2016年09月30日

2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』フランス哲学(続)、ドイツの啓蒙思潮 要約

 前回は、フランス哲学の前半部分の要約を紹介しました。そこでは、フランス哲学が全ての既存の存在を否定することで、純粋思惟のみが残されることになったこと、これを自然と解釈すればスピノザ的な唯一実体が成就され、これを神と捉えればヴォルフ哲学に近いものになることなどが説かれていました。

 今回はフランス哲学の3つの側面、及びドイツの啓蒙思潮について説かれている部分の要約を紹介します。ここでは、フランス哲学において信念の自由、良心の自由が旗印として掲げられたことなどが説かれています。

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1、否定的方向

 この側面の実体的な点は、堕落の状態、一般的な完全な虚偽の状態に対する理性的本能の攻撃にほかならない。フランス人の宗教攻撃と国家攻撃は非難されているが、彼らが攻撃したのは、最も破廉恥な迷信や僧侶政治や愚昧や心情の堕落、とりわけ公衆が悲惨な状態にあるにもかかわらず富の蕩尽や俗世の財物への耽溺をこととするような宗教であり、大臣やその妻妾や側近のものの行う最も盲目的な専制、したがって数限りない小暴君やゴロツキどもが国家の歳入を奪い、人民の膏血を絞ることを神授の権利と見なすに至るような国家である。
 哲学者たちが慄然たる錯乱に対抗して主張したのは、宗教に関してもまた法律に関しても、人間はもはや門外漢であってはならない、ということである。宗教社会の教会組織、法の社会の排他的な世襲階級が、永遠な神的な真なる正なるものを独占して、他の人々はこれらの人々から命じられるというふうであってはならない、むしろ人間理性はそれに対して同意したり判断を下したりする権利を当然もつべきである。この偉大な人間の権利、主体的な自由や確信の権利を、上述の人々は情熱を傾け勇気を奮って闘いとったのである。

2、積極的側面

 この哲学的思索の肯定的内容は充分に根本的とまではいえない。主要な規定は、人間が自己のなかにもっている根本的な正義感、例えば、善意や社会的傾向を前提することで、それが発達するようにしなければならない、というのである。知識一般と正義の積極的な源泉は人間の理性のなかに置かれ、まだ概念の形式のなかにではないが人間の普遍的意識たる健全な人間悟性のなかに置かれている。人間の本質規定は精神の自然性だと解され、その精神の自然性とは、知覚や観察や経験によって、あれこれの衝動であるとされた。しかし、衝動は我々自身の内にある規定とはいえ、それ自身としては不確定なもので、全体の一契機として限定されるほかない。自然はひとつの全体であり、一切は法則により、種々の運動の集合や原因結果の連鎖等々によって規定される。事物の様々な特性や質料や結合によって生み出されないものはない。以上が幾巻もの書に満ち溢れる共通の口調である。

a 自然の体系
 ドルバック『自然の体系』は、前自然界が究極のものであり、宇宙は物質と運動との途方もない集積であるとした。

b ロビネ
 ロビネ『自然について』は冒頭で、自然という全現象の原因として、不可知の一者たる神を置く。自然の活動として捉えられるのは、万物の内に萌芽があるという事実である。万物は自らを生み出す有機体である。それだけ単独であるものはなく、万物は結び付き、つながり、調和している。ロビネは事物の単純な内部形相、事物の実体的形相、事物の概念を萌芽と名づけた。萌芽のあり方を示すのに感覚に寄りかかりすぎるきらいはあるが、出発点は内部にある具体的な原理であり、形相そのものである。

3、具体的普遍的統一の理念

 フランス哲学は、結局のところ具体的な普遍的統一の獲得を目指して進んだ。具体的な統一という偉大な考えが、抽象的で形而上学的な悟性規定に対立しつつ、例えば自然の豊穣さとして現われる。他方、価値あるものは現存しなければならず、彼岸の権威に支えられるようなものであってはならないということが主要点でもあった。私の内容は同時に具体的なもの現存するものでなければならず、この具体的なものは理性と呼ばれたのであり、私の内にある信念の自由、良心の自由が旗印として掲げられるようになった。人間は、自身の精神に内在する確固たる羅針盤を見出そうとする絶対的な衝動をもつ。しかし、現存する生命性を求めるこの努力は、わき道にそれて偏った形式をとった。
 彼らの哲学の理論的側面においては、フランス人は唯物論または自然主義に進んでいった。悟性というものは、固定した原理からこの上なく膨大な結果を引き出せる抽象的思惟だが、それが彼らを惑わせて、唯一原理を究極のものとして立てさせ、しかもそれが同時に現存性をもち、経験の近くにあるものだとさせたのである。こうして彼らは、感覚や物質を唯一の真実体とし、一切の思惟、道徳的なものを、感覚の単なる態様としてそれに帰着させるのである。フランス人の生み出した統一は、こうして一面的なものになった。

a 感覚と思惟の対立
 感覚と思惟の対立が立てられ、思惟は単なる感覚の結果だとされた。しかし、彼らはデカルトやスピノザのように、この対立を思弁的な仕方で神のなかに合一させたのではない。一切の思想、表象は、それが物質的に捉えられるときにのみ意味をもち、そしてただ物質のみが存在するのである。

b モンテスキュー
 偉大なる頭脳の持ち主たちは、やがてこうした捉え方に胸裏の感情を対立させた。自己保存の本能、他人に対する善意の傾向性、社会衝動などがそれである。こうしてモンテスキューは、国民の憲法や宗教など国家のなかに見出される一切のものはひとつの全体をなすという重要な見地から諸々の国民を考察の対象としたのであった。

c エルヴェシウス
 このように思惟を感情に帰着させることは、エルヴェシウスにおいては、道徳的人間の唯一の根本原理(一者)は自愛(利己)である、という形態をとる。この原理は一面的であるが、自体の契機、主観的自由を指摘したものとしては重要である。

d ルソー
 ルソーは自由意志を国家の絶対的権利付けの原理とした。社会契約とは、各人がその意志をもってそのなかにあるといった結合のことである。人間は自由であるが、この本性は国家においても放棄されないのみならず、事実国家においてはじめて形成されるのである。自由の原理は、自己自身を無限者として観ずる人間に無限の強さを与える。このことこそ理論的見地においてこの原理を自らの根底に置いたカント哲学への移り行きをあたえるものである。こうして、認識はその自由を目指し、それが自己の意識のなかにもつ具体的内容を目指して進んだのである。

D ドイツの啓蒙思潮

 ライプニッツ=ヴォルフ哲学の諸々の定義や公理や証明のなかを安穏と徘徊していたドイツ人たちは、外国の精神に感染すると、そこで生まれたあらゆる現象のなかに入っていった。ロックの経験論を養い育て、啓蒙のなかに、並びに一切事物の有用性の考察――フランス人から取り入れた規定――のなかに没頭していったのであった。ドイツ啓蒙思潮は、有用性の原理で持って、諸々の理念と闘ったが、哲学的研究はそれ以上の深さに達することのない通俗性の平板に堕してしまった。
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 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言