2017年04月17日

斉藤喜博から何を学ぶべきか(5/5)

(5)現在求められるべき「主体的」とは、国家が抱える問題について自分の考えを主張できることである

 本校では、学習指導要領の改定案が出され「主体的・対話的で深い学び」ということがキーワードとなる中で、斎藤喜博から何を学ぶべきかを明らかにするべく、日本の教育実践の歴史において有名な斎藤喜博を取り上げてきました。

 ここでこれまでの流れを振り返っておきましょう。

 第一に、島小ではどのような実践を行っていたのかを見てみました。そこで取り上げたのは「想像説明」と「○○ちゃん式まちがい」というもので、そこでは、問題に対してそれぞれの子どもが自分の計算過程を出し、なぜそのような計算過程になったのかを他の子どもが想像して答えるという実践が行われていたのでした。出された計算過程が間違っていた場合も、どうして間違ったのかが検討され、どうすればよかったのかが話し合われていました。これは「主体的・対話的で深い学び」の具体的なあり方であり、そうやって自分の考えを積極的に出すこと、そして友だちの意見を聞くことによって自分が成長するのだということを体験させていたのでした。また、想像説明を行った子どもの側からすれば、観念的二重化の力や論理的な能力を高めることにつながるのだ、ということを説いてきました。そして、斎藤が、子どもは授業によってこそ力がつくのであり、その授業次第で子どもの力を大きく伸ばしていくことができるのだということです。そのような子どもの可能性、教育の可能性を実践をとおして証明してみせたことに大きな意義があると主張しました。

 第二に、島小での授業記録の特徴について取り上げました。斎藤は教授学をつくるためには、無数の事実をつくることをまずは大事にしないといけないとして、その事実である授業記録については、@教師自身の行為と、A(教師の)内面に生起したことがらと、B子どもに生起したことがらの3つを叙述していたのですが、これは教育における事実とは何かを踏まえると評価できることを説きました。そもそも教育の過程は、教師の認識と表現、そして子どもの認識と表現のやりとりであり、その中で起こったことはすべて教育の事実なのであり、したがってその中で教師が何らかの認識を抱いたのであれば、それも扱うべき事実なのだということでした。このような意味で、教師の認識を授業記録の中に組み込んだのは正当ではあるものの、教育の過程についての把握が十分になされていなかったため、曖昧な部分も存在していることを指摘しました。

 第三に、斎藤が島小へと至る過程について見てきました。斎藤は師範学校を卒業した後、最初に赴任した玉村小学校で、どの先生も対等の立場で自信をもって自分の実践に専念していたことに驚き、その雰囲気を作っていた宮川校長から大きな影響を受けていたのでした。その後、宮川校長の代わりに来た校長は形式的なことにこだわる人であったために、様々な形で職員と対立することになったのでした。特に「教育によって子どもを変え時代を変えていくのが教師のつとめだ」「法律は人がつくるものだ。悪い法律なら人間の力で変えていかなければならないのだ」という職員の考え方と、「教師は法律によってきめられたことだけをやっていればよい。それ以外のことはしてはいけない」という校長の考え方が大きく対立したのでした。そして盧溝橋事件も起こり、戦争の雰囲気が感じられるようになってくると、「国家より個人が先にたつ」という斎藤の考え方は校長をはじめ職員からも国賊だとして非難されるようになったのでした。やがて戦争が終わり、教員組合が作られると、斎藤はその活動に文化部長として専念するようになります。自分の明確な考えをもたず、周囲の動向を見て動く組合の教員を様々に目にしつつも、組合は民主主義の時代に民主主義を実現し、民主主義教育をつくりだそうとするものであり、教師の解放に大きく役だったのだと肯定的に評価していたのでした。結局、斎藤は、一人一人が個人として尊重され、一人一人が自分の意志で自由に行動し、発言できることこそ理想的なあり方だと考え、教師としてそのような生き方を貫いたのであり、また子どもにもそのような主体的なあり方を身につけさせていたのだということでした。

 現在の社会状況を眺めたときに、以上の流れから「主体的」ということでもっとも掬い取らねばならないのは、「法律は人がつくるものだ。悪い法律なら人間の力で変えていかなければならないのだ」という部分でしょう。いかに法律と言えども、それをつくるのは人間です。その法律をつくる人間がしっかり国民のことを考えているかどうかはわからないし、仮に考えていたとしても、結果として出来上がった法律が国民のためになるものかどうかはわかりません。そういった点を意識し、問題があればその問題をしっかりと見抜いて、自分の考えを主張していけるということこそ、今求められている主体的なあり方だと言えるでしょう。そのような主体的な人間を育てることによってこそ、民主主義というものは成り立つのです。これこそ斎藤喜博が島小で目指したものだったと言えるでしょう。 

 現在、連日森友学園の問題が取り上げられています。その森友学園が経営する塚本幼稚園で、園児たちが「安倍首相がんばれ。安倍首相がんばれ。安保法制通過よかったです」と声を挙げさせられている姿が報道されていました。これが、斎藤喜博が目指した民主主義教育なのでしょうか。斎藤喜博が育てようとした主体的なあり方なのでしょうか。そもそも教育基本法には政治教育として、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」と定められています。これには反しないのでしょうか。国会で答弁を求められた安倍首相は、「責任を持つ大阪府が判断すべきことだ」としています。もし大阪が可とすれば、国はそれを追認するのでしょうか。

 一方で、自民党は昨年の7月「学校教育における政治的中立性についての実態調査」として、「『安保法制は廃止にすべき』(もともとは『子供たちを戦場に送るな』と記載されていました)と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいる」として、その具体的な情報が記入できる密告フォームをHPに作成していました。反対を主張することが中立性を損なうというのであれば、当然、賛成を主張することも中立性を損なうでしょう。

 いずれにせよ、国家とは何なのか、法とは何なのか、教育の政治的中立とは何なのかなどといった問題が大きく浮上してきていることは間違いありません。このような問題に対してしっかり自分のアタマで考え抜けるようにすること、そして自分の判断に基づいて主張できるようにすること、これこそが現在求められている主体的なあり方にほかなりません。そのような国民が育ってこそ、本当の意味で民主主義が成立するのです。このようなことを、斎藤喜博の島小での実践は現代の我々に訴えかけているのだと言えるでしょう。
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