2016年08月30日

2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部(8/10)

(8)論点2:ライプニッツの哲学とはどのようなものか

 前回は、ロックの哲学に関わる論点について、どのような議論を行い、どのような(一応の)結論になったのかを紹介しました。端的には、ロックは表象と事物の一致こそ真理だと捉えたのですが、思惟と存在の一致(全世界を体系的に説くこと)こそ真理だと考えていたヘーゲルからすれば、個々バラバラな認識を真理だと呼んでいることになるのであり、その点を批判しているのだということでした。しかし、唯物論の立場からすれば、ロックの哲学は「認識は対象の反映である」という唯物論的認識論の基礎を築いたと言えるということでした。

 さて今回は、ライプニッツの哲学とはどのようなものかについての議論を紹介します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
ヘーゲルは、ライプニッツの哲学を、宇宙の叡智性についての観念論と評しているが、これはどういうことか。ライプニッツの哲学は、ロックおよびスピノザとそれぞれ対立しつつ両者を結合するものだとされているが、これはどういうことか。ヘーゲルは、結局のところ、ライプニッツのモナド論および弁神論について、どのような評価を与えているのか。ライプニッツの哲学を唯物論の立場から評価するとすればどのようになるか。


 この論点については、まずライプニッツの哲学が「宇宙の叡智性についての観念論」であるとはどういうことかについて確認しました。これについては、全宇宙を表象する精神的な単子が無数に存在し、それによって宇宙が発展するということを指しているということで共通した見解が出されました。

 次に、このライプニッツの哲学がロックおよびスピノザとそれぞれ対立しつつ両者を結合するものだとはどういうことか。まずロックとの対立については、大きく2つの見解が出されました。1つは、ロックは知覚や感覚的存在を強調したのに対して、ライプニッツは思惟を強調し、思惟されたものこそ真理の本質をなしたということです。もう1つは、ロックが生得観念はないと主張したのに対して、ライプニッツは生得観念があると主張したということです。この2つはそれぞれ妥当であるけれども、両者のつながりはどのようなものかということが問題になりました。この問題について、一人のメンバーが、要するに真理がどこにあるかということではないかと発言しました。ロックにあっては生得観念(=真理)が人間の中にないのだから、それは外界の個物に求めなければならず、それを反映させることで人間は真理を獲得するのだと考えた、それに対して、ライプニッツは生得観念(=真理)が人間の中に存在しているのであり、それを思惟によって把握することが重要だと主張した、ということではないかということでした。ここに関わって、ライプニッツのいうモナドは思惟する存在として全世界が映し出されているのであり、それをもっともきちんと映し出すのが人間の認識だと捉えられていることや、モナドには窓がない(外界を反映するわけではない)ことなども確認しました。この見解については、全員が納得しました。

 次に、スピノザとの対立について確認をしました。ここについては、スピノザが唯一の実体を掲げたのに対して、ライプニッツは無数の個体を実体として設定したという対立があるという見解が出されました。また、あるメンバーからは運動性の有無という点の指摘もありました。スピノザは神を唯一の実体として掲げたものの、そこから全世界を説くことはできなかったのに対して、ライプニッツは単子によって全世界のあり方をしっかりと説いたのだということでした。

 さらに、ライプニッツの哲学がロックとスピノザの両者を結合するものであるとはどういうことかについて確認をしました。あるメンバーは、スピノザは実体を設定したけれども、自己意識に目を向けることがなかったのに対して、ロックは個々の認識(いわば自己意識)に目を向けたものの、実体ということを設定することはなかった、その両者のいいとこ取りをしたということではないか、という見解を提示しました。これを踏まえて、別のメンバーは、イメージとしてはライプニッツのモナドはスピノザが唯一の実体として掲げたものを粉々に砕いて散らばらせたということではないかという見解を提示しました。だから、その実体は全世界に存在するのであり、また個人の認識が直接実体であるということになるのではないか、ということでした。これについてはわかりやすいものとして、全員が納得しました。

 このライプニッツのモナド論については、ヘーゲルが肯定的に評価していることを全員が指摘しました。一方で、個々別々のモナドという形で絶対的に独立したままの「多」から世界を説いている点は批判しているという指摘もなされました。つまり、個々のモナドがそれぞれ独立して動くということになれば、それぞれがどのようにつながりあって宇宙全体を構成しているのかが説けないことになるということです。この点についてライプニッツは、神があらかじめ定めたとおり、あらゆるモナドは調和的に展開していくのだとして弁神論を説いたわけですが、これについては「全ての矛盾を神という名のもとに流し込んでいるだけだ」とヘーゲルは批判的に捉えていることも確認しました。

 最後に、ライプニッツの哲学を唯物論の立場から評価するとどうなるかについて確認しました。まず誕生の必然性ということに関わって、あるメンバーは、ライプニッツがヨーロッパを遍歴していることを踏まえて、「各国のあり方のイメージをもとに想像されたものではないか」という見解を提示しました。つまり、個々に独立した国家が集まってヨーロッパが構成されていることから、全世界もモナドという個々独立したものが集まって構成されているという発想になったのではないか、ということです。これに対しては、確かに関係はあるかもしれないが、ヨーロッパを遍歴している哲学者は他にもいることを踏まえると、説得力が高いとは言えないという指摘がなされました。また、別のメンバーからは、当時のドイツが個々の領邦国家によって構成されていたという事情が反映しているのではないかという見解が出されました。さらに、領邦同士が争い、荒廃するドイツにおいて、ベーメ以来の自己の内面に引きこもろうとする傾向がライプニッツの観念論にまで影響しているのではないかという見解も出されました。また、当時は自然科学が大きく発展した時代であり、対象を細分化して究明しようとする考え方がこのライプニッツの哲学にも反映しているのではないか、特にライプニッツは数学者であったことが大きく関わっているのではないかという見解も出されました。

 一方、ライプニッツの哲学の意義(あるいは限界)については、そういう対象を細分化して捉えようとするあり方では世界を把握しきることはできないということが明らかになったということではないかという見解が出されました。ライプニッツは個々バラバラなモナドを統一して把握することはできず、(『弁証法はどういう科学か』で書かれている意味の)形而上学的な考え方でしかなかったのだが、そのような考え方ではダメだということが明確になったというのがこの時代の意義として捉えられるのではないかということでした。

 この論点については、以上で終了しました。
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 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言