2017年03月19日

一会員による『学城』第14号の感想(10/14)

(10)発展のためにはそれぞれの専門分野の原点を歴史的に辿る必要がある

 今回取り上げるのは、本田克也先生、矢野志津江先生、小田康友先生、菅野幸子先生による法医学の入門論文である。ここでは、法医学の原点たる片山國嘉の説く法医学とは何かに焦点を当てて論が展開されていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・目次を示しておく。

本田克也・矢野志津江
小田康友・菅野幸子
法医学への入門(3)
―医学生のための法医学原論―

 《目 次》
はじめに―一般論確立のために原点を見直すことの必須性
一 我が国における「法医学」の始まり―近代国家形成に必須となった「裁判医学」
二 日本法医学の始祖、片山國嘉
 (1)片山國嘉の壮大なる理念―「裁判医学」から「国家医学」としての「法医学」へ
 (2)主著『最新法医学講義』の構成
三 学問としての法医学創出に向けて

 本論文ではまず、学問としての法医学とは、病なり傷害なりの異状性に着目して、その病や傷害がいかなる社会関係性をもって生活不能的状態ないしは死に至ったのかの過程的構造を説くことであることが確認され、今回は我が国の法医学の原点たる片山國嘉の「法医学」の内実や意義を説いてくとされる。そこで初めに確認されるのが、「法医学」の元となった「裁判医学」がどのように誕生したのかについてである。江戸時代までの封建制社会においては、厳格な身分制社会の秩序を乱す者はお上の一存で容赦なく極刑に処されていたが、明治期の近代国家形成期になると、国民の「人権」が考慮され、それに基づいて法整備がなされてきたと述べられる。そして、刑罰の判定に際して、客観的証拠を示す必要があり、ここに「裁判医学」が必須となってきたというのである。では、片山國嘉の説く法医学とはいかなるものか、次にこの問題が説かれていく。片山は単に裁判官に求められた時だけ医学的意見を述べるといった、裁判官に従属的な位置づけではなく、そもそも近代国家において然るべき法とはいかなるものかという問題意識を追求すべく、裁判医学を法医学へと改称すべきだと主張したのである。そして片山の著作の中身は、法医学を一般的に定義することから始まり、医学全体の中での法医学の位置づけがなされ、医師の守るべき法律について説かれていく総論に加え、各論では最初に人間の精神状態、次に身体状態、そして死体の検査について説かれていくというのである。この構成からは、片山がそもそも社会において法秩序が守られなくなるという全体を問題とし、何故人間は罪を犯すような精神状態へと歪んでしまうのかも含めて究明しようとしていたことが分かると説かれる。そして最後に、社会の中で法秩序をいかに創っていくのか、そしてその法が犯される過程及び正常化させていく全過程の究明を目指した片山の法医学は、前回説いた狭義の法医学の定義に加え、あくまでも国家社会全体として法医学を捉える必要があることを説いているといえると説かれる。

 この論文では、『学城』第14号全体を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」という問題に関して、「それぞれの専門分野においての一般論を確立するために、その原点を歴史的に辿り、ふまえることの重要性」(p.144)が説かれている部分を取り上げることとしたい。どういうことかというと、本ブログに掲載した「一会員による『学城』第4号の感想」でも説いたように、「一般論を掲げての学び」というのは、その専門的対象の構造を深く把握していくためには必ずなさなければならないものであって、そのためには、そもそもアバウトにでもその専門的対象に関しての一般論を措定しておく必要がある。そして今回、この論文では、一般論を確立するためには、それぞれの専門分野の原点を歴史的に振り返り踏まえる必要があると説かれているのであるから、このことは認識の発展に大きくつながるものであるということである。

 では今回は、法医学という専門分野に関して、「日本法医学の始祖片山國嘉」(同上)という原点にまで遡って繙いてくことで、具体的にどのようなことが明らかになり、一般論の確立のためにどのような成果があったというのであろうか。この問題については以下のように説かれている。

「端的には、片山國嘉の説く「法医学」なるものは、個々の人間レベルの問題解決に終始するようなものでは決してなく、もっと根本的なレベルで、諸々の違法性ある事態が生じてくるところの社会そのものの病む・歪む過程を究明し、それをまさに治していかんとするもの、つまり「国患を救治せん」との実に壮大なスケールであったのである。」(同上)

 つまり、前回までは、「学問としての法医学とは、まずは、病なり傷害なりの異状性に着目して、その病や傷害がいかなる社会関係性をもって生活不能的状態ないしは死に至ったのかの過程的構造を説くことである」(同上)という形で、「個々の人間レベル」で説かれていたのであるが、片山が説く法医学はこうしたレベルを大きく上回っていて、まさに「国家社会全体」(p.154)の歪みを対象として、その歪む過程、正常化させる過程の究明を行わなければならないということである。ここで注意すべきは、「我々が前回までに説いた定義は、間違いではないものの、個人レベルに焦点を当てた狭義の法医学ともいえよう」(同上)と述べられていることである。つまり、簡単にいえば法医学には「二重構造」(同上)があるということである。ここに関しては以下のように説かれている。

「すなわち、国家としての社会は国民の生活が円滑に行われるべく法秩序を形成することによって成り立っているが、「それらが外的内的要因にて歪んでいく、その社会そのものの構造」の究明と、その社会的国民生活の歪みが現象してきて諸々の犯罪レベルでの生成過程の究明が1つであり、その実力をふまえて、それが犯罪と化したとされる場合において、確かにその犯罪がいかなる内実であるのかの犯罪現象と、犯罪者の病理及び、被害者の病傷態の実際を判断(判定)できる能力を養うことにある。」(同上)

 ここでは、これまで説かれていた法医学の「個人レベル」の定義、「狭義の法医学」の内実の背景には、個々の犯罪者をそういう犯罪に走らせた社会の歪みがあるという把握が展開されているのである。つまり、「狭義の法医学」の背景にいわば「広義の法医学」としての社会病理学が「二重構造」として把握されてはじめて、法医学の正しい理解に至るということである。

 こうした「個人レベル」と「国家社会全体」のレベルとの「二重構造」で把握する必要があるという論理は、筆者の専門分野である言語についてもよく考えておく必要があることだと思う。言語は、「個人レベル」で捉えるならば、コミュニケーションのための表現の一種だという把握になり、これはこれで「間違いではないものの」、「国家社会全体」のレベルで見てみれば、それは文化遺産の継承を可能とさせていったとともに、規範という社会的認識の形成をも促したというより大きな役割を捉えることができるのである。こうした大きな視点から、個々の人間同士の精神的な交通関係を捉える必要があるということである。

 今回は法医学を題材として、「それぞれの専門分野においての一般論を確立するために、その原点を歴史的に辿り、ふまえることの重要性」を確認した。法医学においては、その原点に遡ることによって、法医学の有する「二重構造」が明らかになったということであり、この視点は他分野でも有効に活用できるということであった。
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 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言