2016年08月14日

ロックの教育論から何を学ぶべきか(2/5)

(2)ロックは個人の発展が社会の発展につながるという視点を提示した

 前回は、相模原事件を受けて一人ひとりの人間をどのように捉えるかが大きく問われているということ、教師としては人類が歴史的にどのような人間観を形成していったのかを教育学の歴史から把握しておく必要があるということを説きました。その教育学の歴史を把握しようとする試みとして、本稿ではロックの教育論に焦点を当て、そこから学ぶべきものを明らかにしようとしています。今回は、ロックの人間観・教育観について見ていきたいと思います。

 前回見てきたように、当時のイギリス社会はジェントリやヨーマンといった経済的な力を蓄えた人々が政治の実権を握っていったのでした。一方で、土地を追われた農民は労働者として毛織物工業などに従事したり、浮浪者となったりしました。こうした経済的に貧しい人々を支えていた村や教会の力が弱まる中で、増加していく貧民をどう扱うかということが国家的な問題として浮上してきたのです。このような背景のもとで、ロックは紳士の教育と貧民の教育という形で2つに区分して論じたのです。

 では、紳士の教育についてはどのような見解をもっていたのでしょうか。ロックは、紳士の教育について説いた『教育に関する考察』の冒頭部分で次のように述べています。

「自分の生まれつきの才能で、ゆりかごのいる幼児の時代から、まっ直ぐに、いわゆる卓抜な人物になって行き、この彼等の仕合わせな素質の特権によって、世人を驚かすことを行なうことができるということを、わたくしは認めます。しかし、こんな人たちの例はほんのわずかで、われわれが出逢う万人の中で、十人の中九人までは、良くも悪くも、有用にも無用にも、教育によってなるものだと言って差し支えないと思われます。教育こそ、人間の間に大きな相違をもたらすものです。われわれの敏感な幼年時代に与えられた、わずかの、言いかえればほとんど感じられないくらいの印象が、非常に重大な、また長続きする影響を与えるのです。」(p.14)


 つまり、人間の様々な違いは基本的には教育によってもたらされるものだということです。そして、どのような教育を与えるかがその後に非常に大きな影響を与えるのだということです。ロックは人間の精神はもともと何の観念ももっていないのだと考えていました(精神白紙説)。したがって、もともと人間に違いはないということになります。その違いを生み出すのが教育だということです。

 このように、ロックは教育の及ぼす力を認識していたのです。それと同時に、人間は教育によっていかようにも育つということで、人間の可能性(および危険性)ということに着目していたのです。これは「人間は教育によって人間となる」というコメニウスの人間観を受け継いだものだと言えるでしょう。

 では、どのような人間として育てればよいのかという点について、ロックは、人間は理性的動物(正しいことを判断して行動できる動物)だと捉え、自らの欲望を押さえるそのような存在として育てるように主張しています。

「あらゆる徳と価値の偉大な原理と基礎がおかれていますのは、人間は自己の欲望を拒み、自己の傾向性をおさえ、欲望が別の方向へ傾いても、理性が最善と示す処に純粋に従うことができるという点です。」(『教育に関する考察』pp.46-47)


「身体が精神の命令に従い、それを実行することができるように、体力と活力を保持する適切な注意が払われますならば、そのつぎの主要な仕事は、あらゆる場合に精神が理性的動物の尊厳と美質に適した事柄しかしないように精神を正しくすることです。」(同上書、p.46)


 このように、ロックは紳士の教育に関わって、人間は教育によってこそ大きな違いがもたらされるのだと考え、理性的な存在として育てるべきだと主張したのです。

 続いて、貧民の教育についてのロックの見解を見てみましょう。そもそも貧民の問題はイギリスでは社会秩序の維持という観点から取り上げられており、1572年に貧民の生活を政府が税金で補助する救貧法が定められました。その後、1601年に定められたエリザベス救貧法は、近代社会福祉制度の出発点とされています。しかし、貧民の増加とともに政府の負担が大きくなり、救済の方法のあり方が検討されるようになります。そうした中で、ロックが救貧法改正についての提案の原案を作成したのです。ここでは、田中浩他『ロック』(清水書院)をもとに、その提案の内容を見ていきたいと思います。

 提案では、貧民のうちには能力的に働けない者や、働けるけれども働く場所がない者、働けるのに怠けて働かないものがいることを踏まえて、働けない者は孤児院や養老員に入れて生活の面倒をみる一方、働けるものには働く場所を与えたり、技術の訓練をしたりして働かせることを提案しています。そうすれば、救貧のための負担が軽くなるだけでなく、貧民を働かせることによって国が豊かになるから一石二鳥だと考えられたのです。また、貧民の子どもについても、労働学校に入れて教育すれば、自分の生活費と教育費ぐらいは自分でかせぐことができるようになると主張しています。

 このようなロックの教育論について、同上書において「ロックの教育思想」の章を執筆した浜林正夫氏は、エラスムスが「すべての子どもを自由な人間としてあつかい、子どもの人格を尊重せよ」というヒューマニズムの流れを創り、これをコメニウスが発展させたとした上で、「ジェントルマンのための教育論は、基本的にはエラスムス以来のヒューマニズムの流れのうえにたっている」が、「このヒューマニズムの教育論を、すべての民衆へひろげるという考え方はなくなって」おり、「貧民の教育をヒューマニズムの立場からではなく、安上がりの労働力の養成という立場から考えている」と批判的に評価しています(pp.174-175)。

 確かに、同じ人間であるにも関わらず、その教育のあり方を区別するというのは、人間観の狭さを表すもののようにも思われます。つまり、人間は教育によって人間となるといっても、その人間とはあくまでも紳士のことであり、貧民は含まれないのだということです。

 しかし、当時のイギリス社会では、経済的・政治的な実権を握る紳士階級とそうでない貧民階級という社会的な役割の異なる2つの階級が存在していたのでした。そもそも教育とは社会の維持・発展のために行われるのであり、個人の側から捉えれば、社会で生きていけるようにするために行われるものです。したがって、社会的な役割が異なる階級が存在する社会であれば、それぞれの階級に応じて教育を考えるのは当然だと言えます。極端な例を言えば、王と一般人という区別がある社会において、王の子どもと一般人の子どもの教育は異なっていて当たり前であり、一般人の子どもに王としての教育を行ってもその子は生きていけないということです。

 また、その貧民の教育についての提言を見てみると、そこにはコメニウスから受け継いだ人間観が貫かれていることがわかります。それ以前の貧民救済は経済的な支援のみであり、さらに社会秩序を脅かさないためという消極的な観点から行われていたのでした。それに対して、ロックは教育を与えることを提案しているのであり、それが国富を増やすという意味で国家にとってプラスとなるのだと主張しているのです。つまり、貧民(の子ども)であっても教育すれば成長するのであり、とりわけ社会に役立つ存在となりうるのだということです。つまり、あらゆる個人は成長する可能性をもつのであり、それを保証することが社会の発展につながるのだということです。

 このように、ロックはコメニウスの人間観・教育観を受け継ぎつつ、当時のイギリス社会の維持・発展という観点から教育のあり方を考える中で、個人の発展が社会の発展につながるのだという視点を提示したのです。
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 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言