2017年02月05日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(8/10)

(8)論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 前回は1つ目の論点、すなわちカント『純粋理性批判』の構成及びカントの問題意識に関する論点についての討論を見ていきました。カントはヒュームの主張に反駁して、自然科学的認識の確実性を明らかにすべく、認識能力そのものの研究を行おうとして『純粋理性批判』を執筆したのであって、ここでは、認識の2つの主要な要因として、感性(受容性)と悟性(自発性)とを挙げ、先験的感性論、先験的分析論、先験的弁証論という3つの構成で論を展開しているということでした。

 さて今回は、2つ目の論点として挙げられた、『純粋理性批判』の中身に関する論点について見ていきたいと思います。

論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 カントは『純粋理性批判』において、何を説いたのか。特に「物自体」論と「二律背反」論については、哲学史上、重要な概念であると考えられるので、「二律背反」論とはどのようなものか、「物自体」論とはどのようなものか、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて議論したい。

 この論点に関しては、まず、端的にいえば、『純粋理性批判』では人間の認識能力とはどのようなものかということが説かれているということを確認しました。このことを踏まえて、我々の弁証法の教科書である三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』の中からカントについて説かれている部分を読み合わせました。

「世界は時間のうちに一つの出発点をもち、また空間的にも限界があるということを証明できますが、それと同時に、世界は時間的な出発点もなければ空間的な限界もないことをも証明できるのです。この解くことのできない矛盾が、「二律背反」として述べられています。この矛盾が何に基づいているかをカントは正しく解決しなかったとはいえ、それが必然性として指摘されたことは、弁証法にとって重要な進歩だといえましょう。カントは、この矛盾が、世界自体の性格に原因するもの、すなわち客観的な矛盾に原因があるものとは考えませんでした。彼は、わたしたちが物自体にそなわっていると思う諸性質を、認識から与えられたものと解釈しました。人間の認識はもともとそういう能力をそなえているのであって、物自体は何の性質も持っていないし、わたしたちの認識の向こうの岸にあってとらえることができない存在だと主張しました。」(p.60)

 さらにある会員は、論点1の『純粋理性批判』執筆時のカントの問題意識と絡めて、我々が眺めている客観的な世界(現象の世界)は、我々の認識の側に備わっている条件によって、きちんと因果律が成り立つものとして構成されている(人間の認識がまさにそのようなものとして創造した!)ということになる、ということが説かれていることを強調しました。

 さて、ではもう少し具体的にカントの主張を見ていくとどうなるでしょう。まず、「二律背反」論とはどのようなものかについて押さえていきました。これは悟性の諸カテゴリーを制約されないものに適用しようとすることで陥る矛盾のことであり、悟性概念の4つのカテゴリーに対応して、4つの二律背反があるということでした。また、「物自体」論に関しても議論し、端的には、我々の認識が捉えることができるのは、あるがままの「物自体」ではなくて、現象の世界に過ぎず、「物自体」は何の性質も持っていないのだという論であることを確認しました。ここでは、『純粋理性批判』だけを読んでいても、「二律背反」というのは単に先験的仮象の1つとして出てくるだけで、それが重要であることは分からないのではないかとか、三浦さんの理解ではカントが哲学史を踏まえた成果として「二律背反」論を提出していることがよく分からない、哲学史の総決算だという感じがしないから、二律背反の突っ込んだ検討が必要で、哲学の成果を4つに整理したということをしっかりと掴む必要があるのではないかとかいった意見が出されました。

 最後に、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて考えていきました。まず、南郷継正『全集第12巻』にある「論理学基本用語 五十」の記述を確認しました。すなわち、「二律背反の先にある難問の解決に悩んだあげく、二律が背反するのは、対象の性質のゆえではなく対象に性質がないが故として論理の問題として自分の観念たる認識、すなわち頭脳活動の実力に解決を求めてしまったのである。つまり、対象が二律になるのは、対象の成立が実際には無なるがために、自らの観念である認識の働き、すなわち頭脳の働きで、二律のどちらにもなるのだ、すなわちどちらも正しいのだ、としたのである」(p.113)という部分です。ここでは端的には、「二律背反」を解消するために「物自体」論が出てきたのだということです。この部分に関しては、三浦さんの文章では明確には説かれていないことであるし、『純粋理性批判』そのものにおいても「物自体」論が先に説かれることもあって、なかなかこうした理解には到達できない、だからこそこれは決定的に重要な指摘なのではないか、ということで意見が一致しました。

 ともかく、今後『純粋理性批判』を読み進める上で、以上のことを指針として学んでいくことを確認して、この論点に関する議論を終えました。
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 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言