程性を説く」「第3章 認識の成立と社会の関係性を説く」で説かれている内容を紹介しながら,認識論について理解を深めていきたい。

 この章では初めに,夢と「社会とは何か」がどう関係してくるのかという読者からの質問に答える形で,人間は社会からの反映でもって育ってくるのであり,私たちの認識は必ず社会を反映しているし,社会を反映した像しか原形としては存在していないと説かれている。そしてここでいう社会とは,生活している範囲の身近な社会=小社会のことであるとして,その小社会が,家の中から,隣近所の公園まで,保育園・幼稚園,小学校,中学校,高校へとどんどんと広がっていくことによって,それを反映した社会的像がどのように生成発展していくのかが説かれている。

 ここから問題の“夢”の論点に展開して,夢は脳の中の像(の形成)が,脳によっていわば勝手気ままに作成されていくものだとした上で,次のように説かれている。

「でも,脳が勝手に(本人に無関係に)作成するとはいっても,夢として描かれるその脳の中の全ての像は,元々社会(環境)的な反映で形成されたものですから,その大本の五感覚器官を通して形成された過程が必ず残っているものです。

 ……結論としては,睡眠中のいかなる人のいかなる夢も社会(環境)なしの,つまり社会的関係の足跡の全くないものとは,絶対になれないのです。

 再度説きますが,それだけに夢の問題を学問レベルで説く(説く実力をつける)ためには,いかなる社会(環境)で育ったのか,いかなる社会(環境)を経て大人になったのか,そして現在はいかなる社会(環境)の中で生活しているのかの最低三つの社会(環境)の実際的かつ論理的合成力の修練が必要とされるのです。当然にそのためには,世界史を初めとする歴史や政治,経済などの社会に関わる大勉強の必然性が要求されることを分かることが大切なのです。念のためですが,心理療法の達人だったかのフロイトは,ここを見事になしとげていたからこその名医とされる治療を施せたのです。」(pp.115-116)


 ここでは,夢も認識=像であるから,社会関係の足跡の全くないものとはなれず,それだけに,夢の問題を学問レベルで説くためには,社会に関わる大勉強が要求されるのだと説かれている。

 ここまでで,認識に関わる非常に重要な指摘がされていると思う。人間の認識は外界の反映によって成立するということは,ずっと以前からモロモロの学者・研究者によって説かれていたと思うが,その外界は,大きく自然的外界と社会的外界に分けられるから,後者である社会的外界によって認識が創られる側面をしっかり押さえることが重要なのだということを,これほど明確に説かれたことはかつてなかったのではないか。

 要するに,社会が違えば,それに応じて創られる認識も違ったものになるのであるから,認識のことをしっかりと理解するためには,「世界史を初めとする歴史や政治,経済などの社会に関わる大勉強」が必須だということである。この問題をもう少し検討してみたい。

 単純に「社会」といっても,その中身は千差万別である。まず,時代によって社会のあり方は大きく異なる。古代であれば奴隷制は当たり前のものとして存在していたが,現代においては非人道的・非人間的なものとしてその存在は認められていない。また時代に応じて,社会の複雑さも異なる。したがって,ある人間の認識を理解するためには,その人間の属する時代をしっかり理解しなければならない。まずは時代性の把握が肝要なのである。

 次に,同じ時代でも,国家や地域によって,社会のあり方はさまざまである。同じ中世の封建制社会でも,ヨーロッパと日本とではそのあり方が違う。たとえば,ヨーロッパでは「臣下の臣下は臣下でない」という言葉が示すように,AとBが主従関係を結んでおり,BとCが主従関係を結んでいても,AとCにはその関係がないというのが普通であった。ところが,日本においては,臣下の臣下と主君の主君とは,当然に主従関係があったのである。

 最後に,同じ時代,同じ国家・地域であっても,より小さな社会環境である小社会は異なっている。同じ現代日本であっても,東京と大阪では社会的認識が違う。東京弁とか大阪弁とかいうように,同じ日本語であっても,微妙に違いがあるし,よくテレビや雑誌などで紹介されているように食文化も違う。もっと小さなレベルの小社会に着目するならば,生まれてくる家庭も人それぞれである。何人家族であるか,兄弟は何人いるのか,何人目の子どもであるか,母子家庭か否か,両親の学歴はどれほどか,両親の生まれはどこか,両親の年齢はいくつであるか,などなどに応じて,その家族=小社会のあり方は異なってくる。

 このような千差万別の社会について,その普遍性・特殊性・個別性をしっかりと押さえない限り,その社会的外界を反映して創られる人間の認識をしっかりと解明することはできないということであろう。フロイトもなしとげたという社会に関わる大勉強を,同じく心理臨床に携わっている筆者としても,しっかりと行っていかねばならないと改めて決意した。

 さて次に,認識論の理解を深めるために,像や感覚に関わる内容も確認しておく。本書では,像とは何か,感覚とは何かについて,これも読者からの質問に答える形で説かれている部分があるので引用したい。

「ここで「像」というものは,直接的には脳の中に描かれた(反映させられた)ものです。もっと説くなら,外界が感覚器官を通して脳の中に反映させられた(描くことになった)一種の“画(絵)もどき”です。

(中略)

 感覚とは,感覚器官の機能,すなわち働きそのものです。もっと理論的にいうなら,実体としての感覚器官は,感覚するという機能を直接的に持っているのです。……

 このように感覚器官はたしかにそれぞれの機能(働き)を持っていますが,これらはけっして単独で働いているものではないのです。すなわち,感覚器官は全部で一つとして機能,すなわち働いているのです。この五個の感覚器官,つまり五感覚器官の共同体的機能すなわち五感覚器官の総合一体的な働きをまとめて(統合して)「感覚」というのです。

 それだけに,感覚だけではまだまだ「像」そのものにはなりえません。この感覚が脳そのものに反映されて脳の中に自身が『何か』を描く時,『何か』が描かれた時,この描かれたもの,描いたもののことを『像』というのです。」(pp.121-122)


 ここでは,像とは脳の中に描かれたものであり,感覚とは実体としての感覚器官の機能(働き)であるがゆえに,感覚だけではまだ像ではない,「この感覚が脳そのものに反映されて脳の中に自身が『何か』を描く時,『何か』が描かれた時,この描かれたもの,描いたもののことを『像』という」と説かれている。また,感覚器官は全部で一つとして機能している点も強調されている。

 本書では,三浦つとむですら,像とは何か,感覚とは何かは説けていないとされている。確かに,像や感覚について,このような分かりやすくすっきりとした説明は,三浦つとむにもなかったと思う。筆者自身も,「感覚とは,たとえば皮膚感覚であれば皮膚のところにあるものなのか,それとも頭の中にあるものなのか」というような疑問を以前抱いていた。そのような疑問が,ここでの解説で見事に解消されたのである。

 また,感覚器官は全部で一つとして機能しているというのも大事だと思った。感覚器官を原点から辿り返すならば,当然,初めから複数の感覚器官があったわけではなく,初めは原始的な触覚的な機能があっただけだと推察される。それが,生命維持の必要性に迫られて,きちんと外界を把握することが必要となり,それに応じて感覚器官が分化していったのだと考えられるのである。このように,もともとひとつのものが5つに分化しただけなのであるから,分かれているという現象に引きずられて,バラバラなものであると考えてしまってはならないのであり,「五感覚器官の共同体的機能すなわち五感覚器官の総合一体的な働き」として,理解していく必要があるのだろう。

 最後に,感情と感性についても簡単に確認しておきたい。これらについては,以下のように説かれている。

「外界を反映し続けると,脳に描かれる像はしだいしだいに深みを帯びていきます。……

 これはただ単に脳の中での像が見事になる! というだけのことではありません。その他にも量質転化してきているものがあるはずです。

 一つは感覚そのものです。感覚するということ自体が量質転化していくのです。もう一つは,それを通して実体である五感覚器官もそれらに相応しながら発達してきているのです。なぜなら感覚だけ(機能だけ)の発達には限界があります。それだけに,感覚し続けることで働き(機能)そのものが実体そのもの(五感覚器官)をも発達させる(量質転化させる)必要があるのです。こうやって量質転化できていったあるレベルの状態を感情と称するのです。この感情の一般的なあり方を称して(論理レベルで)感性ということになるのです。」(p.124-125)


 ここでは,外界を感覚し続け反映し続けることによる量質転化について説かれている。すなわち,脳の中での像が量質転化するだけではなく,感覚するということ自体が量質転化し,さらに実体である五感覚器官も量質転化していくのであり,こうして量質転化できていったあるレベルの状態を感情といい,この感情の一般的なあり方を感性という,と説かれている。

 感情の問題は,たとえば,悲しくて仕方がないとか,自分の怒りをコントロールできないとかいった形で,筆者のような臨床心理士の仕事をしていくうえでは,避けては通れない問題である。その感情の問題を,そもそも認識とは何か,感情とは何かという本質から説ききるためには,ここで説かれているような内容をしっかりと自分のものとしていく必要があると感じた。今後とも,この問題については,ここで説かれたことをヒントにしながら考え続けていきたいと考えている。


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2017年08月25日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(3/5)

(3)『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきの意義

 前回は,『“夢”講義(4)』で説かれている「学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる」ということに関わって,なぜ原点からの歴史性に学ぶ必要があるのかの理由を考察した。原点からの歴史性に学ぶ必要があるのは,原点において,そのものの本質的なものが形成されるためであり,さらに,物事の発展は,前段階の実力の上に上書きされる形でなされていくためであった。その後,認識論の歴史性について,特に心理学誕生の謎について本書で説かれていることを確認した。

 さて今回は,本書で説かれている弁証法の基本に関わって,2,3のテーマを取り上げたい。

 まずは,前回も少し触れた弁証法の歴史的過程についてである。「弁証法なるものがどんな赤ちゃんとして誕生し,その赤ちゃんがどう幼児になり,またどう青年へと変化・発展していったのか」(p.136)を,本書の流れに沿って簡単に見ておきたい。

 はじめに,読者からの質問で出てきた「弁証法というのは,『弁論すなわち議論・討論・論争を通じて相手の論の欠陥を暴きだし,自分の論の正しさの証を立てること,すなわち,弁じて証明することだった』」という言葉を取り上げ,これはよくてプラトンの時代までのことであり,このような中身の弁証法はアリストテレス以後はほとんど顔を出さなくなっていくと説かれている。しかもこれは,弁証法といわれる現象形態でしかなく,弁証法なるものの実態や実体ではないとされている。では,その実態・実体とはなんであったのかというと,それは,学問(というより論理体系レベルのもの)の創出できる論理的な実力形成への歩き方の方法であったのだ,と説かれている。

 この古代ギリシャの弁証法は,中世において定式化,公式化されて,学問形成への問答集として大成されたが,これは大失敗であったと説かれている。というのは,答えが初めから分かっている,現代の大学入試のような問答集だったからであるとされている。当時の弁証法は,問答法としての形式を借用しただけの現象形態にすぎないものだったのである。本来はそうではなく,実態構造・過程を学ばなければならなかったのであり,討論が大切なのではなく,討論できるだけの実力が大事なのであると説かれている。

 学問を創出する実力養成のための弁証法(弁証の方法)は中世以降,堕落させられていたが,やがてその実力の実態を学んで自分の学問力にしたのが大哲学者カントであり,いわゆる「二律背反」の措定がそうであると説かれている。ヘーゲルはこのカントの「二律背反」の構造にしっかりと学んで,本物の弁証法を理論的に駆使できる実力をつけていき,このヘーゲルの学問的実力の中身を,弁証法を駆使しての実力であるとみごとに見抜いたエンゲルスが,この過程を一般化して,「弁証法とは,自然,人間社会,および思惟の一般的な運動=発展法則にかんする科学」であるとしたのである,ということである。最後に,このような弁証法の歴史的な過程性=発展的構造論を実力化してきたからこそ,「いのちの歴史」を措定できたのだ,と説かれている。

 ここで説かれていることをごくシンプルにいってしまうと,弁証法は歴史的にはさまざまな姿形をとっているが,その実態・実体は,弁証法の原点たる古代ギリシャ時代に見るがごとく,学問(というより論理体系レベルのもの)の創出できる論理的な実力形成への歩き方の方法である,ということであろう。それが,時代時代によって変化・発展していき,さまざまな姿形として現象してきている,ということであろう。古代ギリシャで誕生した学問を創出する実力を養成するための弁証法という本質的な部分が,それ以後の弁証法にも貫かれているのであり,この本質的な部分をしっかりと理解しながら弁証法の歴史を辿り返していくことこそが,弁証法的な実力を養成するためには必要だといえると思う。

 さて,二つ目のテーマとしては,直接と直接的同一性の論理的区別という問題を取り上げたい。本書では,直接的同一性とは,直接に同一であるということではないと説かれている。「直接に同一」と「直接的な同一の性質」とは大きく異なるのであり,これは「人間」と「人間的」の関係と同様だと説かれている(pp.180-181)。さらに別の箇所では,「中学生レベルで説くと,直接とは,あるものが切り離すことのできない他の性質を必然的に持っている時に使います」(p.201)と解説されている。

 本書で挙げられている具体例を,以下にまとめてみよう。

直接:
 実体は直接に機能である(p.173)
 ヒトは直接に哺乳類です(p.201)

直接的同一性:
 ココロとアタマは,簡単に説けば直接的な同一性を保って働き続けてきています(o.180)
 武道と武術とは直接的同一性である(p.202)


 この両者の区別は,三浦つとむですらつけられていないと指摘されているだけに,われわれにとっても,そもそも問題意識になかった。したがって,今後,新たにこの区別をしっかりとつけていかなければならない。しかし,直接の方は説明もあって何となく理解できるが,直接的同一性の方があやしい。

 実体は機能という切り離すことのできない性質を必然的に持っている,ヒトは哺乳類という切り離すことのできない性質を必然的に持っている,というのは(何となくであっても)分かる。また,ココロはアタマという切り離すことのできない性質を必然的に持っているとはいえない,武道は武術という切り離すことのできない性質を必然的に持っているとはいえない,というのも分かる。しかしそれなら,直接的同一性とはどういうことなのか。

 「人間」と「人間的」の区別を参考にすると,直接的同一性とは,「直接の性質にふさわしい同一性」とか「直接の性質をもった同一性」とか「直接らしい恰好をした同一性」とかいうことになろう。また,武道と武術に関する記述からは,「同じものでもあり,かつ,異なるものでもある」(p.202)場合を「直接的同一性」と呼ぶのかもしれない,ということが分かる。現時点ではこのくらいの理解にしておいて,具体的な事実で考えていきながら,熟成させていきたい。

 弁証法に関わって最後に取り上げたいテーマは,これが最も重要だと筆者は考えているのであるが,『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきについてである。1968年に出た現行の『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)には,まえがきはあってもあとがきはない。ところが,1955年に出版された『弁証法はどういう科学か』の旧版(ミリオン・ブックス版)にはあとがきがあるのである。この旧版のあとがきについて,本書では,「この「あとがき」を読んでから弁証法の深い学習に入るばあいと,この「あとがき」を知らないで学習に入るばあいとでは,その実力のつき方が全く異なっていく」,「はっきり述べて,私はこの「あとがき」の文言がなかったならば,恩師三浦つとむの著作との精神レベルでの交流はなかった」(p.166)などと説かれており,その重大性が強調されている。非常に重要なので,本書では全文引用されているが,特に大事な部分を中心に引用したい。

「弁証法というものに興味を持って,この本を手にした読者の大多数は,知識のための知識ではなくて,現実にぶつかっている問題を処理するのに役立つ理論を要求しておられることと思います。ある有名な婦人雑誌では,料理や裁縫の原稿ができてくると,まず社の中の人たちが実際にこしらえて食べたり着たりしてみて,充分役立つことをたしかめてから発表する,と聞きました。これは読者の要求に責任を持ってこたえる態度です。わたしは,弁証法の本を書く場合にも,やはりこれと同じような態度でなければならないと考えています。外国人がうまいと主張しているからきっとうまいにちがいないと,自分ではこしらえたことも食べたこともない料理を宣伝し,他人にすすめるとしたら,ずいぶん無責任な話ではないでしょうか。……やはり経験者でなければ失敗を防ぐためのカンドコロが分かりませんが,それをおしえてくれないと本に書いたとおりにやってみたがどうもうまくいかない,という結果に終りがちです。……

 弁証法の教科書には,翻訳,国産いろいろありますが,わたしが弁証法を研究に役立ててみてわかったことは,哲学者の書いた本には大切なところが相当ぬけおちているという事実でした。……相互浸透の具体的な構造がほとんど無視されていることや,ヘーゲルの否定の否定を批判しただけで唯物弁証法のそれが無視されていることなども,ずいぶん不当な扱いかただと思いました。これでは弁証法を充分に役立てることができません。……

 弁証法について何の知識もない人でもよく分かること,生活に研究にすぐ役立つ実用的なものであること,しかももっとも高い学問的な水準を示すものであること,――これらの条件をすべて満足させることは理想ですが,その実現はなかなか困難です。この本のように紙数に制限のある小冊子ではなおさらです。でもわたしはこのような本を書くことが長い間の望みでしたから,理想の実現のためにできるだけ努力を払ったつもりです。……翻訳の教科書などでは弁証法がどんなに役立つ道具であるかを最上級のほめ言葉を使って長々とのべていますが,この小冊子では道具の構造や使い方かたに叙述の重点を置いて効能書を簡単にしました。」
(pp.167-169)


 ここでは,三浦つとむが実際に弁証法を使って成果をあげた経験者であり,自分で責任をもって,充分に役に立つことを確かめていること,弁証法を十分に役立てるために大切なところ(相互浸透の具体的な構造など)をしっかりと説いたこと,分かりやすく実用的で学問的に高水準な本を目指したこと,弁証法という道具の構造や使いかたに重点を置いて説いたこと,などが説かれている。

 これを読むと,三浦つとむの志の高さや気概,責任感・使命感の強さなどが痛いほど伝わってくる。そしてまた,外国の権威に盲従するのではなく,自ら自力・独力で弁証法を使いこなすまでの研鑽をなし,権威を恐れずにその誤りを批判して憚らない主体性というものも感じられるのである。同時に,自分が使ってみてその効果を確かめた弁証法であるから,自信をもってお勧めできる,だから読者は安心して学びに集中してほしい,というような三浦つとむの思いも伝わってくるのである。特に,「対立物の相互浸透」については,これまで「対立物の統一と闘争」などと歪曲して捉えられていたために,きちんとした解説がなされたことがなかったので,三浦つとむはあえてかなりのページ数を割いて,丁寧に,具体的に,相互浸透の構造を解説したのだと思われる。

 このように説くと,新版のまえがきでも,「わたしも自分の社会科学の研究にこの弁証法を使ってみて,それがどんなにすばらしい武器であるかを実感することができました。これまでの学者が越えられなかった理論の壁を,弁証法を使って簡単に打ち破り,学問的に未知の分野に深く切りこんでいくことができたからこそ,多くの人たちにこのすばらしい武器のことを知ってもらいたい,これを使って成果をあげてほしいと願って,この本を書くことにしたのです」とあるように,同じような内容を説いているではないか,という反論があるかもしれない。

 しかし,新版で説かれている内容は,旧版と比較すると,やや物足りない印象を受ける。旧版でにじみ出ているような責任感や使命感は読み取るのがなかなか難しいし,権威を恐れず批判するというような主体性も,直接的に文言として現れているとはいえない。もちろん,新版のまえがきでは,弁証法は科学であるという側面が強調されており,これはこれで重要な内容であり,著作の入り口としては非常に優れていると考えられるが,しかし,これを読んだからといって,「人生,意気に感ず」レベルで動かされるということはないであろう。

 すなわち,旧版のあとがきを読まずに学習を進めた場合には,『弁証法はどういう科学か』を,数ある哲学書の一つとして,one of themとしてスマートに読了して終わり,ということにもなりかねないが,旧版のあとがきに深く学んで学習をしていった場合は,「人生,意気に感ず」レベルでの学習となり,まさに弁証法の唯一無二の基本書として,only oneの存在としてこの書に学ぶことになるだろう。こうしてこそ,三浦つとむが「恩師」になるのであるし,「恩師三浦つとむの著作との精神レベルでの交流」が可能となっていくのであると考えられる。

 われわれはある時期まで,『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきを読まずに『弁証法はどういう科学か』に学んできたが,幸いなことに,恩師から,この書は「世界最高の論理学が説かれている書である」として推薦され,折に触れてあとがきに説かれているような三浦つとむの使命感や主体性についても講義を受けてきた。しかしそれでも,今後とも,このあとがきに深く深く学び続けながら,弁証法の研鑽を継続していきたいと決意した次第である。

 以上,今回は,弁証法に関わる内容について考察した。

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2017年08月24日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(2/5)

(2)学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる

 本稿は,哲学レベルで説かれている『“夢”講義(4)』を読んで学んだことを認めていく論考である。

 今回は,「学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる」(p.72)と説かれている内容を取り上げたい。

 本書の「第2編 哲学の成立の過程的構造を説く」「第2章 哲学の形成の歴史的研鑽過程を説く」では,カントの「二律背反」を分かるためには,古代ギリシャ哲学をふまえての弁証法の研鑽が必要だと説かれている。すなわち,カントの「二律背反」の原形は,パルメニデスとゼノンの弁証法の核心であると説かれている。そして,「ゼノンの特性は,弁証法にある。弁証法は実にゼノンに始まる」「カントの二律背反は,ゼノンがここですでにやったもの以上の何ものでもない」というヘーゲルの言葉を紹介した後,次のように説かれている。

「このように学問ないし哲学というものは,人類の学問ないし哲学の原点から歴史性を持って学んでこそ措定=成立できるものなのです……。」(p.72)

 ここでは,例えばカントの「二律背反」を理解しようとするならば,その「二律背反」に至る過程を,原点から辿り直す必要がある,このように哲学というのは,原点からの歴史性に学んでこそ,措定できるのであり,成立しうるものなのである,ということが説かれているのであろう。

 続く,第2編第2章の第4節は,「学問・哲学はその発達史を一身の上にくり返すことが必然である」というタイトルであり,初めに,次のようなことが説かれている。連載第1回でも引用したが,再度引用する。

「そもそも,哲学とは森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという,古代ギリシャにおける明晰な頭脳活動者(知を愛する人)たちの願望から始まることになったものです。ここから全ての学問レベルの理論的研鑽は始まっていくのです。そしてこれは,かつてのカントやヘーゲルの血のにじむような学問的努力を同じようにくり返すことによって(つまり古代ギリシャから自分の時代までの学問史を学問化する努力を,カントやヘーゲルが行っていたように)こそ,到達可能な道なのです。」(p.75)


 すなわち,哲学の原点は,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望にあり,その原点を踏まえたうえで,古代ギリシャから自分の時代までの学問史を一身の上にくり返すことこそが,哲学へ到達可能な道なのである,ということである。

 このように,原点を踏まえ,そこからの歴史性に学んでこそ,その領域での実力がしっかりとついていくということは,あらゆる学問分野に関していえることであろう。それどころか,第2編第2章の第6節のタイトルに「武の道の育成過程は武術の歴史の発達過程を一身の上にくり返すことが必要である」とあるように,これは学問分野だけに限らず,人間が関わるあらゆる活動について当てはまる論理であるといってよいだろう。

 ではなぜ,原点からの歴史性に学ぶことが必要なのであろうか。それはまず,原点にこそ,そのものの本質が端的な形で現れているため,そのものの本質を掴みやすいからであろう。先の哲学であれば,その本質は「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握」するということにあるといっていいだろう。これが素朴な形であるとはいえ,哲学の原点たる古代ギリシャ哲学においてははっきりと分かるような形で,現れているのである。この時代以降,哲学は発展して,さまざまな形に複雑化していくのであるが,しかし,その本質は決して変わることがない。したがって,哲学の実力をつけるためには,そもそも哲学とは何かということを原点に問い,哲学とは何かの本質を常に見失わないようにしながら,研鑽していくことが必要なのである。このように本質をしっかりと把握するためにこそ,原点からの歴史性に学ぶ必要があるといえるのである。

 なお,哲学の原点ということでいうと,なぜ,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望が古代ギリシャ時代に生まれてきたのか,という問題にも,しっかりと解答を出しておく必要がある。すなわち,人類社会の歴史的発展の流れの中で,どうして古代ギリシャ時代に哲学なるものが誕生してきたのか,その過程的構造をも,しっかりと把握しておかなければ,哲学の原点を真に理解したとはいえないであろう。簡単には,当時,相次ぐ戦争に次ぐ戦争の時代がやや収束していき,精神的な労働に従事できるだけの暇ができてきたことが一つの大きな要因であるといえる。もちろん,奴隷制のおかげで,生産労働に携わる必要のない階層が生まれていたことも,哲学誕生の大前提である。さらにいうと,ギリシャ社会が,当時の最先端社会たる古代オリエント社会の周辺部に存在していたことも,重要な要素である。このために,古代ギリシャ社会は先進的な社会に憧れをもって学び続けることができたのである。このような社会的な条件が重なることによって,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望が実現化していった,すなわち,哲学が誕生していったのである。

 さて次に,原点からの歴史性に学ぶ必要があるのは,この世のありとあらゆるものの発展は,段階を踏んでなされているものであり,前段階の実力をしっかりと身につけてこそ,次の段階へと発展していけるという,発展の論理構造があるがゆえ,である。このことが一番分かりやすいのは,「生命の歴史」であろう。『看護のための「いのちの歴史」の物語』(現代社)によると,生命体は,生命現象段階→単細胞段階→カイメン段階→クラゲ段階→魚類段階→両生類段階→哺乳類段階(四つ足哺乳類→猿類→人類)というプロセスを経て人間にまで発展してきたのである。この途中の段階を飛ばして,人間にまで発展することはできない。たとえば,カイメン段階を飛ばして,単細胞段階からいきなりクラゲ段階に発展することはできないし,両生類段階を飛ばして,魚類段階からいきなり哺乳類段階へと発展することもできないのである。なぜなら,それぞれの段階には,その段階で実力化すべき内容があるのであり,その内容に上書きされる形で,次の段階での実力化が起こっていくからである。前段階の実力がない場合は,次の段階の実力へと上書きすることが不可能となってしまうのである。

 哲学も同様の発展の論理構造を有する。現象的には,プラトンの哲学,アリストテレスの哲学,デカルトの哲学,カントの哲学,ヘーゲルとの哲学というように,個々の哲学者の学説が存在しているだけに見える。しかし実際は,原点たる「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望が核となって,それぞれの段階で実力化すべき内容が前段階の実力に上書きされていきながら,一つの大きな流れとして発展してきているのが哲学の発展史なのである。哲学的実力を養成するためには,このような「古代ギリシャから自分の時代までの学問史を学問化する努力」こそが求められるのであり,これこそが,哲学の原点からの歴史性に学ぶということであろう。さらにこれこそが,哲学の歴史を一身の上にくり返すということでもあるのである。

 以上のように,学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できるものであるがゆえに,本書では,編のタイトルで見ても,「哲学の成立の過程的構造」や「論理学の過程的構造」,さらには「弁証法の過程的構造」という言葉が見られ,これらが説かれていくのであると思う。章レベルでも,「弁証法の歴史的過程」「認識論の歴史的過程」「論理学の歴史性」という言葉が見られ,ここでも,弁証法,認識論,論理学といった学問領域の歴史が説かれているのである。

 たとえば,弁証法の歴史性であれば,「弁証法なるものがどんな赤ちゃんとして誕生し,その赤ちゃんがどう幼児になり,またどう青年へと変化・発展していったのか」(p.136)ということが説かれていく。また,論理学の歴史性については,「現象学」という言葉は,学問がまだ幼かった時代,事実を集積するだけのレベルであった時代の遺物的言葉であり,当時であれば,たしかに事実レベルの現象形態を論じただけで「学」と名乗ることが許されたのであるが,今日では,学問は現象論・構造論・本質論としての体系性をもつことが明らかとなったのであるからして,単に現象を論じただけで「学」ということはできないので,「現象論」とその実体にふさわしい名称で呼ばれるようになった,というようなことが説かれている。

 認識論の歴史性については,心理学の誕生の謎が解明されている。哲学・学問の出発点に,アタマの問題はあっても,ココロの問題はなかったので,ココロは学問の問題としては1000年以上も浮上できなかったと説かれている。さらに,人生上のココロの問題については,「いのちの歴史」に「ココロの歴史」の起源があるとして,本能レベルで生活していたサルから説かれている。そのサルが,樹上生活をやめて地上におり,ヒトへと進化する過程で,本能に代わってココロが芽生え始めるとした後,次のように説かれている。

「そして,「ヒト」が「人間」に進化・発展する頃には,当然のように「ココロ」が本能以上の働きをし始めることになり,ここでその「ココロ」は本能レベルの安定性を求めるようになり,それを「何か」に見つける(創造する)ことになるのです。

 その「何か」とは端的には宗教です。……ここから「ココロ」の問題は「カミ」や「ホトケ」に解答を求める宗教に任されていくのです。もちろん,この「ココロ」はまだ一般性を持ったレベルでの不安などですから,画一的な教え(お告げ)で多くの人たちは安らぐのです。

 この「ココロ」の一般性レベルでの解決ですんでいる頃までは,まだ心理などの誕生はなく,封建時代から資本主義への大きな時の流れで,個人が主体性を帯び始める頃から,「ココロ」の一般性が「ココロ」の特殊性・個別性へと変化することになり,結果,「ココロ」が学問として登場する,すなわち「心理学」の誕生を迎えることになってくるのです。」(pp.94-95)


 ここでは,人間において,本能以上の働きをし始めたココロが,本能レベルの安定性を求めて宗教を創造することになり,ココロの問題は,一般性をもったレベルのものであっただけに,宗教による画一的な教えによって解消されていたが,資本主義社会になるに至り,個人が主体性を帯び,ココロが特殊性や個別性を帯びるように変化したため,心理学が誕生したのだ,と説かれている。

 ココロの問題の解決という心理学の原点から,心理学の長い過去の過程的構造が,見事に説かれていると思った。本書で紹介されている読者の論評の中で,「学問としての心理学そのものが,アンチ宗教,アンチ認識論として,その落ちこぼれとして,その隙間をついて日常生活の心を扱う分野として生まれた」(p.151)と評されているように,本書において初めて,心理学の真の発達史が明らかにされたといってもいいであろう。

 認識論を専門とし,心理学を使って仕事をしている筆者としては,心理学の原点からの歴史性をしっかりと学び,ココロの問題を扱う実力をしっかりと養成していくとともに,認識論をも,心の問題を扱えるものとしてしっかりと措定していきたいと決意したことである。

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2017年08月23日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(1/5)

目次

(1)本書では学問そのものが説かれていく
(2)学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる
(3)『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきの意義
(4)認識の成立と社会の関係性
(5)夢の解明のためには学問が必須である

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(1)本書では学問そのものが説かれていく

 本稿は,南郷継正『“夢”講義(4)』を読んで学んだことを,感想文として認めていく論考である。より正確にいうと,感想文を書くことによって『“夢”講義(4)』をより深く理解すると直接に,そこで説かれている内容を自分のものとすることを目的として執筆した論考である。これまでも何度か本ブログでくり返し説いているように,本年は京都弁証法認識論研究会として,組織的に『“夢”講義』シリーズに学んでいくことを一つの目標としている。本稿も,研究会としての議論を踏まえた内容となっている。

 さて,『“夢”講義(4)』は,今回の最後に載せている目次を見ていただければ明らかなように,学問を正面から取り上げての展開となっている。たとえば,第2編は「哲学の成立の過程的構造を説く」であり,哲学や学問の概念がその成立の起源から説かれている。ここでは,いかなる分野であれ,一流を目指すためには哲学や学問に関わる基礎的教養が必要であり,ナイチンゲールにはそれがあったからこそ,看護学の祖としての地位を築くことができたのだと説かれている。また,第4編は「論理学から説く弁証法と認識論」となっており,第5編は「論理学の過程的構造を説く」となっている。ここでは,論理学の観点から弁証法や認識論が説かれ,論理学の歴史性が説かれていくのである。このような目次を眺めれば,本書は「夢」はもちろん「看護」や「武道」とは何の関わりもない,単なる(?)大哲学書,大学問書であると勘違いしてしまいかねないであろう。それほどに,学問や哲学・論理学といったものが,頻繁に顔を出すような構成となっているのである。

 哲学に関わっては,これは日常用語として経営者すらが使っているような意味ではなくて,もっともっと厳しいものであることが,次のように説かれている。

「そもそも,哲学とは森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという,古代ギリシャにおける明晰な頭脳活動者(知を愛する人)たちの願望から始まることになったものです。ここから全ての学問レベルの理論的研鑽は始まっていくのです。そしてこれは,かつてのカントやヘーゲルの血のにじむような学問的努力を同じようにくり返すことによって(つまり古代ギリシャから自分の時代までの学問史を学問化する努力を,カントやヘーゲルが行っていたように)こそ,到達可能な道なのです。」(p.75)


「中学生にも分かるように簡単に説けば,学問とは,ある一流大学の学部の博士論文を全て集めて,一本化,すなわち体系化したレベルが底辺のものであり,哲学とは,一流大学の全学部の全ての博士論文の体系的展開であってようやくにして哲学の底辺であり,それでようやく哲学の名に値する実体が形成されてくるのだといってよいものです。」(p.77)


 すなわち,哲学とは,全世界の把握を目指したものであり,そのためには人類の系統発生をくり返すだけの血のにじむような研鑽が必要なのである,中学生にも分かるように説けば,哲学とは「一流大学の全学部の全ての博士論文の体系的展開であってようやくにして哲学の底辺」なのである,ということである。

 別の個所でも,『武道講義第3巻 武道と認識の理論V』が引用され,「哲学とは,『全世界を自らの手のひらに載せること』です。すなわち,全世界=森羅万象を自分の掌を指すがごとくの容易さで論理的に説くことです」「哲学とは,全世界=森羅万象の論理を自家薬籠中の物と化すことである」などと,中学生向きに説かれた後,『南郷継正 武道哲学・著作 講義全集』第6巻からの引用という形で,次のような学問(哲学)の概念規定が紹介されている。

「学問というものは,自然・社会・精神として存在している現実の世界の歴史性,体系性を観念的な実体の論理性として構築し,その内実の歴史的構造性を理論レベルで体系化することである。  南郷継正

 学問とは,客観的絶対精神の実体レベルでの発展形態である自然から社会へ,そして社会から精神への歩みを,主観的精神の絶対精神から絶対理念までの発展的自己運動として捉え返して体系化することにある。〔ヘーゲルが哲学を完成していたら書いたであろう概念規定〕」(p.193)


 このような厳しい厳しい哲学レベルの内容が,本書ではいたるところで説かれているのである。

 さて本稿では,以上のような哲学レベルで説かれている内容について,3つに分けて説いていくことにしたい。初めに,学問的な実力をしっかりと身につけるためには,原点から,その学問の辿ってきた過程を辿り返す必要がある,とされている点を取り上げる。次に,弁証法の基本について,特に,『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきについて説かれている内容を確認したい。最後に,認識の成立と社会の関係性について説かれていることをしっかりと理解できるようにしたい。

 最後に,本書の目次を現代社のサイトから引用しておく。

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なんごうつぐまさが説く
看護学科・心理学科学生への“夢”講義(4)


【 第1編 】 学問的に説く 「脳とは何か」

第1章 学問の歴史における頭脳活動の究明の過程性を説く

 第1節 「認知症予防」 に関する研究者の見解を問う
 第2節 人間の認識の歴史性を説く
 第3節 学問 ・哲学の歴史に学ぶことの意義を説く

第2章 弁証法の学びの構造を 「脳とは何か」 から説く

 第1節 論理的な頭脳活動が可能となる実力とは
 第2節 弁証法の実力は論の展開にその実態が現われる
 第3節 正常な頭脳活動のための二つの条件を説く
 第4節 脳は体全体の統括のための中枢器官である
 第5節 「いのちの歴史」 をふまえた脳の実体論から 「認知症予防」 を説く

【 第2編 】 哲学の成立の過程的構造を説く

第1章 哲学の形成の過程的構造を説く

 第1節 「学問への道」 「武道への道」 措定を弟子たちに
 第2節 一流を目指すには哲学 ・学問に関わる基礎的教養が必要である
 第3節 哲学 ・学問の概念をその成立の起源から説く
 第4節 学問体系としての哲学から個別科学の分化へ
 第5節 人類文化の最高形態としての哲学への研鑽過程を説く
 第6節 哲学の歴史的研鑽過程を分かる実力を身につけるために

第2章 哲学の形成の歴史的研鑽過程を説く

 第1節 「学問への道」 に必須の 「論理能力」 と 「大志」 を説く
 第2節 学問形成には学問力の基礎的研鑽が必要である
 第3節 学問 ・哲学は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる
 第4節 学問 ・哲学はその発達史を一身の上にくり返すことが必然である
 第5節 ヘーゲルの説く 「学びの道」 の意義を説く
 第6節 武の道の育成過程は 武術の歴史の発達過程を一身の上にくり返すこと
      が必要である

【 第3編 】 認識の成立の過程性を説く

第1章 頭脳活動の究明の過程性を説く

 第1節 体系性を持った書物からの学びとは
 第2節 心理学の発達史を説く
 第3節 「いのちの歴史」 に 「ココロの歴史」 の起源がある
 第4節 心理学の誕生の基盤を説く

第2章 頭脳活動の育成の過程性を説く

 第1節 「アタマ」 と 「ココロ」 は育ちの中で創られる
 第2節 胎児期の実体の形成とその機能とは
 第3節 夢は社会 (環境) を反映して形成される
 第4節 哲学 ・学問 ・弁証法の学びの大事性を説く

第3章 認識の成立と社会の関係性を説く

 第1節 認識の原風景を形成する小社会とは
 第2節 夢としての像は社会 (環境) 的な反映を原基形態として描かれる
 第3節 像の内実=構造の成立過程を説く
 第4節 「認識とは五感覚器官を通して脳に描かれた像である」 とは
 第5節 感覚 ・感情 ・感性,像の重層化の過程を説く
 第6節 心の世界の発展を育む教育過程を説く

【 第4編 】 論理学から説く弁証法と認識論

第1章 弁証法の歴史的過程を説く

 第1節 弁証法の誕生からの変化・発展の過程を説く
 第2節 古代ギリシャで誕生した学問を創出する実力を養成するための弁証法
 第3節 弁証法の過程的構造への学びを説く
 第4節 「弁証法は自然 ・社会 ・精神の一般的な運動に関する科学である」 とは

第2章 認識論の歴史的過程を説く

 第1節 「弁証法と認識論の現象学 ・構造学」 とは
 第2節 “夢”講義に学ぶ心理学の真の発達史とは
 第3節 感性的認識の発展における過程的構造

第3章 弁証法の学びの構造を説く

 第1節 弁証法を学ぶための書物は新しいものが正しいとはいえない
 第2節 旧版 『弁証法はどういう科学か』 の 「あとがき」 に説かれていた重要な内容
 第3節 『弁証法はどういう科学か』 に学ぶとは

【 第5編 】 論理学の過程的構造を説く

第1章 世界観から 「哲学とは何か」 を問う

 第1節 季節の変化に応じて形成される感覚像 ・感情像
 第2節 弁証法に関わる基本の学習を説く
 第3節 世界観から論じる2つの正しい 「筋道(すじみち)」 とは
 第4節 観念論の立場から説く 「哲学とは何か」
 第5節 弁証法的唯物論の立場から説く 「哲学とは何か」

第2章 論理学の歴史性を説く

 第1節 学問の歴史性から説く 「現象学・構造学」
 第2節 学問は現象論 ・構造論 ・本質論としての体系性を持つ
 第3節 弁証法の学びの基本を説く ―〔本節から弁証法を武道で説く〕

第3章 論理学から 「心」 の論理構造を説く

 第1節 頭脳活動の形成過程への学びを問う
 第2節 技の形成に関わる過程性の構造を問う
 第3節 「心」 に関する専門家の見解を問う
 第4節 「心」 と 「気」 の論理構造とは

【 第6編 】 弁証法の過程的構造を説く

第1章 人間の一般的な生成発展の構造を説く

 第1節 人間体の形成に関わる過程性の構造を問う
 第2節 個としての人間の生成発展の過程的構造を問うことが必要である

第2章 生成発展の論理構造を説く

 第1節 人類の歴史性を問う意義とは
 第2節 物自体の生成発展の論理構造を解く
 第3節 人類の発展にとっての精神的文化の発展の意義
 第4節 「“夢”講義」 への学びの過程性

第3章 上達への過程的構造を説く

 第1節 体系化された書物と認識との相互浸透による学びの重層構造化とは
 第2節 上達への過程的構造を具体的に説く
 第3節 頭脳活動を創りかえる運動形態の創造とは
 第4節 「いのちの歴史」 から説く 「人間にとっての運動とは」

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2017年08月22日

ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う(5/5)

(5)教育の必要性と可能性の論理を学ぶべきである

 本稿は『人間不平等起原論』を取り上げ、それが『学問芸術論』からどのように発展しており、どのような歴史的意義をもっているのか、またそこから学ぶべきものは何か、とりわけ教育学の構築に向けて掬い取るべき論理は何かを明らかにしようとするものです。

 ここでこれまでの流れを振り返ってみましょう。

 最初に、ルソーが自然状態において人間はどのようなものであると説いているのかを確認しました。ルソーは理性に先立つ2つの原理として、安寧と自己保存の欲求(自己愛)、そして、憐れみという内的衝動(憐憫の情)があるのだと説いています。つまり、人間は自分自身を大切にしようとする傾向と、相手を大切にしようとする傾向という2つの対立する傾向をもつ矛盾した存在なのだということでした。そして、これこそ『学問芸術論』で強調されていた良心の声の源泉であるということでした。ただし、このような2つの原理は動物一般に当てはまるものですから、人間のみに当てはまる原理は何かということを見ていきました。これについて、ルソーは人間の行為は本能に基づくのではなく自由行為であること、さらに、自己を改善(完成)する能力があること、この2つを挙げていたのでした。こうした人間観でもって、自然状態では人間は相争う状態にあったというホッブズの主張を批判しているのでした。自然状態では自分の生活を営むために必要な物資はごく限られていたため(それだけ欲求が小さかったため)他者の生活を害することは最も小さかったし、また憐れみの情があるために他者を虐げてまで自らの幸福を追求しようとする気持ちは和らげられたはずだというのでした。

 続いて、このような自然状態の人間がどのようにして変質していったのかを見てきました。自然状態においては個々人がバラバラで生活していたけれども、共同利害に基づいて集合する中で、他者に認められたいという欲求(自尊心)が新たに生まれるようになったということでした。次いで、冶金や農業が行われるようになり、その社会の中での私有が認められるようになると、自然的素質に恵まれたものがより多くの財産を獲得するようになり不平等が成立したのでした。そこから次第に、他人を見下ろしたい(=他者から大きな尊敬を受けたい)という欲求が生まれ、必要以上に財産を増やそうとするようになった、また財産や財産を獲得するための自然的素質をもっているふりをするようになったのだということでした。つまりは、欲求の拡大の中で存在と外観のズレが生まれたのだということでした。そもそも存在(本質)と外観(現象)のズレということは、上流階級のあり方としてルソーが『学問芸術論』で批判していたものでしたが、そのようなあり方がどのようにして生まれてきたのかという問題意識がここに明確に現れているということでした。

 最後に、富者と貧者が生まれた後、社会や法律がどのようにして成立したのかという点についてルソーの見解を見てきました。他人を見下ろしたいという欲求から、必要以上に財産を増やそうという欲求は所有する土地の拡大を伴うものであったため、やがて他者の土地とぶつかることになったのでした。そうすると、貧者は生きていくために富者に従うか、あるいは富者から奪うかをしなければならなくなり、一方、富者は、支配することを体験すると、その快楽からより隣人たちを征服し、隷属させようとしたために、無秩序な戦闘状態が生まれたのだということでした。このような戦闘状態は、富者にとって大きな負担となるものであったこと、また、自分たちの財産は力によって獲得されたものである以上、力によって剥奪されても文句を言うことはできなかったということ、この2つの理由から、富者は「もっともらしい理由」をつけて自らの支配を正当化し、団結を促して、戦闘状態を食い止めようとしたのだ、これが社会や法律の起原なのだということでした。一方で、貧者も仲裁者や主人なしには自分の自由を確保できなかったため、この呼びかけに応じたのであり、あくまでも自分の自由の確保のために社会や法律の成立を認めたのだということでした。この点こそ、ルソーが最も強調したところであることを確認しました。

 ここまでルソーが『人間不平等起原論』でどのようなことを説いているのかを見てきました。『学問芸術論』からの発展ということで言えば、社会的に認められたいという欲求に従うのではなく、自らの良心の声に従って生きるべきだという主張が「自由」という概念で把握された点が挙げられるでしょう。ルソーは当時の上流階級のあり方に対するアンチテーゼとして、人間のあるべき姿、人間の本質を「自由」という形で把握することになったのです。そして、この自由の実現という観点から社会や法律の成立の意味を説こうとしたことは、自らの人間一般論で人間の歴史に筋を通そうとしたものであり、非常に学問的なアタマの働かせ方であったと言えるでしょう。

 このような把握が後にヘーゲルへと受け継がれていくことになります。ヘーゲルはこの世界の歴史を絶対精神の自己運動の過程として捉え、その中でも人間の歴史を(絶対精神の本質である)自由が実現されていく過程として捉えたのですが、そのベースとなる「人間は自由である」という人間観はまさにルソーから受け継いだものだと言えるでしょう(注)。

 また、その中身に目を向けると、欲求の拡大という視点で人間の歴史を把握しようとしている点が注目に値すると言えるでしょう。自然状態においてはごく限られた欲求しかなかったため、自己の生活の維持が他者の生活を脅かすようなことはなかったのですが、他者との関わりが生じてきて自らの生活のあり方が変化するに伴って、その欲求が徐々に拡大していったのだとルソーは説いています。ルソーはこのような欲求をマイナスとして捉えているようにも感じられますが、これはもう少し抽象化して捉えるならば、生活の変化とそれに伴う社会的認識の変化・発展に目を向けているということです。このように、ルソーの指摘は社会的認識の変化・発展として捉える南郷学派の歴史観につながるものだと言えるでしょう。

 このように、人間の歴史の見方について、その後のヘーゲルや南郷学派の主張につながる基本的な枠組みを提示したものがこの『人間不平等起原論』だと言えるでしょう。

 もっともそこには限界も存在しています。例えば、ルソーは人間には自己保存の欲求と憐れみの情があると主張していますが、なぜこのような相対立する傾向をもつのかは明らかにされていません。これがあることが前提として議論が進んでいます。「自然状態における人間は、…たとえ親子であっても一緒に生活することはなかったのだ」ともありますが、本当にそう言えるのかも疑問に感じるところです。また、なぜ人間だけが本能による支配を受けず自由なのかという点についても説かれていません。ここを説くためには、そもそも生命体がどのようにして誕生したのか、またその生命体はどのような過程を経て人間へと至ったのかを解明することが必要になります。進化論がまだ唱えられていなかった時代において、ルソーがその解明にまで至らなかったのは当然だと言えるでしょう。この点については、すでに『看護のための「いのちの歴史」の物語』が発刊されている現代において、筆者自身が取り組んでいかなければならないものだと考えています。

 では、教育学の構築に向けては、『人間不平等起原論』からどのような論理を掬い取るべきなのでしょうか。端的に言えば、教育の必要性と可能性についての論理をここでしっかり把握しておくべきだと言えるでしょう。

 ルソーは人間は本能に従うのではなく自由な存在なのだと主張していました。予め定められた本能に従うのではなく自由であるからこそ、人間は外界の変化に対応する形で自らをより発展させていくことができるわけです。このように人間には自らを改善する能力があるということもルソーが掲げた人間観の1つでした。自らを改善する能力があるからこそ、人類というレベルで捉えるならば、歴史を形成することが可能になるわけです。つまり、時代が経つにつれて、どんどん文化遺産を積み上げていくということです。したがって、新しい時代に生きる人間に対しては、その文化遺産を継承させる必要が生まれてきます。そうでなければ、歴史を前に推しすすめていくことができません。ここに教育の必要性が生じてくるのです。

 一方、教育の可能性とはどういうことでしょうか。人間は自らを改善していく能力があるということを、個の人間に着目して捉えるならば、どんどん成長していく可能性をもっているということです。このような可能性をもった存在であるからこそ、教育が成立しうるのだということです。これが教育の可能性ということです。

 このように、教育の必要性と可能性についての基本的な論理(人間観)を提示したことが教育学の観点からは評価することができるでしょう。筆者自身の教育学体系の中にもこのようなルソーの論理をしっかりと取り込んでいきたいと思います。

(注)
もっともルソーとヘーゲルにはその自由がどのようにして実現するかという捉え方については、相違点もあります。ヘーゲルはルソーの『人間不平等起原論』の記述を引用して、次のように指摘しています。

「『根本的な課題はこうである。各人の生命と財産を全体的な共同の力で保全し保護するとともに、全体とむすびつく各個人が自分以外のだれにも服従せず、自然状態にあったときとおなじように自由であるような、そういう結合の形式を見出すこと。それが社会契約の解決すべき課題である。』社会契約とはこのような結合のことであり、各人は自分の意思で契約をむすぶことになります。抽象的に表現されるかぎりで、この原理はまことに正当なものです。が、一歩踏みこむと、すぐにあいまいな点が見えてくる。人間が自由である、というのは、いうまでもなく、人間の実体をなす本性であって、その本性は国家のなかで放棄されるどころか、むしろ、国家のなかではじめて現実に形成される。本性上の自由や自由の資質といったものは現実の自由ではなく、国家によってはじめて自由は現実化するのです。」(ヘーゲル、長谷川宏訳『哲学史』(下巻)p.371、河出書房、1993年)

 つまり、ルソーは、人間はもともと自由であり、それが侵されないような国家の在り方を考えなければならないという主張であったのに対して、ヘーゲルは国家の中でこそ人間の自由は実現するのだと主張しているのです。
 このように自由の実現における国家の役割という点については両者の間に相違点がありますが、そもそも人間は自由なのだと捉える点は共通しているといえるでしょう。
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2017年08月21日

ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う(4/5)

(4)ルソーは社会の成立を自由の確保のためだと捉えた

 前回は、社会的な不平等がどのようにして生まれてきたのかについてルソーがどのように説いているのかを見ました。自然状態においてはバラバラに生活していた人間は、共同利害に基づいて社会を形成するようになり、その中で他者に認められたいという欲求が生まれてきたのでした。やがて、冶金や農業が行われるようになると、私有が生まれ、自然的素質のめぐまれたものはより多くの財産を形成するようになり、社会的な不平等が生まれたのだということでした。さらに、他人を見下ろしたい(これは逆に言えば他者から大きな尊敬を受けたいということでもあります)という欲求から、必要以上に財産を増やそうという欲求が生まれてくることとなったのだということです。このような社会では、財産や財産を獲得するための自然的素質をもっているふりをすることが求められるために、実際の自分とはちがったふうに見せるようになったのだということでした。このような把握の背後には、当時の上流階級のような人間がどのようにして生まれてきたのかという問題意識があるということでした。

 このような富者と貧者が生まれた後、強者と弱者、さらには主人と奴隷という不平等が生まれてきたのだとルソーは説いています。その過程の中で社会や法律が生まれてきたとしているのですが、今回はこの社会や法律がどのようにして生まれてきたのかという点を中心に見ていきたいと思います。

 前回紹介したように、格差の中にあって、人々は他人を見下ろしたいという欲求から、必要以上に財産を増やそうという欲求をもつようになったのでした。これは当然所有する土地の拡大を伴うものですが、やがて他者の土地とぶつかることになります。こうして利害の対立が生まれ、無秩序な戦闘状態が生まれたのだとルソーは説いています。

「相続財産が数においても範囲においても増大して地面全体を蔽い、すべてがたがいに接触するほどになったとき、ある者は他の者を犠牲にしないではもはや拡大することはできなくなってしまった。そして無力なためか、または無頓着なために自分の相続分を手に入れることができなくて相続者の数から漏れた者たちは、周囲では、すべてが変るのに彼らだけはいっこうに変らなかった自分は何も失わないのに貧乏になり、やむをえずその生活の資料を富者の手からもらうか奪うかしなくてはならなかった。そしてそこから人それぞれのさまざまな性格に従って、支配と屈従、あるいは暴力と掠奪が生れはじめた。富める者のほうでも、支配することの快楽さを知るようになると、たちまち他の一切の快楽を軽蔑した。そして新しい奴隷を服従させるために古い奴隷を使い、こうして隣人たちを征服し、隷属させることしか考えなかった。(中略)このようにしてもっとも力の強い者、またはもっとも貧困な者が、その力または欲求を、他人の財産に対する一切の権利―彼らによれば所有権と等価なもの―としたので、平等が破られるとともにそれに続いてもっとも恐ろしい無秩序が到来した。」(pp.102-103)


 つまり、貧者は生きていくために富者に従うか、あるいは富者から奪うかをしなければならなくなったということです。一方、富者は、支配することを体験すると、その快楽からより隣人たちを征服し、隷属させようとしたのだということです。こうして、無秩序な戦闘状態が生まれたのだということです。

 このような戦闘状態は、富者にとって大きな負担となるものでした。また、自分たちの財産は力によって獲得されたものである以上、力によって剥奪されても文句を言うことはできない理屈になります。

 そこで、富者は戦闘状態を食い止めるとともに、自らの支配を正当化するために、次のように述べて団結を促したのだとしています。

「弱い者たちを抑圧からまもり、野心家を抑え、そして各人に属するものの所有を各人に保証するために団結しよう。正義と平和の規則を設定しよう。それは、すべての者が従わなければならず、だれをも特別扱いをせず、そして強い者も弱い者も平等におたがいの義務に従わせることによって、いわば運命の気紛れを償う規則なのだ。要するに、われわれの力をわれわれの不利な方にむけないで、それを一つの最高の権力に集中しよう、賢明な法に則ってわれわれを支配し、その結合体の全員を保護防衛し、共通の敵を斥け、われわれの永遠の和合のなかに維持する権力に。」(pp.105-106)


 このように、富者は「もっともらしい理由」(p.105)を述べて、法を制定し、自らの支配を正当化したのだと主張しています。このようにして社会および法律は成立したのだというのです。

 一方で、貧者も仲裁者や主人なしには自分の自由を確保できなかったため、この呼びかけに応じたのだとしています。この「自分の自由の確保」という点こそ、ルソーが最も強調したところであり、次のように述べています。

「人民たちのほうがまず最初に絶対君主の腕のなかへ無条件に、かつ、永久的に身を投じたとか、共通の安全に備えるために、誇り高く、屈服をよせつけない人々が思いついた最初の手段が、奴隷状態のなかへ飛び込んでゆくことであった、などと信ずることも同じく道理に合った話とはいえまい。(中略)人民たちが首長を自分たちのために設けたのは、自分たちを奴隷とするためではなく、自分たちの自由を守るためであったということは異論のないところであり、またそれは、一切の国法の根本的な格率である。」(p.111)


 このように、社会やその社会の首長はあくまでも人々の自由を守るために創られたものであったということです。しかし、それが専制的な権力へと変化し、主人と奴隷との状態が容認されるに至ったのだ、これが不平等の行き着く先なのだとルソーは主張しているのです。

 前々回で紹介したように、ルソーは人間が他の動物とは異なる点は自由であり、自由こそ人間の本質であると考えたのでした。その人間の歴史において生まれた社会も、あくまでもその自由を確保するためのものとして成立したのだと捉えたのです。このように、社会の成立に対するルソーの把握には自らの人間観が貫かれているのだと言えるでしょう。
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2017年08月20日

ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う(3/5)

(3)ルソーは欲求の拡大の中で人間は本当の自分とは違ったふうに見せるようになったと説いた

 前回はルソーが人間をどのような存在として捉えたのかを見てきました。端的には、他の動物との共通性として自己保存の欲求と憐憫の情をもった存在であり、また人間としての特殊性としては予め定められた本能ではなく自らの意志に従って行動すること(自由)、したがって個としても人類としても自己を改善していく能力があるのだということでした。このような人間観に基づいて、自然状態における人間は争いが絶えない状態であったと主張するホッブズを批判していたのでした。

 自然状態において社会的および政治的不平等はほとんどなかったとルソーは主張しています。では、どのような過程を経てこの不平等が生まれてきたのでしょうか。今回はこの点についてルソーがどのように説いているのかを見ていきましょう。

 自然状態における人間は、個々が自己保存の感情に基づいて行動するだけであり、たとえ親子であっても一緒に生活することはなかったのだとルソーは説いています。生活の中では同じ果実を食って生きようとした動物との競争があったり、自分自身の命を奪おうとする凶暴な動物がいたりして、人間はそうした困難を乗り越えていかなければなりませんでした。その結果、動物を罠にかけたりする方法を学び、人間は他の動物に対する優越性を自覚するようになっていきます。つまり、自分たちは他の動物たちよりも優れているのだと考えるようになったのだということです。これが個人としても第一位を要求する心構えを生んだのだとしています。つまり、同じ人間の中でも自分の方が優れているのだという気持ちをもつことにつながっていったということです。

 人間はもともと他の同胞と交渉をもちませんでしたが、共通の利害関係から同胞の援助を頼らなければならない場合が出てきました。こうしたつながりは当初、その利害が存在する間の一時的なものにすぎませんでした。

 やがて固定した住居が作られ、家族が形成されるようになると、夫婦愛や父性愛が生まれるなど、心情の最初の発達がなされたのでした。こうした相互の愛着に基づく1つの小さな社会が形成されたのです。女性達は家と子どもを守る事に専念し、男性はみんなの生活資料を探しに行くという社会的分業が成立すると、生活を維持する労力が減ったため、これまでより多くの余暇をもつことができるようになりました。

 しかし、こうした生活によって、人々は以前に比べて身体と精神が柔弱になり、以前ほど野獣と戦うのに適しなくなっていきます。そこで、人々は野獣に抵抗するために集合することを覚えたのだというのです。たえず隣りあっているそれぞれちがった家族の間に結びつきが生まれたのです。

 人々は小屋の前や大木のまわりに集まり、(恋愛と余暇の結果生まれた)歌謡と舞踊を楽しむようになります。そして、その中で最も上手く歌ったり踊ったりする者、あるいはもっとも美しい者などが尊敬を受けるようになります。こうして公の尊敬を受けることが1つの価値をもつようになり、各人は他人に注目し、自分も注目されたいと思うようになります(自尊心の成立)。逆に軽蔑に対しては猛烈な復讐をするようになりました。これが多くの未開民族が到達していた段階だとルソーは説いています。この時期は以前よりも我慢力が弱くなり、自然の憐れみの情はすでに多少の変質を蒙っていたけれども、原始状態ののんきさと現在の我々の自尊心の手に負えない活動とのちょうど中間に位して、もっとも幸福な時期だったとしています。

 しかし、冶金と農業が行われるようになると、この状態が大きく変化したとルソーは述べています。特に農業に関して見てみると、まず土地の耕作から土地の分配が起こると、その土地で耕作したものに関しては耕作した者の私有になることが認められるようになりました。その結果、もっとも強い者はより多くの仕事をし、もっとも器用な者は、自分の仕事をより巧みに利用し、もっとも利口な者は労働を省く手段を発見するようになり、同じように働きながらも、ある者は実入りが多いのに、他の者はかろうじて生きるという状態が生まれることになりました。ここでは自尊心(利己心)が利害に目覚め、本当の必要からではなくむしろ他人を見下ろしたいために自分の不十分な財産を増やそうとすることとなったのだというのです。

 このような状況では、財産や財産を生み出すことにつながる体力、器用さなどの素質が人々の尊敬を引き寄せることのできるものであったため、それをもっていることや、それをもっているふりをすることが求められるようになります。つまり、自分の利益のために、実際の自分とはちがったふうに見せることが必要となるのであり、こうして「有ること(存在)と見えること(外観)がまったくちがったものになった」(p.101)のだとルソーは説いています。つまり、本当の自分とは違ったふうに見せるようになったということです。

 以上の過程を簡単にまとめるならば、まず当初は個々人がバラバラで生活していたけれども、共同利害に基づいて集合する中で、他者に認められたいという欲求が生まれるようになったということです。次いで、農業が行われるようになり、その社会の中での私有が認められるようになると、自然的素質に恵まれたものがより多くの財産を獲得するようになり不平等が成立したということです。そこから次第に、他人を見下ろしたい(これは逆に言えば他者から大きな尊敬を受けたいということでもあります)という欲求が生まれ、必要以上に財産を増やそうとするようになったのだということです。また、財産や財産を獲得するための自然的素質をもっているふりをするようになったのだということです。つまりは、欲求の拡大の中で人間は本当の自分とは違ったふうに見せるようになった(存在と外観がちがったものになった)のだということになるでしょう。

 
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2017年08月19日

ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う(2/5)

(2)ルソーは人間は自由であり自己を改善する能力をもつと捉えた

 本稿は『人間不平等起原論』を取り上げ、それが『学問芸術論』からどのような発展があり、どのような歴史的意義をもつのか、またそこから学ぶべきものは何か、とりわけ教育学の構築に向けて掬い取るべき論理は何かを明らかにしようとするものです。

 『人間不平等起原論』の正式なタイトルは「人間の間の不平等の起源と基盤についての論文」でした。この問いの背後には、もともとは人々の間には不平等がなかったのに、それが徐々に徐々に現れてきたという認識が伺えますし、実際、ルソーもそのような説き方をしています。ルソーは不平等を自然的または身体的不平等と、社会的あるいは政治的不平等とに分けているのですが、原始状態(ルソーはこれを自然状態と呼んでいます)においては存在しなかった社会的あるいは政治的不平等が、どのような過程を経て誕生してきたのかという流れで説明しています。

 今回は、社会的あるいは政治的不平等が生まれてくる以前の自然状態において、人間はどのようなものであったと説かれているのかを見ていきたいと思います。

 ルソーは序文の最後において次のように述べています。

「人間の魂の最初のもっとも単純なはたらきについて省察してみると、私はそこに理性に先立つ二つの原理が認められるように思う。その一つはわれわれの安寧と自己保存とについて、熱烈な関心をわれわれにもたせるものであり、もう一つはあらゆる感性的存在、主としてわれわれの同胞が滅び、または苦しむのを見る事に、自然な嫌悪を起させるものである。じつは、このほかに社交性の原理などをもってくる必要は少しもなく、右の二つの原理を、われわれの精神が協力させたり、組み合わせたり、できることから、自然法のすべての規則が生じてくるように思われる。」(p.31)


 ここでルソーは理性に先立つ2つの原理として、安寧と自己保存の欲求(自己愛)、そして、憐れみという内的衝動(憐憫の情)があるのだと説いています。少し言葉を変えるならば、自分自身を大切にしようとする傾向があるとともに、相手を大切にしようとする傾向があるのだと言えるでしょう。このように、人間は2つの対立する傾向が統一された存在なのだと説いているのです。これは非常に弁証法的な見方だと言えるでしょう(この憐憫の情に関しては、その後のスミスの「共感の原理」ともつながりをもっていると思われます)。

 また、『学問芸術論』では、社会で認められたいという欲求に従うのではなく、自らの良心に従って行動すべきだと説いていましたが、その良心とは一体何のことを指すのか、どこにその源泉があるのかは明らかにされていませんでした。しかし、このように人間の魂がもつ2つの原理を掲げることで、良心の声が生まれてくる源泉を明らかにしたのだとも言えるでしょう。

 しかし、このような2つの原理は必ずしも人間のみに当てはまるものではなく、他の動物も持ちうるものだとルソーは言います。つまり、人間の特殊性を捉えたものないということです。では、ルソーは人間と他の動物との違いをどのように捉えているのでしょうか。これについては、次のように述べています。

「私はどんな動物のなかにも精巧な機械しか見ない。すなわちこの機械は自分で自分のねじをまくように、またこれを壊したり狂わしたりしそうなあらゆるものからある点まで身を守るために、自然から感覚というものを授かっている。私は人間機械のなかにも確かに同じものを認める。ただ、禽獣の行動においては自然だけがすべてを行なうのに対して、人間は自由な能因として自然の行動に協力するという点がちがっている。一方は本能によって、他方は自由行為によって、択んだり斥けたりする。」(pp.51-52)


 つまり、動物は本能によって機械のように精密に動くし、人間もそういう側面はあるけれども、人間の場合は自らの意志に基づいて行動するのであり、その意味で人間の行為は自由行為なのだということを説いているのです。『学問芸術論』において、自らの良心の声に従って生きることこそが人間としてのあり方だと捉えられていましたが、そのあり方が「自由」という概念で捉えられるようになったのだと言えるでしょう。

 さらに、人間と他の動物との違いとしてもう1点挙げています。

「もう一つ、両者を区別して、なんらの異議もありえない、きわめて特殊な特質が存在する。それは自己を改善(完成)する能力である。すなわち、周囲の事情に助けられて、すべての他の能力をつぎつぎに発展させ、われわれのあいだでは種にもまた個体にも存在するあの能力である。これに対して、動物は数ヶ月の後には一生涯そのままであるようなものになり、またはその種は千年たってもその千年の最初の年にそうであったままで変らない。」(p.53)


 つまり、人間は自己を改善(完成)する能力があるけれども、他の動物にはそれがなく、個体としても種としてもいつまでも変わらないということです。

 これは結局、第一の違いとつながるものだと言えるでしょう。人間以外の動物は本能という決められたプログラムに従って動くだけであり、このプログラムそのものが変わることはありません。だからそこに発展性はありません。しかし、人間は自らの意志に基づいて自由に行動するのであるから、その意志が発展すれば、自らのあり方も発展するし、人類全体としても発展していくことになるのです。

 以上の人間観でもって、自然状態における人間のあり方についてルソーはホッブズの見解を批判しています。ホッブズは自然状態においては、人々は自らの生活を維持するために、互いに相争う状態になるのだと主張していました(万人の万人に対する闘争)。しかし、人間の本質を踏まえれば、そんなことはあり得ないとルソーは主張するのです。

 第一に、人間の欲求(意志)が次第に発展していくものであるならば、自然状態における欲求は非常に小さなものだということになります。したがって、自分の生活を営むために必要な物資はごく限られたものでよく、それが他者の生活を害することはほとんどないというのです。「自然状態とはわれわれの自己保存のための配慮が他人の保存にとってもっとも害の少い状態なのだから、この状態は従ってもっとも平和に適し、人類にもっともふさわしいものであった」(p.70)と書いています。

 第二に、人間には憐れみの情があるということです。人間は同胞を苦しむのを見ることを嫌うのであり、この憐れみの情によって、自らの幸福を追求しようという熱情が緩和されるのだということです。だから、争いも極力避けられたはずだというのです。

 以上が自然状態における人間のありかたについてのルソーの見解です。このような自然状態の人間がどのように変質していくと考えているのかを次回から見ていきたいと思います。
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2017年08月18日

ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う(1/5)

○目次
(1)ルソー『人間不平等起原論』から何を学ぶべきか
(2)ルソーは人間は自由であり自己を改善する能力をもつと捉えた
(3)ルソーは欲求の拡大の中で人間は本当の自分とは違ったふうに見せるようになったと説いた
(4)ルソーは社会の成立を自由の確保のためだと捉えた
(5)教育の必要性と可能性の論理を学ぶべきである
―――――――――――――――――――――――――
(1)ルソー『人間不平等起原論』から何を学ぶべきか

 筆者は今年、ルソーの代表的な著作である『学問芸術論』『人間不平等起原論』『社会契約論』を読み進めていくことを課題としています。

 このようにルソーを扱うことを決めたのは、教育学の歴史において、ルソーが非常に重要な位置を占めていることが明らかになったからでした。ルソーは紳士と貧民という経済的な差異にとらわれることなく、つまり現象にまどわされることなく、その本質においては誰もが人間として同じであると主張したのでした。そして、どのような社会でも生きていけるように教育しなければならないとし、そのために主体的な人間であることが必要だと主張したのでした。このようなルソーの人間観・教育観が後世に引き継がれ、すべての人間に対して同じように教育を行う近代の義務教育制度が成立することとなります。このように、ルソーは教育学の歴史において1つの結節点となった存在なのです。

 したがって、教育学を志す者としては、ルソーの教育思想をしっかり理解することは必須の作業だと言えます。ただし、そもそもルソーは社会思想家とされる人物であり、社会全体の在り方を論じる中で教育についても言及しているわけですから、ルソーの思想全体を把握しておく必要があります。そこで、ルソーの代表的な著作を読み進めていこうとしたのでした。

 今年の3月には『学問芸術論』を扱いました。そこでは、ルソーの問題意識、ルソーの見方・考え方の特徴、ルソーの道徳観という3つの観点から中身を見ていきました。その内容を簡単に振り返っておきましょう。

 そもそもルソーは、聖職者や貴族が優雅に生活をする一方で、第三身分の人々が苦しむという社会格差に対して激しい憤りを感じていたということでした。平民たちの犠牲の上に上流階級の人間が学問や芸術を楽しんでいるということ、その貴族達が楽しんでいる学問や芸術は現実の社会の矛盾の解決には役だっておらず、上流階級の人間が互いに褒めあったり自慢し合ったりするだけの道具になっているということ、そういう現状に対して怒りを抱いていたのでした。このような社会の不平等を何とかしたいということがルソーの根本的な問題意識なのでした。

 そして、ルソーは上流階級の人間に対して「着飾っているだけ」「見せかけだけ」といった批判を行っていたのでした。つまり、現象としては立派だけれども、本質においては非常に貧しいのだということでした。このように現象と本質を区別すること、行動とその背後にある認識を区別して捉えることが対立物の統一であり、弁証法的なアタマの働かせ方なのだということでした。

 上流階級がなぜこうなってしまうのかと言えば、結局、社会の常識や価値観に従って、社会で認められたいという欲求にとらわれてしまうからだということでした。そうではなくて、自分が何をすべきか、どうすべきかということについて、自らの良心が教えてくれるのだから、その良心の声に従って生きるべきだと主張したのだということでした。このようなあり方は、他者からの評価を第一に考えるロックの道徳思想への批判としての意味をもつということでした。そして、ルソー自身も、自らの良心の声に従って、「学問や芸術は人間の習俗を堕落させた」という当時としては異端の説を唱えたのだということでした。

 このように振り返ってみると、『学問芸術論』は良くも悪くもルソーの問題意識がそのままストレートに出ている著作だと言えるでしょう。つまり、「こうあるべきだ!」というルソーの主張(結論)が感情的に打ち出されているということです。したがって、この主張を理論的に裏付けていく作業が必要になります。その作業に取り組んだ結果の1つが『人間不平等起原論』です。

 『人間不平等起原論』も、『学問芸術論』と同様、アカデミーの公募論文に応募してルソーが執筆したものです。正式なタイトルは「人間の間の不平等の起源と基盤についての論文」です。ちなみに、この論文は残念ながら落選してしまいます。この時に一位に選ばれたのはアベ・タルベールという人物の論文であり、この人物は前回の『学問芸術論』のときにも応募していて、次席となった宿命的な競争者でした。落選後、ルソーはこの論文を、祖国ジュネーブ共和国への長い献辞を据えて出版することになったのでした。

 『人間不平等起原論』はその比較的長い献辞のあと、短い序文、ほぼ同じ長さの二部に分かれた本論と、かなりの量にのぼる原注から構成されています。本論では第一部で自然状態の人間はどのようなものであったかを説き、第二部ではその自然状態から不平等がどのようにして生まれてきたかが説かれています。

 本稿ではその内容を見ていきながら、『学問芸術論』の頃に比べてどのような発展があり、どのような歴史的意義があるのか、またここから我々は何を学ぶべきなのか、とりわけ教育学の構築に向けて掬い取るべき論理は何かということを明らかにしていきたいと思います(なお、本稿で引用するものは本田喜代治・平岡昇訳『人間不平等起原論』(岩波文庫)です)。
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2017年08月17日

2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 これまで,カント『純粋理性批判』の「原則の分析論」の緒言〜第2章第3節2の部分を扱ったわが研究会の2017年7月例会について,報告レジュメおよび当該部分を要約した文章を紹介した上で,3つの論点について諸々に議論したプロセスを紹介してきました。

 7月例会報告の最終回となる今回は,参加していた会員の感想を紹介することにします。なお,次回8月例会は,『純粋理性批判』で説かれている純粋悟性の原則の3つ目である「経験の類推」の部分(pp.251-294)を扱います。

 それでは,以下,参加者の感想です。

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 今回は,カント『純粋理性批判』の純粋悟性概念の図式論,純粋悟性の全ての原則の体系の部分を扱った。

 カントが,カテゴリーを現象に適用するためには,先験的図式なるものが必要であると説いていること,また,綜合的判断の最高原則が,いかなる対象も可能的経験における直観の多様な内容の綜合的統一の必然的条件〔直観の形式即ち空間および時間,カテゴリーとカテゴリーによる統一,先験的統覚,時間における構想力の綜合によるカテゴリーの図式化〕に従うものであると説いていること,純粋悟性の原則に関して,三段論法を用いて証明していることなどが大雑把にではあるが理解できた。

 しかし,他会員が把握していたような中身に至らなかったという反省点もある。例えば,先験的図式なるものに関していえば,これが庄司和晃氏の三段階連関理論と重ねあわせて把握し得るようなものであるという把握は,他会員が共通して指摘していたことであるが,私には全くそういった理解ができていなかった。また,カントのいう「現象」というものの理解についても,私はこれが物自体が認識に表れたものだと理解していたのだが,他会員は皆,これはそういう認識に属するようなものではなくて,対象に属するものであるという理解をしていたのだった。

 ここ最近は,何度も例会の範囲を読み込んで,それなりの理解ができてきているという面はあるものの,やはりそれまでの部分が十分に理解できていないため,またそもそものカント哲学の素養がないため,あらぬ理解になってしまっているということが多々あるということだと思う。しかしこれこそ,集団力でもって学んでいく重要な意義の1つであるのだから,その利点をしっかりと生かしていけるようなアタマのあり方にしていく必要があると感じた。

 次回は純粋悟性の原則の1つである「経験の類推」という部分を扱う。報告者レジュメの担当に当たっているために,ここ数ヶ月以上の読み込みで,しっかりと内容を把握し,的確な論点を提示し,それに対する見解も筋を通したものとして提示できるよう,努力していこうと思う。

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 7月例会はチューターとして臨んだ。カテゴリーを現象に適用するためには図式が必要だと説いていること,一切の綜合的判断の最高原則は,いかなる対象も可能的経験における直観の多様な内容の綜合的統一の必然的条件にしたがうものであるとされていること,直観はすべて外延量であり,感覚の対象は度合いをもつことはア・プリオリに認識できること,などが説かれていることは,ある程度理解できたと感じている。

 当日の進行についても,それほど問題はなかったと考えている。ちょっとした会員のちょっとした言語表現から,大きく誤解しているのではないか,根本的なところを理解していないのではないか,と思われる点については,やや厳しく突っ込みを入れることができたと思う。また,純粋理性の原則の部分に関しては,時間規定に引き付けて理解しなければならないことを提起できた点もよかったと思う。

 ただ,『純粋理性批判』の大きな流れに,今回の部分を位置づけようとすると,今回の部分は純粋悟性概念の演繹とどう違うのか,カントは一体何を説明しようとしているのか,などなど,疑問がいくつも生じてくるのも事実である。毎回の例会では,その部分部分を理解することに必死になってしまって,全体の流れにおける位置づけなどはなおざりになってしまっていると感じる。それはいくぶんしかたのないことなのかもしれないが,初めからまた読み返してみるなどして,毎回の例会では議論できない大きな流れについて,自分なりに考え続けることもまた,必要だと感じている。

 今回,解説部分が非常に充実している中山元訳『純粋理性批判』(光文社古典新訳文庫)も購入したので,改めてこちらで初めから読み返すことも検討してみたいと思ったしだいである。

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 7月例会では,カント『純粋理性批判』の純粋悟性概念の図式論,純粋悟性の全ての原則の体系について論じられている部分を扱った。本来なら,徹底して読み込み,要約作業を行ってから論点への見解を作成したかったのだが,それはかなわず,ざっと通読したレベルで見解を作成したために(また,見解提示の起源に間に合わせるために),不十分なものしか書くことができなかった。それでも,当日の議論を通じて,大まかな内容は理解できたのではないかと思う。

 とりわけ,カントの図式論について,唯物論の立場からの把握と比較しながらの議論は興味深かった。感性的なものと概念的なものとは全く異質なように見えるが,両者が関連していることも否定はできない。それでは両者はどのように媒介されるのか――このことが,それこそ古代から一貫して問題になっていたといえるのではないか,とも考えさせられた。感性的なものと概念的なものとの関係は,対象(客観)と認識(主観)との関係とどのように関わってくるのか,というのも考えてみれば微妙な問題で,様々な解釈がなされてきた歴史があるのではないかと思う。このあたりをきちんと整理しきらなければ,真の唯物論哲学の構築など不可能であるといってよいだろう。カントの二元論,ヘーゲルの観念論,それから唯物論という3つの立場を比較するという意識で考察を深めていく必要性を改めて感じさせられた。

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 今回の範囲に関して,最初に読んだときには非常に難しいなと感じていたが,論点への見解作成に向けて何度も読み返す中で,おぼろげながら内容がわかってきたように感じていった。また,例会での議論をとおして,ある程度理解を深めることができたと感じている。

 とりわけカントの図式論について唯物論的な見解とはどう同じでどう異なるのかという点を検討したのがよかったと思う。感性的なものと概念的なものを区別している点は共通しているものの,カントの図式論においては,その2つが全く別個のものであり,だからこそその別個のものをつなぐための媒介(図式)が必要になるのだという主張がなされている。それに対して,唯物論の立場では,感性的なものの反映を繰り返す中で,その共通する部分が概念的なものとして形成されていき,あらたに感性的なものを目にしたとき,アタマの中にある概念的なものと結びつくのだという説明をする。この点を捉えると,確かに唯物論の立場の方が1つの筋をとおして説くことができるのだなと実感できた。やはりこういうレベルでカントの主張と唯物論の立場での主張を比較検討していくという作業が必要になるなと感じた。

 あと,反省点として,カントの記述を読んでふと思いついたことをレジュメなり見解なりに書いてしまっていたという点が挙げられる。しっかり読み込んで,前後の文脈を理解したうえで自分の見解を作成していかなければならないと思った。


(了)

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2017年08月16日

2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2(9/10)

(9)論点3:直観の公理,および知覚の先取的認識とはどういうものか

 前回は,主として一切の綜合的判断の最高原則についてのカントの主張について,議論した内容を紹介しました。

 今回は,純粋悟性の4つの原則のうち,初めの2つの部分についての討論過程を紹介します。論点は,以下のようなものでした。

【論点再掲】

 カントは,純粋悟性の原則を4つ提示しているが,そもそも,純粋悟性の原則とはどういうものか。さらにカントは,「直観の公理」は「直観はすべて外延量である」(p.237)という原理であり,「知覚の先取的認識」は「およそ現象においては感覚の対象をなす実在的なものは内包量即ち度を有する」(p.241)という原理であると述べているが,これらはそれぞれどういうことか。それぞれはどのように証明されているか。

 この論点に関しては,まず,そもそも,純粋悟性の原則とはどういうものかを確認しました。これについては,カテゴリーを客観的に使用する(現象に適用する)ための規則のことである,という理解で,ほぼ落ち着きました。

 次に,「直観の公理」は「直観はすべて外延量である」(p.237)という原理であると説かれているが,これはどういうことかについて議論しました。まず,外延量とは,空間・時間のある部分を占めているという意味であり,「直観はすべて外延量である」というのは,直観はすべて,空間・時間の一部を占めているという意味であろうということを確認しました。そのうえで,これがどのように証明されているのか,そのプロセスを議論しました。ここでチューターが,中山元訳『純粋理性批判』(光文社古典新訳文庫)の解説で,ここでの証明は三段論法によってなされているという指摘があることを紹介しました。そのうえで,ここの証明を以下のように整理しました。

大前提:
 すべての現象は形式的に見れば空間・時間における直観を含んでおり,現象が覚知されるためには多様なものの綜合が必要である

小前提:
 直観一般における同種的な多様なものの意識は,対象の表象を初めて可能にするが,この意識が外延量の概念である

結論:
 同種的な多様なものの合成の統一が量の概念において考えられる,すなわち,現象は全て外延量である


 ごく簡単にいい直すならば,すべての現象は,空間や時間における直観を含んでおり,直観は外延量であるがゆえに,全ての現象は外延量である,ということです。この見解に対しては,皆が,ほぼ,このような理解でいいのではないかと同意しました。

 最後に,「知覚の先取的認識」についての議論に移りました。これは,「およそ現象においては感覚の対象をなす実在的なものは内包量即ち度を有する」(p.241)という原理であると説かれていますが,これはどういうことを意味するのか,ということです。ここに関してもまず,「知覚の先取的認識」とはそもそもどういうことなのかを確認しました。ある会員は,カントは,経験的認識に属するものをア・プリオリに認識し規定し得るような認識を先取的認識と名づけていると説明しました。すなわち,経験的認識なのだけれども,その経験に先立って,あることを認識しうるような,そのような認識を「先取的認識」と呼んでいるのだ,ということでした。これにはみなが同意しました。

 続いて,先の場合と同じく,チューターによって三段論法の証明が,以下のように提示されました。

大前提:
 知覚とは感覚をも含むような意識であり,知覚の対象としての現象は客観一般に対応する質料を含んでいる

小前提:
 感覚自体は客観的表象ではなく,外延量をもつものではないが,ある種の量=内包量を持つ

結論:
 感覚が内包量をもつ以上,これに対応して知覚のあらゆる対象にもまた内包量,すなわち感官に及ぼす影響の度合がある


 ここでいわれている内包量についても確認しました。内包量とは,感官に及ぼす影響の度合いのことであり,どこまでも漸減せられ得るようなもの(例えば色,熱,重力)である,ということでした。したがって先の三段論法は,簡単にいってしまうと,知覚は感覚を含み,感覚は内包量(度合い)をもつがゆえに,知覚の対象をなす実在的なものにも内包量(度合い)がある,ということだと確認しました。要するに,知覚の先取的認識とは,経験に先立って,対象が度を有することを認識している,ということです。これで皆の見解がほぼ一致しました。

 以上で,7月例会の論点に関する議論を,すべて終了しました。
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2017年08月15日

2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2(8/10)

(8)論点2:一切の分析的/綜合的判断の最高原則とは何か

 前回は,純粋悟性の図式論に関わる論点について,どのような議論がなされ,どのような(一応の)結論に到達したのかを説きました。

 今回は,分析的判断,綜合的判断のそれぞれの最高原則に関わる論点です。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】

 カントは,「一切の分析的判断の最高原則」は何だと説いているか。また,カントの説く「一切の綜合的判断の最高原則」とはどういうものか。なぜそれが最高原則だと言えるのか。カントの説く認識成立の構造は,唯物論の立場からはどのように評価することができるか。

 この論点については,まず,一切の分析的判断の最高原則についての確認から入りました。これについては皆の見解が一致しており,一切の分析的判断の最高原則は矛盾律だということを確認しました。なぜ矛盾律なのかという理由については,分析的判断の真実は,常に矛盾律に従って十分に認識せられうるからとカントが説いていることを確認しました。

 次に,一切の綜合的判断の最高原則についての検討に移りました。これも大筋では皆の見解は同様の内容でした。すなわち,端的にいうと,「我々の一切の表象を含む総括者であるところの内感,構想力に基づく表象の綜合,および統覚の統一に基づく表象の綜合的統一」(p.230)という三者にこそ,純粋な綜合的判断の可能が求められるべきである,ということでした。もう少し詳しくいうと,以下のようになります。そもそも綜合的判断とは,与えられた概念に,その概念のなかからは出てこない別の概念を関係させて考察するものです。この場合,判断自体からは,この判断が真理であるか否かは明らかになりません。与えられた概念と他の概念を比較するには,これら2つの概念の綜合を可能にするような第三のものが必要になる,とカントは説いています。それは,我々の一切の表象を含む総括者である内感,構想力に基づく表象の綜合,および統覚の統一に基づく表象の綜合的統一の三者です。綜合的判断は,この三者を基礎にしなければ成り立たない(したがって,それが最高原則である),というのがカントの主張なのです。

 ここでチューターがある疑問を呈しました。それは,p.232では,「直観の形式即ち空間および時間,カテゴリーとカテゴリーによる統一,先験的統覚,時間における構想力の総合によるカテゴリーの図式化」とあるように,三者ならぬ四者になっているのはなぜなのか,先ほどの三者とここに挙げられた四者は,どのように対応しているのか,というものでした。単純に対応しそうなものを考えてみると,前者の「内感」と後者の「直観の形式即ち空間および時間」,前者の「統覚の統一に基づく表象の綜合的統一」と後者の「先験的統覚」が,対応しそうだということになります。そうすると残ったのは,前者の「構想力に基づく表象の綜合」と後者の「カテゴリーとカテゴリーによる統一」「時間における構想力の総合によるカテゴリーの図式化」ということになります。確かに構想力は,カテゴリーとも図式とも関係してきますから,前者の「構想力に基づく表象の綜合」が後者の「カテゴリーとカテゴリーによる統一」「時間における構想力の総合によるカテゴリーの図式化」という2つに対応すると考えてもいいのではないか,ということになりました。

 また,カントは「いかなる対象も,可能的経験における直観の多様な内容の綜合的統一の必然的条件〔直観の形式即ち空間および時間,カテゴリーとカテゴリーによる統一,先験的統覚,時間における構想力の綜合によるカテゴリーの図式化〕に従うものである」(p.232)と説いているが,ここでは,可能的経験における直観の多様な内容の綜合的統一の必然的条件に,対象をも従う必要がある,それこそが,一切の綜合的判断の最高原則であると説かれています。これはすなわち,経験=認識が可能となる条件は,直接に,対象が可能となる条件でもあり,これによって,ア・プリオリな綜合的判断が客観的妥当性を持つのだ,と主張しているように思われるとの見解も出されました。これについて他の会員も,そのような理解でいいのではないかと同意しました。

 カントの説く認識成立の構造についての唯物論の立場からの評価については,物自体は性質をもたないとしている点が批判されるべきであるということについては,見解が一致しました。ここに関して,分かりやすく説いている一会員の見解を示すならば,以下です。

「カントの主張は,例えば,石が水に投げ込まれると波紋が生じる,という総合的判断について,我々の一切の表象を含む総括者である内感(石が投げ込まれた後に波紋が生じたというように,時間という形式に従って順序付けられる),構想力に基づく表象の綜合(石が投げ込まれたということが原因となって波紋という結果が生じた,というように原因と結果というカテゴリーが適用される),および統覚の統一に基づく表象の綜合的統一(「私は……考える」というように自分の経験としてまとめる)の三者によって成り立つのだ,と主張するものであり,あくまでも主観的条件が対象(現象)を成り立たせているのであって,物自体の性質は把握しようがない(物自体は何の性質も持たない),ということを前提としています。しかし,唯物論の立場からすれば,物自体は性質をもつのであって,石が波紋を引き起こすのも,それぞれの客観的な性質に根拠があるということになるのです。」


 この見解には,皆が納得しました。

 唯物論の立場からの評価に関わって,ある会員は,カントの立場を人間の認識に対象が現象する際に認識の側から性質を与えると説明しました。これに対してチューターは,カントの言う「現象」とは,人間の認識に対象が現われることをいうのではなく,客観的世界の側にあるものを指す用語ではないか,と指摘しました。カントの立場では,物自体は認識できず,その現象しか認識できないとされているのだから,現象とは認識する対象の側の存在を指すのであって,認識の側を指すのではない,ということです。この説明にはこの会員も納得しました。

 以上で論点2についての議論を終了しました。

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2017年08月14日

2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2(7/10)

(7)論点1:純粋悟性概念の図式論とはどのようなものか

 前回は,7月例会で扱った範囲を改めて要約し直した後に,会員から出された論点をチューターが整理して3つにまとめたものを紹介しました。

 今回からは,その3つの論点について,どのような議論がなされ,どのような(一応の)結論に達したのかについて,紹介していきたいと思います。

 今回は,カントのいう「純粋悟性の図式論」に関わる論点についての内容です。論点は,以下のようなものでした。

【論点再掲】

 カントは判断力に関して,「規則のもとに包摂する能力である」(p.210)と述べているが,これはどういうことか。また,カントは,カテゴリーを現象に適用するためには先験的図式が必要だというが,これはどういうことか。唯物論の立場からすれば,カントの図式論をどのように評価することができるか。具体的な例として,犬の認識がどのように成立するか,カントの説明と唯物論の立場からの説明を比較してみるとどうなるか。

 この論点に関してはまず,判断力とは何かということについて確認しました。これについては意見の相違はありませんでした。すなわち,判断力とは,普遍的な規則のもとに特殊な対象を包摂する能力であり,特殊な対象が普遍的な規則の適用を受けるかどうかを判断する能力である,ということです。もう少し端的にいうと,感性的直観における表象を,悟性に具わった純粋悟性において与えられる規則に取り込む働きであり,カテゴリーを現象に適用する働きのことであるということです。会員の一人は,カントの叙述にしたがって,判断力は,生得の知慧の特殊なものであり,教えることができるようなものではない点にも触れました。

 次に,先験的図式について議論しました。これは,カテゴリーと直観を媒介する第三のものであり,カテゴリーとも現象とも同種である先験的な時間規定がこれにあたるという点は,皆の共通認識でした。二人の会員はこれに加えて,図式が構想力の所産であることも指摘しました。ここに関わって,カントが,感性的概念(経験的概念)の根底には形像ではなく図式がある,と説いている点について,議論を深めました。まず,感性的概念(経験的概念)とは何かという点ですが,これは,カテゴリー以外の,先験的ではない概念のことだろうということになりました。また,形像とは,見たままの像,具体像のことだろうということで落ち着きました。これを踏まえて,感性的概念(経験的概念)の根底には形像ではなく図式がある,ということはどのようなことかを議論して,結局,対象の具体的なイメージから感性的概念に達することはできず,必ず図式が媒介とならなければならない,ということであろう,という結論になりました。要するに,カテゴリーと現象(直観),感性的概念(経験的概念)と形像を媒介するものは図式である,ということです。

 構想力と図式の関係についても議論しました。一会員が,カントは,図式についてそれが構想力に関わることを指摘するだけで,「人間の心の奥深い処に潜む隠微な技術」(p.218)だとして,明快な説明を放棄してしまっていると指摘しましたが,この点については,これ以上議論が深まりませんでした。

 最後に,唯物論の立場からすれば,カントの図式論をどのように評価することができるかについて議論しました。感性と悟性,現象とカテゴリーを全く別物として捉えてしまっている点が問題であるが,カテゴリーを現象に適用する際には,その媒介物が必要だと指摘した点は,概念と感覚を媒介するものとして表象的段階を措定した庄司和晃に通じるような見事な指摘ということもできるとか,カントのいわゆる図式は,ごく大雑把にいえば,対象についての感性的(具体的)なレベルの像と概念的(抽象的)なレベルの像とを媒介する表象的なレベルの像に相当するものであるといえるのではないかとか,図式とは唯物論的にいうと表象的認識に相当するとかいう見解が出されました。いずれも,カントのいう図式は,庄司和晃氏の三段階連関理論における表象と論理的に似通って性質をもっているのではないかという指摘でした。ただし,三段階連関理論のように,抽象度の違いとして3段階を統一的に把握するような視座はなく,まったく異種的な2つのものを結びつけるために,両方の性質を併せ持った第三のものを設定しただけという欠陥がありそうだという話にもなりました。

 ここをもう少し検討するために,犬の認識がどのようにして成立するのかを,カントの立場とわれわれの立場とで比較してみました。カントの立場では,ある特殊な個々の犬を見た場合,これを「犬」だと認識できるのは,犬という図式に従ってこの形像を犬という概念に結びつけることによってである,ということになります。すなわち,犬の形像が,ア・プリオリな純粋構想力の産物である図式(がカテゴリーを適用すること)によって可能となるのです。一方で,われわれ唯物論の立場から犬という認識がどのように成立するかを説くならば,個々の犬をくり返しくり返し認識することによって,それらの像の重なる部分と重ならない部分とが徐々に明確になってきて,その重なる部分が共通性として把握されるようになり,その重なる部分が徐々に表象から概念へと発展していくことになるのであり,その「犬」という表象や概念でもって対象に問いかけることで,その共通像にある程度合致する対象の像を「犬」と判断できる,ということになります。もう少しいうと,具体的な犬を対象として反映した場合に,その具体的な像が,犬の表象像を媒介として犬の概念像に結び付けられるということができます。このように検討してみると,やはりカントの図式論は,何かバラバラなものを3つ並べただけという印象がぬぐえないのに対して,われわれ唯物論の立場に立つ認識論においては,3つの段階が全て像の発展として,その像の抽象度の違いとして,統一的に把握されており,より一貫性のある論理であるということができる,ということを確認しました。

 以上で,この論点についての議論を終了しました。

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2017年08月13日

2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 これまで,4回にわたって『純粋理性批判』の7月例会の範囲の要約を掲載してきました。

 ここで,改めて,今回の範囲で大事な内容を簡単にふり返っておきたいと思います。

 初めにカントは,これから論究しようとする原則の分析論は,判断力に対する規準であるとして,その判断力とは,規則のもとに包摂する能力,何かあるものが与えられた規則の適用を受けるかどうかを判別する能力であると説いていました。そして,ある現象をカテゴリーに包摂する場合には,一方ではカテゴリーと,他方では現象とそれぞれ同種的であるような第三のものがなければならないとして,それを先験的図式であると説いていました。この先験的図式とは先験的時間規定のことであるとされていました。この先験的時間規定が,悟性概念の図式として,現象をカテゴリーのもとに包摂する媒介的な役割をはたすということでした。そして,悟性が図式を取り扱う仕方を図式論と名づけ,図式は構想力の所産だとされていました。また,形像は,これを描き出すところの図式を介してのみ概念と結びつかねばならないのであって,それ自体概念と完全に合致するものではないと説かれていました。さらに,カテゴリーの図式はいずれも時間規定を含みかつこれを表示しているとされていました。

 このように純粋悟性概念の図式論について説いた後,カントは純粋悟性の原則の体系としてまず,一切の分析的判断の最高原則について説いていきました。カントはそれを,「いかなる物にもこの物と矛盾する述語を付することはできない」という矛盾律にあると説いていました。それは,分析的判断の真実は,常に矛盾律に従って認識され得るからとのことでした。続いてカントは,一切の綜合的判断の最高原則について説いていきました。内感,構想力に基づく表象の綜合,統覚の統一に基づく表象の綜合的統一の3つにこそ,純粋な綜合的判断の可能も求められるべきであり,綜合的判断は必ずこの三者を基礎としなければならないと説かれていました。結論的にカントは,一切の綜合的判断の最高原理は,いかなる対象も,可能的経験における直観の多様な内容の綜合的統一の必然的条件に従うものである,ということであると説いていました。

 最後にカントは,純粋悟性の原則を体系的に表示しようと試みていました。そもそも純粋悟性の原則とは,カテゴリーを客観的に使用するための規則のことでした。そしてそれは,「直観の公理」「知覚の先取的認識」「経験の類推」「経験的思惟一般の公準」の4つであることが示されていました。前二者は直観的確実性を持つがゆえに数学的原則と呼ばれ,後二者は論証的確実性しか持たないゆえに力学的原則と名づけられていました。その後,「直観の公理」に関しては,その原理は「直観はすべて外延量である」とされ,「知覚の先取的認識」については,その原理は「およそ現象においては感覚の対象をなす実在的なものは内包量即ち度を有する」であると説かれ,それぞれその証明がなされていました。

 以上のような内容に関わって,会員からはいくつかの論点が提示されました。それをチューターが以下のように3つにまとめました。

1.純粋悟性概念の図式論とはどのようなものか

 カントは判断力に関して,「規則のもとに包摂する能力である」(p.210)と述べているが,これはどういうことか。また,カントは,カテゴリーを現象に適用するためには先験的図式が必要だというが,これはどういうことか。唯物論の立場からすれば,カントの図式論をどのように評価することができるか。具体的な例として,犬の認識がどのように成立するか,カントの説明と唯物論の立場からの説明を比較してみるとどうなるか。


2.一切の分析的/綜合的判断の最高原則とは何か

 カントは,「一切の分析的判断の最高原則」は何だと説いているか。また,カントの説く「一切の綜合的判断の最高原則」とはどういうものか。なぜそれが最高原則だと言えるのか。カントの説く認識成立の構造は,唯物論の立場からはどのように評価することができるか。


3.直観の公理,および知覚の先取的認識とはどういうものか

 カントは,純粋悟性の原則を4つ提示しているが,そもそも,純粋悟性の原則とはどういうものか。さらにカントは,「直観の公理」は「直観はすべて外延量である」(p.237)という原理であり,「知覚の先取的認識」は「およそ現象においては感覚の対象をなす実在的なものは内包量即ち度を有する」(p.241)という原理であると述べているが,これらはそれぞれどういうことか。それぞれはどのように証明されているか。


 これらの論点について,会員は事前に自己の見解をまとめて文章化し,それをチューターが取りまとめて,コメントを付しました。ここまでを例会までにすませておき,それを踏まえて例会当日には議論をしました。次回以降は,例会当日にどのような議論がなされて,どのような(一応の)結論に到達したのか,ということを紹介していきたいと思います。

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2017年08月12日

2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2(5/10)

(5)カント『純粋理性批判』原則の分析論 第2章第3節1・2

 前回は,『純粋理性批判』原則の分析論の第2章第2節から第2章第3節にかけての部分の要約を紹介しました。そこでは,いかなる対象も,可能的経験における直観の多様な内容の綜合的統一の必然的条件に従うものであるという,一切の綜合的判断の最高原理が説かれていました。そして,純粋悟性の原則とは,カテゴリーを客観的に使用するための規則のことであり,「直観の公理」「知覚の先取的認識」「経験の類推」「経験的思惟一般の公準」の4つであることが説かれていました。

 さて今回は,今挙げた4つの原則のうち,「直観の公理」と「知覚の先取的認識」とについて説かれている部分の要約を掲載します。「直観の公理」に関しては,その原理は「直観はすべて外延量である」とされ,「知覚の先取的認識」については,その原理は「およそ現象においては感覚の対象をなす実在的なものは内包量即ち度を有する」であると説かれ,それぞれその証明がなされていきます。

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1 直観の公理

その原理――直観は全て外延量である

証明

 およそ現象は,形式的に見れば全て空間あるいは時間における直観を含んでいるから,現象が覚知されるためには(現象が経験的意識に取り入れられるには),多様なものの総合によるよりほかに方法がない。要するにある一定の空間および時間の表象は,この総合によって,同種的なものの合成と同種的な多様なものの総合的統一の意識によって生じるのである。ところで直観一般における同種的な多様なものの意識は,対象の表象を初めて可能にするものであるが,この意識がすなわち量(外延量)の概念である。それだから現象としての対象の知覚すら,感覚的直観において与えられた多様なものの総合的統一によってのみ可能である。この同じ総合的統一によって,同種的な多様なものの合成の統一が量の概念において考えられるのである。換言すれば,およそ現象は全て量であり,しかも外延量である。空間および時間における直観としての現象は,空間および時間一般を規定する総合と同じ総合によって表象されねばならないからである。
 私がここで外延量というのは,そのなかでは部分の表象が全体の表象を可能にする(したがって部分の表象が必然的に全体の表象よりも前にある)ような量のことである。私が1本の直線を引くにしても,これを考えのなかで引いてみないことには(考えのなかである1点からこの線の全ての部分を順次作り出し,こうしてこの線の直観を描いてみないことには)どんな短い線でも実際に引くことはできない。このことは時間についても――たとえどんなに短い時間についても,全く同様である。それだから時間についていえば,私は時間においてあるひとつの瞬間から他の瞬間までの継続的進行を考えてみさえすればよい。そうするとこの進行のままに,全ての部分的時間とそれが順次に付け加えられていくこととによって,ついに一定の時間量が作り出されるのである。あらゆる現象について,純粋直観は空間であるかさもなければ時間であるから,およそ直観としての現象は全て外延量である。現象は(部分から部分への)継続的総合によってのみ,覚知において認識され得るからである。ゆえに一切の現象は,すでに集合(前もって与えられている諸部分の総量)として直観されるのである。しかしこのことは,どんな種類の量についても常にこうなるというわけではなく,我々によって外延量として表象され覚知されるような量についてだけの話である。

2 知覚の先取的認識

その原理――およそ現象においては感覚の対象をなす実在的なものは内包量すなわち度を有する

証明

 知覚とは経験的意識のことである。換言すれば,同時に感覚をも含んでいるような意識である。知覚の対象としての現象は,空間および時間のような(全く形式的な)純粋直観ではない。それだから現象は,直観を越えてそれ以上に,なお何らかの客観一般に対応する質料(空間あるいは時間において存在するものは,これによって表象される),すなわち感覚における実在的なものを,単なる主観的表象として含んでいる。経験的意識にから純粋意識に至る漸減的変化は可能である。経験的意識における実在的なものが全く消滅して,空間および時間における多様なものの純粋に形式的な(ア・プリオリな)意識が残るからである。それだから,感覚がゼロすなわち純粋直観から始めて次第に増大し,任意の量まで達すること(感覚の量を次第に算出していく総合)も可能になるわけである。感覚自体は決して客観的表象ではないし,また感覚には空間の直観もなければ時間の直観もないのだから,感覚はなるほど外延量をもつものではないが,しかしそれにもかかわらず,ある種の量をもつ(しかもそれはこの量を覚知することによるのである。つまり経験的意識は,この覚知においてある時間に無すなわちゼロから,その都度達した量まで増大し得るのである)。これがすなわち内包量である。知覚は感覚を含んでいるから,感覚が内包量をもつ以上,これに対応して知覚のあらゆる対象にもまた内包量,すなわち感官に及ぼす影響の度合いがあるとしなければならない。
 経験的認識に属するところのものを,ア・プリオリに認識し規定し得るような認識を,全て先取的認識と名づけることができる。しかし現象は,ア・プリオリには決して認識されないような何かあるものを含んでいるのであり,これが本来,経験的認識をア・プリオリな認識から区別するところのものである。すなわちそれは知覚の質料としての感覚である。感覚は,もともと先取的には決して認識され得ない。これに反して空間および時間において,形態なり量なりを純粋に規定することは,現象の先取的認識と呼ばれてよい。こうした純粋な規定は,経験においてア・ポステリオリにのみ与えられるところのものをア・プリオリに示すものだからである。しかしおよそ感覚には,感覚一般として(個々の感覚が与えられていようがいまいが)ア・プリオリに認識されるようなものがあると仮定するなら,それは特殊な意味で先取的認識とよばれてよい。
 感覚だけによる覚知はある瞬間を充たすにすぎない。現象の覚知は,部分から全体的表象へ進むような継続的総合ではない。それだから感覚はこうした性質のものとして,現象において外延量をもたない。経験的直観において感覚に対応するものは実在である。また感覚の欠無に対応するものは否定すなわちゼロである。如何なる感覚も漸減し得るものだから,感覚は次第に減じてついに消滅することがありうる。それだから現象における実在と否定との間には多くの可能的な中間的感覚を含む連続がある。
 内包量というのは,単一性としてのみ覚知されるところの量である。この量においては数多性は否定すなわちゼロに近接することによってのみ表象される。だから現象における実在は全て内包量すなわち度を有する。こうした実在を原因(感覚の原因であると,現象における別の実在――例えば変化――の原因であるとを問わず)と見なすならば,原因としての実在の度はモメントと名づけられる。
 量においては,そのいかなる部分も可能的な最小部分ではない。これが量の特性であって,この性質を量の連続性と名づける。空間も時間のいかなる部分も限界によって区切らずには与えられないから,空間も時間もそれぞれ連続的な量である。点や瞬間は,個々の空間や時間を局限する単なる場所にほかならず,空間や時間よりも前にその構成部分として与えられるようなものではない。点や瞬間から空間や時間が合成されるわけではないのである。このような量を産出する(産出的構想力の総合)は,時間における経過であるから,このような量を「流れる」量とも名付けることができる。
 すると現象一般は,連続的な量ということになる。すなわち現象の直観に関しては外延量としての,また単なる知覚(感覚とその対象としての実在と)に関しては内包量としての連続的量である。

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 ・日本酒を楽しめる店の条件
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 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
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 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
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 ・観念的二重化への道
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 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
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 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
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 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
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 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
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 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
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 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
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 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
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 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
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 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
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 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
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 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
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 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
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 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
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 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
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 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
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 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
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 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
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 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
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 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
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 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
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 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
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 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
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 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
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 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言