2017年03月22日

一会員による『学城』第14号の感想(13/14)

(13)「発展の論理構造」を自分のこととして把握する必要がある

 今回取り上げるのは、南郷継正先生の武道哲学講義である。ここでは、哲学への道の厳しさが説かれている。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

南郷継正
武道哲学講義〔Ⅺ〕
―学問とはいわば世界地図を描くことである―
(2008年冬期ゼミ講義詳説)

 《目 次》
プロローグ
一、学問とは、いわば世界地図を描くことである
 (一)学者は「学問とは何か」のいわゆる世界地図をもって出立しなければならない
 (二)医学教育は自らの分野のいわゆる教育内容としての世界「地図」を示さない
二、ヘーゲルは絶対精神の自己運動としての学問地図を描こうとしていた
 (一)歴史上、アリストテレスを踏まえたヘーゲルのみが体系的地図を描く努力をしてみせた
 (二)ヘーゲルの学問的世界地図とは絶対精神の自己運動を描いたものであった
 (三)ヘーゲルは観念論者であるが、彼の学問は見事に唯物論的であった
 (四)ヘーゲルは絶対精神が辿った自然・社会・精神を学問化しようと努めたのである
第13号のプロローグ
 (五)ヘーゲルの絶対精神の自己運動を「宇宙の自然的・歴史的自己運動と看做せば唯物論的展開となる
 (六)ヘーゲルを理解するには自然・社会・精神の一般教養が必要である
(以上、第11号、第12号、第13号所収。以下、本号目次)

本号のプロローグ
三、哲学すなわち学問一般と科学との関係とはいかなるものか
 1 ソフィアからフィロソフィーへの歴史的過程
 2 哲学とは個別科学のすべてを学的に体系すべく研鑽して創るものである

 本論文ではまず、誰も説いたことのない問題にしっかりと解答を与えるレベルのことを論じるのが真の大学教育であり、そのための第一歩として一般教養たる社会科学・精神科学・自然科学の一般性を入門レベルでの講義として説く人物が現われてほしいと説かれる。そして、南郷先生にとって想い出の深い『武道とは何か』が誕生した「因縁話」が語られ、哲学への精神レベルの書として推薦できるものとして、以前から説かれている出隆『哲学以前』、河合栄治郎『学生に与う』に加え、御厨良一『哲学が好きになる本』、『哲学用語に強くなる本』が紹介される。ここまでをプロローグとして、本題では哲学、学問、科学の区別と連関が説かれていく。まず、学問を志しつつ潰れていかないためには、哲学の歴史を弁証法の歴史と重ねる形で知って識ることであることが確認された後、古代ギリシャにおけるソフィアからフィロソフィアへの過程が説かれ、これを踏まえて、その中身は学問であると説かれる。つまり哲学と学問は同じだということである。ここから、哲学=学問と生物学や物理学などの個別学問との違いが説かれていく。端的には、全学問を一身に集めて学一般となった学問が哲学の実態だということである。そして、そこに至る道は、精神科学、社会科学、自然科学のすべての学問をまともに網羅して、それらを土台とする必要がある、非常に厳しい道のりであって、ヘーゲルですら学問一般をよじ登ることは可能とならなかったと説かれるのである。

 この論文に関しては、まず第一印象で、非常に引用が多い論文になっていると感じた。論文全体の大体3分の1くらいの分量が引用になっている。それも大半は、南郷先生のかつての著作からの引用である。このことは連載第5回の悠季論文を扱った際にも説いたことだが、自らの論文を引用しつつ論を展開していくことは、「その執筆時の頭脳活動を常識化すべく、そこを土台として向上していく必要がある」という「発展の論理構造」を実践しているものとして、我々もしっかりと見習いつつ実践していく必要があろう。

 さて、この論文の内容に関わってであるが、最も重要なことは、そのかつての著作の引用中にある「人間としての実力の発展の方法」(p.179)が『武道への道』に説かれているとされていることである。しかも、「人間としての実力の発展の方法」というのは、「頭脳すなわちアタマが本当によくなる方法」(同上)だと明確に説かれていることである。どういうことかというと、「発展の論理構造」が『学城』第14号全体を貫くテーマであって、それは「生命の歴史」の論理構造から学ぶ必要があるし、人間の個体発生においてもこうした論理構造が見られるなとどいうと、何か自分とは別の対象に関わっての論理であるかのように思われなくもないが、ここで説かれていることはそうではなく、あくまでも「発展の論理構造」を自分のこととして受け止めているのである。このことは、本ブログに掲載した「認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想」において、認識論に関わって、「「認識」という対象を,あくまでも客体として,客観的に研究しようというのではなく,自分自身の問題として,自分のアタマをよくするための学問として,認識論・認識学が把握されている」と説いたこととも繋がるものである。すなわち、認識論なり「発展の論理構造」なりを学ぶ必要があるのは、それらの論理を用いて対象の性質を究明しようということももちろんあるのだが、それ以上に、自らの認識をどのようにすれば発展させることができるのか、頭脳活動をより活発にしていくためには何をすべきか、といった主体的な問題として、これらの問題を把握しておられるということである。このように考えると、『武道への道』で説かれている内容についても、しっかりと学び続けていかなければならないと改めて感じたことであった。

 さて、この論文には他にも、色々と重要なことが説かれている。まず、「本号のプロローグ」においては、齋藤孝『使う哲学』という著作を引用しつつ、この著者に一般教養レベルの授業を持ってもらい、「一般教養たる社会科学、精神科学、自然科学の一般性を、入門レベルでの講義として、説き続けてほしい」(p.178)という願いが語られている。また、高校生向けに哲学=学問への書として、御厨良一『哲学が好きになる本』、『哲学用語に強くなる本』を紹介しておられるが、これらの本は随分と古いために、ここでも齋藤氏にこのような初心者向けの本を執筆してほしいと述べておられる。何がいいたいのかというと、当然、齋藤孝がそうした書物を執筆してくれれば、それに学んでいく必要はあるのだろうが、そんなことがいいたいのではなくて、この南郷先生の記述は、逆にいえば、学問への道を歩むためには一般教養レベルの学びが必須であることを強調しておられるのだととることも可能だ、ということである。自らの認識を学問化可能な実力を把持したものへと発展させていくためには、そうした一般教養の学びが必要なのであって、ここを踏まえることなしには、学問への道は歩めないのだということである。

 もう1つ、簡単にでも確認しておく必要があることは、哲学と科学との関係である。ここで科学とは、政治学、経済学などの個別学問のことを指すのだが、まず、「哲学という学問は、すべての個別科学たる、つまり政治学、経済学、物理学、生物学、医学……といったすべての科学を土台として、そこの上に築きあげられたもの」(p.189)だということである。つまり、科学の成果が哲学の発展を規定するということである。しかし一方で、ヘーゲルの時代のドイツが医学などの輝かしい成果を上げていったのは、ヘーゲルの哲学が科学の発展を規定していたのだという側面があるからであって、端的にいえば、哲学の成果が科学の発展を規定するのである。要するに、哲学と科学とは相互に規定しあいながらも相互浸透による「発展の論理構造」があるのである。だから、例えば筆者が言語学を創出したいとして、そのための努力をなしていく過程には、必ず哲学的な学びを含んでいる必要があるということになる。簡単には、言語学は言語学のみで存在できるものではないからである。
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<講義一覧>

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 ・2010年7月例会報告
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 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
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 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
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 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
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 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言