2016年11月06日

専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想(3/5)

(3)認識ののぼりおりを訓練する

 前回は,薄井先生の生き方や姿勢から学び取るべきことを考えた。薄井先生は,患者さんを何とかしたいという情熱や責任感が非常に強く,これが学問の体系化の大前提になること,そして教育者としては自らの生き方や姿勢を通して,暗黙のうちに専門家としての情熱や責任感を伝えていくことが必要であること,を見た。

 さて今回は,認識ののぼりおりということについて,本書から学んでいきたい。

 まずは,薄井先生の講演の方法としてののぼりおりについて検討したい。すなわち,薄井先生の話し方がどのような論の展開になっているのか,それがどのような効果をもたらしているのかについて確認したい。

 本書の初めに収録されている「これからの看護に期待される看護婦の育成」という北海道で行われた講演の冒頭部分を見てみよう。

 初めに,薄井先生が「北海道には行ったことがないが,どのような寒さか」と尋ねたところ,皆が「あの寒さはとても言葉には表せない,笑顔が凍る」などといったので,本当に笑えなくなるような寒さを想像してこわごわやって来たと述べられている。これは事実である。この講演に来るまでの経緯の事実を冒頭で語っておられるので,誰もがすっと話に入っていけるといえるだろう。

 次に薄井先生は,この体験をとおして,人間が初めての行動をとる時は,どんなに馬鹿げた準備をするものかということを学んだと語られる。ここでは,事実から引き出された論理が語られている。すなわち,同僚に脅されて恐れていたという事実レベルの具体的な認識から,人間は初めての行動の時には馬鹿げた準備をしがちだという一般的・抽象的な認識にのぼっているのである。

 この後,皆の意見に従って,必要以上に着込んで北海道にやってきたことが語られる。これは,先の論理の例証である。つまり,先の論理を事実で説明しているのである。認識ののぼりおりでいうと,先にのぼったところからまた事実へとおりているのである。

 さらに薄井先生は,この経験から,人間が他人からいろいろ聞かされて想像する場合は現実とかなりかけ離れると感じたと述べられている。これもまた,経験した事実から引き出した論理が述べられているわけである。先ほど事実におりたかと思うと,またのぼっているのである。

 最後に,このような話をした理由が語られる。すなわち,看護学を体系立てる時に,頭の中だけでいろいろと考えて創り上げていくことは非常に怖いことなのだということを,この事実が教えてくれると語られるのである。これは先程の論理を看護学に適用して,講演の本題へと繋いでいったということである。

 このように,講演の冒頭で事実を提示してそこからのぼり,また事実へとおりて再度のぼり,そこで得た教訓を看護の領域に適用していくというような論の展開になっているのである。このため,非常に説得的な展開になっている。事実から論理を引き出し,その論理を実証するような事実を提示して,またその事実から論理を導き出して,というくり返しになっているからである。

 このような展開は,この冒頭の部分だけではない。全編これ,認識ののぼりおりの典型例・お手本といってもいいくらい,認識ののぼりおりが活用され,非常に説得的な展開になっているのである。その証拠に,段落の冒頭に「例えば」とくることが非常に多い。これは,その前に説いた論理から具体におりているのである。「例えば」がなくても,抽象的な認識から具体的な認識におりていることは非常に多いし,具体的なことを語ったら,そこから「要するに」などのまとめで,また抽象的な認識にのぼっていることが多い。このような論の展開であるために,本書の「まえがき」にもあるように,薄井先生の講演は非常に分かりやすいと評判なのであろう。

 大学で,学生相手に専門の講義をする場合も,もちろん,このように認識ののぼりおりを駆使して,論理を説得力をもって伝えていく必要があるだろう。そういう意味で,教育者が認識ののぼりおりを技化しているということは,専門家教育にとって必要なことの一つであるといえる。

 本書ではさらに,学生や看護師が認識ののぼりおりができるようになることが大切だと,形を変えながらくり返し説かれているように思う。たとえば,認識には,現象的認識,表象的認識,抽象的認識(本質を押さえた認識)の三段階があるということを,庄司和晃氏の図を援用しながら説明し,自らの実践の中から「看護とは」を本質レベルの認識として掴み取ってこなければならないと説かれている。それは自分の行動に対する根拠を押さえ,安定感のある働きかけができるようになるためであるが,これは事実からのぼって抽象的な認識に達して,そこからおりて日々の具体的な実践に活かしていくことの大切さを説いたものであろう。

 また,自己の認識を鍛えるには,乱読ではなくて,よい書物をじっくりと精読することもコツだと説いた後,学生には同じ一つの表現でも,認識の三つの段階を全部あげさせ,三つの段階をのぼったりおりたりさせることも非常によいと説かれている。これは例えば次のようなことだろう。ナイチンゲールの『看護覚え書』を読んで,具体的な記述が出てきたら,それはつまりどういうことをいいたいがための具体例なのかを考えてみる,逆に抽象的な記述ができたら,それは例えばどういうことなのかを考えてみる,このようにしてこそ,ナイチンゲールの論理が自分自身が使えるものとして身につくのだということだろう。

 さらに薄井先生は,看護師の感じ方・考え方をどのようにして教育すればいいのかと問い,言葉で教えてもだめであり,知識で教えてもだめだ,生の材料で考えさせなくてはいけないと強調されている。そして,具体的な材料の例として,『狼に育てられた子』,光明養護学校の歴史のビデオ,『神への告発』,『むねの木学園』をあげておられる。このような具体的な事実から,看護師に必要な認識ののぼり方を訓練するということであろう。

 認識ののぼり(抽象化)ということについても,薄井先生はくり返し強調されている。科学的抽象とは,現象のカタチを捨てて内容をすくい上げることだと説き,自らの取り組みは折に触れて振り返り,その意味を考え直す必要がある,生の対応を複数人で協議して,どういう意味を持つかを一般化していく必要がある,と説かれている。また,主体性を育てるためには,自分の実践とその意味を客観視させなければならず,それが卒業研究の一つの大きな狙いであるとも説かれている。要するに,自分自身の実践を客観視して,その実践の事実から,科学的抽象によって意味(論理)を取り出す訓練を行わねばならないということである。これは,一般化する訓練でもあり,こういうことをすることによってこそ,専門家としての主体性が育っていくのだ,ということであろう。なぜなら,自分のなした実践の意味をしっかり把握できていてこそ,責任ある態度であるし,取り出した意味を一般化できれば,別の場面でも,同じように責任ある対応がとれるはずだからである。

 このような自分の実践を客観視し,一般化する訓練に使われるプロセスレコードは,使いようによっては,看護以外の人に対して看護の専門性を理解してもらうためのツールにもなると,薄井先生は説かれている。すなわち,現実の看護の過程の事実から,丁寧に科学的抽象を行って内容を取り出せば,いったい何が看護たりえたのかということを相手も得心できるということである。事実と,そこから導き出された論理を提示すれば,素人であっても看護の意味ということがきちんと理解できるということである。

 以上,今回は,看護教育者にとっても,また看護の学習者・実践者であっても,認識ののぼりおりがしっかりできるように訓練できることがいかに必要不可欠かということを見てきた。

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 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言