2016年09月10日

夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う(4/5)

(4)金力・権力のしがらみから愛を解放する展望

 前回は、『明暗』の物語世界がどのような構造をもっているのか、少し掘り下げて考えてみました。端的にいえば、愛の問題系と金の問題系が絡み合う構造ということになるのですが、愛の問題系だけを取り上げてみても〈津田-清子-関〉という三角関係に〈お延-津田-清子〉という三角関係が重なってくるという重層的な構造をなしており、さらにそれらの三角形が、経済的な力のより強い上層の世界と経済的な力のより弱い下層の世界に挟まれる形で配置されている、ということになるのでした。上層の世界と下層の世界に挟まれた津田とお延は、お互いに相手を真に愛するというよりは、上層の世界の人々に対する「手前」あるいは「体面」から、仲のよい夫婦に見せかけようとしているにすぎません。こうした夫婦のあり方が、上層の世界からは、身の程を知れ、分をわきまえろ、という角度で批判され、下層の世界からは、腰がぐらついて度胸が坐っていない、と批判されているのでした。

 今回は、いよいよ、こうした構造をもった物語世界を、漱石がどのように片付けようとしていたのか検討していくことにしましょう。

 この『明暗』で、片付けられるべき問題として設定されているのは、金力・権力にまつわる諸々のしがらみから人間的な愛を解放できるか否か、人と人との関係が金によって左右されてしまう状況をどのようにすれば打破できるのか、ということにほかなりません。このことを踏まえるならば、ついに書かれなかった結末に向けての展開について、いくつかのポイントを指摘することができます。

 第一に、吉川夫人の「お延の教育」が、吉川夫人の思惑通りに成功し、お延が奥さんらしい奥さんに育て上げられて大団円、などという結末だけは絶対にありえない、ということです。漱石が金力・権力の横暴に激しい憤りを燃やしていたことからすれば、金力・権力を思いのままに操って他人を玩具のように動かして面白がる吉川夫人は、厳しく断罪されることになるだろう、と推測するほうが自然です。

 第二に、有力者のご機嫌をとることを優先し、何事にも優柔不断で煮え切らない津田がどうなるのか、という問題です。津田は、漱石が学習院での講演「私の個人主義」で熱烈に主張した「自己本位」の対極、すなわち「他人本位」を体現するような人物として造形されているといえます。ここから、2つの可能性が導かれます。ひとつの可能性は、「他人本位」な津田が何らかの出来事をきっかけにして決定的に改心して「自己本位」な人間に生まれ変わる、ということです。もう少し具体的にいえば、妻であるお延を、純粋に1人の人間として、社会的なしがらみとは無関係に愛するようになる、という結末です。そのためには、吉川夫人への従属的な関係は精算されなければなりませんし、他者依存的な経済状態についても何らかの解決策が見出されなければならないでしょう(*)。もうひとつの可能性は、津田が「他人本位」なあり方を改められないまま破滅してしまう、ということです。ハッキリどちらとは断言できませんが、この作品中の最重要人物というべき小林が、津田に一朝事があったとしても自分(小林)のように腹を据えた人物に早変わりすることなどできないだろう、と述べている(第158回)ことからすれば、津田は「他人本位」を改められないままに自滅してしまう可能性が高いのではないかと考えられます。

 第三に、「自分のこうと思い込んだ人を飽くまで愛する事によって、その人に飽くまで自分を愛させなければやまない」というお延の「最後の決心」の単純な成功あるいは失敗という結末も考えにくい、ということです。お延の「最後の決心」は、本心から津田を愛するが故に出てきたものではなく、上層の世界に視線を向けつつ、悧巧な女性(妻)として認めてもらいたいという虚栄心から出てきたものにすぎないからです。漱石の思想からすれば、上層の世界における評価を気にするという「最後の決心」の前提条件そのものが崩される必要があるでしょう。

 以上のポイントを踏まえつつ、結末に向けた展開について、もう少しだけ具体的に考えてみることにしましょう。

 『明暗』は、津田がかつての恋人・清子に再会し、彼女が突如として自分のもとを去ったのはなぜなのか、探り出そうとするところで中断されています。ただちに問題になるのは、清子が津田を捨てたのはなぜなのか、ということです。結論からいえば、それは、津田が吉川夫人のいいなりになっているにすぎないことを見抜き、そこに頼りなさを感じて幻滅したからでしょう。清子は、再会した津田の行動について、「待伏せ」「貴方はそういう事をなさる方」と評しています。ここからは、自分の強烈な意志で現実世界の課題に正面からぶつかっていくことをせず、もっともらしい理屈を口にしつつ下らない技巧を弄する男だ、という津田への評価がうかがえるのです。津田は、自分の意志で(清子への熱い思いを抑えきれずに)清子のもとを訪ねたわけではなく、吉川夫人にそそのかされてやってきたにすぎませんし、清子との会見の口実をつくるために、吉川夫人から見舞いの果物籃を託された、などと都合のいいウソをついています。「する事はみんな自分の力でし、言う事はことごとく自分の力で言った」と考える津田ですが、結局のところ吉川夫人のいいなりになっているに過ぎないのだという事実を、清子から厳しく突き付けられることになるでしょう。津田のこうした「他人本位」的な行動の欺瞞を鋭く暴くためにこそ、清子という人物が登場させられているのだ、ともいえるでしょう。

清子によって津田の「他人本位」的な欺瞞が暴かれるならば、お延の津田に対する態度も決定的に改められざるをえません。お延と津田が京都で初めて出会ったとき、津田はお延のもってきた自分の父宛ての手紙をその場で開封しました(第79回)。お延は、津田を果断な人間、決断力・行動力に富む人間だと思い、そこにひかれたわけです。しかし、清子による津田批判は、津田が全くそのような人間ではなく、むしろ正反対の優柔不断な人間であったことを暴くものにほかなりません。お延が清子による津田批判に接するならば、自身が津田を見誤ったのだということを最終的に認めざるをえない状況に追いこまれてしまいます。このことは同時に、津田が自分の愛の対象に値しない存在であったことを認めざるを得なくなることをも意味しています。

 「体面」の維持という目標に縛られ、他人からの軽蔑を極端に恐れるお延にとって、自分の直覚の誤りを認めることは、津田の愛をめぐって清子を片付けるよりも勇気のいることでしょう。そうしたお延の痛切な自己批判を手助けすることができる位置にいるのは、客観的に見て小林以外にはありません。そもそも、『明暗』の物語世界のなかで、小林がお延の前に登場し、津田の過去の秘密をほのめかしたのは、彼女の「最後の決心」の直後でした。この局面での小林の登場には、たんに物語展開上の緊張感を高める効果だけでなく、『明暗』の主題に関わる重要な意味があると見るべきです。人に厭がられることをしなければ自分の存在を他人に認めさせることができない、という小林の登場によって、「自分のこうと思い込んだ人を飽くまで愛する事によって、その人に飽くまで自分を愛させなければやまない」というお延の「最後の決心」が意味をなさない世界が存在することが示されているのです。とはいえ、「絶対に愛されてみたい」というお延の強い意志そのものは、積極的に肯定されるべき要素ではあります。問題なのは、「絶対に愛されてみたい」という意志が、上層の世界のみを見つめる狭い視野のなかで、虚栄心に絡めとられてしまっていることです。「絶対に愛されてみたい」というお延の強烈な意志は、下層の世界をも捉えるような広い視野のなかで、鍛え直される過程が必要になってくるものと思われます。そうした過程は、お延が小林と対決することなしには生じ得ないでしょう。

 結論的にいえば、『明暗』の物語世界で複雑に絡み合った諸々の問題を片付け、金力・権力にまつわる諸々のしがらみから人間的な愛を解放する展望を指し示すためには、強い意志をもったお延と、あらゆる社会的なしがらみから自由である小林とが、何らかの形で結びつくことがどうしても欠かせない、ということになります。「絶対の愛」を求めて自らの運命を積極的にきり開いていこうというお延の「最後の決心」は、女性を管理・支配の対象とする家父長制の秩序の枠内では実現できないものであり、必然的にそれを突き崩す可能性を秘めたものにほかなりません。これを真に成就させようとするならば、何ものにもとらわれずに現存の社会秩序を批判することができる小林の思想を、お延なりのやり方で受け止めることが必要になってくるのです。「絶対に愛されてみたい」「誰からも愛されたい」というお延(=明)は、「せめて人に嫌われてでも見よう」という小林(=暗)と対決させられることによってこそ、「否定の否定」的に成長を遂げていくことができると思われるのです。

(*)ひょっとすると、津田がマルクスの『資本論』とされる「経済学の独逸書」を読んでいた様子が描かれていたのは、こうした結末に向けた布石なのかもしれない。『資本論』では、貨幣の物神性――人と人との関係のなかから生まれてきた貨幣が、逆に人間と人間との関係を支配するようになること――の問題が解かれているからである。
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2016年09月09日

夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う(3/5)

(3)上層、中層、下層という三重構造をなす世界

 前回は、『明暗』のあらすじを少し詳しくみた上で、愛の問題系と金の問題系とが複雑に絡み合う形で物語世界が展開していることを確認しました。津田は真実にお延を愛しているというわけではなく、経済的な有力者の歓心を買うためにお延を大切にしているかのように偽っているにすぎない、という点にこそ、『明暗』の複雑な構造を解いていくための鍵があるといえるのではないか、ということでした。

 今回は、物語世界の構造について、その立体性ということに着目して、もう少し掘り下げて考えてみることにしましょう。

 『明暗』は、何よりもまず、津田とお延の夫婦関係はどうなるのか、清子が津田を去った理由は何なのか、再会した津田と清子はどうなるのか、愛することで愛させるというお延の「最後の決心」は報われるのか、といった愛の問題系を軸に展開しているということができるのですが、この愛の問題系だけをとりあげてみても、従来の漱石作品にはない複雑さがみられます。三角関係の問題を中心におく、ということ自体は従来の漱石作品と同じなのですが、ここでは1人の女性をめぐって2人の男性を配した従来型の〈津田-清子-関〉という三角関係に加えてもうひとつ、1人の男性をめぐって2人の女性を配した新しい型の〈お延-津田-清子〉という三角関係が存在しているのです。つまり、物語世界の中心にいる津田・お延の夫婦のそれぞれが、それぞれを起点とする三角関係の問題を抱えるという重層的な構造をもっているわけです。

 重要なのは、こうした2つの三角関係が重なり合うという愛の問題系に、金の問題系が密接に絡みあってくることです。このことは、『明暗』の物語世界がそもそも、経済的な力を規準として、下層、中層、上層という三重の構造をなしていることに端的に現われています。すなわち、津田とお延の夫婦を真ん中において、金力と権力によって他人を意のままに動かそうとする上層の世界と、貧困のためにあらゆる人間的なつながりから疎外されてしまった下層の世界とが広がっているのです。上層の世界は、放漫で他人をからかうことが好きな吉川夫人によって代表され、下層の世界は、食い詰めて朝鮮に渡ろうとしている小林によって代表されています。

 津田とお延の夫婦関係は、かなり不安定な経済的基盤の上に成り立っており、お延の派手好きによる贅沢もあって、上層の世界の有力者に依存しなければ立ち行かないものになっています。まさに、このことこそが、夫婦の愛の問題に深刻な影を投げかけているのです。

 津田は、お延の叔父の岡本と親友で、父の友人でもある吉川の会社に勤めています。津田は、お延を育てた岡本家の機嫌をとるため、お延の虚栄心――あくまでも津田に可愛がられているように見せようとする――から周囲に生じる誤解をあえてそのままにしています。吉川が岡本と兄弟同様に親しい間柄であることから、自分の将来はお延を大事にすればするほど確かになると考えているのです。津田は真実にお延を愛しているというわけではなく、経済的な有力者の歓心を買うためにお延を大切にしているかのように偽っているにすぎないわけです。

 一方のお延は、かつて自分の直覚に絶対の自信をもっていました。彼女はその直覚によって津田を愛の対象として選んだのですが、今ではその直覚の誤りに薄々感づき始めています。また、夫の過去に何かしらの秘密があることを感じて悩んでいます。このような状況の下で、お延は「自分のこうと思い込んだ人を飽くまで愛する事によって、その人に飽くまで自分を愛させなければやまない」という「最後の決心」をします(第78回)。しかし、それは純粋に津田を愛するからというよりも、自分の「体面」を気にしたからにすぎません。お延にとっては、津田という男性が愛の対象に値するかどうかということよりも、夫に愛される(そして、夫を意のままにする)賢い女性として上層の世界の人々から認めてもらいたい、という虚栄心を満たすことが第一義的な課題になってしまっているのです。

このように、津田・お延の夫婦関係は、虚偽と虚飾にとらわれ、利害得失の打算に満ちた関係というほかありません。この夫婦は互いに相手を支配しようとし、決して完全に心が打ち解けることがありません。漱石は、こうした津田・お延の関係を「愛の戦争」と表現しています(第150回)。

 津田とお延の夫婦関係がこのようなものになってしまったのは、先ほども指摘した通り、この夫婦の経済的基盤が不安定で(津田の収入の割に、お延が派手好きで贅沢であることもあって)、吉川や岡本ら上層世界の人々の好意と施しに依存しなければ成り立たないものになっているからにほかなりません。しかし、津田とお延は、こうした社会関係のなかに存在させられていることに対して無自覚であり、金力・権力の面でより上位に立つ者からの好意と施しを当然のように受け取っています。

 津田は、自らの存在が徹底して他者依存的であり、とりわけ吉川夫人の顔色をうかがってばかりいるにもかかわらず、あくまでも自己の意志にしたがって生きていると思い込んでいます。一方、お延は、自らの体面を維持することに汲々とする結果、「絶対に愛されたい」という強い決意を実現するため一心不乱に突き進もうとします。上位の者から見れば、お延は金力と権力がつくりだす秩序の安定を乱しかねない危険な存在です。岡本の財産や岡本と吉川の親しい関係なども考慮した上で津田の結婚相手として選ばれたのだということをわきまえて、夫(津田)に好きな女がいくらでもあるうちで自分が最も大切にされているという状態に満足するべきだ、というのが、上層の世界(とりわけ吉川夫人)からのお延への要求なのです。上層の世界の人間からみれば、津田がお延の虚栄心に振り回されていることは、許しがたいことにほかなりません。露骨にいえば、津田とお延は、施しを与えてやっているにもかかわらず感謝の意を快く示すことのない不愉快な存在なのです。このことが津田夫婦とお秀との間で衝突を引き起こし、吉川夫人による「お延の教育」(第142回)の宣言を導いたのでした。

 しかし、津田とお延は上層の世界の人間から批判されるだけではありません。津田やお延などよりもずっと金力・権力に縁遠い下層の世界の者からも、また違った視点で批判されるのです。

 津田の友人・小林は、津田の叔父・藤井の下で、売れない雑誌の編集などに携わっていましたが、ついに食い詰めて、朝鮮へと「都落ち」しようとしています。小林は、吉川夫人とは逆に、津田とお延の姿を下から照らし出し、その不安を暴き出します。社会主義への共感も隠そうとしない彼の不気味な言動は、津田とお延の存在が他者依存的であり、社会的なしがらみに縛られているがゆえに、虚偽と虚飾に満ちていることを鋭く突くのです。「僕から見ると、君の腰は始終ぐらついてるよ。度胸が坐ってないよ。厭なものをどこまでも避けたがって、自分の好きなものをむやみに追かけたがってるよ」(第157回)という小林の津田に対する批判は決定的です。

 ここで考えてみなければならないのは、小林にこのような鋭い批判が可能なのはなぜなのか、ということです。そのヒントは、津田の外套を受け取るために津田の入院中に津田の家を訪ねた小林とお延との対決の場面(第81〜88回)にあります。ここで小林は、「僕には細君がないばかりじゃないんです。何にもないんです。親も友達もないんです。つまり世の中がないんですね。もっと広く云えば人間がないんだとも云われるでしょうが」と述べ、他人に自分の存在を認めさせるために「仕方がないからせめて人に嫌われてでも見ようと思う」のだと語っています。これは、「誰からでも愛されたい、また誰からでも愛されるように仕向けて行きたい」と考えるお延にとって、まるで別世界に生まれた人の心理状態でした。社会全体から徹底的に無視されるという小林の境遇は、絶望的なものというほかありません。しかし、金も地位もなく「人間がない」ということは、人間社会のあらゆるしがらみから完全に自由であるということでもあります。いわば、『吾輩は猫である』の猫的な視点から、人間社会の諸関係を自由に批判できるのです。小林の境遇を、体面の維持という目標にがんじがらめに縛られたお延の境遇と対比するならば、一切のしがらみからの解放という、絶望的な孤独が一方でもっている積極的な側面が大きく浮かび上がってくるともいえるでしょう。漱石は小林に、天の目的に動かされることこそ僕の本望だ、と語らせていますが、このことは、社会の最下層に近いところにいる小林の視点こそが、実は人間社会を超越的な視点で眺める天からの視点(アダム・スミス流にいえば「公平な観察者」の視点)に最も近いのだということを示唆するものにほかなりません。

 小林に関わってもうひとつ注目しておかなければならないのは、津田が設けた送別会の場面で、津田から餞別として受け取った10円紙幣3枚(お延が岡本から「賠償金」として小切手の一部)を、自分より貧乏な青年画家に示して「さあ取りたまえ。要るだけ取りたまえ」と語りかけたことです(第155回)。結局、貧乏画家は1枚だけを受け取ります。「余裕は水のようなものさ。高い方から低い方へは流れるが、下から上へは逆行しないよ」と語っていた小林は、「珍らしく余裕が下から上へ流れた」といいます。このように、金をことさらにぞんざいに扱ってみせる小林の振舞いは、金を施してやるんだから頭を下げろ、という上層の世界の人々の振舞いとは対極にあるものとして注目に値します。金の流れを純粋に金の流れとしてのみ、人間の感情とは無縁の「余裕」なるものの物理的運動であるかのように捉えることで、人と人との権力的な関係にまつわる優越感や劣等感を可能なかぎり排除してしまおうとしているわけです。金の問題系が愛の問題系に覆いかぶさっている、もっといえば、金をめぐる感情の動きが真実の愛の可能性を閉ざしてしまっている、という『明暗』の物語世界が抱える根本的な問題を解決する道は、こうした小林の存在によってこそ示唆されているということができるでしょう。
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2016年09月08日

夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う(2/5)

(2)愛の問題系と金の問題系という2つの軸

 本稿は、漱石の未完の大作『明暗』に焦点を当てて、複数の問題系が複雑に絡み合う構造をもった物語世界を漱石がどのように片付けようとしていたのか検討することを通じて、漱石の思想的な到達点について考察することを目的としたものです。

 今回は、『明暗』の物語世界が、どのような問題系を軸として展開されているのか、確認しておくことにしましょう。そのためにも、まずは『明暗』のあらすじを少し詳しくみておくことにします。

 会社員の津田由雄(30歳)は、持病の痔の手術のために入院しなければならなくなり、入院費の工面に頭を悩ませます。京都の父からの毎月の仕送りが、盆暮の賞与で幾分か返済するという約束を履行しなかったばかりに、ストップされようとしていたからです。津田は、上司・吉川(父の友人でもあります)の仲立ちでお延(23歳)と結婚して半年になります。実は、津田にはかつて、これまた吉川夫人に紹介された清子という恋人がいたのですが、清子は突如として津田のもとを去り、津田の友人・関と結婚してしまったのでした。津田はこのことをお延に隠しています。吉川夫人を介して会社を休む都合をつけた津田は、入院の前日、叔父・藤井の家を訪ねます。そこでは、津田の旧友・小林(藤井の下で雑誌の編集などをやっています)の妹の結婚話がまとめられようとしました。結婚の問題に絡んで、津田は叔母から「始終御馳走はないかないかって、きょろきょろそこいらを見廻してる人」「いろいろ選り好みをしたあげく、お嫁さんを貰った後でも、まだ選り好みをして落ちつかずにいる人」と評されてしまいます。藤井宅を後にした津田と小林は、酒場で飲みなおします。小林は、朝鮮に渡ってそこの新聞社に雇われることになったことを伝え、津田の外套を貰い受ける約束を取り付けます。

 津田が入院した日、お延は叔父の岡本から誘われていた芝居見物に行きます。そこでは、岡本夫婦の娘(お延の従姉妹)・継子のお見合いの席が設けられていました。お見合い相手の三好は、岡本の友人で津田の会社の上司でもある吉川夫婦に連れられてきます。吉川夫人を苦手とするお延は、お見合いの会食の後、夫人と上手く渡り合えなかったことに苦い思いを抱いて家に帰ります。翌日、岡本宅を訪問したお延は、岡本夫婦に、継子のたっての願いでお婿さんの目利きをしてもらおうと思ったのだ、と明かされます。実際、かつてのお延は、自分の直覚に絶対の自信をもっており、その直覚で津田を愛の対象として選んだのでしたが、今ではその直覚の誤りに薄々感づき始めています。にもかかわらず、岡本に直覚の鋭さを冗談半分にからかいつづけられて、お延は思わず涙ぐんでしまいます。岡本は、泣かせてしまった「賠償金」といってお延に小切手を渡します。あくまでも自分の直覚の誤りを認めたくないお延は、「自分のこうと思い込んだ人を飽くまで愛する事によって、その人に飽くまで自分を愛させなければやまない」という「最後の決心」をします。

 翌朝、お延のもとに、小林が津田の外套を受け取りにやってきます。下女のお時が入院中の津田に確認している間、お延は座敷で小林と対座します。「僕は人に厭がられるために生きているんです」という小林は、誰からでも愛されたいと願うお延にとって、まるで別世界の人間でした。小林から、津田の過去に何かしらの秘密があることをほのめかされ、疑惑で胸をいっぱいにしたお延は、入院中の津田のもとへ向います。一方、津田のもとには、津田の妹のお秀が訪れていました。父からの仕送りの途絶という事情を知るお秀は、津田が必要とする金を持参してきたのですが、それを手渡すに際して、何としても津田に頭を下げさせようとします。一方の津田は、何としても頭を下げたくありません。2人のやり取りが険悪さを増していくなかで、派手好きのお延が津田に散財させているのだとにらむお秀は、兄さんは嫂さんを大事にしていながら他にも大事にしている人がある、だから嫂さんを怖がるのだ、といいます。その瞬間、お延が登場します。お秀への怒りの反動からか、津田はいつになくお延と溶け合います。それを喜ぶお延は、必要な金は私が拵えたから心配には及ばない、といって岡本から受け取った小切手を出し、お秀の金を断ろうとします。お秀は怒りを表し、津田とお延について、他人の親切を素直に受けとることのできない人間だと冷たく評して、その場を去ります。津田とお延は、京都の津田の父との関係がこれ以上悪化しないよう、吉川夫人に間に入ってもらおうと相談します。

 翌日の午後、入院中の津田を小林が訪ねます。小林は、その日の午前中にお秀が藤井宅を訪ねたこと、さらにお秀はその前に吉川宅を訪ねており、吉川夫人が間もなく津田のもとを訪れる予定であることを知らせます。一方、その日の昼食後、銭湯でゆっくりと過ごしたお延は、留守中にお秀が訪ねてきたことをお時から聞かされて驚きます。病院に行く予定を変更してお秀を訪問したお延は、お秀との間で愛についての議論を闘わすことになります。「好きな女が世の中にいくらでもあるうちで、あなたが一番好かれている方が、嫂さんにとってもかえって満足じゃありませんか」というお秀に対して、お延は「あたしはどうしても絶対に愛されてみたいの」といってお秀をあきれさせます。ちょうどその頃、吉川夫人が津田のもとを訪れます。吉川夫人は、今回のお秀と津田夫婦の衝突の根底には、津田がお延のことをそれほど大事だと思っていないにもかかわらず、吉川や岡本との関係上、いかにも大事にしているように見せようとしていることがある、と指摘します。さらに、そこには津田の清子への未練が影響しているのだと指摘し、清子が流産してある温泉場で湯治していることを告げ、旅費は出してあげるからその温泉場を訪ねて清子と話をしてきなさい、とそそのかすのです。その上で吉川夫人は、お延を奥さんらしい奥さんに育て上げる「お延の教育」計画を口にします。吉川夫人が帰った後、お延が病院に現われます。お延は、津田が吉川夫人の来訪を隠そうとしたことなどから、津田が何かしらの隠し事をしているのではないかとの疑いを深め、激しく詰め寄ります。しかし、津田は何とかやり過ごし「お前の体面に対して、大丈夫だという証書を入れる」という妥協を提案します。

 退院した津田は、小林との送別会に臨みます。その席で小林は、「僕から見ると、君の腰は始終ぐらついてるよ。度胸が坐ってないよ。厭なものをどこまでも避けたがって、自分の好きなものをむやみに追かけたがってるよ」と津田の弱点を鋭く指摘します。津田は、餞別として小林に30円(お延が岡本からもらった金の一部)を渡しますが、小林はそのうちの10円を自分より貧乏な青年画家・原に譲ってしまいます。翌日、津田は清子のいる温泉場へと向います。宿に到着した夜、浴場から部屋までの道に迷ってしまった津田は、思いがけず清子に再会しますが、清子は無言のまま背を向けます。翌日、津田は正式に清子に会見を申し込み、清子の部屋で対座します。清子は、前夜の津田について「待伏せ」「貴方はそういう事をなさる方」と評します。

 以上、『明暗』第1回から第188回までの大きな流れを辿ってみました。結論的にいえば、『明暗』において提示されている諸々の問題は、大きく2つの系列、すなわち、愛の問題系と金の問題系とに収斂させることができるでしょう。津田とお延の夫婦関係はどうなるのか、清子が津田を去った理由は何なのか、再会した津田と清子はどうなるのか、愛することで愛させるというお延の「最後の決心」は報われるのか、といった愛の問題系が第一に存在します。しかし、物語世界は、こうした愛の問題系だけが軸になって展開していくわけではありません。津田の入院費用の捻出をめぐる金策問題をきっかけにして、金の問題系という軸が設定され、岡本からお延への「賠償金」、お秀による津田の入院費の援助の申し出、吉川夫人による湯治費用の援助で津田夫婦のところへ金が入ってくる一方で、津田夫婦は、食い詰めて朝鮮にわたる小林に餞別を渡さなければならなくなる、という目まぐるしい金の動きが生じます。津田とお延の夫婦関係が、かなり不安定な(他者に依存せざるを得ない)経済的基盤の上に成り立っていることが描かれているのです。

 愛の問題と金の問題というのは、これまでの漱石作品においても一貫してとりあげられてきたテーマだといえます。例えば、『明暗』の前々作にあたる『こころ』の「先生」は、叔父に財産をごまかされた経験を語った上で「私は金に対して人類を疑ったけれども、愛に対しては、まだ人類を疑わなかったのです」(「先生と遺書」第12章)と述べていました。『こころ』の先生は、叔父とのいざこざから金に対して人類を疑うようになり、さらに自分自身が親友を裏切ったという痛苦の経験を通じて、愛に対しても人類を疑わなければならなくなった結果、自殺に追い込まれてしまったのです。金と愛というのが漱石にとっての2大テーマにほかならなかったことが、「先生」のこの発言に象徴的に示されているといえるでしょう。しかし、『こころ』においては、金の問題がまず語られ、次いで愛の問題が語られるという形で2つのテーマが並列されており、2つのテーマが有機的に絡みあって深められる、ということはありませんでした。

 これに対して、『明暗』においては、最初から、愛の問題系は金の問題系と直接的に重なり合うものとして設定されています。このことを端的に示しているのが、吉川夫人の「あなたは良人や岡本の手前があるので……表向延子さんを大事にするような風をなさるのね、内側はそれほどでなくっても」(第136回)という発言です。また、小林が「岡本の財産を調べないで、君が結婚するものか」という意味をにおわせる態度をとっている(第117回)のも見逃せません。要するに、津田は真実にお延を愛しているというわけではなく、経済的な有力者の歓心を買うためにお延を大切にしているかのように偽っているにすぎない、ということなのです。まさにこの点にこそ、『明暗』の複雑な構造を解いていくための鍵があるといえるでしょう。
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2016年09月07日

夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う(1/5)

目次

(1)『明暗』の世界は片付けようのないものか
(2)愛の問題系と金の問題系という2つの軸
(3)上層、中層、下層という三重構造をなす世界
(4)金力・権力のしがらみから愛を解放する展望
(5)難問を片付けようとする意志にこそ学ぶべきである

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(1)『明暗』の世界は片付けようのないものか

 今年は、夏目漱石が亡くなってからちょうど100年の記念の年にあたります。漱石は、1916年(大正5年)12月9日、49歳でその生涯を閉じたのでした。亡くなったとき、漱石は『明暗』と題された作品に取り組んでいました。これは、同年5月26日から「朝日新聞」に連載されていたのですが、結局、12月14日に掲載された第188回で中断されることになったのでした。しかし、この『明暗』は、未完に終わったとはいえ、遺された部分だけでも漱石作品中の最長篇であり、非常に緻密に構成された(周到に伏線が張り巡らされた)物語として、実に読み応えのあるものとなっています。

 それだけに、物語が佳境に入ったところで突如として中断されてしまうのは、残念というほかありません。物語はこれからどのように展開していくのか、漱石は一体どのような結末を用意していたのか……どうしても知りたいと思うのは、読者としては自然な要求でしょう。実際、これまで実に多くの人々が、ついに書かれることのなかった結末への展開を予想するという試みを行ってきました。そのなかには、水村美苗『続 明暗』のように、実際に続編を書き継いでみたものもあります。

 一方で、『明暗』の結末をあれこれ予想するという行為に対しては、釘を刺すような見解が示されることもあります。『明暗』は、作者の死による中断という形式的な未完成にとどまらず、作品の内容そのものが未完結性をもっているのではないか、『明暗』の作品世界は複数の問題系が複雑に絡み合う構造をもっており、たとえひとつの作品として完成されたとしても、これらの問題をきれいに片付けてしまうような結末はありえなかったのではないか、というのです。例えば、佐藤泉氏は「複数の異質な世界が交錯するこの作品では、物語の全体がすべて落ち着くことなど、とても考えられない」(『漱石 片付かない〈近代〉』、NHKライブラリー)と述べ、柄谷行人氏は、『明暗』が「ひとつの視点=主題によって“完結”されてしまうことのない世界」(新潮文庫版『明暗』解説)を実現している、としています。

 このような立場からすれば、『明暗』の結末がどうなるかは大した問題ではなく、日常の片付かなさをリアルに捉えている点にこそ作品の意義がある、といったことになります。漱石が、その約10年にわたる作家生活を通じて、安易に問題を解決してしまうよりは問題の構造そのものを徹底して追究することを重視していたように思われることが、こうした捉え方の有力な傍証とされます。その象徴的な例が、『明暗』のひとつ前の小説である『道草』の結末における健三の「世の中に片付くものなんて殆どありゃしない」という言葉です。

 しかし、漱石が問題の解決を簡単に与えなかったといっても、それは、どうせ世の中のことは片付かないものだ、と諦め、悟りきった態度を示した、というようなものなのでしょうか。この点については、先に引用した健三の言葉が「吐き出すように苦々しかった」ことに注目しなければなりません。ここには、容易に片付かない現実を直視しつつも、なおそれを片付けようと挑戦し続ける決意が秘められているとみることができるのです。片付かなさの追究を徹底して行いつつも、片付けようとする意志そのものは決して捨てようとはしなかった――この2つの側面を合わせもっているところにこそ、漱石の文学の意義があるといえるのではないでしょうか。

 もっとも、漱石の文学に片付けようとする意志と片付かなさの追究という2つの側面があるといっても、その両者のバランス、重点のおき方には大きな変遷が見られることも確かです。初期の作品においては、片付けようとする意志が直截に表現されていたといってよいでしょう。例えば、朝日新聞入社第一作の『虞美人草』においては、小野さんとの結婚の道を断たれた藤尾が憤死し、「謎の女」と呼ばれる藤尾の母が悔い改めるという結末によって、物語世界はいささか強引に片付けられていたのでした。

 それでは、漱石が作家生活の全体を通じて、片付けようとする意志をもって追究した問題とは、一体どういう問題だったのでしょうか。結論からいえば、それは、全ての個人の自由な発展を可能にするにはどうすればよいのか、という問題にほかならなかったといえます。もう少し具体的にいうならば、金力・権力がものをいう現実世界において、人々が諸々のしがらみにとらわれて小刀細工を弄するばかりに、心の打ち解けた自然な関係を築くことができずにいる、という状況をどのようにして打破するのか、という問題です。漱石の文学者としての生涯は、個人の自由な発展を阻む要素に満ち満ちている現実世界に対して、自己(漱石)がどのように対峙していけばよいのか、試行錯誤を重ねていく過程にほかならなかったということもできます。

 作家生活の前半において、問題を比較的に簡単に片付けてしまうような作品が生み出された背景には、『文芸の哲学的基礎』――作家生活の出発にあたってその決意を表明したもの――において現れているように、高い理想をもつ者が時代から受け入れられない時、文章によって後世に残り後世の人々の血肉になって時代を動かすのだ、といった意識があったものと思われます。自分は同時代には受け入れられがたいほどに高邁な理想をもっているのだという強烈な自負があった、ということです。漱石は、『野分』において、まさにこうした信念を具現化したような白井道也という「文学者」を描いています。ここに現われているのは、無理解な周囲の世界より一段高いところに自らを位置づけ、そこから(卑近な言葉でいえば“上から目線”で)醜悪な日常的現実を裁いてやろう、という姿勢にほかなりません。

 ところが、いわゆる後期三部作の頃になると、片付かなさの追究のほうが前面に出てくるようになってきます。漱石は、『彼岸過迄』および『行人』において、真実を求めれば求めるほど現実世界から突き放されてしまい、自らの内面に閉じこもらざるを得なくなる知識人の苦悩を徹底して追究しました。ここには、漱石が、創作活動を積み重ねていくなかで、現実世界と自己との関わり方の難しさ――金力・権力が支配する世界と全ての個人の自由な発展を願う自己との対決の厳しさ――を次第に痛感させられていったことが反映しているのではないかと思われます。端的には、果たして自分は周囲の世界を裁けるような立派な人間なのか、といった疑問が大きく膨らんできたのではないかと思われるのです。 

 しかし、漱石は、片付けようとする意志を決して失ったわけではありませんでした。『こころ』は、漱石なりに閉塞状況からの脱出の可能性を示したものといえます。『こころ』の「先生」は、「私」という青年との出会いをきっかけに、自己の弱点と限界を改めて見つめ直し、それを「私」に宛てた「遺書」という形であからさまに書きつらねることになりました。自らの弱点と矛盾という片付かなさそれ自体を徹底的に追究した上で、その克服の可能性を「私」に代表される後世に託そうとしたのです。この「先生」の姿勢は、ある意味では、漱石自身によって実践されました。『こころ』を書いた後の漱石は、『硝子戸の中』という随筆、『道草』という自伝的小説を書くことを通じて、自らの人生そのものの片付かなさを徹底的な分析・検討の俎上に載せたのです。こうした分析・検討がなされたのも、あくまで、片付けようとする強烈な意志が根底にあったからこそでしょう。『道草』の結末における健三の「世の中に片付くものなんて殆どありゃしない」という言葉が、「吐き出すように苦々しかった」のは先に見たとおりです。

 このような、片付かなさの徹底した追究の上で書かれたのが、日本初の本格的な近代小説ともいわれる『明暗』です。『道草』という自伝的小説の後に、改めて本格的な小説らしい小説が書かれたという事実は、漱石が片付かなさの徹底した追究の成果をふまえて、改めて問題を片付ける展望を探究しようとしていたのではないかと想像させるに十分なものがあります。

 また、片付けようとする意志との関連でいえば、当時の漱石が、第一次世界大戦の勃発という情勢の下で、社会に対して強い関心を抱き、漱石なりに積極的に働きかけようとしていたことも見逃せない事実です。『明暗』が書かれたのは、冒頭でみたとおり1916(大正5年)ですが、前年の1915年に行われた衆議院選挙において、漱石は、急進的な民主主義の要求を掲げて立候補した馬場孤蝶を堺利彦(のち1922年に、日本共産党の創設メンバーの1人となった社会主義者)らとともに支援しています。さらに1916年1月には、朝日新聞紙上に「点頭録」を連載し、第一次世界大戦に揺れる欧州諸国に目を向けて、軍国主義の危険性を鋭く指摘してもいるのです。『明暗』を、こうした漱石の意識と無関係に論じることはできません。

 ところが、『明暗』の物語世界が一見したところもっている複雑きわまりない構造に気をとられてしまうと、作者の死による中断という物語世界の外からの事実を、物語世界の内部の展開にまで押しかぶせてしまうことで、片付かなさの追究という側面に過度によりかかった解釈が生み出されることになってしまうのです。しかし、作者の死によって中断されたという事実と、本質的な意味での作品の未完結性とは、混同することなく一応は区別して考えていく必要があります。

 『明暗』は、自らの死を意識しつつあった漱石が、文学者としての闘いの集大成という強い意気込みをもって、最後の力を振り絞って書き連ねられていった作品です。このような作品において、片付けようとする意志がどのように働いているかということを問うことなし、その物語世界の複雑な構造、複数の問題系の有機的な絡み合いを的確に把握することはできませんし、漱石の思想的な到達点をあきらかにすることもできません。本稿では、『明暗』において片付けようとする意志がどのような形で働いているかという視点から、その構造を読み解くことを試みていくことにします。
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2016年09月06日

どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想(5/5)

(5)主体的に事実の意味を解き,一般化したものを使っていく

 本稿は,「科学」とか「科学的」が社会的認識としてしっかりと確立していない現状において,それを30年以上も前にきちんと説いていた薄井坦子『科学的な看護実践とは何か(上)』を取りあげて,ここから,科学的な実践とは何か,それはどのようにすればできるようになるのかを学び取ることを目的とした論考であった。ここで,これまでの流れを振り返っておきたい。

 初めに,そもそも「科学的」とはいかなることであるかを確認した。薄井先生は,「科学的」というのはわかり方のレベルということを前提とした意味合いであり,事実の持つ性質を見抜いて行動するということこそが「科学的」ということであると説かれていた。では,どのようにすれば事実の持つ性質を見抜くことができるのか。これについては,薄井先生は,使いかけの赤いチョークと他のチョークや万年筆を一緒に示すというワークを用いて説明されていた。同じものを見ていても,共通の土台=一般をどこに置くかによって特殊性が動いていくことが説かれていた。すなわち,ある対象の性質を見抜こうとしたら,それとよく似た別の対象をもってきて,科学的抽象の能力を駆使して,それらに共通する土台=一般性を把握する,そしてその一般性を踏まえてその対象を眺めると,その特殊性が明らかになる,このようなプロセスこそがものの構造を見抜くことにつながっていくということであった。そして,このように科学的抽象によって一般性や特殊性という性質を見抜いていくというレベルのわかり方が「科学的」ということなのであり,そういった対象の性質に見合った形で行動することが科学的な実践といえるのであった。

 次に,科学的な抽象のくり返しによって構築される科学的学問体系には必須の本質論を俎上に載せて考察した。薄井先生は,科学的な学問体系を構築するためには,具体的な現象のカタチを捨てて中身を取り出す操作=捨象をくり返して,非常に高いレベルで共通な側面を取り出していくというのぼる過程と,ナイチンゲールの言にあるような看護の一般性・本質から見て,「人間の生命力を消耗させるものに何があるか?」というように考えて,「呼吸を整える」「食を整える」「清潔を保つ」などを導き出し,そのためにどういうことが可能か,どういう具体的な働きが可能なのかと考えていくようなおりる過程の両方が必要だと説かれていた。薄井先生が,ナイチンゲールの言が看護の本質だと見抜くきっかけとなった事例についても触れた。怒りっぽい患者に怒鳴られ,主任に「患者の言いなりになっていてはよい看護婦にはなれない」と注意されたあとに『看護覚え書』を読み返す中で発見したということであった。このような看護の本質論は,看護実践の良し悪しをはかるものさしとして使っていけることも見た。看護の本質論は,看護全体を貫く一般性を把握したものであるから,ここから具体化していけば,見事な科学的実践ができるのであった。また,他の専門職に対して自己の専門性を主張する際にも本質論が不可欠であることも確認した。

 最後に,科学的な実践の前提となる頭の働かせ方,すなわち弁証法と認識論について,薄井先生の説かれているところを考察していった。まず弁証法については,人間を生物体と生活体の二重性において把握されている点を取り上げた。人間の共通な側面である生物体に焦点を当てれば,何をしなければならないのかが判断でき,さらに個別な側面である生活体の反応を確認しながら,その人に合わせた介入を行っていくということであった。認識論については,観念的な自己分裂について説かれている部分を紹介した。「カメラ的立場」を離れて「地図的立場」に立って相手の心のなかに飛び込むことができてこそ,きちんとした看護ができるのであり,そのためには,手がかりと経験と知識を自分のものにする必要がある,ということであった。また,他の講演では,認識論の基本として,@経験していないことは認識できない,A同じ経験をしても得るものが違う,B認識はその人の今までの生活の仕方の中でつくられる,Cその人の生活の中に,その人の感じ方,考え方の謎を解く手掛かりがある,D認識を浮きぼりにできなかったら,低いレベルの看護しかできない,という5つが示されていた。このような認識論を踏まえなければ,認識の表現(現象)だけを見て失敗することになりかねず,科学的な実践をすることは不可能なのだと説いた。

 これらの内容を,さらに抽象度を上げてまとめ直しておくならば,科学的な実践のためには,科学的抽象をくり返して一般性や特殊性といった性質を見抜くことができるようになる頭脳の訓練が必要なのであり,具体的な現象から一般論へ,そして一般論から具体的な現象へとのぼりおりをくり返すことによって一般論(本質論)を実践のものさしとして使っていくことが必要であり,その前提として,人間理解のために弁証法・認識論をしっかり技化していくことが求められる,ということになるだろう。脳科学に飛びつけばそれだけで科学的になると考えるような安直な科学観とは違う,人間とは何かを踏まえた真の「科学的」実践について説かれていたといえよう。

 さらに本書を読んでいて痛感したのは,薄井先生が事例で説かれることが非常に多いということである。ほとんど全編,事例を通して説かれていたといっても過言ではない。これは,事実に語らせるという科学的な方法論が徹底されているということもいえるが,それ以上に,一つ一つの事例を大切にされている,一つ一つの事例に対して自分が全責任を負って取り組まれている,ということの証であろう。薄井先生は本書の中で何度か「賭け」という言葉を使われている。この賭けというのは,専門家として自ら主体的に判断して,思い切って最善と判断した介入を行い,その結果に対しては自分が全責任を負う,という姿勢を表明したものである。また,「看護は怖い」という言葉も何度か発せられている。自分が全責任を追うからこそ怖いのである。このような姿勢を持っておられたからこそ,看護学の科学的学問体系を構築できたのであり,本書でも,何かを説くに際して,適切な事例が次から次へと出てくるのであろう。

 では最後に,以上を踏まえて,心理臨床の専門家としての筆者の課題,自身が科学的な実践をするための課題を明確にしておきたい。

 まず科学的実践への第一歩として,科学的抽象の操作を何度も何度もくり返す必要がある。これは,日常生活レベルから専門の領域におけるまで,どのような対象であっても,それと似たものを順にいくつか並べてみて,それらの一般性を浮上させるとともに,その一般性を踏まえてそれぞれの対象の特殊性を見抜いていくという作業である。たとえば,電車と新幹線と自動車,スマホとタブレットとノートパソコン,精神科クリニックと精神科病院と総合病院,スタッフAとスタッフBとスタッフC,あのうつ病患者とこのうつ病患者と別の強迫性障害の患者,などというように,似たものを並べて,その際,どのような性質が浮上するか,特殊性がどのように動いていくか,ということを,つまり,自身の頭のなかの運動を,しっかり見つめる訓練をくり返すのである。科学的抽象ということこそ,科学化,学問化の第一歩,初歩の初歩であるが,この能力を鍛えないことには,何も始まらないというくらい重要だと,今回,改めて認識した次第である。

 次に,専門領域の捨象=科学的抽象のくり返しの操作を行い,専門領域=心理臨床を貫く一般論を仮説的であっても掲げて,その一般論をものさしにして実践を評価し,より良い実践を導いていくという認識ののぼりおりをくり返すことである。こののぼりおりの過程で,一般論が徐々に鍛えられ,洗練されていき,本質論と呼べるレベルにまで昇華していくはずである。と同時に,一般論の使い方も上達し,より適切な実践が可能となっていくことが期待される。すなわち,科学的な実践が可能となっていくのである。このように考えるならば,当初掲げる一般論は,誰か有名な先達からの借り物でも,「看護とは」や「保育とは」といった隣接領域の本質論を横滑りさせたようなものでもかまわないはずである。あるいは,心理臨床と看護と医療を並べてみて,その一般性と特殊性を探っていくというような取り組みも有効であろう。いずれにせよ,早急に一般論を構築する作業に入りたい。

 最後に,弁証法・認識論の実践的な活用である。人間を生物体と生活体との統一体として捉えるということは,心理臨床において有効であり必須であると思われる。たとえば,強迫性障害と診断されれば,生物体の必要条件として,曝露反応妨害法と呼ばれる介入によって治療していくことが有力な選択肢となる。しかし,この治療法に対する生活体の反応はさまざまであり,個別的な反応を踏まえて,相手の立場に立って,適切な形で治療を提供していかなければ,かなり負荷のかかる治療法だけに,ドロップアウトに終わってしまいかねない。どのような工夫をすれば受け入れてもらえるか,どうすれば治療意欲を高めることができるかといったことは,生活体の反応を見ながら調整していくことが求められるだろう。

 認識論にしても,薄井先生が説かれていた5つのポイントのいくつかは,認識についての一般論ということもできると思う。これを具体的な事例に適用して,対象の認識を読み取ったり介入の方針を得たりしていくことが,一般論を使っていくことであり,認識論を自分のものにしていくことでもあると思われる。薄井先生が本書でされていたように,家族構成から相手の過去の体験を予想し,それを踏まえて相手の認識を読み取ったり,現在の生活をしっかり見つめて,その人の感じ方,考え方の謎を解いたりしていく取り組みが求められるだろう。

 以上のようなことを,薄井先生と同じく,一つ一つの事例を大切にしながら,一つ一つの事例に全責任を持つ覚悟で,行っていく必要がある。何よりも,自分で受け持ったケースを教材としながら,具体的に自分自身で必死に解いてみるという取り組みが必須だと痛感している。今後は具体的な事例(事実)を取り上げ,その意味を解き,一般論を使った介入を検討するような文章を(公開するか否かに関わらず)書いていきたいと思う。このようなことが,科学的な実践を可能とする修行になるだろう。このことを決意して,本稿を閉じたい。

(了)
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2016年09月05日

どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想(4/5)

(4)弁証法・認識論は人間理解には必須

 前回は,本質論が実践において果たす役割について考察した。まず,本質論を中核とする科学的学問体系を構築するためには,捨象を重ね,高いレベルでの共通性を把握していき,ついにその対象全体を貫く一般性を浮上させる必要があること,そのようにのぼりの過程のあとは一般論(本質論)から具体におりて,具体的な看護実践の問題を解いていくという双方向の過程が必要なのであった。そのような過程によって導かれた本質論は,実践の良し悪しを判断するものさしとなるのであり,真に科学的な実践を導く指針でもあった。また,他の専門職に対して,自分の専門性を主張する際にも必要となるものであるということを説いた。

 さて今回は,科学的な実践を行う際の前提となる頭の働きについて考えてみたい。端的にいうならば,弁証法的,認識論的な頭の働かせ方が必要なのである。

 まず弁証法の方から見ていこう。近年,南郷継正先生は,滝村隆一から対象を二重構造として把握することを学んだとくり返し説かれている。これが対象の弁証法的な捉え方だということである。このような弁証法的な捉え方は,『科学的な看護実践とは何か(上)』の講演をされていた当時から,薄井先生にはあったようである。それが端的に分かるのは,人間を生物体と生活体の統一体として捉えておられる点である。薄井先生は,次のように説いておられる。

「そこで私は,人間は『共通な側面』と『個別な側面』の両面を持っているという事実から,共通な側面を『生物体としての側面』と定義づけ,ひとりひとり違う側面を『生活体としての側面』と定義づけ,人間は『生物体』と『生活体』の統一体であると考えたわけです。

(中略)

 そういう人間の見つめ方がなぜ必要かというと,われわれが人間の共通な側面に目を当てるならば,何をしなければならないかが判断できるということなんです。

 例えば,人間ですから,皆共通な側面を持っています。手術をすれば痛い。これも人間の共通な側面です。……一方では,けれどもその痛みをどのように感じたり表現したりするかというのは,それぞれその人の生活体の側面がさせることですね。

 こういう見分け方をしていけば,生物体の側面を見て取り出した“ねばならないこと”を,その人にどういうやり方で接していけばよいか,判断しやすくなるわけです。」(pp.30-32)


 ここでは,人間を二重性として,共通な側面である生物体と,個別な側面である生活体との統一体として把握していること,そして,そのことによって,「ねばならないこと」をその人に合わせて「どのようにやっていこうか」という目標が立てられること,が説かれている。まさに対象を弁証法的に,二重性で捉えることの大事性とその効用が典型的によく分かる例だといえよう。弁証法的に頭を働かせてこそ,科学的な実践ができるということの一例でもある。

 次に認識論である。本書では,認識論についてかなりたくさんのページを割いて解説している。それは,これまでの看護教育では,人間の心の動き,頭の働きについての理論,つまり認識論を土台に据えていなかったが故に,まともな看護ができがたいものとなっていたという把握が,薄井先生にはあるからである。

 この認識論に関して,まずは観念的な自己分裂について説かれている点が重要であると思われる。ナイチンゲールは,看護ほど,相手の心のなかに飛び込む能力を要求されるものはないと主張していたが,この「相手の中に飛び込む」ということが観念的自己分裂である。ここに関して薄井先生は,「カメラ的立場」と「地図的立場」という言葉を使って説明しておられる(p.68)。すなわち,「カメラ的立場」とはカメラをのぞいているような状態のことであり,現実の自分の立場であるといえよう。「地図的立場」とは地図を書いている時のように,もうひとりの自分を活動させてわかろうとする見方のことであると説かれている。これは観念的な自己の立場である。したがって,相手の中に飛び込む際には,「カメラ的立場」から「地図的立場」へと移行して,相手の立場に立って,相手の体験を追体験する必要があるのである。

 では,どうすれば相手の立場に立って,相手の頭の中を組み立てることができるのか。薄井先生は,相手の心の中を推測していく能力を高めるためには,手がかりと経験と知識が必要だと説かれている。この三つを自分自身のものにしなければ,自分とは全く違う生活をしてきた他人の頭の中など予想できるはずがないと強調されている。他人の頭の中を想像する能力が高い人間ほど,優れた看護をなしうるのであるから,そういう方向で努力してほしいと熱弁されているのである。

 これとは別の講演では,認識論の基本を非常に丁寧に説いておられる。その中でのポイントは5つあるので,それを以下にまとめておく。

@経験していないことは認識できない
A同じ経験をしても得るものが違う
B認識はその人の今までの生活の仕方の中でつくられる
Cその人の生活の中に,その人の感じ方,考え方の謎を解く手掛かりがある
D認識を浮きぼりにできなかったら,低いレベルの看護しかできない

 順に補足的に説いていきたい。

 @は,認識は外界の反映であるからして,当然に,経験していないものは認識できないということになる。もちろん,間接的な経験でも経験といえる。したがって,間接的にも経験していないことは認識できない,ということである。したがって,相手の立場に立つ必要のある専門職としては,様々な直接・間接の経験を積み重ねることが大切になるだろう。そうしないと,自分は経験していないから認識できないということになってしまいかねないからである。また,相手も経験していないことは認識できないということを分かって関わっていく必要があるだろう。

 Aについては,目的意識性ということが関わると思う。問いかけといってもいい。同じ経験をしても,目的意識的に問いかけた人は,多くのものが反映して,たくさんの成果を得る。逆に,目的意識もなく,漠然と問いかけていた人は,それなりにしか反映せずに,あまる得るものがないということになるだろう。相手の立場に立つときは,相手にどれほどの目的意識性があるかをきちんと評価しないと,ある経験によって相手がどれほどのものを得たのかということについて,誤解をしてしまいかねない。

 Bは,認識は,生活経験によってその人らしくつくられていくということである。だから,その人の生活過程が分かれば,そこから,相手の認識を組み立てることができる,というような実力をしっかりとつけていかなければならない,ということになるだろう。

 CはBの必然的な帰結といえようが,相手の認識を知りたければ,その人の生活をしっかりと探っていく手続きが必要だということである。相手についての情報を集めるのは,最終的には相手の認識を知るためであり,さらにそのためには,相手の生活を知る必要がある,ということである。相手の認識は,その生活の中でつくられるからである。

 Dについては,看護の対象は認識を持っている人間であるから,その認識を浮きぼりにできなかったら,まともに看護できるはずがない,ということである。先の生物体と生活体の統一体という観点から言えば,相手の生活体としての反応を読み取り,それを踏まえた実践をしなければ,相手の認識とずれてしまい,失敗する可能性が高くなる,ということである。

 これだけ認識論を踏まえた頭の働かせ方を薄井先生が強調されているのは,認識論を踏まえなければ,科学的な看護実践ができないからである。認識の表現である現象だけを見ていては失敗するという事例が,いくつも紹介されているが,これも,認識論を踏まえなければ相手を理解することができないことの証左である。そしてこのことは,何も看護実践だけに当てはまる論理ではなくて,子育てであれ心理臨床であれ,人間相手の実践については,普遍的にあてはまる論理であるといえるだろう。

 以上,看護実践の対象である人間を理解するためには,弁証法・認識論が必須であり,それを踏まえなければ科学的な看護実践などできないことを見てきた。

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2016年09月04日

どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想(3/5)

(3)本質論は実践の良し悪しをはかるものさし

 本稿は,『科学的な看護実践とは何か(上)』から,どのようにすれば科学的な実践が行えるようになるのかを掴みとろうとする論考である。前回は,そもそも「科学的」とは何かということを確認した。事実の持つ性質を見抜くわかり方が必要であり,それを踏まえて行動するということこそが「科学的」だということであった。では,事実の持つ性質は,どのようにすれば見抜くことができるのか。これは,端的には科学的抽象によってということであり,似たものとならべて一般性を浮き彫りにすれば,そこから特殊性も明らかになるということであった。このようにして把握した性質に見合った形で行動することこそが「科学的」ということなのであった。

 さて今回は,科学的抽象のくり返しによって構築される科学的学問体系には必須の本質論について考えてみたい。

 まずは,科学的な学問体系の構築過程を,薄井先生の言葉にしたがって確認したい。

 薄井先生は,カタチを捨てて中身を取り出す操作のことを「捨象」というと説き,科学的抽象はこの捨象をくり返していくことだと説いておられる(p.15)。そしてこれは,科学的な理論体系を創り出していくうえで,欠くことのできない方法論であり,捨象を重ねていけば,非常に高いレベルで,共通な側面を取り出すことができると主張されている。

 たとえば,吸入とか,吸引とか,酸素吸入とか,体位変換とかいった看護実践から,共通する性質を取り出すと,「呼吸を楽にする」になる。そこで,もっと捨象を進め,何のために呼吸を整えるのかを考えていくと,食を整えたり,排泄を整えたりすることなどにも共通する内容として,「生命力の消耗を最小にするように,生活過程を整える」というナイチンゲールのいう内容がすくい取れる。これが抽象化の過程であると薄井先生は説かれている。

 逆に,具体化の過程も看護学構築にとって必要だと薄井先生は説かれているようである。先のナイチンゲールの言のように,抽象度の高い共通性に到達することができれば,それを看護の「一般性」つまり「本質」として確認でき,今度は逆にその本質から見て,「人間の生命力を消耗させるものに何があるか?」というように考えて,「呼吸を整える」「食を整える」「清潔を保つ」などが導き出され,そのためにどういうことが可能か,どういう具体的な働きが可能なのかと,下へと降ろしていくことができるというのである。

 このように,具体的な看護実践という現象から一般論(本質論)へとのぼる過程と,一般論(本質論)から具体的な看護実践という現象へとおりる過程をくり返すことによって,科学的な看護学体系が構築されていくということであろう。

 今触れたナイチンゲールの「生命力の消耗を最小にするように,生活過程を整える」ということが,看護の本質だと見抜くきっかけとなった事例が,二つの講演で紹介されている。

 それは,怒りっぽい患者さんの事例である。その患者さんの清拭をしているときに,「あんたはモタモタしとる!」「そんなことはせんでもよろしい!」「そこはよろしい!」などと怒鳴られたので,引き下がってきて主任に報告したら,「患者の言いなりになっていては良い看護婦にはなれませんよ」と指摘されたのだという。その言葉がこたえて,『看護覚え書』を読み返していると,「看護とは生命力の消耗を最小にするよう,すべてを整えていくことである」という文章が飛び込んできたということである。その時,これが看護の本質ではないかと閃いたと薄井先生は説いておられる。

 『看護覚え書』は,学生時代にも,卒業後の文献研究をしていた時代にも読んだことのあるのに,なぜその時にはこれが看護の本質だと気づかなかったのか。薄井先生は,「自己の責任において看護するという経験をしたからこそ,その本当の意味が解った」(p.109)と説いておられる。主体的に看護実践に取り組み,その中で,看護実践のそれなりの抽象化をくり返しておられたからこそ,ナイチンゲールの言葉が看護実践全体を貫く一般性だと見抜くことができたのであろう。

 では,このような本質論は,看護実践において,どのように役に立つのか。薄井先生は,「もしこれが看護の本質ならば,それを看護実践の良し悪しをはかるものさしとして使っていけるはず」(p.151)と説かれている。実際,この患者に対して,ざっと拭いただけで引き下がったのは,「身体が清潔でないこと」と「怒鳴ること」を天秤にかけて,後者の方が消耗が大きいと判断したからであって,これは最善の看護ではないとしても,次善の看護だったといえると考えたそうである。

 このように,看護とは何かを端的に規定した看護の本質論は,実践の良し悪しをはかるものさしとして使っていけるのである。このものさしに照らせば,よりよい実践を具体的に導いていけるともいえるだろう。それは,本質論とは,その対象全体を貫く性質=一般性を把握したものにほかならないからである。

 どういういうことか,少し説いてみたい。

 対象の共通な性質=一般を押さえることができると,特徴が浮き彫りになって特殊性が見えてくる。さらにこの特殊性を一般だとすれば,より詳しい特徴が浮き彫りになってくる。これをくり返すことによって,個別性がはっきりしてくる。ここまで諸々の性質が分かったうえで,その性質に見合った形で個別の実践を行う。これが本質論の使い方であり,実践への貢献ということができるだろう。また,このように本質論から導き出した実践こそ,真に科学的な実践ということになるだろう。

 逆から考えてみよう。もし,実践のものさしとなるような本質論がなければ,ある実践の良し悪しが判断できないことになってしまう。そもそもそれは専門的な介入といえるのかどうか,客観的に判断する基準がないということになってしまう。もちろん,事実の持つ性質を十分に見抜き,その性質に見合った形で行動することもできなくなる。なぜなら,本質論がないということは,専門領域全体を貫く一般性が,いまだ把握されていないからである。一般性が把握されていなければ,特殊性も浮き彫りにならない。これでは,科学的な実践など不可能となってしまう。

 これに付随する問題として,本質論がなければ,他の専門職に対して,自分たちの専門性を主張することができなくなる。たとえば,看護本質論がなければ,医療を行う専門職である医師に対して,その専門性・独自性を主張できない。看護職が医療補助的なものだと位置づけられていても,反論すらできないのである。ところが,看護本質論があれば,医師の下す診断に対して,生活を調整していく専門職として,その診断を生活の仕方から,看護的に解いていくことが可能となるのである(p.41)。

 このように考えるにつけて,看護の本質論を明示した薄井坦子先生の『科学的看護論』が看護界においていかに福音であったか,いかに革命的な業績であったかが,想像を絶するものがある。心理臨床の世界には未だにこのような本質論は存在しておらず,ゆえに,実践の良し悪しを客観的に判断するすべがなく,他職種に対して自己の専門性を統一的に提示することもできない。この領域において,本質論をしっかりと提示することこそが,筆者の当面の課題であることを改めて痛感した次第である。

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2016年09月03日

どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想(2/5)

(2)科学的とは性質を見抜いて行動すること

 本稿は,薄井坦子『科学的な看護実践とは何か(上)』を取り上げて,その感想という形で,科学的な実践はどのようにすればできるようになるのかを考えていく論考である。

 今回は,そもそも「科学的」とはいかなることであるかをきちんと確認しておきたい。

 薄井先生は本書で,「科学的」について次のように説かれている。これは,山形での講演の冒頭部分であり,初めて山形に来たことによって,それ以前の地図の上で眺めていたわかり方から,実際に来てみた時のわかり方へと変化した,このように「わかり方」にはいろいろなレベルがあるのだ,そしてわかり方が看護の質を決めるのだ,という話の続きで説かれたものである。

「そしてその後,私がこれまで求めつづけてきたものを,『科学的看護論』という一冊の本にまとめましたが,この『科学的』という言葉は,人間の『わかり方』のレベルということを前提とした意味合いなんですね。『科学的』という意味は,日常語のレベルで言えば,たとえ人がそれを信じようが信じまいが,事実の中に存在している性質を,そうあるんだと認める立場を取るということです。」(p.130)


「このように,そこにある性質を見抜いて行動する,というのが科学的ということなのであり,ここが出発点なのです。」(p.130)


 ここでは,薄井先生の『科学的看護論』の「科学的」という言葉に込めた思いが説かれている。すなわち,事実の持つ性質を見抜くわかり方が必要であり,それを踏まえて行動するということこそが「科学的」ということなのだ,ということである。

 他の講演でも,ナイチンゲールが学びの姿勢について教えていることとして,次のように「科学的な方法」について言及されている。

「それは,事実を事実として見つめて,その中に含まれる意味を探るという姿勢です。これはまさに科学的な方法そのものなのですが,ナイチンゲールはこのような取り組みで,当時の常識的な見方に流されることなく,数々の発見をし看護の本質をつかみとったのです。」(p.123)


 ここでは,科学的な方法とは,事実を事実として見つめて,その中に含まれる意味を探ることだと説かれている。

 要するに,「科学的」というのは,単に本や地図を眺めて分かったつもりになっているレベルの「わかり方」ではなく,根拠もないのに信じているというレベルの「わかり方」でもない,しっかりと事実を見据えて,その事実の持つ性質を見抜いたり,事実に含まれる意味を探ったりといったレベルの「わかり方」である,ということであろう。薄井先生が他の著作でよく使われる言葉でいうならば,「事実に語らせる」ことこそが,「科学的」なわかり方であるということができよう。

 では,どうすれば事実に語らせることができるのか。どのようにすれば,事実の持つ性質を見抜くことができるのであろうか。この問いに対しても,本書はしっかりと答えてくれている。

 薄井先生は講演中,「一般」「特殊」「個別」ということについて理解してもらうために,一つのワークをされている。少し長いが,その部分を引用する。

「ノートに一〜五までの番号をつけて,これから私の示すひとつのものについてメモしてください。

 @使いかけの赤いチョークを一本示した。
 A新しい赤いチョークと一緒に持って示した。
 B使いかけの赤・白・黄のチョークを一緒に持って示した。
 C万年筆と一緒に持って示した。
 D最初と同じく赤いチョークだけを示した。

 このワークによって,同じものを見ている時でも,『共通の土台をどこに置くか』ということによって,詳しさのレベルが違ってくることがわかるでしょう。頭から順に共通な性質の押さえ方が,『赤いチョーク』『チョーク』『書くもの』と大づかみになっていくにつれて『特殊性』が動いていき,ひとつのものをより単純に言い当てることができますね。この能力を『科学的抽象の能力』と言いますが,これを訓練することによって,五番の時には,ひとつの物を見て,『書くもののうちのチョークで赤くて短いもの』というように,そのものの構造が見抜けるようになるのです。示されたものの『共通な性質』を土台にしながら,違う性質を浮きぼりにする。……このものに一般とか特殊とか個別とかが書いてあるわけではないが,そういう性質が隠れているから,それをこちらの頭が読み取るんです。」(p.86)


 ここでは,科学的抽象のプロセスが説かれている。ここに説かれていることをより丁寧に追ってみたい。

 まず,初めに示された使いかけの赤いチョークを対象Aとしておこう。Aの段階で,対象Aと新しい赤いチョークが一緒に示されると,共通の土台は「赤いチョーク」ということになる。この共通の土台というのが一般性ということであろう。すると,対象Aの特殊性は,「短いもの」ということになる。

 次に,Bの段階では,対象Aと一緒に使いかけの白いチョーク,使いかけの黄のチョークが示されるのであるから,共通の土台=一般性は「チョーク」ということになる。すると,対象Aの特殊性は,「赤い」ということになるであろう。

 Cにおいては,対象Aと万年筆が一緒に示される。この場合,共通の土台=一般性は,「書くもの」ということになる。すると,対象Aの特殊性は,「チョーク」ということになる。

 確かに,A→B→Cと進むにつれて,科学的抽象が進んでいき,対象Aを「赤いチョーク」→「チョーク」→「書くもの」というように,より単純に言い当てることができるようになっていることが分かる。その際,特殊性は「短いもの」→「赤い」→「チョーク」と,確かに動いている。

 このようなプロセスを経て,@では見抜くことができなかった対象Aのさまざまな性質が,Dの段階では浮びあがってくる,ということである。要するに,対象Aの性質を見抜こうとしたら,それとよく似た別の対象をもってきて,科学的抽象の能力を駆使して,それらに共通する土台=一般性を把握する,そしてその一般性を踏まえて対象Aを眺めると,その特殊性が明らかになる,このようなプロセスが必要だ,ということであろう。これがものの構造を見抜くことにつながっていく。このような「わかり方」が,科学的ということであり,事実に語らせるということである。

 このように科学的抽象によって対象の性質を見抜いたうえで,それを踏まえて,対象の性質に見合った形で行動することこそが,「科学的」なのだと薄井先生は説いておられるのだろう。先のチョークと万年筆の例でいうと,同じ書くものであっても,それぞれの特殊性(性質)に応じて,何に書くかということが違ってくる。チョークは黒板に書くものであるし,万年筆は紙に書くものである。書けなくなった時の対応方法もそれぞれ違う。チョークの場合は,そのものを削り取って書いていたわけであるから,短くなって書けなくなった場合は,新しいチョークに替えるしかない。ところが万年筆の場合は,内部に貯蔵していたインクがなくなったのであるから,インクを補充するという対応になる。これが対象の性質を見抜いたうえで,それに見合った形で行動するということであり,あえていえば「科学的」ということになろう。

 「何も,こんな日常生活で誰もがやっている行動を捉えて『科学的』などという必要はない」という反論があるかもしれない。しかし,このような易しいレベルのことからしっかりと「科学的」とはどういうことかを自分自身で体験していかないと,自分の高度で難解な専門分野に関わって「科学的」になることなど,おそらく不可能となるだろう。

 以上,今回は,薄井先生が説かれる「科学的」とはいかなることかについて確認した。

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2016年09月02日

どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想(1/5)

目次

(1)科学的な実践を行うためにはどうすればよいか
(2)科学的とは性質を見抜いて行動すること
(3)本質論は実践の良し悪しをはかるものさし
(4)弁証法・認識論は人間理解には必須
(5)主体的に事実の意味を解き,一般化したものを使っていく

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(1)科学的な実践を行うためにはどうすればよいか

 子育て,看護,心理臨床など,人間が人間に対して働きかける実践に関しては,まだまだ確たる実践の指針がなく(ないように見え),試行錯誤の実践が続いているようである。そのような現状において,次のような新聞記事が目に止まった。

「子育て,本能と密接な関係(かがくアゴラ)

親子の間に生まれるきずなの謎を脳科学から解明したい

 世に子育て本は多いが,科学的な裏付けが不明なものがほとんどだ。理化学研究所の黒田公美チームリーダーは親子のきずなの謎に脳科学で迫ろうとする。
 ――子育てに脳がどのように関係しますか。
 哺乳類が誕生した約2億年前からある,本能にかかわる大切な部分が交尾,出産,子育てに関係しています。視床下部前方の内側視索前野(ないそくしさくぜんや)という数ミリメートル角の大きさの領域です。
 例えば,マウスを例に見ると,メスは若いうちからよその子どもも育てようとしますが,オスは交尾前には攻撃的です。子を攻撃する未交尾のオスの脳を調べると,情動に関わる扁桃体に属する分界条床核という部分の働きが活発でした。交尾後は内側視索前野の中央部がよく働き,攻撃性が減って子育てに目覚めます。この領域を人為的に活性化しても,同様の結果になりました。
 ――交尾前のオスが子を攻撃する理由は。
 おそらく,その子を産んだメスと自分が早く交尾できるようになるからでしょう。生物にとって最終目標は遺伝情報の複製です。自身がメスと交尾してできた子は攻撃せず優しく育てようとするのは,理にかなっています。子育てに関係した脳の働きは人間にも共通していると考えられます。
 ――実の子に対する虐待もあります。
 幼児虐待は母親よりも父親,実の父よりも養父から受ける確率が高いという調査があります。子の攻撃に関係した脳部位の働きが女性よりも男性で強く,養父は母と別の男性との間に生まれた子を攻撃しやすいのはマウスとよく似ています。
 人間の場合,自身の不幸な生い立ちのために精神面の問題を抱えているとか,子育て法がわからないといったケースも考えられます。でも,脳の神経回路の広がり方は変化し調整がきくので,改善は可能です。
 ――子の側も,かわいがられると脳の働きに変化が出ますか。
 生後6カ月以内の人間の赤ちゃんと母親12組に,30秒ごとに「だっこして座る」「だっこして歩く」を繰り返してもらう実験をしました。すると「座る」から「歩く」に移行して約3秒で心拍数や体の動きが急減し,泣いている時間の割合は10分の1に減りました。
 中脳または視床下部から出た司令が,自律神経系を通してこうした反応を起こしたのでしょう。危険が迫って自分を運んで助けようとする親に,子が積極的に協力する反応だと考えられます。親と子が相互に働きかけあうメカニズムが少しずつわかってきました。(編集委員 安藤淳)」
(2016/07/24 日本経済新聞 朝刊)


 ここでは,子育て本のほとんどが科学的な裏付けが不明なものであると説かれており,その科学的な裏付けを求めて脳科学から親子の絆の謎に迫ろうとする取り組みが紹介されている。マウスのオスは交尾前には子どもに対して攻撃的であり,情動に関わる扁桃体のある部分の働きが活発だったということである。交尾後は視床下部前方の内側視索前野がよく働き,攻撃性が減って子育てに目覚めるが,これは,ある程度まで人間にも当てはまるという。また,子どもの方も,中脳または視床下部から出た司令によって,危険が迫って自分を運んで助けようとする親に,積極的に協力する反応が生じるという。

 ここで説かれているように,脳の反応と結びつけて親子の絆や子育てを論じることが,果たして「科学的」な裏付けを得たということになるのであろうか。脳科学を学んだからといって,果たして「科学的」な子育てができるようになるのだろうか。端的に結論をいってしまうならば,答えは否である。ごく素朴に考えても,脳の中でどのようなことが起こっているかを学んだとしても,それだけで適切な子育てができるはずがない。また,マウスのような動物と人間を同列に並べて論じていては,人間の特殊性たる認識に眼が向かず,動物レベルの子育てで良しとしてしまいかねない。

 このように「科学」とか「科学的」が社会的認識としてしっかりと確立していない現状において,この問題を30年以上も前にしっかりと分かりやすく説いている書物がある。それは,薄井坦子『科学的な看護実践とは何か(上)』である。本稿は,本書の感想という形で,科学的な実践とはいかなるものか,それはどうすればできるようになるのかを考えていきたい。なぜ,科学的な実践を問うのに本書なのか。それにはいくつか理由が存在する。

 まず第一に,本書がタイトルにあるとおり,正面から「科学的な看護実践とは何か」というテーマを中心に説かれた書物であるからである。看護は,人間が人間に対して行う専門的な実践の一つであるが,看護師の中のさらなる専門職が助産師であることからも分かるとおり,子育てにも深く関わりがあるし共通性もあるといえる。また,精神疾患のある患者さんへの看護などは,心理臨床と隣り合わせの領域であるといえる。その意味で,人間が人間に対する支援を行う実践の典型例として,看護を取り上げることは妥当だといえよう。

 もう一つは,個人的な事情に関わる。それは,我々の師匠が先日,この薄井坦子『科学的な看護実践とは何か』を取りあげて,これを高く評価されていたことである。その際,科学的な抽象ということに関わる部分を取りあげて,薄井坦子おそるべしとの論を展開されたのであった。そこで我々としても,改めて本書に学び,しっかりと文化遺産として再措定する必要性に迫られたのであった。

 さらにもう一点,本書は南郷学派に関わる先生方の学問構築の格闘の原点的な著作だからである。本書の白鳳選書版が出版されたのは1988年であるが,もともとの書籍は1982年に出版されている。本書に収められている4つの講演は,それぞれ,1976年,1978年,1978年,1980年になされたものである。もちろん,かの『科学的看護論』の初版は1974年に出版されており,南郷継正先生の『武道の理論』も1972年には出版されている。しかし,これはあくまでも理論的な成果を問う著作であり,その成果に至るプロセスを論じた著作という意味では,この『科学的な看護実践とは何か』が原点といえるのではないか。2016年現在でこそ,南郷学派の先生方の学問構築に関する著作はそれこそたくさん出版されているものの,そして,最新刊に近くなればなるほど,その内容が高度になっていき,真の学問体系の構造やその構築プロセスが詳細に,非常に高い論理性で説かれているものの,やはり学問構築を目指す我々としては,初期の業績にしっかりと目を向け,原点から辿り返す必要があるのではないか。これが本書を取り上げた三番目の理由である。

 筆者の専門とする心理臨床の世界でも,科学とは何か,科学的とは何かが,きちんと把握されているとはいいがたい。心理臨床はサイエンスの部分とアートの部分があるなどともっともらしく言われているが,そもそもサイエンスとは何かがきちんと把握されていないので,先の文言も空虚なものとなっている。ゆえに,どのような介入が心理臨床として,専門的な介入といえるのか,果たしてその介入は,心理臨床的な介入といえるのかどうかについて,統一的な見解があるわけではない。フロイト派の介入と認知行動療法派の介入は全く異なっており,それぞれが相手の介入を全く認めないという状況になっている。これでは,専門職として,世間にこれが心理士であると訴えていくことすらできない。そういう意味では,臨床心理学というのは科学的な統一が待たれる分野である。

 心理臨床の科学化を当面の目標に据えている筆者にとっては,このような対人援助の実践の大先達,モデルとして,薄井坦子先生の原点的な著作を取り上げることは,非常に意義深いと考えている。どのようにすれば科学的な心理臨床実践ができるのか,ひいては,臨床心理学の学問的体系化のためにはどのような手続きを踏んでいく必要があるのか,という問題に対するヒントが得られるのではないかと期待しているところである。

 科学的な実践はどうすればできるようになるのかという問題を考えるにあたって,まずは,「科学的」とはいかなることであるのかをしっかりと確認しておきたい。特に,薄井先生が「科学的抽象」という点を強調されているので,この問題を中心に考察したい。次に,科学的抽象の果てに科学的学問体系を構築することになるのであるが,その構築プロセスをきちんと確認し,科学的学問体系に必須の本質論が実践において果たす役割についても取り上げたい。最後に,人間を相手に科学的な実践を行う際の前提となる弁証法・認識論の大事性について考えたい。特に本書では,認識論の基本が丁寧に説かれているので,その部分を中心に検討したいと思う。

 では最後に,本書の目次を掲げておきたい。



1.『科学的看護論』について

 (1) 看護の理論体系の土台となるもの
 (2) 『科学的看護論』の骨子

2.看護とは何か

 (1) 人間を科学的に見るとは,どういうことか
 (2) 看護であるもの,看護でないもの

3.看護の本質 ―いま看護に問われるもの―

 (1) 看護はなぜ経験を必要とするか
 (2) 看護における専門常識とは
 (3) ナイチンゲールから学んだこと
 (4) ナイチンゲールを育んだもの
 (5) ナイチンゲールを受け継ぐとは
 (6) 学びの姿勢について

4.看護の原点を問う

 (1) 「科学的」ということ
 (2) 経験が認識を形成する
 (3) 誰にも共通する頭脳の働き
 (4) 生活過程の中に相手の「考え方」を読む
 (5) 「生物体としてのあり方」と「生活体としてのあり方」
 (6) 対象をどのような観点からとらえるか
 (7) 相手の頭の中を想像する
 (8) 看護の本質 ―看護の役割―

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2016年09月01日

2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までは3回にわたって,論点に関してどのような討論がなされ,どのような(一応の)結論が導き出されたのかについて報告してきました。

 さて,本例会報告の最終回である今回は,参加者のメンバーそれぞれの感想を掲載したいと思います。

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 今回の例会では、ヘーゲル『哲学史』のうち、ロックとライプニッツの哲学を中心に扱った。ヘーゲルが、ロックとライプニッツに加え、前回扱ったデカルトやスピノザも含めて、「形而上学の時代」としていることについて、これがどういうことなのかをはっきりさせるつもりで例会に臨んだ。

 例会を通じて、「形而上学の時代」というものが、感覚的に把握できる個別の存在を超えた真実在のあり方を求めて試行錯誤した時代であったという中身がよく分かった。デカルトやスピノザについては、「実体」とは何かを追い求めて、「思惟と延長」や「神」といった概念に突き当たったわけであるが、通常、形而上学とは対極にあるかに思われるロックの経験論においても、個別的存在から一般観念を導き出そうとしていたという点で、「形而上学の時代」として大きく括って把握できるのだというヘーゲルの論理展開に納得できたのであった。前回、デカルトに関してヘーゲルが、新プラトン派以降、哲学らしい哲学が復活したという旨のことを述べていたが、この理由についても、「真実在」の追及という点で、「形而上学の時代」と「古代ギリシャ哲学」及びそれを継承した新プラトン派のつながりが理解でき、納得できたのであった。

 例会ではもう1つ、非常に重要なことを学んだと思う。それは、ロックが「事物と表象」の一致こそが真理であると説いていたことに関して、私がこれを「対象と認識」の一致と言い換えたことに関係する。すなわち、この例会報告の中でも述べていた通り、「事物と表象」といった場合には、それらは個別の感性的なあり方とその反映というレベルに過ぎないのに対して、「対象と認識」といった場合には、それらは「事物と表象」という個別的感覚的な内容も含みながらも、ヨリ一般的な、抽象的な内容をも含む概念である、ということである。こうした言語に含まれる中身のレベルの違いという問題は、私の専門とする言語学の範疇にあるにもかかわらず、何となく自分たちがよく使う言葉で言い換えて済ましてしまった、つまり言葉の内容を問うことなく言葉だけで考えてしまっていた、という意味で、深い反省が必要な事柄であった。

 次回は私がチューターの役割に当たっている。該当範囲を読み込んで、どんな論点にも的確に解答できる準備をしつつ、当日の例会の流れが深まっていけるよう、しっかりと討論中の言葉から相手の認識を正確に読み取っていくべく努力していきたいと思う。

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 今回、討論を通して学んだことは大きく三つである。まず、ロックの真理観のどこがまずいのかが明確になった。テキストを読んでいる段階では、ヘーゲルのロック批判は、そのまま三浦つとむさんの批判になっているように感じていた。すなわち、ヘーゲルは、対象=認識という真理観を批判していると読んでいたのである。しかし、例会当日の議論の中で、ヘーゲルが批判しているのはもっと狭い意味のことであり、事物と表象との一致ということと対象と認識との一致(あるいは存在と思惟の一致)ということとは、レベルが違うのだということが明らかになった。前者は、単に個別の事物とその表象が一致しているかどうかという部分的なものであり、後者は、そのような個別の内容も含みつつも、世界全体の体系性と学問的な体系性の一致ということまでも含意している、ということが分かってきたのである。ヘーゲルが批判しているのは前者であって、三浦さんの真理観は後者に近いということが了解できた。

 次に、ライプニッツの意義についてである。多少強引にでも、「生命の歴史」に重ねてみることによって、魚類段階が水中での生命の完成形態であるように、ライプニッツの哲学も何らかの意味で完成形態であるといえるのではないかという着想を得て、ひょっとしたらヘーゲルが批判する意味での「形而上学」の完成形態なのではないか、カントから新しい発展が始まるのではないかと、思い至った。これが正しいか否かは別にして、「生命の歴史」は発展の一般性を孕んでいるのであるから、また、哲学の歴史は「生命の歴史」の少しだけ形が変わったものにすぎないはずであるから、「生命の歴史」から哲学の歴史を眺めていく必要があり、そしてこそ、哲学の歴史の発展の構造が見えてくるのではないかということを改めて考えさせられた。

 最後に、唯物論的に哲学を考察する際には、二つの観点があることが明確になった点である。一つは、社会状況を踏まえて、その反映として哲学が成立する必然性を説くことである。もう一つは、あるべき唯物論哲学から、その意義と限界を評価することである。これまでの議論で、こういったことが明確になってきたのも非常によかったと思う。

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 8月例会への取り組みを通じて、ヘーゲルのいわゆる形而上学の時代(デカルト、スピノザ、ロック、ライプニッツら)の大きな流れを確認することができたと思う。
 やはり大事なのは、ヘーゲルの考える哲学の完成形態を念頭において、哲学史のそれぞれの時代を位置づけていくという姿勢であろう。南郷継正が伝える吉本隆明の言によれば、「ヘーゲルは、学問の世界と実体の世界とを二つ描いて、両方の図式の対がいわば重なり合うレベルで一致した時に、本当の学問の成立であるとした」(『学城』第12号、p.205)。これは、換言すれば、思惟=存在ということにほかならない。形而上学の時代というのは、思惟と存在との対立を前にして、(あくまでも思惟の側から出発しながら)両者を如何にして統一させうるか、が大きな問題として浮上してきた時代なのであった。デカルトは「我思う、故に我あり」として思惟=存在(思惟と存在との直接の統一)を主張したにとどまり、スピノザの神(思惟=存在)も何らの運動性ももたない硬直した存在でしかなかった。彼らは諸々の感覚的な存在について、真理性(思惟=存在)を主張できなかったのである。これに対して、ロックは、あくまでも感覚的存在、個としての認識にこだわった結果、真理(思惟=存在)を感覚的反映レベル(事物=表象)に限定してしまった。さらに、ライプニッツは、世界全体について思惟=存在ということを主張できるようにしようとして、思惟=存在という性格を把持した無数の単子で全宇宙を充たしてみたのであった(しかし、単子間の調和を説明するために、結局、弁神論という詭弁に逃げ込まざるを得なくなった)。

 8月例会での議論を通じては、ロックにおける事物=表象という把握と、本来あるべき(哲学レベルの)思惟=存在という把握との差異が明確になったのは大きな収穫であった。ロックの真理についての考え方は、三浦つとむが『弁証法はどういう科学か』で言及している素朴な模写説そのもの、ということである。また、ライプニッツの単子論について、スピノザの唯一の実体との関係において、表象レベルで明確に把握できたのも大きな収穫であった。すなわち、スピノザの唯一の実体(思惟=存在)というのは、一個の大きな塊として世界の奥底に沈んで動かないものであるから、それを粉々に打ち砕いて宇宙全体にバラまいて、宇宙全体を思惟=存在という性格で強引に充たそうとしたのが、ライプニッツの単子論である、ということである。

 このように考えてみることで、真理とはあくまでも思惟=存在なのであるが、これを如何なるレベルで主張することができるかが問題だったのだ、ということがよく分かってきた。学問体系という形ではじめて、思惟=存在を完璧に主張することができる、というのがヘーゲルの主張であったわけである。

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 今回の例会をとおして、この形而上学の時代というものに対する理解が深まったという感覚があるその中身は大きく2つに分けられる。

 1つは、ロックの真理観に関してである。ロックは事物と表象の一致こそが真理だと主張し、ヘーゲルはこれを批判したということであった。論点への見解を作成している段階で、その違いは何となくはわかっていたが、例会での議論をとおして、そこが明確になった。要するに、ロックの真理観とは、目の前の事物・事象をそのまま捉えたというレベルだということである。それに対してヘーゲルは、この全世界の歴史性や体系性をすべて把握したときに真理が現出すると主張しているのであり、そこには天と地ほどのスケールの違いがあると言えるだろう。ヘーゲルがロックを批判するのも当然だと言える。ただし、唯物論の立場からすれば、どちらも対象(外界)と認識の一致という点で共通しているのであり、その端緒を築いた存在としてのロックは大きく評価されるべきだと思った。

 もう1つは、この時代の哲学者の学説が、思惟と存在の統一という観点から整理されたことである。デカルトは「我思う、ゆえに我あり」という形で思惟と存在の統一を図ろうとし、スピノザは両者を統一する存在として唯一実体の神を設定した。しかし、結局、そこからどうやって全世界が現れてくるのかを説くことはできなかった。次にロックは思惟と存在との統一という課題を表象と事物との統一というレベルで主張したこと、最後にライプニッツはスピノザの掲げた神を砕いて全世界に散らばらせることにより、思惟と存在との統一を図ろうとしたものの、モナド間のつながりを説ききることができなかったのだ、ということを確認したが、ヘーゲルの哲学史からすれば、解決すべき根本的な問題が浮上した時代ということが言えるのだろうと思った。改めてヘーゲルが自らの哲学を完成形態として、そこに至る過程としてそれぞれの哲学者を整理しているのだということを感じた。ヘーゲルの哲学というゴールをしっかりと見定めた上で、それぞれの時代がどう位置づけられているのかをしっかり見ていかなければならないと思った。
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 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言