2016年11月20日

アダム・スミス『国富論』を読む(11/13)

(11)政府の経費はどのように調達されるべきか

 前々回と前回の2回にわたっては、政府が果たすべき役割についてのスミスの議論を紹介しました。今回は、政府の仕事に必要となる経費の調達についてのスミスの議論を、大きく租税論と公債論とに分けて紹介することにしましょう。

 まず、スミスの租税論です。スミスは、国民の収入が最終的に土地の地代、資本の利潤、労働の賃金の3つの源泉に由来するものであることを確認した上で、税金は全て最終的にはこの3つのうちから支払われることになる、と指摘します。スミスは、地代への課税、利潤への課税、賃金への課税を順番に検討していくわけですが、こうした具体的な検討を行うための前提として、税金一般に通用する4つの原則(いわゆるスミスの租税四原則)を確認しています。@国民は各人の能力に応じて、つまり各人が国の保護の下で得ている収入に比例して税金を負担すべき、という公平の原則、A税金は恣意的であってはならず、支払時期、方法、額の全てを明確で分かりやすいものにすべき、という確実の原則、B税金の支払時期と方法が納税者にとって便利なものであるべき、という便宜の原則、C国民から徴収する額と国庫に入る額との差が最小になるよう設計すべき(徴税のために人手や手間のかかりすぎないようにすべき)、という最小徴税費の原則です。スミスはこの4原則を踏まえつつ、地代への課税、利潤への課税、賃金への課税について、それぞれ社会全体の富の生産にどのような影響を与えるのか、という観点から具体的な検討を加えています。

 スミスは、地代への課税方法としては、地代が変われば税額も変動する仕組み(農業が発達すれば高くなり、衰退すれば低くなる仕組み)がもっとも公平だとする重農主義派の主張に賛意を示しつつ、地主と借地人が共同で借地契約を登記するよう義務づければ、(検地という手間と経費をかけなくても)借地契約の全条件が登記簿によって十分に明らかになるだろう、と提言しています。このほかスミスは、土地の生産物への課税が、実際には地代に転嫁されてしまうことを指摘しています。地代は、農業経営者が資本を回収し平均的な利潤を確保した上で、残った部分から支払われます。農業経営者が土地生産物への税金を支払いながら、農業経営を変わらずに続けていくためは、地代部分を減らすしかなくなる、というわけです。また、家賃(家屋賃料+敷地地代)については、土地の地代に似ているものの、地代が生産的な土地の利用に対して支払われるのに対して、家賃は非生産的なものの利用に対して支払われるという基本的な違いがある、と指摘しています。借家人は、借家とは無関係な別の収入(賃金か利潤か地代)から家賃を支払わねばならないという点で、他の消費財に課される税金と同じ性格をもっている、というわけです。興味深いのは、スミスがここで、課税の公平さという問題に言及していることです。スミスは、生活費に占める家賃の割合は、豊かな人ほど高く貧しい人ほど低くなるので、家賃に対する税金の負担は一般に金持ちほど重くなるが、このような不公平は不合理とはいえない、とします。金持ちが収入に比例する以上の比率で財政に貢献するのは不合理なことではない、というのがスミスの主張なのです。

 スミスは、利潤への課税については、最終的に商人(資本所有者)の負担になることはない、と指摘します。消費者が、商人の納付する税金を商品価格の一部として支払わなければならなくなるからです。

 スミスは、賃金への課税についても、実際に労働者が支払っているとはいえない、と指摘します。賃金は労働への需要と食料品の価格で決まりますから、賃金への課税は税率より少し高い率で賃金を引き上げます(労働者の生存に週10シリングの賃金が必要である場合、そこに20%の賃金税をかけるなら、税込12シリングの賃金支払いだけでは税引後に10シリングを残せませんから、12シリング6ペンス〔1シリング=12ペンス〕まで上昇する必要があります)。賃金への課税は、雇用主の賃金支払い額を増やすわけですが、製造業労働者の賃金上昇分が製品価格に上乗せされれば、それは消費者の負担になりますし、農業労働者の賃金上昇分が地代の減少によって賄われれば、それは地主の負担になります。ただし、賃金への課税によって労働の需要は減少するのが普通なので、課税に見合って賃金が上昇するとは限らない、ともスミスは指摘しています。

 ここまでは、特定の種類の収入に課すことを意図した税金が取り上げられていましたが、スミスは収入の種類と無関係に課すことを意図した税金として、人頭税と消費財に対する税を挙げています。人頭税については、その人の資産や収入に比例するように課税しようとしても、各人の状況は刻々と変化するので、恣意的で不確実なものにならざるをえない、とされます(人頭税へのこのような評価は、各々の経済主体の所得を税務当局が的確に把捉することができず、公正な所得課税が不可能であった当時の条件に規定されたものだといえます)。スミスは、国民の収入に直接に課税する方法を編み出せなかったために、収入にほぼ比例すると考えられた支出に間接的に課税する方法、より具体的には、支出の対象となる消費財に課税する方法が使われるようになった、といいます。あえて現代の用語でいうならば、所得税の導入が技術的に困難であったために次善の策として消費税が導入されるようになった、ということです(*)。

 消費財は、生活必需品と奢侈品に分けられます(スミスは、必需品のなかに、生存するために最低限必要なものだけでなく、その社会の習慣からして恥ずかしくないだけの体裁を整えるのに必要なモノ全てを含めています)。生活必需品への課税は賃金を上昇させますから、その結果は賃金への課税と同じになる、とスミスはいいます。すなわち、製造業労働者の賃金上昇分が製品価格に上乗せされて消費者の負担になるか、農業労働者の賃金上昇分が地代の減少によって賄われて地主の負担になるか、です。スミスはまた、生活必需品の価格が上昇してもそれに見合った賃金の上昇がなければ、貧困層が子どもを育てるのが難しくなり、有用な労働力を供給する能力が低下する、とも指摘しています。一方、奢侈品(luxuries)への課税は、賃金を上昇させることはないし、貧困層の子育てを困難にすることもない、とスミスはいいます(税金によって倹約を強いられた結果、かえって子どもを育てやすくなるかもしれない、とすらいいます)。スミスによれば、奢侈品に対する税金は、課税商品の消費者によって最終的に負担され、他に転嫁されることはありません。

 以上、スミスの租税論を紹介してきましたが、スミスが推奨するのは、地代の変動に応じた地代税および奢侈品への課税だといえます。前者は、工夫次第で4つの原則を大体において満たすことができますし、後者は、最小徴税費の原則については難があるものの(多数の税務職員が必要になる、特定産業を抑制してしまう、税逃れ対策のための手間と経費がかかる等々)、残りの3つの原則はよく満たしています。

 次いで、スミスの公債論です。商業や製造業の発展した国では、政府(統治者)は、自国内の大土地所有者と同じく(本稿の連載第6回を参照)、収入の大部分を奢侈品に費やすようになり、平時に節約しなくなるので、いざ戦争になると(戦時の国防費は平時の3、4倍!)借入に頼るしかなくなる、とスミスはいいます。スミスは、政府に借金を余儀なくさせる商工業の発達が、一方で、国民のなかに貸付の能力と意志を生み出すことを指摘します。商工業の発展で資本の回転が速くなることで、膨大な資金を政府に貸し付ける能力を備えた人々が存在することになりますし、政府は貸手から有利な条件で借入を行おうとするので、政府の債務証書は当初の払込額よりも高く市場で売ることができ、政府に貸し付けることで自分の資本を増やしていくことも可能になるのです。こうした借入は、当初は信用(担保なし)で行われましたが、やがて、より多額の資金を調達すべく、特定の財源を担保としての借入が行われるようになりました。その方法としては、見込債務と永久債務がありました。前者は、担保を短期間(1年か数年)に限って提供し、その財源で元本と利子を期間内に十分に返済できるとされたものです。後者は、担保を無期限に提供し、担保で払えるのは利子だけであり元本をいつ返済するかは政府次第だとされたものです。見込債務だけであれば、財政収入の使い方が縛られるのは数年だけですむのですが、見込債務が乱発された結果、17世紀末以来、永久債務への依存が深まりました。永久債務を累積させたのは、戦争でした。戦争は財政支出を激増させますが、政府はそれに合わせて税収を増加させることを嫌がるし、またできもしない、とスミスは指摘します。嫌がるというのは、突然の増税で国民感情を害して戦争政策への支持を失うことを恐れるからですし、できないというのは、どういう増税で必要な収入を賄うのが適切なのかが分からない、ということです。だからこそ政府は、安易に借入に頼るようになりました。特に永久債務であれば、最小限の増税で最大限の資金を調達できます。従来からの財政収入に戦時の増税を加えたもので、経常経費と戦時に起債された公債の利子を支払ってなお余剰があれば、それは公債償還のための減債基金に繰り入れられるのですが、この減債基金は公債の全てを償還するには不十分だし、むしろ他の目的に流用されがちである、とスミスは指摘しています。

 公債による国(イギリス)の破滅は何としても防がなくてはならない、というスミスは、公債償却の正道は、財政収入を大きく増やすか財政支出を大きく減らすかどちらかしかない、といいます。そして、前者のためには、イギリス国内だけの税制改革では間に合わず、アメリカ植民地なども含めて同一税制を適用するしかないし、後者のためには、アメリカ植民地などを独立させて、植民地防衛のための巨額の費用負担を節減するしかない、と提起するのです。端的には、アメリカ植民地と合邦するか、アメリカ植民地の独立を認めるか、です。『国富論』は、「大英帝国のどの領土にせよ、帝国全体を支えるために貢献させられないというのであれば、戦時にそれら領土を防衛する経費、平時に行政的・軍事的制度を一部であれ支える経費を負担するのを止めて、グレート・ブリテン〔イギリス〕がおかれている全く平凡な状況に合わせて、将来への展望と計画を調整すべきときである」という一文で締め括られます。この『国富論』が出版されたのが1776年3月9日ですが、それから約4ヶ月後の7月4日にはアメリカ独立宣言が出されることになったのでした。

(*)各人が負担能力に応じて税を負担すべき、というスミスの原則からすれば所得税が、しかも、金持ちが収入に比例する以上の比率で財政に貢献するのは不合理なことではない、というスミスの主張を踏まえれば累進的な所得税が、最も望ましい税のあり方だということになるはずです。しかし、当時においては、公正な所得課税など非現実的なものである、とみられていたわけです。イギリスで所得税が初めて導入されることになるのは、スミスの死後の1799年のことです(もちろんイギリスが世界初です)。
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 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言