2017年03月31日

新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」(3/5)

(3)認識論とは何か、如何に学ぶべきか

 本稿は、この4月に新しく大学生になった方を主な読者として想定し、大学では何を如何に学んでいったらよいのかを説くことを目的とした小論です。

 前回は、大学での学びに大きく欠けているものの1つとして、弁証法を取り上げ、それはどのようなものか、何故それが大学での学びに必要なのか、それはどのように学んでいったらよいのかを説き始めたところまででした。

 簡単に振り返りながら論を展開していきます。高校までの学びでは、現実の世界の諸々の事物・事象をある一定の範囲で切り取って、その対象の特定の側面のみを1つの科目として学んできたのですが、これでは現実の世界の本当の姿、互いに関連し合い、運動し、発展していく現実の事物・事象の構造や本質を把握するには不十分だということでした。そこで「世界全体の一般的な連関・運動・発展の法則についての科学」である弁証法を学び、その実力を身につけることによって、自分の専門とする対象に関わっても、世界全体の一部分として明確に位置づけならが、対象を全的に把握することが可能となっていくのだということです。このような把握によってこそ、今まで知られていなかった対象の構造や本質を掴み取っていくことができていくのだということです。(*)

 では、弁証法を学ぶためには、具体的にどのようなことをしていけばいいのでしょうか。まずは、弁証法とはどのようなものかについて、先回紹介した『弁証法はどういう科学か』、『看護のための「いのちの歴史」の物語』、『武道哲学講義(第2巻)』(現代社白鳳選書)第2部「『学問としての弁証法の復権』―弁証法の学的復活を願って」でしっかりと理解してもらう必要があります。その上で、弁証法の三法則、すなわち「対立物の相互浸透の法則」、「量質転化の法則」、「否定の否定の法則」を日常生活の実例で説いてく訓練をしていきます。例えば、大学で出会った友達の方言が徐々になくなっていけば、これは対立物の相互浸透の結果だなとか、大学でドイツ語を学び出して、初めは違和感があったのに、10月ごろになるともう「アー、ベー、ツェー、デー」という発音の仕方が当たり前になってきたことは量質転化だなとか、歩道橋を渡るのは、道路を直接渡ることを否定して、道路に平行に階段を上ったり、角を回ったり、階段を下りたりする内に道路を渡ってしまっているのでこれは否定の否定だなとか、弁証法の三法則を具体的に考えてみるのです。

 ここで大学での学びに決定的に欠けているもう1つのもの、すなわち認識論の学びについて説いていくことになります。認識論とは端的には、人間の認識、つまりアタマの中に描かれるイメージ(これを認識=像といいます)について説いていく学問です。もう少し言葉を加えますと、認識というのは人間のアタマの中に描かれるイメージとはいうものの、これは単純に外界を反映したものではなくて、アタマの中であれこれと考えたり、快不快の感情を持ったりするのも認識の1つのあり方です。そして認識論は、単に認識とは何かを説くのみならず、認識の生成発展を説いていくことにもなりますので、簡単にいえば、自分のアタマをよくするための学問だということになります。認識がどのように発生し、どのように発展していくのかを解明できれば、自分の認識を発展させる、すなわち自分のアタマをよくすることもできるからです。

 では、自分のアタマをよくするためには、どのようなことが必要になってくるでしょうか。科学的認識論を踏まえて端的に説けば、生き生きとした像を描けるよう、感覚器官と脳を鍛えていく必要があるのです。

 皆さんは特に中学以降、現実を生き生きとした像としてアタマの中に描くような学びをあまり行ってきてはいません。小学生であれば、実際に花壇で植物を育てて観察したり、ゴミ工場に行ってそこでの仕事を見学したりしますし、算数の問題にしても、いわゆる文章題の問題では、日常生活に起こる様々な具体的な場面を想定した問題になっていたはずです。ところが、大学入試のための勉強を思い出してみてください。例えば生物でメンデルの法則を習いますが、これなどは現実にエンドウ豆を育てることなく、文字だけで遺伝子がどのような性格を持つものか覚えさせようという授業だったはずです。日本史にしても、例えば田沼の改革はどのような歴史的背景があって、それを田沼意次はどのように捉え、どのような方向性を指向してこのような改革を行ったのかという現実のあり方を抜きにして、株仲間を奨励したとか、鎖国政策を緩めたとかいった文字だけで理解していても、試験で点数が取れたでしょう。年代を語呂合わせで覚えるなど、正に文字のみの学びでしかありません。また数学に関していえば、微積分や複素数など、現実の如何なる側面を捉えて問題にしているのかを理解して説いていましたか。単なる計算問題として説いていたでしょう。数字も文字の一種ですので、これも文字のみの学びだったはずです。

 しかし現実の世界を見てください。現実の世界は文字で出来ていますか。そうではないでしょう。アタマがよいというのは、現実の世界のあり方を生き生きとした像で描き、筋を通して把握しているということですので、アタマの中が文字だらけという受験勉強的な学びではどうしようもないのです。だからこそ認識論をきちんと学ぶ必要があるのですし、文字だけで考える習慣をいち早く捨てて、現実の世界を自らの感覚器官を通してしっかりと反映できるように、感覚器官を鍛えつつ脳を育てていく必要があるのです。

 ですから、ここで弁証法に話を戻しますと、前回触れたような、「弁証法は正・反・合である」などと言葉の上での理解を振りかざして弁証法を知っているなどといっても、何の意味もないということになります。現実の事物・事象は全て、弁証法的な性質を持っているからこそ、弁証法を学んでそれを羅針盤にして生きていくことが可能なのであって、日常生活の中でも弁証法の実例を具体的なレベルで発見して、それを積み重ねていくことによって、弁証法の三法則とはおよそこういうものだという論理的な像を創っていく必要があるのです。

 ですから、先ほどの弁証法の学び方に関していえば、弁証法の三法則を単に言葉としてだけ知っているということでは全く役に立たないことになります。弁証法の学び方を認識論を踏まえて説くと、つまりアタマをよくするための弁証法の学び方を説くと、それは先に説いたような現実の中から弁証法的な性質を発見し、自らのアタマの中に弁証法の生き生きとした像を描いていくことだということになるわけです。

 さて、では本当にアタマをよくするための認識論の学びはどのように行っていけばいいのでしょうか。まずは以下の著作を味読レベルで学んでいくことが必要になってきます。

・海保静子『育児の認識学』(現代社)
・南郷継正『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義』シリーズ(現代社白鳳選書)
・瀬江千史・菅野幸子『新・頭脳の科学 アタマとココロの謎を解く』(現代社白鳳選書)

 これらの著作を学んでいく際に注意が必要なことは、変に疑問を持っておかしいのではないかなどと食ってかからないことです。素直な気持ちで、ゼロから学ぶつもりで取り組んでください。また、このことにも関わりますが、これらの著作には途中で、「もう一度、第○編第△章を読んでから続きを読んでください」などの注意書きがある場合があります。こうした場合も、なんて面倒くさいのだなどと思わずに、素直にもう一度読み返してください。面倒くさいという認識が生じるのは、著作を読み切ることが目的となっているからであって、本当にアタマをよくしたいのなら、もう一度読めとあれば読むのだという強い気持ちが必要になってきます。

(*)例えば、人間とは何か、という問いに対して、皆さんならどのように解答するでしょうか。国語や歴史や生物などで人間というものを諸々に学んできた皆さんでも、これまで人間を色々な側面に分けてバラバラに学んできたために、いざ人間とは何か、とその本質的な規定を求められると、解答に窮してしまうのではないでしょうか。これを弁証法的な実力を把持して、人間の歴史性、発展性、あるいは他の動物との決定的な違い(連関)を踏まえて解答すると、「人間とは認識的実在である」となります。詳しくは、今回紹介した『育児の認識学』などで学んでください。
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2017年03月30日

新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」(2/5)

(2)弁証法とは何か、如何に学ぶべきか

 前回は、大学生の無限の可能性を保証するための学びが大学には決定的に欠落していることを述べ、ではどのようなことを学ぶ必要があるのかとして、大きくは弁証法の学びと認識論の学びが必要だと説いたところまででした。

 もう少し復習しておきますと、高校までの学びは、人類がこれまで獲得してきた文化遺産のある一定範囲を、予め与えられたカリキュラムに沿って受動的に学ぶだけであったものが、大学での本来の学びは、世界の全ての事物・事象を対象として、今までに明らかにされていない事物・事象の構造や本質を明らかにしていくことが求められるものだということでした。ですから、イメージ的にいえば、高校までの学びではどれだけ頑張っても100点が上限でしたが、大学での学びでは100点を大きく超えて、200点にも1000点にも達する可能性があるのだということになります。

 では、大学での毎日の授業に欠かさず出席し、きちんとノートを取って、試験に備えて復習もし、その試験で満点を取りつつ、自分の専門のテーマをしっかりと定めて、その研究に打ち込んでいくということが、すなわち200点であり、さらには1000点にもなっていくということなのでしょうか。答えは否! といわざるを得ません。それは一体なぜだったでしょうか。

 それは、大学の講義において、弁証法と認識論という本物の頭脳活動を可能にする学びが一切教えられていないということでした。では何故、そんな大切な科目が大学で教えられていないのかというと、弁証法にしても認識論にしても、それを学生の実力となるように説ける教育者が大学には存在しないからです、ほんのごく少数を除いては。ですから、大学生がこれらを学ぼうと思っても、大学の授業では(大半の場合)無理なのです。そこで本稿では、これらが一体どのようなもので、どのように学んでいけば自分の実力がついていくのかを説いていくことにしたのでした。

 さて、ということで今回は、弁証法について説いていきたいと思います。

 ここでまた、高校までの学びと大学での学びの違いについて考えてみる必要があります。高校までの学びは、現実の世界のある一部分を切り取って、その対象のある側面について学んでいくという形をとっていました。例えば、現実の世界の中の日本人を切り取って、その日本人の言葉の面(を中心)について学んでいくのが国語であって、現実の世界の中のアメリカ人やイギリス人を切り取って、彼らの言葉の面(を中心)について学んでいくのが英語でした。しかし、同じように現実の世界の中の人間を切り取っても、人間を人口として捉えるならば、それは地理の問題にもなりますし、人間の歴史性という側面を扱うならば、それは世界史なり日本史になります。人間の体の構造がどうなっているのかという点で考えれば、それは生物の対象となります。金属の金を取り上げるにしても、それを物質の1つのあり方として捉えれば物理や化学の対象となりますし、貨幣として扱えば、それは経済の対象となるのです。

 このように、現実の世界の事物・事象に関して、どのような側面をどのように取り上げるかによって、様々な科目の対象として、世界の事物・事象を別々に捉えて学んでいたのが高校までの学びであったわけです。しかし、現実の世界の事物・事象というのは、個々別々に存在しているわけではなくて、全ての存在が繋がり合っているのです。日本語を話す日本人(国語の対象)は、貨幣としての金(経済の対象)を扱いつつ、その歴史(日本史の対象)を創ってきた流れがあるのです。また、現実の世界の事物・事象は、様々な側面を合わせ持つものであって、例えば、国語の対象としての人間と、地理の対象としての人間と、歴史の対象としての人間と、生物の対象としての人間とが、それぞれ別々に存在する、などということではなくて、一個の人間のそれぞれの側面を便宜的に分けて、科目として対象としているに過ぎないわけです。

 何がいいたいのかというと、高校までの学びというものは、現実の世界の諸々の事物・事象が連関し、運動し、発展しているあり方をそのまま対象として捉えて学ぶというのではなくて、諸々の事物・事象間の連関を一応棚上げして、ある事物・事象だけを切り取って、しかもそのある事物・事象のある側面にのみ着目した学びだということです。現実の世界の全ての事物・事象のうち、人間だけを切り取って、その体の構造だけに着目して生物として学んでいるのであって、その人間が歴史性をもって発展してきたことや言葉を話すという側面に関しては、生物では捨象されているわけです。しかし、本来的には現実の世界の中の諸々の事物・事象は連関し、運動し、発展してきているわけですから、それらのあり方をありのまま対象として把握し、その構造なり本質なりを掴もうとすれば、その他の事物・事象との繋がりを捉え、それらがどのように影響し合って運動しているのかを把握し、また対象とした事物・事象の全側面をその連関において把握する必要があるのです。そしてそうした学びこそが、(本来の)大学での学びなのです。

 では、こうしたものの見方はどのようにすれば獲得できるでしょうか。本来の大学での学びを可能とするためには、一体何が必要なのでしょうか。その答えこそ、弁証法の実力を身につけることに他なりません。

 読者の皆さんは、おそらく弁証法というものについてきちんと学んだことがないと思います。しかしこの弁証法は、大学での学びには必須になってきますし、大学を出て社会人になった際にも、大きく力を発揮するものですから、大学生の初めの時期からしっかりと学んでほしいと思います。

 このように説くと、「私は弁証法を知っていますよ。19世紀ドイツの哲学者ヘーゲルが唱えたという例の「正・反・合」というものでしょう。でもこんな弁証法なんていうものを知っていたからといって、一体どんな意味があるのですか」という反論がありそうですね。ですがこの反論に対しては、ハッキリといっておかなければなりません。弁証法は決して「正・反・合」ではありません、と。それに加えて、「正・反・合」と唱えたのはヘーゲルではありません、と。

 では、弁証法とは何かというと、簡単には、「世界全体の一般的な連関・運動・発展の法則についての科学」ですし、「自然・社会・精神の一般的な運動に関する科学」です。そしてその構造としては、「対立物の相互浸透の法則」、「量質転化の法則」、「否定の否定の法則」が三本柱になります。この弁証法を学ぶことによって、世界全体を連関において、運動・変化・発展するものとして把握することが可能となっていきます。世界全体を対象として、これまで明らかにされてこなかった世界の事物・事象の構造や本質を把握していくための大きな羅針盤になる、これが弁証法を学ぶ大きな目的の1つとなります。

 弁証法を学ぶためには、まずは以下の著作をしっかりと読むことが重要になってきます。断っておきますが、これは一度通読すればそれでお仕舞ということではなくて、何度も何度も繰り返し学んでいく必要がある著作です。

・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)
・本田克也・加藤幸信・浅野昌充・神庭純子『看護のための「いのちの歴史」の物語』(現代社白鳳選書)
・南郷継正『武道哲学講義(第2巻)』(現代社白鳳選書)第2部「『学問としての弁証法の復権』―弁証法の学的復活を願って」
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2017年03月29日

新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」(1/5)

〈目次〉

(1)大学での学びに決定的に欠落しているものは何か
(2)弁証法とは何か、如何に学ぶべきか
(3)認識論とは何か、如何に学ぶべきか
(4)弁証法・認識論の学びは集団的に行う必要がある
(5)京都弁証法認識論研究会で共に学ぼう


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(1)大学での学びに決定的に欠落しているものは何か

 今年の4月から新しく大学生になられる皆さん、おめでとうございます。長く苦しかった受験勉強漬けの生活からも解放され、新しい大学生活に胸を躍らせていることと思います。どんな友達ができるだろうか、専門はどういうものにしようか、サークルやクラブはどういうものに入ろうか、などなど、これからの大学生活に大きく期待しておられることと思います。

 その一方で、独りぼっちになってしまったらどうしよう、勉強にはちゃんとついていけるだろうか、一体何をして過ごしていけばいいのだろうか、などなど、これまでの生活から大きく一変するだろう自分の未来について、少なからず不安を抱いておられることも事実だと思います。

 高校生までの生活は、基本的には受け身の授業が中心だったと思います。英語なり数学なり国語なりについて、先生が教室の前で授業をし、その学んだ内容を復習して、ということを繰り返しながら、定期試験で学んだ内容の理解度を確認していくという形での生活だったと思います。基本的には、決められた時間割の流れの中で、全員が共通して先生から教えてもらい、それらを覚えていくという勉強が中心だったと思います。

 ところが大学生になると、大学ごとの特殊性はあるとは思いますが、基本的には卒業に必要な単位を履修しさえすれば、どのような科目を受講しようと、必要以上に単位を取ろうと、その学生の自由だということになります。逆にいえば、自分で主体的に選択していくことができるため、「何もしない」という消極的な選択さえできてしまうのです。やらなければやらないだけで、時間だけが過ぎていくことになります。試験の点数が悪ければ、しっかりと指導してくれた高校までの先生方のような存在は、基本的には大学にはいらっしゃらないと覚えておいてください。

 自分で主体的な選択ができるということは、何も授業を選択することだけに限りません。自分が選んだ学部の中の、どのような専門分野に進むのか、どの先生の研究室に入るのかも自分で決めることになります。どのようなテーマを研究対象にするのかも決めていかなければなりません。勉強の面以外でも、どんなサークルやクラブに入るのか入らないのか、どんなアルバイトをするのかしないのか、授業以外の時間はどのように過ごすのか、こうしたことは全て、基本的には大学生であるあなた方の主体的な選択にかかってくるのです。有体にいえば、大人へと一歩近づいたことになるわけです。もちろん、その分責任も大きくなってくることはいうまでもないでしょう。

 こんなことを説くと、「そんなことはしっかりと分かっています。私はきちんと授業に出て、サークルやバイトでも友達を作って、楽しく充実した学生生活を送っていくつもりです。立派な成績で卒業して、大企業に入って、一流の人生を送っていくつもりです」などの大変頼もしい返事が返ってくるかもしれません。また一方で、「今までのように与えられた授業を受け、与えられた試験に答え、ということではダメなのですか。自分でテーマを決めて研究していかなければならないのですか。一体どのように大学生活を過ごせばいいのか、不安になってきました」という方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、大きな自信を持っておられる方も、大きな不安に駆られているあなたも、次のことだけはしっかりと分かってもらう必要があります。それは何かといえば、大学での学びには、満点はないということです。そして、自分自身の努力次第では、どのようにでも自分の可能性を伸ばすための学びが大学生のうちには可能だということです。

 まず、大学での学びに満点はないというのはどういうことでしょうか。高校までの学びと大学での学びを大きく分けるとすると、高校までの学びはある一定の範囲を定めて、その範囲内の事物・事象について、これまで人類が獲得してきた文化遺産を学ぶことが中心でしたが、大学での学びに関しては、これまでのような制限はありませんし、まだ人類が到達していないような事物・事象の構造や本質をも追い求めていくような学びなのです。つまり、高校までは現実の世界の諸々の部分のうち、既に人類が把握している事柄の一部のみを学んでいたため、その学ぶ項目というのは有限個の内容だったのに対して、大学での学びは、世界全体の無限の現実が対象となるため、それら全てを把握し尽くすということは論理的には不可能となるわけです。

 しかしこのことは、逆にいえば、努力次第でどこまでも深く現実世界のあり方を掴んでいくことが可能となっていくのだということでもあるのです。そういう無限の可能性が大学生には存在するのです。高校までの学びでは、決められた時間割にそって、決められた内容を先生から教わっているだけでした。しかし大学では、自らが新たな分野に切り込んでいって、これまで明らかにされていなかった現実の側面を明らかにし、研究を進めていくことも可能なのです。

 では、そうした無限の可能性に向けて、「きちんと授業に出て、」「与えられた授業を受け、与えられた試験に答え、」「自分でテーマを決めて研究してい」くことを真面目にやっていけば、それで十分に自分の可能性を伸ばすことができるのでしょうか。実はこれではダメなのです。それは大学での学びに決定的に欠落しているものがあるからです。それは一体何だと思われますか。

 それは端的にいえば、1つには弁証法の学びであり、もう1つは認識論の学びです。皆さんはこの「弁証法」や「認識論」という言葉すら聞いたことがないかもしれませんね。しかしこの2つの学びは、とてもとても大事なのです。しかし今の大学では、これらは決して学ぶことができないのです。何故そんな大切なものが大学で学べないのか不思議に思われるかもしれません。しかしそれは、まぎれもない現実なのです。

 そこで本稿では、弁証法や認識論とはどういうもので、なぜそれらが大学での学びにとって大切なのか、それらはどのように学んでいけばいいのか、こうした問題について説いていくこととします。もちろん、この論文だけ読めば、それで弁証法や認識論の学びはお仕舞、ということにはなりません。しかし、弁証法や認識論を学ぶことの必要性や重要性をしっかりと分かっていただき、大学生活においてこれらを学んでいく契機にしていただくことはできると思います。この論文は、弁証法と認識論の学びのスタートだと理解してください。大学での学びの成果がどのようなものになるのか、実はもう勝負は始まっていると心得て読み進めてください。
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2017年03月28日

ルソー『学問芸術論』を読む(5/5)

(5)『学問芸術論』にはロックの思想からの継承と発展があった

 本稿では、ルソーの処女論文『学問芸術論』を取り上げて、どのようなことが説かれているのか、それをどのように受け取るべきかを見てきました。

 ここでこれまでの流れを振り返っておきましょう。

 まず、『学問芸術論』を書いたルソーの問題意識について見てきました。『学問芸術論』において、ルソーは学問や芸術を悪だと評価しているのですが、一方で学問や芸術に携わるべき人間もいると主張し、自らも学問や芸術を学んでおり、学問や芸術自体を否定しているわけではなかったのでした。結局、『学問芸術論』では何を主張したかったのかを探るべく、ルソーはどのような社会で生きていたのかを確認しました。そもそもルソーは、聖職者や貴族が優雅に生活をする一方で、第三身分の人々が苦しむという社会格差に対して激しい憤りを感じていたということでした。平民たちの犠牲の上に上流階級の人間が学問や芸術を楽しんでいるということ、その貴族達が楽しんでいる学問や芸術は現実の社会の矛盾の解決には役だっておらず、上流階級の人間が互いに褒めあったり自慢し合ったりするだけの道具になっているということ、そういう現状に対して怒りを抱いていたのでした。そうした感情をもって「学問や芸術は習俗を腐敗させている」と主張したのだということでした。つまり、学問や芸術そのものを批判したわけではなく、その担い手たる上流階級の人間を批判したのだということでした。

 続いて、その上流階級に対する批判に見られるルソーの弁証法的な見方・考え方を指摘しました。その1つとして、ルソーは現象と本質を区別し、行動(現象)の背後にある認識(本質)に目を向けていたということでした。つまり、同じような行動をしたとしても、それがどのような認識に基づくものなのかに着目しなければならないということです。そしてこれはロックも主張していることであり、ロックから受け継いでいるものだと指摘しました。もう1つは個人と社会という関係に目を向けているということでした。つまり、個人がある行動をとる背景には、その人個人の思いのみならず、社会の常識・価値観というものが存在しており、これが大きな力をもっているということを指摘したということでした。このように、現象と本質、行動と認識、個人と社会という形で対立物を統一して考えている点が弁証法的だということでした。

 最後に、上流階級の人間のあり方を批判したルソーは、人間はどう生きるべきだと考えたのかを見てきました。これについては、端的には、社会で認められたいという欲望にとらわれず、自分が何をすべきか、どうすべきかということについて、あくまでも自分自身が正しいと考えていることに従うべきだと主張したのだということでした。そして、実はこのような生き方はルソー自身が目指したものであり、『学問芸術論』もルソーがそのような生き方を目指したからこそ生まれてきたものだということでした。ルソーは『学問芸術論』において、「学問や芸術は習俗を純化するのに寄与した」という常識に対して、ただ一人、真っ向からアンチテーゼを投げかけたわけですが、それがどのような波紋をもたらすか、また自分の身にどんなことが降りかかってくるのかを考えて悩んでいたのでした。しかし、自らの考えを率直に発表することが良心に従った生き方だと考えて、論文を提出することにしたのでした。そして、このようなあり方は、他者からの評価を第一に考えるロックの道徳思想への批判としての意味をもつということでした。

 以上、ルソーの問題意識、ルソーの見方・考え方の特徴、その道徳観という大きく3つを見てきました。認識と表現という形で人間を弁証法的に捉える視点はロックから受け継ぎつつも、自らが生きている小社会のルールや価値観に従うべきだというロックの道徳観に関しては、現実の社会の状況を踏まえて批判的な立場を打ち出した(打ち出すことになった)のが『学問芸術論』だったということができるでしょう。つまり、『学問芸術論』とは、ロックからの文化遺産を受け継ぎつつ、それを発展させていこうとする出発点と言えるものだということです。

 ただし、『学問芸術論』はあくまでも処女論文ということもあって、そこにはやはりまだまだ限界が感じられます。ルソーは自らの良心の声に従うべきだと主張したわけですが、(4)で触れたように、その自らの心に訴えかけてくる良心の声というものは、どのようにして形成されてくるのかは説かれていません。また、学問や芸術は習俗を堕落させたとしながらも、そもそも学問とは何か、芸術とは何かを説いておらず、それがなぜ習俗の堕落をもたらすのか、一方でそれが「人間精神の栄誉のために記念碑をうちたてる」ことにもつながるのはなぜかといった問題が説かれていません。素直に『学問芸術論』を読めば、学問や芸術携わるにふさわしい徳のある少数の人間と、学問や芸術に携わることによって堕落する多くの人間がいるということになってしまいます。これでは、精神白紙説を唱えたロック以前に退行してしまうことにもなります。

 そもそも「こうすべきだ」という判断は、対象についてのまともな把握なしには成立しません。小学生に授業をする場合でいえば、小学生は運動性が非常に高いですから、ずっと座ったまま話を聞くということは非常に困難です。立って友だちとペアで活動させたり、ノートを持ってこさせたりするなどの形で、適度に運動をさせながら授業を進めていかないといけません。そうしないと、目的とする文化遺産の継承ができないのです。逆に、対象についての把握が十分であればあるほど、正確な判断が可能となります。そして、対象の構造を体系的に把握したときに成立する認識こそ学問にほかなりません。したがって、学問を身につけてこそ、「こうすべきだ」という正しい判断ができるようになるのであり、自分が意図するように対象を自由に変化させることができるようになるのです。ルソーは『学問芸術論』の段階では、ゴールとしての人間の姿はイメージしたものの、そこに至るプロセスを明確に把握することはできなかったのだと考えられます。

 この『学問芸術論』に対しては、多くの批判文が寄せられ、ルソーはそれに答えていきました。岩波文庫版の『学問芸術論』には、「レーナル師への手紙」「ポーランド王、兼ロレーヌ公への回答」「グリム氏への手紙」「ボルド氏への最後の回答」「ディジョンの一アカデミー会員(ルカ)の新しい反論に対する手紙」が付録として収録されていますが、これだけで150ページほどあります。もとの小論は50ページほどですから、およそ3倍となっています。しかし、批判に答える過程でルソーは自らの社会思想を徐々に徐々に形成していきます。『学問芸術論』の解説においても「これらの論争を通じて(中略)『学問芸術論』に漠然と萌芽として潜んでいた特色ある彼の諸理念が、しだいに明確になり、やがて後の諸作品に結実してゆく過程がみられる」(p.238)と書かれています。

 このように個々の人間がそれぞれに異なる自らの考えを出し合い、議論するからこそ、よりよい考えが生み出されていくのです。そして、個々人が自分の考えを表明することを保証する仕組みこそ民主主義にほかなりません。ルソーは民主主義思想の原点だとされますが、自らの人生をとおしても、民主主義の意義というものを恐らくは感じていたのでしょう。

 現代日本において、民主主義を真に成り立たせるためには、個々人が自分の考えを表明できるようにしていく必要があります。今の社会が抱えている様々な問題に目を向け、「こうした方がいいのではないか」という自分の考えをもてるようにすること(それが可能となるように学問を身につけさせること)、そして、それを表明できるようにすることが欠かせません。その表明のあり方として、市民運動などがあるのだと言えるでしょう。

 ところが、テロ等組織犯罪準備罪(共謀罪)は、そのような自分の考えを表明すること、あるいはそもそも自分の考えをもつこと自体を抑制してしまいます。例えば、特定秘密保護法案が議論されていた際、当時、自民党幹事長であった石破氏は、国会周辺で繰り広げられたデモに対して、「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」として、デモをテロだと主張しました。このような解釈がなされるのであれば、市民や労働組合などの運動自体が罪として問われ検挙されるということになりかねません。そのような意味で、非常に大きな問題を抱えた法律だと言えます。このような法律の問題点を見抜けるような国民を育てることも、民主主義を確立する上で非常に重要だと言えるでしょう。

 真に民主主義社会を実現するための教育学を構築するということを念頭におきつつ、『人間不平等起源論』や『社会契約論』など、その後のルソーの著作を読み進めていきたいと思います。
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2017年03月27日

ルソー『学問芸術論』を読む(4/5)

(4)ルソーは自らの良心に従ってアンチテーゼを投げかけた

 前回は、上流階級の人間に対する批判の中に見られるルソーの見方・考え方の特徴について見てきました。現象と本質、行動と認識、個人と社会という形で対立物を統一してみており、非常に弁証法的な見方・考え方をしていたのだということでした。

 上流階級の人間のあり方を批判したルソーは、では人間はどうあるべきだと考えたのでしょうか。今回はこの点について見ていきたいと思います。

 まずはルソーの主張の重要な部分のうち、ここに関わるものを再度引用します。

「学問、文学、芸術は、政府や法律ほど専制的ではありませんが、おそらく一そう強力に、人間を縛っている鉄鎖を花環でかざり、人生の目的と思われる人間の生まれながらの自由の感情をおしころし、人間に隷属状態を好ませるようにし、いわゆる文化人を作りあげました。」(p.14)


「一そう精緻な研究と一そう繊細な趣味とが、ひとをよろこばす術を道徳律にしてしまった今日では、つまらなくて偽りの画一さが、われわれの習俗で支配的となり、あらゆるひとの精神が、同一の鋳型の中に投げこまれてしまったように思われます。たえずお上品さが強要され、礼儀作法が護らされます。つねにひとびとは自己本来の才能ではなく、慣習にしたがっています。ひとびとはもはや、あえてありのままの姿をあらわそうとはしません。」(p.17)


 ここでは個人の様々な感情・考えを社会が押し殺してしまっているのだということが指摘されています。前回見たように、ルソーは個人の言動に対して社会が大きな影響を与えているということを指摘しているのです。しかし、それによってその個人が本当にやるべきことができないのだというような問題意識を抱いているのだと考えられます。

 また、論文の最後には次のように書かれています。

「おお徳よ!素朴な魂の崇高な学問よ!お前を知るには多くの苦労と道具とが必要なのだろうか。お前の原則はすべての人の心の中に刻み込まれていはしないのか。お前の掟を学ぶには、自分自身の中にかえり、情念を静めて自己の良心の声に耳をかたむけるだけでは十分ではないのか。ここにこそ真の哲学がある。われわれはこれに満足することを知ろう。」(p.54)


 ここでは、自分の情念を沈めて、自分の良心の声に耳をかたむければよいということが説かれています。この情念というのは、これまでの流れからすれば、「他人に認められたい、評価されたい」といった思いということになるでしょう。そういう気持ちを捨てて、自分が心から正しいと思うことをするべきだということを言っているのだと言えるでしょう。そのようなあり方が道徳的なあり方であり、人間としてすばらしいあり方なのだと主張しているのです。

 もちろん「こうすべき」という自分の考えも社会的に創られるものではないかという問題はあります。しかし、前回も述べたように、少なくとも他者に評価されることが最も重要だと考えたロックに対して、そうではない側面があるという問題提起をした点は大きな意義があると言えるでしょう。

 実はこのような生き方はルソー自身が目指したものであり、『学問芸術論』もルソーがそのような生き方を目指したからこそ生まれてきたものだと言えます。ルソーはこの論文の序文で次のように書いています。

「わたしがあえてとった立場が許されがたいものであることは、前もって知っています。今日、ひとびとが称賛しているすべてのことに正面からぶつかれば、一般的な非難だけしか期待できません。いく人かの賢者に賞賛されるという栄誉を受けたからといって、公衆の賞賛を期待してはなりません。それにわたしの立場はきまっていたのです。つまり、わたしは、才人たちや当世流行のひとびとの、どちらをも喜ばすことは気にしていません。(中略)自分の世紀をこえて生きようと望むときには、そのような読者のために、決して書いてはならないのです。」(pp.9-10)


 ルソーは「学問や芸術は習俗の純化に寄与しなかった、むしろ堕落させた」と主張しているのですが、当時の一般的な常識では、学問や芸術によって習俗は純化したと考えられていたのです。したがって、ルソーのような主張は、社会の人びとには到底受け入れられないものであり、当然、社会から賞賛されることは期待できなかったのです。しかし、後世に残るような主張をしようと思えば、今自分が生きている時代の人間から賞賛されることを考えていてはいけないというのです。
 また本論の冒頭では次のように書いています。

「公正な支配者というものは、疑わしい議論において、自分と反対の意見をとりあげることを決してためらわないものです。事実、正当な主張にとって、最も有利な立場というのは、公正で明哲な相手、すなわち、訴訟を自分のこととして考える裁判官に対して、自己弁護ができる立場です。
 わたしを元気づけるこのような動機に加えて、わたしに決意を与えてくれる、いま一つの動機があります。それは、わたしが生来の明知にしたがって真理の側を支持した以上、わたしの成功がどんなものであろうと、必ずわたしに与えられる賞があるということです。それを、わたしは心の奥底に見いだすことでしょう。」(p.12)

 「元気づける」「決意」などの言葉から、ルソーがこの論文を発表することにためらいを感じていたことがうかがえます。実際、論文執筆にあたって自分の考えが明確になったとき、友人のディドロに相談して検討をしてもらっています。ただ一人、社会に向かって真っ向からアンチテーゼを投げかけるのですから、それがどのような波紋をもたらすか、また自分の身にどんなことが降りかかってくるのかを考えずにいられないでしょう。それでも自らの考えを率直に発表することが良心に従った生き方だ、人間としてあるべき姿だと考えて、論文を提出することにしたのです。そのような自分の生き方を貫けたということが、「わたしに与えられる賞」ということになるでしょう。このように、ルソーは『学問芸術論』において説いているあり方を自身の生き方として貫こうとしたのです。
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2017年03月26日

ルソー『学問芸術論』を読む(3/5)

(3)ルソーは弁証法的な見方・考え方を身につけていた

 前回は、『学問芸術論』がどのような目的で書かれたのかを見てきました。端的には、ルソーは学問や芸術を批判したかったわけではなく、学問や芸術の担い手である上流階級のあり方を批判しようとしたのだということでした。

 今回は、この批判の中に見られるルソーの特徴的な見方・考え方を掬いとってみたいと思います。再度、ルソーの主張を引用します。

「ひとびとは今や、ミューズ(学芸の神々)との交わりからえられる主な利益を知りはじめました。その利益というのは、お互いに讃美しあうにふさわしい著作によって、お互いに気に入ろうとする欲望を刺激して、人間を一そう社会的なものにすることです。」(p.14)


「学問、文学、芸術は、政府や法律ほど専制的ではありませんが、おそらく一そう強力に、人間を縛っている鉄鎖を花環でかざり、人生の目的と思われる人間の生まれながらの自由の感情を押し殺し、人間に隷従状態を好ませるようにし、いわゆる文化人を作りあげました。」(p.14)


「要するに、なに一つ徳をもたないのに、あらゆる徳があるかのようなみせかけ」(p.15)


「一そう精緻な研究と一そう繊細な趣味とが、ひとをよろこばす術を道徳律にしてしまった今日では、つまらなくて偽りの画一さが、われわれの習俗で支配的となり、あらゆる人の精神が、同一の鋳型の中に投げこまれてしまったように思われます。たえずお上品さが強要され、礼儀作法が守らされます。つねにひとびとは自己本来の才能ではなく、慣習にしたがっています。ひとびとはもはや、あえてありのままの姿をあらわそうとしません。」(p.17)


 ここで取り上げたいことは2つあります。1つは、現象にとらわれていないという点です。「なに一つ徳をもたないのに、あらゆる徳があるかのようなみせかけ」などの指摘は、まさにその視点を端的に表していると言えるでしょう。「本質としては徳をもっていないけれども、徳をもっているかのような現象を呈している」と述べているのです。冒頭でルソーは「紳士と貧民という経済的な差異などの現象にとらわれず、その本質においては誰もが人間として同じなのだという人間観」をもっていたと書きましたが、このように人間を現象と本質という形で分けて捉える視点がここで見られているということになります。

 認識論的な観点から言えば、何らかの行動を見たときに、その行動の背後にどのような認識があるのかという点に着目しているとも言えます。つまり、行動とその背後にある認識をしっかりと区別しているということです。小論「ロックの教育論から何を学ぶべきか」では、ロックは「たとえ同じ行動であっても、その背後にある認識がどのようなものなのかに着目しなければならない」ということに気づいたと書きましたが、そのような視点がルソーにも受け継がれていると言えるでしょう。

 もう1つ取り上げたい点は、個人と社会の関係に目を向けているという点です。例えば、「あらゆる人の精神が、同一の鋳型の中に投げこまれてしまったように思われます」ありますが、社会的なものが大きく個人の行動に影響を及ぼしていると、ルソーが考えていることがうかがえます。社会の常識や価値観によって動かされているという見方、社会的認識の強さというものを見て取っていることがわかります。また、「お互いに気に入ろうとする欲望を刺激して、人間を一そう社会的なものにすることです」という表現を見ると、個々人も嫌々そのような行動をとっているばかりではなく、社会的な評価を求めて自らそうしているという見方をしていることがわかります。以下のような記述もあります。

「芸術家というものは、すべて、称賛されることを望むものです。同時代の人びとの讃辞は、芸術家のうける報酬のなかで、最も貴重な部分です。(中略)芸術家たちは、讃辞をえるために、いったいどうするでしょうか。諸君、芸術家はどうするでしょうか。彼はその天才を、時代の水準にまで引きさげ、また、彼の死後ずっと後になって、はじめて讃美されるような、すばらしい作品よりも、自分の存命中に讃美される平凡な作品を作るほうを、いっそう好むでしょう。」(pp.37-38)

 つまり、芸術家は今の社会で認められることを求めて、今の社会で認められるような平凡な作品を作るのだということです。このように、個人の行動にその個人が生きている社会が非常に大きな影響を与えているということを見て取り、そこに潜む問題を指摘しようとしたのだということが言えるでしょう。

 ロックは世論に従うことがよいのだと考えていました。かつて執筆した小論「道徳思想の歴史を概観する」において、ロックの道徳思想として「世間で暮らし、どこへ行っても歓迎され、尊敬される真の術を身につけることが紳士としてもっとも必要であり、これこそが道徳的なあり方だということです。大雑把に言えば世論に従うことこそが道徳的だということであり、これは幸福に役立つからこそ価値があるのだということです。」と書きました。それを踏まえると、ルソーはそのロックの道徳観(=教育目的観)を批判したと見ることもできるでしょう。

 以上、ルソーの特徴的な見方・考え方について見てきましたが、現象と本質をわける(行動と認識をわける)という考え方、個人と社会の関係を見るという見方がそこには存在していました。これは一言でいえば、対立物の統一ということであり、ルソーは非常に弁証法的な見方・考え方をしていたのだと言えるでしょう。
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2017年03月25日

ルソー『学問芸術論』を読む(2/5)

(2)ルソーは学問や芸術の担い手である上流階級を批判した

 本稿は、ルソーの処女論文である『学問芸術論』をとりあげ、そこでどのようなことが説かれているかを確認したうえで、そこにはどのような歴史的な意義があるのかを明らかにしようとするものです。今回は、この『学問芸術論』がどのような目的で書かれたのかを見ていきたいと思います。

 前回紹介したように、『学問芸術論』の正式なタイトルは「学問と芸術の復興は、習俗の純化に寄与したかどうか、について」です。ルソーは、この問いに対して、「習俗の純化に寄与しなかった、むしろ堕落させた」という主張をしており、学問や芸術はそのような習俗の堕落をもたらす悪なのだと書いています。例えば、以下のとおりです。

「学問と芸術とが生まれたのは、われわれの悪のせいなのであって、もし、徳のおかげで生まれたのでしたら、われわれが、学問芸術の利益について疑うことは、もっと少ないことでしょう。」(p.31)


「時間の浪費ということは、確かに大きな悪です。が、他のもっと大きな悪が、文学や芸術にはつきまとっています。それは奢侈で、文学や芸術と同じように、人間の無為と虚栄とから生まれたものです。奢侈が学問や芸術を伴わないことは稀であり、学問や芸術が奢侈を伴わないことも、またけっしてありません。」(p.35)


「生活の便宜さが増大し、芸術が完成にむかい、奢侈が広まるあいだに、真の勇気は委縮し、武徳は消滅します。そして、これもやはり学問と、暗い小部屋の中でみがかれる、あのすべての芸術のしわざなのです。」(p.40)


 つまり、学問や芸術は無為や虚栄とから生まれたものであり、またそれは時間の浪費をもたらしたり、武徳を失わせたりするのだということです。学問や芸術は、その起源や目的からして悪なのだと主張しているのです。
 しかし、ルソーは学問や芸術を全否定しているわけではありません。例えば、ルソーは次のようにも書いています。

「もし、若干の人たちに学問芸術の研究にしたがうことを認めなければならないとすれば、これらの巨匠(注;ヴェルラム、デカルト、ニュートンのこと)のあとを独力でたどり進み、彼らを追いこす力を自覚している人びとに対してだけです。すなわち、人間精神の栄誉のために記念碑をうちたてることがふさわしい少数の人びとに対してだけです。」(p.52)


 つまり、過去の巨匠の後を追いかけ、追いこす力を自覚している人びとは、学問や芸術の研究に携われることを認めています。しかも「人間精神の栄誉のために」などの表現から、決して消極的にではなく、積極的に認めているのだと言えるでしょう。

 そもそもルソー自身は音楽家として生活をしており、芸術的な教養を備えていました(ディドロから百科全書で「音楽」の項目について書くよう依頼されていたほどです)。また、デカルトやロック、ライプニッツに代表される当時の学問も学んでいます。そのようなことを踏まえると、ルソーが学問や芸術を悪いものとして否定したとは考えにくいのです。

 結局、ルソーは『学問芸術論』で何を言いたかったのでしょうか。何のために、『学問芸術論』を執筆したのでしょうか。これを明らかにするために、ルソーはどういう社会に生きていたのかを確認してみましょう。

 ルソーが生まれた年は、ルイ14世の没年とほぼ同時期になっています。ルイ14世は絶対王政を確立し、またコルベールによる重商主義政策によって大きく財政を豊かにしていました。こうした中で貴族達は華やかな宮廷生活を送り、学問や芸術の担い手となっていたのですが、度重なる戦争によって財政が悪化し、絶対王政が陰りを見せ始めていたのでした。こうした中で、聖職者たちが第一身分として、政治的な権力や経済力を担うようになり、貴族は税金の免除や軍務の免除などの特権はもつものの第二身分として位置づけられるようになりました。さらにその下に第三身分たる平民がおり、重税に苦しめられていました。やがて資本主義経済が芽生えていく中で、第三身分の中にも金融業者や大商人、大地主といった上層市民、商工業や資本主義的農業経営にたずさわる中産市民、農民や都市商工業者などの民衆への分化が起こるようになりました。このように階層的な身分秩序が形成されていたのが当時のフランス社会だったのです。

 こうしたフランス社会において、ルソーは時計職人の子どもとして生まれました。母親の方は比較的裕福でしたが、すぐに亡くなってしまい、父親も罪を犯して捕まってしまい、13歳から徒弟奉公に出ることになります。その後、放浪の旅に出る中で、憧れていたパリに行くことになったのですが、そこで目にしたのは悪政によって虐げられていた人びとの姿でした。その当時の心境を次のように語っています。

「不幸な人々がこうむるあの過酷と圧制者に対して、わたくしの心の中にそれ以来生じた、あの消しがたい憎しみの芽はここにあった。」(中里良二『ルソー』清水書院、1969年、p.55より)


 このように、聖職者や貴族が優雅に生活をする一方で、第三身分の人々が重税などによって苦しむという社会格差に対して、ルソーは激しい憤りを感じていたのです。これがルソーの根本的な問題意識だと言えるでしょう。

 以上を踏まえて、『学問芸術論』で注目したいのが以下の記述です。

「ひとびとは今や、ミューズ(学芸の神々)との交わりからえられる主な利益を知りはじめました。その利益というのは、お互いに讃美しあうにふさわしい著作によって、お互いに気に入ろうとする欲望を刺激して、人間を一そう社会的なものにすることです。」(p.14)


「学問、文学、芸術は、政府や法律ほど専制的ではありませんが、おそらく一そう強力に、人間を縛っている鉄鎖を花環でかざり、人生の目的と思われる人間の生まれながらの自由の感情を押し殺し、人間に隷従状態を好ませるようにし、いわゆる文化人を作りあげました。」(p.14)


「要するに、なに一つ徳をもたないのに、あらゆる徳があるかのようなみせかけ」(p.15)


「一そう精緻な研究と一そう繊細な趣味とが、ひとをよろこばす術を道徳律にしてしまった今日では、つまらなくて偽りの画一さが、われわれの習俗で支配的となり、あらゆる人の精神が、同一の鋳型の中に投げこまれてしまったように思われます。たえずお上品さが強要され、礼儀作法が守らされます。つねにひとびとは自己本来の才能ではなく、慣習にしたがっています。ひとびとはもはや、あえてありのままの姿をあらわそうとしません。」(p.17)


 簡単にまとめると、「学問や芸術の利益は、お互いに気に入ろうとする欲望を刺激して、人間を社会的にすることである」「学問や芸術は、人間の生まれながらの自由の感情を押し殺して隷属状態を好ませるようにした」「(学問や芸術によって)なに一つ徳をもたないのに、あらゆる徳があるかのようなみせかけが生まれた」「慣習にしたがっていてありのままの姿をあらわそうとしない」ということになります。もう少し言えば、学問や芸術が、周囲の人間に気に入られる手段になってしまっているということです。社会的に価値があるとされるものを身につけることによって、周囲の人間から賞賛されることばかりを求めているという指摘です。そして、このような状態になった人間を「文化人」と呼んでいるわけですが、この文化人こそ、ルソーが批判的に捉えた上流階級の人びとを指していると言えるでしょう。

 以上を踏まえると、ルソーは『学問芸術論』において、決して学問や芸術を否定しようとしたわけではなく、その学問や芸術の担い手となっていた当時の上流階級の人々の在り方を批判したかったのだということになるでしょう。そこにこそ、『学問芸術論』の執筆動機があったのです。
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2017年03月24日

ルソー『学問芸術論』を読む(1/5)

<目次>
(1)ルソーは『学問芸術論』で何を説いたのか
(2)ルソーは学問や芸術の担い手である上流階級を批判した
(3)ルソーは弁証法的な見方・考え方を身につけていた
(4)ルソーは自らの良心に従ってアンチテーゼを投げかけた
(5)『学問芸術論』の人間観にはロックの思想からの継承と発展があった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)ルソーは『学問芸術論』で何を説いたのか

 昨年掲載した「ルソーの教育論の歴史的意義を問う」と題した小論において、ルソーの教育論の歴史的意義について、次のように述べました。

「人間は将来どんな社会で生きていくかわからないから、どんな社会でも生きていけるようにしないといけない。それこそが教育の目的である。どんな社会でも生きていける人間というのは、権威に頼らず自分のアタマで考えて行動できる人間、つまり主体的な人間であり、そのような人間であってこそ社会の維持・発展も可能となる。したがって、教育方法に関しても、自らのアタマを働かせて対象に取り組んでいくように工夫しなければならないし、何よりも教師自身が主体的な人間でなければならない、ということです。

 では、このようなルソーの教育論はどのような意義があると言えるでしょうか。

 何よりも着目されるのは、その教育概念でしょう。ロックにおいては、紳士の教育と貧民の教育という形で、教育を2つに分けて論じられていたのでした。それに対して、ルソーにおいては、どんな社会でも生きていけるようにすることが教育だと主張しました。つまり、紳士の教育とか貧民の教育とかいう以前に、共通する土台の部分が存在するのであり、そこを教えることが重要だと主張したのです。現在、専門教育や大学教育などに至る前に義務教育が存在しますが、このような学校制度の原型となる考え方を打ち出したのだと言えるでしょう。このように教育という過程において、共通となる土台の部分を指摘したことが、ルソーの教育論の歴史的な意義だと言えるでしょう。」

 つまり、ルソーは、いかなる社会でも生きていけるように主体的な人間を育てることが教育だと主張したのだということです。そして、これは誰に対しても行わなければならないものであり、紳士の教育と貧民の教育と2つがわけて考えられていた段階(ロックの段階)から見れば発展であったということです。紳士と貧民という経済的な差異などの現象にとらわれず、その本質においては誰もが人間として同じなのだという人間観を抱いていたのだと言えるでしょう。

 このような人間観・教育観はペスタロッチやカントに引き継がれていくことになります。例えば、ペスタロッチは、『隠者の夕暮れ』の冒頭において、「玉座の上にあっても木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間、その本質から見た人間、そも彼は何であるか。」と述べています。ここには玉座の上にある人間と木の葉の屋根の陰に住む人間を同じ人間として捉え、その共通性を把握しようという問題意識が窺えますが、こうした認識の原形はルソーにあると言えます。また、カントは「人間は教育によって人間となる」という有名な命題を打ち立てましたが、そのカントはルソーの『エミール』が出版されたとき、それに没頭するあまり、絶対に欠かさなかった朝の散歩を忘れてしまったという逸話があるほどです。 このように、ルソーは今日につながるような人間観・教育観を打ち出した人物なのです。

 昨年「ルソーの教育論の歴史的意義を問う」、そして「近代教育学の成立過程を概観する」を執筆する過程で、このようなルソーの意義を改めて確認することができ、改めてしっかりとその主張を掬い取っていかなければならないと感じるようになりました。

 ここで重要なのは、ルソーは決して単なる教育思想家だったわけではなく、そもそも社会思想家だったということです。つまり、社会全体について論じる中で教育についても扱っているということです。したがって、ルソーの社会思想全体からその教育思想を見ていく必要があります。筆者はこれを今年の大きな課題としています。そのために『学問芸術論』、そして『人間不平等起源論』、さらに『社会契約論』と一連のルソーの著作を読み、そこで何が説かれているのか、それをどのように把握していけばよいかということを明らかにしていこうと考えています。

 ルソーを扱うことは、民主主義とは何かということを確認する上でも重要だと考えています。ここに関わっては、とりわけ現在はテロ等組織犯罪準備罪(共謀罪)が最も大きな問題でしょう。

 2月28日に示された原案では、一定の犯罪の実行を目的とする組織的犯罪集団が、重大な犯罪を計画し、メンバーのうちの誰かが、資金または物品の手配、関係場所の下見、その他の、犯罪を実行するための準備行為を行った場合などに、テロ等準備罪として処罰すると定めています。このうち、組織的犯罪集団には、テロ組織や暴力団、薬物密売組織などが含まれるとしています。また、処罰対象となる重大な犯罪は、組織的な殺人やハイジャックなど、テロの実行に関連する110の犯罪に加え、覚醒剤や大麻の輸出入といった、薬物に関する30程度の犯罪など、組織的犯罪集団が関与することが現実的に想定される、合わせて277としています。さらに、罰則については、死刑や、10年を超える懲役や禁錮が科せられる犯罪を計画した場合、5年以下の懲役か禁錮とするなどとしています。

 しかし、「組織的犯罪集団」の明確な定義はなく、その団体が犯罪集団であるかどうかを判定するのは捜査機関であり、恣意的な解釈が行われる可能性が出てきます。これでは市民運動や労働運動などの弾圧にもつながりかねません。全国労働組合総連合事務局次長の橋口紀塩氏は「『共謀罪』の創設は、労働組合や市民団体の運動を委縮させること、国民が声を上げることを封殺することに、その狙いがある」と指摘しています。また、琉球新報は民主主義を破壊するものだと主張しています。

【談話】「共謀罪」創設に反対し、法案提出中止を求める
http://www.zenroren.gr.jp/jp/opinion/2017/opinion170208_01.html

<社説>「共謀罪」提出へ 民主主義崩す「悪法」だ
http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-346152.html

 こうした情勢において、そもそも民主主義とは何かについて、その原点であるルソーを把握しておくことが重要な意味があるでしょう。

 以上を踏まえて、本稿ではルソーの処女論文である『学問芸術論』(正式なタイトルは「学問と芸術の復興は、習俗の純化に寄与したかどうか、について」)を取り上げます。これはアカデミーの公募論文に応募してルソーが執筆したものです。前川貞次郎訳の岩波文庫版では50ページほどの短いものです。その内容は、当時の一般的な認識と大きく食い違うものであったため、世に広まると様々な論争を引き起こすこととなり、ルソーは論壇の舞台に立たされることになっていくのです。ルソーが38歳のときのことでした。

 本稿では最初の『学問芸術論』がどのような目的で書かれたのかを明らかにします。続いて、そこでどのようなことが説かれているのかを確認し、その歴史的な意義について見ていきたいと思います。(以下、ページ数のみの場合は、すべて前川貞次郎訳の岩波文庫版の『学問芸術論』からの引用です)。
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2017年03月23日

一会員による『学城』第14号の感想(14/14)

(14)「発展の論理構造」を文字として捉えるのではなく、像として主体的に描いていく必要がある

 本稿は『学城』第14号の感想を認めることによって、特に全体を貫くテーマである「発展の論理構造」という観点から、この第14号の中身を主体的に自分の実力とすることを目的として、これまで第14号に掲載されている12本の論文を取り上げ、その要約を行い、学ぶべき点を明かにしてきたものである。

 ここで、第14号全体を貫くテーマである「発展の論理構造」ということの中身を中心に、これまでの展開を振り返っておきたい。

 連載第2回で取り上げたP江論文では、「発展の論理構造」は「新しい弁証法の構造」であると述べられ、動く遺伝子の構造が説かれていた。また、「発展の論理構造」は生命の歴史から学ぶべきものであることも強調されていた。

 「発展の論理構造」を把握するためには、弁証法の理解が必要だという観点から展開されていたのは、連載第4回に扱った神庭論文であった。ここでは、弁証法的なものの見方・考え方が看護の実例を通して説かれていたのであった。同じ事例を繰り返し別の観点から説いているというのは「量質転化」的な説き方であることも指摘しておいた。連載第7回のP江論文では、治療論を医学体系の全体像の中で把握すること、また治療論と病態論を対立物の統一として捉えることの重要性が説かれていたし、連載第11回の朝霧論文に関しては、「素直さ」が自分を否定し指導者に二重化するという意味で「否定の否定」になることを説いておいた。

 「発展の論理構造」を生命の歴史から学ぶ必要があることも、随所に説かれていた。連載第5回で取り上げた悠季論文では、アリストテレスの認識が論理的な像を形成し始める際の過程が生命の歴史を媒介として説かれていたし、連載第9回の症例検討論文では、呼吸とは何かという把握が生命の歴史を学ぶことで大きな発展を遂げたことが述べられていた。連載第12回で扱った橘論文では、生命の歴史から武道空手上達のための論理が導かれていた。すなわち、黒帯になっても白帯の鍛錬から辿り返していく必要があること、またある段階で完璧にできあがってしてしまうような修練の仕方をしてはならないことであった。

 「発展の論理構造」は原点からの辿り返しだという内容に関しては、他にも連載第3回の北條論文で説かれていた。武道空手の修練としては、初めは骨体力などの養成から始めなければならないこと、上達した段階でも常に基本技のチェックを行ってはならないことが説かれていた。また、連載第6回の北嶋・志垣論文においても、人間の個体発生においては前の段階を自らの実力と化しつつ発展していくことが説かれていたし、連載第8回の新・医学教育概論では、医師の実力養成のためには何が必要かについて、そのためには、そのためにはという形で原点にまで遡って考察されていた。連載第10回の法医学原論では、それぞれの専門分野の発展のためにはその原点を歴史的に辿り、踏まえることで一般論を確立する必要があることが説かれていた。

 そして最後に、連載第13回で取り上げた南郷論文では、学問発展のための土台としての一般教養の学びの重要性が説かれ、それぞれの専門分野の個別学問の発展のためには学問一般たる哲学の発展との相互規定的相互浸透が必要であることを説いておいた。また、これは連載第5回の悠季論文を扱った際にも触れたが、自分かかつて執筆した論文の内実を自らの実力として常識化しておく必要があることも説いておいた。さらに重要なこととして、「発展の論理構造」を対象の性質として客観的に受け止めるのではなくて、自らの頭脳活動を発展させるためにこそ学ぶのだという主体的な把握が必要だということも説いた。

 以上、今回第14号を読み、その内容を主体的に把握するために、「発展の論理構造」をテーマとしてこれまで説いてきた流れを振り返っておいた。端的にいえば「発展の論理構造」とは、対象の持つ弁証法的な性質であって、生命の歴史に学ぶことによって、あらゆる物事の発展の一般的なあり方を掴み取ることができるのだといえるだろう。その基本的な性質は、前段階のあり方に上書きする形で変化していくという構造を持っているのである。

 ここで重要なことを指摘しておきたい。それは「発展の論理構造」を、弁証法だの生命の歴史だの原点からの辿り返しだのという文字で把握するだけではダメだということである。このことに関しては、「人類の遺伝子が把持している重層構造」(p.169)の内実を分かっていくとはどういうことかが以下のように説かれていることをしっかりと踏まえる必要があろう。

「しかしこれを「文字」で追うだけでは理解とは程遠く、それどころかまったく意味がない。そうではなく、自分自身で筋道にそった頭脳活動としての自身の思い、思惟レベルでの像をまずはそれなりにでも描く努力をし続けなければ、いつまでたっても本当の理解はできてはいかないものである。」(同上)

 つまり、文字を文字として把握するのではなくて、その文字が表す中身について、像として描けるような努力をしていく必要があるということである。このことはもちろん、「発展の論理構造」という文字についても当てはまるのであって、それがどういうことか、しっかりと像としてイメージし続けていく必要があるのである。

 さらに改めて確認しておきたいことは、学びにおける主体性ということである。先にも少しふれたが、「発展の論理構造」をある対象に関する性質であるとして、自分から切り離した存在として把握していてはダメであって、あくまでも自分の頭脳活動を発展させるための構造として把握し学んでいく必要があるのである。この主体性という問題は、当然、認識論を学ぶ際にも、弁証法を学ぶ際にも、いのちの歴史を学ぶ際にも必要になってくる。認識論に関しては、前回、このブログにかつて掲載した論文「認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想」の中で説いていることを紹介したが、弁証法については、自分の頭脳を弁証法的にすることで、世界のすべてを弁証法的に把握できるようになるために学ぶのであって、生命の歴史についても、自分と関係のないかつての生命体の発展史だなどと考えるのではなくて、他でもない自分自身がどのような発展の歴史を背負っているのかを把握し、自分の生き方を生命の歴史の延長線上にある世界歴史、人類の歴史に重ねて発展させていくためにこそ学ぶのである。では例えば筆者の専門分野である言語はどうか。これも単なる対象として、自分の他にある存在として捉えるのではなくて、あくまでも自分の認識を発展させるべく研鑽し、その結果描いた像を何としても表現するのだ、社会化するのだという必死の過程を経て創出されるものだというように、主体的に捉えていく必要があるのではないか。

 さて、以上の中身を端的にいえば、『学城』第14号から学ぶべきことは、「発展の論理構造」を文字として捉えるのではなく、像として主体的に描いていくための学びが必須であるということではないだろうか。自らの頭脳活動を発展させ、それぞれの専門分野の学問を創出していくためには、どうしても認識をどのようにすれば発展させられるかの論理構造をしっかりとつかんでおく必要があるのである。そのための学びの指針が、第14号全体にわたって説かれていると捉え、引き続き学んでいく必要があるということだろう。「発展の論理構造」を像として描くという点に関していえば、「正規分布図」(p.174)のイメージが大きなヒントになりそうである。主体的な学びという点についていえば、自らの大志をどのように見事に描くかということにかかってくることであろう。いずれにしても、「発展の論理構造」を正しく捉え、集団力を駆使しつつ学問の構築を図っていくという我々京都弁証法認識論研究会の使命を確認して、本稿を終えたいと思う。

(了)
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2017年03月22日

一会員による『学城』第14号の感想(13/14)

(13)「発展の論理構造」を自分のこととして把握する必要がある

 今回取り上げるのは、南郷継正先生の武道哲学講義である。ここでは、哲学への道の厳しさが説かれている。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

南郷継正
武道哲学講義〔Ⅺ〕
―学問とはいわば世界地図を描くことである―
(2008年冬期ゼミ講義詳説)

 《目 次》
プロローグ
一、学問とは、いわば世界地図を描くことである
 (一)学者は「学問とは何か」のいわゆる世界地図をもって出立しなければならない
 (二)医学教育は自らの分野のいわゆる教育内容としての世界「地図」を示さない
二、ヘーゲルは絶対精神の自己運動としての学問地図を描こうとしていた
 (一)歴史上、アリストテレスを踏まえたヘーゲルのみが体系的地図を描く努力をしてみせた
 (二)ヘーゲルの学問的世界地図とは絶対精神の自己運動を描いたものであった
 (三)ヘーゲルは観念論者であるが、彼の学問は見事に唯物論的であった
 (四)ヘーゲルは絶対精神が辿った自然・社会・精神を学問化しようと努めたのである
第13号のプロローグ
 (五)ヘーゲルの絶対精神の自己運動を「宇宙の自然的・歴史的自己運動と看做せば唯物論的展開となる
 (六)ヘーゲルを理解するには自然・社会・精神の一般教養が必要である
(以上、第11号、第12号、第13号所収。以下、本号目次)

本号のプロローグ
三、哲学すなわち学問一般と科学との関係とはいかなるものか
 1 ソフィアからフィロソフィーへの歴史的過程
 2 哲学とは個別科学のすべてを学的に体系すべく研鑽して創るものである

 本論文ではまず、誰も説いたことのない問題にしっかりと解答を与えるレベルのことを論じるのが真の大学教育であり、そのための第一歩として一般教養たる社会科学・精神科学・自然科学の一般性を入門レベルでの講義として説く人物が現われてほしいと説かれる。そして、南郷先生にとって想い出の深い『武道とは何か』が誕生した「因縁話」が語られ、哲学への精神レベルの書として推薦できるものとして、以前から説かれている出隆『哲学以前』、河合栄治郎『学生に与う』に加え、御厨良一『哲学が好きになる本』、『哲学用語に強くなる本』が紹介される。ここまでをプロローグとして、本題では哲学、学問、科学の区別と連関が説かれていく。まず、学問を志しつつ潰れていかないためには、哲学の歴史を弁証法の歴史と重ねる形で知って識ることであることが確認された後、古代ギリシャにおけるソフィアからフィロソフィアへの過程が説かれ、これを踏まえて、その中身は学問であると説かれる。つまり哲学と学問は同じだということである。ここから、哲学=学問と生物学や物理学などの個別学問との違いが説かれていく。端的には、全学問を一身に集めて学一般となった学問が哲学の実態だということである。そして、そこに至る道は、精神科学、社会科学、自然科学のすべての学問をまともに網羅して、それらを土台とする必要がある、非常に厳しい道のりであって、ヘーゲルですら学問一般をよじ登ることは可能とならなかったと説かれるのである。

 この論文に関しては、まず第一印象で、非常に引用が多い論文になっていると感じた。論文全体の大体3分の1くらいの分量が引用になっている。それも大半は、南郷先生のかつての著作からの引用である。このことは連載第5回の悠季論文を扱った際にも説いたことだが、自らの論文を引用しつつ論を展開していくことは、「その執筆時の頭脳活動を常識化すべく、そこを土台として向上していく必要がある」という「発展の論理構造」を実践しているものとして、我々もしっかりと見習いつつ実践していく必要があろう。

 さて、この論文の内容に関わってであるが、最も重要なことは、そのかつての著作の引用中にある「人間としての実力の発展の方法」(p.179)が『武道への道』に説かれているとされていることである。しかも、「人間としての実力の発展の方法」というのは、「頭脳すなわちアタマが本当によくなる方法」(同上)だと明確に説かれていることである。どういうことかというと、「発展の論理構造」が『学城』第14号全体を貫くテーマであって、それは「生命の歴史」の論理構造から学ぶ必要があるし、人間の個体発生においてもこうした論理構造が見られるなとどいうと、何か自分とは別の対象に関わっての論理であるかのように思われなくもないが、ここで説かれていることはそうではなく、あくまでも「発展の論理構造」を自分のこととして受け止めているのである。このことは、本ブログに掲載した「認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想」において、認識論に関わって、「「認識」という対象を,あくまでも客体として,客観的に研究しようというのではなく,自分自身の問題として,自分のアタマをよくするための学問として,認識論・認識学が把握されている」と説いたこととも繋がるものである。すなわち、認識論なり「発展の論理構造」なりを学ぶ必要があるのは、それらの論理を用いて対象の性質を究明しようということももちろんあるのだが、それ以上に、自らの認識をどのようにすれば発展させることができるのか、頭脳活動をより活発にしていくためには何をすべきか、といった主体的な問題として、これらの問題を把握しておられるということである。このように考えると、『武道への道』で説かれている内容についても、しっかりと学び続けていかなければならないと改めて感じたことであった。

 さて、この論文には他にも、色々と重要なことが説かれている。まず、「本号のプロローグ」においては、齋藤孝『使う哲学』という著作を引用しつつ、この著者に一般教養レベルの授業を持ってもらい、「一般教養たる社会科学、精神科学、自然科学の一般性を、入門レベルでの講義として、説き続けてほしい」(p.178)という願いが語られている。また、高校生向けに哲学=学問への書として、御厨良一『哲学が好きになる本』、『哲学用語に強くなる本』を紹介しておられるが、これらの本は随分と古いために、ここでも齋藤氏にこのような初心者向けの本を執筆してほしいと述べておられる。何がいいたいのかというと、当然、齋藤孝がそうした書物を執筆してくれれば、それに学んでいく必要はあるのだろうが、そんなことがいいたいのではなくて、この南郷先生の記述は、逆にいえば、学問への道を歩むためには一般教養レベルの学びが必須であることを強調しておられるのだととることも可能だ、ということである。自らの認識を学問化可能な実力を把持したものへと発展させていくためには、そうした一般教養の学びが必要なのであって、ここを踏まえることなしには、学問への道は歩めないのだということである。

 もう1つ、簡単にでも確認しておく必要があることは、哲学と科学との関係である。ここで科学とは、政治学、経済学などの個別学問のことを指すのだが、まず、「哲学という学問は、すべての個別科学たる、つまり政治学、経済学、物理学、生物学、医学……といったすべての科学を土台として、そこの上に築きあげられたもの」(p.189)だということである。つまり、科学の成果が哲学の発展を規定するということである。しかし一方で、ヘーゲルの時代のドイツが医学などの輝かしい成果を上げていったのは、ヘーゲルの哲学が科学の発展を規定していたのだという側面があるからであって、端的にいえば、哲学の成果が科学の発展を規定するのである。要するに、哲学と科学とは相互に規定しあいながらも相互浸透による「発展の論理構造」があるのである。だから、例えば筆者が言語学を創出したいとして、そのための努力をなしていく過程には、必ず哲学的な学びを含んでいる必要があるということになる。簡単には、言語学は言語学のみで存在できるものではないからである。
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2017年03月21日

一会員による『学城』第14号の感想(12/14)

(12)「いのちの歴史」から「発展の論理構造」の具体を学ぶ

 今回は橘美伽先生による食事に関する論文を取り上げる。ここでは食事に関する問題が遺伝子の構造を絡めて説かれていく。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下である。

橘美伽
武道空手上達のための人間体を創る「食事」とは何か(3)
―遺伝子としての食事を考える

 《目 次》
一、はじめに
二、戦前と戦後のスポーツ選手はどう違うのか
三、戦前の選手の強さは「食事」から
四、武道空手上達のために「遺伝子」とは何かを説く
五、「いのちの歴史」の論理で武道空手の上達を説く

 本論文では、「戦前の日本は世界的な陸上王国だった」という趣旨の新聞記事が引用され、戦前は陸上だけではなく、テニスや競泳でも五輪でメダルをたくさん獲得していた事実が述べられる。しかも当時は、現代以上に諸外国人との体格差があり、スポーツ環境も劣り、現地の環境など想像もできない情況であり、さらに監督やコーチ、国家や財界などの支援に満たされた現代の選手のような出場条件ではありえなかったのにである、と説かれる。そして、日本の食物を摂ることによって日本人一般の遺伝子が創られてきたのであるから、日本が強かった理由の核心は「食事」にあるとされる。ここから論の展開は遺伝子論に移っていく。遺伝子とは、その生命体がその生命体として生き続けるための統括をする、いわばその生命体が生きるための重層構造を持った構造的設計図のようなものだとされた後、この遺伝子の重層構造がマンガレベルで説かれていく。「いのちの歴史」における前の段階の遺伝子が完成する直前に次の段階の遺伝子に溶かし込まれていく重層的構造が“論理のメガネ”を掛ければ見えてくるというのである。そして、以上のことを「食」に繋げて考えるとして、「いのちの歴史」のそれぞれの段階がそれぞれの流れを「食」としても辿ることによって人類が誕生したことが述べられる。さらにこの論理で武道空手が説かれていく。黒帯の者の遺伝子の構造は、その者の「白帯的レベル×緑帯的レベル×茶帯的レベル」という重層構造を内に含んでのものになっていて、黒帯としての修練を繰り返すのではなく、白帯からの辿り返しが必要であり、さらに完璧に上達させることをせず、上達しかかっているという状態であり続けさせることが重要だと説かれる。最後に大事なこととして、武道空手上達のためにはそれだけではなく、「人間としての繰り返し」、「いのちの歴史」たる単細胞体からの辿り返しが必要であることも説かれるのである。

 本論文では、『学城』第12号、第13号で説かれてきた「いのちの歴史にそった食事」の大事性に加えるに、「日本人としての食事」を摂るようにすべきだという内容が、遺伝子という角度から検討されていく。このことは同時に、連載第2回で取り上げたP江論文同様、第13号の冒頭論文である本田論文で説かれている、南郷継正先生による「遺伝子の体系性から生命の世界の発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く」という講義の内容を深めていくものでもある。

 ここに関わって若干触れておきたいことは、日本弁証法論理学研究会の組織としての認識の発展過程についてである。それはまず、南郷先生が結論をバンと示して、それについて弟子の先生方がなぜそうなるのかの過程的構造を研究していかれるという過程である。連載第2回に取り上げたP江論文でも、南郷先生が「遺伝子は情報を吸収して変化する」(p.14)と説かれたことに対して、当初は定説がアタマに刷り込まれているためにその見解に対立しその見解と闘論しつつも、最終的には定説を否定するに至り、南郷先生の結論が論理的に正しいことが明らかにされていくことが説かれている。また、「認識が遺伝子を変える」(p.8)という南郷先生の説に当初は違和感を覚えつつも、考えを進めていき「自らの認識を立て直し」(同上)ていく中で、その南郷先生の結論が「理論的には当然と言え」(同上)ると思えるまでの論理展開をP江先生が辿っていかれたことも述べられている。我々の場合も同様、師が「それは違う」とか「これはこうだ」とかまずは結論を説かれて、それに基づいて議論していくということがよくあるように思う。南郷先生や師はどんな問題についてもまずは結論が「見える」のだと思う。それは世界全体に関する論理的な把握がなせる業だと思うが、まだまだ直観レベルであるから、ここを支える論理展開をしっかりと構築していくことが、組織としての認識を一体のものとして発展させていくことになるのだと思う。

 さて、橘先生の論文に話を戻せば、『学城』第14号全体を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」に関して、非常に重要なことが説かれている。それは「いのちの歴史」から導かれた武道空手の上達のための論理として説かれている。

 まず、「黒帯としての実力を保ち、かつ、より上達していけるようにするためには、その黒帯としての現在のままの修練を繰り返すのではなく、白帯からの辿り返しが必要である」(p.173)と説かれていることである。これは黒帯の者の遺伝子の構造はこれまでの白帯、緑帯、茶帯のそれぞれのレベルの重層構造になっていて、この土台部分を強固に固めておく必要があるからだと説かれているのである。我々の学問への道でいえば、専門分野の学びに入っていったからといって、弁証法や認識論の基本的な概念に関しては、繰り返し辿り返していく学びが必要だということになるだろう。

 次に、「武道空手の上達において、白帯レベルの者を立派に白帯レベルとして完成させては絶対にならない」(同上)ということである。これは、もし白帯として完成してしまっては、それ以上の上達が望めなくなってしまうからだとされている。そして「この論理構造を修練の仕方にあてはめて説けば」(p.174)として、「その修練を上達へと繋げていくためにはどうすればよいかといえば、その修練をしている者たちが、その修練をうまくできかかったころにやめさせて、次の修練へと移っていくことである」(同上)と説かれている。これはつまり、「完璧に上達させることをせずに、上達しかかっている、という状態であり続けさせること」(同上)であり、これこそが「真の上達への道」(同上)だと説かれているのである。これを我々の学問への道にあてはめて考えてみると、例えば、専門分野たる対象に関わっての論理がどのように歴史的に発展してきたのかを原点にまで遡って辿る必要がある、簡単にいえば個別科学史を学ぶ必要がある、と連載第10回の法医学に関わる論文に関して説いた中で触れたが、これも非常に細かい内容にまで踏み込んで、いわば完成レベルでその個別科学史を把握してしまうなどという必要はない、というより、そんなことをしていては自らの専門分野の学としての創出などできないのであって、個別科学史をアバウトに押さえた後は、次なる課題に向って進んでいく、例えば専門分野の対象に関わる構造を深く把握するための学びに移っていく、などが必要になってくるということである。

 最後に、「この白帯からの繰り返しに加え、「人間としての繰り返し」も忘れてはならない」(同上)として、武道空手を行う土台となる人間体をより見事にするために、「仰向け→うつ伏せ→寝返り→お座り→ズリバイ→ハイハイ→摑まり立ち→立ち→伝い歩き→歩きといった過程」(同上)を辿り返す必要があり、さらにこの過程は「いのちの歴史」における単細胞体からの辿り返しにもなっていくものだと説かれていることである。この論理構造はなかなか学問の世界でどのようなことかを考えることは難しいのであるが、あえていえば、例えば言語を研究するにしても言語の土台となる人間の個体発生や「いのちの歴史」を含めた系統発生の論理が分かる必要があるということであろうか。

 いずれにしても、こうした「いのちの歴史」から掴んだ「発展の論理構造」の具体をしっかりと頭に入れて、実力向上の過程を創っていく必要があろう。
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2017年03月20日

一会員による『学城』第14号の感想(11/14)

(11)「素直さ」=「否定の否定」は発展のために必須である

 今回取り上げるのは、朝霧華刃先生による唯物論の歴史に関する論文である。シュヴェーグラーがどれほどの実力をもっているのかが認められている。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトルを示しておく。なお、『学城』誌上では、目次はなく、本文に項番も振られていない。

朝霧華刃
唯物論の歴史を学ぶ(2)

 本論文ではまず、『哲学・論理学研究』第1巻を引用して、古代ギリシャの時代性が振り返られる。すなわち、この時代はエジプトやペルシャが文化の中心であり、相次ぐ戦乱で精神的な豊かさを持てるほどのゆとりが生まれなかったが、ギリシャでは戦争状態が幾分落ち着いてきて現実世界についてややゆとりを持って眺め渡す認識の変化が徐々に生じてきたというのである。こうした時代性を踏まえて、続きのアナクシマンドロスに進もうとしたところ、南郷先生からシュヴェーグラー『西洋哲学史』を読んで、哲学の歴史を踏まえて『唯物論の歴史』を学んでいく方がよいとアドバイスされたと述べられる。そこで『西洋哲学史』を学んでいくと、まずこの書の訳者の解説で、シュヴェーグラーが解説的な文章ではなくて、できるだけそれぞれの哲学者自身の言葉で語らせようとしていること、シュヴェーグラーはヘーゲル中央派で術語等がかなりヘーゲル的であることが分かったと述べられる。さらに冒頭の数行を読むだけで南郷先生が推薦された理由が分かってきたと述べられる。それはシュヴェーグラーが哲学を単なる思考や思索とは違うものとして説いていること、哲学を他の経験科学とは大きく異なるものだということを説いていることだとされる。しかしその後数十ページあとまで読み進めると、シュヴェーグラーの実力の程が大体分かってくるようになったと述べられる。すなわち、現象としての共通性すらもしかしたら分かっていなかったのではと説かれるのである。

 この論文については、『学城』第14号全体を貫くテーマである「発展の論理構造」に関わって、非常に重要な内容が含まれていると思われる。それは何かというと、一言でいえば「素直さ」である。

 筆者は前回の『学城』第13号に掲載された「唯物論の歴史を学ぶ(1)」においても感じたのであるが、この朝霧先生の論文は非常に読みにくく、どういうことが説きたいのかよく分からないと思っていたのである。今回も、一読しただけではどういうことが言いたいのか、正直よく分からなかったのであった。例えば、「南郷先生の恩師三浦つとむさんの『弁証法はどういう科学か』や『認識と言語の理論T』なども「そう!」でした。」(p.163)とある部分について、「そう!」が何を指しているのか分からず、なんて分かりにくい論文だ、などと思ってしまっていたのであった。

 ところが、14号全体を貫くテーマとして「発展の論理構造」というものを見出し、その観点でこの論文を読んでみると、発展のためには、初めはこの論文のような平易は言葉で自分の感想を綴っていくレベルで説いていくという段階から始めなければならないのだと思い、それを学ぶ側もこの論文をそういうものとして素直に受け止めて読んでいくべきだということが分かってきたのであった。そうするとこの論文が、今までなぜこんな分かりやすい展開で説かれているのに分からなかったのかと思えるほどよく分かるように読めていったのであった。ここはやはり「素直」に学んでいく必要があるのだ、あれこれ批判的な態度などということは自分の実力のなさを棚に上げて分からない理由を相手に押しつけてしまっていたのだ、ということが分かってきたのであった。

 では、この論文で具体的にどのような事柄が朝霧先生の素直さだと思ったのかというと、1つには、この「唯物論の歴史を学ぶ」という論文の執筆に際して、「できるものなら、まともな哲学の歴史を説いている書物も一冊くらいは読み取ってそれをふまえながら書いていくほうが、実力をつけるためにはよいと思う」(p.157)と南郷先生に指導され、シュヴェーグラー『西洋哲学史』を薦められたため、それを「素直」に学んでいかれているということである。こんなことをいうと、「そんなことは当たり前ではないか。師の指導に従って学んでいるだけで、それを取り立てて「素直」だなどと大げさに評価すべきではないのではないか。」という反論がありそうである。しかし、これは筆者の経験に照らしていえば、なかなかそう「素直」に実践できるようなものではないのである。それがたとえ師の言葉であっても、である。ついつい自分の思いが頭をもたげてきて、自分ではこう思うのに、師は違うことを言っている、何故自分の思うようにやることが間違っているのか、それが分からない、などとなかなか「素直」にいうことを聞けないものである。挙句の果てに、自分の幼い頭で考えたことの方が正しくて、師は何か勘違いをしているのではないか、などとあらぬことをいつまでも考え続けて、時間と労力を無駄にしてしまうのである。しかしこれでは自分の実力の発展はあり得ないのである。こんないらぬことを様々に考えている暇があったら、師のいう通りを実践していくべきなのである。これは弁証法の術語でいえば「否定の否定」であるが、特に師のレベルであれば、自分などが考えも及ばないような論理でもって説いておられるのであるから、そこを自分の低レベルな頭で分からないからといって、自分を肯定し師を否定するのではなくて、あくまでも自分をまずは否定して、師のいう通りの実践をしてみることを続けていくことで、当時の自分の実力のなさも分かってくるというものである。最近の自分の幼さを思い返しつつ、そんなことを考えた次第である。

 もう1つ、朝霧先生の「素直さ」が現われていると感じた部分を紹介しておこう。それは『西洋哲学史』の訳者の解説に、シュヴェーグラーの良い点が書かれてあるとして、「1つにはシュヴェーグラーができるだけそれぞれの哲学者自身の言葉で語らせようとしているからである」(p.159)という部分と、「シュヴェーグラーは大体ヘーゲル中央派と見ることができる。術語(使用している言葉、文体(朝霧注))もかなりヘーゲル的である。そこに哲学史として或る一貫したものがあり、新カント学派の哲学者の多いわが国においては、その点でもこの書が意味を持つわけである」(同上)という部分とを引用した後、以下のように述べておられることである。

「この訳者の解説については、私なりに思うことがありました。それは「他の哲学者は解説的な文章が多いだけで、肝心のそれぞれの哲学者にはあまり語らせていないのだな……」であり、もう1つは、「ヘーゲル左派という言葉はマルクス、エンゲルスはそうだったので知っていたが、ヘーゲル右派のみならず、ヘーゲル中央派という人物も相当にいたということなのだな……」でした。」(同上)

 訳者の解説を非常に「素直」に受けとめて、シュヴェーグラーとそれ以外の哲学者やヘーゲル派を対比的に捉えていることがよく分かる感想になっていると思う。筆者自身も、これくらいまともに、素直に、他者の言葉を受け止められるような感性をしっかりと育てていくとともに、いつまでも持ち続けていかなければ、学問の構築など不可能なのだということを肝に銘じて取り組んでいきたいと思った。
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2017年03月19日

一会員による『学城』第14号の感想(10/14)

(10)発展のためにはそれぞれの専門分野の原点を歴史的に辿る必要がある

 今回取り上げるのは、本田克也先生、矢野志津江先生、小田康友先生、菅野幸子先生による法医学の入門論文である。ここでは、法医学の原点たる片山國嘉の説く法医学とは何かに焦点を当てて論が展開されていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・目次を示しておく。

本田克也・矢野志津江
小田康友・菅野幸子
法医学への入門(3)
―医学生のための法医学原論―

 《目 次》
はじめに―一般論確立のために原点を見直すことの必須性
一 我が国における「法医学」の始まり―近代国家形成に必須となった「裁判医学」
二 日本法医学の始祖、片山國嘉
 (1)片山國嘉の壮大なる理念―「裁判医学」から「国家医学」としての「法医学」へ
 (2)主著『最新法医学講義』の構成
三 学問としての法医学創出に向けて

 本論文ではまず、学問としての法医学とは、病なり傷害なりの異状性に着目して、その病や傷害がいかなる社会関係性をもって生活不能的状態ないしは死に至ったのかの過程的構造を説くことであることが確認され、今回は我が国の法医学の原点たる片山國嘉の「法医学」の内実や意義を説いてくとされる。そこで初めに確認されるのが、「法医学」の元となった「裁判医学」がどのように誕生したのかについてである。江戸時代までの封建制社会においては、厳格な身分制社会の秩序を乱す者はお上の一存で容赦なく極刑に処されていたが、明治期の近代国家形成期になると、国民の「人権」が考慮され、それに基づいて法整備がなされてきたと述べられる。そして、刑罰の判定に際して、客観的証拠を示す必要があり、ここに「裁判医学」が必須となってきたというのである。では、片山國嘉の説く法医学とはいかなるものか、次にこの問題が説かれていく。片山は単に裁判官に求められた時だけ医学的意見を述べるといった、裁判官に従属的な位置づけではなく、そもそも近代国家において然るべき法とはいかなるものかという問題意識を追求すべく、裁判医学を法医学へと改称すべきだと主張したのである。そして片山の著作の中身は、法医学を一般的に定義することから始まり、医学全体の中での法医学の位置づけがなされ、医師の守るべき法律について説かれていく総論に加え、各論では最初に人間の精神状態、次に身体状態、そして死体の検査について説かれていくというのである。この構成からは、片山がそもそも社会において法秩序が守られなくなるという全体を問題とし、何故人間は罪を犯すような精神状態へと歪んでしまうのかも含めて究明しようとしていたことが分かると説かれる。そして最後に、社会の中で法秩序をいかに創っていくのか、そしてその法が犯される過程及び正常化させていく全過程の究明を目指した片山の法医学は、前回説いた狭義の法医学の定義に加え、あくまでも国家社会全体として法医学を捉える必要があることを説いているといえると説かれる。

 この論文では、『学城』第14号全体を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」という問題に関して、「それぞれの専門分野においての一般論を確立するために、その原点を歴史的に辿り、ふまえることの重要性」(p.144)が説かれている部分を取り上げることとしたい。どういうことかというと、本ブログに掲載した「一会員による『学城』第4号の感想」でも説いたように、「一般論を掲げての学び」というのは、その専門的対象の構造を深く把握していくためには必ずなさなければならないものであって、そのためには、そもそもアバウトにでもその専門的対象に関しての一般論を措定しておく必要がある。そして今回、この論文では、一般論を確立するためには、それぞれの専門分野の原点を歴史的に振り返り踏まえる必要があると説かれているのであるから、このことは認識の発展に大きくつながるものであるということである。

 では今回は、法医学という専門分野に関して、「日本法医学の始祖片山國嘉」(同上)という原点にまで遡って繙いてくことで、具体的にどのようなことが明らかになり、一般論の確立のためにどのような成果があったというのであろうか。この問題については以下のように説かれている。

「端的には、片山國嘉の説く「法医学」なるものは、個々の人間レベルの問題解決に終始するようなものでは決してなく、もっと根本的なレベルで、諸々の違法性ある事態が生じてくるところの社会そのものの病む・歪む過程を究明し、それをまさに治していかんとするもの、つまり「国患を救治せん」との実に壮大なスケールであったのである。」(同上)

 つまり、前回までは、「学問としての法医学とは、まずは、病なり傷害なりの異状性に着目して、その病や傷害がいかなる社会関係性をもって生活不能的状態ないしは死に至ったのかの過程的構造を説くことである」(同上)という形で、「個々の人間レベル」で説かれていたのであるが、片山が説く法医学はこうしたレベルを大きく上回っていて、まさに「国家社会全体」(p.154)の歪みを対象として、その歪む過程、正常化させる過程の究明を行わなければならないということである。ここで注意すべきは、「我々が前回までに説いた定義は、間違いではないものの、個人レベルに焦点を当てた狭義の法医学ともいえよう」(同上)と述べられていることである。つまり、簡単にいえば法医学には「二重構造」(同上)があるということである。ここに関しては以下のように説かれている。

「すなわち、国家としての社会は国民の生活が円滑に行われるべく法秩序を形成することによって成り立っているが、「それらが外的内的要因にて歪んでいく、その社会そのものの構造」の究明と、その社会的国民生活の歪みが現象してきて諸々の犯罪レベルでの生成過程の究明が1つであり、その実力をふまえて、それが犯罪と化したとされる場合において、確かにその犯罪がいかなる内実であるのかの犯罪現象と、犯罪者の病理及び、被害者の病傷態の実際を判断(判定)できる能力を養うことにある。」(同上)

 ここでは、これまで説かれていた法医学の「個人レベル」の定義、「狭義の法医学」の内実の背景には、個々の犯罪者をそういう犯罪に走らせた社会の歪みがあるという把握が展開されているのである。つまり、「狭義の法医学」の背景にいわば「広義の法医学」としての社会病理学が「二重構造」として把握されてはじめて、法医学の正しい理解に至るということである。

 こうした「個人レベル」と「国家社会全体」のレベルとの「二重構造」で把握する必要があるという論理は、筆者の専門分野である言語についてもよく考えておく必要があることだと思う。言語は、「個人レベル」で捉えるならば、コミュニケーションのための表現の一種だという把握になり、これはこれで「間違いではないものの」、「国家社会全体」のレベルで見てみれば、それは文化遺産の継承を可能とさせていったとともに、規範という社会的認識の形成をも促したというより大きな役割を捉えることができるのである。こうした大きな視点から、個々の人間同士の精神的な交通関係を捉える必要があるということである。

 今回は法医学を題材として、「それぞれの専門分野においての一般論を確立するために、その原点を歴史的に辿り、ふまえることの重要性」を確認した。法医学においては、その原点に遡ることによって、法医学の有する「二重構造」が明らかになったということであり、この視点は他分野でも有効に活用できるということであった。
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2017年03月18日

一会員による『学城』第14号の感想(9/14)

(9)生命の歴史の論理と人類の系統発生の歴史の論理が発展のための契機である

 今回取り上げるのは、聖瞳子先生、高遠雅志先生、九條静先生、北條亮先生による医療における理論的実践を問う論文である。ここでは、マイコプラズマ肺炎の事例について考察するために、呼吸とは何か、呼吸器官とは何かが説かれていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・目次を示しておく。

聖瞳子・高遠雅志
九條静・北條亮
医療における理論的実践とは何か
―初期研修医に症例の見方、考え方の筋道を説く―
〈第6回〉マイコプラズマ肺炎A

 《目 次》
(1)はじめに
(2)教科書による呼吸器官の生理構造の知識的な学び
(3)教科書による呼吸器官の生理構造の説明の欠陥
(4)生理学の知識から呼吸の生理構造の像を描く
(5)生命の歴史をふまえて「呼吸とは何か」の一般論を説く
(6)生命の歴史における呼吸および呼吸器官の発展過程

 本論文ではまず、研修医が科学的理論に基づく実践方法論を駆使して、いかなる病気に対しても自信を持って正しい診断と治療が行える実力を培っていくことができるようになることが本症例検討の目的だということが確認され、今回は過酷ともいえる生活を続けることでいつどこに、どのような生理構造の歪みが起こってもおかしくない状態であったL君が、なぜマイコプラズマ肺炎を発症したのかについて説いていくとされる。まず、研修医が呼吸器官の正常な生理構造について、教科書を基に説明するが、指導医はこの説明に空気を体内に取り込む気道に関する過程がすっぽりと抜け落ちていて、それは研修医が生理構造ということが分かっていないからだと指摘する。さらに、生理学の教科書に書いてある知識を暗記するだけではダメで、生きている人間の体の内部をまずは大雑把に像として描いてみること、次にはその人間が外界と相互浸透することによって生きていることをその像に加えて描くこと、その上で生理学の教科書の必要十分な知識をその大枠の中に収めていくことが必要だと指導される。次に、それだけではL君が肺炎になった理由は分からないとして、「病気とは何か」「呼吸とは何か」「呼吸器官とは何か」を理解する必要があるとして、生命の歴史が辿られる。まず、生命現象の時の代謝の原基形態が呼吸の大本であると説かれ、生命体と地球との相互浸透のあり方が「食」と「呼吸」に分けられると説かれる。そして、食は生命の歴史において複雑化してきたが、呼吸は一貫して酸素を取り入れているとして、ここから呼吸は「生きていることの本質を支える原基形態的代謝過程」と概念化される。ここからさらに呼吸器官の発展過程が概観され、単細胞生命体は水に溶け込んだ酸素を取り込んでいたため、両生類以降の生命体も、大気中の酸素をそのまま取り入れるのではなく、気道や肺胞内で加湿したり浄化したりするのであって、また、両生類以降の生命体は、鰓のように自然に酸素を含んだ水が取り込まれることがないために、肺は呼吸器官として単独で機能できるものではなく、気道や呼吸筋等が一体となって呼吸器官を形成していることが説かれていく。

 この論文に関しては、『学城』第14号を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」という問題について、次の2つの点に着目したいと思う。

 1つ目は、研修医の認識において、生命体が行う「呼吸」の意味が、当初は酸素と二酸化炭素のガス交換という事実的把握であったものが、生命の歴史から捉えることによって、「生きていることの本質を支える原基形態的代謝過程」(p.138)という概念として理解するまでに発展していったことである。ではなぜ、生命の歴史から呼吸を捉える必要があるのか。ここに関しては、指導医が以下のように述べている。

「なぜ、生命の歴史を辿らなければならないのかということについては、前回も説明したように、地球上の生命体の中で、最も進化発展して複雑になった人間の呼吸や呼吸器官だけを見ていては、「呼吸とは何か」「呼吸器官とは何か」の一般論を導き出すことは困難だからである。」(p.136)

 つまり、生命の歴史という発展の過程的構造をしっかりと踏まえ、その過程を内に含むものとして人間の呼吸や呼吸器官を捉える必要があるのであって、呼吸をガス交換だと事実レベルで把握することは、非常に表面的で、発展過程の運動性を等閑視するという意味で、形而上学的な見方だということになるだろう。連載第5回には、アリストテレスの認識の発展過程を解明するために、生命の歴史を媒介とする必要があったことを説いたが、ここでは、生命の歴史が直接、呼吸の意味を解明する契機となっているのである。

 さらに次のようなこともしっかりと押さえておく必要がある。前回、『学城』第13号においては、L君の生理構造が歪んでいった過程の事実が確認されていたが、今回のこの視点は、L君を系統発生における過程性を有した、生命体の中での最も進化発展した存在としての人間だという形で捉えているのである。つまり、前回は個体発生における過程性として、そして今回は系統発生における過程性として、それぞれL君を捉えているのである。この把握を論理的にいえば、全て物事は個体発生と系統発生という二重性で把握する必要があるということになろう。この論理は、我々京都弁証法認識論研究会の例会の場でも繰り返し学んでいることであって、例えば、目の前にある缶コーヒーに関しても、その個別具体的な缶コーヒーがどこでどのようにつくられ、それがどのように自動販売機まで運ばれ、それを自分が購入したのかという、いわば「個体発生」の側面を考えることもできるし、種類としての缶コーヒーというものがどのメーカーの誰によっていつくらいに考案され、それが実用化されたのがどこでどのような形でであったのか、それがどのように進化していった(例えば、昔の缶コーヒーはプルラブが缶本体から外れたのに、今では外れないような工夫がなされている、など)のかという、いわば「系統発生」の側面を考えることもできる。こうした二重性で物事を把握することの重要性も、この論文の前回と今回の内容を合わせて考えるとき、しっかりと確認しておくべきだろう。

 さて、「発展の論理構造」というテーマに関してこの論文で着目しておきたいことの2つ目は、この論文の説き方が会話レベルの形態を中心にしたものから論文体といえるものに発展しているということである。これは人類の系統発生の歴史において、プラトンあたりまでは実際に行われた会話の事実を綴っていくのがやっとという実力であったものが、アリストテレスに至るとその会話の事実からある流れ、筋を導き出し、それを記述することが可能となっていったことに対応したものではないか。つまり、筆者の先生方が実地に人類の系統発生の歴史を辿り返しておられるのではないかと思われるのである。「巻頭言」や連載第5回で取り上げた悠季論文で述べられているように、人類が事実レベルの反映像から表象レベルの論理的な像を形成可能な実力を培っていくための過程を、この論文の執筆過程において辿り返すことで、自らの論理能力の発展に資する実践として、この論文執筆を捉えておられるのではないだろうか。我々も、研究会の例会の内容を、まずは会話レベルの事実を中心に振り返り、そこを論理的に捉え返してみるという学びの過程を繰り返し持つことで、論理能力の養成を図ってきているし、これからも図っていく必要があると思う。
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2017年03月17日

一会員による『学城』第14号の感想(8/14)

(8)実力向上のための学びには順序がある

 今回取り上げるのは、P江千史先生、本田克也先生、小田康友先生、菅野幸子先生による新・医学教育 概論である。医学教育が成功するためには何が必要かについての論が展開されている。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下の通りである。

P江千史・本田克也
小田康友・菅野幸子
新・医学教育 概論(3)
─医学生・看護学生に学び方を語る─

 《目 次》
(1)医学教育が21世紀日本に果たすべき役割
(2)歴史に見る医学教育と医学体系、医療実践の関係性
(3)医学教育の最難関は入口である医学部教育にある
(4)医学部教育のゴールである一般医に求められる実力とは何か
(5)すべての病気に共通する考え方の筋道を技として創出しなければならない
(6)科学的医学体系に基づく文化遺産教育の全体像を説く
(7)学問的論理を導きの糸とした文化遺産の習得

 本論文ではまず、第1回、第2回の内容が軽く押さえられた後、今回は医学教育のゴールである一般医に到達するために必要な医学教育の内容と方法を設定するには、「医学体系」が不可欠であることを説いていくとされる。そして、「医学体系」と「医療実践論」、そして「医学教育論」が切り離せない関係を持っていることが医学教育の歴史を振り返ることで確認される。その上で、医学教育論の中で最も重要なのは、医師としての教育の出発点であり、その後のすべてのキャリアの基盤となる医学部教育のあり方だと説かれる。それは、そこで地域の第一線の医療機関での一般医としての実力を養成できなければ、専門分化してしまうその後の研修においては絶対に実現不可能となっていくし、専門医が医師としての基盤を欠落させた単なるテクニシャンへと堕してしまうからだと説かれる。そこで地域の第一線の医療機関での一般医に求められる実力とはどういうものかが確認されていく。それは端的には、多種多様な患者の病気を的確に診断し治療することであるのだが、そのためには、病名をつけ標準的とされる治療法を当てはめるために膨大な知識を正確に記憶するということではなくて、すべての病気に共通する一般論を学び取り、いなかる患者を目の前にしても、その一般論から筋道を通して考えていけるように、アタマの働きを技化することだと説かれる。そして、それが可能となる条件として、科学的医学体系に導かれた教育課程に学ぶ必要があるとして、まずは人間とは何かをふまえて人間の正常な生理構造を究明した常態論を学び、それを土台として病態論と治療論とを学ぶ必要があるとされる。最後に、医学教育におけるこうした文化遺産教育の全体像を示す図が示され、学ぶべき対象の全体像を一般的に把握する重要性が指摘されるのである。

 この論文では、医学教育が成功するためには何が必要かが説かれている。別の視点でいえば、的確な診断と治療を行える実力のある医者を育てるには、どのような教育をしていく必要があるのかということである。この問題に関しては、簡単にまとめれば以下のように説かれている。

 まず、あらゆる病気をとりあえず的確に診断し治療するためには、全ての病気に共通する一般論を学び取り、いかなる患者を目の前にしてもその一般論から筋道を通して考えていけるように、アタマの働きを技化することが必要だと説かれる。しかし、病気の一般論を知識として記憶しただけではダメで、病気を診断し治療するのに必要十分な医療の文化遺産を筋道を通して体系的に学ぶ必要があるとされる。ではその医師養成のための文化遺産とは何かといえば、直接的には病態論と治療論になるのだが、正常な生理構造が歪んで病気になるのであるし、また正常な生理構造を踏まえて歪んだ生理構造を回復させるのであるから、人間の正常な生理構造を究明した常態論を土台としてしっかりと習得する必要もあると説かれる。さらにこれらの学びの前提として、人間の認識が外界との相互浸透を規定し、そこから正常な生理構造が歪んでいくのが病気であるから、「人間とは何か」、「人間が認識的実在であるとはどういうことか」が分からなければならないとされる。さらにさらに、人間とは何かを学ぶためには、地球上で誕生した単細胞生命体が人間へと進化を遂げてきた過程、人間社会が生成発展して現代へと歴史を重ねてきた過程を含めて学ぶ一般教養教育が必要だと説かれるのである。

 以上のように、実力のある医師を養成するためには、どのような学びが必要であるかについて、そのためには、そのためには、……と遡っていって、学びの真の土台、大本にまで言及されていくのである。このことは逆にいえば、生命の歴史と世界歴史を含めた一般教養を土台として、人間とは何か、人間が認識的実在であるとはどういうことかを把握し、この把握に基づいて人間の正常な生理構造を究明した常態論をまずは押さえ、それを踏まえて正常な生理構造が病む過程を究明した病態論と病んだ生理構造の回復過程を究明した治療論を学ぶことによって、病気の一般論を診断と治療の指針として使いこなすことが実力ある医師の養成のためには必要である、これこそが医学教育論の骨子である、医師の実力の「発展の論理構造」は以上のようなものである、ということである。

 ここを端的にいえば、前々回に説いたように、「発展は前段階を実力と化すことによって可能となる」ということになろう。つまり、学びには順序があるのであって、医学教育に関していえば、いきなり病態論や治療論は学べるはずもなく、上に示したような一般教養教育から専門教育への体系性を有した教育を通して初めて、医師としての実力の土台が形成されていくということである。

 ここで考えさせられるのは、連載第3回で説いた「例えば言語学を志して出立したとしても、弁証法や認識論の基本的な用語や概念に関しては、繰り返し繰り返し学んでいく必要があるのであって、このことをおろそかにしては決して言語学の創出など不可能なのだということを肝に銘じておく必要がある」ということである。すなわち、言語学でいえば、言語を創出し生活に役立てているのは人間であるから、まずは人間とは何かを認識的実在ということをキーワードにして徹底的に学ぶ必要があるし、地球上で誕生した単細胞生命体が如何にして人間にまで発展したのか、そして人間社会がどのようにして現代へと歴史を積み重ねてきたのかについてもしっかりと把握しておく必要がある。そのためには、人間の人間たる所以の認識について解明した認識論、発展の論理構造を明らかにした弁証法を基礎からみっちりと学び続ける必要があるのであって、そうした学びの過程をすっ飛ばして、いきなり概念とは何かとか、言語過程はどのようなものかとかいった、言語に直接かかわる高度な問題に突っ込んでいってはいけないのだということである。そうした問題を論じていくには、それなりの基礎の学びの繰り返しの上の繰り返しの過程が必要だということである。この論文で説かれている科学的医学体系に匹敵する科学的言語学体系を創出するためには、まだまだ道は長いが、人間とは何かといった基本的な問題からしっかりと像を描けるように研鑽していく必要あると感じた次第である。
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2017年03月16日

一会員による『学城』第14号の感想(7/14)

(7)部分を全体に位置づけることが認識の発展につながっていく

 今回は、P江千史先生による医学原論講義を取り上げる。治療論の構造論がインフルエンザの事実で説かれていく論文である。

 以下に、本論文の著者名・タイトル・目次を提示する。

P江千史
「医学原論」講義(12)
―時代が求める医学の復権―

 《目 次》
(一)これまでの要旨
 @医学体系の構造論としての治療論
 A治療論の構造論の構築過程
(二)治療論の構造論の構造
 @「一般的治療論」と「特殊的治療論」
 A「特殊的治療論」の四重構造
(三)治療論の構築過程で浮上してきた病態論の構造論
 @病気の全過程を「医学体系の全体像」から説く
 A病態論で重要なのは病気への必然性の解明である
 B現代医学は病気への必然性を解明できない
(四)治療論の構造論をインフルエンザの事例で説く
 @インフルエンザにおいて生理構造の歪みを察知する
 A生理構造が歪み始める段階の一般的治療の重要性
 B生理構造治療が歪んでしまった段階の特殊的治療の重要性
 C生理構造の機能の歪みから実体の歪みに対応した治療の必要性

 本論文では、前回提示された治療論の構造論を、さらに事実で検証することで深めて説いていくとされる。まず、治療論の構造論の骨子が病気の一般性に基づいた「一般的治療論」と病気の個別性・特殊性に基づいた「特殊的治療論」の二重構造であり、「特殊的治療論」はさらに機能が歪みかけているのか歪んでしまっているのか、実体が歪みかけているのか歪んでしまっているのかによって四重構造を有することが確認される。そして、この治療論の構造論構築の労苦の過程で思いがけない収穫があったとして、病態論の構造論が少しずつ浮上してきたというのである。そしてその骨子が説かれていく。すなわち、病気は生理構造の機能レベルの歪みから実体レベルの歪みへと発展すること、病態論の対象は正常な生理構造が歪み始める段階から歪んでしまった段階への過程、さらに治療によって歪んだ生理構造が回復していくあるいは回復しない過程の全過程を対象とすること、病態論においては病気への過程の必然性を究明する必要があることが病体論の構造論の骨子であると説かれる。さて、ここからはまた治療論の構造論に戻って、その構造化の重要性がインフルエンザの事実で説かれていく。まず、インフルエンザに罹患した際には、ゾクゾク寒気がするという感覚があるものだから、この時に暖かくして、栄養があって消化の良いものを取り、よく眠ることが「一般的治療」として重要だと説かれる。合わせて、乾燥を防ぐようマスクを着用したり、水分を取ったり、首を温めるためにスカーフを巻いたりする「特殊的治療」も必要だとされる。次に、高熱が出てしまったような場合には、「一般的治療」に加えて、抗ウイルス薬を処方するなどの「特殊的治療」が必要になると説かれる。そして最後に、合併症として肺炎を引き起こした場合には、その段階に応じた特殊的治療が求められるとされるのである。

 この論文について、本稿全体のテーマである「発展の論理構造」という観点から取り上げるべき内容は、治療論の構造論の構築過程において、病態論の構造が浮上してきたと述べられていることである。P江先生は、医学体系の創出を志して以来、病態論の構築に取り組み続けているとして、病態論の一般論を措定し、あらゆる病気の事実でその一般論の正当性を実証し続けてきているものの、病態論の構造論に関しては明確に浮上させることができずにいたとして、以下のように述べておられる。

「ところが今回、これまで手をつけずにおいた「治療論」の構築に取り組む過程で、「病態論」の「構造論」が、いささか感性的に言えば、少しずつ姿を現わすことになったのである。これは理論的には当然のことであると言えよう。なぜならば、治療とはあくまで病気を回復させる過程であるから、治療の構造化は、病気の構造化に基づいたもの以外ではありえないからである。」(p.101-102)

 つまり、治療論の構造を解明していく流れの中で、必然的に、しかも意図せず病態論の構造化を果たしてきていたのであって、そこを意識的に捉え返せば、病態論の構造論の体系性を説くことが可能となるということである。

 ここをもう少し広い視点から見てみると、これは治療論と病態論とを完全に別のものとして捉えるのではなくて、医学体系の全体像の中のそれぞれの部分として押さえることで、両者の必然的なつながりに媒介され、治療論の構造論の構築が病体論の構造論を浮上させていったということである。このことは、論理的に把握すれば、全体の中の部分という捉え方をしなければ論理的な発展はなかったかもしれない、つまり論理的な発展のためには全体との関係を常に意識しておく必要があるということである。

 この教訓は、言語学史の論理を捉えようとする場合にも当然当てはまるものである。すなわち、言語学史だけをいくら研鑽していったところで、そこから論理的な像を形成できるには自ずから限界があるのであって、学的認識の発展史たる哲学史の学びを通じて、学問全体の発展における言語学の発展をしっかりと押さえつつ、あるいは認識論の発展と言語学の発展との連関を常に意識的に捉えつつ、個別科学史たる言語学史の発展の論理構造を把握していく必要があるのである。あるいは、さらに大きな視点でいえば、社会の発展の歴史たる世界歴史の中に言語学史を位置づけ、その相互浸透関係や相互規定性を考察する必要もあるかもしれない。いずれにせよ、全体の中の部分という把握、全体の中の部分同士の関係という把握なしには、学問構築上の壁にぶつかる可能性が大きいのだということはしっかりと学んでおかなければならないだろう。

 もう1つ、この論文について触れておきたいことは、病気というものが人間の正常な生理構造が歪んだ状態になったものであることに関わって、「その歪みの過程の構造に分け入ると、生理構造の機能レベルの歪みから、実体レベルの歪みへと発展していくのである」(p.102)と説かれていることに関してである。これは病気の発展に関してであるが、連載第2回に取り上げた同じP江先生の論文では、マラソンの完走を目指してのトレーニングを例にして、「日常的に歩くというレベルから、42キロをスピードを伴って走り切るというレベルへと筋肉の機能が変化した時には、筋肉の実体そのものが変化している」(p.32)というように、運動能力の発展に関しても同様のことが説かれている。つまり、発展の論理構造としては、まず機能レベルの発展があり、それに伴って実体レベルの発展があるということである。何とかできるようになろうと努力し続けることによって、徐々に徐々にそれができるようになっていく過程で、その機能を支える実体すらもそういうことが可能な形態に変化・発展してきているということである。この論理は、『看護の生理学(3)』で説かれていた、なぜ他の代謝器官と違って呼吸器官だけは認識によってある程度自由にコントロールできるのかや、声帯が「人間の認識が統括できるようになって、音声言語が形成され、人間の文化を担ってきた」(『看護の生理学(3)』p.82)ということとつながるように思う。端的にいえば、もともとは全ての筋肉が本能により統括されていたわけであるが、このうち、必要に応じて「訓練」(同書p.66)がなされていく流れの中で、徐々に呼吸器官や声帯を認識が統括できるようになっていき、遂には呼吸器官や声帯が認識による統括が可能な器官として創られるようになっていったということである。いずれにしても、言語が歴史的に創出された過程の解明は言語学の大きな柱であるから、こうした論理をしっかりと身に着けることで、言語がどのように創出されたのか、当たり前のように説ける実力をつけていく必要がある。
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2017年03月15日

一会員による『学城』第14号の感想(6/14)

(6)発展は前段階を実力と化すことによって可能となる

 今回は北嶋淳先生、志垣司先生による障害時教育とは何かを問う論文を取り上げる。ここでは、生まれてから首が座るまでの運動機能の獲得過程が一般的な育ちと障害を負った育ちとではどのように異なってくるのかが論じられていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲げておく。

北嶋淳
志垣司
人間一般から説く障害児教育とは何か(8)
─障害児教育の科学的な実践方法論を問う─

 《前回目次》
はじめに
一、肢体不自由特別支援学校の現状と運動障害の理解
 (一)肢体不自由特別支援学校の運動教育の現状と問題点
 (二)機能訓練と教育
二、脳性麻痺児A子の運動の変化過程
 (一)転校してきた時のA子の様子
 (二)転校してきてからのA子の変化

 《今回目次》
はじめに
 (一)前回の要旨
 (二)「心理療法」としての「動作訓練」の持つ限界
一、A子の運動の育ちを障害の二重構造より説く
 (一)人間の育ちにおける一般的な運動性の獲得過程とは何か
   @人間の育ちにおける一般的な運動性の獲得過程の構造とは
   A「運動の発展構造」に分け入って説く、人間の運動性の獲得過程
 (二)障害を受けて育つ運動の獲得過程の歪みとは何か

 《以下は次号》
二、科学的実践方法論に基づいた脳性麻痺児への運動教育とは
 (一)A子の運動の成長をもたらした教育の視点とは何か
 (二)障害児教育一般からA子の成長を説く
   @系統発生を機能的に繰り返させる働きかけ
   A脳と認識を育てる働きかけ
 (三)自立活動より説くA子への教育
 (四)母親と共に
おわりに

 本論文ではまず、全国に普及している「心理療法」としての「動作訓練」の持つ限界が説かれる。それは端的には、「意志」の育成が説かれておらず、人間の運動を歴史性を持ったものとして捉えられていないことであるとして、「生命の歴史」に基づいて運動障害を捉えるとどうなるのかがこれからA子の事例を通して説かれていくと述べられる。A子は5年生でありながら走り回ることも手を使うこともできないのは、「障害の二重構造」の故であるが、その中身を把握するためには、まず人間の運動性は一般的にどのように獲得されてくるものなのかを把握する必要があるとして、P江千史著「看護のための生理学――運動器官」が参照されていく。ここでは、人間は母体内で実体としての系統発生を繰り返すだけではなく、誕生後には機能としての系統発生を繰り返さなければならないことが説かれているとして、生まれてから首が座るまでの過程が取り上げられる。そして、一般には自然に可能になっていくと思われている、生まれてから首が座るまでの人間の最初期の運動形態も、「生命の歴史」を辿る運動を繰り返し、それと直接に認識の発展や母親を中心にした社会関係の発展の過程もあると把握されていく。では、障害を負うとこの過程がどうなるのか、この問題が次に説かれていく。重症の脳性麻痺児は未熟な実体を持って出生するため、普通の子育て以上に丁寧に働きかける必要があるのだが、それがNICUでの生活で妨げられるというのである。具体的には、泣く、オッパイを飲むという全身運動も、仰向けで手足を動かし背骨をつくっていくこともできないし、さらには認識に目を向けても、快・不快の感情がはっきりすることも意志や人間的な感情の育ちも遅れてしまうというのである。こうして外界をきちんと反映できなくなるとともに、運動もまた外界の変化に見合った対応ができにくいものになり、合わせて母親の育児上の不安が子供の認識に影響するという社会関係も加わってくると説かれる。そして最後に、運動機能の向上だけではなく、社会関係と意志とを育てていくことを通してしっかりとした人間に育て上げていくことが教育でなければならないと説かれるのである。

 この論文では、「「できない」とされていることの中には、実体及び機能上の不可逆的な変化によって生じた障害ゆえのものと、「育てられていない(知らない)」ゆえにできないでいるものが混在している」(pp.86-87)という「障害の二重構造」(p.87)の中身をどのように把握することができるのかとして、以下のように説かれている。

「それを知るには、まず人間の運動は一般的にどのように獲得されてくるものなのかを問いかけ、そこと比較して、障害を負うとそれがどうなるのかが問われなければならないだろう。この時、単に運動形態だけに着目するのではなく人間全体、すなわち、体、心、社会関係に育て方(育ち方)を重ねて問いかけていくことが重要である。」(同上)

 つまり、一般的な運動性獲得の過程をものさしにして、障害を負うとその過程がどのように歪むのかについて、実体と認識、それに社会関係にも着目して確認していく必要があるということである。これはこれで見事な把握だと思われるが、「しかし、これだけでは人間の運動の発達を理解するにはまだ十分ではない」(同上)として、「発展の論理構造」に分け入って理解するために、P江千史先生の「看護のための生理学――運動器官」という論文に学んでいかれるのである。そしてまさにこの部分が、本稿のテーマに深く関係する部分であるから、少し詳しく見ていきたいと思う。

 まず重要なのは、「人間は、母体内で実体としての系統発生を繰り返すだけではなく、誕生後には機能として系統発生を繰り返さなければなら」(p.88)ないと説かれた後、その必要性についいて、「それが「発展というものの構造」による」(同上)と述べられている部分である。では、その「発展というものの構造」とは何かといえば、P江先生の論文から引用して、「そもそも発展というものは、連続的であると同時に段階的な過程を、同時的・直接的に内に含むものであり、前段階を自らの実力と化すことをふまえることによって初めて! 次の段階をふむことへ! と至ることが可能となる」ということだと説かれている。そしてこのことが具体的に、人間が生まれてから首が座るまでの運動の上達過程の構造として辿っていかれるのである。

 その中身はまず、生まれたばかりの赤ん坊は、泣くこととオッパイを飲むことが重要な運動形態であって、これは赤ん坊にとっては重労働といえる全身運動であり、これを行っていく過程を通して、がんばる気持ちも育てていくと説かれている。そしてこの段階は、「生命の歴史」においては単細胞段階の運動の段階(その場を移動することのない、うごめき運動)に当たると説かれている。

 次の段階は「仰向け」に寝る状態についてである。ここでは、手足を自由に動かすことで手足がつくられるばかりでなく、立つために最も大事なしっかりとした背骨もつくられると説かれる。さらに、この姿勢は視野を広く働かせることができるから、見ることによって周囲への興味が育まれ、それがさらに運動を発展させていくと説かれる。そしてこの段階はカイメン段階の運動に当たると説かれるのである。

 さらに首が座るために必要な働きかけとして、“横抱き”から“たて抱き”に移行していくことが必要だと説かれたうえで、次のように結論付けられるのである。

「このように辿ってくる時、一般には自然に可能になっていくと思われている、生まれてから首が座るまでの人間の最初期の運動形態も、その過程的な構造に立ち入れば、そこには「生命の歴史」における系統発生を胎内で辿っていく過程の上に、生後における「単細胞段階」の運動、そしてそこから「海綿段階」の運動を繰り返していく過程、そして“横抱き”から“たて抱き”へと移行していく過程があり、それらと直接に積み上げられかつ膨らんでいく「意志の芽生え」たる認識の発展が重なり、これらが1つになって「首が座っていく」のである。しかもその1つ1つの段階には皆、愛情を基盤にした強烈な教育(学習)の過程があり、そこを経て初めて獲得されていくのが人間としての運動性であると理解されてくるのである。」(p.91)

 このように、実体たる身体の運動は、段々と前の段階を踏まえての積み重ねによって発展していること、そこには意志の芽生えへと至る認識の発展過程が重ね合わされていること、さらにはこうした心身の発展には母親を中心とした社会関係の発展に伴う教育(学習)の過程が絡んでいること、これが「発展というものの構造」であって、「生命の歴史」を導きの糸として解明していくべきものだと説かれているのである。

 「発展というものの構造」、あるいは「前段階を自らの実力と化す」ということをこの学びによって生き生きとした像として描くことで、例えば言語の発展とはどのようなものか、学問化可能な頭脳はどのようにすれば創出できるのかといった問題を主体的に解決していって、自らの学問を構築していきたいと決意を新たにした次第である。
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2017年03月14日

一会員による『学城』第14号の感想(5/14)

(5)「発展の論理構造」は生命の歴史を媒介とする必要がある

 今回取り上げるのは、悠季真理先生による哲学・論理学研究に関する論文である。アリストテレスの原語からアリストテレスの認識が如何なるものであったのかが、生命の歴史の論理を媒介にしつつ解明されていく。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下のとおりである。

悠季真理
哲学・論理学研究余滴(5)

 《目 次》
はじめに
一 アリストテレスの学的認識の形成とは
 (1)『哲学・論理学研究』第1巻執筆の過程で分かってきたこと
 (2)τὸ τί ἦν εἶναιは哲学界でどう捉えられてきたか
 (3)アリストテレスはいかなるレベルの像を描くに至ったのか
 (4)アリストテレスの像形成を生命現象の生生・生成発展過程と重ね合わせて考える
 (5)アリストテレスの像の中身を時代性を踏まえて具体的に考える
(以下次号)
二 法とは何かを国家形成の原点から考える
三 国家形成において政治的なことがなされ始める原点について考える
四 国家において政治経済として誕生してくる原点のところを考える

 本論文では、まず、今回は人類の学的認識の形成過程について考察されていくことが述べられ、『哲学・論理学研究』第1巻の執筆過程において、τὸ τί ἦν εἶναι(ト・ティ・エーン・エイナイ)というアリストテレスの原語がやがて論理的な像へと発展していくその出発点としての像を描き始めていく途上の必然的な言語表現だと解明できたと説かれる。そしてその原語の意味が解説される。すなわち、「ト」は英語のthe、「ティ」はwhat、「エーン」はbe動詞の未完了過去形、「エイナイ」もbe動詞だが不定詞であり、特に時制が違う動詞が続く理由が当初は分からなかったという。しかし、そもそも言語は認識の表現であるから、アリストテレスがいかなるレベルの像を描いていたのかから考え、アリストテレスの研鑽過程を推し量っていくと、これは「それをそうあり続けされてきているそのものの何たるか、とは一体何物であるか」となるはずだと考えるに至ったと述べられ、その理由が説かれていく。ここから論の展開は、アリストテレスの像の形成のあり方へと移っていく。すなわち、生命の歴史において生命現象的なあり方ができては消えという繰り返しによって生命現象が実存できるようになっていったように、アリストテレスの頭脳は対象を論理的に把握できかかるかと思えばできない、論理化しかかっては消え、というような頭脳活動が積み重ねられていくことによって創出されたというのである。こうして、現実と過去の像が何となく二層化していくような過程性を伴っていく像を内に含んだ原語が創出されたというのである。例えば、軍馬の例でいえば、アリストテレスが若い頃から現在に至るまで見てきた諸々の馬の像を振り返っているのが、あの未完了過去形という表現に表れていると説かれている。そしてこの表現は、事実レベルの像でありつつも、そこから表象レベルの像が描かれつつある過程そのものを表していると結論されるのである。

 この論文では、アリストテレスのτὸ τί ἦν εἶναι(ト・ティ・エーン・エイナイ)という原語を、いわゆる「文法」に従って意味不明的に訳すのではなくて、アリストテレスの認識の発展に対応したものとして、そういう発展しつつある認識の表現として、アリストテレスの原語を把握する必要があることが中心に説かれている。そのアリストテレスの認識の「発展の論理構造」を解明するために媒介とされたものは、生命の歴史、それも生命現象から生命体への流れの論理構造であった。以下、このことが説かれている部分の引用である。

「プラトンの、互いに闘い滅ぼし合うような討論を経てのアリストテレスの頭脳へと至る道というのは、対象を論理的に把握できかかるかと思えばできない、論理化しかかっては消え、というような頭脳活動がなされ、積み重ねられていくことであり、これは喩えてみれば生命現象的なあり方ができては消え、というのを繰り返しながら生命現象が実存できるようになっていくのと同様の道程であると言えよう。」(p.76)

 ここで説かれているのは、地球上に当初現われた生命現象は、「次第次第にできかかっては消え、できかかっては消え……という気の遠くなるほどの長い過程を繰り返していくことを通して、生命現象として実存し得るようになっていく過程、さらには地球が徐々に冷えていく中での、生命現象がそのものとして実存し続けるために、いわばまとまることができる、つまり、まだ他との区別も定かではないan sichであるような状態から、己として成りゆく、自らを他と区別するところの膜らしきものを作り得る方向へと向かってゆく」(p.75)流れが、アリストテレスの描く像が事実レベルの像から表象レベルの像、論理的な像へと発展しかかっては消えていって、という繰り返しを通して、表象レベルの像、論理的な像として実存し得るように発展していく流れを考察する際に、大きな示唆を与えるということである。簡単にいえば、論理的な像というものは、アリストテレスがいきなり形成できたのではなくて、ソクラテスからプラトンへと至る長い過程の成果を踏まえて、アリストテレスが必死の研鑽を経る中で、徐々に徐々に形成できていったものだということである。生命の歴史においては、「膜を形成するにも、形成しうるだけの実力を生命現象が培っていくことが必要であった」(同上)と説かれているが、まさにこの実力養成課程が、論理的な像を形成するということに関して、人類史上、アリストテレスの段階において持たれたのだということである。

 この、生命の歴史における生命現象から生命体への「発展の論理構造」、また人類史における事実レベルの像から論理レベルの像形成への「発展の論理構造」は、筆者の専門とする言語の歴史的創出過程に関しても大きなヒントになりそうである。すなわち、自分の認識を言語として表現できかかるかと思えばできない、言語化しかかっては消えるような長い過程を経ることによって、徐々に徐々に、単なる叫び声であったものが言語として創出されていくようになっていったというように考えられそうである。これは個体発生における言語の獲得過程についてもいえることであって、当初は単なる泣き声しか発することができなかった赤ちゃんが、「今、ママって言ったよね!」と周囲を驚かせるような声を発したかと思えば、またそうは言えなくなって、しかしまた言えたように思えるという過程を繰り返し経ることによって、徐々に言葉が話せるようになっていく過程についても同様だということである。こうした過程に関しては、「そうなれるだけの実力を培っていくというのはいかなることなのか、ここの過程を像として描ける頭脳にしていくことが」(pp.75-76)必須だとあるように、ヒントを参考に直観的なレベルで説いている段階から、より高い論理性のレベルで説けるように研鑽していく必要がある。

 さて、「発展の論理構造」ということに関して、もう1つ取り上げたいのは、かつて悠季先生が自身で説かれた論文を引用しつつ、その内容を前提として論を展開していっておられることである。我々もこのブログにおいて、毎日毎日論文を発表してきているわけであるが、例えば1年以上前に執筆した論文であれば、その執筆当初に活性化された頭脳でもって一気に書き記した内容に関する像が、相当程度薄らいでいってしまっているのである。しかし、認識の更なる発展のためには、これまでの研鑽の中身が凝縮されている論文については、その執筆時の頭脳活動を常識化すべく、そこを土台として向上していく必要があるのである。そのためには、折に触れてかつて自らが執筆した論文を読み返し、そのレベルにまで何度も何度も自分を引きかげてやる作業が重要になってくるのである。おそらく悠季先生は、こうした作業を繰り返しておられるために、新たしい論文を執筆するに際しても、かつて自分が説いた関連する内容に関して即座に引用して、そこから更なる論理展開をしていくことが可能なのだろうと思われる。こうした作業も目的意識的にしっかりと実践していく必要があろう。
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2017年03月13日

一会員による『学城』第14号の感想(4/14)

(4)対象を弁証法的に捉える、対象と弁証法的に関わるとは如何なることか

 今回取り上げるのは、神庭順子先生の看護論論文である。前号までに取り上げられた事例に関して、今回は弁証法に焦点を当てて展開されていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

神庭純子
現代看護教育に求められるもの(3)
―弁証法・認識論から説くナイチンゲール看護論―

 《目 次》
(一)看護学を学的に説く実力養成のためには「論理とは何か」を学ぶ必要がある
(二)対象を弁証法的に捉えるとはどういうことかを事例から説く
(三)対象を生成発展する存在としてみてとることが弁証法的な捉え方である
(四)変化の過程性をみてとることの重要性
(五)対象の弁証法性をみてとらない実践で失うものとは
(六)弁証法の「量質転化」の法則性から事例を説く
(七)弁証法の「対立物の相互浸透」の論理から事例を説く
(八)弁証法とは「自然・社会・精神の一般的な運動性に関する科学」であるとは

 本論文は、まず、論理とはある場所へのまともな、到着しやすい道順を示してくれるものだということが確認された後、今回は看護者の弁証法的な思考を具体的に解き明かしていくとされる。初めに「対象を弁証法的に捉える」とは、自分の専門に関わる出来事(対象)を必ず動き、変化、発展として見做すことだと説かれ、その例として、2つの物事(母親と子ども)を統一して考えようとすることや、対象を生成発展する存在としてみてとる(子どもの身体的、認識的発展過程、母親の関わりの過程をみてとる)ことなどが弁証法的だとされる。逆に、弁証法的な考え方をしないならば、変化の過程性を創り上げる関わりが求められている看護というものも否定されかねないと説かれる。また、対象を「量質転化」の法則からみてとるとして、楽しくおもちゃで遊んでいた子どもが「ママ」と声をあげて泣き出す過程的構造が展開される。次に、「対象と弁証法的に関わる」とはということに関して、保健師が「対立物の相互浸透」を意識して、母親には子育ての安心感と意欲を持ってもらえるよう、子どもには小さな誇りを育てたいとの思いから、言葉かけをしていった中身が説かれていく。合わせてこのことは、母親の認識と子供の認識との相互浸透、子どもの将来像と現実性との相互浸透なども図ることができることが説明される。そして結論として、事実を通して少しずつでも弁証法的なものの見方・考え方を理解していってほしいと述べられるのである。

 この論文ではまず、「発展の論理構造」の中心である弁証法が正面に据えて説かれていることに着目したい。以下、弁証法に関わって説かれている内容の引用である。

「弁証法は一言では、動くものを対象とする学問です。「動く」を論理的に説けば、ある「もの」、ある「こと」が、そこに「ある」と共に「ない」ということです。」(p.52)
「「動くもの」「動くこと」「変化するもの」「変化すること」「運動するもの」「運動すること」「発展するもの」「発展すること」「消えるもの」「消えること」「捉えどころがない」「捉えようがない」等々の現実を論理的に扱う学問を弁証法というのです。」(同上)

「弁証法とは「動く」「働く」「変わる」「ある」「生きる」「病む」「学ぶ」「運動する」「看護する」「介護する」「教育する」「仕事する」等々の動き、変化の中身を持つすべての世の中の出来事を扱う学問なのです。」(p.53)

「弁証法とは「自然・社会・精神の一般的な運動性に関する科学」であるといわれています。ここで「自然・社会・精神の」というのはどういうことかというと、この宇宙の、世界のありとあらゆるもの、森羅万象そのものすべて、ということであり、森羅万象そのものすべて、言い換えれば「万物」ということです。そのような万物(=ありとあらゆるもの)の「一般的な運動性に関する科学」である、ということは、この世界のありとあらゆるものは、一般的に運動しているという性質を持っているとして、その運動性に着目し、その過程的構造を体系的に明らかにする学問であるということです。」(p.65)

 このように、弁証法とは簡単にいえば、万物の運動に関する学問であるということになる。しかし、こうした知識的な理解をしただけでは、「弁証法的なものの見方・考え方」(p.66)をすることで、対象を正しく把握したり、対象を発展させるべく関わっていったりすることはできない。では「弁証法的なものの見方・考え方」とはどのようなことか、弁証法はどのように現実の問題の把握や関わりに役立つのか、これらの問題について、本論文では具体的な事例を通して説かれているのである。

 例えば、低出生体重児の親の集いでは、親が子育てを学んだり親同士が交流したりするのみならず、別室で子どもたちを預かることで子どもの発達を見守りアセスメントする機会にもなるという意味で、母親も子どもも双方を支援する取り組みになっていることが紹介されている。これは「あれかこれか」と別々に考えるのではなくて、「あれもこれも」という形で2つの物事を統一して考えようとしているという意味で弁証法的といえると説かれている。

 また別の例では、グループワークが終わって母親が子どものもとに戻ってきた場面において、保健師が母親と子どもに対してどのような言葉をかけるのか、その判断をした時にも弁証法的な見方・考え方に支えられて言葉を選んだことが説かれている。具体的には、「お母さん、お疲れ様。A君、バイバイ」(p.62)で終わってしまうのではなくて、母親に対しては「車で上手に遊べていましたよ。さっきまでは泣かずに頑張ってお母さんを待っていられたのですよ。何ともすごいことに、A君は自分でダイジョブ、ダイジョブと励ましているようでしたよ」(同上)と伝え、子どもには「車やおもちゃで遊んだね。泣かずに待っていられたね。お友達と過ごすことができたね」(p.63)と話しかけたのである。このことによって、「母親の認識にA君の育ちを専門職者に認めてもらっている安心感と実際に成長していることでの自信と次なる目標と励みを自ら描くことができる意欲とを創り出せるように」(p.64)意図したのであり、子どもに対しては「頑張りを認めることで自ら乗り越えたのだという小さな誇りを育てたい」(同上)と考えたのだということである。簡単にいえば、「認識の相互浸透による成長、発展を意識して関わった」(同上)という意味で、弁証法的な関わりであったと説かれているのである。

 以上のように、この論文では具体的な事例を通して、「弁証法的なものの見方・考え方」がどのようなものか、弁証法がどのように役立つのかが説かれているのであるが、もう1つ押さえておきたいことがある。それは、同じ事例を何度も何度も、焦点の当て方を少しずつ変えながら説かれているということに関してである。前々回は事例を事実的に説かれ、前回は認識論的な観点から説かれ、今回は弁証法という観点から事例が説かれている。こうした説き方自体が、何度も繰り返し同じ問題を丁寧に説いていくことで、看護とはどのようなものかの理解を深めていこうという意図があるのであり、「量質転化」的な説き方だという意味で弁証法的な説き方だといえるだろう。我々も、1つの事例、1つの概念などに関して、もう学び切ったとして終わってしまうのではなくて、繰り返し何度でも学んでいくことで、質的に把握の度合いを深めていく必要があると感じた次第である。
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2017年03月12日

一会員による『学城』第14号の感想(3/14)

(3)発展のためには基礎をおろそかにしてはならない

 今回は北條翔鷹先生の実戦部隊飛翔隊の修業過程に関わっての論文を取り上げる。武道空手技を修得するための鍛錬とは如何なるものかが説かれていく論文となっている。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下である。

北條翔鷹
実戦部隊飛翔隊修業の総括小論(4)
―1983年〜1988年3月の実戦部隊飛翔隊合宿修業小論―

 《目 次》
一、武道空手体力養成のために学んだ柔道の「木立への打ち込み」
二、武道空手体力養成のために学んだ薩摩示現流を超える鍛錬
三、達人としての武技体得における姿形を覚えるとは

 本論文ではまず、立木蹴りと立木打ちの鍛錬が、武道空手体力養成のための基本であることが説かれ、これが講道館柔道の達人木村政彦の修行に由来すること、骨体力・筋体力鍛錬の重要な養成課程であり、かつ一撃必倒の武技創りとなっていったことが説かれる。さらに、この鍛錬が薩摩示現流の太刀斬り鍛錬(立木を木刀で叩く鍛錬)の武道空手版であるとして、薩摩示現流の立木打ちが説明され、その修練方法の意義や示現流の見事さが南郷先生の著作を引用しつつ明らかにされていく。そして、そうした他の武道に学ぶ場合、現象的にそれらを真似て取り入れるのではなくて、見事な重層的な構造を持った大発展レベルでの変革をなして学ぶ必要があることが説かれ、女子武道家の卵の実践が紹介される。すなわち、骨体力の強靭化や神経体力の自由自在な動きへ向けての発達、内臓体力の強靭化を目指して、炊事、洗濯、水汲み、薪割り、田畑の耕し、リヤカーの押し引きなどを行ったというのである。合わせて、武道空手基本武技の再措定をすべく日課として、武技の姿形を覚えこみ、覚えた姿形を自分のものにする鍛錬を繰り返し実践していったことが紹介され、その中で単なる現象的な姿形をとるということが問題なのではなく、武技としての構造をともなった上で姿形をとっていることが重要だということが思い知らされたと説かれるのである。

 『学城』第14号全体と貫くテーマである「発展の論理構造」に関して本論文で取り上げたいことは、「一撃必倒の武道空手技を修得するための鍛錬」(p.48)とは如何なる過程を持ったものであるのかということについてである。ここに関しては以下のように説かれている。

「我々飛翔体が目指す一撃必倒の武道空手技を修得するための鍛錬であったはずの“立木打ち、蹴り込み”や武道居合技斬り下ろしの鍛錬は、さらにその鍛錬がまともにできるようになるための“丸太土手打ち”がまともにできる必要があり、さらにそれがまともにできるようになるための修練の1つにもっと強烈な鍛錬があったのである。」(同上)

 すなわち、「一撃必倒の武道空手技を修得するための鍛錬」にはそれなりの段階があり、いきなり武道空手技を修練するものではないということである。ここで「強烈な鍛錬」とあるのは、明示はされていないものの、おそらくは「炊事、洗濯、水汲み、薪割り、田畑の耕し、以上のそれが実力をもつための、材木を積んでのリヤカーを押し引きしながらを、坂道の傍らの道なき道での坂道の上り下り」(pp.45-46)であり、「海岸では何時間もの砂浜での鍬の打ちこみであり、流木の引き回し等々であり、海のなかでは泳ぐのではなく、波に逆らっての四方八方への強烈な歩き(走り!)」(p.46)などのことであろう。こうした「通常の武道修練の若者が行う内容とはおそらくは大きく異なった」(p.45)鍛錬は、筋肉鍛錬などの皮相なことではなくて、骨体力の強靭化や神経体力の自由自在な動きへ向けての発達、内臓体力の強靭化を図るために実践されるものだと説かれている。

 ここで注意しなければならないことは、こうした鍛錬を行う武道修練の若者が、こんなものは武道でもなんでもないとして、ここを避けて通ろうとすることはあってはならないということである。こうした「強烈な鍛錬」を踏まえることなしには、決して武道の道を歩むことができないということである。このことは、学問の世界でも当てはまる論理である。すなわち、例えば言語学を志して出立したとしても、弁証法や認識論の基本的な用語や概念に関しては、繰り返し繰り返し学んでいく必要があるのであって、このことをおろそかにしては決して言語学の創出など不可能なのだということを肝に銘じておく必要があるのである。武道空手技の修得過程における「発展の論理構造」は、そのまま自らの学問構築過程の「発展の論理構造」であるとして、自らの問題としてしっかりと受け止める必要がある。

 さて、ではこうした基本的な鍛錬を積んだ後、諸々の鍛錬を経て、武道空手技の鍛錬に入ったとして、そこでも注意すべき点があると本論文では説かれている。それはまず、基本技の厳格なチェックや型修練を行っていく必要があるということである。そしてこうした鍛錬は、達人レベルに到達すればもはや「モデルチェンジは不可能なものであるから、最高の姿形で学ばなければならないからである」(p.47)と説かれているのである。つまり、歪んた形で基本技を覚えてしまっては、それを修正することが不可能であるから、基本技の型を常に正しいものとして創っていく努力が必要だということである。先の学問の世界の観点でいえば、基本的な用語や概念に関する学びを一応終え、本格的に言語学の学びを行っていく際にも、常に合わせて基本技の確認をしていく必要があるということであろう。

 そしてさらに注意すべき点として、「武道においては現象的な姿形をとるということが問題なのではなく、武技としての構造をともなった上で姿形をとっていることが重要だ」(同上)と述べられているのである。ではここでいう「武技としての構造をともなった上で姿形をとっている」とは一体どういうことであろうか。その後の展開を踏まえて考えると、それは実践を想定した練習を行う必要があるということだと思われる。ではこの「実戦を想定した練習」と「現象的な姿形をとる」練習とはどこがどう違うのであろうか。これも明確には説かれていないが、おそらくは認識が違うということではないかと思う。つまり、単に現象的な形をきちんと取れるように基本技の学びを行っていけばそれでいいというのではなくて、その修練を行う際には、常に実践を意識して、実戦さながらの緊張感や気合でもって修練を行う必要があるということだと思う。人間は認識的実在であるから、単なる実体的な動きということはあり得ないのであって、常に認識のあり方に規定された実体の運動であるから、実体と認識とを統一的に鍛えておく必要があるという指摘だと思われる。これも学問の世界ではどういうことになるのかを考えると、単に本から文字を暗記レベルで学ぶというのではなくて、そこに生き生きとした像を伴いながらの学び、例えば認識論の学びであれば、自分の頭脳活動を立派にするためにこその学びが必要だということであろう。

 以上、武道空手の上達過程に重ねる形で、学問の構築過程における認識の発展過程の論理構造を考察してきた。端的には、基本技は当初はもちろん、学びの一定の段階に至った後でも繰り返し確認していく必要があるし、単なる文字の暗記レベルの学びではなく、その文字から生き生きとした像を描きながらの学びが発展のためには必須であるということであった。
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<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史