2016年09月30日

2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』フランス哲学(続)、ドイツの啓蒙思潮 要約

 前回は、フランス哲学の前半部分の要約を紹介しました。そこでは、フランス哲学が全ての既存の存在を否定することで、純粋思惟のみが残されることになったこと、これを自然と解釈すればスピノザ的な唯一実体が成就され、これを神と捉えればヴォルフ哲学に近いものになることなどが説かれていました。

 今回はフランス哲学の3つの側面、及びドイツの啓蒙思潮について説かれている部分の要約を紹介します。ここでは、フランス哲学において信念の自由、良心の自由が旗印として掲げられたことなどが説かれています。

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1、否定的方向

 この側面の実体的な点は、堕落の状態、一般的な完全な虚偽の状態に対する理性的本能の攻撃にほかならない。フランス人の宗教攻撃と国家攻撃は非難されているが、彼らが攻撃したのは、最も破廉恥な迷信や僧侶政治や愚昧や心情の堕落、とりわけ公衆が悲惨な状態にあるにもかかわらず富の蕩尽や俗世の財物への耽溺をこととするような宗教であり、大臣やその妻妾や側近のものの行う最も盲目的な専制、したがって数限りない小暴君やゴロツキどもが国家の歳入を奪い、人民の膏血を絞ることを神授の権利と見なすに至るような国家である。
 哲学者たちが慄然たる錯乱に対抗して主張したのは、宗教に関してもまた法律に関しても、人間はもはや門外漢であってはならない、ということである。宗教社会の教会組織、法の社会の排他的な世襲階級が、永遠な神的な真なる正なるものを独占して、他の人々はこれらの人々から命じられるというふうであってはならない、むしろ人間理性はそれに対して同意したり判断を下したりする権利を当然もつべきである。この偉大な人間の権利、主体的な自由や確信の権利を、上述の人々は情熱を傾け勇気を奮って闘いとったのである。

2、積極的側面

 この哲学的思索の肯定的内容は充分に根本的とまではいえない。主要な規定は、人間が自己のなかにもっている根本的な正義感、例えば、善意や社会的傾向を前提することで、それが発達するようにしなければならない、というのである。知識一般と正義の積極的な源泉は人間の理性のなかに置かれ、まだ概念の形式のなかにではないが人間の普遍的意識たる健全な人間悟性のなかに置かれている。人間の本質規定は精神の自然性だと解され、その精神の自然性とは、知覚や観察や経験によって、あれこれの衝動であるとされた。しかし、衝動は我々自身の内にある規定とはいえ、それ自身としては不確定なもので、全体の一契機として限定されるほかない。自然はひとつの全体であり、一切は法則により、種々の運動の集合や原因結果の連鎖等々によって規定される。事物の様々な特性や質料や結合によって生み出されないものはない。以上が幾巻もの書に満ち溢れる共通の口調である。

a 自然の体系
 ドルバック『自然の体系』は、前自然界が究極のものであり、宇宙は物質と運動との途方もない集積であるとした。

b ロビネ
 ロビネ『自然について』は冒頭で、自然という全現象の原因として、不可知の一者たる神を置く。自然の活動として捉えられるのは、万物の内に萌芽があるという事実である。万物は自らを生み出す有機体である。それだけ単独であるものはなく、万物は結び付き、つながり、調和している。ロビネは事物の単純な内部形相、事物の実体的形相、事物の概念を萌芽と名づけた。萌芽のあり方を示すのに感覚に寄りかかりすぎるきらいはあるが、出発点は内部にある具体的な原理であり、形相そのものである。

3、具体的普遍的統一の理念

 フランス哲学は、結局のところ具体的な普遍的統一の獲得を目指して進んだ。具体的な統一という偉大な考えが、抽象的で形而上学的な悟性規定に対立しつつ、例えば自然の豊穣さとして現われる。他方、価値あるものは現存しなければならず、彼岸の権威に支えられるようなものであってはならないということが主要点でもあった。私の内容は同時に具体的なもの現存するものでなければならず、この具体的なものは理性と呼ばれたのであり、私の内にある信念の自由、良心の自由が旗印として掲げられるようになった。人間は、自身の精神に内在する確固たる羅針盤を見出そうとする絶対的な衝動をもつ。しかし、現存する生命性を求めるこの努力は、わき道にそれて偏った形式をとった。
 彼らの哲学の理論的側面においては、フランス人は唯物論または自然主義に進んでいった。悟性というものは、固定した原理からこの上なく膨大な結果を引き出せる抽象的思惟だが、それが彼らを惑わせて、唯一原理を究極のものとして立てさせ、しかもそれが同時に現存性をもち、経験の近くにあるものだとさせたのである。こうして彼らは、感覚や物質を唯一の真実体とし、一切の思惟、道徳的なものを、感覚の単なる態様としてそれに帰着させるのである。フランス人の生み出した統一は、こうして一面的なものになった。

a 感覚と思惟の対立
 感覚と思惟の対立が立てられ、思惟は単なる感覚の結果だとされた。しかし、彼らはデカルトやスピノザのように、この対立を思弁的な仕方で神のなかに合一させたのではない。一切の思想、表象は、それが物質的に捉えられるときにのみ意味をもち、そしてただ物質のみが存在するのである。

b モンテスキュー
 偉大なる頭脳の持ち主たちは、やがてこうした捉え方に胸裏の感情を対立させた。自己保存の本能、他人に対する善意の傾向性、社会衝動などがそれである。こうしてモンテスキューは、国民の憲法や宗教など国家のなかに見出される一切のものはひとつの全体をなすという重要な見地から諸々の国民を考察の対象としたのであった。

c エルヴェシウス
 このように思惟を感情に帰着させることは、エルヴェシウスにおいては、道徳的人間の唯一の根本原理(一者)は自愛(利己)である、という形態をとる。この原理は一面的であるが、自体の契機、主観的自由を指摘したものとしては重要である。

d ルソー
 ルソーは自由意志を国家の絶対的権利付けの原理とした。社会契約とは、各人がその意志をもってそのなかにあるといった結合のことである。人間は自由であるが、この本性は国家においても放棄されないのみならず、事実国家においてはじめて形成されるのである。自由の原理は、自己自身を無限者として観ずる人間に無限の強さを与える。このことこそ理論的見地においてこの原理を自らの根底に置いたカント哲学への移り行きをあたえるものである。こうして、認識はその自由を目指し、それが自己の意識のなかにもつ具体的内容を目指して進んだのである。

D ドイツの啓蒙思潮

 ライプニッツ=ヴォルフ哲学の諸々の定義や公理や証明のなかを安穏と徘徊していたドイツ人たちは、外国の精神に感染すると、そこで生まれたあらゆる現象のなかに入っていった。ロックの経験論を養い育て、啓蒙のなかに、並びに一切事物の有用性の考察――フランス人から取り入れた規定――のなかに没頭していったのであった。ドイツ啓蒙思潮は、有用性の原理で持って、諸々の理念と闘ったが、哲学的研究はそれ以上の深さに達することのない通俗性の平板に堕してしまった。
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2016年09月29日

2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』フランス哲学 要約

 前回は、ヘーゲル『哲学史』のヒュームの哲学とスコットランド哲学が説かれている部分の要約を紹介しました。ヘーゲルによれば、ヒュームは連関を必然的と見るのは単なる習慣に過ぎないのであって、普遍性もただ主観的なものだと宣言したということでした。また、スコットランド哲学はヒュームに反対して、真理の根底には健全な悟性、普遍的な人間悟性があるのであって、宗教や道徳上の真理は共通感覚によって把握されるのだと主張したということでした。

 さて今回は、フランス哲学の前半部分の要約を紹介します。ここでは、フランス哲学の特徴は、既存の表象や固定した思想の全領域に対して背を向け、一切の固定したものを破壊し、自己に純粋自由の意識を与える絶対的概念であることなどが説かれていきます。

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C フランス哲学

 イギリスの観念論は、存在とは知覚されることであると形式的にいうか、知覚するということは本能、衝動、習慣といった盲目的な一定の力でしかないというか、どちらかであった。前者の場合は、現象や感覚の有限な展開も、思想や固定的な概念も非哲学的な意識と同様であるし、後者の場合は、一切の普遍的なるものを習慣と本能のなかに解消し、現象世界を一層単純に概括するにすぎない。この本能や衝動や力は、自己意識の没精神的な、運動性を欠いた、限定的なあり方である。
 これに対して、一層溌剌とし、活動的で、機知(精神)に富んでいるのがフランス哲学である。それは既存の表象や固定した思想の全領域に対して背を向け、一切の固定したものを破壊し、自己に純粋自由の意識を与える絶対的概念である。この観念論的活動の根底にある確信は、およそ在在するもの、それ自体においてあるとされるものは、自己意識においてある、ということである。善悪の概念、権力や富の概念、神や神の世界への関係、神に対して自己意識が負う義務などという固定した表象も、自己意識の外に、それ自体として存在する真理ではない、ということである。これら全ては、自己自身を意識する精神のなかに自己を止揚してしまうのである。
 このような絶対的な概念的把握を行う自己意識にとって、本来の存在とはどういうものであるか。第一に、この場合の概念は、たんに概念の否定的活動というふうに固定されるから、肯定的なもの、単一なもの、あるいはその意味で本来の存在は、この運動の外に追いやられる。あらゆる規定された内容は、こうした否定的運動のなかで失われてしまうから、それには何らの区別も内容も残されない。この空虚な存在は、我々にとっては一般に純粋思惟、フランス人のいわゆる「至高の存在」である。反対に、意識一般に対象的に存在すると表象されると、物質となる。こうして絶対者は物質として、空虚な対象性として規定される。
 ここに純粋な概念的把握をする自己意識の必然的結果として、いわゆる唯物論と無神論がはばかるところなく登場してくる。精神を自己意識の外に存在する自己意識とするような信仰が精神について形づくる一切の表象、一言でいえば、一切の伝統的なもの、権威によって課せられたものが崩壊してしまうのである。自己意識が認めるのは自己意識たる自己にとってあるもの、そのなかにおいて自己意識が自己を現実に自覚するもののみであるから、残るのはただ現前する現実的存在である。それはすなわち自然である。自己意識は自己自身を物質として、心を物質的として、表象を感覚器官の外的印象に継続的に起こる脳の内的器官内の運動および変化として見出すのである。したがって、思惟は物質のひとつのあり方となる。ここに本来この対象全体のなかに究極的なるものとしてスピノザ的な唯一実体が成就される。フランス唯物論は自然主義としてスピノザに対して並行する現象なのである。
 啓蒙思潮のもうひとつの形式は、絶対者が自己意識の〔現前ではなく〕彼岸に立てられるとき、それ自体については何ら認識されるところがない、ということである。それは神という空虚な名をもつだけである。単純で空虚なものが、自己意識に対して存在しない否定的なものとされている以上、それは物質とは異なるものである。しかし、その区別にあまり意味はない。物質は普遍的なるもので、止揚された対自的存在だと考えられているからである。全く別のものと思われるような違いがどうしてできたかといえば、最後の抽象の仕方の違いによるのである。
 いまや概念は、単にその否定的な形式で存在しているにすぎず、積極的な広がりは依然として概念を欠いたままである。それは物質的事象においても道徳的事象においても、等しく自然の形式、存在者の形式をとる。自然の認識は学的見地からは思弁的ではないありきたりの認識に止まり、何ら規定されたものには到達しないのである。同じように精神的事象においても、現象や知覚を取り上げて色々と理屈をこねるが、それ自体は一定の力ではあるがその内部は分からない、といった退屈な長談義でしかない。道徳的側面の規定や認識も同じく人間をそのいわゆる自然的衝動に還元することを目指している。自体は自然性といった形式をもち、この自然性はいまや自愛や利己または善意の傾向性と呼ばれる。人は自然にしたがって生活すべき、などといわれるが、その自然については一般的な口上書きを述べる以上には進まない。彼らは、表象の起源を個別的意識において提示しようとするように、外的な発生を事象の生成や概念と取り違えてしまう。水の起源は、と問われれば、山または雨から、と答えるようなものである。フランス哲学については、ただ否定的な面のみが興味に値するのであり、積極的な側面は問題とするに足りない。
 しかし、この空虚な傾向に対する別の面は充実している。すなわち、他面において積極的なものは人間悟性のいわゆる直接自明な真理であって、この悟性は自己自らを見出すというこの真理と要求のほかは何も含まず、この形式のなかに立ち止まったままである。しかし、その場合、絶対者を現在的なものとし同時に思惟されたものとして、また絶対的統一として把握しようとする努力が生じる。それは自然的事象においては目的概念、したがって生命の概念の否認に向い、精神的な事象においては、精神と自由の概念の否認とともに、遂には自己内において規定されることのない自然、感覚や機械性、利欲や利益の抽象物に到達するに過ぎない努力である。フランス人たちは、その国家組織において抽象から出発するが、それは現実に対する否定者たる普遍思想としてのそれである。普遍的なるものそれ自身であって、一切の内容がそれのなかに解消していくことで充実させられるような精神の自由の思想は、フランス人が樹立し、守ってきた。それは普遍的根本命題、しかも個人の自己自身のうちにおける確信としてのそれにほかならない。
 人間の胸裏から、自然的感情からとられた内容を備えたこの健全な人間悟性や健全な理性は、いまや様々な点において宗教的側面に矛先をむけた。悟性にとっては、思弁によってのみ捉えられるものの究極の根底に対して矛盾を指摘することは容易である。悟性はその尺度を宗教的内容にあてて、これを無に等しいと宣言し、また同一の仕方で具体的哲学に対しても反対の行動をとる。宗教から多数の神学のなかにきわめて一般的に残ったのは、唯一神論と呼ばれるもの、つまりは信仰一般である。しかし、宗教に矛先を向ける推究的悟性のこうした傾向には、また唯物論や無神論や自然主義へと向う方向も現われた。この場合の実情は、この哲学が無神論へ進んで、究極のもの、活動的なもの、働くものとして捉えられるものを、物質、自然等々と規定してしまったということである。しかし、若干のフランス人はそのなかに数えられない。ルソーの書いた「サヴォワの助任司祭の信仰告白」は、全くドイツの神学者に見られるような唯一神論を含んでいる。こうしてフランス哲学は、単にスピノザのみならず、またドイツのヴォルフ哲学とも平行する現象となる。その他のフランス人は、明確に自然主義に進んだ。代表的なのはミラボー〔実際はドルバック〕の『自然の体系』である。
 こうして、フランス哲学については、否定的側面、積極的側面、形而上学的・哲学的側面の3つに分けることができる。
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2016年09月28日

2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』ヒューム、スコットランド哲学 要約

 前回は、ヘーゲル『哲学史』カントに至る過渡期の哲学の総論的な部分とバークリーの哲学を要約したものを紹介しました。ここでは、18世紀の哲学が一般的な通俗哲学ではあるが、無自覚のまま人間悟性が原理とされていたこと、バークリーは一切の存在するものは感覚されたものであり、観念は神の生み出したものだと主張していたことなどが説かれていました。

 今回は、ヒュームの哲学とスコットランド哲学についての部分の要約を紹介しましょう。ここでは、ヒュームが因果関係の必然性は習慣に過ぎないと主張したこと、スコットランド哲学がヒュームに反対して、宗教や道徳上の真理の内的に独立した源泉を主張したことなどが説かれていきます。

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2、ヒューム

 ヒュームは、ロック=ベーコン的な立場、すなわち、我々の概念を経験から汲み取る立場から直接に出発し、バークリーの観念論を対象とする。バークリーは、一切の概念をそのままにしておいたが、ヒュームにおいては、感性的なものと普遍的なものとの対立が純化され、かつ先鋭に表明される。何故かといえば、彼は感性的なものを全く普遍性を欠くものとして規定しているからである。ヒュームは、我々の表象の全ては、感性的感覚と概念・観念に分けられるが、後者は前者と同じ内容で、ただ力強さ・溌剌さの点で劣るのだ、という。こうしてヒュームは、生得観念を放棄する。
 彼が最も深く考察の対象にしたのは原因結果の範疇であるが、ここでもヒュームは終始一貫して、経験のなかには普遍性と必然性の諸規定は決して含まれておらず、またそれらが我々に与えられることもない、ということに注目した。こうしてヒュームは、思想規定の客観性または即自且対自的存在を棄て去ってしまったのである。
 ロックによれば、我々は原因結果の概念、したがって必然的連関なる概念を経験から得なければならないことになる。しかし、感性的知覚としての経験は何らの因果連関を含まない。我々が知覚するのは、今あることが起り、またあることがそれに続く、ということでしかない。例えば、水の圧力が家の転覆の原因である、といっても、それは何ら純粋の経験ではなく、まず水が押し寄せてきて、次に家が転覆することを見た、ということにすぎない。必然性は経験によって確証されるものというより、我々が経験のなかに持ち込んだもの、我々が偶然的につくった主観的なものというべきである。我々が必然性と結び付けるこの種の普遍性を、ヒュームは習慣と呼ぶ。我々は結果をしばしば見たために、連関を必然的とみるように習慣づけられる。必然性とは偶然の観念連合が習慣化したものだというのである。
 普遍的なるものに関しても同様である。我々が知覚するものは個々の現象であり個々の感覚である。我々は、これが今はこう、別の場合はこう、ということを見るのである。我々が同一の規定をしばしば繰り返して知覚することもあり得るが、このことも依然として普遍性からはるかに遠いのである。普遍性は経験によっては我々に与えられない規定である、というヒュームの言葉は、経験ということを外的経験だと解するならば、全く正当であるといえる。何ものかが存在するということを経験は感覚しても、普遍的なるものは未だ経験のなかにはないのである。感覚的存在は他と無関係にそれだけで存在するものであるが、同時に普遍的なるものそれ自体でもある。しかし、ヒュームは、必然性すなわち相対立するものの統一を全く主観的な習慣と見なすので、それ以上に思惟を深めていくことができなくなっている。なるほど習慣は一面においては意識における必然的なものであり、その限りでそこには観念論一般の原理を見ることができるが、しかしまた他面、この必然性は全く思想なき概念なきものとされているのである。
 さてこの習慣は、感性的自然に関する我々の見解においても、また法律や道徳に関しても等しく成り立つ。ヒュームは、古代の懐疑論者と同じく、諸民族の見解が異なることを根拠に、民族が違い時代が違えば、違ったことが法律として妥当してきたとする。もし真理が経験に基づくのであれば、普遍性や即自且対自的な妥当などの規定はどこか別のところから由来し、経験によっては確証されないことになる。こうしてヒュームは、この種の普遍性や必然性をむしろただ主観的なものと宣言して、客観的に存在するものとはしなかったのである。なぜならば、習慣こそまさにこの種の主観的普遍性にほかならないからである。以上が認識の源泉として採用された経験についての重要かつ鋭い発言である。これを出発点にして、いまやカントの反省が始まったのである。

B スコットランド哲学

 しかし、スコットランド学派にあっては、以上と別なものが開花した。彼らこそヒュームの最初の反対者であるが、もう一人の反対者がドイツの哲学者カントである。かれらがヒュームの懐疑論に対して主張したのは、宗教や道徳上の真理の内的に独立した源泉である。これはカントと一致するもので、カントもまた外的な知覚に対して内的な源泉を対置しているが、ただしそれはカントにあっては、スコットランド学派におけるとは全く別の形式をもっている。彼らにあっては、この内的な独立した源泉は、思惟や理性そのものではない。むしろこの内的な源泉から成立してくる内容は具体的な種類のもので、それはまた、自らのために経験の外的材料を必要とする。それは一面においては認識の源泉の外面性に対して、他面においては形而上学そのもの、すなわちそれだけ切り離されて抽象的なものとなっている思惟または推究に対立する通俗的な諸々の根本命題である。彼らは教養ある人間として道徳を考察し、諸々の道徳的義務をひとつの原理の下にもたらすことを試みた。彼らにおいては、思弁哲学は全く姿を消してしまうが、全体として帰着するのは、ドイツにおいても原理として捉えられたもの、すなわち、真理の根底として彼らが立てたのは、いわゆる健全な悟性、普遍的な人間悟性なのである。
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2016年09月27日

2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』バークリー 要約

 前回は、京都弁証法認識論研究会の9月例会の場において、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介しました。今回から4回に渡って、ヘーゲル『哲学史』バークリーからドイツの啓蒙思潮までの要約を紹介していくことにします。

 今回は、カントに至る過渡期の哲学の総論的な部分とバークリーの哲学の要約です。ここでは、18世紀の哲学としてヒューム、スコットランド哲学、フランス哲学を考察すること、バークリーの哲学は一切の外的存在が消失する観念論であることなどが説かれています。

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第2章 過渡期

 カント哲学に至るまで思惟が凋落の一途を辿っていった事実は、いまや上述の形而上学に対立して、いわゆる一般的な通俗哲学、すなわち反省的経験論と呼ばれ得るものが台頭したことのなかに示される。これまで現れた諸々の矛盾、その作為的な技巧性――神の助力、予定調和、最善の世界、等々――対置されたのは、教養ある人間の胸裏に感じられ直観され崇められたものを内容とした、精神に内在する確固たる根本原理である。これらの具体的な諸原理は、ただ彼岸の神のなかにのみ解決を見出すのとは違って、人が一般に健全なる人間悟性(良識)と呼んできたものから見い出された現世的な宥和であり自立性であり、また合理的に納得のいく拠り所にほかならない。このような諸規定は、人間の感情や直観や心情また人間の悟性が道徳的にも知的にも教養ある場合には、充分に善いものであり、有効なものでありえる。しかし、もし我々が自然的人間の心に植えつけられているものを原理とするなら、健全なる人間悟性とはとりもなおさず自然的な感覚や知となる。牝牛を敬い新生児を棄てるなどの残忍行為を行うインド人などですら、このような健全な人間悟性は備わっている。こうした自然的感情を標準にとれば、忌むべき根本命題が生じてしまうであろう。我々が健全な人間悟性や自然的感情を口にするときには、いつも教養ある精神を思い浮かべているのである。生まれながらの知や直接的な感情を標準とする人は、宗教や倫理的事象・法律的事象が人間の胸裏に内容として見出されるときには、これが教養や教育のお陰であり、教養や教育によってはじめてこのような根本命題が自然な感情とされてきたのだという事実に気づかないのである。気づかないままに、このような自然な感情や健全な人間悟性が原理とされているのだから、原理の多くが理にかなったものであるのは当然である。このようなものが、18世紀における哲学である。ここでは、3つの側面、ヒューム、スコットランド哲学、フランス哲学を考察する。ヒュームは懐疑論者であり、一切の普遍的なるものを否定する。これに対立してスコットランド学派は、普遍的命題や真理を掲げはするが、それはあくまでも思惟によってするのではない。それゆえ、いまや確固たる立場がとられるにしても、それは経験的なものそれ自身のうちに求められることになり、フランス人は現実のなかに普遍的なるものを見出すが、その内容は思惟によって得られるのではなく、生物や自然や物質が原理とされる。

A 観念論と懐疑論

 思惟一般は単一な普遍的な自己同一的な存在であるが、しかも否定的な運動としてそうであり、規定された存在はかかる否定的な運動によって自己を止揚する。この対自的(自覚的)運動は従来は思惟の外にあったが、今からは思惟それ自身の本質的要素となる。このように思惟が自己を自己自身における運動として捉えると、思惟は自己意識となるが、最初は形式的に個別的自己意識としてである。思惟がこの形式をとるのは懐疑論においてであるが、それが古代の懐疑論と異なるのは、実在の確実性が根底となっている点である。これに反して古代にあっては懐疑論は個別的意識へ立ち戻ることではあったが、個別的意識は懐疑論にとっては真理ではなかった。換言すれば懐疑論は自己の究極する結果を表明して積極的意味をとることがなかった。しかし、近代世界においては、物自体と自己意識の統一が根底にあり、自己意識ないし自己確信が一切の実在と真理を覆い尽くすと言明することになる。その際、個の形をとる形式的な自己意識が、全ての対象は人間のもつイメージであるというにとどまれば、それは最悪の観念論である。こうした主観的観念論はバークリーに見られるもので、別の言い回しをするのがヒュームである。

1、バークリー

 一切の外的存在が消失するこの観念論は、ロックの立場を前提にして、ロックを直接の出発点にする。ロックにおける真理の源泉は、経験もしくは知覚対象である。この感覚的存在は意識に対してあるという規定をもっているから、その考えを押し進めていくと、少なくともいくつかのものは、それ自体であるのではなく、他に対してのみ存在する、例えば、色や形などは主観のうちに、主観の特殊な組織のうちにのみ存在の根拠をもつ、といわざるをえなくなる。しかし、この対他的存在は、概念としては受け取られず、むしろ自己意識――それも一般的な自己意識たる精神ではなく、物自体に対立するという意味での自己意識――を根拠とすることがいわれていただけである。
 バークリーの提示する観念論は、マルブランシュのそれとよく似ている。悟性の形而上学に対しては、一切の存在するもの及びその諸規定は感覚されたものであり、自己意識によって形成されたものである、という見解が現われる。彼独自の中心思想は「物と呼ばれるすべてについて、それがあるということはそれが知覚されているということである」と定式化される。バークリーは、対自的存在と他在との区別を認めはするが、この区別がそれ自身自我のなかに入ってしまう。ロックは例えば、延長と運動は対象自体に帰するものとしたが、バークリーは、大小・遅速等が相対的なものだという視点から、ロックの考えの不整合に気付き、延長と運動がそれ自体で存在するのなら、それらは大きいとか小さいとか早いとか遅いとか全くありえないはずなのに、実際には延長や運動の概念にはそれらが含まれているではないか、とした。
 バークリーもライプニッツも、存在と精神とを自己の内に取り込もうとするが、他なるものと我々との関係は依然として残る。バークリーは、そのような他なるものは全く余計だ、という。バークリーは他なるものを客体と呼ぶが、これは物質と呼ばれるようなものではない。なぜなら、精神と物質は合致することができないからである。
 観念が必然性をもつことは、観念をもつ主体が自己の内部に存在するという考えと直接に矛盾する。自己の内部にあるとは主体の自由を意味するが、その主体が観念を自由に生み出すのではなく、自分にとって他なるものの形態ないし性質として、観念が現われるからである。バークリーの観念論は、意識が観念を生み出すといった主観的観念論ではなく、精神は互いに観念を伝え合う(他者も観念をもつ)だけで、観念を生み出すのは神だけだと考える。だから、我々の自己活動によって生み出されたイメージや観念は、神の生み出した観念そのものとはあくまで違うのである。この考え方は、観念論に付きまとう難点を見究め、それに独自の回答を与えようとするものである。またしても、神が自ら下水溝となってそれを引き受けねばならず、頼みの綱は神なのである。
 こうした観念論は、意識とその客観との対立に触れるだけで、観念を展開したり、種々の経験的な内容の対立を考察したりといったことは手付かずのままである。かつて物について問われたように、ここでは知覚や観念の真実体とは何かが問題となるが、それへの解答はなされない。意識は無自覚のまま、全ての経験や常識的世界観や同一内容のなかをうろつきまわっていて、真の認識に達することがない。個々の自己意識はそれとして存在しているが、自分の現状を認識することがないのである。
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2016年09月26日

2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮(1/10)

目次

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』バークリー 要約
(3)ヘーゲル『哲学史』ヒューム、スコットランド哲学 要約
(4)ヘーゲル『哲学史』フランス哲学 要約
(5)ヘーゲル『哲学史』フランス哲学(続)、ドイツの啓蒙思潮 要約
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:バークリーやヒュームの哲学とはどのようなものか
(8)論点2:スコットランド哲学とはどのようなものか
(9)論点3:フランス哲学とはどのようなものか
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、3年前のヘーゲル『歴史哲学』、一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて、昨年からいよいよヘーゲル『哲学史』に挑戦してきています。今年末までかけてこの著作を通読することで、ヘーゲルの説く哲学史を理解することはもちろんのこと、それを唯物論的に捉え返すことで唯物論哲学の創出に向けた第一歩を確実に歩んでいくことを課題としているわけです。

 9月例会では、ヘーゲル『哲学史』バークリーからドイツの啓蒙思潮までを扱いました。今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、ついで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

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京都弁証法認識論研究会 2016年9月例会
ヘーゲル『哲学史』
第3部 近代哲学 第2節 思惟する悟性の時期 第2章 過渡期

A 観念論と懐疑論
 思惟は自己を自己自身の運動において捉えることで自己意識となるが、その最初の形式たる個別的自己意識こそが懐疑論である、とヘーゲルはいう。思惟の自己運動とは、根源的存在たる絶対精神が世界の諸々の具体的なものをみずから生み出していく過程であるが、これを自覚する(世界=自己という関係を捉える)最初の形式が懐疑論だ、というわけである。これは、個人のアタマのなかにこそ世界がある(個別的自己意識が直接に世界そのものである)と主張する形で、自己=世界の関係を実現しようとしたのが懐疑論だ、ということであろう。
 ヘーゲルは、バークリーについて、全ての対象は人間の個別的意識が描くイメージでしかないという観念論だ、とした上で、ヒュームはそれを別の言い回しにかえたのだ、とする。ヘーゲルは、彼らの哲学について、自己意識が世界の全てを自己のものにしようとしたという点に大きな前進を認めつつ、それが感覚的レベルにとどまり、普遍的なるものとか観念とか概念とかを扱えなくなってしまった点に大きな限界を見ているといえよう。

【報告者コメント】
 ヘーゲルの描く哲学史の大きな流れ、すなわち、絶対精神が自己自身の何たるかを自覚するに至る過程のなかで、近代の懐疑論がどのように位置づけられるのか問うていく必要があるだろう。簡単にいえば、世界=自己という自覚、換言すれば、現実の世界と観念の世界とをピッタリと重なり合わせることこそが、ヘーゲルの考える哲学の完成である。この図式を踏まえていえば、近代の懐疑論は、現実の世界を強引に観念の世界のなかに溶かし込んでしまうことで、世界=自己という関係を成立させようとしたのだ、といえるのではないか。
 唯物論の立場からは、バークリーやヒュームの論について、我々が眺めているのは現実世界そのものではなく、アタマのなかに描かれた現実世界の映像にほかならないことを指摘したものとして、高く評価できるだろう。また、彼らが自分の認識を客観的に見つめる視点を確立したこと、換言すれば、感性的につかむことができない心のありさまを現象として観察する視点をもったことは、認識論の発展という観点から特筆されるべき業績である。同時に、現実世界が我々の認識から独立して存在していることを認められなくなったために、感覚レベルの像と論理レベルの像を合理的に区別する規準が立てられなくなってしまったことは、決定的な限界として確認しておかなければならない。

B スコットランド哲学
 ヘーゲルは、スコットランドの哲学について、必然性や普遍性の認識を完全に解消して宗教や道徳は単なる習慣にすぎないと片付けてしまったヒュームに反対し、宗教や道徳について内的に独立した源泉を主張しようとしたものだ、と述べている。こうした問題意識がカントと共通していると指摘される一方、カントが宗教や道徳における真理を思惟とか理性とかによって根拠付けようとしたのに対して、スコットランド哲学は、世間一般に通用している宗教上、道徳上の真理(とされているもの)をそのままの形で肯定し、直接に共通感覚(良識、常識)なる人間の認識能力に結び付けてしまったことが指摘されている。
 ヘーゲルは、こうしたスコットランド哲学について、通俗哲学にすぎないと批判的に評する一方、健全な悟性という原理そのものは妥当なものであることを指摘し、人間や人間の意識のなかに価値判断の源泉を探し求め、価値を人間に内在化させようとしたという点については、大きな長所として認めている。

【報告者コメント】
 ヘーゲルは、スコットランド哲学について、思弁的な深みのない通俗哲学であるとして、それほど高い評価を与えていないのだが、彼らが確固とした価値を人間に内在化させようとしたことについて、大きな長所として認めていることを見逃してはならないだろう。「人間は精神であるから、最高者にふさわしく自分自身を尊敬してよいし、また尊敬すべきである」(「就任演説」)というヘーゲルの信念に通ずるものが、ヒューム懐疑論への反論――文字通り常識レベルの反論であるが――という形で提示されているわけである。
 唯物論の立場からすれば、スコットランド哲学(いわゆるスコットランド常識学派)は、我々が視覚という感覚で色や形を捉え、聴覚という感覚で音を捉えるように、共通感覚(道徳感覚)で善悪を捉えるのだ、というような非常に素朴(安直)な発想で、宗教的・道徳的な原理の確実性を担保しようとしていたのだといえよう。感覚器官を通じた外界の反映を原基形態とする認識の発展過程のなかで、宗教的・道徳的な原理がどのように成立してくるか、という困難な課題に立ち向かうことを最初から避けてしまった、といわなければならない。
 なお、アダム・スミス『道徳感情論』は、道徳感覚という発想を批判し、想像力に着目して道徳感情の形成過程を追究した点で、いわゆるスコットランド常識学派とは大きく異なることを確認しておきたい。

C フランス哲学
 ヘーゲルは、フランス哲学について、およそ存在するものは自己意識においてなければならない、換言すれば、自己意識が納得できるものでなければ真理ではありえない、という確信に基づいて、既存の諸々の権威や観念をことごとく否定していったものだ、と述べている。
 ヘーゲルは、フランス人による宗教攻撃や国家攻撃が非難されていることに対して、フランス旧体制の社会状態のひどさ、貧困や悲惨さを指摘しつつ、彼らが旧体制に対抗して主張したのは、思惟する人間を愚民扱いしてはならないということにほかならないとして、その正当性を指摘している。人間は、自身の精神に内在する確固たる羅針盤を見出そうとする絶対的な衝動をもつ、とヘーゲルはいう。思惟と自己との統一が自由であり、自由意志こそ人間の概念であるが、ルソーにおいて自由の原理が高く掲げられ、自己自身を無限者としてみる人間にこの無限の強さが与えられたのだ、とヘーゲルは説くのである。

【報告者コメント】
 既存の権威や観念をことごとく否定していったフランス哲学のあり方について、ヘーゲルは、人間が自身の精神に内在する確固たる羅針盤を見出していく過程にほかならないとして、肯定的に捉えているところが決定的に重要であろう。「人間は精神であるから、最高者にふさわしく自分自身を尊敬してよいし、また尊敬すべきである」(「就任演説」)というヘーゲルの信念に通ずるものが、旧体制との激烈な闘争という過程を通じて、強烈な形で(粗削りな形で)押し出されてくるのである。ヘーゲルは、フランス人による旧体制攻撃を、思惟する人間を愚民扱いしてはならない(門外漢としてはならない)、という要求としてまとめているが、これは、個々の国民が主権者として国家意志の決定に主体的に関わるべき、という主張にほかならず、現代にも通じる決定的な意義をもっているといえよう。
 世界歴史の流れを自由の実現過程として捉えるヘーゲルにとって、フランス哲学における自由の原理の登場は決定的な画期であり、哲学の完成までもう一歩のところまで到達したものであることを、しっかりと押さえておきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上の報告に対して、まず、「A 観念論と懐疑論」の「報告者コメント」が特に非常に分かりやすかったという意見が出されました。ヘーゲルの描く哲学史の流れを踏まえて、近代の懐疑論が「現実の世界を強引に観念の世界のなかに溶かし込んでしまうことで、世界=自己という関係を成立させようとした」ものだということが述べられているが、この論理展開は見事だということでした。また、「B スコットランド哲学」の部分で「価値を人間に内在化させようとした」とある部分について、これは価値判断の基準を人間に置こうとしたということかという質問があり、これに対して報告者はその通りだと答えました。質問者は今回の範囲は非常に読みづらかったと述べましたが、チューターは、「価値を人間に内在化させようとした」といった重要なキーワードを中心に読んでいくことで、ヘーゲルが説きたかった中身の大枠を押さえていく必要があると述べ、論点の検討に移っていきました。
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2016年09月25日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(13/13)

(13)選挙民の育成こそが求められている

 本稿では、アベノミクスによって貧困層が大きく拡大している現在において、教育に携わる者としては何ができるのかを探るべく、過去の歴史において同じように社会的な格差に対して問題意識を抱きながら教育について論じたルソーの主張について見てきました。そこでは、人間は将来どんな社会で生きていくかわからないから、どんな社会でも生きていけるようにしないといけない。それこそが教育の目的である。どんな社会でも生きていける人間というのは、権威に頼らず自分のアタマで考えて行動できる人間、つまり主体的な人間であり、そのような人間であってこそ社会の維持・発展も可能となる、ということが論じられていたのでした。

 もう少し詳しく言うならば、主体的な人間であってこそ、何が国家の構成員の共通の利益なのかをしっかり見据えることができるのであり、その結果、一般意志によって社会が統括されることになり、維持・発展がなされていくということです。この点こそ、現代においてしっかりと生かしていくべきポイントだと言えるでしょう。

 アベノミクスは「大体な金融緩和」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という三本柱を打ちだし、提唱された当初、これによって日本経済全体が大きく改善されていくかのような期待感をもって迎えられました。現に株価が大きく上がり、円高が是正されたことも、その期待感を後押ししました。そして、安倍首相はアベノミクスによって景気が回復すると主張し、この参院選でもまだ道半ばだとして「この道を。力強く、前へ」と訴えたのでした。

 しかし、その実態は冒頭で見てきたように、一部の輸出大企業が利益を得るだけで、多くの労働者にとっては何ら得るものがない政策でした。むしろ賃金が上がらない中で物価が向上することにより、経済的に苦しめられるものです。これは、相対的な貧困率が過去最大を記録するという形で現象しています。

 つまり、アベノミクスというのは、一部大企業という部分的社会の共通利害に基づいた特殊意志であるにも関わらず、あたかも国家全体の共通利害に基づいた一般意志であるかのように偽装させられ、国民は欺かれてしまっているということです。

 こうした事態を防ぐためには、国民が国家全体の共通利害は一体何なのかを見極められるようにならなければなりません。一言で言えば、選挙民として育てていかなければならないのです。ここにこそ、現代の日本において教育が果たすべき役割があると言えるでしょう。

 現代の日本では、その是非をしっかりと問うていかなければならない問題が山積みになっています。代表的なものを挙げるならば、消費税の増税の是非、TPPへの参加の是非、原発の再稼働の是非、憲法改正の是非、米軍基地の是非などがあります。こうした問題に対して、国民一人ひとりが筋をとおして考えられるようにすること、これが極めて重要な課題となっています。もちろん結論自体はそれぞれ異なるでしょうが、互いの見解をぶつけあうことにより、日本として目指すべき道が見えてくるはずです。それこそ民主政治というものでしょう。

 ところが現代では、そうしたあり方が許されないような風潮が出てきています。例えば、自民党はHPにおいて「学校教育における政治的中立性についての実態調査」と題して、「教育の政治的中立性はありえない」「子どもを戦場に送るな」などの発言をする教師がいれば、自由に記入して投稿できるページを作成していました。密告フォームであるとの批判が殺到すると、サイトは一時閲覧できなくなり、その後、「子どもを戦場に送るな」という記述が「安保関連法は廃止すべき」と書き換えられて、再度投稿できるようになりました。

 もちろん教師が自らの見解を押し付けることは避けなければなりませんが、こうした対応のあり方を見るに、その背後にあるのは、決して教育の政治的中立性をしっかりと確保したいという真摯な思いではなく、「政権を批判する考えが拡大することを防ぎたい」という思いであると考えざるを得ません。そういう政権にとって都合のよい考えをあたかも教育の政治的中立性に基づくものと見せかけたものであり、まさに特殊意志を一般意志であるかのように偽装したものだと言えるでしょう。

 この問題に関わっては、そもそも教師が自らの政治的見解を述べてはいけないのかという疑問も浮かんで来ます。そもそも教育の政治的中立性とは何かを問い直すことも必要でしょう。まともな選挙民を育てようとした場合、ここは必ずぶつかる問題です。この点についての理論的な裏付けが求められています。

 もちろん、いかなる過程でまともな選挙民として育っていくのかというプロセスを明らかにすることも必要です。こうした問題に答えられる教育学体系を構築すること、それによって選挙民の育成がなされ、日本が主体的な国家として発展していくこと、これが自らの歴史的な使命であることを確認して、本稿を終えたいと思います。
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2016年09月24日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(12/13)

(12)教育の過程において共通の土台となる部分を指摘した

 本稿は、その是非をしっかりと問うていかなければならない問題が山積みになっている現代の日本において、教育の立場からはどのようなことに取り組んでいくべきなのかを明らかにするべく、同じように18世紀において社会的な格差に対して問題意識を抱いたルソーの教育論を把握しようとするものです。これまでルソーの教育目的論、教育方法論、教師論について、それぞれ3回にわたって見てきました。

 ここで、これまでの流れを振り返っておきましょう。

 まずルソーの教育目的論について見てきました。ルソーは当時の社会階級というものは絶対的なものではなく、場合によっては財産や地位を失ったり、経済的な力をもつようになったりと流動的であることを踏まえて、将来どんな社会で生活するようになっても生きていけるようにしなければならないのであり、それこそが教育の目的であると主張したのでした。その社会においては、人間は労働を交換して創り合っているという社会観に近い主張をしており、その社会観に基づいて、労働できる人間を育てることが教育上必要だと主張したのでした。また、社会が一般意志に基づいて統括されるように、一般意志を見抜ける人間として育てるということも教育の目的に据えたのでした。このように、個人の人生という観点と、社会(経済的・社会的)の維持・発展という観点の2つから教育の目的について論じたのでした。

 続いて、ルソーの教育方法論について見てきました。そこでは体験・経験をとおして学ぶこと、子どもに学習の必要性を感じさせること、問いを与えることという3つに着目し、その意義について検討してきました。つまり、現代の認識論の観点からすれば、認識は五感情像であるということや、認識は問いかけ的反映であるという論理を使った方法であるということでした。ルソーがこのような方法を提唱した背景には、人間は他人の権威に従って行動するのではなく、あくまでも自分で判断して行動しなければならないということ、つまり主体性ということを重視したことがあるということを指摘しました。

 最後に、ルソーの教師論について、「サヴォワの助任司祭の信仰告白」を中心に見てきました。社会に対して不信感をもっている青年を教育するためには、まず教師との関係性を築かなければなりませんが、そのために司祭がどのようなことをしていたのかを見ました。まず司祭は青年との関係を築くために、自分を青年と近い存在であると見せていたこと、また青年の話には何でも興味をもって聞いていたことを取り上げました。これはつまり、青年に安心感を抱かせるものであり、このような安心感が教師と子どもとの関係づくりでは重要なのだということを指摘しました。次に、このような安心感を子どもに抱かせるためには、教師自身が子どもの悩みや葛藤に共感できないといけないということを明らかにしました。単なる見せかけではなく、本当に教師がそれに共感しているならば、子どもが教師を信頼するということでした。そのために教師は自らの弱点を子どもにさらすことも必要だとルソーが説いていることも紹介しました。また教師と子どもとの関係の中には尊敬がなければならないとして、思春期の子どもからの尊敬を得るために、教師の言動を一致していることが必要だということを明らかにしました。思春期の子どもは論理能力が芽生えてきているため、教師の言動の一貫性があるかどうかが見えてくるのであり、もし一貫性がなければ不信感を抱くようになるということでした。そういう点を踏まえるならば、結局、教師は自身がアタマに描く教育目的としての人間を具現化した存在でなければならず、そういう意味では教師論は直接に教育目的論になるということでした。

 以上の内容を改めて簡単に整理すると、次のようになるでしょう。人間は将来どんな社会で生きていくかわからないから、どんな社会でも生きていけるようにしないといけない。それこそが教育の目的である。どんな社会でも生きていける人間というのは、権威に頼らず自分のアタマで考えて行動できる人間、つまり主体的な人間であり、そのような人間であってこそ社会の維持・発展も可能となる。したがって、教育方法に関しても、自らのアタマを働かせて対象に取り組んでいくように工夫しなければならないし、何よりも教師自身が主体的な人間でなければならない、ということです。

 では、このようなルソーの教育論はどのような意義があると言えるでしょうか。

 何よりも着目されるのは、その教育概念でしょう。ロックにおいては、紳士の教育と貧民の教育という形で、教育を2つに分けて論じられていたのでした。それに対して、ルソーにおいては、どんな社会でも生きていけるようにすることが教育だと主張しました。つまり、紳士の教育とか貧民の教育とかいう以前に、共通する土台の部分が存在するのであり、そこを教えることが重要だと主張したのです。現在、専門教育や大学教育などに至る前に義務教育が存在しますが、このような学校制度の原型となる考え方を打ち出したのだと言えるでしょう。このように教育という過程において、共通となる土台の部分を指摘したことが、ルソーの教育論の歴史的な意義だと言えるでしょう。
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2016年09月23日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(11/13)

(11)思春期の子どもに対しては教師の言行一致が求められることを説いた

 前回はとりわけ思春期の子どもと信頼関係を築くためにはどうしたらいいのかという点について、『エミール』から読みとってきました。思春期の子どもは自分の意志が芽生えてきている分、周囲と様々な形で対立することとなり、そうしたことがきっかけに種々の葛藤や悩みを抱くことになるのでした。そうした子どもたちに共感できるかどうか、子どもと同じように自らも成長する過程での葛藤や悩みといった体験をしているかどうかということが問われるのであり、結局は教師が人間としてどう生きているのかが重要なのだということでした。

 ここまでは、いかに子どもが教師に対して安心感を抱けるようにするかということを扱ってきました。しかし、教師は子どもの話し相手であるばかりでありません。それだけであるならば同じ年代の子どもの方がよほど適切な相手だということになります。教師は子どもを導いていく存在でもありますから、教師と子どもとの信頼関係の中には、教師に対する尊敬というものが含まれていないといけません。では、どのような教師であれば、子ども、とりわけ思春期の子どもからの尊敬を得ることができるのでしょうか。今回はこの点について見ていきたいと思います。

 サヴォワの助任司祭に心を開いた青年ルソーは、この助任司祭に対して次のように述べています。

「わたしがなによりも心をうたれたのは、わたしの尊敬すべき師の私生活には、いつわりのない美徳、弱さをともなわない人間愛、いつもまっすぐで単純な言葉、そして、いつもそこに一致した行動がみられることだった。」(『エミール(中)』p.116)

「だれも見ていないところでも、公衆の面前におけると同じように規則正しくかれが聖職者としての務めを果たしていることがわかった・・・」(『エミール(中)』pp.117)

 つまり、司祭は美徳や人間愛に満ちており、様々な言葉をルソーに投げかけているけれども、ルソーに話した言葉を何よりも自分自身がしっかりと実践しているということです。しかも、それはルソーや他の人がいる前だけではなく、誰もいない場面でもそうであったということです。つまり、司祭は言動が一致していたということです。そうした司祭の姿に青年ルソーは心をうたれたと述べているのです。

 つまり、教師の言動一致こそが、思春期の子どもの尊敬を得るために重要なポイントだと言えるでしょう。

 このことは現在においても実力のある教師が主張していることです。例えば、荒れた中学校を建て直し、陸上部顧問として7年間で13回の日本一選手を育てた原田隆史氏は次のように述べています。

「子どもたちの人格を育むためには、具体的にはどのように指導すればいいのか。答えは一つ。それは教師や親がやって見せることです。時間を守る、掃除をする、感謝の言葉を言う。それらを大人が実行して見せること。だからこそ範となるべく教師や親は、自らを律していく必要があるのです。」(原田隆史『いま、子どもたちに伝えたいこと』ウェッジ、2010年、p.82)

 つまり、子どもたちに指導することを教師自らがやってみせるということです。このように、一流とされる教師は、言動一致ということを重視していることがわかります。
 なぜ言動一致が重要なのでしょうか。これは思春期とはどういう時期かということから考えていかなければなりません。

 前回も見ましたが、そもそも思春期というのは、自分なりの意志が芽生えてくる頃なのでした。つまり、自分なりの理屈ではあっても、「こうしたい」という思いをもつようになる時期だということです。幼いながらも論理能力が育ってきている時期だと言えます。論理能力とは、事実と事実をつなげて理解する能力です。例えば、鉛筆とシャープペンシルの共通性を捉えて「書くもの」と把握することも論理能力ですし、事件において様々な証拠から犯人を推定することも論理能力です。このような論理能力が本格的に育ってきている時期だということです。

 したがって、教師が昨日どのような発言をしたか、今日どのような発言をしたか、また教師は今日何をしていたかということもつなげて理解しようとします。そこに矛盾を感じれば、子どもは「おかしい!昨日と言っていることが違うじゃないか!」ということになるわけです。余談になりますが、子どもを注意したときに「なんで俺だけなん!」と返してくることがあります。クラスが荒れてきているときは、これが特によく出てきます。これは自分に対する教師の対応と、他の子に対する教師の対応が違うということについての不満であり、様々な教師の対応をつなげて理解できるようになった、それだけの論理能力が身についてきたということでもあります。

 ですから、教師は自分が子どもに語っていることと、自分のやっていることをしっかりと一致させないといけないのです。もし子どもに「目標に向かってしんどくてもやりきることが大事だ」と語るのであれば、教師自身が自らの目標に向かってがんばっていなければならない、そういう姿を見せなければならないということです。

 (6)において「あらゆることにおいてあなたがたの教訓がことばによってではなく、行動によって示されなければならないということを忘れないでいただきたい。」(『エミール(上)』p.146)とルソーが書いていることを紹介しましたが、これもこのような意味を含むものとして解釈することもできるでしょう。つまり、教師自身の行動によって何が正しいのかを示さなければならないのであり、そういう姿を目の当たりにすることによって(体験させることによって)学ばせなければならないということです。

 教師は「このような人間に育ってほしい」という教育目的を描いて子どもに働きかけるわけですが、結局、教師自身がその教育目的として描いているような人間でなければならないということになるでしょう。ルソー自身、次のように指摘しています。

「一人の人間をつくることをあえてくわだてるには、その人自身が人間として完成していなければならない」(『エミール(上)p.135)

 つまり教師自身が教育目的を実現した存在でなければならないということです。このような観点からすれば、ルソーの教師論とは直接に教育目的論であると捉えることもできるでしょう。
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2016年09月22日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(10/13)

(10)思春期の子どもに共感できるような教師としての生き方が求められる

 前回から、教育の目的を何らかの方法によって実現するためには、教師と子どもとの関係性の構築が前提だということを踏まえて、教師はどうするべきか、どうあるべきかということを問題にしています。前回は、相手に合わせること、相手の発言をいったんは受け入れること、そうして相手に安心感を抱かせることが、信頼関係を築く上での土台になるのだということを、『エミール』に描かれている「サヴォワ助任司祭の信仰告白」のエピソードから見てきました。

 このように相手に安心感を抱かせるというのは、信頼関係を築く上で一般的に重要になってくるものです。しかし、子どもは思春期を境に大きく変わってきます。思春期を迎える前の子どもというのは、多くの場合かわいらしくて、人なつっこい存在だと言えます。ところが、思春期を迎えるとそうした様子が一変し、暴言を吐いたりして教師や親に反発するという姿を見せます。このように思春期を迎えた相手に安心感を抱かせるというのは、なかなか難しいものです。一体どうすればよいのでしょうか。今回はこの点について『エミール』から読みとってみましょう。

 ルソーは青年への教育を行う者のあり方として、次のように述べています。

「まえにも非難したことだが、けちくさい精神からはけっして消え失せないもう1つの誤りは、たえず教師の威厳を見せつけて、完璧な人間らしい印象を弟子の心にあたえようとすることだ。こういうやりかたはまちがっている。かれらは、権威を固めようとしてそれをぶちこわしていること、言うことに耳をかたむけさせるには相手の地位に自分をおかなければならないこと、そして、人間の心に語るすべを知るには人間にならなければならないこと、こういうことがどうしてわからないのか。そういう完璧な人間はすべて、相手の心を動かしもしなければ、納得させもしない。自分が感じていない情念を非難するのはまったくやさしいことさ、と相手はいつも心のなかでつぶやいている。あなたがたの生徒の弱点をなおしたいと思ったら、あなたがたの弱点をかれに見せてやるがいい。かれが心のうちに感じている闘いと同じ闘いをあなたがたの心のうちに見させるのだ。あなたにみならって自分にうちかつことを学ばせるのだ。そしてほかの者が言っているようなことを言わせないことだ。『この御老人たちは、自分たちはもう若くないのがくやしくて、若い者を老人なみにあつかおうとしている。そして、自分たちの欲望はすっかり消えてしまったので、わたしたちの欲望を罪悪と考えさせようとしているのだ。』こんなことを言わせないことだ。」(『エミール(中)』pp.265-266)

 ここでは教師の威厳を見せつけて、完璧な人間らしい印象を与えようとすることは間違いだと述べられています。これではむしろ教師に対して批判する気持ちを起こさせるだけだと言うのです。むしろそうではなくて、相手が心のうちに感じている闘いと同じ闘いが教師の中に存在しているということを示すことが大切だということです。

 もう少し詳しく考えてみましょう。

 そもそも思春期とは、子どもから大人へ、男の子は男性へ、女の子は女性へと認識も実体も大激動を迎える時期です。こうした中で、徐々に自分なりの考えというものも芽生えてきます。つまり、それまでは(極端に言えば)大人の言うことに素直に従っていたのに対して、自分なりに考えて行動するということができるようになってきます。「こうしたい」という自分なりの意志・欲望が芽生えてくるのです。それが教師や親、友だちなどの周囲との関係性の中で様々な葛藤や悩みをもつようになります。

 例えば、好きな人がいて付き合いたいけれども、ふられた時のことを考えるとなかなか告白できない、あるいは自分として学校卒業後の進路を考えているけれども、親が反対してきてどうしていいかわからない、などです。好きな部活に入っているけれども、自分の実力では到底レギュラーが取れそうにないから辞めた方がいいのではないかと思っている、などもあるでしょう。教師はこうした葛藤や悩みを共感的に受けとめることが必要です。

 しかし、共感的に受けとめるとは、決して見た目として、共感的な姿勢をとればいいというものではありません。具体的に言えば、うなずくとか、あいづちを打つとか、そういったことに気をつければよいというだけではありません。そうした行動の背後に教師がどんな認識を抱いているのか、本当に子どもの葛藤や悩みに共感できているのかということが問われます。幼い子どもであればともかく、思春期を迎えた子どもは、そうした教師の本音の部分をしっかりと見てきます。

 教師自身もこれまで生きてきた中で、また現在生きている中で様々な悩みや葛藤があり、心の中でモヤモヤしたもの、ドロドロとしたものを様々に抱えているということが伝われば、教師の言動が単なる見せかけではなく、本当に自分たちに共感してくれているのだということで、教師に信頼を抱くこととなります。こうした共感の姿勢を示すために、ルソーは「かれが心のうちに感じている闘いと同じ闘いをあなたがたの心のうちに見させるのだ」と述べているのだと言えるでしょう。この信仰告白では、司祭自身が青年と同じように「疑惑と不安の中にいた」ことが語られていますが、まさに自らの主張を実践したものだと言えます。

 逆に、自分たちと同じような悩みをもったことのない人間から正論を言われても、とうてい受け入れることはできません。その点を捉えて、ルソーは「完璧な人間はすべて、相手の心を動かしもしなければ、納得させもしない。自分が感じていない情念を非難するのはまったくやさしいことさ、と相手はいつも心のなかでつぶやいている。」と主張しているのです。

 子どもは成長していく過程で様々な問題に直面して悩みを抱えます。それが思春期以降には特に大きくなっていきます。教師自身も子どもと同じように様々な悩みを抱えながらも成長してきているのであるからこそ、子どもに共感を示すことができるのであり、子どもからの信頼を得ることができるのです。結局、教師自身が人間としてどのように生きているのかが重要なのだということが言えるでしょう。
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2016年09月21日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(9/13)

(9)相手に安心感を与えることが重要である

 本稿は、その是非をしっかりと問うていかなければならない問題が山積みになっている現代の日本において、教育の立場からはどのようなことに取り組んでいくべきなのかを明らかにするべく、同じように18世紀において社会的な格差に対して問題意識を抱いたルソーの教育論を把握しようとするものです。

 これまでルソーの教育目的論と教育方法論を見てきました。まず、ルソーはどんな社会環境にあっても生きていけるようにするのが教育だと主張したのでした。その社会では人間が互いに労働を交換して創り合っているから、労働できるようにすることが教育上必要だと主張していました。また、社会が一般意志に基づいて統括されるように、一般意志を見出せる人間へと育てることも教育の目的だと考えていたということでした。

 方法論に関わっては、体験・経験をとおして学ぶこと、子どもに学習の必要性を感じさせること、発問をとおして子どもが自らのアタマを働かせることを重視しているということを紹介しました。これらの方法の背後には自らの理性で判断する人間、つまり主体的な人間という人間観が存在していることをしてきました。つまり、対象そのものに対して、何らかの必要性や興味をもって関わること、その過程で自らの体験や経験を駆使すること、そうして自らの力で何らかの真理を発見することが重要だと考えられているのだということでした。

 このような教育を行う上で前提となるのが、教師と子どもとの関係性です。いかに優れた教育目的や教育方法を持っていたとしても、それを子どもが受け入れなければ教育は成り立ちません。したがって、子どもとの信頼関係(ラポール)を形成することが何よりも重要になります。

 このような関係性を築くためにはどうしたらよいのでしょうか。また教師はどうあるべきなのでしょうか。この点に関わって、ルソーの『エミール』第4巻(『エミール(中)』所収)にある「サヴォワの助任司祭の信仰告白」を見ていきたいと思います。これは青年期を迎えたエミールに対して、ルソーが宗教教育を行おうとする中で描かれているものです。カルヴァン教徒として生きていたが罪を犯して逃亡者になり、荒れてしまった青年に対して、サヴォワの助任司祭が自らの信仰について説いて、宗教に目覚めさせる話であり、このエピソードをとおして、ルソーはエミールに宗教教育を行おうとしたのです(注)。

 助任司祭の観察したところ、「恵まれない境遇のために青年の心はすでに傷ついていること、侮辱され軽蔑されてかれは勇気をうしなっていること、かれの誇らしい気持ちは、にがい恨みに変わっていて、人々の不正と冷酷のうちにひたすら人間の本性の悪を示し、美徳は幻影に過ぎない」と考えていることに気づきました。端的には、この青年はその不幸な体験・経験から、人間に対して、社会に対して、非常に強い反発の気持ちを抱いていたのだと言えるでしょう。

 このような状態であれば、助任司祭が何かを説いたところで、青年に入っていくはずがありません。まずは青年との関係を築いていかなければなりません。助任司祭自身もそのように考えていました。ではどうしたのでしょうか。次のように書かれています。

「かれはまずその改宗者の信頼を得るために、恩恵を高く売りつけるようなことはせず、うるさがられるようなこともせず、説教することもなく、いつも青年の能力の程度に自分をおき、青年と同じような者になるために自分を小さな人物のように見せた。まじめな人が浮浪児の友だちになり、美徳が放埒な生活と妥協していっそう確実にそれを征服しようとする、そういう光景にはかなり感動させられるものがあったと思われる。愚か者が聖職者のところにやってきて、いろいろとばかげたことをうちあけ、心の底をひらいてみせると、聖職者は青年の言うことに耳をかたむけ、思いのままにしゃべらせておいた。悪いことを許しはしなかったが、どんなことにも関心を示した。無遠慮なとがめだてをしておしゃべりをやめさせ、青年の心をしめつけるようなことはけっしてなかった。自分は耳をかたむけてもらえるのだという考えにともなう喜びは、すべてを語るときに感じる喜びを大きくするのだった。こうして青年は、なにも告白するつもりはなしになにもかも告白してしまった。」(『エミール(中)』p.114)

 ここで重要なのは、大きくは2つあるでしょう。1つは「いつも青年の能力の程度に自分をおき、青年と同じようなものになるために自分を小さな人物のように見せた」ということです。つまり、自分を相手に合わせたということです。現在では、こうした方法はペーシングと呼ばれ、ラポール形成のために重要なものだとされています。そもそも人間は自分に近い存在に対して安心感を抱きます。例えば、初めて海外旅行に行ったとき、ご飯をどこで食べるかを悩んだとき、いろいろなお店がある中で日本人が経営しているところがあれば、多くの人は「そこに入ろうかな」という気持ちになると思います。これは自分とは遠い外国人よりも、より近い存在である日本人に対して、安心感を抱いているからだと言えるでしょう。

 なお、ルソーは『エミール』の序論において、教師は若くなければならないと主張しています。「子どもと成熟した人間とのあいだにはあまり共通なものがないし、そんなに年齢の差があっては十分に固い結びつきはけっしてできあがらない」(『エミール(上)』p.51)と述べています。これも年齢という観点で、教師が子どもと近い存在であることが必要だと主張したものです。

 もう1つ重要な点は「青年の言うことに耳をかたむけ、思いのままにしゃべらせておいた」「どんなことにも関心を示した」ということです。青年との関係が徐々にできる中で、青年は様々なことを話すようになったのでしょうが、それを決して否定しない、いったんは受け入れるということです。そういう姿勢を教師が示しているからこそ、青年は安心して話をすることができて、「なにも告白するつもりはなしになにもかも告白してしまった」のです。

 以上の2つをまとめるならば、結局、相手に安心感を与えることが重要だということになるでしょう。教師と子どもとの関係を築くためには、まず子どもが安心感を抱けるように教師の言動を考えていかなければならないということです。

(注)ルソーがこのようなエピソードの形で語ったのは、自らの宗教論をそのまま語ったのでは、当時の社会では受け入れらないと判断したからだとされています。ところが、エピソードの形にしたのですが、『エミール』を出版すると、本は焼かれ、ルソーは逮捕状を出され、フランスにも故郷のスイスにも住めなくなるという状態に陥ってしまいました。

 なお、ここで出てくる荒れた青年はルソー自身のことです。ルソーは17歳のとき、生きるための職を探す中で知り合ったサヴォワの助任司祭ゲーム氏から、道徳の教訓や理性の準則などの教えを受け、深い感銘を受けています。ここでのエピソードは、こうした自らの体験がモデルであると言われています。
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2016年09月20日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(8/13)

(8)発問の重要性を指摘した

 前回は消極教育という教育方法が知育においてどのように見られるかという点について明らかにしました。端的には、子どもに真理を教えるのではなくて、学習の必要性を感じさせて、子ども自身に「学びたい」という気持ちをもたせることが必要なのだということでした。また、このような方法によってこそ、学問の価値を評価することができ、真理を愛する人間として育っていくのだということでした。

 この「学びたい」という気持ちを起こさせる方法として、ルソーはもう1つ挙げているものがあります。今回はこの点について見ていきましょう。

 まずは『エミール』に書かれている1つのエピソードを紹介します。ある晴れた日の夕方、ルソーとエミールが地平線に太陽の沈んでいく様子が見えるようなところへ散歩に行って、太陽が沈む地点を示してくれるものを見ておきました。翌日、2人で新鮮な空気を吸うために太陽が昇る前に同じところに行きます。すでに朝焼けはひろがり、東の方は真っ赤に燃えて見えています。そのときに、ルソーは次のように話します。

「わたしは、きのうの夕方、太陽があすこに沈んだこと、そしてけさはあすこに昇ったことを考えている。どうしてそういうことが起こるのだろう。」(『エミール(上)』p.292)

 この一言だけ話をして、ルソーは何も言わないのです。エミールが何か質問してきても、それに対して答えず、別の話をしてしまいます。こうしておけば、エミールは自分でこの問題について考えるだろうと言うのです。

「適当なときにものをかれに見せるだけにしておくがいい。そして、かれの好奇心が十分それにとらえられていることがわかったとき、なにか簡単な質問をして、それによって問題を解決する道を示してやるようにするがいい。」(『エミール(上)』p.292)

「子どもが注意ぶかくなるようにするためには、そして、なにか感覚的な真理がはっきりとわかるようにするには、かれがそれを発見するまでのいく日かのあいだ、それがかれを不安にしておくことがどうしても必要だ。そうしても十分にわからなければ、それをもっとはっきりさせてやる方法がある。その方法とは問題をひっくりかえすことだ。太陽は沈んでからどういうふうにして昇ることになるのか、かれはそれを知らないとしても、少なくとも、昇ってからどういうふうにして沈むことになるのかは知っている。それは見ていればわかることだ。だからはじめの問題をあとの問題によって説明すればいい。あなたがたの生徒が完全な白痴でなければ、類似はあまりにもはっきりしてるから、それがわからないはずはない。これが宇宙誌の最初の授業となる。」(『エミール(上)p.293)

 つまり、対象をしっかりと見つめて、そこから真理を引き出してくるためには、それがなかなかできないという過程、それこそ不安で考えずにいられないというような過程を辿る必要があるということです。もっとも、どうしても考えを進めることができなければ、そこは教師側からヒントを出して、考える足場を与える必要があるということです。このような過程を辿らせる出発点として、質問を投げかけることが必要なのだということです。

 このような行為は現在では「発問」と呼ばれています。例えば、理科の学習で言えば、「月は動くか」「月はどのような形をしているか」などと問うて子どもたちの意見を出させた後、実際に観察しに行ったりします。社会科なら「捨てたごみはどこに行ってしまうのだろうか」「水道の水はどこから来るのだろう」などの発問から学習を進めていったりしますし、国語でも登場人物の変化を問うこともあります。いかに優れた発問をするかが授業の質を決めるとも考えられており、それほどまでに発問というものは重視されています。

 そもそも人間の認識は問いかけ的反映です。つまり対象を機械的に反映しているわけではなくて、あくまでもこちらが問いかけるからこそ反映してくるものなのです。例えば、今、周りにある青色のものを探してみてください。すると、「あ、これも青色だ」「ここにもある」などと感じるのではないかと思います。その景色は見ているはずなのです。しかし、問いかけをもたなければ反映してきません。「青色のもの」という問いかけをもって眺めるからこそ、青色のものがしっかりと反映してくるのです。

 例えば「月は動くか」と発問すると、「動かない」と主張する子もたくさん出てきます。月のことを意識的には見ていないからです。しかし、クラスには「動く」と主張する子も出てくるので、「え、どっちなのだろう」という問題が生まれ、これまでの体験・経験を総動員してアタマを働かせることとなるのです。

 このように対象への注意を払わせる上で、発問は非常に大きな役割を担っているのであり、ルソーはその点を指摘したのだということができるでしょう。

 ここまで見てくると、前回紹介した「学習の必要性を感じさせること」ということも含めて、ルソーは子ども自らがアタマを働かせて学んでいくというあり方を重視していることがわかります。これにはルソーの人間観が大きく関わっていると言えるでしょう。ルソーは次のように述べています。

「自分で学ばなければならないかれは、他人の理性ではなく、自分の理性をもちいることになる。意見にたよらないようにするには、権威にたよってはならないのだ。」(『エミール(上)』p.374)

 つまり、人間は自らの理性をもちいて判断すること、つまり主体的な人間こそが望ましいのであり、他人の理性・権威にたよっていてはいけないのだということです。学習においても、教師の教えたことを覚えるだけでは、結局、教師の権威に従っているのであり、主体的な人間としては育たないのだということになるでしょう。(6)では体験・経験をとおして学ぶことをルソーが指摘していることを紹介しましたが、これも結局、他人から言われたから従うというのではなくて、自らの体験・経験に基づいて判断できるようにすることが重要なのだと指摘したものとも言えます。

 つまり、主体的な人間こそが理想的なあり方だという考えがルソーには存在しており、その人間観が教育方法論にも反映されていたのだということができるでしょう。
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2016年09月19日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(7/13)

(7)学習には子どもが必要性を感じることが重要だと主張した

 前回は、ルソーの教育方法(特に初期の教育方法)が消極教育だとされている点を受けて、それが具体的にどういうものであるのかを見てきました。端的には、言葉によって教えるのではなく、子ども自身の体験・経験をとおして学ばせることが必要なのだということであり、これはそもそも認識とは五感情像であるという現代の認識論の把握からして評価に値するものだと言えるということでした。

 しかし、前回は道徳的な規則をいかに身につけるかという点に焦点が当てられていました。今回は知育ということに関わって、この消極教育ということがどのように貫かれているのかを見ていきたいと思います。

 ルソーは、知育に関わっても、真理を教えるのではなく、子ども自身に学びたいという気持ちを持たせることが重要だと指摘しています。その上で、ルソーは、読むことを学ぶ上でロックが提唱している方法を批判しています。

「読むことを学ぶいちばんいい方法を考えだすこと、それは重要な問題になっている。そこでピュロー〔文字を集めて単語をつくれるようになっている箱〕やカードがつくりだされている。子どもの部屋は印刷工場みたいになっている。ロックは子どもがさいころで文字を学ぶことにしたらと言っている。うまい思いつきではないか。情けないことよ。そんなことよりもっと確実な手段、しかもいつまでたっても人が気がつかないでいる手段は、学びたいという気持ちだ。子どもにその気持ちを起こさせるがいい、そしてあなたがたのピュローやさいころはほうっておくがいい。どんなことでも子どもに有効な方法になるだろう。さしせまった利害、これが大きな動機だ、確実に上達させる唯一の動機だ。」(『エミール(上)』p.184)


 つまり、ピュローやカード、さいころなどを使った学習が批判されて、学びたいという気持ちを起こさせなければならないのだということです。

 このように述べると、疑問が浮かぶことと思います。カードやさいころなどを使った学習も、子どもに学ぶ意欲を高めるための方法なのではないのか、一体ルソーは何を批判しているのか、ということです。

 確かにルネサンス以来、教育の世界では子どもたちが学習に興味をもつように様々な工夫がなされ、さいころ遊びやカルタ遊びなどをとおして文字の学習を行うなどの取り組みが行われてきていました。こうした工夫によって、子どもが楽しみながら学習に取り組むということは否定できないでしょう。

 しかし、ルソーは、それはいわば見せかけにすぎないのだと主張しているのです。そうではなくて、自分自身が学ぶ必要性を感じているからこそ学ぶというあり方にしなければならないのだと主張しているのです。

 たとえ話として、子どもが病気になったときに苦い薬を飲まないといけなくなったとしましょう。そのときに、その苦みが感じないように甘いもので包んで飲んでしまうのが、これまでに行われてきた教育方法です。そうではなくて、薬を飲まざるを得ないと感じさせて、薬を自分から飲むようにしなければならないのだとルソーは主張しているということになるでしょう。

 具体的な例として、家族や親戚、友だちなどから招待状が届いた場合のことを挙げています。その手紙には時間や場所などが書かれているものの、子どもはそれを読むことができません。周囲の人に読んでもらわなければなりませんが、その周囲の人がいなかったり、機嫌が悪くて読んでくれなかったりします。そうしている間に時間が過ぎてしまい、ようやく読んでもらえることになったときには、予定の時間が過ぎていたのでした。こうした体験をとおして、子どもは読むことの必要性を感じるのであり、自分から読むことを学ぼうとするのだと主張しているのです。

 このような方法の意義として、ルソーは次のように述べています。

「わたしの目的はかれに学問をあたえることではなく、必要に応じてそれを獲得することを教え、学問の価値を正確に評価させ、そしてなによりも真実を愛させることにある。こういう方法をとれば、人はあまり進歩はしないが、一歩でもむだに足を踏みだすことはないし、あと戻りしなければならなくなることもない。」(『エミール(上)』p.375)

「学問を教えることが問題なのではなく、学問を愛する趣味をあたえ、この趣味がもっと発達したときに学問をまなぶための方法を教えることが問題なのだ。これこそたしかに、あらゆるよい教育の根本原則だ」(『エミール(上)』pp.297-298)。

 つまり、必要性に応じて獲得していくことによってこそ、その学問の価値が正確に分かり、真実を愛する姿勢を育てることにつながるのだということです。これは逆に言えば、必要性を感じていないところに学問を与えるからこそ、その価値が正確にわからず、真実を愛する姿勢につながっていかないということになるでしょう。ルソーの自然と人為という観点から捉えるならば、必要性という自然を無視して人為的な営みがなされることによって歪みが生じているのだということが言えるでしょう。

 このようにルソーは真理を教えることよりも、子ども自体がそれを学びとる必要性を感じるようにすることが重要だと指摘したのです。これがルソーの消極教育の1つのあり方だと言えるでしょう。
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2016年09月18日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(6/13)

(6)体験・経験をとおして学ぶことを主張した

 本稿は、その是非をしっかりと問うていかなければならない問題が山積みになっている現代の日本において、教育の立場からはどのようなことに取り組んでいくべきなのかを明らかにするべく、同じように18世紀において社会的な格差に対して問題意識を抱いたルソーの教育論を把握しようとするものです。

 これまでの3回をとおして、ルソーの教育目的論を見てきました。ルソーは、固定的だと考えられていた階級が大きく変動する時代にあって、どんな社会環境にあっても生きていけるようにするのが教育だと主張したのでした。ではその社会をどのように捉えていたのかという点について、経済的な側面と政治的な側面からルソーの考えを見てきました。ルソーは人々が互いの労働の上に生活しているという社会観に基づいて、各人が労働によって他人に返していくようにすることが教育上必要であると主張したのでした。また、社会が一般意志に基づいて統括されるように、各人が特殊意志と一般意志を見誤らないようにすること、その判断を支えるだけの能力を身につけさせることを教育の目的として考えていたのだということを明らかにしました。

 では、このような目的を実現するために教育の方法はどうあるべきなのでしょうか。ルソーが『エミール』の中で論じていることから特徴的な部分を3つすくい上げて、今回から3回にわたって紹介していきたいと思います。

 教育の方法に関しても、ルソーは人為を排するべきだと考えて消極教育と呼ばれるものを提唱しています。

「初期の教育はだから純粋に消極的でなければならない。それは美徳や真理を教えることではなく、心を不徳から、精神を誤謬からまもってやることにある。(中略)一般に行われていることとまさに反対のことをするがいい。たいていのばあいよいことをすることになるだろう。人は子どもを子どもにしようとはせず、博士にしようとしているので、父親や先生は、しかったり、矯正したり、文句を言ったり、きげんをとったり、おどかしたり、約束したり、教えたり、道理を説いて聞かせたりすることを、どんなにはやくはじめてもはやすぎないと考えている。もっとうまくやることだ。合理的にやることだ。そして生徒とは議論しないことだ。とくに生徒がいやがることを承知させようとして道理を説いて聞かせるようなことはしないことだ。そんなふうに不愉快なことに道理をもちだすのは、それをやりきれないものにして、まだ道理を理解することができない精神に、はやくからそれを信用できないものと考えさせるにすぎない。」(『エミール(上)』pp.132-133)

 つまり、一般には美徳や真理を教えようとしているけれども、それとは反対のことをやることだとしています。合理的にやることが重要であり、特に道理のわからない子どもに道理を持ち出すのは、道理を信用できないものと考えさせることになるからやってはならないと言うのです。

 ここでルソーがイメージしている教育法として、以下のようなものを挙げています。

「先生 そういうことをしてはいけない。
子ども なぜこういうことをしてはいけないのですか。
先生 それは悪いことだから。
子ども 悪いこと。どういうことが悪いことなのですか。
先生 とめられていることです。
子ども とめられていることをすると、どんな悪いことがあるのですか。
先生 あなたはいうことをきかなかったために罰をうける。
子ども ぼくは人にわからないようにします。
先生 だれかがあなたを見はっているでしょう。
子ども ぼくはかくれてするでしょう。
先生 あなたはたずねられるでしょう。
子ども ぼくはうそをつきます。
先生 うそをついてはいけない。
子ども なぜうそをついてはいけないのですか。
先生 それは悪いことだから。」(『エミール(上)』pp.124-125)


 このように、言葉でわからせようとしてもダメなのだと主張しているのです。そうではなくて、「あらゆることにおいてあなたがたの教訓がことばによってではなく、行動によって示されなければならないということを忘れないでいただきたい。」(『エミール(上)』p.146)と述べているのです。

 では、具体的にどうするのでしょうか。ここに関わって、ルソーは、手当たり次第何でもぶちこわす気むずかしい子どもにどう対応するかという例を挙げています。

 その子どもが自分の部屋の窓ガラスを割ったら、ガラスを入れかえるのではなく、そのまま放っておいて、風の吹きこむままにしておいて、かぜをひかせればいいと主張しています。子どもにガラスを入れかえさせてもまた壊すようであれば、窓のない暗いところに閉じ込めます。最初は暴れるでしょうが、次第に疲れて出して欲しいと思うようになります。何時間かそういう状態において、そういう経験を十分に覚えさせれば、自分からもうガラスを壊さないから自由にしてほしいと言うようになるから、そこでようやく子どもを出してやるとよいと主張しています。

 このように「暴れて物を壊してはいけない」ということを言葉で理解させるのではなく、行動によって示し、自らの体験・経験として学ばせることをルソーは主張しているのです。

 また、別のところでは所有の観念を身につけさせる方法を例として上げています。

 ある日、エミールは畑仕事がやってみたくなったため、ルソーに話を持ち出して、そら豆を植えることになります。畑を耕して、毎日毎日水をやった結果、そら豆はどんどん伸びていったのですが、ある朝、そら豆は全部引き抜かれている様子を目の当たりにします。調べた結果、犯人は園丁だということがわかります。悲しみと怒りでいっぱいとなったエミールは、園丁にくってかかりますが、実はその土地は園丁のものであり、せっかくメロンの種を植えていたのに、自分たちのせいでそれがダメになっていることがわかったのでした。そこでエミールは謝罪をして、土地を借りる一方で、収穫したそら豆の半分を園丁に渡すという約束をすることにしたのでした。

 このような体験をとおして、所有という観念を身につけさせ、それを侵害することがいけないことを感情としてわからせることを主張しているのです。決して言葉で覚えさせても何の意味もないのだというのです。

 ここで挙げられている例が適切であるかどうか、現実的であるかどうかという点は問題でしょうが、その例をとおしてルソーが主張したいことはしっかりとすくいとるべきでしょう。

 ルソーは言葉によって規則や観念を分からせようとする当時の一般的な教育法では、子どもにしっかりと定着していないという現実を見て、そもそも子どもはそのような善悪がわかるような理性が育っていないのではないかという問題意識を抱くようになったものと思われます。子どもはそのような理性が育っていない(感覚が重視される存在)だから、そのような働きかけは適切ではないと考えたのでしょう。ここでも人為的な働きかけが自然を歪めているという問題意識が貫かれていると言えます。

 このルソーの主張は、現在の認識論の観点から見れば、そもそも像は五感覚像・五感情像であるという点を踏まえたものだと言えるでしょう。単に言葉によって教えるのであれば、目や耳からの反映にしかなりません。それを五感覚を駆使した体験として学ばせるからこそ、強烈な感情をともなったものとして定着するのです。こうした点を指摘したものとして、このルソーの教育方法は評価することができるでしょう。
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2016年09月17日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(5/13)

(5)一般意志で社会が統括されるために教育が必要だと説いた

 前回は、どんな社会でも生きていけるようにすることが教育だと主張していることを踏まえて、その社会とはいかなるものだとルソーは考えていたのかを見てきました。ルソーは、すべての人間は他人の労働によって生活しているのであるから、自分も労働を他人に返さなければならないのであり、そこから職業教育の必要性を説いていたのでした。

 これは社会を経済的な側面から眺め、教育の必要性について論じたものだと言えますが、一方でルソーは政治的な側面からの検討も行っています。今回はこの点について見ていきましょう。

 ルソーは『社会契約論』(ここでは桑原武夫・前川貞次郎訳、岩波文庫版を使う)において、社会の誕生やそのあり方について論じています。それを簡単に確認したいと思います。ルソーによれば、社会が構成される以前の自然状態にあっては、それぞれの個人が自由に独立して生きていました(自然的自由)。しかし、自然状態において生存することを妨げるもろもろの障害が大きくなってきたため、人々は集合することによって、その障害を乗り越えていこうとしました。しかし、各人の自由は生存のために最も大切な手段であるから、それを侵害することなく各人を拘束するにはどうすればよいのかが問題になると言います。「各構成員の身体と財産を、共同の力のすべてをあげて守り保護するような、結合の一形式を見いだすこと。そうしてそれによって各人が、すべての人々と結びつきながら、しかも自分自身にしか服従せず、以前と同じように自由であること」(『社会契約論』p.29)こそが根本的な問題だと言います。簡単に言えば、社会に縛られながらも自分にしか服従しないというあり方の実現が問題だということになるでしょう。

 この問題に関わって、ルソーは次のように述べています。

「個々人の利害の対立が社会の設立を必要としたとすれば、その設立を可能なものとしたのは、この同じ個々人の利益の一致であり、さまざまの利害の中にある共通のものこそ、社会のきずなを形づくるのである。」(『社会契約論』p.42)

 つまり社会の構成員には共通した利害があり、この共通利害が社会の絆を形づくるのだということです。この共通した利害を目指した意志のことをルソーは「一般意志」と呼んでいます。この一般意志には各人の共通利害が含まれているのであるから、その一般意志に従うことは自分に従うことにもなるのであり、こうして社会に縛られながらも自分にしか服従しないというあり方が実現するのだとしているのです(これを自然的自由と区別して「市民的自由」と呼んでいます)。

 この一般意志を浮き彫りにするために、人民による決議が必要だと主張しているのですが、ルソーは、その決議が必ずしも公共の利益を目指したものになるとは限らないと指摘しています。

「一般意志は、つねに正しく、つねに公けの利益を目ざす、ということが出てくる。しかし、人民の決議が、つねに同一の正しさをもつ、ということにはならない。人は、つねに自分の幸福をのぞむものだが、つねに幸福を見わけることができるわけではない。人民は、腐敗させられることは決してないが、ときには欺かれることがある。そして、人民が悪いことをのぞむように見えるのは、そのような場合だけである。

 全体意志と一般意志のあいだには、時にはかなり相違があるものである。後者は、共通の利益だけをこころがける。前者は、私の利益をこころがける。それは、特殊意志の総和であるにすぎない。しかし、これらの特殊意志から、相殺しあう過不足をのぞくと、相違の総和として、一般意志がのこることになる。」(『社会契約論』pp.46-47)

 ルソーは各人の特殊な利害に基づく意志を「特殊意志」と呼び、その特殊意志の総和が「全体意志」であるとしています。特殊意志の総和である全体意志は、必ずしも公共の利益を目指す一般意志に一致するわけではないというのです。なぜならば、各人は幸福を望むものであるが、常に幸福を見分けることができるわけではなく、時には欺かれることがあるからだということです。

 また、ルソーは全体意志が一般意志と一致しない理由を次のようにも述べています。

「人民が十分に情報をもって審議するとき、もし市民がお互いに意志を少しも伝えあわないなら〔徒党をくむなどのことがなければ〕、わずかの相違がたくさん集って、つねに一般意志が結果し、その決議はつねによいものであるだろう。しかし、徒党、部分的団体が、大きい団体を犠牲にしてつくられるならば、これらの団体の各々の意志は、その成員に関しては一般的で、国家に関しては特殊的なものになる。(中略)だから、一般意志が十分に表明されるためには、国家のうちに部分的社会が存在せず、各々の市民が自分自身の意見だけをいうことが重要である。」(『社会契約論』pp.47-48)

 つまり、国家のうちに部分的社会が存在すると、その構成員はその部分的社会の一般意志(国家としては特殊意志)を重視することになるから、部分的社会がなくて、各人が自分自身の意見を言うようにすることが必要だということです。

 この2つの理由をまとめるならば、各人は幸福(つまり国家の共通の利益)を目指すのだが、部分的社会が存在すると、その所属する社会としての共通の利益が国家の共通の利益であるかのように欺かれてしまうということになるでしょう。

 ルソーはここから部分的社会の存在を批判するわけですが、各人が欺かれないようにするということも重要になってくるはずです。ルソーはここに教育の必要性を感じていたのでしょう。ここに関わって、ルソーは次のようにも書いています。

「人間の意志を決定する原因はなにか。それはかれの判断だ。では、判断を決定する原因はなにか。それはかれの知的能力だ、判断する力だ。決定する原因が人間自身のうちにある。」(『エミール(中)』pp.150-151)

 つまり人間の判断する力の根底にあるのは知的能力であるということです。その知的能力を高めるものこそ教育なのですから、結局、一般意志を実現するための手段として教育が位置づけられていたのだと言えるでしょう(注)。

(注)
 『ルソー「エミール」入門』を書いた梅根悟も『エミール』と『社会契約論』がほぼ同時に執筆された点を踏まえて、一般意志と教育のつながりについて、次のように指摘している(なお、ここで出てくる『民約論』とは、『社会契約論』のことである。かつてはこのように訳されていた)。

「民主政治のもとでの主権者である国民の一人ひとりが、普遍意志(筆者注:一般意志のこと)をみずからの意志とし、真理を見抜くことのできる人になるように教育されるよりほかはない、民主政治が真にすべての人民のための政治になるためには、みんながそのような人として教育されるよりほかはないということになります。それが『民約論』の帰結だったと言っていいのです。」(梅根悟『ルソー「エミール」入門』p.14)
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2016年09月16日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(4/13)

(4)人間は互いに創り合っているということから職業教育の必要性を説いた

 前回は、どんな社会であっても生きていけるようにすることが教育だとルソーが論じたことを紹介しました。ロックとは異なり、社会的な格差を一般民衆の立場から眺めたことで、その不平等さに強烈な問題意識を抱いたルソーは、人間は平等のはずだという信念をもったのでした。そうした中で、実際に階級が流動的なあり方を見て、どんな社会でも生きていけるようにしなければならないと考えるようになったのでした。これは教育という概念を大きく広げたものだということでした。

 では、社会の中で生きていくとはどのようなことなのでしょうか。この点についてルソーが具体的にどのように考えていたのかを見ていきたいと思います。

 ルソーは『エミール』第三巻において職業教育について論じているのですが、そこでの主張がここに関わってきますので、まずはルソーが職業教育の必要性についてどのように考えていたのかを見てみましょう。ルソーは上流階級の親たちに次のように述べています。

「あなたがたは社会の現在の秩序に信頼をよせていて、それがさけがたい革命におびやかされていることを考えない。そしてあなたがたの子どもが直面することになるかもしれない革命を予見することも、防止することも不可能であることを考えない。高貴の人は卑小な者になり、富める者は貧しい者になり、君主は臣下になる。そういう運命の打撃はまれにしか起こらないから、あなたがたはそういうことをまぬがれると考えているのだろうか。わたしたちは危機の状態と革命の時代に近づきつつある。その時あなたがたがどうするのか、だれがあなたがたに責任をもつことができよう。人間がつくったものはすべて人間がぶちこわすことができる。自然が押したしるしのほかには消すことのできないしるしはない。そして自然は王侯も金持ちも貴族もつくらないのだ。そこで、もっぱら高い身分にある者として教育されたお大名は低い身分に落ちたときどうするのか。はでな暮らしをしなければ生きていけない金満家は貧乏になったときどうするのか。自分の身をつかうことを知らず、自分の存在を自分のそとにあるものにまかせている豪勢な能なしはすべてを失ったときどうするのか。」(『エミール(上)』p.346)

 つまり、君主や貴族といった社会体制は人間が創ったものであるから、人間が壊すことができるのであるし、現にその実現として革命が目の前に迫っているというのです。その革命が起こって地位も財産も失ったときのために、自分の体を使って生きる術を知らなければならないのだというのです。この自分の体を使って生きる術の1つとして、上層階級にも農業や鍛冶屋、大工といった手工業を学ぶ必要性を主張しているのです。

 この主張は前回の主張と同様だと言えるでしょう。つまり、どんな社会であっても生きていけるようにすることが教育なのであるから、その生きていくための手段を身につけさせるために職業教育が必要なのだと主張しているのです。

 これはもっぱら個人という観点から捉えたものですが、社会の維持・発展という観点からも職業教育の必要性についてルソーは論じています。まずルソーは社会的分業の必要性について、次のように述べています。

「十人の人がいて、それぞれの人が十種類の必要をもつとしよう。それぞれの人は自分に必要なものを手に入れるために、十種類の仕事をしなければならない。しかし、天分と才能のちがいを考えれば、ある人はその仕事のあるものがそれほどうまくできないだろうし、またある人はほかの仕事がうまくできないだろう。それぞれちがったことにむいているのに、みんなが同じ仕事をしては、十分なものが得られないことになる。この十人の人で一つの社会をつくることにしよう。そして各人が自分のために、そしてほかの九人のために、自分にいちばん適した種類の仕事をすることにしよう。各人は他の人びとの才能から利益を得て、自分ひとりですべての才能をもっているのと同じことになる。各人は自分の才能をたえずみがくことによって、それを完全なものにすることになる。そこで十人とも完全に必要なものを手に入れることができ、さらに余分なものを他人にあたえることができるようになる。」(『エミール(上)』p.343)

 それぞれが自給自足を行ったのでは必要なものを十分に手に入れることができないが、それぞれの天分と才能に応じて、分業を行えば、全員が必要なものを完全に手に入れることができるようになるというのです。

 このように人間は社会的分業を行っているのであり、これによって各人は生活することができるのだと主張しているのです。これを推し進めてルソーは、各人は他人の労働によって生きているのであるから、自らも労働によって他人に返さなければならないのだと主張しています。

「社会の外にあって孤立している人間は、だれになに一つ借りているわけではないから、好きなように生活する権利をもっている。しかし社会にあっては、人間は必然的に他人の犠牲によって生活しているのだから、かれはその生活費を労働によって返さなければならない。これには例外はない。だから、働くことは社会的人間の欠くことのできない義務だ。金持ちでも貧乏人でも、強い者でも弱い者でも、遊んで暮らしている市民はみんな悪者だ。」(『エミール(上)』p.348)

 このような考えを抱くようになった背景には、やはり当時の社会的な格差があったと言えるでしょう。農民や手工業者が必死で働いているにも関わらず苦しい生活を送る一方で、聖職者や貴族達はまともに働かなくても優雅な生活を楽しむことができるという現状に対しての強烈な反感を抱いていたのだろうと思われます。そうした思いを背景に、このような社会観を描いて、そこから職業教育の必要性について論じたのです。

 このような社会観は、「人間は互いに活動を交換して生きている」「人間は互いに創り合っている」という唯物論的な社会観につながるものだと言えます。そうした社会観に基づいて教育の目的を論じたルソーの意義は大きいと言えるでしょう。
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2016年09月15日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(3/13)

(3)どんな環境でも生きていけるようにするのが教育だと説いた

 本稿は、その是非をしっかりと問うていかなければならない問題が山積みになっている現代の日本において、教育の立場からはどのようなことに取り組んでいくべきなのかを明らかにするべく、同じように18世紀において社会的な格差に対して問題意識を抱いたルソーの教育論を把握しようとするものです。今回から3回にわたって、ルソーが教育の目的をどのように捉えたのかを見ていきたいと思います。

 教育の目的に関わって、まずルソーは次のように述べています。

「人は子どもの身をまもることばかり考えているが、それでは十分でない。大人になったとき、自分の身をまもること、運命の打撃に耐え、富も貧困も意にかいせず、必要とあればアイスランドの氷のなかでも、マルタ島のやけつく岩のうえでも生活することを学ばせなければならない。」(『エミール(上)』p.31)

 つまり、苦しいことがあっても、経済的に厳しい状況に陥っても、どんな自然環境の中であっても生活できるようにしなければならないというのです。大きく分けるならば、どんな社会的な環境にあっても、またどんな自然的な環境の中にあっても生きていけるようにしなければならないということです。これこそがルソーの捉えている教育の目的だと言えるでしょう。

 どんな自然環境の中であっても生きていけるようにしなければならないということは、ロックも『教育に関する考察』の中で書いています。例えば、冬であろうが夏であろうが、温かすぎるほど着せたり、くるんだりしてはいけないと主張しており、寒さにもっと耐えられるようにしないといけないと言っています。こうした点を捉えて、ロックの教育論は鍛錬主義だと言われてもいます。ルソーはここを受け継いでいると言えるでしょう。

 一方で、どんな社会的な環境であっても生きていけるようにしなければならないという主張はルソーにのみ見られるものです。前回の「ロックの教育論の歴史的意義を問う」で触れたように、ロックはあくまでもジェントリ階級の人間はジェントリ階級の人間として、貧民層の子どもは貧民層の人間として育てることを想定していたのでした。これに対して、ルソーは次のように述べています。

「自然の秩序のもとでは、人間はみな平等であって、その共通の天職は人間であることだ。だから、そのために十分に教育された人は、人間に関係のあることならできないはずはない。わたしの生徒を、将来、軍人にしようと、僧侶にしようと、法律家にしようと、それはわたしにはどうでもいいことだ。両親の身分にふさわしいことをするまえに、人間として生活をするように自然は命じている。生きること、それがわたしの生徒に教えたいと思っている職業だ。」(『エミール(上)』p.31)

 つまり、人間はみな平等であって、どんな職業人であろうと、人間として生きていることには変わりがないのだから、人間として生きていけるようにすることが必要だということです。つまり、生きていけるようにすることが教育の目的だと主張しているのです。

 このように、ロックはその個人が所属するであろう特定の社会で生きていけるようにすることを想定したのに対して、ルソーはどんな社会であろうと生きていけるようにすることが教育だと主張したのです。

 なぜロックとルソーでこのような違いがあるのでしょうか。端的には、それぞれが見つめている社会のあり方が異なっていたのだということになるでしょう。

 ロックが生きた時代は、ピューリタン革命、名誉革命という二度の革命を経て、ジェントリやヨーマンといった富裕な商工業者が新しい政府を築いて、ここから新しい社会を創り出そうとしていく時代でした。ロックはジェントリ階級の立場に立って、この社会をいかに維持・発展させていくかという問題に取り組んだのです。そこには貧民も存在していましたが、そこに国家としての支援を与えつつも、その現状をどう維持していくかということこそが問題だったのであり、ジェントリやヨーマンの人間が没落したり、貧民が大きく力をもったりするということは基本的に想定されていなかったのです。したがって、ロックの教育論は、ジェントリ階級の人間に対するものと、貧民に対するものという大きく2つに区分されることとなったのでした。

 これに対して、ルソーは当時のフランスに代表されるような社会的な格差を一般民衆の立場から眺めていました。一般民衆の苦しい生活を目の当たりにしたルソーは、同じ人間であるはずなのに、このように境遇の違いがあっていいはずがないというような問題意識を強烈に抱いていたのです。

 また、フランス革命が近づいている当時において、何らかのきっかけにおいて経済的な力をもっていた人間が没落したり、逆に経済的に弱かった人間が大きな力をもつようになったりすることもあったのでした。こうした状況における教育のあり方として、ルソーは次のように述べています。

「社会秩序のもとでは、すべての地位ははっきりと決められ、人はみなその地位のために教育されなければならない。その地位にむくようにつくられた個人は、その地位を離れるともうなんの役にもたたない人間になる。教育はその人の運命が両親の地位と一致しているかぎりにおいてのみ有効なものとなる。そうでないばあいには生徒にとっていつも有害なものとなる。人間はたえず階級を変えているわたしたちのあいだにあっては、息子を自分の階級にふさわしく教育しても、それは息子にとって有害なものとならないかどうかは、だれにもわからない。」(『エミール(上)』pp.30-31)

 つまり、階級がはっきりと定められている社会においては、その階級の人間として育てることが教育と言えるが、当時のように階級が流動的な場合は、そのような教育を行ったのでは、もし階級がかわった場合に役に立たなくなり生きていけなくなるというのです。

 このような点を踏まえて、ルソーはどんな社会であっても生きていけるようにすることこそが教育だと主張したのです。
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2016年09月14日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(2/13)

(2)ルソーの教育論の歴史的意義とは何か

 前回は、「この道を力強く前へ」と訴えた安倍政権の経済政策は果たして日本経済を立て直すようなものなのかということを見てきました。結論的に言えば、アベノミクスは結局富裕層にとっては大きな利益となるものの、低所得者層にとっては厳しい生活を強いられるものであり、そこから虐待などの教育上の問題が生じてきているということでした。

 アベノミクスのように、しっかりと是非を問うていかなければならない問題が多々存在する日本において、教育はどのような役割を担うべきなのでしょうか。

 歴史を振り返ってみると、社会的な格差が大きく開く現状に対して強烈な問題意識を抱き、社会全体のあり方を踏まえて教育が担うべき役割を考察した人物がいます。それこそ、本稿で取り上げるジャン・ジャック・ルソー(1712-1778)です。ルソーはスイスのジュネーブで生まれ、たびたびパリに赴いています。その中で、フランスの一般民衆の悲惨な生活のあり方を目の当たりにしていました。

 当時のフランスの社会はアンシャン=レジームとよばれ、3つの身分に分かれていました。第一身分の聖職者、第二身分の貴族、第三身分の平民です。聖職者や貴族は免税や農民への貢租徴収権など多くの特権をもっていました。一方、第三身分はそうした税に苦しめられていました。経済的な発展の中で、それぞれの身分の中にも貧富の差は入り交じり、第三身分にも金融業者や上層市民、商工業や資本主義的農業経営にたずさわる中産市民、農民や年手工業者などの民衆への分化が起こっていましたが、こうした第三身分の経済的上昇に対抗して、貴族達はますます特権的地位を擁護しようとしていました。つまり、第一身分、第二身分と第三身分という大きな社会的な格差が存在していたのです。こうした格差に対する反発はやがてフランス革命につながっていきますが、ルソーはこうした社会的な格差を見ていたのです。ルソーはパリで悪臭のする通りや、黒くて汚い家、乞食や古着を繕う女性などを見ることになりました。また、リヨンへ向かったときには、当時の農民が補助税や人頭税を恐れて、餓死寸前の状態で生活しているようにみせていることを知り、次のように述べています。

「不幸な人々がこうむるあの過酷と圧制者に対して、わたくしの心の中にそれ以来生じた、あの消しがたい憎しみの芽はここにあった。」(中里良二『ルソー』清水書院、1969年、p.55)

 このように、聖職者や貴族が優雅に生活をする一方で、第三身分の人々が苦しむという社会格差に対して、ルソーは激しい憤りを感じていたのです。このような悪はなぜ生まれてくるのかということがルソーの問題意識でした。そうした問題意識のもと『人間不平等起源論』などの著作を執筆したのです。

 そこでルソーが論じたことは、人間はもともと平等であったのだが、人間の創りだした社会制度や政治などによって不平等が生まれてきたのだということ、つまり人為が自然を歪めてしまっているのだということでした。このような観点から社会の問題を説いていったのです。

 またルソーは『エミール』において自らの教育論を展開しました。これは教師ルソーがエミールを乳幼児の時期から大人になるまで教育したあり方を描いたものであり、5編に分かれています。第一編は序論と乳児期の教育、第二編は1歳から12,3歳頃まで、第三編は12,3歳から15歳頃まで、第4編は15歳頃から青年期、第5編は結婚適齢期の教育とそれに関連して女子教育論となっています。ここで貫かれている問題意識も、人為が自然を歪めているというものです。『エミール』の冒頭が「万物をつくる者の手をはなれるときすべてはよいものであるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる」という言葉であることも、そのことを示していると言えるでしょう。具体的には、生まれたばかりの子どもは動けるようにしておいて然るべきにも関わらず、動けないように産衣などでくるんでいることで、がに股や発育不全、関節不能などの問題を生んでいるのだと指摘しています。

 このように社会の問題、教育の問題に関わって、あるべきあり方を人間が歪めているという問題意識で、自らの論を展開していったのでした。このようなルソーの教育論には、現代の我々が学ぶべき内容が含まれているものと思われます。そこで本稿ではルソーの教育論を『エミール』(注)を中心として取り上げ、それが歴史的にどのような意味をもつものなのかを明らかにしつつ、現代においてそこから何を掬いとっていけばよいのかを明らかにしたいと思います。

 そのためにまずルソーは教育の目的に関してどのように考えたのかを見ていきたいと思います。実はルソーの教育概念は、それ以前のロックに比べると、社会的な状況に後押しされて、大きく発展することになりました。その点について明らかにしたいと思います。

 続いて、そのような目的を実現するためにどのような方法がよいと考えていたのかを見ていきたいと思います。そこにはルソーの人間観が大きく反映されていますので、そのつながりについても明らかにしたいと思います。

 最後に、ルソーの教師論について見ていきたいと思います。教師は子どもとの関係を築くためにはどうしなければならないのか、特に思春期に入った子どもに対して教師は何が求められるのかという点を明らかにしたいと思います。

 以上を踏まえて、ルソーの教育論の歴史的な意義を明らかにするとともに、社会的な格差という問題に教育の立場から取り組んでいくべき課題について見ていきたいと思います。

(注)ここでは今野一雄訳の岩波文庫版を使用する(『エミール』の引用はすべてこの版とする)。この版では上巻が第一編から第三編まで、中巻が第四編、下巻が第五編となっている。
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2016年09月13日

ルソーの教育論の歴史的意義を問う(1/13)

(1)アベノミクスにより貧困層が拡大している

 2016年7月、参議院選挙が行われました。この選挙は憲法改正が現実のものとして浮上し、改憲勢力が3分の2をとるかどうかが大きく問われたものでしたが、安倍首相は選挙期間中、憲法改正には全く触れず、アベノミクスを中心とした経済政策が論点だとしていました。そして、「この道を。力強く、前へ」と訴え、自公合わせて69議席を獲得しました。非改選を合わせると145議席で、これに改憲に前向きなおおさか維新の会、日本のこころを大切にする党などを含めると、3分の2以上の議席となり、憲法改正の発議の条件が整うこととなりました。この結果を受けて、安倍首相は「アベノミクスをしっかりと加速せよということだ。国民の期待に応えていきたい。」と述べました。

 では、果たしてアベノミクスは日本の経済を良くしてきたのでしょうか。この道を歩んで行けば、景気は回復していくのでしょうか。

 これは残念ながら否と言わざるを得ないでしょう。

 そもそも景気がよいとは、需要が旺盛で供給の拡大を導いていく状態を言います。つまり、モノを作ったらそれがしっかりと売れるし、欲しいと思った分だけモノがあるという状態です。現代の日本経済はデフレですが、これは供給に比べて需要が少ないということを意味します。簡単に言えば、モノを作ってもそれを買おうとする人が少ないために、モノの値段が下がってしまうということです。したがって、この需要をいかに拡大するかということが課題になります。

 ところで、一口に需要と言っても、大きくは海外の需要(輸出)と国内の需要があります。国内の需要はさらに3つにわけることができ、企業の需要(投資)と政府の需要(政府支出)と個人の需要(個人消費)があります。このうち個人消費は日本では6割程度を占めており、経済の動向を大きく握っていると言えます。したがって、ここをいかに拡大させるかが景気回復のカギとなります。

 こうした観点からアベノミクスを見てみましょう。アベノミクスは、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という三本柱から成り立っています。大胆な金融緩和は、日本銀行が市中金融機関が保有している国債を購入し、マネタリーベースを増やすことがその中心となります。その結果、企業側は銀行からの貸し出しを受けて投資や生産を行い利益を拡大させる、それが労働者の賃金に反映されて、個人消費の拡大につながると考えられています。機動的な財政政策は、政府支出を増やそうというもので、これにより雇用を拡大し、個人消費の拡大を狙っています。民間投資を喚起する成長戦略とは、有力な産業を税制面などで優遇し、利益を拡大させて、それが労働者の賃金に反映されるようにしようというものです。いずれも間接的な形で、個人消費を拡大させようとするものだと言えるでしょう。

 しかし、そもそも個人消費が落ち込んでいるのですから、いくら資金を銀行に集めたところで、企業が生産活動を拡大していくはずはありません。売れる見込みがなければ事業を広げていかないということです。この結果、銀行としては貸したいけれども、借りてくれる企業がないという状態を招くこととなります。大胆な金融緩和は円安につながり、一部の輸出大企業が大きな利益を上げることとなりましたが、それが労働者の賃金向上に直接につながるわけではありません。現に財務省が発表した2016年1〜3月の法人企業統計によると、内部留保は3月末時点で366兆円となり、安倍政権発足時の2012年12月に比べて34%も増えたのに対して、同期の従業員への給料は28兆円で、政権発足時と比べて3%減少しています。

 つまり一部の富裕層は大きく儲けているのに対して、一般の労働者はそのまま、あるいは生活が苦しくなっているということであり、経済的な格差がひらいているということです。

 とりわけ貧困層の拡大が深刻な状態になっています。2014年に厚生労働省が発表した「国民生活基礎調査」によれば、日本の相対的貧困率(可処分所得が中央値の半分未満の人の割合)は過去最悪の16.1%となり、およそ6人に1人が貧困状態であることがわかりました。さらに子育て世帯の貧困率は16.3%で、これも過去最悪となっています。このような貧困率の増加に比例するかのように、子どもの虐待件数も右肩上がりで増大しており、2014年度は前年度比20.5%増加の88931件で過去最大となりました。

 このように見てくると、アベノミクスは決して日本経済を良くしてきたわけではなく、格差を拡大しているのであり、貧困で悩む親が経済的な余裕のなさから子育てにおいて虐待を行ってしまうのではないかと推定されます。つまり、アベノミクスによる経済格差が教育上の問題を生んでいるということです。

 それにも関わらず、今回の参院選では自民党が圧勝し、今後もアベノミクスが力強く推し進められることとなります。こうした中で、さらなる経済格差が生まれ、それに伴って、教育上の問題もさらに浮上してくることと思われます。

 このアベノミクスのように、現代の日本では、その是非をしっかりと問うていかなければならない問題が山積みになっています。こうした中で、教育の立場からは何ができるのでしょうか。

 例えば、虐待の問題に関わっては、子育てに悩む親の相談にのる、あるいは子育ての仕方を教えるということはできるでしょう。実際にそうした取り組みが「親学」として行われています。これは、親とは何か、親に求められることは何かなど、親として学ぶべき大切なことを伝えるものだとされています。

親学推進協会のHP
http://www.oyagaku.org/

 ここでは「親が変われば子は変わる」と言われており、それは確かにその通りなのですが、現在の経済的状況をそのままで「親が変われ」と言われても難しいでしょう。そもそもその貧困状況を何とかしなければなりません。社会が変わってこそ親が変わるのであり、そして子どもも変わるということになるでしょう。したがって、社会のあり方そのものを変えるためにどうするのか、教育に携わる者は何ができるのかを問わなければなりません。
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2016年09月12日

掲載予告:ルソーの教育論の歴史的意義を問う(全13回)

 2016年7月、参議院選挙が行われ、自公合わせて69議席を獲得しました。安倍首相は「アベノミクスをしっかりと加速せよということだ。国民の期待に応えていきたい。」と述べました。しかし、アベノミクスにより、一部の富裕層は大きく儲けているのに対して、一般の労働者はそのまま、あるいは生活が苦しくなっているのであり、経済的な格差がひらいてきています。とりわけ貧困層の拡大が深刻な状態になっています。このような貧困率の増加に比例するかのように、子どもの虐待件数も右肩上がりで増大しています。

 今後もアベノミクスが力強く推し進められるならば、さらなる経済格差が生まれ、それに伴って、教育上の問題もさらに浮上してくることと思われます。

 歴史を振り返ってみると、社会的な格差が大きく開く現状に対して強烈な問題意識を抱き、社会全体のあり方を踏まえて教育が担うべき役割を考察した人物がいます。それがジャン・ジャック・ルソー(1712-1778)です。

 本稿では、その是非をしっかりと問うていかなければならない問題が山積みになっている現代日本において、教育の立場からは何ができるのかを明らかにすべく、ルソーの教育論を概観し、その歴史的意義をすくいとっていきたいと思います。

 以下、目次(予定)です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

序論
(1)アベノミクスにより貧困層が拡大している
(2)ルソーの教育論の歴史的意義とは何か

本論
1.ルソーの教育目的論
(3)どんな環境でも生きていけるようにするのが教育だと説いた
(4)人間は互いに創り合っているということから職業教育の必要性を説いた
(5)一般意志で社会が統括されるために教育が必要だと説いた

2.ルソーの教育方法論
(6)体験・経験をとおして学ぶことを主張した
(7)学習には子どもが必要性を感じることが重要だと主張した
(8)発問の重要性を指摘した

3.ルソーの教師論
(9)相手に安心感を与えることが重要である
(10)思春期の子どもに共感できるような教師としての生き方が求められる
(11)思春期の子どもに対しては教師の言行一致が求められることを説いた

結論
(12)教育の過程において共通の土台となる部分を指摘した
(13)選挙民の育成こそが求められている
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2016年09月11日

夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う(5/5)

(5)難問を片付けようとする意志にこそ学ぶべきである

 本稿は、漱石の未完の大作『明暗』に焦点を当てて、複数の問題系が複雑に絡み合う構造をもった物語世界を漱石がどのように片付けようとしていたのか検討することを通じて、漱石の思想的な到達点について考察することを目的としたものでした。ここで、これまで論じてきた内容を簡単に振り返っておくことにしましょう。

 まず、『明暗』の物語世界が、愛の問題系と金の問題系とが密接に絡み合う形で展開させられていることを確認しました。次いで、そのうちの愛の問題系だけを取り上げてみても、〈津田-清子-関〉という三角関係に〈お延-津田-清子〉という三角関係が重なってくるという重層的な構造をなしていること、さらに重要なこととして、これらの三角形が、経済的な力のより強い上層の世界と経済的な力のより弱い下層の世界に挟まれる形で配置されていることを明らかにしました。上層の世界と下層の世界に挟まれた津田とお延は、お互いに相手を真に愛するというよりは、上層の世界の人々に対する「手前」あるいは「体面」から、仲のよい夫婦に見せかけようとしているにすぎません。こうした夫婦のあり方が、上層の世界からは、身の程を知れ、分をわきまえろ、という角度で批判され、下層の世界からは、腰がぐらついて度胸が坐っていない、と批判されているのでした。

 以上のことを踏まえて、結末に向けての展開の推測を試みました。端的には、津田は「他人本位」的なあり方を改めきれないまま破滅してしまう可能性が高いこと、清子によって津田の「他人本位」的なあり方が暴かれ、お延が自分の直覚の誤りを認めざるを得なくなるであろうことを確認しました。その上で、結論的に、『明暗』の物語世界で複雑に絡み合った諸々の問題を片付け、金力・権力にまつわる諸々のしがらみから人間的な愛を解放する展望を指し示すためには、「絶対に愛されてみたい」「誰からも愛されたい」というお延(=明)が、「せめて人に嫌われてでも見よう」という小林(=暗)と何らかの形で結びつくほかないだろう、と指摘したのでした。

 論理的には以上のように推測できるのですが、『明暗』の結末において、漱石が小林とお延の関係についてどこまで書くつもりであったか、具体的に知る術はありません。しかし、お延が小林に対して「駈落をなさるのなら、いっそ二人でなすったらいいでしょう」と問いかけ、小林がお延に対して「僕だって朝鮮三界まで駈落のお供をしてくれるような、実のある女があれば、こんな変な人間にならないで、すんだかも知れませんよ」と答える、というやり取りを重要な伏線とみなすならば、お延が小林とともに朝鮮へ駆け落ちするという選択をする可能性すらあったのではないかと思われます。津田が朝鮮に向う小林に餞別として贈った10円紙幣3枚が、もともとはお延が岡本から受け取った金の一部であることも、そのような結末に向けた伏線であるということもできるのではないでしょうか(送別会に出かける津田に、お延は「小林さんによろしくってお延が云ってたと忘れずに伝えて下さい」という念押しまでしていたのです!)。

 お延と小林が朝鮮に駆け落ちするとまでいうと、いささか突拍子もない説だと思われるかもしれませんので、もう少し根拠を示しておくことにしましょう。

 まず指摘することができるのは、お延が自分の直覚――津田を愛の対象と定めた直覚――についての誤りを認めていく過程で、小林への評価が劇的に変化する必然性がある、ということです。お延は小林の師である藤井について、「仕事ができなくって、ただ理窟を弄んでいる人、そういう人に世間はどんな用があるだろう。そういう人が物質上相当の報酬を得ないで困るのは当然ではないか」と考えていますが、これは貧乏人一般に対するお延の評価を示すものであり、小林についても同じような評価を抱いていたものと思われます。しかし、お延は、清子による津田批判の衝撃を受けとめる過程で、小林こそ「仕事」のできる人間であり、津田こそ「ただ理窟を弄んでいる」人間であること、それなのに津田が「報酬」を得る一方で小林が「報酬」を得られていないのだ、ということを理解させられる可能性があります。

 このことに関わって決定的に重要なのが、津田によって設けられた小林の送別会でのやりとりです。ここで、小林は「いったい今の僕にゃ、仏蘭西料理だから旨いの、英吉利料理だから不味いのって、そんな通をふり廻す余裕なんかまるでないんだ。ただ口へ入るから旨いだけの事なんだ」と述べ、「それじゃなぜ旨いんだか、理由が解らなくなるじゃないか」と突っ込む津田に対して「ただ飢じいから旨いのさ。その他に理窟も糸瓜もあるもんかね」と答えています。かつて津田は、病院で出会った友人の関と、「性と愛」について「むずかしい議論」をたたかわせました。そこでは、おそらく、女性は「性」の対象であればよいと主張した関に対して、清子に夢中になっていた津田が「愛」を積極的に擁護したことでしょう。この「むずかしい議論」という表現は、小林の津田批判に通じます。津田は、なぜ清子が好きなのか、なぜお延が好きなのか、あれこれ「理窟を弄んでいる」だけで、結局のところ清子もお延も愛することができていないのです。これに対して小林は、事実上、人を愛する気持ちに理屈はいらない、ただ好きだと思う気持ちはあればそれで充分だと主張しているのです。これは、お延をまともに愛することができない津田に対して、小林にはそれができるのだ、ということを示唆するものとも読めます。

 「他人をいやがらせるために生きている」という小林ですが、一方で「いかに人間が下賤であろうとも、またいかに無教育であろうとも、時としてその人の口から、涙がこぼれるほどありがたい、そうして少しも取り繕わない、至純至精の感情が、泉のように流れ出して来る」とも語っています。かつて、「人間はいくら変な着物を着て人から笑われても、生きている方がいいものなんですよ」という小林に対して、お延は「生きてて人に笑われるくらいなら、いっそ死んでしまった方が好いと思います」と答えましたが、実際に「人に笑われる」境遇に陥ってしまったお延に対して、小林が普段の皮肉な態度を捨て、「至純至精の感情」を発揮することは大いに考えられることです。

 そもそも、小林が他者に対してやたらに攻撃的な態度に出るのは、自己の存在を他者に認めさせたいからにほかなりません。世の中がなく人間がない、という小林ですが、彼はそのような状況に置かれていることが淋しくてたまらず、苦しくてたまらないのです。彼の攻撃的な態度は、愛の渇望の屈折した表現にほかならず、時折その背後から実に率直な形で淋しさが顔を出します。小林の態度が突然に感慨を帯びて来たり、また突然に涙を流したりするのはそのためです(*)。お延が小林との関わりを通じて劇的な変化を遂げていく可能性があるように、逆に、小林もまた、お延との関わりを通じて劇的な変化を遂げていく可能性があります。「僕だって朝鮮三界まで駈落のお供をしてくれるような、実のある女があれば、こんな変な人間にならないで、すんだかも知れませんよ」という小林の発言は、そのことを暗示するものだといえるでしょう。

 以上のようなことを踏まえるならば、津田に幻滅したお延が新たな愛の対象として小林を選ぶということも大いにありうる、と納得していただけるのではないでしょうか。そもそも、お延と小林が対決する場面の直前で、叔父の岡本に「悪口や」と評されるお延が、津田と「軽口の吐き競」ができずに物足りなさを感じていることが描かれているのも非常に示唆的です。お延と小林の対決の場面は、まさに「軽口の吐き競」のようなものとして描かれているからです。さらにいえば、「則天去私」の態度で『明暗』を書いていると語った漱石によって「則天去私」的作品として挙げられたジェーン・オースティンの『高慢と偏見』とゴールドスミスの『ウェークフィールドの牧師』が、いずれも、女性から見て愛の対象に値すると思われた男が実は取るに足りない存在で、逆に不愉快な存在に思われた男こそ愛の対象に値する存在だった、という話の筋で共通していることも、有力な傍証となるかもしれません。

 仮に、お延と小林が朝鮮に駆け落ちするとすれば、それは何よりもまず姦通による社会からの追放という意味合いをもたざるをえないものでしょう。しかし、家父長制のもとで支配・管理の対象とされた女性と、貧乏な文筆家であり下層階級との連帯意識をもつ社会主義者が結びつくということは、客観的にいって、現存の社会秩序の根本的な転覆につながる可能性を生み出しかねないものにほかなりません。そこには何かしら前向きな印象を与えるものがあります。大正デモクラシーの時代における漱石晩年の社会批判には、相当にラディカルな要素が含まれていたといえるでしょう。

 『明暗』の世界は、確かに諸々の問題が絡みあう複雑な構造をもっており、物語世界がそう簡単に片づいてしまうことはなさそうに思われます。しかし、漱石が、金力・権力のしがらみから人間を解放するにはどうすればよいのか、という難問を何とかして片付けようという意志を強烈な意志をもちつづけていたことを忘れてはなりません。我々は、どんな結末をもってきても『明暗』の世界は完結しようがない、などともっともらしい理屈を弄ぶのではなく、漱石が挑み続けた難問の解決に向けてどのような結末がありうるか、その物語世界の構造から真摯に問うていくべきなのです。金力・権力にまつわる諸々のしがらみが個々人の自由な発展を阻害するという状況は、漱石の死から100年を経た現代においても、未だに打開されていません。我々は、『明暗』の結末を考察することを通じて、漱石の思想的到達点を明らかにしつつ、それを将来のよりよい社会の建設へと活かしていかなければならないのです。

(*)ここには、漱石自身の悲惨な養子体験やロンドン留学の体験――自己の存在が社会に認められない不安から絶対の愛を求める――が反映されているとみることもできるであろう。真実と愛を希求し、金力・権力を容赦なく批判する小林こそ、『明暗』のなかで最も漱石的な人物であり、漱石が最も思い入れを込めて描いた人物なのではないかとも思われるのである。

(了)
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<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史