2017年04月01日

新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」(4/5)

(4)弁証法・認識論の学びは集団的に行う必要がある

 前回は、認識論とは何か、どのように学んでいけばいいのかについて説いていきました。認識論とは、アタマの中に描かれるイメージ(これを認識=像といいます)について、その生成発展の過程も含めて説いてく学問であって、端的には、自分のアタマをよくするための学びだということでした。また、この認識論を学んでいくための著作として、『育児の認識学』、『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義』シリーズ、『新・頭脳の科学 アタマとココロの謎を解く』を紹介し、それらを読み進めていく上での注意点を説いたところまででした。

 人間の認識は、これまで生きてきた積み重ねによって、自分なりの個性が育ってきています。それだけに、これまで自分が育ててきた個性にそぐわないものに関しては、感情的に反発してしまいかねません。もちろん、その反発が正しい場合もあるでしょう。しかし、こと弁証法や認識論の学びに関しては、大学の講義ではまともに学べず、それらを学ぶ唯一といっていいような書物をこの連載で紹介してきていますし、それらはその道の超一流の著者によって書かれたものであるので、まだ二十歳になるかならないかの未熟なアタマでいきなり反論などをせず、素直に学んでいってほしいと説いたのでした。

 さて今回は、以上のことにも大きく関わりますが、弁証法や認識論をまともに学んでいく上で決定的に重要な条件について説いておくことにしましょう。仮にこの条件を欠いてしまったならば、これまで紹介したようなすばらしい文献にいくら真摯に学んだとしても、弁証法や認識論の実力がまともについていくことにはならないかもしれない、というくらいの重大事なのです。

 「その決定的に重要な条件とやらは、いったい何なのですか?」と皆さんは問われるに違いありません。本稿をこれまで読んできたことで、「よし! 弁証法や認識論を真剣に学んでいくぞ!」という気持ちになっておられる新大学生の皆さんには、まともに答えておくべきでしょう。

 端的に答えをいうならば、自分と同様に真摯に弁証法・認識論を学んでいこうという意欲をもった仲間とともに、集団的に学んでいく、ということに尽きます。このことには大きく3つの効用を指摘することができます。

 第一の効用は、基本的な文献、基本的な概念についての学びの過程で必然的に生じてくるところの自己流の歪んだ解釈を発見・修正していくことを可能にする、ということです。

 そもそも人間の認識は、それぞれの個人の経験如何によって、きわめて個性的に育ってしまっているものです。そうである以上、一般的にいって、自分とはまったく異なった個性をもった他人の思っていること・考えていることを的確に理解するのは非常に困難です。このことは、弁証法あるいは認識論といった人類文化の最高峰とでもいうべき学問を偉大な学者の著作を通じて学ぶ場合には、とりわけシビアな問題として浮上してくることになります。先に説いたように、いくら自分の感情のままに反発するのではなく、素直にその著作に学ぼうとしたとしても、著者と自分の間には決定的な実力差があるわけですから、その高い内容を、自分流の個性的なアタマの働きによって、よりハッキリいうならば自分のアタマの働きのレベルにまで引き下げて「理解」してしまう、といった恐ろしいことになりがちなのです。結局のところ、ただ一人で弁証法あるいは認識論を学んでいると、反発してしまって受け入れないということにはならないにしても、自己流のおかしな解釈でしかないのに、それで弁証法あるいは認識論を「理解」したと勘違いして、その上にさらに自己流の解釈を積み重ねていく……といったことになってしまいかねません。このような個性的に歪められた「理解」に陥らないために、自分とは異なる個性をもった仲間との討論のなかで学び、さらに理想的にはよき指導者からの指導を受けながら学ぶことが必要になってくるのです。

 第二の効用は、他者とまともに討論することによってこそ自らの認識をダイナミックに変化・発展させていくことが可能になる、ということです。これは、科学としての弁証法の三法則のひとつである「対立物の相互浸透の法則」に深く関わります。

 そもそも「相互浸透」とは、簡単にいえば、繋がり合っているものがお互いに相手のもっている性質を受けとることで変化していく、このような繋がりが深まる形で発展が進んでいく、ということです。「対立物の相互浸透の法則」は、どんな事物もそれ自体として孤立して存在していたのであれば変化しないのであり、必ず他の事物との繋がりにおいて変化していくものなのだ、ということを明かにしたものであり、弁証法の三法則のなかでも根本的に重要なものだといえます。

 この法則からも明かなように、自分の認識は、ただ自分の認識として孤立してあっただけでは、まともに変化・発展していくことはないのです。かならず、他者の認識との交流関係においてこそ、まともに発展させていく道が拓けてくるのです。このことを学問の構築ということに即していえば、対象に関わって自分のアタマに描かれたイメージをしっかりと相手に伝わるレベルの言葉で表現するとともに、相手の言葉を媒介として相手がアタマのなかで描いていた対象のイメージを自分のアタマのなかに再現し、さらにこの両者(同一の対象にかかわっての自分のイメージと相手のイメージ)を比べてどこが同じでどこが違うかをしっかりと理解した上で、それをまた相手に伝わるレベルの言葉で表現する、といった努力の繰り返しの過程によってこそ、対象の構造に関わっての像(イメージ)をまともに描いていけるようになる、ということです。

 第三の効用は、集団的に学ぶことでこそ、学ぶことへの情熱が維持でき、さらには発展させていくことも可能になる、ということです。

 一人だけで学んでいると、どうしても、日常生活の惰性に流されて、ついつい楽な方向に進んでしまいがちです。4月当初はまだまだいいのですが、段々と初めの決意が鈍くなってきてしまう可能性が大きいのです。しかし、大志を掲げて学ぼうという意欲に燃えている仲間との日常的な交流関係があれば、自分も怠けてなどいられない! という気持ちにさせられるはずです。もっといえば、そのような仲間をライバルとして設定して、お互いが情熱を分け合い、お互いがお互いの熱で熱せられて冷めることがない、というような形で、お互いが凄まじいまでのレベルでの発展を成し遂げていくことも可能となっていくのです。

 以上、集団的に学ぶことの意義を説いてきました。このような同じ志をもって真摯に学んでいく仲間を創ることができるかどうかということこそが、皆さんの大学生活の充実度を決定的に左右するといっても過言ではないのです。
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 ・新大学生への訴え
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 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
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 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
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 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
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 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
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 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
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 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
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 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
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 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
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 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
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