2016年08月26日

2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』ライプニッツ 要約

 前回は、ロックの哲学の続きと、ロック以外に第二部で扱われている哲学者(フーゴ−・グロティウス、トマス・ホッブズ、カドワース、クラーク、ウォラストン、プーフェンドルフ、ニュートン)の部分についての要約を紹介しました。その中でロックの哲学については「真理とは我々の表象と事物との一致を意味するにすぎない」と批判されていたのでした。

 今回から第三部に入ります。まずはライプニッツの哲学の概説部分の要約です。

・・・・・・・・・・・・・・・・

C 第三部

 第三はライプニッツとヴォルフ哲学であるが、ヴォルフの哲学がその生硬な形式を振り落とすと、その内容は後の通俗哲学となるのである。

1、ライプニッツ

 ライプニッツは哲学以外の点でニュートンと対立するように、哲学の点ではロックとその経験に対立し、同時にスピノザに対してもうひとつの対立を形づくる。彼は、イギリス流の知覚に対して思惟を主張し、感性的存在に対しては思惟されたものを――かつてベーメが自己内存在を主張したのと同様――真理の本質として主張したのである。スピノザの立てたものがただ普遍的な唯一実体のみにとどまり、ロックにおいては諸々の有限的規定が根底とされたのに対して、ライプニッツは、その個体性の根本原理によって本質的にスピノザの立場の反面を立てた。すなわち、彼は対自的存在である単子を立てたのである。ライプニッツは、その個体化の原理をもってスピノザを外的に積分することで、相互に補って完成態となるのである。

〔ライプニッツの生涯〕
 ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツは、1646年、ライプツィヒに生まれた。父はその地の哲学教授であった。彼は最初ライプツィヒでありとあらゆる多彩な知識を学び、次いでイエナで哲学と数学を学び、ライプツィヒで哲学修士の資格を得た。しかし、法学部によって博士号を拒絶されたため、ライプツィヒを去って、アドルフで学位を得た。1672年、マインツ選帝侯宰相の息子の教師として招聘され、この青年とともにパリで4年間暮らした際、大数学者ホイヘンスと知り合って本格的に数学の領域へ導かれた。その後、1人でロンドンに赴き、ニュートンその他の学者たちと知己になった。1677年、ハノーヴァーに落ち着き、種々の国事に関係し、特に歴史上の諸問題に没頭した。そのようななかで、微分法を発明し、どちらが本来の発明者かをめぐって、ニュートンと論争を引き起こした。1716年、ハノーヴァーに70歳で没した。

〔ライプニッツの哲学の基本的な特徴〕
 ライプニッツは、単に哲学のみならず多種多様の諸科学において労作をなし、特に数学においては彼こそ微積分法の創始者にほかならない。ここでは、彼の数学、物理学上の大きな功績は考慮せず、ただ彼の哲学のみを考察するにとどめる。彼には、体系的な哲学の著作はなく、種々の見地で編まれた諸々の中小論文や手紙、反対論への回答などに分散されている。

 ライプニッツがその哲学において全体としてとる方針は、物理学者が存在する与件を説明するために仮説をつくる際の方針と同じである。ライプニッツ哲学は、哲学体系としてよりも、世界の本質についての仮説として、すなわち、妥当するものとして設定された形而上学的な規定や表象の与件ならびに諸前提にしたがって、如何に世界の本質が規定されるべきかの仮説として、現われるのである。

 a、〔宇宙の叡智性についての観念論〕
 ライプニッツ哲学は、宇宙の叡智性についての観念論である。一面ロックと対立し、他面スピノザとも対立するが、しかも両者を結合するものである。というのは、多数の単子のうちに区別されたものと個体性との絶対的存在を表明しつつ、表象的な観念論として、スピノザ的な観念性と一切の区別の相対的存在とを表明するからである。ライプニッツは、スピノザの単一の普遍的実体の主張に鋭く対立して、個体的実体の絶対的多を根底に置き、ピュタゴラス派の表現にならって、これを単子と呼んだのである。

 第一に、単一な実体たる単子が一切のものの真実体とされる。複合体は単一体なしには存在しないのだから、単一なものが原理である、というライプニッツの証明は拙劣である。しかし、それはエピクロスの空虚な原子のように自己自身のうちにおける抽象的単一体ではない。アリストテレスのエンテレケイア(完成態)であり自己自身のうちにおける形相である。

 第二に、単子は他の単子との間に何らの因果的結合をもたない。それぞれが究極のもの、絶対的に自立的なものである。

 第三に、単子は、他から区別されるべき性質、自己自身における規定、内的活動をもたねばならない。各自がそれ自身においてひとつの規定されたものであり、自己を他から自己自身において区別するものなのである。

 第四に、単子は、それ自体において普遍的である。なぜなら、普遍性とは多様の運動たる単一性だからである。これは極めて重大な規定である。単一なものは、その変化にもかかわらず、単一性のうちにとどまる――あたかも自我や私の精神のようなものだというのである。区別されるものが同時に止揚され、一として規定されるという観念性である。単子は表象的である。表象における変化が欲求であり、それが単子の自発性であり、一切はただこの自発性自身に帰着し、影響の範疇は消えてしまう。事物のこの叡智性はライプニッツの偉大な思想である。

 第五に、これらの表象は必ずしも意識された表象ではない。同様に、単子は表象するものであるが、全てが意識的であるわけではない。

 第六に、これら単子はいまや一切の存在するものの原理となる。物質はその受動的能力にほかならない。受動的能力は表象の混濁性を、差別や欲求や活動にまで到達しない麻痺状態を形づくる。これが物質である。

 第七に、物体は物体としての単子の集合体である。それは堆積物であって実体とは呼べない。

 b、〔無機的単子、有機的単子、意識的単子〕
 ライプニッツは、無機的、有機的および意識的単子を主要要素としてさらに詳細に次にように規定し区別する。

 α、何ら内的統一をもたず、その要素が単に空間によりまたは外的に結合されているような物体は無機体である。彼らエンテレケイアすなわち他の単子を支配する単子をもたない。

 β、存在のより高い段階は、生命あり心のある物体であり、そのうちにおいては一単子が他の単子を支配している。その一単子がエンテレケイアすなわち心であるような物体は、生命体、動物と呼ばれる。

 γ、意識する単子は、裸の(物質的)単子とはその表象の判明なることによって区別される。ライプニッツは、「人間は必然的で永遠の真理を認識する能力をもつ」という。普遍的なものを表象し、自己意識の本性と本質は概念の一般性にある、というわけである。永遠の真理の2つの原則として、矛盾律(A=A)と充足理由律が挙げられる。後者は、最終原因ないし究極目的をいおうとしたものである。
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 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言