2016年07月10日

心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想(3/5)

(3)対話によって認識の相互浸透を図る

 前回は,心理士の上達に必須の条件として,視点の移動を取り上げた。まずは,人間は目的意識的存在であるから,あるべき将来像へと視点を移動して,そこから現在の自分をチェックすること,つまり目的意識性を目的意識的に捉えることが,上達にとっては必須であることを,3人の心理士の例を提示しながら説いた。そして,「神」的な視点に移動して,自分たちの行っている対話を客観視することが,より効果的・効率的な面接につながり,心理士の上達に貢献することも見た。

 今回は,『初学者のための『看護覚え書』(4)』で説かれている看護者としての対話の大事性を取りあげ,それを心理士の上達という観点から考察していきたい。

 神庭先生は本書の第5章から第8章にかけて,「健康への看護」の現代的な例として,地域看護教育を取りあげておられる。これは,看護者が自宅に訪問して,育児支援を行ったり,療養生活を整えるヒントを教育したりするものである。その際,問題性を直接的に指導したり,答えを教えて指導したりするのでは,問題の解決に至らず,ナイチンゲールの説く「健康への看護」にならないと指摘されている。

 ではどうすればいいのか。神庭先生は,対話を通しての支援が重要だと指摘している。どんな人でも自分の考えに従って生活しており,その人の育ちの背景がその考えや判断に影響を与えているのだから,正解を教えるだけではその考えを変えることは難しいとしたうえで,次のように説かれている。

「ですから,育児支援の場合には,安心して話ができる環境を整え,しっかりと話に耳を傾ける中で,母親自身が語ることを通して,その考えを整理し,思い詰めている心境から解放していくことも,意味ある支援の一つになっているのです。

 対話を通して,気づきを促し,気づきを育てていくことが重要なのです。なぜなら,自分で答えを導くことができるような力を育てることが何よりも求められていることだと考えるからです。」(pp.123-124)


 ここでは,安心できる環境を整え,考えを整理できるように対話を重ねながら,対話を通して気づきを促し,自分で答えを導ける力を育てていることが求められると説かれている。

 ここで説かれている内容は,まさに心理臨床そのものである,といえるだろう。われわれ心理士は,クライエントとの対話の中でクライエントの考えや気持ちを整理し,クライエントを癒していったり,クライエントの適応的な行動を強化したりすることが求められるからである。したがって,本書で説かれている対話の重要性や対話の際のポイントというのは,そのまま心理士の上達にとって必須の条件であり,われわれ心理士も心がける必要がある内容だといえるだろう。

 そこで,本書で説かれている対話についての指摘を,心理士の立場から読み取っていきたい。

 まずは,上の引用で説かれている気づきを促すということと,自分で答えを導ける力を育てるということに関してである。この二つが対話の二大柱といえるだろう。気づきを促すためには,本書の事例でも触れられているように,適切に質問を用いることが有効であろう。質問というのは,相手の問いかけ像に働きかけることであり,問いかけの矛先を変えることによって,これまで見えていなかったものが見えてくるようになる,つまり,気づきが促されるのである。この辺りの問題については,以前,本ブログでも「認知療法における問いの意義を問う」や「ブリーフセラピーを認識論的に説く」の中で説いたことがある。本書でも傾聴だけでは不十分であり,「聴くことを通して対象者にどのような変化や成長を導こうとしているのかの目標や看護者の目的意識性こそが大事になってくる」(p.156)と説かれている。傾聴は前提として必要であるが,それだけではなく,相手の変化や成長を狙って適切な質問をしていくなどの介入が求められるわけである。

 自分で答えを導ける力を育てているという点については,まずは「できていることを認め」(p.174)ることが必要であろう。自分で答えを導ける力というものは,これまでの学校教育を中心とした教育の中で,少なくとも芽生え,それなりに育っているはずのものである。したがって,どんなに困難な状況にある相手であっても,それなりに自分の生活過程を整える行動をとっていたり,それなりに自分の気持を落ち着かせるための行動をとっていたりするものである。そういった行動やそれに関わる話を見逃さず聞き逃さずに,しっかりとキャッチして,それを相手にフィードバックして,その行動を強化していくことは,自分で答えを導ける力を育てていることになり,重要な支援となるだろう。

 また,これも以前の論考で説いたことではあるが,特有の質問をくり返すことによって,その質問が相手に内在化し,自問自答できるようになるということも,自分で答えを導ける力を育てているということになるだろう。たとえば,「同僚に嫌われてしまったかもしれない」とか「上司に無能なやつだと思われたかもしれない」と考えて落ち込んでしまうようなことが多い方の場合は,「その考えの根拠は何ですか?」というような特有の質問をセラピスト側がくり返す。すると,いつしかその質問がクライエントの中に内在化され,気分の落ち込んだとき,ネガティブ思考に冷静に対峙して自問自答し,その考えを修正できるようになるのである。このように,質問を内在化させることによって考えの道筋を自分のものにするということも,自分の力で答えを導ける力を育てることになるだろう。

 前回説いた視点の移動ということに関連するが,相手の視点に移動して相手の立場に立つ,ということも,専門職が行う対話の大切なポイントである。神庭先生は,子どもを育てる母親が何を求めているかを理解しようとせずに,一般的な授乳方法や育児方法を指導してしまったら,自分が否定されたように感じたり,分かっていることしかいってもらえなかったと不満を持ったりして,相談の継続が難しくなると説かれている。そうならないためには,認識論の訓練が必要だとしたうえで,次のように説かれている。

「看護者が認識論の実力を持って母親にとって必要と思われることを,母親の立場からの視点で母親の求めるニーズにしていくことが必要になってくるのです。

 それは,端的にはその人の言葉として表現されたことから,その認識を読み取り,表現したい中身を理解する力でもありますし,言葉として表現されていないことから,その認識を読み取り,表現したい中身を理解する力でもあります。今は気づくことができていないとしても本当は気づいてほしい,ということに目を向けることができるようにする,つまりその人の認識を変化させるという力も必要になってくることです。」(pp.149-150)


 すなわち,表現されたことや表現されなかったことから認識を読み取って,相手の立場からの視点で,本当に気づいてほしいことに気づけるように導いていくことが必要だ,ということである。あくまでもスタート地点は相手の現在の認識なのであり,それを,本来は求めるべきニーズを求めるような認識へと,うまく変化させていくことこそが,専門職にとっての認識論の実力といっていいだろう。

 神庭先生は,相手の認識を読み取る実力がないと,「単なる勝手な想像や押しつけということになってしまいかねません」(p.150),「答えを与えなければという精一杯の思いでテキスト的な正しいとされる答え(文字的文章的解答)を頭の中で探しながら,相手の認識(=像)とは無関係に説明し」てしまう,と指摘されている。これは看護師であろうと心理士であろうと,対人援助の専門家にとっては共通する問題だといえよう。このように,相手の認識(=像)とは無関係的に対応するのではなく,相手の生活状況や身体状況,相手の語りの中にあるヒントをもとにしながら,しっかりと観念的に二重化できることが大切なのであり,そのような認識論的な実力を養うことが,心理士の上達にとっては必須であると考えられる。

 その他に,対話に関わる重要な指摘も確認しておく。先にも少し触れたが,神庭先生は,相手が分かっていることを指摘するのは信頼関係を崩すことになると説かれている。他にも,「『やってもよい』とその人が思えることを提案できることが大事」(p.153)であると指摘されている。また,「……自分で考えながらSさん自身の納得のいくように」(p.173)関わっていくことが大切であるとも指摘されている。さらに,「看護者は,患者がどうしてほしいなどといわなくてもその必要性が判断できなければならない」(p.181)という指摘もある。これらもすべて,相手に観念的に二重化しながら対話をすることの重要性を説いたものであり,心理士にとっても重要な指摘と受け止めるべきであろう。

 たとえば,うつ病で休職中のクライエントに対して,リハビリのために朝は定時に起きたほうがいいと指摘したとする。クライエントにしてみれば,そんなことは分かっているが,どうすればそれができるのかが分からないのだとすれば,この指摘は信頼関係の構築にとってマイナスである。昼寝をたくさんしているために,夜なかなか寝付けず,その結果,朝も寝起きが悪いということであれば,昼寝を防止するために,何か別の活動をしてみることを提案してもいいだろう。これだとその人がやってもよいと思える提案になる可能性が高い。昼寝をしないことによって夜眠る力が高まり,寝つきがよくなれば,朝もしっかり起きられる可能性が高くなるということを説明すれば,本人も納得して取り組むことができるだろう。このようなことは,わざわざクライエントから確認しなくても,うつ病で休職されている方を多数担当すれば,自然と分かってくることであり,相手がいわなくても相手のことが分かっていくと,より効果的・効率的に面接を進められることになるだろう。このように,神庭先生の対話に関わる指摘は,心理士も主体的に受け止めていく必要があると思われる。

 最後に,神庭先生が「あとがき」で触れておられるナイチンゲールとの「対話」について紹介しておきたい。神庭先生は,『綜合看護』の連載論文や本書のシリーズを執筆してきた十年間は,ナイチンゲールとの「対話」をしてきた過程であるとしたうえで,次のように説かれている。

「実はこの『対話』というものが学びの過程においてはとても重要なことであるといえます。それはどういうことかというと,ナイチンゲールに問いかけ,ナイチンゲールの言葉からその事実とその意味するところを読み取るということは,ナイチンゲールはどのように考えているのかという彼女の認識に近づこうとする試みとなるものであり,それが観念的な二重化による認識の相互浸透の過程性となっているということでもあるからです。」(pp.211-212)


 すなわち,『看護覚え書』に学ぶプロセスは,ナイチンゲールの認識に近づこうとする試みであり,ナイチンゲールへの観念的二重化によって認識の相互浸透を果たしてきた過程性であったということである。

 このように考えると,本稿を含む「一会員による『初学者のための『看護覚え書』』の感想」のシリーズは,神庭先生と筆者との対話であった捉えることができるだろう。また,心理臨床における対話は,クライエントとの認識の相互浸透の過程であり,セラピストがクライエント化し,クライエントがセラピスト化する過程でもあるということができるだろう。先に説いた気づきを促すこと,自分で答えを導ける力を育てること,相手の視点に移動して相手の立場に立つことなどといった対話の際のポイントも,すべて相手との相互浸透の一プロセスだと捉えることができるだろう。

 したがって,対話によって認識の相互浸透を図るということは,心理士の上達にとって必須の条件ということができるだろう。


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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言