2016年04月30日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(10/13)

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2016年02月10日 元同僚の先生に相談する

 夜、元同僚の先生を自宅に招いて、いろいろと話を聞いていただいた。私がクラスのことで苦しんでいることを知り、声をかけてくださり、急遽、来てくださることになった。話ができて、自分自身がどこに苦しく感じているのか少し自覚することができた。

 例えば、朝の会や授業が始まるとき、なかなか子どもが座らないし、私語も止まらない。教室で走り回っている。指示・注意はするが、なかなか聞かない。友だち同士の暴言・暴力も多い。そういう言葉も注意すると、「はぁ、聞こえませ〜ん」という感じで返してくる。

 また、クラスに一人汚いと思われている子がいて、その子の荷物(筆箱や上着など)を、嫌がる女の子の席に置こうとする男子がいる。それも指導しているが、全く聞かない。「なんで俺だけに言うねん。」「女子には優しいな。」などと返してくる。

 そういう状態を止められない自分自身が本当に情けないし、教師としてダメだと感じている。もちろんこういう現状は学年や管理職には話している。そういう中で、学年の先生がうちのクラスで問題を起こしている子どもたちに話をしてくれている。それによって収まっている部分があって、そこはとても助かっている。

 しかし、問題が起きても全然止められない自分がいて、常に「何か起こるんじゃないか」と強い不安を感じている自分がいて、そういう状態で子どもの前にいるのがとても苦しい。
 学年主任の先生には、「先生がどれだけそういう行為をあかんと思っているかやねん。」「あかんことはあかんと言い切ってください。」と言われることがある。

 その通りだと思う。

 でも、指導し切れていない自分がいて、そこが本当に苦しい。自分自身、いたらない点がいっぱいあるから、そこをひけ目にも感じてしまっている。こういう部分で苦しんでいるのだということが少しわかった。

 この先生も高学年をもって苦労されている。その中で話しておられたのは、「子どもはみんなよくなりたいと思っている」ということだった。4年生で崩壊した学年をその先生が5年生で担任したとき、子どもが言っていたそうだ。

「先生、俺らよくなりたいねん。あかんってわかってるねん。でも、止められへんねん。」

 だから、今の私のクラスの子どもたちも、この状態はあかんって思っているし、よくなりたいと思っているはずだということだった。これはどんな子でもそうだと話しておられた。そして、「そういうことを先生に示してほしいのじゃないか」ということだった。「先生、僕らこれでいいんですか。このまま卒業していいんですか。」ということについて、先生がどう思っているのかを知りたいんじゃないかということだった。一言で言えば、先生の本音を知りたいのではないか、ということだった。

 先生の思いを伝えるということは学年主任の先生からもよく言われていたことである。でも、それがよくわからなかった。「クラスが苦しい」という自分の思いしか考えられなくて、子どものことを考えられていなかった。そういう自分はやっぱりダメなんだなと落ち込んでいた。

 でも、クラスが始まった当初を振り返ってみれば、こういう子どもになってほしいという思いは確かにあった。初めての6年生担任で、不安なことはいっぱいあった。
でも、最高学年として学校の見本になってほしいと思っていた。そうやって最高学年として大きな経験を積んで、中学校へと大きく羽ばたいていってほしいという思いを持っていた。

 現在のクラスはそれがまるで達成できていない。でも、どうやっていけばいいのかわからない。そういう部分で自分は苦しんでいるのだとも思った。
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2016年04月29日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(9/13)

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2016年1月19日 表現の背後にある認識をつかまなければならない

 クラスの女子などからJ君は汚いと嫌われているのだが、それを利用してG君などの何人かの男子がJ君の持ち物をもって、嫌がっている女子の机に置いたりするいやがらせをしていた。G君にそのことを指導しようとすると、「男子ばっか注意するから嫌やねん。」と言ってきた。

 どうしたものかと困ったため、学年主任に相談したら、「まず話のわかる男子から個別に話をしていけばどうか」と言われた。そこで、給食を食べ終わった後、数人の男子と話をしていった。そこまではかなり順調にいったので、その勢いでG君とも話をした。いきなり切り出しても駄目だろうと思ったから、まずはG君の不満を聞くようにしようと思った。

私「ちょっと聞きたいんやけどな、先生に対して、ひいきしていると感じてるんやろ。」
G「ひいきって何?」
私「男子ばっかり、女子ばっかりっていうことや。」
G「いっぱいある。」
私「おぉ、それは何や。」
G「っていうか、後ろでDとかがしゃべっとるのがうるさいねん。」
私「そうやな。あれは先生も気になってるわ。先生それに対して注意してるんやけど、それは知ってるか。」
G「それはわかってるけど、あいつらうるさいから、イライラして、こっちもふざけてしまうねん。」
私「そうか、後ろで喋ってるのがうるさいんやな。静かにしてほしいと思ってるんやな。これからもな、静かにしてもらうように言うからな。」


 こうやって話を聞いたあと、J君のことを話すと、自分のやったことは悪いと認めた。

 ちょっと意外な感じがした。「ひいきしている」という表現から思っていたことと、結構ずれているように感じた。要するに「女子を静かにさせてほしい」という思いだったということである。表現に引きずられていたなと思う。そして、G君は勉強したいと思っているのだということである。このことを学年主任に話したら「Dらに言ったったらいいやん。邪魔になるんやってよって。」と言われた。そうやって言っていこうと思う。

 ただ、ちょっと失敗したなと思ったのは、「その喋っている中に自分と仲のいい男子もいることはわかってる?」と言わなかったことである。喋っているのは女子ばかりではないことはわからせておくべきだった。

2016年01月31日 ほんの少しだけ出た元気

今日は休日であるが、学校長と今後のことで話をしてきた。もうかなりクラスが苦しくなってきている。自分の苦しい感情を和らげるために、できるかぎり学校のことを忘れる時間を創るように工夫した。また、自分の考え方そのものを意識的に変えようとした。

 2学期は朝はとにかく出勤直前まで布団の中にいた。そして退勤は9時、10時が当たり前だった。しかし、3学期からは5時に起きて、新聞を読み、ラジオ体操やランニングで体を動かし、そして30分ほどリラックスする時間をとってから、出勤するようにしていた。また最低でも8時には退勤するようにした。そして家ではとにかく学校のことを忘れて、自分のやりたいことをやるようにした。その結果、2学期よりは調子よく学校に行けるようになっていた。

 また、授業ではとにかくフラッシュカードを多用した。授業の開始時にフラッシュカードを行うと、グチャグチャしている中でも一応みんな席につく。単にフラッシュカードに書かれていることを読ませるだけだとあまり盛り上がらない。ちょっと考えないといけないようなものや、クイズ的な感じにすると、子どもがのってくるということもやっている中でわかってきた。

 しかし、授業中の私語や立ち歩きが激しくなり、授業が成立しないことも出てきた。また、子どもとの関係もかなり冷え切っており、クラス全体からの批判を受けている。何らかの問題行動をしていても、指導が全く入らない。言い返されてしまう。そして、こちらが注意したことを意図的にやることも増えてきた。

 もう子どもと関わる気力がほとんどなくなってしまった。自分が変わっていかないといけないことはわかっているが、それができるだけの余裕がないというのが正直なところである。明日から子どもの前に立つことをイメージできなかった。

 他の先生には自分の苦しい現状を何度も話していて、とても親切に支えてくださっているし、子どもの中にも応援してくれている子もいる。それはわかっているけれども、どうにも体がついていかない。

 そうした思いを今日、学校長に話してきた。学校長は話をしっかり聞いてくださり、いろいろとアドバイスをしてくださった。

「ここで休むというのであれば、それは止められないけれども、個人的には残っていてほしいと思う。先生がこれまでやってきたことが無になってしまうし、その先生の思いも子どもに届かないままになってしまう。それはあまりに残念だと思う。

 先生が何とか続けて行くというのであれば、学校として出来る限りのフォローはしていきたいと思う。卒業までもう少しだから、学年で動くことも増えていくし、交換授業(学年内でクラスを交換しての授業)をしてクラスから離れることもできる。」


 ちょうど学年主任の先生も休日出勤していたので、学校長は学年主任を校長室に呼ばれた。学年主任の先生も励ましてくださった。

「0か100だけじゃなくて、間はあるからな。できないことはやらんでいい。でも、まだ先生ができることはあると思うから、それをやっていったらいい。

 例えば、これから教育相談があるけど、先生が関われる子はいるやろ。その子たちとの話はできるから、それはやったらいいねん。きっとそういう子と話すことで、先生も元気になるから。そういう子にとっても、担任の先生と話すのと、他の先生と話すのは全然意味が違う。だから、それは先生にしかできないことやねん。先生にしかできないことで、先生ができること、これはすごい価値のあることやから、それだけをやっていったらいい。
 それに放課後なら子どももいないから、学年の仕事とかもやろうと思えばできる。それは私らにとってもすごいありがたい。

 だから、できることとできないことを選別してくれれば、できないことはこっちでやる。できることだけをやっていったらいい。」


 この言葉を聞いて、すごく救われたような気持ちになった。「できないことはやらなくていい」ということ、「できることだけやればいい」ということ、また、そうやって言ってくださること自体が自分にとって本当にありがたかったのだと思う。何とか明日、学校に行こうという気持ちをもつことができた。

 卒業まで残り33日。きっとまた気持ちが不安定になるだろうが、自分にできることをしっかりとやっていきたいと思う。

2016年02月02日 子ども同士の活動は比較的安定する

 昨日の放課後、クラスの今後について、学年の先生および管理職で話し合いをした。月曜日も子どもの前に立っているのがかなり苦しかった。1時間目の国語でやった回文の授業は比較的のっていたし、2時間目の算数のテストも静かに取り組めていた。しかし、3時間目の道徳、4時間目の総合の時間は私語が止まらず、その中で立ち歩く子も出てきた。

 給食や帰りの会など、子どもが走り回ったり、たたき合ったり、暴言をはいたり、物を投げたりで、また休み時間には図書室でボール投げをしていたようで、本当に疲れてしまった。

 こういう心境を話した結果、来週以降については、担任を交換した授業や卒業式の練習など学年合同で行う授業を増やすことになった。また、今週については、(すでに支援員さんが一人入ってくれているが)別の先生もフォローに入ってくださるようになった。それと並行して、子どもたちの思いを、学年の先生や専科の音楽の先生が個別に聞き取ってくださることになった。本当にありがたい。

 こうして迎えた本日。今日は中学校の説明会のため、4時間授業。朝学習の読書は周りが静かな中で、普通に私語をする女子たち。注意しても静かにならない。それだけで滅入ってしまった。しかし、別の先生も入ってくださり、そこから朝の会まで何とかやっていくことができた。

 1時間目の国語はこれまでに出会って影響を受けた人についてのスピーチ。すでに原稿は書いてあるから、班で発表させた。発表を聞いた人は、予め与えておいた観点で点数をつける。そしてコメントも書く。この活動は結構楽しかったようで、どの班も笑顔で進めていた。

 2時間目は算数。学校で定められた復習の時間で、これまでの内容の復習プリントをしていく。これは問題を解いている間はよかったが、解き終わった子どもが走り回ったり、大声を上げたりしていた。黒板に落書きをする子もいたので、それは注意しながら次から次へと消していった。

 3時間目は社会。ここは他の先生も入ってくださっていた関係か非常に静かに学習に取り組むことができた。

 4時間目は理科のテスト。これも静かにできた。

 給食はゼリーを友だちから直接もらうということがあった。クラスのルールでは、いらない場合は前に出して、クラス全体の中からほしい人がじゃんけんをするようになっている。それを一緒に給食に入ってくださっていた先生と止めた。

 こうして帰りの会をして、何とか子どもたちを帰すことができた。

 他の先生がいてくださるのは、やはり自分の心境としては非常にありがたい。そのおかげで静かになっているし、何とか自分の気持ちも保てている。

 それに今日は1つ収穫があった。国語で行った班でのスピーチである。かなり楽しそうにできていたのだが、友だちから評価の点数やコメントをもらうというのは、子どもたちにとってうれしいのかもしれない。

 例えば、体育の時間にグループ活動にして互いに評価させるとか、国語の時間に音読を評価させるとか、そういう活動をしたら楽しいのかもしれない。

 あるいは、もう少し広げて班の交流という観点で見れば、互いに問題を出し合うとかしてもいいかもしれない。これはどの教科でも大体できそうである。折を見て、実験してみたいと思う。
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2016年04月28日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(8/13)

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2015年12月18日(金) G君とH君を学年担任4人で指導する

 昨日の給食の時間、教室と教室の間にある少人数教室で男子数名とEさんを中心とした女子数名がもめていた。「Iを追い込んだんは、あんたらやんか!」とEさんは叫びながら泣いていた。それに対して男子は「はぁ、お前らが・・・・」と何か言い返していた。何が何だかわからない状況だった。「何があったんや。」と聞くが、男子は答えないし、Eさんは「先生には言えない事情」と言う。

 そのとき、もう1件別に対応しないといけないことがあったため、学年主任の先生に対応をお願いして、自分はそちらの方へ行った。

 戻ってきたとき、男子は教室に戻り、少人数教室ではEさんとDさん,Fさんがいて、学年主任の先生が話を聞いている状況だった。

 学年主任の先生は、「話してみいや。」と促していたが、横からFさんが「先生には言えへん事情があんねん!」などと言っていた。すると学年主任は「それなら、教室に戻りなさい。こんなところにいたら、先生らだって心配するやんか。」と話をしていた。

 そうやってやりとりする中で、次第に女の子も話をしようという気になってきたようで、Fさんも「もうE、言っていいか。言うで。」と確認し、話を始めた。

 発端はG君、H君、I君を中心とした遊びらしい。ゲームをやって、負けた人は罰ゲームをさせられる。その罰ゲームも、壁ドンとかあごクイとか、女子に告白するとか、女子トイレに入るとか、される女子も、する男子も嫌な内容があったらしい。そうして関係のない女子が被害を受けているということだった。

 今回、その罰ゲームをI君がEさんに対してやらされることになったようだ。I君はやりたくないと言っても、「やらへんかったら2000回罰ゲームしなあかんし。」と言われて、やらざるを得ない状況だったらしい。とりあえず事情を確認した上で、その日は昼までだったので子どもを帰し、翌日指導することになった。

 放課後、どのように指導したらいいかという点を学年主任に相談すると、「クラス全体で指導したらいいんちゃう。」と言われた。しかし、どういうふうに話していったらいいのかわからなかったので、そこを尋ねると、「先生がどのくらい許せへんと思っているかやねん。それを思ってへんねやったら、指導したらあかん。言葉ちゃうねん。『なんかわからんけど、先生怒ってはったな』っていうのが残るのが大事やねん。」と言われた。

 はっきり言って、困惑してしまった。そう言われても、一体どうしたらいいのかわからない。その罰ゲームが人を傷つけているものだと思っている。でもどう語ったらいいのかわからない。自分の思いが鈍いのではないか。教師としてダメなのではないか。どうしたらいいのか。こんなふうに考えて、非常に苦しくなった。

 その様子を見て学年主任は他の先生に「個別に先にやった方がいいかな。その後クラスで全体かな」と相談し始めた。そうして、中休みに、中心となっているG君、I君に話をして、全体の中でまた指導をするという流れは決まった。

 しかし、それを進めるに当たってEさんの気持ちを確認しておかないといけないということで、朝休みにEさんと話をすることになった。「そこで先生が許せないと思っているという気持ちが伝えられれば、Eさんも全体で指導することについて納得する」ということだった。

「まずは先生がどれだけ思っているかやねん。その後しか私らは手助けできひん。」

こう学年主任に言われた。正直、非常に苦しかった。今、自分自身、子どもに対しての基準が非常に曖昧になっていて、そこが困っているところでもある。それをどうしたらいいかとも思っている。止めないといけないと思うものの、どうしたらいいのかよくわからない。その状況でこの言葉は、突き放されたという感じがした。

 これ以上は指導の方法について聞けないと思い、退勤することにした。しかし、家でもどうしたらいいのか悩みに悩んだ。

 翌朝、いつもより早く学校へ行き、再び学年主任に相談した。理想としてはG君らが自分らでクラス全体に謝ることだと話したところ、「そんなことするわけないやん。」と一蹴された。

「伝わらなくてもいいねん。とにかく先生は許さないっていう姿を見せるのが大事やねん。」

 とりあえず朝の聞き取りを行うことにした。当初は3人同時に聞き取りをすることにしていたが、それ以前に個別に話をした方がいいだろうということになり、朝休みのうちに話をしていくことになった。

 最初に事情を知っている周辺の男の子と話をした。罰ゲームの内容について「人が嫌がることをしていた」と言っていた。その具体的な内容はなかなか言い出そうとしなかったが。そして、関わっているのがクラスのかなり多くの男子であることがわかった。

 その後、Eさんと話をした。罰ゲームに対してやっぱり許せないから、クラスで話をしたいと思うと言うと、「私が避けられるかもしれないから、クラス全体では止めてほしい」ということだった。個別に話をする分にはいいということだった。

 あまりに多くの子どもが関わっているので、どう対応するかを学年4人で相談した。結局、クラスの男子全員が関わっているので、全員に指導をすること、一方でG君とH君に関わっては、それぞれ個別に話をすることを決めた。クラスの男子全体に対しては2人の先生、H君は学年主任、G君は私が対応することになった。

 朝の会のときにそのことを男子に伝えると、「はぁ、何でやねん!」「関係ない人はいかんでいい?」などと言っていた。全員行くことを伝え、後は無視した。

 中休み、私はG君と話をした。最初に放課後学習のことを少し喋ったあと、本題に入った。罰ゲームについて話すと、いきなり本人が「もう止める」と言ってきた。口だけの言葉だなと感じ、「今まで、罰ゲームでどんなことをしてきたんや。」と尋ねた。かなり言いにくそうにしていたが、壁ドンのことなどは話した。

 昨日、I君とEさんの間で何があったのかについては、なかなか話そうとしなかった。そこで次のように話した。

「今、話そうかどうか迷っているやろ。言わんとこうというG君と、いいG君が出てきているわけや。そのいいG君がもっと出てきてほしい。」

このように話すと、G君は「俺は知らんけど、H君が何か自分の胸の辺りをこんなんしとった」と話した。体を触れという合図らしい。

 ここまで話をさせた後で、もうやらないということを言わせて、指導を終えた。そして、給食の始まった後、学年4人で再度G君とH君に指導をした。


学年主任「何をしていたのかを言ってみなさい。」
2人「・・・・」
私「G君、さっき先生と2人のとき、話していたよな。それを言うんや」
2人「・・・・」
学年主任「自分一人やったら言えるけど、2人になると言えへんのか。今、相手が『どれぐらい言うかな』って探り合っているやないか。だから2人を同時に呼んだんや。そんなもん、誰よりも弱虫やないか。」
G君「罰ゲーム」「もうやらへん」
学年主任「罰ゲームでどんなことをやってたんや。もうやらへんって言ったって、それが何やったかわかっていなかったら、やらないことはできないやろ。」


こういった形で指導をしていった。その中で、これまでやっていたことで、先生によって態度を変えること、エキスゲームのことなども出てきた(エキスゲームとは、例えば、ある子の荷物などを触って「誰々のエキスがついた」と言って、それを別の人にタッチしてまわしていくものである。端的には、いじめのゲームである。クラスで汚いと思われて避けられている子(J君)がいるのだが、その子が標的となっていた)。

 最後に学年の担任それぞれがコメントをしていった。私は次のように話した。

「2人は1学期のときから見ているから、2人がすごくいい子やということはよく知っている。今、2人が変わるって言ったのはすごくうれしい。2人やったらそれが絶対にできる。先生は信用している。」

 こうして指導を終えた後、教室に戻った2人は担任4人から叱られたことで目を赤くして泣いていた。

 これをきっかけに、少しでも2人の言動が変わってくれたらと思う。
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2016年04月27日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(7/13)

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2015年10月22日 子どもの荒れの進行を感じる

 1時間目、国語の授業で「物語を作ろう」を扱った。1枚の写真を見て、物語を作るのである。起承転結で物語を書かせようと思い、起承転結の説明から入る。ドラえもんを例にして、以下のように説明した。

起・・・のび太がいじめられる
承・・・ドラえもんの道具でジャイアンをやっつける。
転・・・のび太が悪巧みをする。
結・・・のび太が痛い目にあう。

 次に、4コマ漫画を1つずつ貼っていき、その都度、「次、どうなると思う?」と問いかける。その上で、教科書にある写真(魚が泳いでいる写真)をもとに、起承転結で1行ずつの物語を書かせた。

 4コマ漫画の部分は、結構うけると思っていたのに、シーンとした雰囲気だった。しかも、「どうなると思う?」と問いかけても、返ってくる声がかなり少なかった。重たい空気を感じた。

 2時間目は算数。拡大図と縮図の単元で、辺や対角線に沿って拡大図や縮図を書く練習をさせた。前に座っている2人がずっとしゃべっており、ノートを出したり、作業をしたりするのが遅い。女の子の方は、注意すると「うっさいな」と言う。非常にやりにくかった。

 3時間目、4時間目は家庭科。専科の先生の授業である。職員室で休んでいたが、3時間目の終わり頃に専科の先生からヘルプの電話が入る。家庭科室でエプロンを作っているのだが、子どもたちが全然話を聞かず、廊下に出たりして、どうしようもなかったらしい。すぐにかけつける。先生が話しているときも騒がしかったので、一喝。その後は何とか普通になっていた。家庭科の先生は「汗かきババア」と悪口を言われている。見本を見せるため、子どものエプロンを借りて、全体に紹介することがあるのだが、借りられた子どもは「汗がつく」と思って、非常に嫌がるらしい。実際、その嫌がっている様子は見ることとなった。

 給食の時間。エプロンやマスクをつけずに給食の盛りつけをしている子どもがいた。終わり頃に気づいて注意したが「もう(盛り付けが)終わります」と悪びれなく答える。さらに、給食中、パンを食べながら、別の子どものところへ立ち歩く子どもが一人出た。

 5時間目は音楽会に向けた学年音楽だった。

 こうして1日終了。子どもの荒れが進みつつあること感じた1日だった。

2015年10月30日 給食のごちそうさまが時間ぴったりにできた

 給食は1時5分にごちそうさまをすることになっている。ところが、1時5分になっても水道のところで歯磨きをしていて、なかなか戻ってこないことがある。そこで、今日は給食を食べる前に、次のように話をした。

「給食のごちそうさまは1時5分やんな。チャイムがなったときに、同時にごちそうさまをしようと言っている。だから、それに向けて早く片付けをして待っている子もいる。それなのに、歯磨きなどをしていて、遅れてくる子がいる。早く準備をしている人は、すぐに昼休みにできるのにできない。早い人が損をしている。それっておかしくないか。今日は1時5分に間に合うようにしなさい。」

このように話したところ、全体的に給食を食べ終わって片付けに入る時間がいつもより速かったように感じた。その上で、1時2分ぐらいの段階で、「そろそろ時間です。座りましょう」と全体へ声かけをすると、座る子が増えた。また、座っている子の中から、「座ろう」と声かけをする子が出てきた。これはいいなと思い、「そう、そうやって座らないとあかんという空気を自分たちで作る!」と言った。結局、1時5分までに全員が座り、チャイムと同時にごちそうさまをすることができた。


2015年11月4日 G君とH君に詰めて指導をした

 2学期になってからクラスが荒れてきているが、その中心になっているのがG君である。授業中の私語や立ち歩きがある。今日、G君が給食中に立ち歩いていた。別に多少なら構わないが、これはいつものことなので、ちょっと指導をしようと思った。

「食べている最中に立ち歩かないというのはルールやんね。ルールというのはみんなが守るものだよな。君はルールを破るということについて、どう考えているんや。いいと思っているのか。悪いと思っているのか。」

 こう話しても、恐らくは「悪くない」と答えると思った。その場合は、親への連絡になるかなと思った。ところが、G君は「悪いと思う」と答えた。これにはちょっとびっくりした。隣にいた女の子も「悪いと思ってるんや!」と声を挙げていた。「それなら座っとこうや」と言った。その後、G君はほとんど立ち歩かなくなった。

 その後、H君がG君の班のところへ自分の椅子を移動させて、そこで給食を食べていた。私のクラスでは班で机を合わせて給食を食べている。班での交流を行うためだ。それなのに、別のところに移動していたのでは意味がない。また注意しないといけないなぁと思いながら、「H君、戻ろうか」と声をかけた。しかし「別にいいやん」と答えた。

 どう指導しようか一瞬考えて、一人そういう人がいると、全体が乱れていくということを話そうと思った。

私「ってことは、みんないろいろな場所で食べていいってことやな。そうすると、メチャメチャになるけど、それでもいいってことか。」
H「俺だけ特別。」
私「そんなこと、みんなが認めると思う?」

 こういうと黙ったので、「自分の場所に戻ります」と言った。すると、H君は自分の席に戻った。

2015年11月5日 サッカー、男女を分けてゲームをさせる

 今日の体育ではサッカーを行った。3回目である。今日はゲームを行った。ドッジボールぐらいの大きさのコートをかき、角にコーンを置く。さらにエンドライン上にコーンを2つ置いて、角のコーンとエンドライン上のコーンの間をゴールとした。基本的には班でチームを組み、男女はばらして行った。

サッカー.png

 その結果、特に大きなトラブルはなくゲームを終えることができた。Fさんも参加して、ボールを結構よく蹴っていた。

 男女の仲をよくするために、男女一緒のチームにするという方法もある。しかし、今のうちのクラスの場合、特定の男子が女子がうまくできなかったときに大きく責めるだろうという予想が立つ。つまり、むしろ男女の仲が悪くなってしまう。それなら、サッカーについては技術の向上と思考力の育成という点に目標を絞って、男女の仲をよくするのは別の場面で行うという形にした方がよいと思ったのだ。うまくいってよかった。

2015年11月19日 G君の母親と話をした

 11月上旬に管理職と学年の先生を交えて、クラスをどうしていくかの話し合いを行った。その中で、クラスで問題になっている子どもの親に現状を伝えて協力を得るということになった。

 そして今日の放課後、クラスで問題になっている子どもの母親と話をした。最初に子どものよかった姿を話した。先日、修学旅行のオリエンテーションで集合の練習をしたとき、非常にテキパキと動いて、全体への声かけもしていたので、その点について話した。すると、母親は「それは先生がしっかりしているからじゃないですか。以前に参観で先生の授業を見せていただきましたが、すばらしいなと思いました」と言っておられた。

 その上で、クラスでの様々な問題行動を伝えた。家での様子はどうかと尋ねたところ、家では何も変わりはないということだった。そして、本人は先生に認められていないと思っているということを話してくださった。とりわけ1学期の成績に対して、不満をもっているということだった。

 1学期、この子はかなりがんばっていた。社会の授業でも、わかったことをノートにたくさん書いていたし、発表したり友だちに質問したりといった姿が見られていた。自主学習にも取り組んでいた。ただ、意欲にしてもテストの点数にしても、成績(ABCの3段階)でAをつけるほどではなかったため、Bにしていたところ、「なぜあんなにがんばったのにAではないのか」と思い、泣いていたそうだ。それに対して母親は、「自分としては十分がんばったのだから、それでいいんだよ」と励ましていたそうだ。ただ、本人は根は真面目だから、この反抗がずっと続くとは思わないということを話しておられた。

 認められていないということが根底にあることを初めて知った。そして、2学期になってからも、十分に認めるような関わりができていなかったな、そういう関わりをもっと増やしていかなければならないのだと反省した。

2015年12月07日 学年主任の話で立ち直ることができた

 学年主任の先生と話をした。この2ヶ月、子どもとかかわるのが本当にしんどくて、どうしようもなかった。出勤するとき、呼吸が苦しくなり、吐き気がする。マインドフルネスをして、気持ちを何とか落ち着かせて出勤。そして、ぎりぎりまで休んでから教室へ行き、授業が終わると、休み時間は職員室で休む。こんな状態が続いていた。頭痛や腰痛も出ていたのだが、恐らく心因性だろうと思う。ちょくちょく早退したり、休んだりしていた。

 そして、昨日の朝、どうしても学校へ行くのがしんどくなった。もう無理だなと思い、とりあえず休むことを伝えるため、学校へ電話をした。すると学年主任の先生が出た。

私「どうしても吐き気が止まらなくて・・・今日は休みたいと思っています。」
主任「でも先生、今日は大事な日やで(週の初めという意味で)。不安やったら誰かと上がってもらったらいいし、時間割がきつくないんだったら、そういうときにふらっといといた方がいい。」

 そう言ってくださり、結局、出勤することにした。そうして何とか1日乗り切った後、夜、学年主任の先生と話をした。

「今日学校へ来たのはすごい意味がある。子どもらはな、先生を待ってる。先生がいないとき、○○ちゃんなんか『先生はどこですか?』『先生は来るんですか?』って聞いてくる。それでいないってわかったら、がっかりしはる。周りの男子がうるさくなるなって。逆に先生がいたら、ふざけるのはふざけるけど、ある程度でおさまる。それだけ先生の存在は大きい。ふざける男子にしたって、先生がいるから安心してふざけられる。怒る先生がいなかったら、ふざけ甲斐がないやろ。もうね、いてくれるだけでいい。子どもの顔を見ていたら、それだけでOK。これは本当にね。

 今の時代、なかなかこういうことみんな言わんけど、先生にはがんばってほしいって思ってる。やっぱり休んでしまったら、『そういう先生』って見られるからな。これから先の人生長いし、絶対に同じようなことがあるから、避けてとおれへん。

 絶対に何とかなる。何とかならんことって絶対にない。子どもは言うこと聞かんけど、そういうもんや。もう削れるところはどんどん削ってやっていったらいい。先生はすごくきっちりしているから、そういうのはストレスになるかもしれん。でも、ちょっといい加減な部分を入れていったらいい。きっちりしているけど、いい加減にもできるってなったら、これはね、最強やで。

 先生は、授業もほとんど終わっているし、成績もほとんどつけ終わっているやろ。そこは先生が計画的に進めていたからやし、すごく信頼のあるところやねん。それができていたらね、絶対に何とかなる。

 できんことがあったって当たり前やねん。人間やねんから。完璧じゃないとあかんって思うと、苦しくなってしまう。そういうできないところも含めて自分やし、それでいいんやって思えるのが自尊感情やで。それも含めて自分なんやって。だから、子どもと一緒に成長していくんやって。そうやって考えると、子どもから教わることもいっぱいあるで。『すごいな、尊敬するわ』って思うこともある。そうすると、教えようと思わなくなる。」


 概ね、こういう話をしてくださった。この話を聞いて、すごく気力が湧いてきた。大丈夫だという気持ちになった。何とかやっていこうという思いになった。

2015年12月16日 お楽しみ会の計画がうまく進まなかった

 今日の朝学習の時間に、来週のお楽しみ会の計画を立てさせた。お楽しみ係の司会で、やりたいことを決めさせた。そのとき、クラスの一人の女の子の話を聞かなければならなかったので、私は教室から離れていたのだが、戻ってくると黒板には何も書かれておらず、子どもから「お楽しみ会はなしになった」という声を聞いた。

 事の経緯を聞いてみると、進めようとしてみても男子が騒ぎまくり、立ち歩いたりして、全然進められなかったらしい。そうした中で、「もうやらんとこう」と言い出す子もいて、やめることになったようだ。中心となって計画してくれていた子は、席に戻って机を蹴っ飛ばしたりしていた。一方で、男子は男子で、「前に出ている○○がふざけてるからや」などと話していた。「いつも話を聞いていなくて、先生がどんな思いをしているかわからせてやろうと思った」などと話していた。
 
 こうした状況の中で、一体どう話をして収拾をつければいいのか非常に困った。一言一言選びながら、概ね次のように話をした。

「先生はお楽しみ会やりたいわ。せっかく係の人が計画を立ててくれているんやから。それに2学期の最後やねんし楽しいことをしたい。」

 ここで「みんなもそうじゃないのか」などと言うと、「別にどうでもいい」という答えが返ってくることが予想されたので、やめた。

「でもそれを進めていくには、一人ひとりが話を聞かなあかん。それはできるよな。」

こう言って、「できる」と言わせた後で、「そう言っているんだけど、係の人、どうや。もう1回立ててみないか。」と投げかけようと思ったが、思ったような反応は返ってこなかった。「できひん」と来た。

 非常に困ってしまったが、「計画を立てるのは係の人なんやから、その人たちがやろうと思うかどうか相談してから、やるならもう1度計画を立てようと思います。」と話した。

 そして、係の子とは話をした。「やれるものならやりたい」と言っていたので、やろうということになった。

 一方、文句を言っていた男子とも個別に話をした。すると、「バスケをやりたい」と言ったのに、○○が「無理」と言って取り入れてもらえなかった、と言っていた。なるほどと思った。結果的にできなくてもいいが、それが嫌で、聞かないようにしたということだった。

 係の子にそのことを伝えると、「今は(教室の)中でのことだと言っているのに、バスケと言ってきたから無理だと言った」ということだった。「後で出して」とも伝えたという。

 どうもそのあたりのコミュニケーションができていなかったところに原因があるようだ。

 結局、4時間目の道徳の時間に再度計画を立てて、お楽しみ会でやることを決めることができた。個別に話を聞いていくと、それぞれの思いを聞くことができるんだなということを感じた。


2015年12月17日 G君「放課後学習をやりたい」

 先週の金曜日の放課後、クラスでネックになっている男子G君が、忘れ物をとりに教室にやってきた。ちょうど私は教室で仕事をしているころだった。そのとき、隣のクラスでは放課後の居残り学習をしていた。その様子を見て、G君は「先生、うちのクラスではやらへんの。俺、やりたい」と言ってきた。「あ、そういう気持ちがあるんやな」と思い、「希望があるならやるよ。」と伝えておいた。G君との関係を築く上でもいい方法だなと思った。

 そして今週。学年主任の先生と話をして、具体的な計画を立てていった。その中で、日程を決めるためにG君の都合のいい日を確認したりもしたが、この放課後の学習に関わっての話をしているときは、G君は普通に私と会話をしていた。

 放課後の学習で関係をつくるという意味では、クラスでネックになっている女の子の一人であるFさんにも話を持ちかけるといいのではないかと思った(Fさんは授業中の私語や立ち歩きがひどくて、妨害のレベルに至っていた)。そこで放課後の学習に来ないかと呼びかけてみると、「別に行ってもいいよ」という反応だった。その話をして以後、Fさんが学習に関わることとか、連絡事項に関わることとかで、私に質問してくる姿が見られるようになった。

 こうした様子を見ると、G君にしても、Fさんにしても、「先生に見てもらいたい」という思いがあるのではないかと感じた。これまでの問題行動にしても、そういう思いの現れとして捉えることができるのではないかと思った。それが放課後学習という形で見てもらえることがわかったから、少しこちらに歩み寄ってきているのではないかと思った。まさにこちらの姿の鏡として、相手の姿があるのだと思った。
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2016年04月26日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(6/13)

(6)
2015年10月17日 今後に向けて3

 金曜日の話自体は、悪くなかったのではないかと思う。問題は今後どうしていくかである。その中身は大きく2つにわけられる。

 1つは、クラスの立て直し方に関わるものである。

 これも大きく2つがある。1つは話し合いの仕方である。クラスでの話し合いをするとして、どうやって進めていくのがいいのか、そのためにAさん、B君、Cさんと話し合っていくことは何か、そもそも中心メンバーはこれでいいのか、などである。

 一方で、自分自身がどう変わっていくかという問題がある。授業に関わっては、
(1)笑いをとることを意識する。
(2)雑談をもう少し入れる。
(3)子どもとのやりとり、子ども同士のやりとりを組み込む。
ということをやっていくのが具体的にできそうな行動である。

 あと、休み時間に関わっては、
(1)普通にしゃべること
(2)遊ぶこと、
(3)教室の中でいる場所を変えること(今は教室の机のところにいることが多い)
を心がけようと思っている。

 もう1つは、現状を乗り越えていく自分の心をどうやって整えていくかという問題である。

 今回の件は、自分としては前向きな気持ちになりつつも、どうなるのだろうかという不安がいっぱいである。その気持ちを抑えつつ、しっかりと歩んでいくことが求められる。しかし、「生理的に無理」と言われて、正直ショックである。何もないように流すのは難しい。

 もっと困難な学校におられる先生はいっぱいいるし、そういう中で闘っておられる先生に比べれば、全然大したことのない、楽な環境である。その中で苦しんでいる自分が情けなくて仕方ないと思う。

 学年主任の先生(40代半ばの女の先生)は、「そんなもの、言い訳にすぎないのだから、聞き流したらいい。無視です。」と言ってくれた。

 自分の感覚としても、そんなに深刻なものではないのではないかとも思う。昨日、給食のとき、女子のDさんが「先生、Eさんが『先生に腕相撲勝てると思う』と言ってはる。」と言ってきた。そこで、Eさんと腕相撲をすることになった。Eさんは「私やったら、Dもやりや!」と言っていた。当然私が勝った。その後、Dさんとやることにはならなかったが、他のやんちゃな男子何人かともやることになった。

 運動会の日記などでコメントを返したときには、1ページぐらい書くと、男子は「1ページあった!」と喜んでいた。応援団長をやった女の子も、その男子に張り合うように、自分の日記のコメントを見せていたりした。

 こういう場面がもっとたくさんあればいいのにな、と思った。こういう機会を創っていけばいいのだ、と思う。

 また、授業に関わっても、Aさんも「わかりやすいのはわかりやすい」と言っている。「6年生になって、算数がわかるようになった」という女の子もいる。「この6年間で1番いいクラス」と言ってくれた女の子もいる。

 だから、自分の授業が全然ダメで、大きく変えないといけない、という捉え方まではしなくていいのだと思う。今まで学んできたものに対して、今の子どもに合ったものを付け加えていくのだ、という感覚なのだろうと思う。こんなふうに考えると、少し自分の気持ちが楽になった。

 やらないといけないことはたくさんある。十分な準備ができるかどうか、やっていけるのかどうか、不安はたくさんある。しばらくじっくりと休息をとって、それから考えるようにしようと思う。

2015年10月21日 クラス立て直しの学級会
 本日の5時間目、クラスを立て直すための学級会を行った。月曜日から教師を含めて6人で話をしてきた。その中で中心になっているCさんと私とで若干、方向性の合わないものを感じながら、どういう流れで行くか、非常に苦戦していた。

 Cさんは、先生と生徒が本音で語り合えるようにしたい、陰でこそこそ言うのではなく、しっかり言えるようにしたい、ということだった。だから、学級会の中でも、先生に対して思っていることをいろいろ言ってもらおうとしていた。しかし、それははっきり言って、担任糾弾会みたいになるのではないかと思った。

 もしそうなれば生産的ではないように思ったので、現在のクラスに対して思っていることを語り、現在の問題点をみんなで考えた上で、教師も含めて自分がどうしていくのがいいかを考える会にしたいと思っていた。

 その辺りの調整を学年主任の先生と(もともとCさんをたきつけてくれた)同学年の先生がうまく話をしてくれた。

 ちなみに、Cさんはもともとクラスで一番ネックになる女の子である。今はクラスをよくするためにということで協力しているが、一歩間違えば、再び対立することもある。

 もし方向性をめぐって意見が合わないのであれば、学級会は延期すること、絶対に先生(私)とCさんが対立するようなことがあってはならないこと、そんなことがあればクラスは崩壊すると伝えたらしい。

 そういうこともあって、基本的にはクラスのことを中心に話を進めることとなった。5時間目に話し合いをしたが、いきなりトラブルが起こった。中心メンバーの子どもたちはコの字型でやりたいと言っていたので、まぁそれはいいかと思っていたのだが、それを授業が始まる前に、いきなり自分たちでやっていたのだ。

 当然、クラスの他の子は戸惑い、ある女の子(Fさん)は、「なんなんこれ、意味分からんし。はぁ、話し合い、しゃべることなんかないし!」とふてくされていた。また、恐らくなぜこの5人が司会なのだという思いもあっただろう。特にAさんは、5年生のときにクラスを荒らす原因になった子である。「そのお前が一体何を言うのか!」という思いもあったことだろう。

 そういう状況の中で、学級会を始めた。

 整列のとき、待っている人がいるのに遅いこと(今日の体育の時間も、全然時間までに集まれていなかった)、話をしていても、聞いていないなという感覚があり、さみしいクラスだなと感じていることを話した。しかし、卒業まであと半年だし、小学校の思い出って必ず6年生が印象深いから、もっと良くしていきたいと思って、先生はすごく悩んでいたこと、その中で何人かの子がクラスをよくしたいと声をかけてくれたからこうやって話し合いの場を設けたこと、先生の力だけでは変えていけないから、みんなの力を貸してほしいことを伝えた。

 その上で話し合いを進めたのだが最初はすごく重たい雰囲気だった。その中で「もうかなりいいクラスやん」というつぶやきも聞こえた。「大体、最高になんかならないんだから、90点ぐらい行けば十分じゃないの」などの声も聞こえた。

 つまり、クラスの現状はかなり良いという認識である。そこに、司会をしているメンバーとのギャップがあると感じた。Aさんは先生に対する陰口のこと、他の司会グループの子はけじめがつけられていない点などを問題にしている。そこが埋まっていないのに、司会のAさんは、「え、今のままでいいと思っているの?」などと挑発的な発言をするので、非常に危うい雰囲気だった(Aさんは思ったことをストレートに言う子。)

 正直なところ、決裂して話し合いが終わるのではないかと思った。そうなれば、クラスとして取り返しがつかないなという感じがした。

 しかし、一人の真面目な女の子が手を挙げて発言してくれた。

「クラスでのふれあいがあまりなかったから、遊びとかでのふれあいをふやしたらいいと思います」

そこからクラスの問題点や、先生に関して思っていること等を話してくれた。

「先生が何かを言うときに『は?』などと言う人がいる」
「6年間で真面目な先生って初めてだったから、ちょっと距離を置いてしまう。」(女の子)
「怒るときは怒ってほしい」
「先生の質問に面倒くさそうに答える人がいる」
「声かけを増やす」
「1学期に決めたことが適当になっている」
「1学期の方が先生の話を聞いている」
「先生によって態度を変える(音楽と家庭科は別の先生が入っているのだが、家庭科のときは私語が絶えないようになっている)」

 こういう話の流れの中で、「長所も言っていいですか」という質問が出た。それに関わって別の男の子が、「問題ばっかりで、長所がないとしんどい。」とも言っていた。
 そこで長所を出してもらうと、団結力の話が出た。実は運動会ではうちのクラスの色が総合1位。応援合戦も1位。6年の団体競技も1位である。こういうすばらしい結果が出せたのは団結力があるからだ、ということである。こういう話を5人ぐらいの子がした。やはりクラスの子にとって、これは決定的な事実なのだなと思った。

 ところがそれに対して、司会のAさんは、「団結力ちゃうやん。個々の力が高かっただけやん」と批判していた。確かに、団結力とは言い切れない部分があるが、ここまで露骨な言い方は反発をくらうだけなので、この辺りを調整しながら、話し合いを進めた。

 その後、再び様々な意見や思いを出してもらった。

「授業の始まりが遅い」
「給食の準備や片付けが遅い」
「長縄のときは目標があった。今は目標があやふや。準備とかも目標があればできる。そうしてみんなで成功していけばいい。」
「みんなで遊ぶ時間を増やす」
「1学期にいろいろ決めたし、1学期は学級目標の声が小さかったりしたらやり直しとかあったけど、1年間ずっと続けるのはしんどい」
「全部やるのは無理だから、週に1つと決めてがんばる」

 その中で、「算数のとき、私が練習問題をまだ解き終わっていないのに、次の課題になる」という意見があった。これを言ったのは、最初に「やりたくないし!」と言っていたFさんである。ここは子どもを見とれていないということであり、大きく反省しなければならない。

 その上で、先生とのかかわりを増やすということで、

「先生が朝の会でスピーチをしたらいいと思う。家のこととか」
「休み時間は敬語じゃなくてもOKにする」
「みんなをニックネームで呼ぶ」

などが出た。大体ここまでで話し合いは終了。一時はどうなることかと思ったが、クラスの半数からは意見が出た。終わった後の雰囲気もそれほど悪い感じではなかったと思う。

 この話し合いに関わって思ったことや先生に対して思っていることなどを宿題で書いてもらうことにした。最初に「やりたくない!」と言っていた女の子は、「もう言いたいこと全部言ったし、書くことない」と言っていた。

 現在のクラスに関わって、今回のようなやり方がベターだったかどうかはわからない。少なくとも様々な部分で配慮が行き届いていない部分はあった。でもこれをやって悪くなったという感覚はないので、まぁよいのかなと思う。

 こうして振り返ってみると、子どもに対する遠慮があったと思う。仕事ができていない部分をかなり私がやっていた。できていないことをしっかり指摘すること、それに周りが気づくように伝えることができていなかった。

 授業中の私語や整列の遅さに関わっても遠慮していた。特に男子は叱ると「何で俺だけ」と言う。私語自体もその返し方も絶対におかしいが、それに対してどう答えていいか困っていた。

 そういう部分が「怒るときは怒ってほしい」という意見になっているのだろう。Cさんは、私に対して「生徒のことどう思っているのか、本音で話して」と言っていたが、それもここにつながるものだろう。

 ここからクラスを再スタートさせるのだ、ここから改めて子どもとの関係を築いていくのだという思いで、明日からがんばりたいと思う。

(注)
なお、ここで書かせた作文には、次のようなものがあった。

「先生が真面目で朝教室に入ってくるなり雑談ではなく宿題の丸つけをしていることにおどろき、話しかけにくさ(テレビの話などしょうもない話)を感じていました。さらに、勉強の進むスピードがはやくてびっくりしました。だから、あまり先生としゃべるきかいが 少なくいつも先生としゃべるときは慣れていないせいかきんちょうしていました。」

「初めてまじめすぎる先生になったので、本当に接し方がわかりません。だから、少しきょりを置いてしまいます。」

「先生に直してほしい所は中休み、昼休みにパソコンをしていることだ。私ははパソコンをしているときを見て、集中しているから近よらないほうがいいなどだ。それともうちょっとちゃんとおこってほしい。先生が甘いわけではなく、おこるときはおこってほしい。いままでの先生でよかった先生をふり返ってみると、ノリがよくておこるときはおこる先生だったと思う。」
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2016年04月25日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(5/13)

(5)
2015年10月17日 今後に向けて1
 先週、急に喘息の発作が出て、今週3日間入院することとなった。もう回復したのだが、その間、クラスのことでいろいろと考えていた。

 今、クラスの子どもたちとの関係がうまくいっていない。授業は静かに受けることができている。目だって反抗するようなことはない。しかし、指示が少し入りにくいなと感じることはある。休み時間なども、子どもたちと会話をできることが少ない。子どもも必要がなければ、話しかけてこない。子どもとの間に、カベがあるという感じである。ただ、こちらが話しかけて避けているという印象はない。

 どうしていったらいいのかなということを病院の中で考えていた。一方、こういう悩みは学年でも話をしていたので、入院中、同じ学年の教員が、うちのクラスの女の子Aさんに、「クラスどう?」と話をしてくれていた。

 Aさんはよくも悪くもクラスへの大きな影響力がある。よい方向へ影響力を発揮してもらおうと思われたのである。
 
 このままではよくないから何とか変えていかないといけないという方向へうまく話をしてくださったようで、Aさんから次のような手紙をもらった。

■■■■■■■■■■■■■■■

 少し休み時間、お時間いただけますか?とても大事なお話があります。
 今後のクラスのことです。一度先生と二人で話し、クラスでも話し合いたいと思っています。先生は、今のクラスでいいと思いますか?私は、いやです。できれば時間とっていただけますか?先生がお休みの間○○先生とお話したので、これからクラスを変えませんか。話し合いの司会は、できれば私とB君か、私とCさんでお願いします。細かいことは口でしゃべります。

■■■■■■■■■■■■■■■

 Aさんがどういうことを話してくるかわからない部分があったが、大きな流れとしては、現在の問題点として感じていることを聞いた上で、理想のクラスの状態を描き、それに向けて、今できている部分は何か(リソース)を明らかにするとともに、それを増やしていくためにどういう行動ができるか(アクション)を考えていこう、と思っていた。

 そして、退院した金曜日、Aさんと話をした。最初に、こうやってクラスをよくしようと考えてくれたことが本当にうれしいし、先生もよくしたいと思っているということを伝えた上で、話を聞いていった。

 問題は、先生と生徒とのカベ、あと男子と女子とのカベということだった。もっと本音で言い合える関係になりたい、そのために、お互いが変わっていかないといけないという話をしていた。先生VS生徒ではなく、先生&生徒でいきたいと言っていた。

 その中で、私の方の問題点に関わって、自分が思っていることと、他の子から聞いていることを話してきた。

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・授業はわかりやすいのはわかりやすいけど(もっとわかりやすくしてほしいのはあるけど)、面白みがない。お金を払ってまで受けようと思わない。○○先生(この女の子が尊敬している理科の先生)の授業は、脱線話から授業の話になってわかりやすい。無駄話がほしい。授業中のノリをよくしてほしい。

・注意するときに「教師の言うことは聞く」という雰囲気で言われるのは嫌。

・休み時間は休み時間で、けじめをつけてほしい。
(要するに崩してほしいということ)

・他の子は、「授業が気持ち悪い」「生理的に無理」などと言っている。

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 他の子に関しては、「『ちょっと、あのクソメガネなんとかして』とか言っているけど、そんなん、不満があるんやったら自分で言いにいったらいいし、しかも何が嫌なのかはっきりわからへん。」などとも言っていた。

 一方で、こちらからみんなに望むことも話した。一言で言えば、「時・場・礼」である。例えば、
・授業が始まる時間を守る、
・掃除を時間内にきちっとする。
・人が話しているときは、きちっと聞く。
などである。

特に時間に関しては強調して話をした。

「例えば給食の時間、別に食べた後、歯磨きしながらしゃべっていようが何でもかまわない。教室で動き回ったりするのは、ほこりがたつからあかんけど。別に騒いだらいい。ただ、チャイムがなったらすぐにごちそうさまができるように動いてほしい」

こんなことも伝えた。

 こういうことを踏まえて、どういうクラスになっているのがいいか、その理想の1日を描いてもらった。

■■■■■■■■■■■■■■■

まず朝、登校してきたら「おはよう」とあいさつをする。そして、「昨日、あれ見た」とかテレビの話をしたり、雑談をしたりする。

 そして朝学習の1分前にはみんなが座っている。時間になったらさっと片付けをして、朝の会。時計を見るくせがみんな身についている。

 そして朝のあいさつ。あいさつの声は大きい方がいい。それが終わって授業。これも1分前行動。

 休み時間は、先生も一緒になってみんなで遊ぶ。去年は、クラスの男女のリーダーが仲良くて、「鬼ごっこいくぞ」とか言ったら、みんな行っていた。

 別に外で遊ぶのが嫌な人がいるだろうから、無理に来なくてもいい。ただ、ひとりぼっちの人に声をかける配慮ができるといい。

 あと、ボールで遊んだあと、今だと誰がボールを返すかでもめている。そうではなくて、「俺がやるわ!」と率先して返すようになるといい。今は、男子と女子がちょっかいを出し合ったりして仲がいいという感じだけど、何が楽しいのかわからへん。

 そして、給食。給食は机を合わせて食べているが、今、その合わせるタイミングがバラバラ。「いただきます」の前にちゃんと合わせているのを確認する。そうではなくて、先に机を合わせてしまって、準備をするようにする。

 いない人のところは、誰かが率先して合わせる。また、給食当番も、「当番だから」というのではなく、自分から進んで手伝うようになってほしい。

 掃除もきちっとやる。ただ、楽しくやりたい。すみずみまできちっとやりながら、友だちと競争するとかいう形にしたい。

 帰りは「何分に帰りの会」と決まっていれば、それまでに用意をする。用意をしてから遊ぶ。今は、用意をする前に遊んでいるし、しかも教室から出たりしている。それで間に合わない。トイレに行くとかはいいけど、教室にいるべき。

■■■■■■■■■■■■■■■


2015年10月17日 今後に向けて2

 以上を踏まえた上で、この理想の1日のうち、今できている部分はどこかを確認したが、Aさんは「どれもできていない」と言ってきた。しかし、時間までにほとんどの子が授業の準備をしていることもある。(こちらは言い忘れていたが、朝学習で読書にしておけば、ほぼ確実に全員が座って静かになっていられている。)

 それを伝えると、「怒られると、『あ〜、やらな〜』と思ってやるけど、ちょっとしたら忘れてしまう」ということだった。

 結局、ここの部分はあまり明確にできず、じゃあ、たちまちどういう行動ができるかを考えた。その結果、授業以外の時間での先生との雑談とか、先生も一緒に遊ぶなどの話が出た。また、係活動を充実させるという意見も出してくれた。

 ここまでを中休み、昼休みに話した。続いて放課後、5分ほど使って、Aさんが手紙に書いていたB君とCさんも呼び、ここまでAさんと話をした内容について、簡単に説明をした。

 B君は男子の中で発言力のある男の子。Aさんとは非常に仲がいい。Cさんは非常に優等生の女子である。本部委員会の委員長もしている。Aさんがこの2人を司会候補として挙げていたのは、同じ学年の先生が「この2人もクラスを引っ張っていく力があるよな」と話をしてくれていたからだ。ちなみに、この2人と私との関係は良好である。

 最初に、現在の問題点について話してもらった。私に対しては、B君は最初は「別にない!」と言っていたけど、「あ〜そう言えば、授業で笑いがあった方がいいな。今は全部真面目!って感じやから」と言っていた。それについては、Cさんも同意していた。

 クラスに関しては、Cさんが「先生が入院していたとき、『並ぼう』と言っても並ばなかった。」と話していた。それに対してB君は、「自分らでできひん」と言っていた。

 これを聞いた上で、「理想のクラスってどんな感じか、今、何ができているか、できていることをちょっとだけ増やすために、どんなことができるか、この土日にちょっと考えておいてほしい。そして、そのことについて、クラスで話し合いをしたいと思っているわ。」ということを話して、金曜日の話し合いを終えた。

 ちなみに、クラス全体に出した週末の宿題は、

・クラスの長所は何か
・100点満点の何点か
・5点あがったらどんな状態になっているか

というテーマで作文を書くことである。入院中、クラスをよくするためにどうしたらいいか、いろいろな本を読んだ結果として出したものだった。ちょうどいいタイミングでの話し合いになったと思う。Aさんも、この宿題に関して「あれはよかった」と言っていた。

(注)
なお、後日、出された作文を読んでみると、
・団結力がある
・静かに学習ができる
・助け合うことができる、
などが出てきた。平均の点数は70点だった。
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2016年04月24日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(4/13)

(4)
2015年09月01日 ノートを破り捨てたAさん

 昨日の4時間目の算数、6年生「速さ」の学習をしていた。その中で、Aさんがかなり苦戦していた。Aさんは、クラスで1番ネックになる高学年女子。幸い、周りにAさんに教えてくれる子が数人いるので、練習問題のとき、その子達が率先してAさんに教えている。

 そして、ようやく解き終わってノートを持ってきた。式は合っているし、計算も合っていた。「おぉ、できたやん、がんばったな。」と言いながらその部分は○をつける。

 しかし、単位が抜けていた。そこで、「ただ、単位が抜けているわ。」と言って、赤ペンで単位を書き足した。すると、Aさんの様子が一変した。

「うーわ、今までのがんばりが否定された気分や。このページ破りたい気分」

そう言って、そのページをノートからちぎって、びりびりに破いてしまった。

 正直、びっくりした。そこまで怒るようなことだとは思わなかった。その場ではどうしたらいいのかわからなかった。とりあえず、授業を終えた。Aさんはそのまま教室を出て行った。

 改めて、さっきのことを振り返った。Aさんにとっては、赤ペンを入れられることは、自分のがんばりを否定されることだったということだ。正直、その感覚はよくわからないのだが、Aさんの感覚はそうなのだから、それがわかっていなかった部分は謝らないといけないなと思った。教室に戻ってきたAさんに声をかけた。

私「Aさん、ちょっといい。」
A「いやです。」
私「じゃあ、ここで話していいか。さっきのことやけど、ごめんな。」
A「本気で悪いと思ってんの!」
私「思ってるよ。赤ペンを入れたから、嫌やったんやろ。」
A「そうですね。言うだけでよかったんじゃないんですか。」
私「赤ペンがそんなに嫌やとは思わなかったんや。」
A「教師やのに先のこともわからんの!」

 こう言って、再び教室を出て行った。その後は、他のクラスの友達のところへ行き、話をするとともに、泣いていたようだ。その後、落ち着いてからは、

「寄ってこんといて、キモイし。」
「目あわさんといて。マジキモい。」
「死ねばいいのに。」

などの言葉のオンパレードだった。

 申し訳なかったなぁと思うとともに、どうしたものかなぁとも思う。とりあえず今後の様子を見ていくしかない。

2015年09月01日 ノートを破り捨てたAさん(続き)

 ノートを破り捨てたAさん。1日経って、様子はどうかなとうかがっていた。朝はやはりまだ怒っていた。計算ドリルの復習部分を宿題に出していたのだが、スキルにノートが書いていなかったために、「Aさん、名前が書いてないわ」と言った。すると、「気安く名前を呼ばんといて。」と一言。

 1時間目の国語、やるべき作業はきっちりやっていた。もっとふてくされて、何にもやらないと思っていた。ただ、授業が終わった後、国語のノートを出すように指示したときは、出さなかった。これは2時間目の算数の時も同じで、○つけも友達にお願いしていた。それが3時間目の社会になると、普通にノートを出すようになった。4時間目の外国語活動は、Aさんの好きな授業だから、普通に活動をしていた。

 給食の時間、食べ終わって流しに歯を磨きにいったところ、Aさんもいた。しかし、Aさんはだまって別の場所へ移動してしまった。

 昼休み、運動会の応援合戦の説明会と、応援の話し合いがあった。Aさんは応援団だから参加していた。その中で話し合いをしているとき、Aさんが質問してくる場面があった。これまで一言も話しかけはこなかったのに、ちょっと変わったなと思った。

 5,6時間目の理科は普通に活動をしていたし、余った時間に行った長縄でも、いつもどおりという印象を受けた。話しかけてはこなかったが。

 全体としては、徐々に気持ちが落ち着いていったのかなという感じがした。

2015年10月03日 ひいてはいけない場面でひいてしまった・・・

 勤務校の運動会だった。成績そのものは非常によかった。6年生の団体競技でも1位になれたし、応援合戦でも他のチームよりもよい評価をいただいた。私が全体指導を行った組体操も、問題なく終了した。

 しかし、自分自身にとって非常に苦しい、屈辱的な出来事があった。

 6年生の団体競技は午前中の最後から2番目にあった。1位になって児童応援テントに戻ったとき、クラスのある母親がアクエリアス1Lを5本、差し入れで子どもたちに持ってきた。この母親はクレームを言うことで有名な人である。気持ちはありがたいが、当然ルール違反である。しかし、自分はそれを見ていながら止められなかった。子どもたちは飲んでいく。その時、別の学年が団体演技をしていたから、その間は飲まないで見るように指示した。演技が終わり、昼食休憩になったときなら自由だから、多少飲むことは許可した。あまった分は、その母親の子ども(Aさん)に持って帰らせた。

 昼食休憩のとき、学年主任や管理職には報告した。ただ、職員室で食事している間中、止められなかった自分が本当に情けなく感じた。モチベーションがとても下がっていたが、何とか立て直して、昼からがんばろうと思っていた。

 テントで待っていると、Aさんが再びアクエリアスを持ってきた。そこで、注意した。すると、「お母さん本人に言ってください。」と答えた。

 正直、困った。そこで、生徒指導主任に相談をし、生徒指導主任から話をしてもらった。

 そのとき、その母親は児童のテントで、子どもの席に座っていた。生徒指導主任が話をする。それを聞いて、お母さんは立ち上がる。その様子を見ていたその母親の子どもは
「先生、せこいな」と言ってきた。さらに、「ああいうのは弱い人がすることやで。」と周りの友達に話していた。その母親は「自分で責任をとれへん馬鹿なんやから。」と話していた。さらに、「じゃあ、このジュース代請求するわ」とも言ってきた。

 それに対して、何も答えられなかった。ジュース代はそちらが勝手にやったことだから別に何でもないが、自分自身、その母親にビビッてひいてしまっていたからだ。この一連の会話が、クラスの子どもの前で行われた。

 教師としてひいてはいけない場面でひいてしまった。そのことがずっとアタマから離れない。実は2学期に入ってから、クラスの様子が1学期に比べて悪くなっていると感じていた。今回のことが今後にどう影響するか。そこも不安で仕方がない。何とか乗り越えていかないといけない。
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2016年04月23日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る(3/13)

(3)
2015年07月04日 今年も指書きの威力を実感

 先日、1学期の漢字のまとめテストを行った。初見で平均は87点。40点台の子どもが1人、50点、60点台の子どもが2人いる。まだまだ自分の指導力が不足していることを感じている。

その日の宿題で、「1学期の漢字学習を振り返って」というテーマで作文を書かせた。すると、その中で、何人もの子どもが6年生になって漢字が得意になってきたということ、特に指書きがよかったという感想を書いてきた。

 指書きとは、漢字を机の上に指で書くことである。新しい漢字を学習する際、ノートなどに書く前に、必ずこの指書きをするように指示している。指書きで素早く3回連続で書けるようにしてから、実際に鉛筆を持って書くようにさせている。それがとても効果的だと子どもが書いていた。

 以下、子どもの作文の一部である。

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 私は1年から漢字がきらいでした。なぜなら、覚えるのが大変だからです。でも最近、覚えられるようになってきて、漢字50問テストなどはけっこうよかったです(注:98点)。前にくらべると、ものすごくのびているので、漢字はきらいだけど、がんばっておぼえて100点をとりたいです。

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 ぼくは、1学期の漢字をふり返ってみると、うれしいことが2つあります。1つ目は、1年生の時から5年生の時まで全然100点がとれてなかったのに、6年生になって急に100点がとれるようになったことです。2つ目は、とてもかんたんで、頭にすらすら入ってきたということです。

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 私は、今日このテストで100点をとるつもりでしたが、テストがかえされたとき5問まちがってしまって、90点になってしまいました。私はとてもくやしくなって、心の中で「がんばったのになんで?」と思ってしまいましたが、5年生よりはよい点数をとれたのでよくやったと思います。

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 ぼくは5年生の時から漢字は得意じゃなかったけど6年生になってどんどん漢字が得意になってきました。漢字小テストでも、70点から90点になってきたり、1回だけ漢字50問テストが98点になったりして、うれしかったです。まさかそこまでいくとは思いませんでした。

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 私は、自分でも漢字が得意になったなあと思った。私が、この1学期でがんばったことは、指書きだ。私は今まで、漢字は書いたほうが覚えられると思っていた。だから「指書きは意味ないだろう」と思っていた。そう思っていた私が指書きをはじめたきっかけは、自主学習ノートを忘れたことだ。そのときに、指書きをやった。すると、紙に字を書くときよりも、楽にできて、書きやすく、ノートを用意する必要もなく便利だなあと思った。そして何回も書くうちに、その漢字の画数なども、覚えられた。

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 1学期、漢字でがんばったことは、指書きです。学校での漢字の練習と、家で宿題をしているときに指書きをしました。指書きは、画数も言うため、頭に入りやすいと思っています。指書きのおかげか、1学期のまとめ漢字テストで100点をとることができました。

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 1学期に漢字でがんばったことは2つある。1つ目は指書きだ。指書きをがんばってからは、漢字小テストの点数がおどろくほど上がった。全部100点だったのだ。指書きのおかげで点数が本当に上がったのならば、指書きをこれからもがんばって続けていきたい。2つ目は、大きくはっきり書くことだ。私はもともと字は大きかったが、ていねいに書くようにしていた。一画一画のはねをとくにがんばった。


2015年07月05日 子どものことを考えられていない

「先生、卵のかけらが入ってた。かけらも食べたらあかんのに。」

 クラスに卵と乳のアレルギーの女の子(Aさん)がいる(それほど重度なアレルギーではない)。先日、給食で八宝菜が出た。そこにはうずらの卵が入っているから、食べないことになっていた。毎月、給食の細かな献立を渡して、食べてはいけないものを家でチェックして出してもらうのだが、そのアレルギー表にもチェックがあった。

 それを見て、私は八宝菜そのものを食べないものだと思い込んでいた。現にこれまで卵の入っている料理は、その料理自体を食べないようにしていたからである。料理自体を食べないのだから、どの料理が卵を使ったものかさえわかれば、その料理を除くことは子どもでできる(しかも6年生である)。だから、「今日は八宝菜に卵が入っているよ」とだけ声をかけて、特に確認はしなかった。

 ところが、八宝菜に関しては、卵だけを除去して食べるようにしていたのだった。そこで、恐らく本人は盛りつけのとき、自分のものだけ卵を入れないように頼んだのだろうが、かけらが入ってしまっていたということだった。ただし、本人はそのかけらに気づいて、食べないようにしていた。

 これを聞いたときに浮かんだことは2つある。1つは、本人が大丈夫かということである。その後、しばらく様子を見ていたが、特に変わった様子はなかった。養護教諭にもこのことを連絡して、場合によって、何かあるかもしれないとは伝えておいた。

 もう1つは、母親が何と言うかということである。この子の母親はクレームを言うことで有名である。前年度の先生はこのアレルギー対応で失敗をし、大きく関係が崩れることとなった。そこから、様々なクレームを寄せられることにもなった。だから、そういうことが起こるのではないかと思い、不安になった。しかし、確認不足だったことは事実なのだから、そのことを伝えて謝るしかない。

 放課後、電話をして事実を伝えた。すると次のような言葉が返ってきた。

「あ、それで、もしかしたら帰ってから何かあるかもしれないということで、万が一のことを考えて電話をしてくださったんですね。」

 この言葉を聞いた瞬間、「自分は何て自分のことしか考えていない教師なのか、何て子どものことを考えていない教師なのか」と情けない気持ちになった。自分のアタマの中にはクレームが来た場合にどう対応しようということしかなかった。帰った後で子どもに万が一のことがあるかもしれないという意識はなかった。

 本当に情けないことではあるが、そういう意識に気づけたことはプラスだと思う。そういう自分自身のあり方、考え方をしっかりと改めていきたいと思う。
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2016年04月22日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く―(2/13)

(2)
2015年04月10日 教師と子どもという関係を築く
 今年度は初の6年生担任。初日、子どもたちの名前を覚えて呼名する。

「え、先生、全員の名前を覚えたん。すげー!」

 子どもたちから驚きの声があがる。

 その後、配りものを行う。保健関係の書類は個々の封筒に入れているので、一人ひとり手渡しをしていく。そのとき、多くの子が「ありがとうございます」という中で、一人の男の子が「サンキュー」と言った。そこで言い直しをさせた。

私「『ありがとうございます』と言います。」
その子「ありがとうございます。」

 こういう小さいところから、教師と子どもという関係が乱れていく。フロイトは『精神分析入門』において、診察室に入ってきた患者がドアを閉め忘れることについて、次のように述べている。

「いざ来てみると、待合室はからっぽで、そのうえ、家具調度もみすぼらしいのでがっかりしてしまいます。彼は、こんな医者によけいな尊敬を捧げようとしたことのしかえしをしようというわけなのです。―そこで待合室と診察室とのあいだのドアを閉めることを怠るのです。彼はそうすることによって、医者に対して、『なんだ、ここにはだれもいないな。自分がここにいるあいだにも、たぶんだれ一人来やしないだろう』と言っているつもりなのです。ですから、即座に彼のこの思いあがった気持にきつい訓戒をあたえて押えておかなければ、治療の話し合いの最中に、無作法で不謹慎なふるまいをするにちがいありません。」(中公文庫版、pp.333-334)

 もちろん意識的にこのような行為を行うわけではない。無自覚である。ただ、それを放っておかず、しっかりたしなめることが大事だというわけである。医者と患者もある意味、上下関係である。患者に素直に従わせなければならない。上に立つ者としての心がけは同じである。

2015年04月18日 初回の漢字小テスト平均98点
 金曜日、初回の漢字小テストを行った。習った漢字の10問テストである。テストの練習の様子を見ていると、2人ほど難しそうな子がいたので、少しだけテスト前の練習時間をとり、様子を確認しておいた。そしてテスト実施、結果は以下のようになった。

100点・・・29人
 90点・・・ 3人
 80点・・・ 1人

非常に好成績だった。子どもたちをすごく褒めた。ある女の子が、「最初だけやで。後の方になったらあかんで。」と言っていた。そこで、「そんなことはありません。大丈夫です。先生が保証します。」と言った。その子は、はにかんだ表情をしていた。
 この調子で全員が100点を取れるようにしたい。

2015年05月02日 あいまいな表現は認識の交流を妨げる
 6年生算数、「対称な図形」を教えている。線対称と点対称の図形について学ぶのである。その中で対称な図形の作図がある。

 線対称な図形の場合、まず頂点に印をする。次にそのうちの1つ、頂点Aから対称の軸に垂直な直線をひく。コンパスで対称の軸から頂点Aまでの距離を測る。そして、コンパスを回し、反対側の同じ距離のところに線を引く。最後に、交わったところに印をする。点対称な図形の場合、最初に頂点から対称の中心に向かって直線を引く。ここが異なるだけで、あとは同じになる。

 この作図でどうしてもずれてしまう子がいた。よく見てみると、直線とコンパスの線との交点で印をするとき、その印の位置が微妙にずれているのである。

「交わっているところの上に印をするんだよ」

 こんなふうに何度も話をするのだが、どうしてもずれている。どうしてだろうかと思っていた。そして、昨日、ようやく謎が解けた。結論から言えば、その子としては、確かに、交わっているところの「上」に印をしていたのである。見る視点が異なっていたのである。

 喩え話として、机の上にりんごが乗っており、これを絵に描くとしよう。上から眺めた場合、机と重なる形でりんごを描くことになる。一方、横から眺めた場合、りんごは机と重ならないようになる。机の上にりんごが乗っかっている絵になる。どちらも机の上にりんごが乗っていることに変わりはない。これと同じである。

 私は前者の見方をしていた。だから交点と重なるところに印をすることをイメージしていた。そのことを「交わっていることの上に印をする」と表現した。これを聞いたその子は、後者の見方で考えた。だから直線から少しずれた位置に印をしていたのである。

 端的には、私の言語表現から、その子にその子なりのイメージを描かせてしまっていて、こちらのイメージを伝えられていなかったのである。「交わっているところに印をする」という表現なら混乱は少なかったかもしれない。

 どう表現すれば相手に伝わるか、もっと吟味すべきだと実感した。

2015年06月24日「6年間で1番いい!」

 今月は教育相談月間。クラスの子ども一人ひとりと時間をとって話をする。まだ1学期だから、好きなこととかいろいろと聞いて話を合わせながら、学校での困りごとを聞いていく。

 今日は2人の女の子と話をした。そのうちの1人が言ったのが冒頭の言葉である。

「今までで一番みんなピシッとしている。去年は先生が授業中にふざけたりしていた。そういうのがないのがいい。」

このように話してくれた。

 授業について聞いてみると、社会が面白いと言う。社会は子ども同士で質疑応答するような授業を行っている。授業のめあてに関わる内容を子どもが教科書や資料集から探す。見つけたものをノートに箇条書きにする。それを黒板に全員が書く。黒板に書かれた内容について、他の子どもが質問し、書いた子どもが答えるという形である。

 ただ、こうしたやり方で授業を進めていくことに悩みもあった。本当に必要な知識が定着しているのか。子どもたちは楽しんでいるのか。私のやり方が悪いのだろうが、テストの点数などを見てみても、こうした疑問がぬぐえなかった。

 しかし、この子のみならず、今日教育相談をしたもう一人の子も社会が面白いと話していた。さらに、日記の中で「社会が好きになってきた」と書いてきた子もいる。少なくともそういう子どももいる。このことがわかって、少し安心した。

2015年06月27日 自分はYDKかなと思います

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 私は、最近、理解能力は低いけど、覚えると意外に勉強が苦手なような得意なような気がしました。昨年など勉強系は、「全部パス、私には向いてないし、どうせがんばったって出来ない。」と思っていました。でもそれは、出来ないじゃなく、やる気がなく、やらないだけでした。まあ最近の言葉を使うと、YDKですよ。
 最近自分がYDKなんじゃないかと思い始めて、最近なんでも出来るようになりました。
 まあ、最近算数は得意になってきました。
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 6年生「分数のわり算」が終わったあとの、ある女の子(Aさん)の感想である。

 この子はクラスで1番ネックになる子である。不満があればズバズバ言うし、授業がつまらないと感じたらすぐに読書したり寝たりする。ちなみに母親は対応が難しい人。去年の先生は関係をうまく築くことができず、もの凄く苦労をされていた。授業中は、本人曰く、友だちとおしゃべりしたり、ボールを投げ合ったりしていたらしい。

 そのため、算数や国語は5年生の内容が結構抜け落ちている。そういうこともあって、「自分はどうせできない」と思っていたようだ。

 しかし、感想にあるように、今年になってだいぶん変化した。昨日行った1学期末の算数テストでも表は100点だった(裏は50点満点中40点)。他のクラスの友だちに、「うちの担任、授業がめっちゃ速いけどわかりやすい。」と話しているらしい。

 一方、この子自身の素質もある。この子は授業中であろうと何であろうと、わからないところが出てくると、「え、何で?わからへん。」と全く臆面なく言う。わからないことをわからないと言えるのはすばらしい。

 ただ、そういうことが結構多くて、その解説を行っていると授業のテンポが乱れるから授業が始まる前に、その日の内容を話すようにしていた。予習である。「先に授業の内容、聞いとくか?」と尋ねると、「聞く聞く。」と答える。そして付箋などに書きながら説明すると、「先生、その付箋もらっていいですか。」と言う。この子自身、「わかるようになりたい」という思いを強く持っていたわけである。決して理由なく態度が悪くなるわけではないんだな。「わかるようになりたい」という思いが満たされないから、態度が悪くなったりするんだな。そんなことを思った。
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2016年04月21日

6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く―(1/13)

(1)学級崩壊へと至った1年間

 今年度、新しく教壇に立たれたみなさん、おめでとうございます。きっと子どもたちとの出会いに希望を膨らませて、赴任先の学校に行かれたことと思います。そこから半月ほど経ちましたが、いかがだったでしょうか。

 きっと多くの方が仕事の量に驚かれたことと思います。新年度は実に多くの準備が必要になります。事務書類の仕分け、教室の整備、当番表の作成、学年通信の作成など、それこそ(土日も含めて)朝から夜まで1日中仕事に追われている状態、しかもどんな仕事があるのか、今自分が何をやっているのかよくわからないという状態だったのではないかと思います。

 私自身、初任者のころはそのようになりました。この年度初めの仕事については、毎年同じことを行いますので、今からでも振り返って、どんなことをしたのかを記録しておくとよいと思います。そうすると、来年度の新年度準備をきっとスムーズに行うことができるでしょう。

 そうして迎えた子どもとの出会い。きっと期待とともに不安と緊張でいっぱいだったと思います。もしかすると万全の準備をして最高の出会いを演出することができた方もおられるかもしれません。その後の授業も非常にスムーズに進めていけているという方もおられるかもしれません。しかし、きっと多くの方はうまく話せなかったり、授業で何をしたらいいのかわからなかったり、さっそく子ども同士のトラブルが発生してどう対応したらいいか悩んだりしたのではないかと思います。

 4月はこの1年間の方向性を決める非常に重要な時期です。ここできちっと教師と子どもという関係を築けるかどうかが、その後の学級の行く末を大きく規定します。もう少し具体的に言うならば、「先生の言ったとおりに行動する」ということを教えなければならないということです。ここができていなければ、ゴールデンウィークを開けた頃から教室が騒がしくなり、6月頃には学級崩壊の様相を呈することになります。今一度自分のクラスを振り返ってみてほしいと思います。そして、困ったことは同僚の先生などにアドバイスを求めればよいと思います。様々な勉強会も主催されていますので、そちらに参加してみるのもよいでしょう。

 このように述べるのも、私自身、昨年度は学級崩壊を経験することとなったからです。昨年度は6年生を担任しました。初めての高学年、しかも学校の中核となる6年生ということで、期待と不安がいっぱいの中でスタートしました。1学期は順調なスタートを切ることができました。子どもたちも自分たちのクラスによい印象をもっていました。ところが2学期頃から学級が乱れ始め、12月頃には授業を進めることが難しい状態へと至りました。そして3学期には表立った教師への反抗が見られるようになり、クラスの秩序が大きく乱れることとなったのです。

 荒れたクラスに向かう中で、私自身も精神的に追い込まれ、何度も休職することを考えました。幸い、学年の先生や管理職などからの手厚いサポートにより何とか乗り切ることができましたが、本当に苦しい1年間でした。

 いったいなぜこのような状況に陥ってしまったのか、どのように対応すべきだったのか、自分自身に欠けているものは何なのか、そうしたことを明らかにするため、6年目の教師としての1年間を実践記録で振り返っていきたいと思います。この振り返りをとおして、自分自身を教師としてレベルアップさせるとともに、自らが創り上げる教育学をより実践に即したものとしていきたいと思っています。

 この振り返りをとおして、新しく教壇に立たれた先生方が、今後の実践を進めていく上で参考になるものを見出し、1年間子どもたちと楽しい毎日を過ごしていってもらえればと思います。
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2016年04月20日

掲載予告:6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く―(全13回)

 明日から「6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る」を掲載いたします。

 教員として6年目を迎え、初めて6年生を担任することとなりました。不安と期待が入り交じる中で実践を行っていましたが、結論的には学級崩壊への過程を歩むこととなってしまいました。教師としての力不足を痛感するとともに、教師としてのあり方を反省させられた1年間でした。本稿は、その過程が具体的にどのようなものだったのかを明らかにし、そこから自分自身の課題を見いだそうとするものです。

 本稿の中では、荒れ・学級崩壊という現実に直面する自分自身の率直な心境も綴っています。新年度を迎えて1ヶ月、新しく教壇に立たれた先生方の中には、苦しい日々を送っておられる方もおられると思います。そうした方にも少しでも参考になればと思っています。

 以下、掲載目次(予定)です。

―――――――――――――――――――

(1)学級崩壊へと至った1年間
(2)
2015年04月10日 教師と子どもという関係を築く
2015年05月02日 あいまいな表現は認識の交流を妨げる
2015年06月24日「6年間で1番いい!」
2015年06月27日 自分はYDKかなと思います
(3)
2015年07月04日 今年も指書きの威力を実感
2015年07月05日 子どものことを考えられていない
(4)
2015年09月01日 ノートを破り捨てたAさん
2015年09月01日 ノートを破り捨てたAさん(続き)
2015年10月03日 ひいてはいけない場面でひいてしまった・・・
(5)
2015年10月17日 今後に向けて1
2015年10月17日 今後に向けて2
(6)
2015年10月17日 今後に向けて3
2015年10月21日 クラス立て直しの学級会
(7)
2015年10月22日 子どもの荒れの進行を感じる
2015年10月30日 給食のごちそうさまが時間ぴったりにできた
2015年11月4日 G君とH君に詰めて指導をした
2015年11月5日 サッカー、男女を分けてゲームをさせる
2015年11月19日 G君の母親と話をした
2015年12月16日 お楽しみ会の計画がうまく進まなかった
2015年12月17日 G君「放課後学習をやりたい」
(8)
2015年12月18日(金) G君とH君を学年担任4人で指導する
(9)
2016年1月19日 表現の背後にある認識をつかまなければならない
2016年01月31日 ほんの少しだけ出た元気
2016年02月02日 子ども同士の活動は比較的安定する
(10)
2016年02月10日 元同僚の先生に相談する
(11)
2016年02月22日 からあげを勝手に自分で大盛りに
2016年03月02日 かすかな子どもとの触れあい
(12)
2016年03月02日 最後の授業終了直後に帰りの会をする
2016年03月11日 荒れたときこそ基準が求められる
2016年03月18日 無事に卒業、1年間終了
(13)思春期の子どもに合わせつつ、現状を変えていこうとする主体性が欠如していた
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2016年04月19日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までは3回にわたって,論点に関してどのような討論がなされ,どのような(一応の)結論が導き出されたのかについて報告してきました。

 さて,本例会報告の最終回である今回は,参加者のメンバーそれぞれの感想を掲載したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の範囲は,ヘーゲル『哲学史』新プラトン学派であった。新しい巻に移り,訳者も変ったこともあって,非常に読みづらく,なかなかに内容を捉えることが困難であった。

 特に,論点1として議論になった,絶対的実在〔本質〕(absolute Wesen),神,絶対的精神,世界精神,自己意識,主観的意識,叡智界などの用語について,一体どうのような意味でヘーゲルは用いているのかに関しては,内容そのものからというより,その語の意味をヘーゲルの説く「絶対精神」から捉え返してみようとしたのであるが,他の会員と若干異なる見解となってしまっていて,十分に他会員に伝わるような言語表現にもなっておらず,大きく反省させられてしまったことであった。ヘーゲル『歴史哲学』の理解も不十分で,特に世界精神とは何かの理解に関して,他会員との大きな格差があることも判明した。しかし,これはこれで今後の課題が明確になったという意味では大きな成果でもあったと前向きに捉えて,要はここからどのような学びをしてくのかが重要であると思った次第である。

 もう1つ触れておかなければならないことは,論点3で扱った,ギリシャ哲学の第三期を唯物論の立場からどのように捉え返すのか,我々自身の学問への道に対して如何なる教訓を導きだすべきかという問題に関わってである。ここである会員から,新プラトン派は,客観的世界を無理やりに自己意識に溶かし込んでしまったのであるが,これを我々の立場からすれば,世界中のどのような問題も,自分自身に関わることとして,一つに還元して捉える必要がある,という発言があったことである。新プラトン派は,世界の本質たる「一者」は実は自分自身の意識にほかならないとしたのであるが,ここを唯物論的に捉え返すと,あらゆる問題を自分自身のものだという実感が持てるまでに掴み取っていく必要がある,こうした主体的な姿勢をこそ学ぶべきである,ということであろう。哲学を学ぶということが,単に語句を解釈して云々することではなくて,自分の生き方として如何にその内容を自身の頭脳に反映させるかということであることが,言葉ではなくて像として分かったような気がしたものであった。

 次回は中世哲学に関してスコラ哲学を中心に検討していくことになるが,レジュメ担当者としてしっかりとした報告をできるように,像で考えていけるまで読み込んでおきたいと思う。

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 今回の例会はチューターとして臨んだ。しかし,あまりにも難解な記述であったために,十分に読み込んで臨むことができなかった。

 それでも,論点3について出されたそれぞれの見解をまとめていくに際して,ギリシャ哲学全体を「絶対精神君」という一人の人間の成長物語として描き出すことがそれなりにできた点は,自分でも評価してよいと考えている。というのは,このように1人の人間の成長物語として描こうとすると,どうしてもうまくつなげていかないといけなくなるからである。今まで,約一年にわたって読み進めてきたギリシャ哲学の全体像を,一本の筋で描き出すための工夫としては,それなりに役に立つ面白い着想であったと思っている。

 同じく論点3で,新プラトン派の哲学を,個体発生における教訓として捉え返していったところも,非常に重要であったと思う。「一者」というのは,すべてがそこから流出して,すべてがそこへと帰還するものであり,学者を志す人間としては,これは「自分」そのものである,ということになるだろう。すなわち,すべてを自分が主体的に捉えるのであるし,すべてを自分の問題として自分に引きつけて考えていかなければならない,そうしてこそ,自分の頭脳の中に芽生えた一般論が,真の一般論として働きはじめる,ということになるだろう。ここの努力をもっともっとしていかなければならないと痛感した次第である。

 論点1に関わっては,ヘーゲルの独特の用語も,このような機会があるたびに,分かったものとせず,くり返しくり返し議論して確認していく必要があると思った。その際も,単にテキストの当該部分のみに依拠するのではなく,南郷先生らが解説されているヘーゲル哲学の全体像を踏まえた上で,考えるようにしていかなければならない。単なる字句解釈であれば,当然に大学の哲学専攻の先生方の方が上に決まっている。しかも,そういうやり方ではヘーゲルはいつまでたっても理解できないことは,当の先生方が証明されているといってもよい。われわれはそうではなく,きちんとした学問的な文化遺産である弁証法を核として学修されてこられた南郷先生らのグループにしっかりと学び,そこからヘーゲルを理解していくべきである。最近は「生命の歴史」から哲学史を読み解こうとする問題意識もやや薄れているような気がするので,このあたりは再度意識して,ヘーゲルの哲学に挑戦していきたい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 3月例会では,新プラトン派について論じられている部分を扱ったわけであるが,ヘーゲルは,古代ギリシャ哲学の到達点として,またキリスト教の原理の出現とも重なるものとして,新プラトン派(特にその完成者たるプロクロス)を非常に重視し評価していると思われた。新プラトン派について総論的に論じた部分は,ヘーゲル『哲学史』の構想を理解する上でも決定的に重要だと思われたので,ヘーゲルの基礎的な概念の諸々をどう理解するか,という論点を提起した。この論点への自身の見解を書いていく過程,また例会当日の議論の過程で,ヘーゲルの基礎的な概念への理解がある程度までは深まったのではないか,と感じている。とりわけ,ヘーゲル哲学の本質(魂)というべき絶対精神についての捉え方を,より鮮明なものにできたのは大きな成果であったと思う。私は,見解の提示の段階で,「絶対精神(absoluter Geist)というのは,この世界全体の究極の本質が自己自身の何たるかを(概念的に把握する形で)自覚したもののことである。より具体的には,哲学の完成によって,人間が自己の本質と世界の本質とは同じものであると概念的に把握しきった状態のことである」と書いた。こうした見解に対しては,当然のことながら,発展の最終的な段階のみを「絶対精神」と呼ぶのか,始原や発展の途中にあるものは「絶対精神」と呼ばないのか,という疑問が出されることになった。私自身としても,そのような引っ掛かりを感じていないではなかったのであるが,自身の考えを何とか説明しようと試行錯誤しているうちに,問題の構造がかなり整理されたと思う。結論をたとえ話で示すならば,以下のようになる。「アゲハチョウとは何か?」という問いに答えるとしたら,美しい羽をもって空中を優雅に舞う成虫の姿をイメージして答えるべきであろう。しかし,そのような答え方をしたからといって,卵とか幼虫とかはアゲハチョウではない! と主張しているわけではないのはもちろんである。逆に,卵も幼虫も,美しい羽をもった成虫に繋がるものとして捉えなければ,それらを真に理解したとはいえないであろう。卵も幼虫も美しい成虫になるべきものとして存在しているのであって,そういう自己運動=発展の一段階として位置づけなければならないのである。

 また,例会での議論では,新プラトン派の哲学から我々が学ぶべき教訓として,この世界の如何なる問題も,自分自身の問題として一つに還元して捉える必要があるのだ,ということが鮮明になったのも,大きな収穫であったと思う。一般論から個別の事実を捉えていく,ということも,単なる文字としてではなく,主体的なものとして,自身の生き方に直接に関わるものとして,捉えなければならない。例えば,教育者(教育学者)であれば,「教育とは何か」という一般論から世界のあらゆる事物・事象に問いかけ(二重化し),そのことを通じて,自己の「教育とは何か」の一般論のイメージを,具体的な内容を豊かに含んだものにしていく。そうしたことが直接に教育者(教育学者)としての見事な生きざまに繋がるのである。

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 今回の範囲は相当難解で,読み進めていくのもかなり苦しい部分があったけれども,例会での議論をとおして,理解を深めていくことができたと感じている。特に印象に残った内容は2つである。

 1つはプロクロスの三位一体についてである。一に対して無限(多)という対立物が立てられ,限界によって両者が統一されるということについて,要するに,ある契機に対立する契機が立てられた上で両者が統一されるという法則的な発展過程が繰り返されることで,世界全体の重層的な構造ができあがっているのだ,ヘーゲルはプロクロスの中にそのような主張を読みとっているのだということであったが,ここは非常に納得することができた。確かにヘーゲルの『歴史哲学』もそのような構成で全世界の歴史を描いていたように思う。やはりヘーゲルが全世界をどのように捉えていたのかという観点から,それぞれの哲学者のどこを評価しているのかという点を見ていかなければならないと思った。

 もう1つは,「個体発生は系統発生を繰り返す」の観点から,我々自身の学問への道に対して,如何なる教訓を導きだすべきかという問題に関わってである。全てを自分自身の問題として,自分自身の生き方に切実に関わってくるものとして,この世界全体が自分自身にほかならないのだ,という実感が持てるようになるまで,現実世界のあらゆる問題を(原発問題も,沖縄問題も,アメリカ大統領選挙の問題も)主体的に一つに還元して,捉えていかなければならないのだ,ということであったが,ここは本当に納得できたし重要なところだと思った。ヘーゲルの哲学史は学問構築論として読めるのであり,自らがしっかりと学問構築の過程を辿ってさえいれば,その体験に基づいてヘーゲルの文章は理解できるのだということも感じた。逆に,自分が研鑽を怠けていたのでは,いくらヘーゲルを読んだところで理解できないのであり,そういう意味でも,しっかりと学問の道を歩んでいかなければならないと思った。


(了)
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2016年04月18日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(9/10)

(9)論点3:ギリシャ哲学の第三期とはどういうものか?

 前回は,新プラトン派に関わった論点の討論過程を報告しました。今回は,ギリシャ哲学の第三期について議論した内容を紹介します。論点は以下でした。

【論点再掲】
3.ギリシャ哲学の第三期とはどういうものか?
 ギリシャ哲学の第三期とはどういうものであったのか,ヘーゲルによる総括の文章(岩波全集版,p.92〜)に沿って,ギリシャ哲学史全体を視野に入れつつ,確認しておきたい。また,この第三期を唯物論の立場から捉え返すとどのようになるか。「個体発生は系統発生を繰り返す」の観点から,我々自身の学問への道に対して,如何なる教訓を導きだすべきか。


 この論点については,まず前提として,次のことを押さえておかなければならないという指摘がありました。すなわち,そもそも哲学の歴史とは,人類がこの世界全体に体系的に筋を通して把握していこうとしてきた営みの歴史にほかならないが,観念論者ヘーゲルにあっては,世界の本質たる精神が(自己が精神であることに気づいた上で,さらに)この世界の全ての事物・事象は自己自身にほかならないという自覚を明瞭に把持するに至るまでの歴史が哲学史である,ということでした。このような一般論から押さえていくことは大切だということを確認しました。

 その上で,チューターが,事前にメンバーから出してもらった論点への見解を基にして,ギリシャ哲学史全体を「絶対精神君」の成長過程として,以下のように漫画チックに描いてみせました。

「古代エジプト時代に生まれた精神としての絶対精神君は,世界について研究を始め,タレス歳になる頃にイオニア地方に移り,この世界の本質(原理)は水であると考えるようになった。また,空気であると考えたこともあった。この時代は,絶対精神君の抽象化能力が低く,自然的な形こそが原理であると考えざるをえなかったのである。ピュタゴラス歳になる頃には,感性的なものと概念的なものの中間である数を原理であると考えるようになり,パルメニデス歳のころには,不動の「一」や「有」といった抽象的思想が原理であると考えるに至った。しかしこのころは,まだ「一」や「有」といったものは思考の対象であると考えられており,それ自身が思想であるという自覚はなかった。

 アナクサゴラス歳になるころに,絶対精神君はアテネに移住する。ここで,世界の本質(原理)とは,物質的・感性的な世界(吉本隆明のいわゆる「実体の世界」)とは区別される何者かであるということに気づくようになり,それをヌースと名づけた。ただしこのころは,まだヌースは抽象的で無内容なものでしかなかった。ソクラテス歳になると,このヌースというのは自分の精神のことではないかという自覚が芽生える。つまりこのころ,自分は精神であり,その精神こそ世界の原理であるという自覚が芽生え始めたのである。そして,このヌースから感性的な世界の具体的で豊かな内容を自己のものにしていこうとするようになった。翌プラトン歳,さらにその翌年のアリストテレス歳のころには,この取り組みは大きく発展していったが,それは単に所与の現実をそのまま受動的に写し取っていくようなレベルのものでしかなく,受け入れた現実を自分自身(個としての人間自身)と同一のものだとして深く自覚するようなレベルのものではなかった。

 こうして第一期をアテネで過ごした絶対精神君にとって,自分の精神が捉えたものはほかならぬ自分自身のものであるという自覚をもつことこそが,明瞭な課題として浮上してきたのである。ゼノン歳からピュロン歳のころ,ポリス社会が崩壊に向かい,世の中が不安定になってくることによって,絶対精神君は絶対的な真理の規準を確定することによって心の平静を得ようとしていた。そんな中,一時期は「対象=意識」という真理の規準論を掲げ,表象レベルのイメージにおいてこそ両者は一致する,これによって心の平静が保てるのだという思い込んでいた時期もあったが,すぐに,そうした真理規準では不充分だと感じるようになった。外的な客観的世界と内的な主観的世界との間には埋めることができない溝があるのであり,一致することなどありえないという結論に至ったのである。そうして,絶対精神君は意識から独立した客観的世界の存在そのものを否定してしまったのであった。しかしこれは,主観に現われるものがすべてだということでもあり,自己意識のなかに世界全体を溶かし込むようなものだともいえるものであったといえる。

 古代ローマの時代になると(プロティノス歳からプロクロス歳の頃),先の時期に自己意識の中に溶かし込んだ世界を,具体的に規定された世界として構成していくことが,絶対精神君の課題となった。先の全世界の取り込みは,あらゆる区別,具体的な内容を否定する形で行われたので,ここに自己の内部の世界(抽象的で無内容な主観的世界)に諸々の差異を捉えて,叡智的世界を築くことが課題となったのである。この叡智的世界の構築は,客観を否定して主観に閉じこもるというあり方を否定し,客観もまた主観と同じく精神的な存在である割り切ることで,客観の具体的で豊かな内容を自分のものにしていく過程であったといえる。全ては一者(=神)からの流出なのであって,自己は直観的にその真理(自己=一者)を把握することができる,と絶対精神君は考えるようになったのであった。」


 このようなまとめに対して,内容的に引っかかるところはないが,せっかくだからもう少し漫画チックにしてほしかったという意見が出されました。

 次に,ギリシャ哲学の第三期を唯物論の立場から捉え返すとどのようなことがいえるかについて議論しました。2人のメンバーは,「一者」の措定が,学問構築過程における一般論の措定にあたるのではないかと主張しました。このうちの一人はさらに,流出という把握は,対象とする全ての事実に共通する性質である一般論から問いかけて,対象を筋を通した形で把握するという学問構築過程における実践として理解する必要があるのではないかと述べました。別のメンバーも,確かに,哲学という学問に対して一般論が措定されたという評価を下すことはできるかもしれないと述べました。

 第三期の唯物論的な把握に関して,全く別の見解を出したメンバーもいます。すなわち,ギリシャ哲学の第三期は,大きくいえば,ローマ世界末期の混乱のなかで,各個人が自己の精神の内部に充足を求めていった流れのなかにあるのであり,人類の認識の発展史という観点からすれば,ローマ時代の末期までに,物事を抽象する実力(特殊なものを普遍的なものに還元する能力),抽象的なものから筋を通して具体的なものを理解していく実力が相当に培われていたのだという見解でした。これはこれで,唯物論的な歴史把握の流れの中に哲学を位置づけたものとして,妥当だろうということになりました。

 最後に,「個体発生は系統発生を繰り返す」の観点から,我々自身の学問への道に対して,如何なる教訓を導きだすべきかという問題について議論しました。先にギリシャ哲学の第三期を学問構築過程における一般論の措定にあたると主張した2人のメンバーは,当然に,個体発生においても,一般論を措定して,そこから事実へ問いかけていくことが大切であるとの見解を示しました。これも当然重要なことだということで,皆が同意しました。別のメンバーは,この現実世界に生じているあらゆる問題を,全て自分の生き方に関わってくるものとして(多少強引であっても)一つに還元して捉えていくことが大切だ,という教訓として捉えるべきだと主張しました。これに対してチューターは,この教訓は,パルメニデスからでも引き出すことが可能なのではないかと問いました。これに対してこのメンバーは,パルメニデスの場合はポリスに限定されており,非常に範囲が狭いうえに,パルメニデス段階では,自分と「一」が同じものだとは思っていない点が決定的に異なる,これに対して新プラトン派の「一者」は普遍性をもっており,「恍惚」状態において自分が「一者」と同一になるのであるから,その点で大きく異なるのである,と答えました。もう少しいうと,単なる知識としてではなく(これでは第一期レベルである!),全てを自分自身の問題として,自分自身の生き方に切実に関わってくるものとして,この世界全体が自分自身にほかならないのだ,という実感が持てるようになるまで(例えば最近話題の「保育園落ちたの私だ」はその個別的,端緒的な表れとして分かりやすい例といえよう),現実世界のあらゆる問題を(原発問題も,沖縄問題も,アメリカ大統領選挙の問題も)主体的に一つに還元して,捉えていかなければならないのだ,ということでした。一般論から問いかけるということも,まさにこういうことであり,看護一般論から問いかけるということはすなわち,看護師としてどう生きるのかということであるし,教育一般論から問いかけるということはすなわち,教師としてどう生きるかということなのである,このようにしていかないと一般論が身につかない,そういう教訓としてこの時期を捉えるべきである,ということでした。この見解には一同,深く納得しました。

 以上の討論をもって今回の例会を終了しました。
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2016年04月17日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(8/10)

(8)論点2:新プラトン派の哲学とはどういうものか?

 前回は,ヘーゲルの基本的な概念についての討論過程を紹介しました。今回は,今回の範囲の中心である新プラトン派の哲学についての論点に関する討論を報告します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
2.新プラトン派の哲学とはどういうものか?
 プロティノスおよびプロクロスの哲学とはどういうものであったのか。「一者」「流出説」というキーワード,プラトン哲学との違い,新プラトン派の完成形態たるプロクロスにおける三位一体,シュヴェーグラーの説明との違いなどに着目して,確認しておきたい。


 まずは大雑把に内容を確認しました。新プラトン派は世界を一者からの流出とそこへの還帰として説いている点は間違いないことを確認しました。さらに,プロティノスの一者は,直観によって把握できる存在であり,ヘーゲルの絶対精神の自己運動にきわめて近しい内容であるが,まだ感覚的なイメージにとどまっているという限界があるという指摘もなされました。プロクロスについては,一者は流出しても減少しないこと,また,一,無限,限界という三位一体の形式で説いていることも確認されました。

 ただし,三位一体の突っ込んだ中身,具体的な内容については,相当に込み入っており,ヘーゲルの文言だけでは分かりようがないので,あまり深入りしないこととしました。

 以上に加えて,あるメンバーは,もう少し論理的に,詳しく新プラトン派の哲学について説きました。それは以下です。

「ヘーゲルは,プロティノスのやり方は特殊概念を全くの一般概念へと常に還元するものであるとしているが,その一般概念が「一者」である。そして,プロティノスは,一者とそこから流出したものとが別個のものではないことを力説して,一者から流出したものは方向を転じて再び一者(流出の源)へと向かって還帰するのだ,という。こうして一者は自己を直観するのであり,知性とはこの円環運動のことなのである。また,叡智界は,知性が自己自身を対象として,自己を展開し自己を規定されたものとしていくことによって成立するものであり,これと,負の存在である物質が原理となっている感覚的世界とは関係はあるが別物である。すなわち,叡智的世界は区別をうちに含みつつも一者(永遠不滅の絶対善)として完全に統一されているのであるが,その叡智的世界の迂遠な模像としての感覚的世界は,物質こそが原理となっているので,非常に不安定であり,悪にも満ちているのである。

 プロクロスの三位一体は一に対して無限(多)という対立物が立てられ,限界によって両者が統一されるという形式である。。また,プロクロスはプロティノスよりも発展した内容である体系的な秩序を有する。すなわち,ある契機に対立する契機が立てられたうえで両者が統一される,という法則的な発展過程が繰り返されることで,世界全体の重層的な構造が出来上がっているのだ,というような捉え方がプロクロスにはあったのである。」

 このような見解に対して,他のメンバーは,非常に筋が通っており,分かりやすいものだと評価しました。

 最後に,新プラトン派について,以上のようなヘーゲルの捉え方と,一昨年学んだシュヴェーグラーの捉え方とは,同じなのか違うのかという問題に関して,議論しました。まず,シュヴェーグラーの捉え方を確認しました。シュヴェーグラーは,新プラトン派を古代哲学の二元論的傾向を克服して一元論的哲学をつくろうとした古代哲学の完成であると同時に自己解消でもあると捉えていたのでした。この問題について,あるメンバーは,古代ギリシャ哲学の完成であるというプラス面のみ,ヘーゲルは説いているが,客観的な世界の本質を筋を通して追求してきた古代ギリシャ哲学の探求の方法を全く放棄してしまったという意味では自己解消といえるというマイナス面については,ヘーゲルはそのように把握していないように思われると述べました。もう少しいうと,ギリシャ哲学の自己解消という捉え方をヘーゲルはしていないのではないか,探究方法がここで放棄されたという把握はヘーゲルにはないのではないか,ということでした。

 これに対して別のメンバーは,シュヴェーグラーの説明とヘーゲルの説明は基本的に重なると説きました。すなわち,ヘーゲルが新プラトン派の意義として説いているのは,一者からの流出によって全てを一元論的に説こうとしたことであり,その限界として説いているのは,一者(神)からの流出のイメージが感覚的なものにとどまり概念的な把握がなされていない(個としての人間の意識と絶対的実在との直接的同一性が単に直観的にしか捉えられていない)ことである,こうした新プラトン派についてのヘーゲルの指摘を,シュヴェーグラーは古代ギリシャ哲学の終着点において示された矛盾(完成=自己解消)として把握しなおしたのであろう,ということでした。先のメンバーの見解については,シュヴェーグラーは,新プラトン派において合理的な説明がすべて放棄されたといっているわけではなく,この世界の究極の本質については合理的に説明することを放棄したというくらいの意味ではないかと反論しました。すなわち,世界の本質は合理的には説明できず,直観的にしか把握できないが,そこが確定しさえすれば,あとは合理的に説明できると,シュヴェーグラーは主張していたのだ,ということでした。この説明に皆が納得しました。

 以上で論点2に関する討論の紹介を終わります。
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2016年04月16日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(7/10)

(7)論点1:ヘーゲルの基本的な概念をどう理解するか?

 前回は,今回のテキストの範囲の大切な点を改めてふり返り,そのあと,3つの論点を紹介しました。

 今回からは,それぞれの論点に対して,どのような討論がなされ,どのような(一応の)結論に達したのかを報告します。今回は,ヘーゲルの基本的な概念についての論点です。

【論点再掲】
1.ヘーゲルの基本的な概念をどう理解するか?
 新プラトン派についての総論的部分で,ヘーゲルは,絶対的実在〔本質〕(absolute Wesen),神,絶対的精神といった言葉を使っているが,これらはどう違うのか(どう使いわけられているのか)。これらと世界精神,自己意識なるものはどのように関わっているのか。主観的意識と自己意識はどう違うのか(どう使いわけられているのか)。叡智界とはどういうものなのか。


 この論点に関しては,まず,「絶対的実在〔本質〕(absolute Wesen)」「神」「絶対的精神」という術語について議論しました。絶対的実在〔本質〕(absolute Wesen)については,一人のメンバーを除いて同じような理解でした。すなわち,古代ギリシャ哲学が探究してきた世界の原理のことであり,この世界全体の究極の本質に相当するものという理解です。「世界とは何か」という問いに対して想定されている答えのことを,ヘーゲルは「絶対的実在」と呼んでいるということでした。しかし,一人のメンバーは,絶対精神が現実の世界に存在する形式は,個人としての自己意識にほかならないとした上で,絶対精神としての自己意識を,外面的な世界に客観的に実在するものとして把握した場合,ヘーゲルはこれを絶対的実在と呼んでいる,と説明しました。世界の本質たる絶対精神が自己意識とイコールになっていない時,それを「絶対的実在」と呼んでいる,ということです。これに対してチューターは,もしそうだとすると,内面的な世界に存在するものは,絶対的実在とはいえないということになるが,そういった理解でいいのだろうか,と疑問を投げかけました。別のメンバーからも,世界の本質を絶対精神だと言いきってしまうと,細かな概念が区別できなくなるのではないかという指摘がありました。これらの指摘に対して,このメンバーは一応納得しました。

 神については,「即自且つ対自的存在,完全な普遍者が同時に対象的なものとされる,これが正に神に外ならない」というヘーゲルの言葉を確認した後,一人のメンバーが,絶対精神である自己意識が,自分自身である絶対精神を対象として(自分のほかにある者として)把握した場合,これを神と呼ぶのだと説明しました。これは概ね妥当な見解だということになりました。ただ,見逃してはならない点として,別のメンバーは次のように指摘しました。すなわち,神というのは,人間が自己と世界との同一性を直観的に把握した状態において,その絶対的実在に対して与えられる表現であるということです。つまり,神というのは概念的な把握ではなくて,直観的な把握であるという点が大切である,ということでした。これについては,皆が納得しました。

 絶対的精神については,あるメンバーは,すべての哲学史を貫いて様々に現われ発展するものの,常に自己同一性を保っているような精神的な絶対者のことであると説き,別のメンバーは,この世界全体の究極の本質が自己自身の何たるかを(概念的に把握する形で)自覚したもののことであり,より具体的には,哲学の完成によって,人間が自己の本質と世界の本質とは同じものであると概念的に把握しきった状態のことであると説きました。この後者の見解に対してチューターは,先の見解の最終段階のみを絶対精神と説明しているように読めるが,そういう理解でいいだろうか,と問いました。これに対して後者の見解を出したメンバーは,最終段階・完成形態のみを絶対精神というのだ,と理解してもらっては,少し誤解があるとして,次のように説明しました。すなわち,そういうものとして完成することが予定されているので,その全体を「絶対精神」と呼んでもさしつかえはない,それは,見事な花を咲かせるであろうというイメージをもっているからこそ,種子や双葉の状態であっても「朝顔」と呼ぶのと同じである,あるいは逆に,赤ん坊段階で成長が止まってしまうことがあらかじめ決められている存在であれば,それを「人間」とは呼ばないのと同じである,ということでした。こういった説明に,他のメンバーも納得しました。

 次に,これらの概念と,「世界精神」「自己意識」との関係について検討しました。世界精神については,ほぼ同様な理解でした。まとめると,世界精神(Weltgeist)とは絶対精神が自己実現に向っていく過程で,世界歴史(人類の歴史)において,諸々の国民精神〔民族精神〕という形態をとって登場したものという理解になりました。ただ,自然の段階も含めて「世界精神」と呼ぶのではないか,という異論も出ました。しかし,ヘーゲルにおいては,「世界歴史」という言葉もあるように,「世界」というのはあくまでも人間社会のことをイメージしているはずだという再反論がなされました。この見解に皆が同意しました。

 自己意識については,あるメンバーが,精神が自己を対象として眺めて自己が精神であることに気づくようになることで,自己意識(Selbstbewusstseins)が登場するのであって,この段階では,個としての人間の自己意識は,自己と絶対的実在との同一性にまでは気づいていない,というような説明をしました。これにはヘーゲル哲学の全体像を踏まえての説明になっているとして,皆が納得しました。この自己意識と,主観的意識の違い(使い分け)については,主観的意識という場合は,自己意識が客観に対する主観として,自己を客観とは別のものとして(客観を自己とは別のものとして)意識したあり方のことであるということで落ち着きました。

 最後に,叡智界について確認しました。ヘーゲルのいう影の王国のことで,最終的に学問体系が成立することになる観念的な世界のことを指しているとか,精神が主観のみならず客観をも含むものとして自己を意識した上で,自己の内部に客観的世界の具体的で豊かな内容を構成していったものとかいう見解が出されました。大切な点は,叡智界というのは自己の内部にある,精神の内部にあるということである点を確認しました。

 以上で,論点1に関する討論を終えました。
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2016年04月15日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 前回まで4回にわたって,ヘーゲル『哲学史』の新プラトン派の部分の要約を紹介してきました。ここで改めて,大切なポイントを簡単にまとめておきたいと思います。

 はじめに,新プラトン学派の概要が説かれていました。ヘーゲルはギリシャ哲学の第二期について,その終わりでは,自己意識が自分の内面に返り,無限の主観性によって,全ての外的な存在,特定の内容や固定観念や真理が否定されたと説き,思考する自己意識が自己を絶対者だと自覚する段階に至ったとしていました。そして,次の段階である第三期の課題は,内部に様々な差異を捉えて,真理を叡智界として形成することだと述べていました。その上で,キリスト教の意義と限界について述べていました。すなわち,キリスト教によって自己意識が絶対の実在だという考え,絶対的な実在とはイエス・キリストという一人の人間であるという考えが生まれたが,まだそれを直観している段階にすぎないということでした。キリスト教においては,絶対的な実在(=神)がイメージはされるが概念的に捉えられることはないので,哲学の仕事は,キリスト教の理念を概念化すること以外にはないと説かれていました。これらの課題に答えたのが新プラトン学派だと位置づけられていたのでした。新プラトン派の哲学は,アリストテレスの哲学と一体になったプラトン哲学であるとされていました。彼らの根本理念は第一に思考があり,第二に思考されるものがあり,第三に両者の同一性があるということであり,自己意識が自分に返っていくという運動を説いたのだと説かれていました。独断主義やスケプシス主義の目的であった自由や至福や不動心は,絶対的真理への関心を媒介として達成されるものとされていました。。つまり,客観から逃避することによってではなく,客観への関心を不可欠の条件として,客観を通して,主観の自由と至福が達成されるのだとされていたのでした。

 続いて,ヘーゲルが「アレクサンドリアの哲学」と呼んでいる哲学の内容が説かれていきました。自己意識と存在との統一はアレクサンドリア派によって哲学的且つ概念的な形を整えられたとされていました。つまり,絶対的実在はこの意識のうちにあるという原理が確認されたということだったのです。このアレクサンドリア派の中でもプロティノスとプロクロスにヘーゲルは多くの解説を加えていたので,この二人に絞って振り返っておきましょう。

 プロティノスについては,全体としてのやり方は特殊概念を全くの一般概念へと常に還元するものだとされていました。そしてアリストテレスと違って,対象の具体的内容を捉えることには関心がなく,具体的内容を統一し,現象の奥にある実体を引き出すことを狙いとしたのであり,永遠に一なるものへの知的直観へのいざないが彼の哲学の主調音と説かれていました。そして,この一なるものが流出によって様々な内容を生み出す過程が,プロティノスの哲学の要点のひとつだとヘーゲルは説いていたのでした。一なるものが自ら内容を生み出す決心をするのは何故かという問題について,一なるものの意志によって生み出されたのではなく,一なるもののままで何かが溢れ出て,それはまっすぐに一なる善に還っていこうとするのだというプロティノスの説明をヘーゲルは紹介していました。このように円運動を説いた点は的を射たものと評価していますが,神からの産出が感覚的なイメージにとどまっていて概念的に把握されていないという指摘もしていたのでした。

 これに対して,プロクロスについては,新プラトン派の哲学が全体として体系的な秩序を整え,形式的に完成させた人物として肯定的に評価されていました。その哲学の中身を見てみると,プロクロスは様々な弁証法を駆使して,多はそれ自体で存在せず,一切は一に還帰し,意志こそが多くの生みの親だということを証明しているということであり,その際に三位一体の定式が使われていることが注目に値するとされていました。全体は3つのまとまりが互いに統一されていく過程にほかならないと考えていたプロクロスは,プロティノスよりずっと明確な進んだ考えに立っているのであって,新プラトン派のなかでも最も優れた最も完成された哲学だとヘーゲルによって評価されていたのでした。プロクロスの三位一体はまず3つの要素が一,無限(多),限界と定義され,これら3つもそれぞれに抽象的な三位一体をなすとされていました。

 新プラトン派の最後の部分で,ヘーゲルは,新プラトン派哲学によって哲学史の第一期であるギリシャ哲学は幕を閉じるとし,ここまでの流れを振り返っていました。当初は抽象的原理が自然の形をとって現れましたが,やがてそれは「一」とか「有」とかの形で現れました。これらが純粋な思考の対象ではなく,思想として自覚されたのがソクラテスの段階であると説かれていました。さらに,具体的で豊かな内容を与えていこうとする試みがプラトンらによってなされ,アリストテレスに至って思考の思考という最高の理念を獲得しましたが,世界という内容はこの理念の外にあったとされていました。多種多様な具体的内容を統一へと引き戻す試みとして独断主義が現れましたが,実際に統一は実現されなかったということでした。新プラトン派に至って,絶対的なものが具体的なものとして認識され,そこから絶えざる流出が行われるとされたのでした。しかし,新プラトン派についても,無限の主観性という絶対の断絶からぬけ出せないこと,絶対の自由,自我,主観の無限の価値を獲得していないことが不十分な点だと指摘されていたのでした。

 以上のような新プラトン派についてのヘーゲルの講義に関して,さまざまな論点が出されました。それを3つにまとめたものを紹介します。

1.ヘーゲルの基本的な概念をどう理解するか?
 新プラトン派についての総論的部分で,ヘーゲルは,絶対的実在〔本質〕(absolute Wesen),神,絶対的精神といった言葉を使っているが,これらはどう違うのか(どう使いわけられているのか)。これらと世界精神,自己意識なるものはどのように関わっているのか。主観的意識と自己意識はどう違うのか(どう使いわけられているのか)。叡智界とはどういうものなのか。


2.新プラトン派の哲学とはどういうものか?
 プロティノスおよびプロクロスの哲学とはどういうものであったのか。「一者」「流出説」というキーワード,プラトン哲学との違い,新プラトン派の完成形態たるプロクロスにおける三位一体,シュヴェーグラーの説明との違いなどに着目して,確認しておきたい。


3.ギリシャ哲学の第三期とはどういうものか?
 ギリシャ哲学の第三期とはどういうものであったのか,ヘーゲルによる総括の文章(岩波全集版,p.92〜)に沿って,ギリシャ哲学史全体を視野に入れつつ,確認しておきたい。また,この第三期を唯物論の立場から捉え返すとどのようになるか。「個体発生は系統発生を繰り返す」の観点から,我々自身の学問への道に対して,如何なる教訓を導きだすべきか。



 次回以降は,順に,これらの論点についてどのような討論がなされ,どのような(一応の)結論に至ったのかを紹介していくことにします。

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2016年04月14日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約C

 前回は,ヘーゲル『哲学史』新プラトン派のうち,プロティノスに関してヘーゲルが説いている部分の要約を掲載しました。そこでは,プロティノスが一なる実体に全てを還元していたこと,一なるものが流出によって様々な内容を生みだすこと,第一の実在が自分に返っていきながら自分を見るところに知性が発生することなどが説かれていました。

 さて今回は,ヘーゲル『哲学史』新プラトン派の最後の部分の要約です。ここでは,新プラトン派のなかで最も優れた最も完成された哲学を説いたとされるプロクロスについてヘーゲルが説いている部分が中心となります。最後には,哲学史の第一期たるギリシャ哲学が概括されています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3,ポリフュリオスとヤンブリコス

 プロティノスの弟子のうち,有名なのはポリフュリオスとヤンブリコスである。ポリフュリオスはシリア人で304年没,ヤンブリコスもシリア出身で333年没。ポリフュリオスの業績で特筆すべきはアリストテレス『オルガノン』の解説書で,今日までアリストテレス論理学の教科書として利用されてきた。ヤンブリコスはピュタゴラスの伝記作者として知られるが,その記述はポリフュリオスより曖昧で混乱している。ヤンブリコスは同時代人から大きな尊敬を受けた教師だが,その哲学的著作はあまり独創性のない寄せ集めであり,ピュタゴラスの伝記もすぐれた理解力を示すものとはいえない。

4,プロクロス

 プロクロスは412年にコンスタンティノープルに生まれ,485年にアテナイデ亡くなった。彼は秘儀に関することを何から何まで研究し,どこに行こうと,異教の祭礼の式次第を専任の祭司よりよく知っていた。アレクサンドリア派にあっては,秘儀(ミステリオン)という言葉は,一般に瞑想的な哲学を意味していたのである。彼の主著は『プラトンの神学』と『神学綱要』の2冊である。彼の生活はいわば,神に仕え,学問と新プラトン派の哲学に打ち込むものであった。彼のもとで新プラトン派の哲学は全体として体系的な秩序を整え,形式的に完成されたのである。彼の特長をなすのは,プラトンの問答法の深い研究である。『プラトンの神学』で最も鋭く,詳しく追究されるのは一の弁証法で,多を一として,また,一を多として示し,一のとる様々な形式を明らかにするのが彼の眼目である。彼はプラトンの問答法にならって,全ての観念,徳に他の観念が内部で解体し,一へと返っていくことを示す。一だけが本質であり真理であって,他の全ての観念はやがて消えゆく要素にすぎず,その存在は直接にそれを考える思考によって保証されるにすぎない,という結論が現われる。
 プロクロスは一から始めてそこから前へ進むが,直ちに知性に行くのではなく,もっと具体的な形をとって一切が進行する。一なるものは,それ自体を表現することも認識することもできないが,それが外に出てきたり自分に返ったりすることから,その実態が捉えられる,とされる。一が外に出ていくのは自分から抜け出すことではなく,一はそれで減少することなく生みだしたものをうちに含んで,同一のままとどまるのである。プロクロスは様々な弁証法を駆使して,多はそれ自体で存在せず,一切は一に還帰し,一こそが多の生みの親であることを証明する。
 注目すべきは,理念を細かく定義するのに三位一体の定式が使われることである。プロクロスはまず抽象的に3つの神を示し,それらを改めてひとつの全体として捉えて,現実的な三位一体を獲得するのである。この視点は全く正しいものといわなければならない。理念がみずから統一を保ちつつ区別を生みだすとき,理念の契機にほかならぬこの区別は,その本質からして全体としてのまとまりをもち,統一は区別されることによってかえってその本来の姿を現わし,区別のそれぞれはまとまりのある形式をなし,こうして全体は3つのまとまりが互いに統一されて行く過程にほかならない。そう考えるプロクロスは,プロティノスよりずっと明確な進んだ考えに立っているのであって,この点では新プラトン派のなかで最も優れた最も完成された哲学ということができる。
 プロクロスの三位一体を細かくみていくと,まず3つの要素が一,無限(多),限界と定義される。彼は最初の一を神と名づけ,次に思考される多くの一を神々と名づけ,その後に来るものも神々と名づける。限界が多と一とを統一する。これら3つの契機もそれぞれに抽象的な三位一体をなすとされ,全ては三位一体のうちに含まれる。第一の三位一体が一切でありながら,知的で直接に一であり,限界のうちにとどまるのに対して,第二の三位一体は一切でありながら,生命をもち,無限を原理とするものであり,第三の三位一体は,混合物として生じてくる。第一の三位一体の本質は限界であり,第二の三位一体の本質は無限,第三の本質は具体性である。3つの統一体を並べてみると,神々の知的秩序が明らかになる。それぞれが3つの契機を含み,そのうちのどれかひとつに中心をおく統一をなす。この3つの秩序が最高の三神であり,そこから後に様々な神が現われてくることになる。

5,プロクロスの後継者たち

 プロクロスは新プラトン派の頂点であり,その哲学は中世全体にわたって影響を及ぼす。529年,ユスティアヌス帝によるアカデメイアの閉鎖により,異教の哲学は表向き消滅したとはいえ,新プラトン派の理念や特にプロクロスの哲学は長く境界に根を下ろし保存された。前期の純粋で神秘的なスコラ学者たちは,プロクロスと同じ立場に立っている。ずっと後の時代まで,神について神秘的で深遠な論がなされるときには,カトリック教会のなかにも新プラトン派の観念がみられる。

  *  *  *

 我々は新プラトン派哲学の最上の思想を示したが,そこにはいわば思想の世界が強固にできあがっている。感覚世界と並んで思想の世界があるのではなく,感覚世界は消滅し,世界全体が精神へと高まり,この全体が神および神の生命と名づけられるのである。
 今や哲学史は大きな曲がり角に来ている。哲学史の第一期たるギリシャ哲学はここに幕を閉じる。そもそも哲学は,思想を感覚から切り離し,感覚と想像力の彼方に思想の全体系を築こうとするものである。ここでは進行は一直線で,ざっと見渡すと以下の通りである。最初に抽象的原理が自然の形をとって現われ,次に,抽象的思想は直接に「一」とか「有」とかの形で現れる。それは純粋な思考の対象で,思想として自覚されていない。ソクラテスが第二段階の始まりで,これは自己の思想の段階である。思考そのもの,知性(ヌース)が絶対的だとされる。内部に光が当てられ,具体的かつ主観的思考となるが,その具体性はまだ潜在的なものにすぎない。第三に,その具体性がハッキリ自覚される段階があって,それがギリシャ哲学の終点である。
 自己とは具体的なものの単純な形式にすぎず,内容を与えられて初めてそれは具体的になるのであって,ソクラテスの哲学やプラトンのイデア論はその試みである。しかし,その具体性は与えられた現実から得られるだけのもので,自覚されてはいない。アリストテレスは思考の思考という最高の理念を獲得したが,世界という内容はこの理念の外にある。多種多様な具体的内容を統一へと引き戻してこそ,自己が具体的なものを最終的に,単純に,統一するものとなる。逆に,自己という抽象的原理が内容を獲得しなければならない,といってもよい。そこに現われるのが独断主義の体系であり,ストア主義においては,かの思考の思考が全世界の原理とされたが,スケプシス主義はそれを否定し,自己意識として,自分だけの純粋に孤独な思考のなかで,世界という前提や前提の始まりに反省の目を向ける。
 第三に,絶対的なものが具体的なものとして認識される。独断主義の体系にあるのは統一の要請だけで実際に統一が実現されたわけではない。新プラトン派において,絶対的なものが具体的なものとして認識され,理念が具体的内容を伴う3つの三位一体として認識され,そこから絶えざる流出が行われる。アレクサンドリア派は具体的な全体を相手とし,精神の本性を捉えたのである。とはいえ,無限の主観性という絶対の断絶からぬけ出せないこと,絶対の自由,自我,,主観の無限の価値を獲得していないこと,この2つがアレクサンドリア派の不十分な点である。
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2016年04月13日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約B

 前回は,ヘーゲル『哲学史』新プラトン派の中の,フィロン,およびカバラとグノーシス主義について説かれた部分と,アレクサンドリア派の哲学の触りの部分までの要約を掲載しました。そこでは,認識できない「一」なる神から世界が流出したとする説(フィロン,グノーシス派など)や絶対的実在は個の意識の内にあるという深遠な原理(アレクサンドリア派)について説かれていました。

 さて今回は,彼の著作こそ新プラトン派の最大の資料であるとされているプロティノスについてヘーゲルが説いている部分の要約を紹介します。ここでは,特殊概念を全くの一般概念へと常に還元するという彼の方法論などが説かれています。

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2,プロティノス

 アンモニオスの弟子たちは,哲学を著作にあらわさないように,という師の禁令をつきつけられていたため,プロティノスが著作を始めたのはずっと後年のことで,現存する彼の作品は,彼の死後に弟子のポルフュリオスがまとめたものである。ポルフュリオスの書いたプロティノスの伝記には,実生活の正確な記述と不思議な出来事がまじりあっている。プロティノスはエジプト人で,紀元205年に生まれ,270年,ローマで66歳の生涯を終えた。
 プロティノスの著作は,聴講者の質問に答えるという形をとっている。それは『エンネアデス』と呼ばれ,全体が6部からなり,それぞれが9つの論文を含むから全体で54の論文に分かれている。目配りのよくきいた作品だが,全体としてのまとまりには欠けるところがあって,通読するのは骨が折れる。

 プロティノスの哲学がどういうものか述べるのは困難であるが,全体としてのやり方は,特殊概念を全くの一般概念へと常に還元するものである。プロティノスの精神は個々の材料の上をさまよいながら,それをめぐって理屈を並べて問答を行い,結局は一切をひとつの理念へと還元する。特殊な概念から出発しながら,いつも同じところに帰ってくるので,読むうちにいささかうんざりしてくる。彼にあっては,プラトンの理念と表現が特に大きな位置を占めるが,アリストテレスもそれに劣らず重要で,可能性(デュナミス),現実性(エネルゲイア)といったアリストテレスの用語が重要な位置を占め,その関係が否応なく考察の対象となる。彼はまたストア派の思考(ロゴス)をも取り入れている。
 プロティノスは,アリストテレスと違って,対象の具体的内容を捉えることには関心がなく,具体的内容を統一し,現象の奥にある実体を引き出すことを狙いとする。彼の哲学の主調音は,人の道へのいざないであり,その源泉たる,永遠に一なるものの知的直観へのいざないである。次いで,人の道の特殊なあり方が問題とされるが,それも魂を様々な感情,様々な不純で不正確な罪悪感や運命観,また,不信心,迷信,占い,魔術などから浄化するためである。個々の具体的な内容を解釈することより,事柄の本体へと返っていくことが彼の狙いなのである。
 その哲学の具体的な内容についていえば,ストア派やエピクロス派のいう規準はもはや問題にならない。ストア派やエピクロス派で目標とされた心の平静さが,ここでは純粋な直観という立場にたつための出発点とされている。そして,そういう直観を呼び覚ますことが,歓喜とか感激とか名づけられているのである。プロティノスは,真の存在は恍惚状態になることによってのみ知られる,というが,この有頂天を熱狂の状態と考えてはならない。恍惚状態とは,対象そのものが単純で静止しているために,魂も単純化され,至福の静止状態にあることを意味するのである。恍惚といっても,単なる感覚や空想の歓喜をいうのではなく,感覚的意識の内容を抜け出すことをいうのであり,そこにあるのは自分を対象となして自足する純粋な思考である。

 プロティノスが熱狂の人と名づけられた(誤解された)のは,恍惚という言葉をもち出してきたことに加えて,事柄そのもののうちにもある。思考の捉える絶対的実在が思考そのものとは別物だと確信する人々は,思考が捉えた神の概念と神の存在とは全く別物だという。ちょうど,我々がある動物について思考したとき,その動物の概念は動物そのものとは全く別物で,現実の動物こそが真理なのだ,というように。しかし,問題なのは動物の本質であって,それは概念として捉えられるものである。動物の本質は感覚的な動物のもとに本質としてそのままあるのではなく,対象たる個物の一般概念としてあるというほかない。我々の思考が捉えた概念こそ本質であり,それだけが真理であって,感覚的な動物は否定的に捉えられなければならない。同様に,絶対的実在に関する我々の概念も,それが他ならぬ絶対的実在の概念である限り,本質そのものを表わす。しかし,神は単に本質や概念であるだけでなく実在でもあるのだから,この本質は神の全てを尽くしてはいないように見える。純粋な本質としての実在は思考の形をとるが,現実的な実在は自然という形をとる。そして,自然という実在のなかでは,自我は個としての思考者であり,自然という実在の一要素をなすに過ぎず,自然をつくりなすものではない。つまり,絶対的実在(神)は思考の捉える本質としての実在から,現実に存在する実在へと移行しなければならず,そのとき,現実に実在する神は個々の自己意識の彼岸に存在することになる。個々の自己意識の彼岸が本質(純粋思考)としての神であれば,対象としての神は克服される。神が自然の存在(思考の彼岸にある現実体)である場合,この現実体が本質としての神に返っていくことで,個別意識としての存在は克服される。
 こうして,プロティノスが熱狂家であるのは,神の本質が思考そのものであり,思考の内に現前する,という思想を彼が抱いていたから,ということになる。プロティノス哲学の真髄は知性主義ないし高度な観念論である。概念の展開が不十分であるために,完全な観念論とはいえないまでも。
 
 恍惚状態において現われる客観的な内容(プロティノスの中心思想)。第一の絶対的基礎は,フィロンと同様,純粋で不変な「有」であり,それは全ての現象の根拠であり原因であって,可能性と現実性との区別なく,それ自身が絶対的な現実である。それは本質的に一であり,一としてすべての実在の本質をなす。プロティノスはこの一なる実体に全てを還元する。それは絶対的な善であり,他のいかなる原理にも依存せず,しかも全ての流出の原理となる源泉である。一なるものが流出によって様々な内容を生みだす過程が,彼の哲学の要点のひとつである。
 この統一体が生みだす第一の息子が知性であり,それは第二の神的実在であり,もうひとつの原理である。ここで生じる難問が,一なるものが自ら内容を生みだす決心をするのは何故か,ということである。これに答えるためには,全身全霊込めて神に呼びかけなければならぬ,とプロティノスはいう。彼は,知性は絶対的実在の変化によるものではなく(一が他のものを生みだしたのではなく),知性は絶対的実在の直接の反映のようなものであるから,一なるものの意志によって生み出されたものではない,とする。一なるものは一なるもののままで何かが溢れ出る。それはまっすぐに一なる善に返っていこうとする。これが知性のあり方であり,第一の実在が自分に返っていきながら自分を見るところに知性が発生する。知性とはこの円運動である。プロティノスによるこうした説明は的を射たものだが,ただ神からの産出が感覚的なイメージにとどまっていて概念的に把握されていないのが難点である。
 知性のうちにはもともと様々な形態が含まれているが,その形態は知性に自覚され,知性の対象として現われてくる。それは3つに分かれる。知性に対する普遍な統一体。自分と絶対的実在との区別(全てが互いに区別や形態をもつことが,知性による世界創造である)。思考の内で持続する実体性としての具体的内容。事物の流出は知性が内容で満たされつつ持続し,一切を直接にのみ込むような形で行われる。ここでは知性が区別を破棄し次々と対象を渡り歩きながら,自己を対象として思考する。知性が自ら変化しつつ,その変化のなかでも単純に自分のもとにとどまる限りで,知性は生命一般を思考する。ここに,真の生命ある宇宙が現われる。自己自身から流出したものが反転し,自分を思考することが,永遠の世界創造である。
 プロティノスは知性を3つに,つまり,知性と思考されるものと思考とに分ける。知性は一にして全てであり,思考は区別されたものを統一するものである。思考されたものは,弧を描いて神に向かう主体的なものでもある。こうして,思考と外部の神との区別は消滅する。

 彼は物質世界の原理と悪の起源を論じる。物質とは存在はしないが存在の像はもっているもののことである。事物はその純粋な形によって相互に区別されるが,差異に共通するのは負の存在だということであり,それが物質である。最初の絶対的統一体が「有」だとすれば,対象を統一するのは負なるものであるが,それは思考された純粋な概念,しかもどんな具体的内容をももたぬ概念である。物質は他との関係でどこかにあるのではなく,将来の存在のための可能性である。非存在こそ物質の性質を表わす言葉であり,純粋な負として物質は非存在と定義される。プロティノスは,存在が善であるとすれば,悪は非存在のひとつの形として,しかし全き非存在ではなく存在とは別のものという意味での非存在として,存在するしかない,という。

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2016年04月12日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約A

 前回は,ヘーゲル『哲学史』新プラトン派の中の,新プラトン派の概要が説かれている部分の要約を紹介しました。そこでは,思考する自己意識が自己を絶対者だ自覚する段階にまで到達した哲学の次の課題は,内部に様々な差異を捉えて,真理を叡智界として形成することであること,哲学の仕事は,キリスト教の理念を概念化することであることなどが説かれていました。

 今回は,フィロン,およびカバラとグノーシス主義について説かれた部分と,アレクサンドリア派の哲学の触りの部分までの要約を紹介します。

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A フィロン

 フィロンはアレクサンドリアのユダヤ人学者で,紀元前後のローマ第一帝政期の人である。彼を特徴づけるのは,プラトン哲学の研究とユダヤの聖典のうちに哲学を探り,これを純理論的に説明していることである。一方で,現実のイメージが宗教的な表現形式に結びつきつつ,他方でこの表現形式を直接に言明するだけでは満足できなくなってくる。だからこそ,この表現形式をもっと深く捉える努力がなされるのである。フィロンの基本思想は以下のごとくである。
 一,神を認識すること。魂の目による神の直観が,恍惚,陶酔,神の作用などと名づけられている。神の本質は根源の光だともいわれるが,「この一なるものが神そのものだ」とフィロンがいう以上,神の何たるかは知ることができない。キリスト教では,逆に,単純であることは神の一面にすぎず,精神としての神が全体をなすのであるが。
 二,神のうちに現れる区別ないし理念が知性を形成する。この知性が世界を統治する天使として現れ,物事に秩序を与えて,思想の国をつくりだす。それは天の人,アダム・カドモン(神のなかにある人間)として現れる。
 三,思考は否定的なものへと向う。観念世界に対立して感覚的な存在の世界が現れる。神が「有」であるのに対して,感覚的世界は「非有」である。この「非有」は神が無から創造したというときのとは異なって,「有」に対立する「非有」であって,「有」と同じように正なるものである。「有」の対立物が「有」と同様に積極的なものであることを,フィロンは的確に洞察していた。しかし,その対立はイメージとしても不明確で,概念や理念も独立の形態も具えていない。

B カバラとグノーシス主義

 カバラ派の哲学とグノーシス派の哲学は,全てフィロンと似たような考え方を展開していく。始元は存在する者,認識されざるもの,名づけようのないものである。第二は秘密の開示であり,具体的なものであり,それは流出によって生じる。第三は統一への帰還であり,それは理性(ロゴス)の働きによるものとされる。

1,カバラ派の哲学

 カバラとはユダヤ人の秘密の知恵のことである。一は全ての数の源泉であるとともに,全ての事物の原理だとされる。数の一が全ての数のどれでもないように,神も全ての事物の根拠(エンソフ)でありながら,どの事物でもない。神から生じる流出は第一原因から出てくる結果であり,第一の無限を制約することであり,第一のもの限定である。第二の要素は,アダム・カドモン,すなわち,第一の人間であり,冠,第一の生成物,最高の冠,小宇宙,大宇宙がこれである。さらなる流出によって,世界をとりまく他の領域が生れる。こうした流出は光の流れとして表現される。

2,グノーシス派

 グノーシス派もカバラと同じような観念を基礎とする。最も有名なのはバシレイデスだが,彼の場合も第一にくるのは言葉にならない神――カバラのエンソフに相当するもので,その神には名前がなく,いきなりそこにあるものである。第二にくるのが,知性であり,長子であり,理性であり,知恵であり,活動するものであって,さらに性格づければ,正義であり平和である。その後にくるのはアルコンテス(支配者たち)と名づけられる規定された諸原理で,これが霊界の主として,魂の秘密を明らかにして純化するという主要任務に携わる。魂は物質を出て,知恵や平和に返っていく。原初の存在は完全なもの全てを内に含むが,それらはいまだ可能性にすぎず,長たる知性が隠されたものを初めて明らかにする。被造物は神と結びつくことによってはじめて真の正義と正義に由来する平和にあずかるのである。
 キリスト教がグノーシス主義を排斥したのは,グノーシス派が一般論にとどまる傾向と,想像上のイメージと現実の自己意識である生身のキリストを対立させる傾向をもつからである。キリスト仮現説は,キリストの肉体を仮のものとし,本当の思想は肉体の背後にあるとした。一方,キリスト教会は人間の姿をしたキリスト個人を重視し,具体的現実を原理として守ろうとしたのである。


C アレクサンドリア派の哲学

 自己意識と存在との統一はアレクサンドリア派において哲学的かつ概念的な形を整えられる。東西の中間地点たるアレクサンドリアでは,東洋民族と西洋民族の宗教と神話と歴史の全てが浸透し合い,宗教観念の根底に深い意味が込められ,アレゴリー(寓意)に基づく一般的解釈が行われるようになった。
 アレクサンドリアに現われた哲学様式は,特定の古い学派のどれかに執着するのではなく,様々な哲学体系を統一するような,特にピュタゴラスとプラトンとアリストテレスの哲学を統一的に認識するような哲学である。プラトン哲学を下敷きとしながらも,アリストテレスやストア派も取り入れられた。高い教養に支えられて哲学が再建されているが,その高い教養の核心をなすのは,絶対的実在が自己意識として捉えられねばならないこと,自己意識をもつことが絶対的実在の本質であること,つまり絶対的実在は個の意識の内にあること――こうした深遠な原理である。神は精神であるというと,その精神は世界の外に,しかも自己意識の外にあると考えられがちだが,自己自身を意識する精神とは,現実の自己意識として実在するものなのである。思考の内にあるというプラトンの一般理念は,ここではそれそのものが絶対的実在であると意味づけられる。
 新プラトン派の哲学は,以前の哲学の全てを飲み込んでしまう。以前の哲学のように独自の哲学学派をなすのではなく,全てを内部で統一することから,プラトン研究やアリストテレス研究やピュタゴラス派研究を中心に据えることになる。この研究と前代の著作の解釈が結び付いて,様々な哲学理念を結合し,その統一を示すことが狙いとなる。

1,アンモニオス・サッカス

 この派の最初期の最も有名な教師がアンモニオス・サッカスであるが,彼の著作は1冊も残っていない。この時代の哲学の最も基本的な方法は,プラトンやアリストテレスの作品の注釈や梗概をつくることだったのである。アンモニオスの多数の弟子の内,哲学者として最も有名なのがプロティノスで,プロティノスの現存の著作こそ新プラトン派最大の資料である。アレクサンドリア哲学はプロティノス哲学ともよばれる。

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2016年04月11日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約@

 前回は,京都弁証法認識論研究会の3月例会において,報告担当者から提示されたレジュメ,およびそれに対して他メンバーからなされたコメントを紹介しました。今回から4回にわたって,ヘーゲル『哲学史』の今回の範囲の要約を紹介していくことにします。

 今回は,新プラトン派の概要が説かれている部分の要約です。ここでは,ギリシャ哲学の第三期の課題や,新プラトン派とキリスト教徒の関係などが説かれています。

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新プラトン派

 第三期は,前の二期全体の結論をなす。第三期の哲学は,キリスト教というローマ世界に生じた革命と最も密接に関連する。第二期の終わりでは,自己意識が自分の内面に返り,無限の主観性によって,全ての外的な存在,特定の内容や固定観念や真理が否定された。そこでは内面的な満足は得られるものの,それは特定の内容を全て破棄することで得られた満足にすぎないから,確固たる真理となるべきあらゆる内容が完全に空洞化している。哲学は,思考する自己意識が自己を絶対者だと自覚する段階にまで到達した。次の段階は,内部に様々な差異を捉えて,真理を叡智界として形成することである。世界精神のうちに表現されるこの意識が,いまや哲学の対象となる。これは主としてプラトンの概念や表現を使用し,それを基礎とするものであるが,ピュタゴラスやアリストテレスの概念や表現も加味されている。
 この叡智界という理念が,世界の外観を一挙に変化させ,既成の観念を全て解体し,世界の再生を促す。絶対的な実在は自己意識と無縁のものではなく,自己意識と直接に関わりのないような実在は存在しない,という理念ないし原理が,いまや世界精神の一般原理となり,全ての人間に共通の信念となり知となる。
 精神はここからさらに進んで自分の内部に裂け目をつくり,主観性を抜け出して再び客観的なものへと向う。しかし,この客観性は個々の外的対象とか義務ないし個別的道徳といった客観性ではなく,知的な客観性であり,精神と真理のうちにある客観性であって,精神から生まれ,正真正銘の真理を母胎とする絶対的な客観性である。換言すれば,それは一方では神への帰還であり,他方では神が人間に現れるという啓示の関係である。神はここで本来の完全無欠な姿で精神に現れるのである。こうして,客観的なものが精神として再建され,これまで主観的にしか捉えられなかった思考が,客観的なものとして対象に据えられる。
 ローマ世界では,悪しき現在から精神へと引きこもり,現在の内にないものを精神の内に求める必要性が昂じてくる。神も法も共同体もない世界が精神を内面へと追い込み,ローマではあらゆる秘儀が横行する。しかし,キリスト教の内に精神の真実の解放が現れ,精神は自己自身および自己の本質へと至る。全ての宗教がひとつの宗教に切り詰められ,全てのものの考え方がひとつの考え方に吸収される。その考え方とは,自己意識――現実の人間――が絶対の実在だという考え方である。絶対的な実在とは何かがいまや啓示される。それはひとりの人間(イエス・キリスト)ではあるが,いまだ人間一般ないし自己意識一般ではない。
 自己意識の内面的無限性が精神一般の形式であり,精神は内面的に自己を明確にしていく思考としてのみ意義あるものである。純粋な同一性を保持する意識は,自分を知り,内部に様々な要素を区別し,区別された諸側面を明確にし,しかも完全な統一を保つ。具体的なものとはそういうものである。絶対的なものが自己意識の姿をもつものと知られ,その具体的内容があらゆる形で展開されると,そこに現実の自己意識が現れる。哲学の次元ではなく宗教の次元で,ひとりの人間(イエス)が神だと知られるのである。
 自己意識が絶対的実在であり,絶対的実在が自己意識であるというこの知が,いまや世界精神である。しかし,世界精神はこの知であるとしても,その知を直観しているだけで,自覚しているわけではない(思想として捉えているわけではない)。自己意識はひとりの人間(イエス)という生身の存在でしかなく,特定の時代に特定の場所に住んだひとりの人間が絶対的精神なのであって,自己意識の概念が絶対精神となっているわけではない。
 絶対的実在が概念的思考によって捉えられ,精神として表現される一方,生身の自己意識として存在する,という矛盾が,まさに哲学の主題をなす。しかし,精神としての実在が概念的に認識されないかぎりで,その知は哲学の知ではなく,直観を事とする宗教の知である。キリスト教においては,絶対的な実在(神)がイメージはされるが概念的に捉えられることはない。哲学の仕事は,キリスト教の理念を概念化すること以外にはないのである。
 絶対的な精神(神)とは,永遠に自分自身と同一の実在,多へと変化しつつ,この他を自分自身だと認識する実在であり,他から絶えず自己へと返ってきながら,消えゆく対象をそこに踏みとどまらせ,それに自己意識としての意味を持たせるような不動の存在である。永遠の実在(父なる神)が他としての世界を創造し,他と永遠の実在との同一性が聖霊において明らかにされる。世界は絶対的な実在の現われのうちに自分の本来の姿を認識し,こうして世界は実在へと返っていき,精神は普遍的な精神となる。神が主体としてこうしたことを行うのではなく,神そのものがこの運動であり,この運動こそ神に固有の永遠の必然性である――純粋な思考にもとづくこのような理念が,哲学的なユダヤ人,もっといえばプラトン主義のユダヤ人の発言に見出される。こうした考えは,東洋風の自由な普遍思考と西洋風の限定思考がぶつかって生れた思想である。それが哲学として形成されたのは主にアレクサンドリアの地であるが,そこにはピュタゴラスやプラトンやアリストテレスらの哲学思想も流れ込んでいる。
 自己意識が自分に返っていくという運動はストア派の特徴でもあったが,ストア派は理性(ロゴス)や知性(ヌース)を世界全体の実体とする汎神論であった。汎神論は精神(聖霊)の哲学とは区別されねばならない。汎神論においては,普遍的な実体である神が有限な対象に転化すると有限の次元におりてしまう。普遍的な神が自分を特殊化して世界を創造するとき,特殊なものとして現れる神は有限な神であって,そこから再び自己に返ることはできない。
 ここで必要とされるのは,内面化した精神たる知が,自らを客観化して対象性を獲得すること,つまり,精神がみずから放棄した世界と和解すること――対象世界が精神と区別されつつ精神に即応する世界となることである。これまでの思考の客観化は,単に具体的で有限なものへと出ていくことにすぎず,絶対的な存在に即応するような客観世界は生じていなかった。世界の喪失の後に新たな世界を生み出すこと,外面的であると同時に内面的でもあるような宥和の世界を生み出すこと――それが一般的な課題であり,ここに聖霊の世界が始まる。
 この時期にプラトン哲学が再登場するが,アリストテレスの哲学と一体となったプラトン哲学である。この新プラトン的なアレクサンドリアの哲学の根本理念は,自分自身を思考する思考,自分自身を対象とする知性である。第一に思考があり,第二に思考されるものがあり,第三に両者の同一性(思考と対象の統一)がある。こうした具体的な理念が再登場し,キリスト教の形成過程でも思考が三位一体の構造をもつものとして登場し,その理念が絶対的な実在をなす。
 意識が神(絶対的実在が同時に対象となったもの)を信じるようになることで,人間とその対象たる絶対的真理との関係が生じてくる。独断主義やスケプシス主義の目的であった自由や至福や不動心が,絶対的真理への関心を媒介として達成される。つまり,客観から逃避することによってではなく,客観への関心を不可欠の条件として,客観を通して,主観の自由と至福が達成されるのである。
 神は具体的な内容をもち,外に開かれており,様々な内容を内部に生み出すものである。神が内部に区別を設けることが,絶対的存在と人間や世界がつながる接点となる。世界の限定された特殊な内容は,一面からすれば,神の内部にある内容ないし理念であり,神の生み出したものであって,以後,有限なものとして現れるものは,神の内部にあるもの,神の内部の世界,神の世界である。
 ローマ世界は苦痛に満ちており,自然の有限な世界の様々な形態に対する不信と,共同の世界を成り立たせる国家生活への不信がつのっていた。人間は現実を神の真理から切り離し,神を精神のうちに認識する。自然物や国家のうちには神の存在する余地はなく,神の場は神自身の内部に叡智界として存在することが認識されてくるのである。人間と世界との統一が破壊されることによって,統一はさらに高次元で,神のうちなる叡智界として再建される。ここでは神の自己開示が関心の中心点となる。

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 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて