2016年07月12日

心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想(5/5)

(5)上達につながる経験を積んでいく

 本稿は,神庭純子『初学者のための『看護覚え書』(4)』(現代社)を取り上げ,これを心理士の上達に必須の条件という観点から読み解き,学んだ内容を認める論考であった。ここでこれまでの流れを振り返っておきたい。

 初めに,視点の移動について考察した。本書の初めの方で,神庭先生は,目的意識性を目的意識的に捉え返すことの重要性を説かれていた。それは,「○○になりたい」という目的意識性を,「○○になるために」という学びのあり方として目的意識的に捉え直すことが,主体的に学びとることにつながるのだし,自己教育力の差になって表れてくる,ということであった。また,このことを認識論の観念的二重化の論理で説くならば,理想の自分に二重化して,理想の自分の視点から現在の自分を見つめるという目的意識的な問いかけであるということであった。すなわち,目的意識性を目的意識的に捉え返すということは,理想の将来の自分に視点を移動して,そこから現在の自分を眺めるということを意味するのであり,目的意識性がその後の自分を規定するのであり,上達のためには,上達できるような目的意識をもつことが必要といえるから,これは,上達に必須の条件といえると説いておいた。たとえば,単にクライエントに寄り添いたいだけの心理士と,効果的・効率的な心理療法を行えるようになりたいと願っている心理士と,科学的認識論を駆使し,それを発展させたいと志している心理士とでは,その目的意識性に規定されて上達の質や量が変わってくるとしておいた。また,クライエントさんにも回復のために,目的意識を目的意識的に捉え返してもらう必要があることにも触れた。最後に,自分のあるべき将来像への二重化や他者への二重化だけでなく,いわゆる「神」の立場への二重化も必要であるという神庭先生の指摘を受けて,自分とクライエントが対話している状況を,「神」的な立場で俯瞰する視点へ移動することも,対話の流れを客観的に掴むことができるので,心理士の上達にとっては必須の条件であることを説いた。

 次に,対話の大事性について取り上げた。神庭先生は,地域看護教育においては,単に正解を教えるだけの関わりでは相手の考えを変えることは難しいとしたうえで,安心できる環境を整え,考えを整理できるように対話を重ねながら,対話を通して気づきを促し,自分で答えを導ける力を育てていることが求められると説かれていた。これは心理士にとってもあてはまる内容であるから,本書で説かれている対話のポイントを心理士の立場から読み取っていき,心理士の上達にとっての必須の条件を考えていった。まず,気づきを促すためには,問いかけの矛先を変える必要があるのであり,そのためには適切に質問をしていくことが有効であると説いた。自分で答えを導ける力を育てるという点については,まずはできているところを認めることが大切であり,相手の中に既に存在している適応的な行動,気持ちを整える行動を強化していくことが重要な支援となると指摘した。他にも,特有の質問をくり返し,相手の中に内在化することによって,自問自答できるようにしていくことも,自分の力で答えを導ける力を育てることになるとしておいた。また,相手の視点に移動して,相手の立場に立つということも,対話の大切なポイントであるとして,相手の認識(=像)とは無関係的に対応するのではなく,相手の立場からの視点で,本当に気づいてほしいことに気づけるように導いていくことが必要だということを確認した。相手に二重化できれば,相手が分かってことを指摘して信頼関係を崩すこともなくなるし,相手がやってもいいと思えることを提案できるようになる,さらに,相手が納得のいくように介入することもできるのであった。最後に,神庭先生が本書を含むシリーズの執筆はナイチンゲールとの対話の過程であり,観念的な二重化による認識の相互浸透の過程性となっていたと説かれていることを紹介した。そうであるならば,本稿を含む「一会員による『初学者のための『看護覚え書』』の感想」のシリーズは,神庭先生と筆者との対話であった捉えることができるし,心理臨床における対話も,全てセラピストがクライエント化し,クライエントがセラピスト化する過程であるといえるので,対話によって認識の相互浸透を図るということが,心理士の上達にとって必須の条件ということができるとまとめておいた。

 最後に,本書の最終章で説かれている「使命感」ということに関わって,心理士の上達に必須の条件を考えた。神庭先生は,相手の表現をしっかり観察して,そこから相手に観念的に二重化してその認識を読み取り,それを踏まえて必要なケアを実施していくことが求められるのであり,このような観察のプロセスをしっかり辿ることこそが看護師としての経験になるのであり,その経験の積み重ねで実力がついていくのであると説かれていた。観察や経験の重要性については,「あらゆる病気に共通するこまごまとしたこと,および一人ひとりの病人に固有のこまごまとしたことを観察すること」が何よりも大切であるとか,日常の生活の中に,その経験の中に解決策は見いだせるはずだとか,あるいは,すべて観察と経験を通してのみ知ることができるとかいうように,本書では一貫して説かれていることなのであった。心理臨床においても,観察と,それによってもたらされる経験は重要なのであって,以前の論考で説いたように,心理士は目的をしっかり把握したうえで観察を行うべきであり,観察不足にならないように,事実と解釈を区別し,事実を事実として把握することが非常に大切なのであった。しかし,このように重要な観察や経験の前提として,「使命感」をもつことが必要だと神庭先生は説かれていたのであった。使命感を持つことによって,問いかけが看護師としての目的意識性に導かれたものになっていき,そうなってこそ,経験を積み重ねていくことができるのだと説かれていた。換言すれば,使命感こそが何よりも大切であり,これがなければ,専門的な目的意識性に導かれた問いかけができず,適切な観察もできないことになるので,結果として,まともな経験を積んでいくことができなくなる,ということであると説いておいた。そのうえで,筆者自身が経験した,心理士として果さずにはいられないという使命感が欠如していたために失敗した事例を紹介し,心理士として使命感をもって対話することが,心理士としてのあるべき観察につながり,ひいては,心理士としての経験の積み重ねにつながる,心理の仕事も看護同様,自分自身の理念を満足させるためにこそするべき仕事であり,高い理念に基づいた使命感なしには熱意をもって取り組めないのだと説いた。

 以上,これまでの流れを振り返ったが,さらに心理士の上達に必須の条件という点から,より抽象度を上げてまとめ直しておきたい。

 これまで説いてきたことを端的にまとめるならば,心理士の上達のためには,将来像や「神」の立場に視点を移動させること,適切な対話によって認識の相互浸透を図ること,そして,あるべき観察や経験につながるような使命感をもつことの3つが必須になる,ということができるだろう。将来像に視点を移し,そこから現在を眺めることで,現在の自分を正し,あるべき姿にあるように努力する。クライエントとは対話をしながらも,その対話を俯瞰するような「神」の立場に視点を移して,客観的に対話を眺めつつ,より適切な対話になるように,リアルタイムで修正していく。適切に対話をしていくためには,クライエントの表現の変化などをしっかりと観察する必要があるが,そのためには高い理念に基づいた使命感を把持していなければならない。このような条件がそろってこそ,心理士としての経験を積み重ねていくことができるのであり,その結果,実力がついていく,上達していく,ということになるのだろう。

 公認心理師養成のためのカリキュラムや公認心理師の資格試験ということでいうと,以上のような条件をしっかりと満たせるものにしていくべきであろう。具体的に公認心理師養成のためのカリキュラムについて考えてみよう。まずは,これまでの偉大な心理士の伝記のようなものを学ばせることによって,あるべき心理士像をしっかりと描き,自分の将来像として明確に描けるようにしていく必要があるだろう。大学の教員がベテランの心理士として,自己の生活のあり方を通して,学生に将来像を描かせるということも大切になってくると考えられる。「神」の立場に視点を移動させるためには,自分たちが行う模擬面接を録画しておき,それを見直して対話のプロセスを検討することが重要になると思う。あるいは,他者の面接に陪席して,実際に客観的に対話を眺める場を設定するということも有効であろう。そして,もう一回同じ面接をするなら,どのような介入になるか,自分ならどのような介入をするかということをディスカッションしていくことも大切である。クライエント(役)をしっかり映すように録画しておけば,クライエント(役)の表現の変化から,どのような認識の変化を読み取ったのか,しっかり根拠をもとに議論できる。クライエント役をした人間から,直接に,どのような認識だったのかを聞くことができれば,観念的二重化の訓練にとって,貴重な機会となるだろう。このようなことをくり返していけば,心理士としての使命感もしっかりと育っていくと考えられる。もちろん,特別に使命感を養成するための講義を設定することも必要かもしれない。あるいは,各講義の最初に,教員から熱くあるべき心理士について語ることが,使命感の養成につながるということにもなるだろう。

 公認心理師の資格試験に際しては,心理士の使命や自分のあるべき将来像について論述させるような試験が必要なのではないだろうか。こういうものを設定しておけば,公認心理師を目指すものは,必然的に心理師の使命や自分のあるべき将来像のことを考えざるをえなくなる。こういったことが,現在の自己を点検する視点になる。また,心理士としての目的意識性に導かれた問いかけとなって,観察の質を高め,しっかりとした経験を積み重ねていくことを可能にしていくだろう。

 では,以上を踏まえて,現在の筆者は具体的にどのようなことに取り組むべきか。最後にこの問題を考えたい。

 やはり決定的に重要なことは,自らの将来像をしっかりと描き,そこから現在の自分のあり方を点検することであろう。筆者は何といっても心理臨床の経験をもとに,科学的認識論の再措定を,そしてその発展を志しているものである。筆者がこのような志を描く原点となったのは,大学生時代に読んだ南郷継正先生の『武道講義』シリーズにある。これを定期的に読み返して,自らの将来像をしっかりと描き直していくことが最重要課題であると考える。

 次に,心理士としての使命感というものの養成も大切である。ミルトン・エリクソンや日本の代表的な心理士の著作をしっかりと読んで,心理士としての使命感を今以上のものに高めていく努力も求められるだろう。

 日々の臨床に関していうと,自らの対話をしっかりとチェックするために,面接の録画は無理としても,録音をクライエントの許可を得て行い,よりよい介入にするためにはどのようにすればよかったのかということを反省していくことも求められる。その質問はクライエントに気づきを促すことに役立ったのか,クライエント自身が答えを導けるような力をつけることに貢献できているのか,そもそもしっかりとクライエントの立場に立てているのか,というようなことを,しっかりチェックして,よりよい対話を目指していきたいと思う。

 『綜合看護』に連載されていた論文の書籍化は,『初学者のための『看護覚え書』(4)』で終了となった。しかし,その続編が『学城』誌上で連載されている。それらも単行本化されたならば,しっかりと心理士としての立場から読み込み,自己の実力の養成につなげていきたいと思う。


(了)

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 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言