2016年08月10日

改訂版・観念的二重化への道(3/5)

(3)心理検査は観念的二重化のための効果的なツールである

 前回は観念的二重化の基本について説きました。まずは観念的二重化とは何かを確認する必要があるとして,観念的二重化は世界の二重化と自分の二重化との直接的同一性として成立するという三浦つとむさんの解説,さらに,観念的二重化とは,自分がみている世界が,「現実の目」がみている像と「頭のなかでの目」がみている像との二重になることをいう,という海保静子先生の概念規定を提示しました。また,観念的二重化は,自分の他人化を目指しても当初は自分の自分化としてしか現象しない必然性があることも確認しました。

 その上で,観念的二重化のための基本的な方法として,認識が形として現れたところの表現を媒介にする――もっというと表現をまねる――方法と,相手の世界を徹底的に描く方法とを説いてきました。以上が観念的二重化に関する基本となる内容でした。

 今回は心理検査を取り上げたいと思います。「なぜ心理検査を?」と不審がる方もおられるかもしれません。その理由を端的に述べておけば,心理検査というのは,観念的に二重化するための客観的で効率的なツールとして人類が創りだしてきたものだからです。

 観念的二重化の方法の基本が,相手の表現を媒介にするということと,相手の世界を徹底的に描くということであれば,一番確実な二重化の方法は,24時間その人をモニターすることである,という結論になります。24時間その人を観察していれば,その人がどんな言動=表現を行っているかに関する膨大な量の材料が手に入ります。さらに,どんな世界を体験しているのかも全て明らかになるといってもいいでしょう。そうなれば,かなり高いレベルで自分の他人化が行えるといっても過言ではありません。

 しかし,このような方法はあまりにも非現実的です。特定の個人を24時間モニターするなどということは不可能です。そこでどうしたらいいでしょうか? それは,人間の言動の一部分をサンプルとして取ってきて,そのサンプルをもとにその人の特徴を捉えればいいのです。ことわざレベルでいえば「一事が万事」です。一事が万事というのは「一事を見れば,他の全てのことを推察できる」(『広辞苑』)という意味ですね。もっと論理的にいえば,部分は全体を貫く法則性を孕んでいるということです。したがって,ごく一部分だけを見ても,全体的なことはかなり確実に推測できるものなのです。

 心理検査でも,550とか120とか,あるいは検査によっては14とか1つだけの表現(反応)であっても,そこからその人の全体を推察することが可能になります。たとえばロールシャッハ・テストという有名な検査は,左右対称のインクのしみのような図版を10枚見せて,何に見えるかを尋ねる検査ですが,14の反応数があれば信頼性・妥当性がある検査結果が得られるということが統計的に実証されています。すなわち,14以上の反応を見てみれば,そこから「ああ,この人はこういう人なんだな」と分かる,量質転化が起こるというわけです。その結節点が14である,ということです。

 心理検査は単なる行動観察・モニターではなかなか分からないようなことも教えてくれます。たとえば知能を測る心理検査(知能検査)では,一定の課題を与えて,それをどのくらい解決できるかを調べます。24時間モニターしていても,そのような課題に相当する場面になかなか遭遇しないかもしれません。知能を測るという点でポイントになるような課題を精選して,それをやってもらうのですから,かなり効率的だといえます。

 人類は,歴史的にこのような心理検査をいくつも開発してきたのです。より客観的に,より効率的に相手に二重化したいという思いが,相手の認識の一側面を映し出すコンパクトな鏡を発明させてきたといえます。そうであるからこそ,「観念的二重化への道」と題する本稿で,心理テストを取り上げるのです。

 では,心理検査の中でもWISC(Wechsler Intelligence Scale for Children)という知能検査を取り上げたいと思います。この検査は,子どものIQ(知能指数)を測る代表的な検査の一つです。15ほどの下位検査を実施することによって,全体としての知能を測るだけではなく,知能のいろいろな側面も測定できるのがWISCの特徴です。たとえば,言葉を聞いて理解する能力がどのくらいあるか,目で見た情報をどのくらいうまく処理できるか,耳で聞いた情報をどのくらい記憶しておけるか,情報をどのくらい素早く処理できるか,などといった能力が個別に測れるようになっています。

 たとえば,IQ80の小学生が二人いるとします。IQの平均は100ですので,80だとあまり頭はよくないということは予想できます。しかし,IQは同じでも,それぞれ得意なところと不得意なところは違う可能性があります。一方は,言葉を耳で聞いて理解するのが特に苦手だという検査結果になったとします。そうすると,その情報を踏まえて,その子に二重化し,その人の日常生活や学校生活を追体験してみることで,よりその子のことがよく分かるようになってきます。この子に二重化してみると,先生の話はなかなか理解できないことが分かってきます。先生が何かを口頭で指示したとしても,何を指示されたのか,理解できないことが多くなるでしょう。授業中に言葉で説明されただけでは,内容が把握できづらいことも分かってくるでしょう。このような子どもにはどのように援助し,どのように働きかければいいでしょうか? それは,口だけで指示するのではなくて,実際にこうするのだと動作で伝えたり,個別に分かりやすい言葉でゆっくりと伝えたりするのがいいでしょう。また,授業の内容は,言葉だけでなく,できるなら絵や図を用いて説明してあげると,この子にとっては分かりやすくなる可能性が高まります。

 もう一人の子どもは逆に,言葉の理解はある程度できるが,目で見た情報をうまく処理するのが極端に苦手だという検査結果になったとします。これを踏まえてこの小学生に二重化すると,どんなことが分かってくるでしょうか? たとえば,時間割表や掃除分担表などが掲示してあっても,この子にとっては非常に分かりにくいものである可能性が高いです。お遣いに行ってもらう場合に,地図を描いても目的地が分からないということも考えられます。したがってこのような子どもに対しては,表で示すだけではなく,しっかりと言葉で,「明日は国語と算数と理科だよ」とか,「あなたの掃除当番は金曜日だよ」とか,説明してあげると,分かりやすくなるかもしれません。お遣いの場合は,地図で示すのではなく,「ゆうびんきょくを左にまがって,2つ目のしんごうを右にまがる。」といったように,言葉で説明したメモの方がいいでしょう。

 このように,WISCのような知能検査によって,その子の得意なところと不得意なところをしっかりと把握することは,その子への二重化を容易なものにしますし,それを踏まえれば対応もより効果的なものとなるのは間違いありません。知能検査を利用することによって,相手の困り事が具体的に見えるようになってくるのであり,そうなってこそ,適切に対応できるというものです。

 もう一つ,有名な心理検査の一つであるロールシャッハ・テスト(以下,ロ・テストと略す)を取り上げましょう。ロ・テストは,以前にも少し触れましたが,インクのしみのような図版を見せて「何に見えるか」を尋ねる検査です。図版は全部で10枚あり,見せる順番は決まっています。

 WISCが知能を測定する心理検査=知能検査であったのに対して,今回のロ・テストは性格(パーソナリティ)を測定する心理検査=性格検査です。しかし,インクのしみが何に見えるかを尋ねるロ・テストで,本当に性格が分かるのでしょうか? 結論からいえば分かるのです。すなわち,ロ・テストは観念的二重化のための有効なツールとなります。たとえば,ということでこんな例を挙げてみましょう。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という句があります。夜道を歩いていたら,前方に何かがいます。ゆれています。幽霊だ! と思って恐怖が高まるのですが,実はたんなる枯れたススキでした。こんな情景を詠んだ句です。この人はよほど臆病者だったのでしょう。あるいは,夜道で不安が高かったのでしょう。この句が教えてくれるのは,あいまいな刺激が何に見えるかということに,その人の性格やそのときの気持ちが影響を与えるということです。

 ロ・テストの原理も同じことなのです。いかようにも見えるインクのしみというあいまいな刺激を提示して,何に見えるか答えてもらいます。すると,その答えにはその人の性格やそのときの感情――認識論的にいえば問いかけ像――が反映していると理解するのです。「大きな悪魔がこちらをにらんでいる」とか「鬼のお面」とか「首のない熊が血を流している」とかいうような反応ばかりする人と,「友人二人がダンスをしている」とか「男女が見つめ合っている」とか「キャンプファイヤーの炎」というような反応をする人とでは,性格やもののとらえ方が全然違うことが分かるはずです。

 また,インクのしみがどの程度客観的に,答えられた対象に見えるか,ということも問題となります。図版によってはよく答えられる典型的なものが存在します。そういう答えをするというのは,常識的で,ありふれたもののとらえ方をしているということになります。逆に,誰が見てもそうは見えないだろう,というような反応ばかりする人もいます。こういう人は,妄想・幻覚を伴った精神病者である可能性が高くなります。

 ロ・テストでは,一つ一つの反応をさまざまな観点から記号化し,それを集計・集約することによって,その人の感情面,認知面,自己イメージ,他者イメージなどが明らかになります。また,自殺の危険性,統合失調症やうつ病の可能性,対処力不全の程度,強迫傾向や警戒心の強さといったことも分かります。こういったものは,認識の諸側面であり,認識を眺める際の客観的な視点,社会的に創られた視点といってもいいでしょう。先に紹介したWISCで測れる知能の諸側面も同様です。これらの視点は,検査をくり返し実施することによって,徐々に検査者の中に取り込まれていき,検査をしていない場面でもそのような視点で問いかけられるようになります。すると,相手の認識の特徴がよりクリアーになってきます。ちょうど,日本酒を飲む時,甘い・辛いや淡麗・芳醇といった尺度(物差し)で問いかけて味わうと,その酒の特徴が浮き彫りになってくるのと同様です。

 なお,ロ・テストの反応は,文化差があることが確認されています。アメリカ人と日本人の反応を比べると,その傾向が大きく違うわけです。このように,反応に文化差が反映するということは,ロ・テストで何らかの性格を測れているという一つの証拠でもあるといえるでしょう。

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 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言