2017年07月05日

日本経済の歴史を概観する(9/13)

(9)日本資本主義の成立過程

 本稿は、これからの日本経済の進むべき方向を考えていくための前提として、日本経済の構造がどのような歴史的な過程によってつくられてきたのかを問うものであり、無限に増大していく社会的欲求を最大限に満たし続けていくために有限な社会的総労働をどのように配分していけばよいのか、という問題がどのように解決されてきたのか、という観点から、縄文時代から現代までの歴史を概観していこうとするものです。

 前回までの3回にわたっては、律令体制の動揺のなかから荘園公領制が成立し、さらに荘園公領制のなかから大名領国制という新たな体制が形成されて、江戸幕府による全国支配が確立されていく流れを簡単に辿ってきました。ここで簡単に振り返っておくことにしましょう。

 10世紀以降、個人を課税単位として労役を課すという仕組みは機能しなくなり、土地を課税単位として収穫物の一部を納めさせる仕組みに転換します。有力農民は自ら開墾した土地を中央の貴族や寺社に寄進して荘園とすることで、重い税負担から逃れようとしました。一方、公領もまた上級貴族の事実上の私有地のようなものとなり、荘園・公領のいずれにおいても、在地領主(有力農民層)が零細農民から剰余生産物を取り立てて中央領主(上級貴族)に年貢として納めるという関係が成立しました。有力農民層は、自分の土地を守るために武装して争うようになり、地方での騒乱を抑えるために派遣された中央貴族と結びついて武士団を形成し、やがて武家政権の成立につながります。社会が安定し、鉄製農具や牛馬・肥料の使用が広がると、土地からの収穫物は大きく増え、自立的な経営を行う農民が結合する惣村的な形態も生まれてきました。農民は綿花や麻・桑・茶など新しい作物も栽培するようになり、鍛冶・鋳物師・紺屋など専門の手工業者も多くなりました。土地から遠く離れた中央領主層(貴族)は、こうした変化に対応できず、在地の武士によって土地支配の実権を奪われていきました。武士による一元的な土地支配が強められていく流れのなかから、地域的な市場圏の成立を基礎にて広い領国を統一的に支配する戦国大名が登場してきます。戦国大名は、他国との熾烈な戦いに勝ち抜いていくために、大規模な治水灌漑事業などで生産基盤を強化し国力を確保することに努めました。全国を統一的に支配した江戸幕府は、自給自足的な農民経済の維持(自立的な農民の労働力の再生産)を土台にして最重要生産物としての米を独占的に確保し、米の流通を掌握することで財政基盤を安定させるとともに、農地から切り離されて純粋な消費者となった武士たちの増大する諸欲求を満たすための商品経済を整備しました。しかし、農具の改良などで農業生産力の発展が進む一方、都市人口が増加したことで、都市住民の増大する諸欲求を満たすために野菜・茶などの商品作物の栽培が広がり、綿作や養蚕業なども行われるようになっていきました。こうした市場経済の発展のなかで、年貢米に依存していた幕府や諸藩の財政は危機を深めていきます。幕府は、諸々の改革を試みたものの、米を基礎とする仕組みを根本から変えることができず、年貢を重くするなどの対応に終始しました。しかし、薩長土肥などの西南雄藩は、藩の特産物の専売を強化したり造船などの藩営工場を設立したりして財政の再建に成功し、大きな力をつけていったのでした。

 さて、今回は、江戸時代末期の開国による混乱を経て、日本における資本主義が成立してくる過程について、簡単に辿ってみることにしましょう。資本主義経済とは、端的にいえば、大半の労働生産物が商品となり、市場において貨幣を媒介として交換される経済のことです。ここで決定的に重要なのは、労働力までもが商品化するということです。すなわち、土地や生産手段を奪われ、自分の労働力を商品として売る(誰かに雇ってもらう)しか生きていく術がなくなる労働者階級(無産者、プロレタリアート)が大量に創出されて、物質的な生産活動の中心を担うようになっていったのが資本主義経済なのです。資本主義経済は、産業革命(機械制大工業の成立によって、資本家が労働者を雇って働かせるという関係が社会全体に広く行きわたること)を通じて、揺るぎないものとして確立されます。資本主義経済においては、経済の根本問題――無限に増大しようとする社会的欲求を最大限に満たし続けるために社会的総労働をどのように配分していけばよいか、という問題――は、基本的には市場における商品交換を通じて解決されるようになります。しかしながら、社会的総労働の配分過程は決して市場だけで完結するものではなく、政府による公共事業や社会保障などが不可欠となってくることも忘れてはなりません。

 さて、18世紀後半から19世紀に半ばにかけて、産業革命を成し遂げたヨーロッパ諸国やアメリカは、世界中に植民地的な支配を広げていこうとしていました。こうしたなかで、それまでいわゆる鎖国政策によって、外国との貿易を厳しく統制していた日本も、欧米列強の圧力によって開港を迫られることになります。いわゆる安政の開港(開国)によって外国貿易は急激に発展していきます。それは、先進国へ原料・食料を輸出して工業製品を輸入する後進国型のものでした。外国貿易の急激な発展は、国内の商品流通を大きく混乱させ、物価が著しく高騰してしまうなど、経済の大きな混乱をもたらしました。江戸幕府がこうした事態にまともに対応しきれないなかで、西南雄藩の武士が主導して幕府が倒され、新政府がつくられていくことになります。いわゆる明治維新です。

 それでは、明治新政府は、経済の根本問題――無限に増大しようとする社会的欲求を最大限に満たし続けるために社会的総労働をどのように配分していけばよいか、という問題――を、どのように解決しようとしたのでしょうか。

 それは端的には、欧米列強の圧力に抗して国家の独立を維持しなければならないという強烈な危機意識にもとづき、「富国強兵」というスローガンを掲げて、国家権力の強力な主導によって、上からの資本主義化を推進することによって、でした。

 明治新政府は、幕藩体制を解体して新たな統一国家を樹立し、その新政権の財政的基礎を確立するため、次々と近代化政策を打ち出していきました。そのなかで、資本主義経済が成立させられていく上で重要な役割を果たしたのは、秩禄処分・地租改正と殖産興業・通貨信用制度の創設です。

 秩禄処分というのは、士族に支給されていた俸禄が新政府の財政を大きく圧迫していたために、士族に金禄公債証書を与えることと引き換えに俸禄を全廃したものです。これによって、多くの士族は経済的に大きな打撃を受けて、没落していくことになりました。

 地租改正というのは、土地の売買を自由化した上で地価を定め、その3%を地租として現金で納めさせるようにしたものです。地価の算定式は、地租の額が江戸時代の年貢とほぼ同じになるように、巧妙に定められたもので、農民の負担軽減にはつながりませんでした。しかし、現物納ではなく金納となったことで、農民は商品生産者としての性格を否応なしにもたされることになり、農民の階層分解が加速していくことになりました。

 秩禄処分と地租改正で財政基盤の確立を図った新政府は、「富国強兵」を掲げて官営工場を建設し、外国から新しい機械を買い入れ技術者を招いて、兵器生産や造船業、製糸業や紡績業の確立を進めていきました。欧米列強に対抗しつつ国家の独立を守るために軍事力を強化するとともに、輸入を抑制して輸出を促進するために民間産業の保護育成を図ったわけです。官営工場は、政府の財政負担を軽減する目的もあって、やがて政商と呼ばれる民間の有力商人に払い下げられました。政商は不況で没落した小企業を吸収して大きく成長し、やがて財閥と呼ばれるまでに成長していきます。

 こうした産業の発展を資金面から支えるために、近代的な金融制度の創出が図られました。華族(旧大名)が秩禄処分で得た巨額の公債を資本金とする発券銀行も設立されました。中央銀行(日本銀行)による兌換券の発行を目指す過程では、西南戦争の戦費調達のために増発された不換紙幣の償却を進めていくために、大蔵卿となった松方正義の下で、過酷なデフレ政策がとられることになります。いわゆる松方デフレです。この過程では、米価が著しく下落したにもかかわらず、地租は定額金納であったために、農民の負担は著しく重くなり、多くの自作農が土地を手放して急速に小作農に転落していくことになりました。こうして、土地を失った農民や、貧しい農村の次男や三男、女子が、生きていくために自らの労働力を売るしかない賃労働者となっていったのです。一方で、自らは耕作せず、買い集めた土地を小作人に貸して小作料に頼って生活する寄生地主が増えていくことにもなりました。

 このようにして準備された資本と賃労働力を前提にして、まずは製糸・紡績業を中心に、機械を本格的に導入する産業革命がスタートすることになっていきました。ここで重要なのは、江戸時代末期までに、市場経済が大きく発展し、工場制手工業も広まりつつあったものの、こうした動きの単純な延長線上に日本経済の資本主義化があったわけではない、ということです。こうした経済発展を土台としながらも、欧米列強の圧力に抗して国家の独立を維持しなければならないという強烈な危機意識にもとづいて、国家権力の強力な主導により、上からの資本主義化(秩禄処分や地租改正による財政基盤の確立、「富国強兵」を掲げた殖産興業政策、松方デフレによる通貨信用制度の創設と賃労働者の創出)が推進されたのです。
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 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
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 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
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 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
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 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言