2016年02月29日

一会員による『学城』第13号の感想(11/13)

(11)対象を全面的に把握するとはどういうことか

 今回は橘美伽先生による食事に関する論文を取り上げる。前回説かれた本来人間が摂るべき食事の「一般性」を踏まえて、読者からの質問に答える形でより突っ込んで食事のあり方が説かれていく。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下である。

橘美伽
武道空手上達のための人間体を創る「食事」とは何か(2)

 《目 次》
一、武道空手上達のためには「生命体に必要な地球の成分を摂りいれる」こと
二、事実は過程的に見なければ正しく分からないものである
三、武道空手上達のためには特殊性たる「哺乳類段階・サル段階」から食事に筋を通す必要がある
四、武道空手上達のためには「日本人」の食としての筋を通す必要がある
五、武道空手上達のためには武道が誕生できた時代の食事の筋を忘れてはならない
六、武道空手上達のために食事で「脳」を創りかえる必要がある
七、上達に限界がきている者ほどに食事を見直す必要がある

 本論文では、本来人間が摂るべき食事の「一般性」として、「いのちの歴史」にそった食生活、すなわち生命体に必要な地球の成分を摂りいれる必要がある、という前号の内容がまず確認され、読者からの質問が提示される。「いのちの歴史」のヒトから遠い段階からしっかりと摂るべきだと前号で説かれていたことに関して、では牛肉はほぼ食べない方がいいのか、100歳近い方が長寿の秘訣を肉を食べることだと答えていたがどうなのかという問いに対して、その長寿の方の「今」の食生活ではなく「それまで」の食生活の事実の過程性に着目すれば、人生の大半の食事は粗食であったはずで、肉類の必要性はほとんどないこと(但し、爆発的な運動源・成長源としてはそれなりに必要であること)が、人間が哺乳類の中でも「サル」から進化してきたということと絡めて説かれる。さらに、日本人という特殊性をふまえるならば、日本人が古来より食べてきているものを一般性として摂るのが最良であること、武道空手上達のためには特に武道が誕生してくる時代に摂られていたその土地のいわゆる郷土料理を摂る必要があることが述べられる。その上で、そうした食事を摂ることで実体そのものを創りかえる必要があること、それは人間のすべてを統括する「脳」の実質を創りかえることも含まれていること、脳の実体の構造を創りかえることで脳の機能も大きく変革させることができること、武道空手の上達に行き詰まっている人こそ、過去の食生活を見直すことで正常かつより見事な人間体を創りなおしていく必要があることが説かれていく。

 本論文でまず注目したいのは、この論文の展開が非常にすっきりとしていて、論文のお手本のような流れになっていることについてである。具体的には、まず先回、一般的に食事はどのようにあるべきかという問題が考察され、そこでは「いのちの歴史」をもとに考えると、生命体に必要不可欠な地球の成分を摂りいれる必要があると結論された。その上で今回は、「哺乳類段階・サル段階」としての人間、「サル」から進化した存在としての人間という特殊性の把握に基づいて、肉類などよりも野菜を中心とした雑食が必要であること、肉類を食べるにしても、その動物本来の運動をし本来の食べ物を食べている動物(狭いゲージの中で肉骨粉などを食べさせられている牛などではなく)の肉(ラム肉やクジラ肉)を食べるようにすべきであり、同じ植物性タンパク質でも生命体そのものを丸ごと食べられるアサリやシジミなどの貝や小魚などを食べる方がよいことなどが展開されていく。さらに、我々は人間の中でも「日本人」であるという特殊性をふまえるべきだとして、日本人の実体(遺伝子)や精神を創ってきた日本土着の食物、それも武道が誕生してきた江戸時代後期の食事のあり方を論理的に捉えてその筋を通した食事を摂るべきだと説かれていく。

 このように、本論文は、まずは一般的な解答を与えておいて、そこから徐々に特殊性へと足を踏み入れながら論を展開していくという流れになっているのである。それも、人間とは何か、食事とは何かという一般論に貫かれながらの展開であって、「いのちの歴史」の論理で統一されており、非常に分かりやすくスムーズに読み進めることができるものとなっているのである。

 「学問の体系化」という問題を考えても、このような論の展開、すなわち、一般性から特殊性へという論の展開、しかも当初掲げた一般論からは少しも外れることなく一貫した流れを持って説かれていく展開は非常に重要だと思われる。学問とは、一般論に貫かれた論理の体系であって、それを論文として表現すれば、こうした流れに必然的になってくるからである。

 もう1つ取り上げたいことは、「学問の体系化」には対象を全面的に捉える必要がある、ということに関係する。この論文では、先にも触れたように、「いのちの歴史」という形で、生命全体の歴史性をふまえる形で人間の食事が取り上げられていたり、まずは食事の一般性を説いた後、サルから進化した人間として捉えるという特殊性、日本人という特殊性などという形で論が展開されていたりしている。これは対象を時間的な経過も含めて、全体的に把握するという視点を含んでいる(先回も取り上げた「過程性」という問題にもかかわる)し、「特殊性」という把握の仕方も、全体を貫く「一般性」をまずは捉えて、その中に部分を位置づけて論を展開していくものであるから、対象を全面的に高い視点から捉えているのだといえるだろう。「学問の体系化」のためには、対象とする事物のある側面だけを取り上げて論じていくのではダメであって、その全体を網羅する形で捉えて、その全体を貫く性質を説いていかなければならないのであるから、この論文で展開されている対象を全面的に捉えるという視点のあり方は、学問を創出していく上で重要な示唆を与えるものなのである。

 筆者の専門分野である言語学でいえば、例えば日本語だけを研究していても、特殊性に貫かれる一般性の把握は可能であるとはいえ、どうしても視野が限定されてしまい、言語一般の学とはならない危険性がある。また、「今」の言語だけを取り出して、それだけを研究することでもって言語学だと主張することも、言語学を薄っぺらなものにしてしまうことになる。どのような必然性を持って、どのような過程で言語が歴史的に創出されたのか、それはサルからヒトへ、人間へと進化していった「いのちの歴史」の論理で捉えるとどのようなことがいえるのか、といった生成発展の道筋をも視野に入れて、言語を研究していく必要があるのである。

 この論文に学んで、より過程的・全面的な言語の把握を行っていくことが、筆者の大きな目標である。
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2016年02月28日

一会員による『学城』第13号の感想(10/13)

(10)「学問の体系化」には対象の過程性にしっかりと着目する必要がある

 今回取り上げるのは、朝霧華刃先生による唯物論の歴史に関する論文である。唯物論とは何かに関する学習をするために、西本一夫『唯物論の歴史』の感想が認められている。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・目次を示しておく。なお、『学城』誌上では、目次はなく、本文に項番のみ振られているため、その項番に私なりにタイトルを付して目次とした。

朝霧華刃
唯物論の歴史を学ぶ(1)

 《目 次》
〔前説〕言葉はそれが用いられた時代の思想背景を把握することなしには理解できない
〔A〕利子の源泉、資本家と労働者との相互浸透について
〔B〕資本主義は下からの経済権の収奪であり、労働者の力で伸びていく必然性を持つ
〔C〕「唯物論とは何か」を学習するために西本一夫『唯物論の歴史』を読む
〔D〕原始共同体の時代はものを二重化(物質と観念)して考えたのか
〔E〕「二重化して考える」ためには相当の期間を要する
〔F〕「モノ、コト」について、「霊魂」という言葉について、階級社会について
〔G〕唯物論と哲学の区別と連関、原始共同体とは、唯物論とは
〔H〕王の存在を脅かす文献は残らない
〔I〕ギリシャの植民地で唯物論哲学が始まった
〔J〕タレスは万物の根源は水であるとした

 本論文ではまず、唯物論、社会主義、資本主義といった理論を勉強するために『共産党宣言』を読んで、そこから時代背景や社会背景の違いで言葉の意味が変化してくることが分かってきたと述べられる。そして、『共産党宣言』には説かれていないことを述べるとして、『弁証法はどういう科学か』の剰余価値に関する部分が引用され、資本主義が民百姓による王侯権に頼ることのない下からの経済権の収奪であったこと、資本家の力は当初のみで、あとは下からの労働者の力で伸びていくのみであることが説かれる。その上で、まずは「唯物論とは何か」を学ぶために、西本一夫『唯物論の歴史』を読んで、その感想を綴っていくとされる。西本は原始共同体の時代にはものを二重化して考える考え方が生まれたとしているが、これは単に実体と機能程度のことが書かれているだけで、二重化ということではないと説かれる。そして、「モノ、コト」について、これは概念としては「事物」ということであって、実体(物)と機能(事)の一体性として理解すべきであると説かれる。また、西本が「霊魂」という言葉を使っていることについて、当時はそんな認識すらなかったと説かれる。さらに一番印象に残ったこととして、西本が階級社会の誕生によって「神」というものが登場したと説明している部分を取り上げ、西本の説明では階級が分裂した社会が誕生した過程が説かれていないと批判される。そして西本に欠けているものとして、唯物論と哲学の区別と連関の理解、原始共同体から奴隷制社会への説明、唯物論の理解ということが挙げられる。次に、奴隷制社会について西本は、司祭階級が誕生したこと、王の存在が危うくなるようなことは文献として残らないこと、文献に残っていない重要なことは詩などで残すしかなかったことを述べていることが紹介され、また、唯物論哲学がギリシャの植民地で始まったことも述べられている。そして最後に、万物の根源は水であるとしたタレスに関して、同様に水から世界が生まれたとする『ウパニシャッド』との大きな違いが考察される。

 この論文については、筆者にとって非常に読みづらく、分かりにくいものであったことをまずは述べておきたい。書かれている言葉自体は平易な日常会話で用いられているようなものであるのだが、どうにも論理展開を追っていくにあたって朝霧先生の認識にうまくついていけない、という感じがするということである。

 例えば、上に示した本論文の目次のそれぞれの表題については、筆者がその内容をまとめて独自につけたものであるのだが、順に読んでいただければわかるように、筋らしい筋を展開できなかった。本来であれば、目次のそれぞれのタイトルを眺めるだけで、大よその流れが把握できなければならないと思うのだが、そういう目次立てにすることができなかったのである。さらに、1つの項番の中で説かれている内容を1つに括ってタイトルをつけるということもできなかった。〔F〕や〔G〕を見ていただければ分かるように、各項番について3つの内容をただ並べただけというタイトルになってしまっている。

 本論文の冒頭の箇所に関しても、『共産党宣言』を読んだのは、「ふと気になって読み通してみ」(p.150)ただけなのか、唯物論や社会主義といった基本的な術語を勉強しておかないと、その時代の本当の事実が分からないことになると南郷先生に指摘されたからなのか、その直後に展開されている辞書的意味ではこうした術語を解してはならないということが「しだいに分かることができるようになってい」(同上)ったのは、『共産党宣言』を読み通したからなのか「少し調べてみ」(同上)たからなのか、『共産党宣言』を読んだ話が展開されていたのになぜ急に「『共産党宣言』には説かれていないことについて、少し感じたことを述べたい」(p.151)となるのかなど、数多くの引っかかる箇所があり、内容を的確に捉えられていないと感じている。しかしそうはいっても、何とか学び取れた中身について述べていきたいと思う。

 まず取り上げたいのは、「学問の体系化」に向けては、対象の過程性にしっかりと着目する必要があるということについてである。朝霧先生は「唯物論とは何か」に関わって以下のように説いておられる。

「「社会主義」という言葉が歴史性を把持しているのと同じように「唯物論」という言葉にしても、唯物論のその「物=もの」とは何かということも哲学の歴史の中で学問誕生以来大きな問題として扱われてきており、色々な考え方としての歴史があったのだと思いました。」(p.154)

 つまり、「唯物論」という世界観に関する術語についても、「社会主義」という言葉がその時代や社会背景によって色々な中身を持ったものとして使われてきたのと同様、「物=もの」をどのように捉えるかによって、歴史的に様々な捉え方をされてきたのだ、そういう歴史性を内に含むものとしてこうした術語を理解しなければ、本当にその述語を理解したとはいえないのだ、ということだと思う。

 これは例えば、「弁証法」という術語に関しても同様である。三浦つとむ弁証法を学んできたものにとっては、「弁証法」といえば、「対立物の相互浸透」「量質転化」「否定の否定」という三法則をすぐに連想してしまうが、「弁証法」を本当の意味で理解するためにはこれだけでは不十分なのである。そもそも「弁証法」は、古代ギリシャにおいて創出されたもので、その時代においてはこうした法則性の把握ということは全くなかったのであって、当初は弁論術として誕生させられたものなのである。これが中世に至って、学問的な問答法として定着・固定化したがために、デカルト曰く、「弁証法」など全く役に立たない、ということになってしまった。しかしヘーゲルになると、「弁証法」は絶対精神の自己運動のことを意味するようになり、そこからエンゲルスによって抽出された法則性を、教科書レベルで分かりやすく説いたのが三浦つとむであったのである。

 我々はともすると、「社会契約説」などと聞くと、「そんな馬鹿な!」と思ってしまいかねない側面もあるが、そうではなくて、「社会契約説」がどのような必然性で主張されるようになったのかを、人類の認識の発展過程と重ねながら把握していく、過程性を捉えるということが重要なのである。筆者の専門である言語学についても「言語道具説」や「音韻変化の法則」などと聞くと、そんなものは言語学ではないという思いはあるものの、そこは一旦保留して、そうした学説が登場してきた歴史的必然性をしっかりと研究して、その上で批判するところはきちんと批判していく、正しい言語学とは何かを提示していくという作業が必要になってくるのである。

 もう1つ触れておきたいことは、「事物」という概念に関わってである。朝霧先生は「モノ、コト」について学んだ中身として、次のように説いておられる。

「「ものごと」を概念として用いる場合は、単に「物事」として捉えてしまう日常的事実とを、はっきり分けることが大事になります。「物事」は概念としては「事物」として表現するのが普通ですが、この「事」と「物」の意義は極めて単純です。すなわち物(というもの)は実体そのものであり、事は機能すなわち働きです。ゆえに、概念レベルでは、実体(物)、機能(事)の一体性として理解すべきことなのです。」(p.158)

 このように説いた上で朝霧先生は、専門である武道空手での例を挙げておられる。ここで学ぶべきことは、1つ1つの概念をしっかりと確実に押えて学んでいくという態度である。このことは、我々の師からも折に触れて説いていただいていることではあるが、名刺大のカードに概念とその定義を書いておき、いつもいつも確認していくことが必要だと教えていただいていて、実際に筆者も実践しているところである。「事実」と「現象」、「一般性」と「普遍性」など、似たような概念についても対比しながら学んでいくことで、論文での不正確な概念の使用を防ぐことができるし、アタマの中に基本的な概念を確固としたものとして創っていくことにもつながっていると思う。当たり前だとして何気なく通り過ぎるのではなく、きちんと把握できているのか、常に確認していく必要があろう。
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2016年02月27日

一会員による『学城』第13号の感想(9/13)

(9)学問を構築するためには事実の把握と一般論の学びが必要である

 今回取り上げるのは、聖瞳子先生、高遠雅志先生、九條静先生、北條亮先生による医療における理論的実践を問う論文である。ここでは、代表的な市中肺炎であるマイコプラズマ肺炎の事例について、正常な生理構造の状態が歪んだ状態へ至る過程が説かれていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル目次を示しておく。

聖瞳子、高遠雅志
九條静、北條亮
医療における理論的実践とは何か
―初期研修医に症例の見方、考え方の筋道を説く―
〈第5回〉マイコプラズマ肺炎@

 《目 次》
一、はじめに
二、症例の提示
三、マイコプラズマ肺炎症例の病態の構造を捉える
 (一)患児の生理構造が歪んだ状態を捉える
 (二)患児の正常な生理構造の状態から歪んだ状態へ至る過程の事実
 (三)患児の正常な生理構造の状態から歪んだ状態へ至る過程の構造を説く
    @人間一般から捉えた学童期の特殊性
    A学童期の特殊性から患児の生理構造が歪んでいく過程を捉える

 本論文ではまず、科学的理論にもとづく実践方法論を駆使して、いかなる病気に対しても正しい診断と治療を行える実力を研修医に身に付けさせることが本稿の目的であることが確認された後、今回のテーマであるマイコプラズマ肺炎の症例(10歳、男子、L君)が提示される。小児には、人間としての一般性と小児としての特殊性が存在すること、患者の生理構造がどのように歪んでいるのか、なぜそのような歪んだ状態になったのかを明かにすることが重要であることが説かれ、今回の症例における生理構造が歪んだ状態のあり方が検討されていく。そして、あまり病気にならない、既往歴もない小学生が、なぜ肺炎になったのかという問題提起がなされる。そこで研修医が両親から聞き取った、生理構造が歪んだ状態へと転化した過程の事実が提示され、ここから病気になった必然性が考察されていく。この過程の構造を把握するためには、患者の事実だけを見るのではなく、人間一般を踏まえて学童期の特殊性(成長期に必要な食事・睡眠、自立する認識など)を捉え、そこから患者の事実を見ていく必要があることが説かれた後、患者の生活の中身の構造から、活動量に対してしっかりと回復過程がとれるだけの栄養と睡眠が慢性的に不足していたことで生理構造が弱まってきていたところへ、体の冷えやヨリ大きな身体的負荷がかかったことが直接の引き金となって生理構造が急激に歪んだ状態へと転化していったことが、認識の問題も絡めながら説かれていく。最後に、どのような歪みが起こってもおかしくなかった患者の体において、なぜマイコプラズマ肺炎になってしまったのかという構造が、次回明かにされることが述べられる。

 『学城』第13号全体を貫くテーマである「学問の体系化」に関して、この論文では2つの大きな問題が扱われているように思う。1つ目は、論理を導き出すためには、まずは徹底して事実を調べ上げる必要があること、2つ目は、対象を把握する際には、対象全体を貫く一般性(さらにはその対象の特殊性)に照らして判断する必要があることである。

 まず、1点目の問題について見ていきたい。医師が患者を診るときには、患者の生理構造が歪んだ状態になっていて、医師はその歪んだ状態という結果から、その病状に至るまでの過程、その状態になってしまった原因を明かにしなければならないと本論文では説かれている。そして、その過程や原因を把握するためには、患者がどのような日常生活を送っていたのかの事実を確認する必要があるとされている。こうした指導医の助言を受けて、研修医が患者の両親から話を聞き、患者の〈小学校5年生になるまで〉〈小学校5年生になってからの生活〉〈肺炎になる直近の生活〉という形で、それぞれの時期の患者の生活習慣や課外活動のあり方について、詳細に記録されているのである。

 ここで重要なことは、学問を構築しようとすれば、まずは徹底的に事実にあたる、事実と格闘するということである。そもそも学問というものは、古代ギリシャにおいて、現実の問題、ポリスを維持発展させていく上で解決を迫られる諸々の問題を乗り越えていくためにこそ創出されたのであった。現実の問題を解決するためには、その対象とする現実がどのような構造になっているのかを知る必要があり、そのためには、対象とする事実を事実として、まずはしっかりと見つめる、把握する必要があるのである。そうでなければ、その現実が突きつけてくる問題をうまく解決することなどできないからである。

 今回の例でいえば、患者の正常な生理構造の状態が歪んでしまったのは何故かという現実の問題を解決し、同じような生理構造の歪みが生じないような生活を送ってもらうためには、まずはその患者の事実、その患者がどのような生活を送ってきたのかを、過程性も含めてしっかりと確認して、掴んでおく必要がある、というわけである。そこで研修医は、患者の両親から聞き取りを行うことで、3ページにも及ぶ患者の事実を把握し、それを記録として指導医に提出したのである。

 しかし、患者の事実を確認すれば、それだけで生理構造が歪んだ状態へと至った原因が判明するわけではない。そこで必要となってくるのが、2つ目のポイント、すなわち「対象を把握する際には、対象全体を貫く一般性(さらにはその対象の特殊性)に照らして判断する必要がある」ということなのである。

 本論文では、こうした研修医がまとめた詳細な事実に基づいて、研修医自身があれこれと感想レベルの見解(例えば、原因は過労ではないか、など)を出した後、指導医が次のようにコメントしている。少し長いが引用しておく。

「指導医 過労ということを、L君の事実だけで考えようとしても、やはり難しいね。この事実の構造を見ていくということにおいても、そもそも小学5年生くらいの子供は、人間においてどういう段階にあるのか、さらにそのような段階にある子供が、どのように生活していくことが健康を保つために必要なのかが分かっていなければならない。すなわち、人間が正常な生理構造を保ちながら生きていくためにはどのような生活を送るべきなのかという、人間一般をふまえて学童期の特殊性を捉え、そこからL君の事実を見ていかなればならないのである。そうでなければ、L君の生活のどこに無理があるのか、なぜ過労になってしまうのかという判断ができないからね。」(p.143)

 ここでは、事実のみに着目して何らかの判断を行うことは不可能であって、その事実を測るいわばモノサシとして、一般性を把握しておく必要があること、さらには、一般性の中の特殊性(対象のある範囲に共通する一般性)にも着目する必要があることが説かれている。この場合でいえば、患者の生活過程という事実だけをいくら眺めていても、それが生理構造の歪みにどのように影響を与えたのかということは分からないのであって、人間の正常な生理構造が保たれるような生活過程という一般性、さらにはその中での学童期の生活過程の特殊性をしっかりと基準として持った上で、患者の生活過程に重ねる形で判断する必要があるのだ、ということであろう。

 ここで述べられていることは、「学問の体系化」においても重要なことである。学問を構築する過程においては、まずは対象とする事実からその一般性を把握した一般論を構築する必要があり、次にはこの一般論から対象とする事実に問いかけていって、事実を論理的に把握していくとともに、規準となる一般論を精査していく必要がある。こうした事実の把握と論理との「のぼりおり」の重要性が説かれたものとして、この論文を「学問の体系化」への道に位置づける必要があろう。
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2016年02月26日

一会員による『学城』第13号の感想(8/13)

(8)理論化には人類の学問の発展の道を辿り返す必要がある

 今回取り上げるのは、P江千史先生、本田克也先生、小田康友先生、菅野幸子先生による新・医学教育 概論である。医師とは何か、医学生のゴールはどのようなものかについての論が展開されている。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下の通りである。

P江千史・本田克也
小田康友・菅野幸子
新・医学教育 概論(2)
─医学生・看護学生に学び方を語る─

 《目 次》
(一)現代の医学教育に欠けたるもの
(二)医学教育には理論が必要である
(三)理論化への過程を具体的に説く
(四)理論は問題を解く指針となる
(五)医学教育論に必要な全体像
(六)医学教育はまず医師とは何かを明確に示す必要がある
(七)医師の実力のレベルには段階がある
(八)医学生のゴールは臨床一般医として現場で困らない実力である
(九)初期研修では臨床一般医としての実力をつけなければならない

 本論文ではまず、現在の医学教育改革には理論体系がないために、医療に関わる膨大な文化遺産を前に途方に暮れるしかないことが述べられる。では、医学教育に必要な理論とは何かといえば、ある範囲の対象的事実から導き出した論理と別の範囲の対象的事実から導き出した論理とに共通な性質を導き出して、対象全体の事実を貫く共通性として把握し、それらをそれぞれのレベルの一般性として整序して提示したものであると説かれる。しかし、現在ある教科書は、少しも理論化されていないこと、医学教育改革も理論化を無視しては絶対に成功しないことが述べられる。ではなぜ理論が必要なのかといえば、端的には、解答に辿りつくための大きな指針となるからであって、病気とは何かの一般論(理論)があれば、そこから単に病名を当てるだけではなくて、どうしてこの人はこのような病気になってしまったのかという必然性が解明できるのだとされる。その上で、「医学教育論」と「医学体系」と「医療実践論」の区別と連関が説かれていく。まず、「医学教育論」とは、「病気の診断と治療を行うことによって、医療の維持・発展を担う医師を育成するために、文化遺産を習得させ、医術を修得させる過程を理論化したもの」(p.123)だとされた後、医学教育では目指すべき「医師とは何か」をこそ初めに明確にさせなければならないと説かれる。そして、「医師とは何か」は「医療実践論」(医師が行う実践である病気の診断と治療を理論化したもの)において理論化されているから、医学教育のためには「医療実践論」が必須だと述べられる。さらに、医師の実践にもレベルにより段階があることが述べられ、医学生は、まずは臨床一般医(あらゆる病気をとりあえず的確に診断し、治療する実力を持った医師)としての基本的な実力を培って卒業しなければならないと説かれる。すぐに忘れてしまう知識を丸暗記することに労力を費やすのではなく、医師として筋を通して考えていけるアタマづくりを習練すべきだということである。最後に、初期研修では臨床一般医としての実力をつけていかなければならないこと、「医療教育論」と「医学体系」との関係については次回に説かれることが述べられる。

 この論文でまず取り上げなければならないことは、「学問の体系化」への道はどのようなものかということについてである。著者の先生方は、一見華々しく発展しているかに見える医療が、実はただ事実が膨大に積み上げられているにすぎず、少しも理論化されていないことを、看護実践を導いてくれる指針としての看護学が既に確立されていることとの対比で、痛烈に気付かされたのである。そこで、理論を求めて出立されたのであった。それがどのようなものであったのかにいては、以下のように説かれている。

「理論化への道は、まさに苦難の道でしたが、最も重要なことを一言で言えば、人類の学問の発展の道を辿り返すことによって、論理的実力を培うことだったのです。」(p.118)

 これはどういうことかといえば、人類がどのように学問を発展させてきたのかについて、歴史的=論理的に辿り返すことによって、そこに含まれる論理を筋を通して展開できるまでに研鑽を続けることで、論理的実力を培っていったということである。では、その論理とは何か、「学問の体系化」=理論化に論理的実力がなぜ必要なのかといえば、以下のように説かれている。

「そもそも論理とは何かと言えば、対象に存在する共通の性質を導き出し、一般性として把握したものです。」(p.118)

「なぜ理論化に、この論理的実力が必要かと言えば、ある範囲の対象的事実から導き出した論理すなわち一般性と、別の範囲の対象的事実から導き出した論理すなわち一般性とを前にして、その一般性にさらに共通な性質を導き出して、一般性として把握していく作業を、気が遠くなるほど繰り返していくことによって、対象全体の事実を貫く共通性としての一般性を把握することが可能となり、このようにして対象全体の事実の性質が、それぞれのレベルの一般性として整序されて提示された時に、理論と呼んでよいものになるからです。」(pp.118-119)

 つまり、理論とは対象の共通性を把握したものであって、これを導き出せることが「学問の体系化」=理論化の前提条件、基礎的実力となるということである。

 では、「人類の学問の発展の道を辿り返す」とは具体的にどのようなことであろうか。それは、我々京都弁証法認識論研究会が昨年から実践しているヘーゲル『哲学史』を読み解くような作業を、まずはなすことである。ここでいわれている「学問」というのは、個別科学のことではなくて、それらを統括するような学問中の学問、すなわち哲学のことだからである。哲学は、その時代時代の個別科学のあり方を規定するのみならず、学問はまず、古代ギリシャにおいて哲学として創出されたからである。こうした学問の発展の流れを大きな枠組みで把握した後は、それに重ねる形で、それぞれの専門の個別科学史、言語学史なり経済学史なりを研鑽していくのである。こうした過程において、論理とはどのようなものかをしっかりと身に付けていくことが「学問の体系化」には必須であると説かれているわけである。

 さて、最後に軽くでも触れておきたいのは、今回初めて、「医学体系と医療実践論と医学教育論の関係」が図示された(p.124)ことに関してである。特に、「医学体系」と「医療実践論」との関係については、これまではっきりしなかった思いがあった。P江先生は「医学体系の構造」として、常態論を基礎にした病態論と治療論との二本柱の図を示してこられていたけれども、では例えば、次回取り上げる「医療における理論的実践とは何か」で必要とされる「科学的理論に基づいた実践方法論」とはどのような関係にあるのか、どう異なるのか、イマイチよく分からないところがあった。今回、「医療実践論の構造」として、診断論と治療論の二本柱の図が提示されたことによって、「医学体系」という「科学的理論」を土台として、どのような医療実践を行うのかを理論化したものが診断論と治療論を柱とする「医療実践論」であることが明確になったと思う。本ブログに掲載した「図式化にはどのような効用があるのか」でも説いた通り、やはり図式化されると表象として把握できるため、非常にイメージがしやすいと改めて感じたことであった。
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2016年02月25日

一会員による『学城』第13号の感想(7/13)

(7)概念化とは、事実の構造に分け入ることによって論理構造を把握し、その論理構造の一般性を言語化していくことである

 今回は、P江千史先生による医学原論講義を取り上げる。医学体系の構造論としての治療論に関して、いよいよその構造論が説かれていく論文である。

 以下に、本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を提示する。

P江千史
「医学原論」講義(11)
―時代が求める医学の復権―

 《目 次》
(一)これまでの要旨
 @医学体系の構造論としての治療論
 A治療論一般論
(二)治療論の構造論としての二重構造
 @治療と看護の区別と連関
 A治療論には「一般的治療論」と「特殊的治療論」の二重構造がある
 B「一般的治療論」が必須とされていない現実
(三)「特殊的治療論」の構造
 @「特殊的治療論」には四重構造がある
 A治療論は治療の事実を論理化して構築する
 B「特殊的治療論」の構造は病態の構造に規定される
 C病気は機能の歪みから実体の歪みへと発展する
 D病気の発展過程には特殊性・個別性がある
 E治療論の構造論を提示する

 本論文では、これまでの要旨として、医学体系の構造論としての治療論を論じてきていること、治療論の一般論の措定から治療論の構造論を論じるところへ進んできたことが確認された後、治療と看護の区別と連関が説かれていく。両者は、人間を対象とし生活過程を問題とする点で共通していて、いかなる病気にも必要な「一般的治療論」については看護と同一の論理構造を含むが、病気の特殊性に対応した「特殊的治療論」(薬剤投与や手術など)は、看護とは異なる専門的視点からのものであるというのである。そして、医療現場においては「一般的治療」の重要性が等閑視されていて、だからこそ「一般的治療論」を強調しなければならないと説かれる。次に、「特殊的治療論」について、四重構造を有することが述べられ、この四重構造を導きだす過程に関して、あらゆる治療の事実に共通する性質を探して一般化するという論理化の作業が必要であると説かれる。そしてその共通性は、病態の共通性に基づくものであること、それは機能レベルで生理構造が歪みかけている/歪んでしまった段階、実体レベルで生理構造が歪みかけている/歪んでしまった段階に分けられること、病気は機能の歪みから実体の歪みへと発展することが述べられる。その上で、治療論の構造論として、一般的治療論(一般的に人間が正常な生理構造を維持できるような、外界(の変化性)との相互浸透をさせる過程)を土台として、特殊的治療論の四重構造(機能/実体として歪みかけている/歪んでしまった生理構造を回復させるように、外界(の変化性)と相互浸透させる過程)がその上に据えられた図が提示される。

 この論文に関してまず取り上げたいのは、まさに「学問の体系化」の筋道がきちんと示され、それが実践されている点に関してである。本論文ではこのことに関して以下のように説かれている。

「理論化・体系化に向けて概念化していくというのは、アタマの中で言葉をもてあそぶことでは決してなく、事実の構造に分け入ることによって論理構造を把握し、その論理構造の一般性を言語化していくことなのである。」(pp.106-107)

「理論化する過程というのは、アタマの中で言葉をもてあそぶことでは決してなく、膨大な事実を前にして、事実の構造に分け入ることによって論理構造を把握し、その論理構造を一般化していくことなのである。」(p.107)

 つまり、「学問の体系化」に向けては、単に対象とする事実を全て網羅すべく、事実を事実のままに並び立てることではなくて、事実の構造に分け入って論理構造を把握する努力が必要なのであり、これは事実から離れて言葉だけであれこれと考えを巡らすような机上の空論とは違って、事実と格闘するレベルで取り組む必要があるような、「学問力を要する難解な作業」(p.100)なのだということである。

 では、この「難解な作業」というのは、実際どのようなものなのであろうか。それが今回、治療論の構造論を構築する過程として本論文で展開されているのである。つまり、「様々な具体的事実のわずかな違いによって、病気をいくつにも分類して病名をつけて、それらを暗記」(p.108)するようなことでは決してなく、「それぞれの治療の事実を貫く、それぞれの共通性を探っていく」(同上)ことが必要であって、そうすると「その共通性は、結局のところ、その治療を必要とする病態の共通性に基づくものである」(同上)ことが分かってきたということである。ここから、生理構造の歪みの段階を四重構造化して、それぞれに対する治療論を構築されていったのである。

 このように、この論文では、「学問の体系化」に向けてどのような作業が必要であるのかが論理的に説かれているとともに、その実際のあり方が治療論の構造論を構築する過程として具体的に展開されていて、非常にイメージしやすいものとなっているのである。

 このイメージしやすいということに関して、もう1つ触れておきたいことがある。それは、読者からの反論を想定して、その反論に丁寧に答えていく、あるいは再反論して説得的に論理を展開していく、ということに関してである。例えばとして、治療とは歪んだ生理構造を回復させることができる相互浸透へと変えていくことだと説かれた後、「これを読んだ皆さんの中から、2つの異論が噴出するのではないかと予想される」(p.100)として、「治療と看護とは同じなのか!?」(同上)や「治療が、外界(の変化性)と重層的に相互浸透させることによって回復させようとする過程であるというならば、我々が常に行っている、薬剤の投与とか、手術とかはどうなるのだ。これは治療ではないとでもいうのか!?」(p.103)などの反論が提示されている。また、医療現場における医師の治療実践として、「一般的治療」の重要性が等閑視されていると述べた後、一部の医師から「そんなことはない。糖尿病にしても、脂質異常症にしても、薬剤治療を始める前に、食事療法、運動療法を必ず指導している。いわゆる生活療法の重要性を、医師はきちんと認識している。だからこそ、生活習慣病という言葉も生まれたのである」(p.105)という反論があるかもしれないと想定しておられる。

 いずれの反論に対しても、P江先生は1つ1つ丁寧に、あるいは論理的に、あるいは事実を提示することによって、筋を通して答えておられる。その詳細は今は措くとして、こうした論理展開は、「学問の体系化」に関してとても重要なものであろう。なぜなら、こうした論理展開は、論理の隙を与えず、途切れることなく、論理がつながったものとして提示されることに大きく貢献するからである。独断的に、結論を押しつけるようなあり方ではなくて、予想される反論にも筋を通して再反論して説いていくという形で、いわゆる突っ込みどころがないような展開となっているのである。

 我々も、論文を執筆する際には、こうした展開を常に心がけ、論文を執筆しながら論理能力を養成していく必要があると思う。
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2016年02月24日

一会員による『学城』第13号の感想(6/13)

(6)「学問の体系化」に向けた原動力とはどういうものか

 今回は北嶋淳先生、志垣司先生による障害時教育とは何かを問う論文を取り上げる。ここでは、脳性麻痺児に対する機能訓練と教育の違いが具体例を通して論じられていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲げておく。

北嶋淳
志垣司
人間一般から説く障害児教育とは何か(7)
─障害児教育の科学的な実践方法論を問う─

 《目 次》
はじめに
一、肢体不自由特別支援学校の現状と運動障害の理解
 (一)肢体不自由特別支援学校の運動教育の現状と問題点
  @脳性麻痺児の運動障害
  A学校教育の現状と問題点
 (二)機能訓練と教育
  @養護学校義務制施行以前の取り組み
  A養護学校義務制施行以後の取り組み
二、脳性麻痺児A子の運動の変化過程
 (一)転校してきた時のA子の様子
 (二)転校してきてからのA子の変化
(以下は次号)
三、A子の運動の育ちを障害の二重構造より説く
 (一)人間の育ちにおける一般的な運動の獲得過程とは
 (二)障害を受けて育つ運動の獲得過程の歪みとは何か
四、科学的実践方法論に基づいた脳性麻痺児への運動教育とは
 (一)A子の運動の成長をもたらした教育の視点とは何か
 (二)障害児教育一般からA子の成長を説く
 (三)自立活動より説くA子への教育
 (四)母親と共に
おわりに

 本論文ではまず、脳性麻痺児の運動障害に焦点を当てて学齢期の運動障害に関わる教育のあるべき姿を説いていくことが本論文の目的であることが述べられた後、脳性麻痺について解説され(脳の障害により運動の統括が困難になるのであって、筋や関節などの運動の実行器そのものは損傷を受けていない)、脳性麻痺による運動障害が生命を維持することにも不安定さを抱えることがあることが述べられる。そして、こうした脳性麻痺児に対する学校教育に関して、その指導が治療なのか教育なのかの論理的な区別もつけられていない現状が説明される。そこで、運動障害を持つ子供に対する学校教育の歴史が振り返られ、養護学校義務制施行以前においては、障害の程度が軽い子供が多かったため、学校内で医療と教育とが分業していたのであるが、養護学校義務制施行以後は、重度重複障害児の増加等により、体は医療、頭は教育と分けて一教科として働きかける体制は限界に達したことが解説される。そして、現在脳性麻痺児の運動障害に対して行われている事例として、整形外科的な対処、神経生理学的アプローチ、心理療法などが紹介されるが、これらは決して教育法ではないことが強調される。他分野と連携していくためには、そもそも運動障害を教育としてどのように位置づけていくかという教育職にある者の立ち位置の確かさを問わねばならないというのである。そこで、障害児教育の科学的な実践方法論に基づいて教育を行うことで、運動の歪みを少なくしていくことができた事実が説かれていく。小学五年生の脳性麻痺の女の子であるA子は、少しの刺激でもギュッと体に力が入ってしまう状態で、自力で座っていることも難しい。日常生活動作の全てにわたって介助が必要で、一歳前後の認識のレベルで言葉は話せない。10年にもわたって機能訓練を受けてきたにもかかわらず、A子の手足はますます固くなってきていたが、手足を中心にした働きかけにより、わずか三ヵ月半で体から力が抜け、体がほぐれていったという指導の内容が説明される。

 本論文に関してはまず、北嶋先生、志垣先生の問題意識というか、情熱の原点というか、両先生の「学問の体系化」に向けた原動力を確認しておきたいと思う。次の文章を見ていただきたい。

「それでは、どうして脳性麻痺児の運動障害を取り上げるのかと言えば、肢体不自由児の運動障害の指導に関わって、学校教育の現場で、教育の立場からの確固たる指針が示されないままにそれが行われており、その中で、本来は可能となるはずの子供達の成長が、不当にも、妨げられたり歪められたりしている現状があるからである。」(p.79)

 この文章からは、先生方の子供達への大きな愛情や申し訳なさ、現実の障害児教育のあり方に対する怒りにも似た無念さがにじみ出ている。こうした現状に対する問題意識、何とかしたい、しなければならないという情熱こそが、この論文で展開されている障害児教育の科学的な実践方法論が構築されてきた原動力なのだと思う。翻って、筆者が言語学の創出を志す原動力は何かといえば、非常に生き生きとした五感情像が込められた言葉への大きな感動であり、薄っぺらな言葉の使いまわしに対する強烈な怒りの感情だと思う。もう少し具体的にいえば、例えば、夏目漱石の『こころ』を高校生のときに読んで、「先生」の友人である「K」が自殺した場面が描かれているのを読んだとき、どうしてこんな描写が言葉で出来るのかと頭を殴られたほど感情を揺さぶられたのであったし、安倍晋三首相の戦後70年談話を目にしたときには、これではまるでコピペのようなもので、全く像を内に含んでいない言葉遊びではないかと怒りが込み上げてきたことであった。ごく最近の事例では、丸川珠代環境大臣が、福島県内の除染などで年間1ミリシーベルト以下の被ばく線量を長期的な目標としていることに関して、「何の科学的根拠もない」と発言し、さらにこのことを追及されてから右往左往した挙句、「私が発言したことを確認した」などと言うのは、まさに像の言語化ではなく既存の言葉の受け売りであったことを証明しており、言葉とは何かが全く理解されていないと憤ったことであった。こうしたことから、そもそも言語とは何かを明かにしたい、そのことによって人類を一歩でも先に押し進めたいと思ったのであった。

 では、こうした原動力をもとに、「学問の体系化」に向けてどのように歩んでいけばよいのだろうか。この点に関しても、本論文は非常に参考になる事柄を含んでいると思う。それは事実をしっかりと調べて、論理を組み立てていくということである。

 そもそも学問は、現実の問題を解決すべく、対象とする事実の共通性を掬い取って、その論理を体系化することによって成立するものである。それゆえ、出発点は頭の中にあるのではなくて、あくまでも現実の対象にあるのである。まずは事実をしっかりと事実として把握し、そこから論理を導きだすことから、学問は始まるのである。そういう意味では、本論文は障害児に対する学校教育のあり方について、養護学校義務制施行前後の事実を丹念に調べ、現在にまで至る学校教育の大きな問題点として、医療と教育の区別がついていないという点を導きだしているのであり、学問構築の道筋を示したものだともいえると思う。筆者が言語学の創出を志すためには、頭の中であれこれと考えを巡らすのではなくて、まずはしっかりと言語の事実を調べ、言語の事実と格闘する必要があるということである。その格闘の中でしか、言語の論理は見えてこないのである。

 さて最後に、本論文で述べられていたA子への先生方の働きかけに関して、少しだけ触れておきたい。先生方が行われた働きかけの論理的な意味については、次回に詳しく展開されるようであるが、ここで少し考察しておくと、それは感覚器官を通じての脳細胞への働きかけであるといえるのではないか。先生方はA子の手の指の腹や手のひら、お腹などに優しく触れることを行っておられるし、固い体をほぐしていく際には、「うまい、うまい」と声をかけながら働きかけておられる。表情までは記載されていないが、おそらく、A子の認識を快くすべく、笑顔で指導しておられるのではないだろうか。このように、出来るだけ多くの感覚器官に働きかけることで、運動や認識を統括する脳に大きく働きかけ、このことにより、全身の統括をよりよくする脳の機能を高めておられるのではないだろうか。次号はこうした予想を持って読んでいきたいと思う。
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2016年02月23日

一会員による『学城』第13号の感想(5/13)

(5)1つの言語が創出される歴史的過程性を把握することの重要性

 今回取り上げるのは、悠季真理先生による哲学・論理学研究に関する論文である。ドイツ哲学を理解できるようになるためのいくつかの考察が紹介されるものである。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下のとおりである。

悠季真理
哲学・論理学研究余滴(4)

 《目 次》
はじめに
一、〔ドイツの学者達の認識形成を考える〕
二、〔ヘーゲル時代の辞書を見つつ、当時のドイツ語本来の意味について考える〕
三、〔ヘーゲル『エンチュクロペディー』からの質問―自然哲学に関わって〕
四、〔物理学で言われる「大統一理論」について、数式で表すことの限界〕
五、〔ドイツでの教育のあり方について、学問的伝統をふまえたイデオロギー教育〕
六、〔世界歴史の中で、いわゆる観念論、そして唯物論が出てくる過程とは〕


 本論文では、まず、医療全体を一般性レベルで総括したフーフェラントが取り上げられ、彼の子供時代にどのような教育を受けたのかが自伝をもとに紹介される。端的には、家庭教師による全人教育を受けたのだが、これはカントやヘーゲルも家庭教師として実施したもので、こうした教育の背後には、貴族社会、貴族の認識があるとして、これらがヘーゲルの「絶対精神」とのつながりで考察される。続いて、ヘーゲル時代の辞書を参照しながら、Zusammenfassung(統括)という語の形成過程が考察される。この語は、当時はまだ名詞としては定まっておらず、徐々に1つの認識として形成されていく途上であったということである。次に、ヘーゲル『エンチュクロペディー』の「力学」「物理学」という項目について説かれている。これらの日本語訳について、ヘーゲルの生きた時代性をふまえないで今の自分の実力だけで読んでしまうと、ヘーゲルが全く分からないということになると警告されている。そうならないためには、何よりもまずは絶対精神の自己運動という中身を理解する必要があるということである。さらに、物理学で言われる「大統一理論」なるものが俎上に載せられ、こうした物の運動のあり方を数式で統一して表現したいというような考え方は、対象を現象論レベルで捉えるものであって、そこには大きな限界があることがヘーゲルの捉え方との対比で説かれる。ドイツでは、“精神を創る”という大志のもと、ギムナジウムの卒業試験で、これまで学んだ知見を総動員しなければ解けないような論述問題が出されることにも触れられる。そして最後に、観念論、唯物論という世界観が創られてきた歴史的経過が考察される。結論的には、観念論的な考えは有史以来の非常に根深いもので、それに抗する形で唯物論が創り出されたことが、社会体制の問題を絡めて説かれている。

 この論文でまず取り上げたいのは、ヘーゲル時代の辞書を参考に、当時のドイツ語本来の意味を考察しておられる部分についてである。悠季先生は「Zusammenfassung(統括)」という単語がその辞書になかったとして、次のように述べておられる。

「Zusammenfassungという1つの形としてはっきり用いられるようになるまでには人類の認識がそこまでに至る過程があるのだと思う。当初は形にならないものが、あるところで、はっきりと目的意識的にこれだ、と認識するようになって、いわゆる一語で表す、名詞化するようになっていくとの歴史性があったのではないか。」(p.63)

 この指摘は、言語学創出を志す筆者にとってまさに導きの糸になるようなものだと思う。簡単にいえば、言語の発展は認識の発展を伴うものであって、言語の問題を考察する際には、その言語の大本となる認識の問題にきちんと着目すること、それも歴史性という視野での過程性に目を向ける必要があることが、ここでは明らかにされているのではないか。「学問の体系化」、言語学の創出を志すのであれば、単に語形変化や統語論などといったスタティックな現象ばかりに目を向けていたのではお話にならないのは当然のこととして、個々の人間の認識が言語として表出される過程を解明する(三浦つとむの言語理論)だけでもダメなのである。社会的認識の最高峰としての哲学の流れを踏まえて、如何にして学問的な術語が成立していったのか、その術語の中身がどのように形作られていったのか、といった歴史性をしっかりと把握できるような弁証法的な頭脳を創っていく必要があるのである。そうでなければ、ここで取り上げられているヘーゲルの述語である「Zusammenfassung(統括)」という語の内容を把握して、ヘーゲル哲学を読み解いていくこともできないし、また同じように取り上げられているプラトン以後の術語である「ディアレクティケー(対話術)」の成立過程を理解し、弁証法の歴史を把握していくこともできないであろう。

 さて、次に触れておきたいことは、ヘーゲル哲学を学んでいく上での注意点に関してである。我々京都弁証法認識論研究会は、昨年から今年にかけて、ヘーゲル『哲学史』を通読することで、ヘーゲルの捉える哲学史の流れを把握するとともに、哲学の歴史を唯物論的に把握していく端緒の学びを行うことを共通の目標として取り組んできている。このヘーゲル哲学の学びに関して悠季先生は、「まず大前提として、ヘーゲルの文章を読む場合には、その時代性をしっかりとふまえてかからなければならない」(p.65)と指摘しておられる。そして、「力学」というヘーゲルの言葉を例にして、これは「現代の研究者が考えるような無味乾燥なモノの力の研究」(同上)ではなくて、「自然の運動をまずは絶対精神の把持する一般的な活動ないし運動として説きたいということなのであろう」(p.66)と述べておられる。これは、単に時代性を踏まえるということのみならず、「何よりもまずは絶対精神の自己運動という中身、実態を理解していき、そこからヘーゲルを見ていかなければ」(p.67)ならないということをも説いておられて、非常に重要な指摘であると思う。当時の時代性を押えつつ、そこに生きたヘーゲルの論理展開を絶対精神の自己運動という観点から捉えようという意識なしには、ヘーゲルの文章はチンプンカンプンになってしまうということは、これまでブログに掲載してきた毎月の「例会報告」でも折に触れて論じてきたことである。改めて、しっかりとここを押えておく必要がある。

 最後にもう1つ簡単に触れておきたいことは、神という認識の成立過程の考察が素晴らしいということである。人間は絶対的な観念に従って生きていく存在だということを、サルから人間社会の形成に至る流れの中で、本能レベルでボスに従っていた段階から、時として間違いを犯すボス以上の何か絶対的な存在、つまり神という存在を創出してそれを拠り所にして生きていく段階へと発展していく過程として説いておられるのである。このサルから人間社会へという流れに関しては、言語そのものの歴史的な創出過程を明かにする上で非常に重要な箇所でもあるので、生き生きとした像を描けるように学び続けていきたいと思う。
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2016年02月22日

一会員による『学城』第13号の感想(4/13)

(4)知識を論理的に習得することが学問構築への端緒となる

 今回取り上げるのは、神庭順子先生の看護論論文である。前号で取り上げられた事例に関して、読者からの質問をもとに詳しく展開されている論文である。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

神庭純子
現代看護教育に求められるもの(2)
―弁証法・認識論から説くナイチンゲール看護論―

 《目 次》
(一)現代看護教育に求められる弁証法・認識論の実力
(二)弁証法・認識論に関わる読者からの質問
(三)地域における育児支援で出会った対象との関わり
(四)認識論の基本を説く
   ―認識(=像)はどのように形成されるのか
(五)対象児の認識=像をみてとる
(六)認識論を駆使しての認識=像の変化を創り出す関わりの在り方
(七)看護者の認識=像と対象者の認識=像との相互交流の実際を説く
(八)ナイチンゲールの説く「健康への看護」とは


 本論文は、現代看護教育に求められているものを明かにし、どのような学び方、教育のあり方が求められているのかという問題について考察していくことが目的であることがまず確認される。端的には、論理的に学ぶ(教育する)ことが必要であり、そのためには弁証法と認識論の実力が不可欠であることが説かれる。そこで認識論に関わる読者からの質問をもとに、前回の内容が詳しく解説されていく。初めに、認識論の基本として、認識とは外界が五感覚器官を通して感覚されたものが脳に描かれた感情像であることが説かれた後、極低出生体重児の親の集いで、親から離れて過ごしていたA君(1歳8ヵ月男児)が母親を求めて泣き出しそうになっていた場面でのアタマとココロがどのようなものかについて述べられていく。端的には、自らが発した「ママ」という言葉により、母親を求める感情が増大するとともに、今そばにいてくれない不安定感からいっそう強烈な感情像を描き出しているということである。こうしたA君に対して、保健師がどのように関わったのかといえば、端的には、A君の認識=像をすぐにでも変化させて、A君にとって良い像を描かせるような働きかけであったと述べられる。また、母親が戻ってきた時の関わりについても、母親やA君の認識=像が良い方向に導かれるためにはどのような言葉がけが必要かということが、具体的に説かれていく。最後に、以上みてきた内容が、病人への看護ではないにしても、健康への看護として、しっかりと看護を実践したこととなるのだと締めくくられる。

 本論文に関してまず触れておきたいことは、学びの過程において「知識的な習得」(p.44)をすることとそれらの知識を「論理的に習得」(同上)することとが対比的に取り上げられている部分に関してである。ここでは、文部科学省が示した学士課程における看護基礎教育で求められるべき教育内容の基準に関して、これは「教育の形式や枠組みを整えただけ」(p.43)であって、「そこを如何にして、どのように学ばせるのか、どのようにして教育していくのかということをこそ本当は問わなければならない」(同上)として、論理的に学ぶためには「すべての教科を「看護とは何か」という看護の一般論から筋を通して学ぶ(教育する)ことである」(p.44)と説かれている。つまり、何をどの程度のレベルまで学ぶのかという「知識的な習得」という側面に関しては、一定の基準が設けられており、それ自体は意義のあることであろうが、それをどのように学ばせるべきかという点に関しては、国は何ら言及することなく大学任せになっており、神庭先生はここを取り上げて「論理的に習得」させるべきだと主張しておられるのである。そしてこの神庭先生の指摘こそ、現代看護教育だけではなく、あらゆる学問構築において、「学問の体系化」において、非常に重要なものなのである。学問というものは、膨大な事実をバラバラに並べて提示するようなものではなく、対象的事実に共通する論理を体系的に筋を通して展開するものだからである。

 では、そうした論理的な学びができるようになるためには何が必要がといえば、それは「弁証法の実力」(同上)と「認識論の実力」(同上)であると説かれている。その中でもこの論文では特に、「認識論の実力」養成のために認識論の基礎が丁寧に説かれている。中でも、「認識とは何かを理解するための基本練習」(p.48)として、「自分の好きな料理を思い描いてみてください」という例でもって、認識とは単なる外界の反映像ではなくて、「その対象に関わっての様々な思いも複雑に重なり合っての、動く(言葉はよくないかもしれませんが、蠢くという表現での動く)「感情像」である」(同上)ことが見事に説かれている。こうした部分は折に触れて、原点に立ち返って確認する必要があると思う。

 もう1つ取り上げたいことは、対象の認識を変化させるための言葉による働きかけに関してである。講座を終えて晴れやかな表情で戻ってきた母親や、その母親を見て漸く安心したために大泣きしてしまったA君に対して、どのような言葉がけをすることが看護となるのかについて、具体的に検討されているのである。そして結論として、次のように述べておられる。

「認識論の学びは、相手の認識を像としてしっかりみてとることによって、その像に働きかける言葉を選び、伝え、その言葉がどのように相手の認識=像を創り出していけるかと問いかけ、さらにその認識=像の表現である言葉を介して、その認識の変化を確かめ、相互の認識の交流を次々と創り上げていくということにつながるものであるということが理解できたでしょうか。」(p.55)

 ここで検討したいことは、今回取り上げられた事例で具体的にどのような言葉がけが看護であるとされたかという個別的なことではなくて、言葉そのものの役割に関してである。端的にいえば、言葉はその受け手の認識を創り出し、その認識を確かめ、認識の交流を創り上げるためのものだということである。これだけであれば、言語以外の他の表現との違いが明確ではないが、言語は他の表現と比べて、ヨリ実践的に精神的交通を行うことができるし、ヨリ精密な精神的交通を可能とするものであるといえるだろう。例えば、今回述べられていた母親の認識を良い方向に導こうとして、音楽や絵画を即座に創出するようにことができるだろうか。身振りや写真を使ってA君の成長を細かく伝えることができるだろうか。こうしたことは言語であればこそ可能なのである。そういう意味では、前々回に取り上げた本田論文で述べられていた「像をなるべく具体的に、かつ詳しく文字化する」(p.20)ことや「その文字の具体化たる像として描く努力」(同上)が、認識論を学ぶ上で非常に重要なプロセスになると思われる。

 言語学の創出を志す者として、認識論をきちんと押さえるためにも、学を創出できる頭脳を作っていくためにも、「認識と言語との相互浸透とはどのようなものか」が具体的に理解できるよう、こうした実践をしっかりと行っていきたいと思う。
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2016年02月21日

一会員による『学城』第13号の感想(3/13)

(3)他分野に学ぶことの重要性

 今回は北條翔鷹先生の実戦部隊飛翔隊の修業過程に関わっての論文を取り上げる。武道空手を学ぶはずが、武道居合技の鍛錬を課された北條先生の練習内容が説かれていく論文となっている。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下である。

北條翔鷹
実戦部隊飛翔隊修業の総括小論(3)
―1983年〜1988年3月の実戦部隊飛翔隊合宿修業小論―

 《目 次》
一、「武道居合技」鍛錬に向けての出立
 (一)「武道居合技」鍛錬に向けての初日
 (二)武道空手家になるのに、なぜ武道居合の鍛錬が必要なのか
 (三)武道居合・武道合気は観劇的な道具になるべきでない
二、1983年4〜8月の練習内容

 本論文ではまず、真の武道空手を極めるべく始まった合宿での初めての修練が、武道居合技の鍛錬であったことが述べられる。ではなぜ、武道空手を極めるために武道居合を学ぶのかといえば、1つには、将来的な生命保険として、他流試合に備えるという必要性があるからであり、もう1つには、武道居合の学びが直接に武道空手上達への大きな近道になる、具体的には実際に真刀を突きつけられる恐怖などの非常心の中で闘える精神や武技を創ることができるからであると説かれていく。そして、本来、生命を賭けて臨むはずの武術が観劇的な道具と化し、大道芸レベルの幼稚さになってしまっていることが述べられる。最後に、著者の場合、武道居合での殺人技をわが身で実感しながらの修業が武道空手を一拳必倒技へと創出していく過程において重要な学びであったことが確認された後、自然を相手にした屋外鍛錬がどのようなものであったのか、具体的に述べられていく。

 この論文でまず注目すべきことは、『学城』第13号全体を貫くテーマである「学問の体系化」という観点を踏まえれば、他分野での学びの重要性についてということになる。本論文でも、武道空手を極めんとして始まった合宿において、他分野たる武道居合技の修練がなされたと説かれていた。その理由として、他流試合に備えるというもののほか、「生命賭け」という共通点に着目しながら、諸々に説かれていた。「非常心の中で闘える精神も武技も創ることができる重要かつ必要不可欠な過程であった」(p.36)こと、「武技の在り方を厳しく問い直させてくれたこと」(同上)、「武道居合の真刀での一刀必殺=殺人技(斬技・恐怖・死ぬ覚悟等々)をわが身で実感しながら修業する中、武道空手を一拳必倒技へと創出していく過程の重要な学びとなっていったこと」(p.40)などである。

 こうした武道空手技創出過程における武道居合技鍛錬の意味に関しては、同様の論理構造で学問構築における他分野の学びを捉えることができるのではないか。というよりむしろ、捉えなければならないのではないか。どういうことかというと、例えば私が創出しようとしている言語学に関しても、ただ言語のみを研究しているのでは到底構築することができない。まず、世界全体についての大雑把な把握が必要であって、そのために幅広い一般教養を学ぶ必要がある。この過程で、世界全体に関するアバウトではあるが生き生きとした像を描けているかどうかが、学問構築の端緒につけるかどうかの決定的な契機となるのである(ここの詳細はP江千史『看護学と医学』参照のこと)。こうした過程を経て、世界全体における言語の位置を大枠で押えた上で、いよいよ言語学への道が歩めるのである。この道においても、例えば、看護学の一般論として提示された「看護とは、生命力の消耗を最小にするよう、生活過程を整えることである」という論理を学ぶことで、言語とは何かの仮説的一般論を考察していくこともできたのであるし、また、「医学の構造」として提示された図式(p.99)を参考にして、「言語学の構造」を図式化する試みも行ってきている。どの分野にも、学としての共通性が存在するはずであって、個々の現象的な違いを超えて、大きな論理性として捉えることにこそ、他分野を学ぶ必要性があるということである。

 もう1つ、この論文に関して取り上げたいことは、「1983年4〜8月の練習内容」として説かれているその中身についてである。「自然を相手にした屋外鍛錬」(p.40)を主として、休耕中の田んぼや沼地などのぬかるみの中を歩いたり走ったりしたり、リヤカーを泥沼の中で押したり引いたりといった全身的運動強化を図るものや、空手の基本技の鍛錬などが行われたということであるが、これらは学問創出を支える脳をいかに鍛えるのかという問題に関して、大きな示唆を含んでいるからである。そもそも脳という器官は、「生命の歴史」を遡れば魚類段階に誕生したものである。ではなぜ魚類段階において脳が誕生したのかといえば、それは大海流の流れの中を強烈な運動でもって泳ぎ切るためには、運動を司る筋肉や骨などの運動器官とそれを支える内臓などの代謝器官が分離独立する必要があったのであって、さらにこれらの器官を統括するための器官として脳が誕生する必然性があったのだということである。つまり脳は、強烈な運動を統括するためにこそ誕生したのであって、それが脳の本来的な機能であるということである。学問を創っていく存在も当然脳なのであるが、この脳の認識という機能を高めていくためには、脳本来の機能である運動の統括機能を高める必要があり、このことによってこそ、脳の実力が養われるのである。このためには、屋内でじっと座ってひたすら文字ばかりを眺めていてはダメであって、変化の激しい自然的外界をしっかりと五感器官を通して反映させながら、自然的外界に大きく関わる形での運動を行っていく必要があるのである。端的には、本論文で説かれている武道空手の鍛錬を行うべきなのであるが、そこまではできなくても、山歩きや草ひき、雑巾がけ、木登り、砂利道鍛錬(夏に太陽の光を十分に浴びた砂利道を裸足で歩く鍛錬)など、五感器官を総動員しての全身運動を意識的に行うことで、学問を創出可能な脳を創っていく必要があると思われる。しっかりと実践していきたい。
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2016年02月20日

一会員による『学城』第13号の感想(2/13)

(2)学問には像の文字化と文字の像化が必要である

 今回から、『学城』第13号に掲載されている各論文について、順次その感想を述べていきたい。

 初めに取り上げるのは、本田克也先生の遺伝子の体系性、重層構造に関わっての論文である。ここでは、南郷継正先生が行われた遺伝子に関わる講義について、「思うから考えるへ」というキーワードと共にその展開が説かれていく。

 まずは以下に、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。なお、『学城』誌上では、目次はなく、本文に項番のみ振られているため、その項番に私なりにタイトルを付して目次とした。

本田克也
「南郷継正講義」遺伝子の体系性から生命の世界の
発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く(1)
(平成27年度4月、遠征合宿で学ばされたこと)

 《目 次》
(A)人間の遺伝子は体系性を把持しての重層構造である
(B)“考える”ことの可能な像へ向けて本論を展開する
(C)遺伝子は常に外界・内界との関係性で相互浸透的に動いている
(D)頭の中の認識を「使う」ことが「思う」ことである
(E)「考える」とはまだないものを未来的像として創りだすことである
(F)頭の中で像は二種類ある
(G)像を言語化する努力が大事である
(H)表象レベルの像からさらに上がって直接見てとれない像をきちんと描くことが「考える」ことである
(I)「思う」と「考える」の違いをクロー病を例に説く
(J)遺伝子の個別性、特殊性、一般性とは
(K)いかなる病気も遺伝子が歪んでできる
(L)内臓のできあがり方は遺伝子の重層構造により千差万別である

 本論文では、人間の遺伝子の構造が、体系性を把持しての重層構造であることが説かれた南郷継正先生の講義が取り上げられている。その講義では、人間の遺伝子が単細胞体から猿類体へと至る設計図の体系性的構造を把持しての立体的重層構造となっていること、これは人類の歴史で原始共同体から現代国家への重層構造となっていることと同様の論理構造であることが結論として述べられたという。この結論を踏まえて、講義の展開が具体的に追っていかれる。端的には、遺伝子の像の形態を「思うから考えるへ」の遺伝子の構造の発展を例にして説かれたのだという。具体的には、遺伝子は常に外界・内界との関係性で相互浸透的に動いていること、「思う」時には外界の反映は遮断されていること、「思う」ことは頭の中の認識を「使う」ことであること、それに対して「考える」とはまだないものを未来的像として創りだすこと、像を筋道を立てて何とか動かすことであること、「考える」という中身を創るには、対象との関わりから離れてはならないことなどが南郷先生によって説かれたのだということであった。そして、「思う」ということの像の積み重ねを1つの道筋としてきちんと行うためには、像を言語化する努力が必要だと述べられる。さらに、著者の専門である法医学を例に、表象レベルの像からさらに上がって、直接見てとれない像をきちんと描くことが「考える」ということであることが説かれる。ここからまた南郷先生の講義に戻って、遺伝子の個別性、特殊性、一般性を踏まえて、クローン病や若年性難聴について遺伝子から説かれていった内容が再現されている。そして最後に、いかなる病気も遺伝子が歪んでできるという論理に著者が衝撃を受けたことが語られ、ここから内蔵のできあがり方が様々であるのは遺伝子の重層構造がそうなっているからこそであろうと推測されている。

 まず述べておかなければならないことは、この講義が非常に難解であるといことである。それは、「初学者にとっては大変に難しい講義」(p.10)であり、「頭を殴られるような衝撃」(p.9)を伴うようなものであるということが本論文にも述べられている通りである。しかしそれにもかかわらず、「講義として説かれる内容の理解を、会員自身のこれまで創られてきた頭脳活動としての遺伝子の実力が邪魔しているのであったとしたら、それをなんとしても創り変えていかなければならないし、それができないとしたら、目の前にあるあまりにも大変な宝を失ってしまうことになる」(pp.9-10)から、必死の努力でモデルチェンジすべく、何としてでもこの講義の内容を把握しようと取り組む必要があるのだ、ということである。そしてこうした過程こそが、「弁証法的な論理能力」を培うことであり、「学問の体系化」には必須の道なのだということである。だから本稿では、筆者の頭脳活動をフル回転させて、可能な限り把握できた内容を述べていきたいと思う。

 まず、本論文で中心的に説かれている「思うから考えるへ」とはどういうことかについて検討してみる。「思う」に関しては、頭の中に浮かんでいる認識を「使う」ことであり、直接の対象なしに「像を浮かべている」ことだと述べられている。また、過去、現在の像であり、外界から遮断されているものであるとされている。この「思う」の過程の重層の上でなされるのが「考える」ということであって、まだないものを未来像として創りだすことだとされている。また、ないものを創りだす「考える」という中身を創るには、対象との関わりから離れてはならないことも述べられている。さらに、像を筋道を立ててなんとか動かすことが「考える」ことの端緒だとも説かれていて、「考える、ということは頭脳の大本たる脳自体が熱を上げることである。オーバーに説けば、結果として頭痛がする、吐き気がするまで伴うものである。これが考えるということである。けろっとして考えていると思っていてはいけない。」(p.26)ともあるように、これは非常に辛く苦しい過程を経て、遺伝子の構造を変化させることでやっと可能になる人間特有の活動だということであろう。

 さらに重要なことは、「これまでの自分を棄ててでも、いかにしても思うことから考えることへと向かう努力をしなければならない」(pp.19-20)と説かれていることである。これは単純に「思う」を積み重ねていけば、自然と「考える」という段階に到達するというような簡単なものではないということであろう。「これまでの自分を棄て」るとあるように、これまで「思う」能力しかなかった自分の認識を「考える」ことが可能となるレベルに転化させるためには、「思う」認識、「思う」自分の遺伝子を一旦完全に否定して、自分の認識、自分の遺伝子のモデルチェンジをすべく、新たに創り変える必要があるということだろう。しかし、この創り変えを行うものも自分の認識、自分の遺伝子であるから、このことは非常な困難を伴うものであるということだと思われる。それこそ「頭痛がする、吐き気がする」まで、「まずは「思う」ということの像の積み重ねを1つの道筋としてきちんと行う必要がある」(p.20)ということになるのである。

 このような苦しい作業を通じて、自らを創り上げるためには、では具体的にどのようなことが必要になってくるのか。言い換えれば、今の自分に決定的に不足しているのは具体的にどのようなことであるのか。それは、像を文字化すべく、また文字を像化すべく、必死の研鑽を行うことである。「書くことは考えることである」(p.26)とある通り、また書物を読むときには「文字の具体化たる像として描く努力」(p.20)が必要とある通り、自分の描いた像を文字として論理的に書き続けること、書くことで像を可視化して、論理の筋が通っているかどうかを客観的に判断できるようにすること、研究会でその書いた文章を検討してもらうこと、合わせて、文章を読むときにはその著者の頭にどのような像が描かれていたのかを懸命に辿ってみること、そうして描いた像をまた文章として筋を通して書き記し続けること、こうした努力が必要なのである。これこそが、「思う」ことであり、「考える」ことへの道筋だと思う。

 筆者はこれまで、約5年にわたって日々の生活の事実や気づいたことなどをノートに綴ってきているが、この作業において、目的意識的に像を文字化しようとしていたわけではなかったし、後で自分が分かればいいというレベルで、論理的に筋を通していたわけでもなかった。また、ヘーゲルの文章を読んだり、自分があまり知らない分野の新書などを読んだりするときには、文字をただ文字として目で追っているだけで、そこからその文章を書いた人物の描いていた像をしっかりと自分も描けているかどうかという点に関しては、全く努力が不足していたのである。

 今後は、この論文で説かれているように、読み書きの際にはまずはしっかりと「思う」という像を創り出すとともに、「思う」を何度も何度も繰り返すことよって、「考える」ことが可能となるよう、「頭痛がする、吐き気がする」まで検討し切って、しっかりと論理的に筋を通した文章を書き続けていく決意である。
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2016年02月19日

一会員による『学城』第13号の感想(1/13)

《目 次》(予定)

(1)「学問の体系化」が『学城』第13号の全体を貫くキーワードである
(2)学問には像の文字化と文字の像化が必要である
(3)他分野に学ぶことの重要性
(4)知識を論理的に習得することが学問構築への端緒となる
(5)1つの言語が創出される歴史的過程性を把握することの重要性
(6)「学問の体系化」に向けた原動力とはどういうものか
(7)概念化とは、事実の構造に分け入ることによって論理構造を把握し、その論理構造の一般性を言語化していくことである
(8)理論化には人類の学問の発展の道を辿り返す必要がある
(9)学問を構築するためには事実の把握と一般論の学びが必要である
(10)「学問の体系化」には対象の過程性にしっかりと着目する必要がある
(11)対象を全面的に把握するとはどういうことか
(12)「学問の体系化」のためには、一般教養を論理レベルで学ぶ必要がある
(13)『学城』第13号は「学問の体系化」への道標である


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(1)「学問の体系化」が『学城』第13号の全体を貫くキーワードである

 2015年10月27日、最新の『学城』第13号が発刊された。10月29日に家に帰ると、ポストにこの第13号が入っていたのであった。それからしばらくして、現代社のホームページにも新刊として掲載されたが、やはりこうした学術書は、誰よりも早く手に入れて、大いなる刺激を受けるべく、ぜひとも定期購読すべきだと思う。学問の最新の成果にいち早く触れたい、という強烈な思いがなければ、この『学城』誌を学んでも大した成果は得られないだろう。

 それはさておき、今回の13号で特徴的なのは、2015年中2度目の発刊だということである。これまで『学城』誌は、2004年に第1号が世に出て以来、毎年1号ずつ出版され、2015年3月には第12号がものされていた(号数に2003を足すと西暦年になる)。ところが今回は、第12号から7カ月ほどで、同じ年に新しい号が出たことになる。これは第10号の「編集後記」にて、「今後は年二回の発刊を現実化すべく努力していく所存である」と決意が述べられ、第11号の「編集後記」で「わが研究会においては志ある若い読者のために、発刊を年二回に増やし、初学者向けの教育が可能な、いわゆる入門編となる論文も掲載したい」と展望が示され、第12号の「編集後記」で「年二回の発刊を目指して努力してきた」と言及されていることが、遂に実現したことを意味している。年二回の発刊となると、それだけ執筆作業・編集作業も忙しくなるだろうし、何よりも、毎号毎号着実にレベルアップしての論文執筆であるだけに、その実力向上のスピードを上げていかなければならない、必死の研鑽を量・質ともに格段に高めていかなければならない、ということだと思う。これは実際、並大抵のことではないだろう。認識の深化速度を速め、次々に問うて論じるべき中身を執筆し続けることは、相当に過酷な道のりだと思うが、これこそが「学問への道」だということをしっかりと把握しておくべきだろう。我々も、今後年二回発刊されるこの『学城』誌に必死に学び続け、合わせて、研究成果を毎日欠かすことなくこのブログに掲載していくことを約束したいと思う。

 さて、今回読み解いていく第13号に関しても、いつものように全体を貫くであろうテーマを設定して、そのテーマをもとにして、そのテーマから各論文に光を当てていくことを中心にして、感想文を執筆していくこととする。では第13号全体を貫くテーマとは何であろうか。それは「学問の体系化」ということではないだろうか。個々の論文に関しては、次回以降で順次詳しく述べていくこととするが、ここでは「巻頭言」に述べられている内容について確認しておくこととする。

 「巻頭言」において南郷継正先生は、ヘーゲルが『精神現象学 序論』で学問は体系化して初めて後世に残るレベルでの価値ある学となるのだと説いていることを踏まえて、「学問の体系化」のためには、まずは「弁証法的な論理能力」が必須となることを説いておられる。ここでまず、「体系とは何か」という問題について、考えておく必要がある。この問題については、医学者P江千史先生が以下のように明確に説いておられる。

「体系とは読んで字のごとく体の系である。すなわち、人間の体のようにつながってひとまとまりになっているものである。人間の体はみればわかるように、頭がありその下に体幹があり、体幹から手、足が出ている。そして、全身が頭に存在する脳によって、神経・ホルモンを介して完全に統括されている。このようにあるべきところにきちんとあるべきものがあり、それが一貫としてつながってひとかたまりになって脳の支配の下に統括されながら活動していけるものが、体系なのである。」(『看護学と医学(上)』現代社、p.78)

 ここで重要なのは、あるべきところにきちんとあるべきものがあること、それらが一貫としてつながってひとかたまりになっていること、さらに脳の支配のもとに統括されていること、の3点である。「学問の体系化」というのはこういうことであって、逆にいえば、あるべきところにきちんとあるべきものがなかったり、それらが一貫としてつながってひとかたまりになっていなかったり、脳の支配のもとに統括されていなかったりした場合、それは学問体系とはいえないのだ、といことである。そしてこの「学問の体系化」のためには、何よりも「弁証法的な論理能力」が必要だと南郷先生は説いておられるのである。ではなぜ、「学問の体系化」には「弁証法的な論理能力」が必要なのであろうか。この問いについても念頭におきながら、各論文を読み進めていきたい。

 では最後に、『学城』第13号の全体の目次を以下にお示しする。

学 城 (学問への道)  第13号


◎南郷継正  巻頭言 ― 改めて大志を抱く諸氏に

◎本田克也  「南郷継正講義」 遺伝子の体系性から生命の世界の発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く (1)

◎北條翔鷹  実戦部隊飛翔隊修業の総括小論 (3)
         ―1983年〜1988年3月の実戦部隊飛翔隊合宿修業小論

◎神庭純子  現代看護教育に求められるもの (2)
         ―弁証法・認識論から説くナイチンゲール看護論

◎悠季真理  哲学・論理学研究余滴 (4)

◎北嶋  淳  人間一般から説く障害児教育とは何か (7)
 志垣  司  ―障害児教育の科学的な実践理論を問う

◎瀬江千史  「医学原論」 講義 (11)
         ―時代が求める医学の復権

◎瀬江千史  新・医学教育 概論 (2)
 本田克也  ―医学生・看護学生に学び方を語る
 小田康友
 菅野幸子

◎聖  瞳子  医療における理論的実践とは何か
 高遠雅志  ―初期研修医に症例の見方、考え方の筋道を説く
 九條  静  〈第5回〉 マイコプラズマ肺炎1
 北條  亮

◎朝霧華刃  唯物論の歴史を学ぶ (1)

◎橘  美伽  武道空手上達のための人間体を創る 「食事」 とは何か (2)

◎南郷継正  武道哲学講義 〔10〕
         ―学問とはいわば世界地図を描くことである
         (2008年冬期ゼミ講義詳説)

◎悠季真理  編集後記
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2016年02月18日

SSTを技化の論理で説く(5/5)

(5)技の二重構造を踏まえた実践を

 本稿は,コミュニケーションのやり方を訓練する方法として,さまざまな領域で活用され,一部では非常に大きな成果もあげているSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)をとりあげ,これを南郷継正先生によって発見された技化の論理でもってとらえ返して,見えてきたことを考察することを目的として,これまで説いてきました。

 ここで,これまでの流れをふり返ってみたいと思います。

 はじめに,SSTが実際にどのような流れで行われるのかということを紹介しました。そもそもSSTとは,認知や行動に働きかけることによって困りごとを解決しようとする認知行動療法の一種であり,社会関係においてその場にふさわしい言動がとれるようなスキル(ソーシャルスキル)の獲得を目指す訓練方法でした。SSTのセッションはふつう,5〜8名ほどの参加者に対して行うことが多く,1回90分のセッションを15回ほどくり返し,それぞれのセッションはリーダーとコ・リーダーと呼ばれるスタッフによって進行されていくものでした。セッションの流れは,参加者が安心してスキルの訓練に取り組めるように,高度に構造化されているのでした。大きな流れとしては,@ウォーミングアップ→A宿題報告→Bルールの確認→Cロールプレイ→D宿題設定→Eまとめと感想となってることを確認しました。この中で中心となるのはCロールプレイであり,ここで実際に苦手な場面を想定して,苦手なスキルを練習するのでした。そしてこのロールプレイも,@練習することをきめる→A場面をつくって一回目の練習をする→Bよいところをほめる→Cさらによくする点を考える→D必要ならばお手本をみる→Eもう一度練習をする→Fよいところをほめるというように,高度に構造化されているのでした。

 次に,南郷継正先生が発見された技化の論理を復習しました。『武道の理論』によって初めて公にされた技の創出・使用の二重構造論によると,技を身につけるプロセスには3つの段階があるということでした。それは,@技の形を覚える段階,A覚えた形を自分のものにする段階,B自分のものにした技を使う段階の3つでした。そして,@とAが技を創る段階に相当し,Bが技を使う段階に相当するということを確認しました。また,@からすぐにBに進むのではなく,@からAへという訓練を,徹底的にくり返すことによって,ようやくにまともに使えるようになるということを確認しました。この技化の論理,技の創出・使用の二重構造論は,直接的には武技を対象として説かれているのですが,実際にはあらゆる技について当てはまる論理であるとして,筆者自身が行った技化の実例を2つ紹介しました。一つは右利きの筆者が左手で箸を使いこなせるようになったプロセスであり,もう一つはパソコンの文字入力において,ブラインドタッチができるようになったプロセスでした。両方とも,初めに正確な技の形を覚えた後,いきなり使い始めるのではなく,むしろ,使うことを否定して,スピードや力の入れ具合などは犠牲にしても,正しい形をしっかりと取り続ける訓練をして,徐々にスピードをつけていくことによって,使用に耐えうるような技として身につくのだ,ということを説きました。

 最後に,これまで説いた2つの内容を統一して,SSTを技化の論理でとらえ返すと,どのようなことが見えてくるか,考えていきました。はじめに,SSTの優れた点を考察しました。第一に,コミュニケーションをスキルとして,練習すれば身につく技としてとらえている点が評価できると説きました。このようにとらえれば,あるコミュニケーションが苦手なのは,性格の故でも病気の故でもなく,単純にそのようなスキルを練習する機会に恵まれなかったためであるとか,間違って学習したためということになり,きちんと練習すればその苦手さを克服できるということになります。第二に,実際にロールプレイという形で練習できる点も,それなりに評価できると説きました。単に知識的な学習にとどまらず,自分の体を使って体験する形の学習である点は,SSTが奏効するためのポイントであるということです。第三に,特有のスキルのとらえ方も優れていると説きました。SSTではスキルを,いくつかの要素の集合体としてとらえており,できる人にとっては一つの工程であっても,実際にはいくつかの工程が重なり合っているのだから,それを一つずつ練習できるような工夫がなされているのでした。その後,SSTの不十分な点や限界についても考察しました。第一に,技は創って使うものであるという論理的な理解ができていないために,使うことを否定して,しっかりと技を創るという段階を設定することが不十分になっているということでした。第二に,これと関連して,技化のためにくり返しの上にくり返して,正確な形をとる訓練をするということができていないということを説きました。第三に,基本技を変化させるという発想がないために,さまざまな使い方レベルの技のあり方を,一つずつ取り上げて練習する羽目になり,技の数が多くなりすぎるという点を指摘しました。

 以上,これまで説いてきた内容をふり返りました。この内容を踏まえて,最後に,技化の論理を踏まえれば,どのようにSSTを実施していくのがより効果的なのか,実施の際にはどのような工夫ができるのか,について考えておきたいと思います。

 まずは,ソーシャルスキルというものを,しっかり技としてとらえ,適切に練習すればスムーズに身につくのだということを,他の技の例などを挙げて,参加者に伝えることが必要になると思います。そして,技化してしまえば一つの工程として現象する技も,実は複数の工程の複合体なのである,ということを専門家としてしっかり理解し,相手はどの工程が弱いのかということをしっかりと見立てて,特定の工程をしっかりと習得できるように重点的に訓練していくことが求められるでしょう。

 技を創る段階と使う段階に論理的にしっかりと分けて,創る段階では,使うことを否定して,相手のレベルに応じて,技の構成要素の一つだけを取り出して,正確な形がとれるように訓練することも必要になってくると思います。たとえば,頼みごとを断るというスキルを練習する際は,申し訳なさそうな表情を創ることのみを,まずは練習してもいいでしょう。あるいは,断るための適切な理由をいえない方であれば,その理由の部分のセリフだけを取り出して,くり返し練習する,ということも考えられます。また,もう少し創る過程が進んでいけば,典型的な場面を設定して,そこで創る練習をくり返したうえで,その変化技として,別の場面での使用方法を練習する,ということも求められるでしょう。

 さらに,技を創る際に正確な形をとる訓練を行うのですが,その練習量をしっかりと確保するために,宿題として,実際に使うことを課題とするのではなく(もちろん,その方次第で,いきなり使う課題を出してもいい場合もあるでしょうが),申し訳なさそうな顔を創る訓練とか,断る理由のセリフ回しをくり返して言う訓練とか,そういう技を創るための訓練を出すのも一つの手だと思います。また,次のセッションでは,前回扱ったところを数回復習するのもいいでしょう。SSTで劇的な成果を上げているべてるの家や大東コーポレートサービスにおいても,かなりの練習量を積んでいることが分かります。SSTを実際に活用するためには,かなりの量の練習が必要ということを示しているとは思うですが,これは技は創って使うのだという論理的な区別もなく,ただ,自然成長性に任せて行われているものですので,創ると使うの論理的な区別をしっかりなしたうえで,しっかりと正確な技の形をとり続けるという創る側面を重視しながら訓練すれば,もう少し効率的に技化できるものだと考えています。

 より根本的な課題としては,ソーシャルスキルの基本技を選定して,その変化技として諸々のスキルを位置づけていく,という作業も必要になってくると思います。これは,何度か触れたべラック式では,ある程度その作業が進められていますが,それでもまだまだ技の数が多すぎると感じています。もう少し基本技を絞り込んで,その変化として様々な技を位置づけることができれば,より効率的に,スキルの習得ができるのではないでしょうか。

 今後とも,今検討したような内容を踏まえてSSTを実施し,参加者の方が少しでもスムーズに,短期間に効率的にスキルを習得するのを援助できればと考えています。

(了)
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2016年02月17日

SSTを技化の論理で説く(4/5)

(4)技化の論理から見るSST

 前回は,南郷継正先生が発見された技化の論理,すなわち,技は創って使うものであるという二重構造論を復習しました。まずは形を覚え,使うことを否定して,その形をしっかり自分のものにする訓練をくり返しの上にくり返すことによってようやく技を創出できる,その上で使う段階に移行するのがまともな上達にとっては必要だということでした。

 今回は,前々回に説いたSSTを,前回復習した技化の論理でもって捉え返していきたいと思います。

 はじめに,技化の論理の観点からとらえ返して,SSTの優れた点,評価できる点にはどのようなものがあるのか,ということについて考えてみます。

 まず,何といっても重要なのが,コミュニケーションをスキルとしてとらえた点が評価できるでしょう。SST特有の考え方によると,できる人はほぼ自動的にできているような,挨拶であるとか,頼みごとを断るであるとか,不快な気持ちを伝えるであるとかいったようなコミュニケーションを,スキルとして,すなわち技としてとらえるのです。これには,どのような意義があるのでしょうか。それは,そういったことができないのを病気のせいや性格のせいにするのではなく,単にスキルが不足している,技化するための練習が不足していたととらえたり,間違った形で技化したものと捉えたりすることを意味しています。したがって,苦手なコミュニケーションも,適切に練習すればできるようになるというものの見方が前提としてあることになります。

 患者さんやクライエントさんの側からすれば,自分が苦手なコミュニケーションが,性格や病気のせいではなくて,単にその練習をする機会に恵まれなかっただけ,あるいは,間違って身につけてしまっただけ,ということが分かると,では適切に練習して,そのコミュニケーション・スキルを身に付けよう,と自然と考えられると思います。そうなれば,やる気をもって熱心にSSTに取り組むことにもなり,コミュニケーション上の困りごとが解決する可能性も高くなると思われるのです。

 次に,実際にコミュニケーションの練習をするパートが設けられており,ロールプレイという形で具体的な使う場面を想定した訓練ができる点も,それなりに評価できるでしょう。コミュニケーション法というと,講師が一方的に,こういう場合はこうすればいいと教示するのを聞いて勉強したり,その手の本を買ってパターンを覚えたり,という学習方法が一般的かもしれません。しかし,SSTでは,コミュニケーションをスキルとしてとらえていることもあって,その練習の場が設定されているのです。

 さらに,「スキル」の特有のとらえ方に基づいて,練習方法もそれなりに工夫されている点も挙げられます。SSTでは,スキルをいくつかの要素の集まりとしてとらえています(このことは,特に「べラック方式」と呼ばれる形式においては顕著です)。たとえば,「頼みごとを断る」というスキルは,「相手の話を最後まで聞く」「申し訳なさそうな顔をする」「理由を添えてできないと伝える」「謝罪する」「できれば代替案を提示する」などといった要素から成ると考えます。このようなスキルのとらえ方も,評価できると考えています。どういうことかを詳しく説く前に,ここに関連した南郷先生の論述を確認しておきましょう。先生は『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第4巻』所収の『全集版 武道の理論』で以下のように説いておられます。

「したがって外見上,一個の作業工程のようにみえるものが存在するばあい,それが本当に一個の作業工程にしか過ぎないばあいには,一個の作業工程として行なってよいのであるが,仮に外見上,一個の作業工程のようにみえるものでも,本質上,数個の作業工程として構成されているもののばあいは,それを論理的に分類することによって,作業者にたいして現在の作業工程は,その分類のうちのどの部分なのか……をはっきりと示したうえで,その作業工程を行なわせなければならないのである。そうする以外に,まともな上達は望みえないからである。」(pp.201-202)


 すなわち,外見上一つの工程のように見えても,複数の工程の複合体である場合には,それぞれの工程を論理的に区別して,今現在行っているのはどの工程なのかを提示しなければ,まともに上達できない,ということです。

 これをSSTで考えてみましょう。たとえば,「断る」ことが特に苦もなくできる人にとっては,「断る」は一つのプロセスであり,要するに常識的な形で断ればいいのだろう,なぜそれができないのだ,ということになりがちです。しかし,できない人にとっては,「断る」というのは複数のプロセスの複合体なので,一気にやろうとしてもなかなか難しいのです。そこで,SSTのとらえ方のように,スキルを複数の要素の集まりとしてとらえると,一つずつ順番に練習することができますし,できているところとできていないところを区別して,できているところは褒めて,できていないところは,さらによくするにはどうすればいいかという形で,提案できるわけです。このように,SSTではスキルをいくつかの要素の集合体ととらえているために,ポイントを絞った練習ができ,スムーズに上達することができるわけです。

 では今度は,技化の論理から見た場合,SSTの不十分な点や限界について考察しましょう。

 まず一番大切な点として,リーダー(スタッフ)の側が,技は創って使うという論理的な理解ができていないために,技を創る過程なのか,技を使う過程なのかを区別できていない,という点が挙げられるでしょう。そのために,技を創る過程においては,当然,使うことを想定しつつも,いったん,使うことは否定して,技の形を正確にとることに意識を集中すべきであるのに,SSTではいきなり,場面を設定してロールプレイを行うことがふつうであるだけに,使う側面に意識が行き過ぎて,しっかりと使用に耐えうる技として身につけるまでいかない場合も出てくるのです。もちろん,武道ほどシビアではないコミュニケーションの技であれば,それだけで技を身につける人もいます。また,実際に使う場面を想定して創るという段階は,技を創るプロセスにおいては必然性があるものです。しかし,いきなり使うことを想定した練習では,脱落する人も出てきますので,まずは使うことを否定して,しっかりと基本の形をくり返して練習していって,徐々に使う場面に近づけていくことが求められるでしょう。

 これと関連することですが,創る過程では,正確に形をとる訓練をくり返しの上にくり返す必要があるのに,SSTでは,そこまでのくり返しはなされていないことが多いと感じています。実は,SSTには「過剰学習」(overlearnig)の原則というものがあり,できるようになっても,くり返しくり返し練習することの大切さは説かれてはいるのです。しかし,実際のセッションとなると,そこまでくり返して行われることはまれで,せいぜい3〜5回ほどくり返して終了となります。これでは,技の形を覚えたらすぐに応用問題へ進むという,南郷継正先生が批判されている受験界・武道界のあり方と同じだと批判されても仕方がないでしょう。このため,すぐに技の形が崩れていくことになり,しばらく使っていると,自分のもとからある,勝手知ったるコミュニケーションの方法に逆戻りしてしまい,SSTで訓練したスキルが抜け落ちてしまう,ということになりがちなのです。

 さらにいうと,創ると使うを論理的に区別していないために,もっといえば基本技を創って,その変化として使っていくのだという発想がないために,さまざまな変化技を一つの技ととらえてしまっているという弱点もあると考えられます。そのため,非常に技の数が多くなっています。いろいろな場面で必要なコミュニケーションのスキルを個別に練習していくという形式であるために,このような技の数が増えすぎてしまうという弊害が生じるのでしょう。その意味でSSTは合気道的といえるかもしれません。すなわち,相手がこうくればAという技をくり出し,ああくればBという技をくり出し,というような形で,さまざまな場面に対応するために,その場面の数だけ技(スキル)を習得していかなければならない,ということになってしまいがちである,ということです。

 他にも,SSTはもともと行動療法から分離・独立化して発展してきたものであるために,あまり人間の認識を問題にしないという欠点もあります。このことは説きだすと長くなりますので,触れておくだけにしたいと思います。

 以上,今回は,SSTを技化の論理からとらえ返して,その優れた点と限界を考察しました。
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2016年02月16日

SSTを技化の論理で説く(3/5)

(3)南郷武道論における技化のプロセス

 前回は,実際のSSTで,どのようにしてコミュニケーションの練習をするのかの流れをご紹介しました。大きな流れでも,ウォーミングアップから始まり,宿題の確認などを経てロールプレイに移り,最後に宿題の設定などを行うという構造化された形が採用されており,また,その中の中心的な要素であるロールプレイを取り出しても,練習するスキルを決めて練習をし,その後,よかった点を挙げてからさらによくする点を挙げるなど,一連の構造化された流れがあるのでした。

 さて今回は,南郷継正先生によって発見された技化の論理を復習したいと思います。そもそも本稿は,SSTを技化の論理から説くことを目的としていますので,SSTの紹介が終わった今,技化の論理をしっかり押さえておく必要があるといえるでしょう。

 南郷継正先生は,武道の技や上達過程を研究され,技はすべて,創る部分と使う部分という二つの部分=構造からなることを発見されました。この技の創出・使用の二重構造論を初めて公にされたのは,南郷先生の処女作である『武道の理論』(1972年)でした。この中で,技を身につけて使えるようになる過程,すなわち技化の過程を,以下のように説いておられます。

「このばあい,武技が我々のものとなる成りかたは,大きく分けて,三つの段階というか構造をもっているといってよいであろう。その三段階を簡単に説くならば,次のようになる。

 「そのT」は武技の形を覚えこむ段階である。
 「そのU」は覚えた形を自分のものにする段階である。
 「そのV」は自分のものにした技を,自分のものとして使いこなす段階である。」(『全集版 武道の理論』,『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第4巻』所収,p.248)


 すなわち,技の形を覚えこみ,それを自分のものにするのが技を創る部分であり,そうして創出された技を使いこなすのが技を使う部分である,ということです。そして南郷先生は,「そのU」の段階が問題だとして,形が崩れないように注意し続け,その形を保ち続ける必要があると説かれています。

 また,別の箇所では以下のようにも説かれています。

「まず勝負に至るまでの一般的なレベルでのまともな上達法を図示してみると(図1)のようになる。
 Qは技を覚える段階である。
 Pは覚えた技を使用に耐えるように仕上げる段階である。
 Xは使用に耐えうる技を使う段階である。」(p.204)


 「図1」では,QからPに向けて三本の矢印が出ており,さらにPからXに向けて一本の矢印が出ています。さらに,QからXへ,Pを飛び越す形で点線の矢印が伸びています。これは,QからPへの訓練を主として行い,QからPへ,そしてさらにXへという形はめったに辿らないことを意味しています。すなわち,技の形を覚え,そして覚えた形を使用に耐えるように仕上げる訓練をくり返しのうえにくり返し行うことが大切だ,つまり,技を創ることにしっかりと時間をかけて取り組む必要があるのであり,技を使う訓練は,技を創る訓練でしっかりと技が身についてから行うべきである,ということでしょう。それなのに,武道界における訓練方法としては,技の形を覚えたらすぐに使う練習に移ってしまう,つまり,Qから一足飛びにXの段階に進んでしまう,ということを,QからXへ伸びた点線の矢印が示していると考えらえます。

 ここでのQPXは,おおよそ先の「そのT」「そのU」「そのV」にそれぞれ対応しているといえるでしょう。要するに,技には創出の側面と使用の側面があり,実体的には同一である技を論理的にしっかり区別しながら,まずはしっかりと技の形を覚えてそれを自分のものにする,使用しても形が崩れないように仕上げるという創出の段階を徹底する必要があるのであり,それができてはじめて使う段階に移行するというのが,まともな上達のあり方であり,技化のプロセスである,ということだろうと理解しています。

 このような技化の論理は,直接には武道の技,つまり武技について説かれている内容ですが,実際はそれに限らず,あらゆる技について当てはまる論理だと思います。そして,人間の歩く,走る,飛ぶ,つかむ,投げるなどの実体の動きや,算数の問題を解く,旅行の計画を立てる,転職の決断をする,などといった認識の動きも,すべて技として捉えられるものですから,この技化の論理を使って説くことができるわけです。

 例えばということで,右利きの筆者が左手で箸を持てるようになったプロセスを,上記の技化の論理で説いてみたいと思います。箸を持つことなんて「技」とはいえない,という反論があるかもしれません。しかし,子どもを放っておいて何も働きかけなくとも,自然と箸を持てるようになる,などということはありえませんから,これも創って使うべき「技」ということになります。

 まず,技の形を覚える段階です。これは理想的な手や指の形を右手の持ち方を真似するようにして覚えます。右手の持ち方がそもそも間違った形になっている場合は,ネットなどであるべき形を確認して,それを真似する必要があるでしょう。そして,どの指をどのように曲げたら箸がしっかりと握れて,どの指をどのように動かせば箸の先端を離すことができるのかもしっかりと覚えます。

 次に,覚えた形を自分のものにする段階,覚えた技を使用に耐えるように仕上げる段階です。ここでは,使用することをいったん否定して,ゆっくりであっても,正しい形をしっかりと取り続けることを優先します。普通の速度で食べようとすると,形が崩れてしまいます。それは,正しい形というのは自分がもとからできる手や指の動きではありませんから,その時までに自然成長的にできるようになっている動きの形に引きずられてしまうからです。そうなると,正しい形が壊されて,自己流のみっともない形となってしまいます。そうならないように,速度や力の入れ具合は犠牲にしても,正確な形を保ち続けながら,ゆっくりと食事をすることになるでしょう。これをくり返せば,しっかりと使用に耐えられる技として仕上がっていきます。

 最後が使用する段階です。箸を使うという技が基本技としてしっかりと仕上がっていれば,ほとんど無意識的に左手で箸を駆使できるようになっているはずです。そして,たとえば豆を一粒つまむとか,麺類を食べるとかいった変化にもしっかりと対応できるでしょう。もともと正しい形というのは,そのような使用=変化にも対応できる理想的な形が採用されているはずだからです。それでも難しいものがある場合には,必要に応じて,その特殊な対象(食べ物)に合わせた使い方(変化)の練習をして,きちんとどのような対象(食べ物)でも対応できるようにしていきます。

 もう一つ,筆者がパソコンのキーボードをブラインドタッチできるようになったプロセスも見てみましょう。

 第一に,技の形を覚えこむ段階です。右手と左手の指をどのキーに置くのかを覚え,それ以外のキーはどの指でタッチするのかを覚える段階です。これはさほど難しくないものでしょう。

 第二に,覚えた形を自分のものにする段階です。この段階では,使うということを否定します。本来,ブラインドタッチを身につけるというのは,そうでない場合に比べて,文字入力がはるかに速くなるメリットがあるからです。しかし,この段階では,使用することを否定して,もっぱら技を創ることに専念します。ブラインドタッチの場合であれば,はじめはきちんとキーボードを見て,押すべきキーはどの指で押すのかを確認しながら,ゆっくりと文字を入力していきます。ここでは自己流を廃する必要があります。どんなに違和感があろうとも,正しい形で文字を入力していくのです。そして,徐々にスピードをつけていきます。これを徹底してくり返せば,それぞれのキーの位置も勝手に指が覚えてしまい,ほぼ自動的に入力できるようになるのです。

 第三に,使用に耐えうる技を使う段階です。先の段階までで技の創出は終っていますから,あとは使っていくことになります。ここまでくれば,当初の自己流のタイピングに比べて,著しく速く文字入力することができるようになっているはずです。第二の段階をしっかりとくり返していれば,たとえば小さなノートパソコンのようなキーボードであっても,十分に変化して対応することが可能となっているはずです。

 筆者自身が体験した2つの技化のプロセスを説いてきました。ここで説いたように,いったん使うことを否定して,基本技の形を徹底的に練習して,しっかりと使用に耐えうる技として創出した後に使用するという否定の否定のプロセスこそが,まともに技を身につける際には必要となってくるでしょう。
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2016年02月15日

SSTを技化の論理で説く(2/5)

(2)SSTセッションのプロセス

 本稿は,さまざまな領域・分野で活用されているSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)を,南郷継正先生が措定された技化の論理でもってとらえ返し,SSTの意義や限界を考察する論考です。前回は,SSTが非常に幅広い領域で活用されていることを紹介しました。

 今回は,SSTのセッションは,実際にどのように行われているのかを紹介します。

 まず,SSTとは何かということを,前回の復習も兼ねて少し詳しく説明したいと思います。SST(Social Skills Training)とは,認知行動療法の一種で,ソーシャルスキルの獲得を目指す訓練方法です。認知行動療法とは,認知(考え方)や行動に働きかけて,その人の困りごとを解決していこうとするアプローチの総称です。また,ソーシャルスキルとは,社会関係(対人場面)において,その場にふさわしい言動がとれるようなスキルのことです。たとえば,朝,会社で出会った人には「おはようございます」とあいさつをすること,昼休みに同僚と雑談すること,友人から頼まれた無茶なお願いを断ること,相手にも配慮した形で自分の怒りの感情を伝えること,このようなことが,ソーシャルスキルの内容となってきます。このような,その場にふさわしい行動ができずに困っている方を対象にして,それができるように援助していく方法が,SSTなのです。

 SSTのセッションは,ふつう,5〜8名ほどの集団で実施することが多いです。筆者が勤務する病院で,入院患者さんを対象に行うSSTでは,通常,セッション開始の2カ月ほど前から対象者を募集します。見立てにもとづいて,主治医が推薦することもあります。参加者が決まれば,まずは個別の面接を行って,どういうことに困っておられるのか,それは,どのようなソーシャルスキルがあれば解決するのかを見立てます。そして,各自の目標を立てることになります。

 その後,いよいよセッションが開始となります。通常,毎週1回90分ほどの枠で行われることが多いです。回数はまちまちですが,当院の入院患者さん対象のSSTでは,15回ほどになります。参加者5〜8名ほどに対して,スタッフは3名ほどが入ります。一人はリーダーで,SSTの進行役です。もう一人がコ・リーダーと呼ばれる役割で,板書をしたり,参加者に助言をしたりして,リーダーを助けます。あと一人,記録係がつくことがあります。

 セッションの流れはほぼ決まっており,固定化されています。これを「構造化されている」といいます。毎回流れが同じであると,参加者の方も次に何をするのかが分かりますから安心されます。逆に,もし毎回違う流れになるのであれば,次は何をするのだろうということが気になり,セッションの内容に集中できないことにもなりかねません。そこでSSTでは高度に構造化されたセッションを行うのです。大きな流れとしては,次のようになっています。

@ウォーミングアップ
A宿題報告
Bルールの確認
Cロールプレイ
D宿題設定
Eまとめと感想

 順番に説明します。@のウォーミングアップは,いわば「アイス・ブレイク」です。参加者の緊張をほぐし,スムーズに本題に入って行けるように,簡単なワークやゲームを行います。Aの宿題報告は,前のセッションで練習したスキルを,実生活に使ってみてどうだったかを,報告していただくことです。Bは,「見学はいつでもできます」や「人の良いところをほめましょう」などといったSSTのルールを確認する作業です。Cのロールプレイが,SSTの中心になります。これはすぐ後に詳説しますが,苦手な対人場面を設定して,苦手なソーシャルスキルの練習をすることです。Dでは,ロールプレイで練習したスキルを,実際にどのような場面でどのように使うかを決めておきます。CとDは,まず参加者の一人の困りごとを取り上げてやります。そして,時間があるようならば,また別の参加者に対してCとDを行うことになります。最後にEでは,今回扱ったスキルの復習をして,参加者が一人ずつ感想を述べます。

 大きな流れとしては以上になるのですが,この中の中心的な要素であるロールプレイもまた,以下のように構造化されています。

@練習することをきめる
A場面をつくって一回目の練習をする
Bよいところをほめる
Cさらによくする点を考える
D必要ならばお手本をみる
Eもう一度練習をする
Fよいところをほめる

 これも順番に説明します。@では練習するスキルを選択します。たとえば,断るのが苦手であるという入院患者さんの場合,「頼みごとを断る」というスキルを練習することに決めます。Aでは,困りごとが起こる具体的な場面を詳しく聞いて,相手役も参加者やリーダー/コ・リーダーのうち,だれがやるかを決めます。そのうえで,寸劇のようにその場面を再現していただくのです。たとえば,作業療法の後,いつも特定の友人にジュースを買うお金を貸してくれと頼まれて,本当は嫌なのに,強く押されるとつい断れずに貸してしまう,というようなことを聞き取り,その友人役を誰がやるのかを決めるわけです。そして,いつものように,そのやり取りを再現してもらいます。Bでは,今行った練習で,よかったところをできるだけたくさん出していただきます。他の参加者から出していただくのが基本ですが,あまり出なかったりする場合は,リーダー/コ・リーダーが出すこともあります。「実際は貸してしまったが,嫌そうな表情をした点がよかった」とか,「最初は無言だったので,拒否している感じが出ていた」とかが出るかもしれません。

 そのうえで,Cでは,さらによくするためにはどうすればいいかの案を,他の参加者から出していただきます。ここでも,必要に応じて,リーダー/コ・リーダーも案を出します。「『今日はお金持っていないから,ごめん』と言う」,「走って逃げる」,「『いつもお金を借りるなら,自分で持ってくればいいでしょう』と提案する」,「『お金を貸すのは嫌だから,今後はもう貸したくない』と伝える」などの案が出るでしょう。そして当人が,自分が採用できそうな案を選択します。必要であれば,その案を出した人などにお手本を見せてもらい(D),それを踏まえて,もう一度練習します(E)。そのうえで,F再びよかった点を本人にフィードバックします。必要に応じて,C〜Fをくり返すこともあります。

 このように,SSTでは,大きな流れも構造化されていますし,その中の中心的な要素であるロールプレイに関しても,構造化されており,何回かセッションに参加すれば,おおよそ,どういうことをしていくのかの流れが掴めるようになっています。

 以上は,ごくオーソドックスな,入院患者さん対象のSSTを想定して説きました。もちろん,別の分野や領域では,形態もやり方も様々に変化する可能性があります。たとえば,筆者が行っていた刑務所でのSSTでは,スタッフは筆者一人です。刑務所の教官もその場にはいますが,SSTのことをご存じないので,コ・リーダーの役割を果たすことはできません。また,セッションもその場限りで,1回完結型です。学校で,発達障害のある生徒にSSTを実施する際は,今回見たようなやり方とは少し違う「ベラック式」(または「ステップ・バイ・ステップ方式」)などと呼ばれる形式を採用しています。これは,参加者に自由に自分の練習したいスキルをいってもらうのではなく,予めこちらが練習するスキルを決めておき,そのスキルも,スモールステップに分解しているので,ポイントが明確になります。もちろん,今回紹介した方法でも,あるスキルをスモールステップに分けて練習することもありますし,細かな要素に分解して,ポイントを提示したりもします。しかし,ベラック式は,細かく分けたスモールステップを予め提示する点に特徴があるのです。より構造化されたやり方だといえるでしょう。社交不安障害の方にカウンセリングの中でSSTを行う場合は,一人SSTという形になります。普通は集団に対して行うのですが,このように一人に対して行う形態もありえます。

 以上,今回はSSTのセッションの流れをやや具体的に紹介しました。
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2016年02月14日

SSTを技化の論理で説く(1/5)

目次

(1)SSTの利用が広がっている
(2)SSTセッションのプロセス
(3)南郷武道論における技化のプロセス
(4)技化の論理から見るSST
(5)技の二重構造を踏まえた実践を

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(1)SSTの利用が広がっている

 今年になってから,以下のような新聞記事が目に留まりました。

「発達障害の子預かり,広島のラフラインズ,放課後向け施設,高齢者の介護も。

 デイサービス(通所介護)を手掛けるラフラインズ(広島市)は,発達障害を持つ子ども向けの放課後預かりサービスを始める。6歳から18歳までの子どもを預かる。施設内にデイサービス施設も併設し,世代間の交流を促してサービスの質を高める。子どもが介護高齢者と触れあう機会を作ることで,将来の介護福祉人材の育成にもつなげる。

 広島県廿日市市にある物件を購入した。2月から障害を持つ小中学生の放課後預かり施設「ウィルサポキッズ廿日市SSTs」を開く。注意欠如・多動性障害(ADHD)など発達障害の子どもを放課後に預かる。

 車での送迎のほか,職員が発達障害者向けのSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)手法に基づくコミュニケーション指導も行う。サービス料金は家庭の所得など条件により異なるが,一般家庭で週2回通う場合,月額料金は5000円程度となる見通し。

 発達障害を抱える子どもは通常の学校生活になじめず,不登校になるケースも多い。4月からは中学校卒業生を対象に,通信制で高校卒業認定が取得できるフリースクールも始める。」(2016/01/13 日本経済新聞 地方経済面 広島)


 これは,広島のある企業が,発達障害の子ども向けの放課後等デイサービスを始める予定であり,その中で職員がSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)を実施するということを報じた記事です。「放課後等デイサービス」というのは,2012年の児童福祉法改正で開始された,障害のある児童を対象とした学童保育のようなものです。学校が終わってから通い,生活能力向上のための訓練などを受けます。このような施設やその利用者は増えており,筆者の最寄り駅の近くにも,昨年,新規開設されました。

 さて,ここで触れられているSSTというものを,本稿では取り上げたいと思います。英語の"Social Skills Training"の頭文字をとったもので,日本語では「社会生活技能訓練」などと呼ばれています。簡単にいうと,社会生活で必要となってくるコミュニケーションの練習をする一つの方法です。先の記事にあった発達障害のある児童は,対人関係の障害やコミュニケーションの障害を有するため,SSTによって,コミュニケーションの取り方を練習し,良好な対人関係を構築し維持する方法を身につけるのです。

 もう少し詳しく,SSTについて見ていきましょう。一般社団法人SST普及協会のホームページで紹介されている「SSTとは」の文章を以下に引用します。

「“Social Skills Training”の略で,「社会生活技能訓練」や「生活技能訓練」などと呼ばれています。小児の分野では「社会的スキル訓練」,教育の分野では「スキル教育」とも呼ばれます。

 SSTは認知行動療法の1つに位置づけられる新しい支援方法で,対人関係を中心とする社会生活技能のほか,服薬自己管理・症状自己管理などの疾病の自己管理技能に関わる日常生活技能を高める方法が開発されています。近年わが国でもその効果が認められ,1994年4月「入院生活技能訓練療法」として診療報酬に組みこまれました。

 現在では,医療機関や各種の社会復帰施設,作業所,矯正施設,学校,職場などさまざまな施設や場面で実践されています。家庭や職場訪問など地域生活の現場での支援も行われています。精神障害をもつ人たちをはじめ社会生活の上で様々な困難を抱えるたくさんの人たちの自己対処能力を高め(エンパワメント),自立を支援するために,この方法が広く活用されることが期待されています。」


 ここで説かれているように,SSTは様々な分野で活用されています。元々は,統合失調症の患者さん対象に開発されたものですが,現在では,先の記事で見たように,発達障害のある方に対する支援方法としても大きく注目されていますし,うつ病で休職されている方のリワーク(職場復帰)のための支援方法としても活用されています。その他,作業所や刑務所,学校など,さまざまなところで実施されています。

 筆者自身も,精神科病院の病棟で,統合失調症の方を対象としたSSTを実施していますし,病棟やリワーク施設で,休職者を対象としたSSTも実施しています。また,刑事施設(刑務所)でも,就労支援の一環としてSSTを実施した経験もありますし,中学校や高校で,発達障害のある生徒を中心に,良好な友人関係を築くためのSSTも実施しています。さらに,人前でひどく不安を感じ,緊張してしまうという社交不安障害の患者さんに対しては,カウンセリングの中にSSTの要素を導入して,コミュニケーションの練習を行ったりもしています。

 このようなSSTが特に注目されている事例を2つ紹介したいと思います。一つは,北海道の浦河町にある「べてるの家」です。べてるの家は精神障害等のある当事者の方々の生活活動拠点で,100名以上の当事者がそこで生活し,働いています。べてるの家の活動で特に有名なのは「当事者研究」です。これは,当事者が自分で自分の困りごとを研究するというユニークな手法です。そこで明らかにされた困りごとのメカニズムに対して,SSTによって介入していき,問題の解決を図っていくのです。すなわち,当事者研究はSSTとセットで初めて問題解決のための有効性を発揮するのであり,SSTなくしてべてるの当事者研究は成立しない,といえるほど,SSTは重要な位置を占めているのです。

 もう一つ紹介したいのは,大東コーポレートサービス株式会社での取り組みです。大東コーポレートサービス株式会社は,障害者雇用を目的とした特例子会社です。この会社では社内研修の一環として,大々的にSSTを導入し,マナー改善やコミュニケーション能力向上を果たしてきました。その結果,小学校低学年のテストでも30点ほどしか取れない知的障害のある方や,精神状態が安定しなかった精神障害のある方などがめきめきとスキルを身につけて,仕事ができるようになったということです。当初は,親会社からいわれたシュレッダー処理などの単純な作業だけを請け負っていたのが,500種類以上の業務を行えるようになり,中には収益が1億円を超える業務も生まれてきたそうです。このようにSSTは,業務上のスキルを向上させるためにも活用されており,大いに力を発揮しているのです。

 本稿では,このようにさまざまな分野で活用されており,時に非常に大きな威力を発揮しているSSTを取り上げ,これを南郷武道論における技化の論理から説いてみたいと思っています。そこで次回は,SSTのセッションの中で,どのようにしてコミュニケーションの練習をするのか,具体的なプロセスを紹介したいと思います。続いて,南郷継正先生によって措定された技化の論理を復習します。これは我々にとってはもはや常識的な内容なのですが,改めてしっかりとまとめ直すことによって,自分自身の理解をも深めていきたいと考えています。そして最後に,SSTを技化の論理からとらえ返し,その優れた点や限界について考察したいと思っています。
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2016年02月13日

ケネー『経済表』を読む(5/5)

(5)ケネーは国民経済の健全な再生産を何よりも重視した

 本稿は、経済学という個別科学の確立に大きな役割を果たしたフランソワ・ケネー(Francois Quesnay、1694-1774)の『経済表』を取り上げ、それが如何なる時代背景の下で、如何なる問題意識によって作成されたものなのか確認した上で、『経済表』から如何なる経済政策が導かれることになったのか、それが現在の日本経済に対して如何なる示唆を与えるものなのか、考察していくことを目指したものです。ここで、本稿でこれまで説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしましょう。

 まず、ケネーの生涯を辿りながら、医師であったケネーが如何なる問題意識で『経済表』を描くことになったのか、確認しました。裕福でない小地主(農家)の家に生まれたケネーは、苦学の末に外科医となりますが、その学びの過程で、ハーヴェイの血液循環説に決定的な影響を受けます。このことが力となって、パリ医学界の権威であった内科医シルヴァとの論争に勝利し、ケネーの名声は決定的なものとなったのでした。やがてケネーは、ポンパドゥール夫人付きの侍医としてヴェルサイユ宮殿に居住するようになったことで、アンシャン・レジーム下のフランスの国家経済および国家財政の危機を目の当たりにします。ケネーは、一握りの特権的貿易商人が国民生活を犠牲にしつつ自らの利益のために植民地獲得戦争を煽っている現状に怒りをたぎらせ、国家経済を安定させて平和と繁栄の基礎としなければならない、という強烈な問題意識の下に、身体における血液循環と同じようなものとして国家経済における財貨の循環を捉える着想を温めていきます。このような医師ならではの着想が結実したものこそ、「経済表」にほかならなかったのでした。

 次いで、「経済表」において国家経済の再生産過程がどのように描き出されているのか、その完成版というべき「範式」を下にして、確認していきました。「経済表」の範式では、生産階級(農業者)、地主(僧侶と貴族)、不生産階級(手工業者)という3階級間での財貨のやり取りが、わずか5本の線に集約されることで、国家経済の再生産過程が図式化されていました。あたかも心臓から送り出された血液が動脈を通じて身体の各部に送られ、そこから静脈を通って再び心臓に戻ってくるように、農業によって産み出された富が社会の隅々へと流通しながら、国家経済の全体が再び元の状態に回帰していく様が描き出されたのです。

 このことを確認した上で、「経済表」から如何なる経済政策が導き出されることになったのか、検討しました。本稿では、ケネーの経済際策論の要点を、土地単一課税の主張、緊縮財政への批判、自由貿易の主張という3点に纏めて説明しました。土地単一課税の主張とは、土地の純生産物(地主の収入)のみを課税対象にすべきだというものであり、農業者や手工業者に課税することは生産活動を衰退させることにしかならない、という「経済表」から導かれた結論に依拠するものでした。緊縮財政への批判とは、財政再建のためと称する単純な財政支出削減を批判したものであり、道路や運河の建設など、生産活動を活発にするための公共投資はむしろ積極的に行われるべきだと主張するものでした。自由貿易の主張もまた、農業生産の振興という観点から主張されたものであり、自由貿易を通じて穀物価格の国際的な均等化が進んでこそ、農業生産者に安定した利潤を保証する「良価」が実現されるのだ、という考えにもとづいたものでした。こうしたケネーの経済政策論は、国家権力による経済への恣意的な介入を排しさえすれば、自然に望ましい経済状態が実現していくはずである、という信念にもとづいたものであり、その背景には、自然法思想があったことを確認しました。

 このようにケネーは、国家経済における財貨の循環は人体における血液の循環のようなものである、という発想にもとづいて、アンシャン・レジーム下のフランス国家経済(国民経済)および国家財政の危機に対して、何よりもまず国家経済(国民経済)の健全な成長を図ることこそが危機打開の道であること、そのためには国家権力による恣意的な介入を排して財貨が自然に流れるようにすべきであること、そうすれば国家経済の循環過程の自然な秩序が回復するはずであることを主張したのでした。

 もちろん、通常よく指摘されるように、ケネーが土地(自然)こそが富の源泉である、換言すれば、農業こそが唯一生産的な職業であるという把握――これは、土地が1粒の麦粒を何倍にもする、という現象に囚われていたということにほかなりません――にとどまり、人間の社会的労働こそが富の源泉なのだという把握には到達していなかったこと、このことは大きな限界であるといわねばなりません(ちなみに、明確にこのレベルの把握に前進したことこそ、アダム・スミスの偉大な功績です)。しかし、人体の構造になぞらえるようにして国家経済(国民経済)の全体を把握し、全てが過程において繋がっているというイメージを描き出したことは、経済学という個別科学の構築にとって決定的に重要な意義をもったのです。

 それでは、こうしたケネーの経済論から、現代日本に生きる我々は、いったい何を学び取っていくべきなのでしょうか。

 端的には、以下のようにいえるでしょう。すなわち、財政危機は財政危機として、国民経済の疲弊は国民経済の疲弊として、個別に捉えて各々解決を図っていくべきものではなく、また、2つの課題の解決を同時並行で進めて両立させていくべきものでもなく、何よりもまず国民経済の健全な成長を図っていくことこそが、国家財政の危機を打開していくための確実な道なのである、ということです。健全な国家財政は、健全な国民経済を土台にしてしかあり得ないのだ、ということです。そしてまた、決定的に重要なポイントは、国民経済の健全な成長のためには、国民経済の再生産過程(財貨の循環過程)において、いわば心臓のような役割を担っているところに、絶対に過大な負担をかけてはならない、ということです。

 このことを踏まえるならば、現代日本における経済再生および財政再建をめぐる議論の情況をどのように評価することができるでしょうか。

 まずいえるのは、経済再生は経済再生、財政再建は財政再建として、両者を切り離して追求していくべきだという議論(景気動向に左右されずに消費税増税を断行しなければならないという議論がその典型)は、全くナンセンスだということです。

 これに対して安倍政権は、経済再生と財政再建の両立という観点を強調してはいます。しかし、問題なのは、安倍政権の掲げる経済再生の中身です。安倍政権は、「アベノミクス」の3本の矢、さらに「アベノミクス第2ステージ」の新3本の矢、合計6本の矢(金融緩和、財政支出、成長戦略、強い経済、子育て支援、社会保障)を、何の脈絡もなく繰り出しています。日本の国民経済の再生にとって何が最も大事なのか、焦点を絞り切れず、手当たり次第に矢を放っているわけです。ケネーが、経済再生のためには何よりもまず心臓に相当する農業を振興することであるとして、あらゆる政策を農業の振興という一点に収斂させていったことと対比すれば、あまりにもみっともないといわざるを得ません。

 ケネーの論理を現代に適用してみるならば、富を生み出しているのはあくまでも労働者なのですから、雇用を安定させ賃金を上昇させることこそ経済再生のために何よりも大切だ、ということになるでしょう。6本もの矢を手当たり次第に放つのではなく、賃金上昇という1本の矢で経済再生という獲物を仕留めるべきなのです。

 その上で、財政再建が問題になりますが、ケネーの議論を踏まえるならば、消費税の増税という選択肢は絶対にとるべきではない、ということがいえます。ここでは詳述できませんが、消費税は、市場参加者に消費税込価格での競争を強いるものであり、あらゆる取引を通じて弱者に犠牲を集中させていくという性格をもっているからです。とりわけ重大なのは、消費税が“雇用破壊税”としての側面をもつことです。企業の納付すべき消費税額は、「消費者から預かった消費税−自身が負担した消費税」として計算されますから、企業は直接雇用(消費税課税の対象外)を派遣労働(消費税が含まれる)に置き換えることによって、消費税納税額を計算する際に控除できる消費税額を増やすことが可能となるのです(詳しくは本ブログに掲載した「消費税はどういう税金か」でご確認下さい)。国民経済の健全な成長のためには、生活費非課税、応能負担の原則を絶対に守らなければならないことが確認されなければなりません。

 富がグローバル企業に吸い上げられるような歪んだ構造を是正し、労働者の賃金上昇を起点にして国民経済の循環過程をまともにしてこそ、国民経済の健全な成長が可能になるのですし、また、そうであってこそ国民の担税力は向上していくのです。このような手順を無視して、単なる財政支出削減、単なる増税では絶対に財政再建はできません。国民経済の疲弊、国家財政の危機を打開するためには、国民経済の全体を、あたかも人体のように、過程においてひとつに繋がったものと捉える視点が何よりも重要なのです。この視点こそがケネーの最大の遺産といえるでしょう。

(了)
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2016年02月12日

ケネー『経済表』を読む(4/5)

(4)『経済表』から導かれる経済政策とは

 前回は、「経済表」の範式にもとづいて、ケネーが国家経済の再生産過程をどのように描き出したのか確認しました。「経済表」の範式は、生産階級(農業者)、地主、不生産階級(手工業者)という3階級間での財貨のやり取りを、わずか5本の線に集約することで、国家経済の再生産過程を図式化したものにほかなりませんでした。あたかも、心臓から送り出された血液が動脈を通じて身体の各部に送られ、そこから静脈を通って再び心臓に戻ってくるように、農業によって産み出された富が社会の各階級へと流通しながら、国家経済の全体が再び元の状態に回帰していく様が描き出されたのでした。

 さて、本稿の連載第2回にも触れたとおり、この「経済表」は、国家経済の現状を厳しく批判し、あるべき姿を対置するための手段にほかなりませんでした。それでは、ケネーは「経済表」のような状態を実現するために、如何なる経済政策を主張したのでしょうか。今回は、このことを簡単に確認していくことにしましょう。

 ケネーの経済政策論については、大きく3つの要点を指摘することができます。第一は土地単一課税の主張であり、第二には緊縮財政への批判であり、第三は自由貿易の主張です。

 第一に、土地単一課税の主張です。これは端的には、課税対象は土地の純生産物に限定すべきだ、ということです。純生産物というのは、前回取り上げた「経済表」(範式)の数値例によれば、生産階級による総再生産額50億のうち年前払20億および原前払の利子10億(ケネーはこの2つを合わせて「回収」と呼んでいます)を控除した残りの20億のことであり、地代として地主の収入になる部分のことです。では、ケネーはなぜ、この部分のみを課税対象とすべきだと考えたのでしょうか。

 「経済表」からは、仮に生産階級や不生産階級に課税した場合、それだけ前払を減少させて翌年の再生産規模を縮小させることが予測されます。一方、純生産物である地代にいくら課税しても、地主の消費を減少させるだけで、翌年度の再生産規模には影響しないことが予測されます。つまり、ケネーは、国家経済の順調な再生産過程を阻害してはならないという問題意識から、純生産物のみを課税対象とすることを主張したのです。
しかし、純生産物のみが課税対象になるべきという主張は、地主のみが納税者となるべきという主張に帰着します。これは当時、地主(僧侶や貴族)が免税特権を持っていたことからすれば、相当に過激な主張であったといわざるをえません。ケネーがこうした過激な主張をあえて行ったのは、現状に対する強い憤りがあったからこそというべきでしょう。ケネーは晩年の「第二経済問題」(1767年)において、当時のフランスの税財政のあり方を次のように痛烈に批判しています。

「彼ら〔地主――引用者〕の無知な貪欲は、租税が土地の収入からのみ徴収されるべきことを、彼らに決して認めさせなかった。彼らはつねに、租税が人間に対して、また人間の行う消費に対して課されるべきだと考えた。……だが、人間の肉体的組成はただ需要を生じさせるだけであって、自分たちだけでは〔この需要の対価を〕なんら支払えないことに彼らは全く気づかなかったのである。さらにまた、人間あるいは人間の行う消費を対象とする賦課はすべて、人間を生存させることができ、土地だけが生産する富から必然的に徴収されることになる、ということにもまったく気づかなかったのである。……貴族と僧侶は、特権や無制限の免税を要求し、かかる措置が彼らの財産や彼らの身分からして当然である、と主張した。……これらの措置のため、国庫の収入はきわめて貧弱な状態に陥ったのであり、しかも地主が直接の〔国庫〕増収に対して激しく異議を申し立てたので、主権者たちはついに種々の間接的な賦課に助けを求めるにいたった。だがこれらの間接的な賦課は、それ自身の不可避的な帰結である損壊をもたらしたために、国民の収入が減少するにつれて、ますます増徴されることとなった。こうした結果を予想することなく、しかも、この結果によって彼らの富の減少の原因さえつかみえなかった地主は、これらの間接的な賦課に拍手喝采を送った。……」(平田清明・井上泰夫訳『経済表』岩波文庫、pp.197-199)


 このようにケネーは、地主(僧侶や貴族)という特権的階級が課税を免れている代償として、庶民の消費に諸々の間接税が課されるようになってしまったことを指摘し、その結果として生じた国家経済の疲弊が財政危機をますます深化させ、間接税の一層の増税につながるという悪循環に陥ってしまっていることを厳しく批判するのです。国家経済(国民経済)の再生産過程と税制および財政との関係を鋭く抉った論として、現代日本における消費税増税をめぐる議論のなかで真っ先に省みられるべきものといえるでしょう。

 このことに関連して、「農業王国の経済統治の一般準則とそれら準則に関する注」(1767年)の「第20準則」を紹介しておくことにしましょう。ここでケネーは、以下のような興味深い提議を行っているのです。

「最下層の市民階級の康楽を減らさないこと。というのも彼らの康楽が減れば、国内でしか消費されない生産物の消費に彼らが十分に寄与することはできなくなり、したがって国民の再生産と収入が減少することになるからである。」(同、pp.226-227)


 これは、庶民の消費こそが国内需要を支えており、国家経済(国民経済)の健全な再生産に資するのだ、ということの指摘であるといえます。さらに、この準則に対しては以下のような注がつけられているのです。

「少しの貯えをも持ち得ない人間はただ食うためにだけ働くにすぎない.ゆえに、貯えを持ちうる人間は一般にすべて勤勉である。というのも人はみな富を渇望するものだからである。抑圧された農民を怠惰にする真の原因とは、諸国における賃金の極端な低価格と雇用のひどい減少である。……それゆえ貧困を強いるのは、農民を勤勉にする手だてではない。農民がその利得の所有と享受を保証されてこそ、勇気と活力が彼らに与えられることになるのだ。」(同、p.268)


 ここで「農民」というのは、「経済表」に登場する生産階級、すなわち大農業資本家ではなく、そこで雇用されているような農業労働者のことでしょう。貧困を強いても労働者は勤勉にはならず、労働者を勤勉にするにはむしろ雇用を確保し賃金を上げていくべきである、という主張が展開されているわけです。労働者の勤勉の確保による生産性の向上、および労働者の消費支出の増大による内需拡大の両面から、国家経済(国民経済)の健全な発展を図っていこうというケネーの発想がうかがえます。このことも、日本の労働者が置かれている劣悪な現状との対比で、傾聴すべきものがあるといわねばならないでしょう。

 さて、ケネーの経済政策の要点の第二は、緊縮財政への批判です。ケネーは、赤字財政については厳しく批判するのですが、単純に財政支出の削減を主張するのではなく、むしろ積極的に国富を増大させるのに役立つような支出をなすべきだと主張するのです。「農業王国の経済統治の一般準則とそれら準則に関する注」の「第27準則」では、以下のように述べられています。

「政府は節約に専念するよりも、王国の繁栄に必要な事業に専念すること。なぜなら、多大な支出も富の増加のためであれば、過度でなくなりうるからである。」(同、pp.228-229)


 これは、財政再建のためとして財政支出をひたすら削減するという発想を批判し、富の生産の増加に役立つような財政支出を適切に行っていくべきことを主張したものであるといえます。現代的にいえば、GDPが順調に増大していくならば、財政支出が国民経済において占める比重は低下していく、というわけです。

 ケネーの経済政策の要点の第三は、自由貿易の主張です。本稿の連載第2回でも触れた通り、当時のフランスでは、コルベルティスムの下、賃金を低く抑えるために、意識的に穀物価格を引き下げる政策が採られていました。これに対して、ケネーは、穀物の流通を外国貿易をも含めて自由化することでこそ、穀物の「良価」、すなわち、生産者に安定した利潤をもたらすレベルの国際的な均等価格が実現する、と考えたのです。「農業王国の経済統治の一般準則とそれら準則に関する注」の「第16準則に関する注」では、以下のように述べられています。

「輸出入という対外商業の自由と便宜とによって、穀物価格の不断の均等化が進んでゆく。……この価格の均等化が、人口縮減の要因である価格の暴騰を回避させるのであり、さらに農業の沈滞要因たる無価値をも喰い止めるのである。これとは反対に、外国貿易の禁止はしばしば〔生活〕必需品の逼迫要因となる。……販路の不安定はフェルミエ〔借地農のこと――引用者〕の不安をかきたて、耕作の支出を中断させ、借地料の価格を低下させる。こうして、外国貿易の禁止という奸悪な措置は国民をついには完全な破産に追い込むのである」(同、pp.263-264)


 穀物の外国貿易を自由化することによってこそ、穀物価格は生産階級に適正な利潤を保証し得るレベルで安定し、生産が順調に伸びていくことになるのだが、逆に外国貿易を禁止するならば、価格の大きな変動が農業経営を翻弄して、国民生活は破壊されることになってしまう、というわけです。これが、当時のコルベルティスム(重商主義政策)への強烈な批判であったことはいうまでもありません。

 ケネーは、「外国との相互貿易にあたって肝心なのは、販売した商品と購入した商品それ自体から生ずる利益の多寡をきちんと吟味することもしないで、ただ貨幣での差額からだけ利益を判断して、この見かけだけの利益に欺かれるようなことのないこと、これである」(同、pp.227-228)として、重商主義的な観念の誤りを痛烈に批判した上で、「交易の完全な自由が維持されること。なぜなら、最も安全かつ最も厳格であり、国民と国家にとって最も利益をもたらすような国内交易と外国貿易の取り仕切りは、競争の自由が完全であることに存するからである」(p.228)と主張するのです。

 注意すべきなのは、このような自由貿易の主張は、一部の特権的貿易商人のところに富が溜め込まれてしまう現状を批判し、富を国内できちんと循環させていくためになされたものにほかならない、ということです。ここには、国家権力による経済への恣意的な介入を排しさえすれば、自然に望ましい経済状態が実現していくはずである、というケネーの信念を見てとることができます。その背景には、本稿の連載第2回で触れたような自然法思想があったことも見逃せません。
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2016年02月11日

ケネー『経済表』を読む(3/5)

(3)『経済表』は経済の循環をどのように描いているか
 
 前回は、ケネーの生涯を辿りながら、医師であったはずのケネーが如何なる問題意識で『経済表』を描くことになったのか、確認しました。医師として功成り名遂げたケネーは、ポンパドゥール夫人付きの侍医としてヴェルサイユ宮殿に居住するようになったことで、アンシャン・レジーム下のフランスの国家経済および国家財政の危機を目の当たりにします。ケネーは、一握りの特権的貿易商人が国民生活を犠牲にしつつ自らの利益のために植民地獲得戦争を煽っている現状に怒りをたぎらせ、国家経済を安定させて平和と繁栄の基礎としなければならない、という強烈な問題意識の下に、身体における血液循環と同じようなものとして国家経済における財貨の循環を捉えるという着想を温めていくようになったのでした。

 こうした着想が結実したものこそ、国家経済の再生産のあり方を1枚の表に描き出した「経済表」にほかなりません。今回は、この「経済表」が国家経済の再生産過程をどのように描き出したのか、簡単に確認していくことにしましょう。

 「経済表」は、端的にいえば、「農業王国」の内部を、生産階級、地主、不生産階級の3つの階級に区分した上で、相互のやり取りを通じて一国全体の経済が再生産されていく様子を描き出したものです。なお、本稿の連載第1回で触れたとおり、「経済表」には、「農業王国」の富の再生産過程について上記3階級を結ぶ多数のジグザグ線で表示した「原表」(第1版は1758年)と、5本の線で集約的に表示した「範式」(1766年)がありますが、ここでは、「経済表」の完成版というべき範式に基づいて説明していくことにします。

 まずは、範式を提示しておきましょう(平田清明・井上泰夫訳『経済表』、岩波文庫、p.121より)。

経済表.png


 この経済表のなかで、最も重要な役割を果たすのが生産階級です。この生産階級とは、簡単にいえば借地農のことですが、ここでケネーがイメージしていたのは、資本主義的な大農業経営者、すなわち、地主から借りた土地で、賃金労働者を雇い入れ、自ら十分な資本を投下しつつ、生産過程を適切に指揮し管理して、利潤を上げていこうとする「企業者」のような存在であったことに注意が必要です(*)。

 地主は、簡単にいえば僧侶や貴族などの土地所有階級であり、生産階級によって(地代として)支払われた収入によって生活します。不生産階級は、簡単にいえば手工業者のことです。不生産階級は、生産階級から供給された原材料を加工して諸々の手工業製品をつくり、これらを生産階級や地主に販売して生活します。

 ここで、手工業者は手工業製品を生産するにもかかわらず、「不生産階級」とされているのは何故か、という疑問が生じるかもしれません。これは、簡単にいえば、手工業は、原材料の姿を変えているだけであり、新たな富を生産しているわけではない(富を増やしているわけではない)、と考えられたからにほかなりません。これに対して農業は、一粒の麦からその何倍もの麦が産み出されるように、新たな富を生産するものとして捉えられたわけです。このことを多少難しくいうと、純生産物、すなわち、生産物の売上げから必要経費を控除した余剰を生み出すことができるのは農業のみである、ということになります。この純生産物について、ケネーはより厳密に「生産階級が年々再生させる再生産物のなかから、その年前払いを回収し、その経営の富を維持するのに必要な富を控除したのちのもの」と定義しています。ここに「年前払」という言葉が出てきましたが、ケネーのいわゆる「前払」というのは、売上げを得るために前もって投下される資本のことにほかなりません。国家経済の再生産過程を把握する上で、この前払なるものの存在に着目したのがケネーの慧眼ともいえるのですが、ケネーが取り上げた前払には、年前払の他に「原前払」と呼ばれるものもあります(先の引用文で「その経営の富を維持するのに必要な富」とされているものがそれです)。

 より詳しく説明するならば、年前払とは、種子や家畜の飼料、労働者の食料など、年々の生産活動のために投下される資本のことであり、現代において流動資本と呼ばれているものにほぼ対応するといえます。範式においては、生産階級は20億の年前払(表の左上に明示されています)により、50億の生産物(農産物)を産み出すものとされています(表の左下に「合計 50億」、一番上に「再生産総額50億」と書かれています)。

 一方、原前払とは、農機具や家畜など、生産活動を開始する際に投下される資本のことで、現代において固定資本と呼ばれているものにほぼ対応するといえます。原前払は、そのままでは損耗したり、災害による損失を被ったりする可能性がありますから、それを補填するために、少なくともその10%を「原前払の利子」として計上しなければならない、とされます。範式そのものに明示的には登場しませんが、その説明文のなかで原前払の価値は100億とされていますので、その「利子」は10億となります(つまり、償却期間10年の固定資本の減価償却費とみなすことができます)。

 以上を踏まえて、範式を具体的に見ていくことにしましょう。

 範式においては、生産階級は前年度に行われた20億の年前払――表の左上に明示され、下線で区切られることで、前年度の支出であることが示されています――によって、本年度50億の生産物を産み出すものとされています。一方、地主は、前年度末、生産階級から受け取った収入20億を貨幣として持っています。また、不生産階級もまた年前払として10億の貨幣を持っています。以上が本年度の期首の状態です(生産階級に20億の生産物、地主に20億、不生産階級に10億で合計30億の貨幣)。

 この状態からまず、生産階級において、20億の年前払と10億の原前払の利子(これは表には明示されていません)を用いて、換言すれば、20億の種子・飼料・食料を投下し、もともと100億あった農機具や家畜などを10億損耗させることで、50億の生産物が産み出されます。そこからさらに、以下のような流れで、再生産過程が展開していくことになるのです。なお、生産階級が持つ50億の生産物のうち20億は翌年度の収穫を生じさせるための年前払として留保される(左下に「年前払の支出 20億」として登場)ので、階級間の取引に登場するのは、残りの30億です。

@地主は20億の収入のうち半分10億(貨幣)を生産階級に支出し、生活資料(食料品等)として10億の生産物を購入する。
A不生産階級は10億の前払(貨幣)で生産階級から原材料および生活資料として10億の生産物を購入し、これを加工して10億の製品(地主用奢侈品)をつくる。
B地主は収入の残り半分10億(貨幣)を不生産階級に支出し、不生産階級が加工した10億の製品(地主用奢侈品)を購入する。
C不生産階級は地主から受けとった10億(貨幣)で生産階級からさらに原材料および生活資料として10億の生産物を購入し、これを加工して10億の製品(生産階級用道具)をつくる。
D以上の取引の結果、生産階級は、地主に10億の生産物を、不生産階級に20億の生産物を販売した対価として合計30億の貨幣を持つ。そのうち10億で不生産階級から10億の製品(生産階級用道具)を購入して原前払の利子(損耗した器具の補填等)に充て、残りの20億を地主への支払いに充てる。


 以上のような経過を辿ることによって、本年度の期末においては、生産階級の手元に年前払として20億の生産物、地主の手元に収入として20億の貨幣、不生産階級の手元に10億の貨幣(これは次年度への年前払となります)が存在することになります。要するに、本年度の期首と同じ状態に回帰したわけです。こうして、本年度の循環は完結したのであり、次年度以降も、同様にして年々総額50億の再生産(単純再生産)が継続されていくことになります(**)。

 このように、「経済表」(範式)は、3つの階級間での生産物と貨幣のやり取りを、わずか5本の線に集約することで、国家経済の再生産過程を図式化したのでした。心臓から送り出された血液が動脈を通じて身体の各部に送られ、そこから静脈を通って再び心臓に戻ってくるように、農業によって産み出された富が社会の各階級へと流通しながら、国家経済の全体が再び元の状態に回帰していく、というわけです。

(*)当時のフランスでは、分益小作制(収穫の一定割合をつねに小作料として払わなければならない制度)と生産性に劣る牛耕二圃制の組み合わせが主流だったのですが、ケネーは、北部フランスにおいて勃興しつつあった定額借地制(一定額の地代を支払えばよい制度)と生産性の高い馬耕三圃制の組み合わせによる大農経営に着目し、これをフランス全土に拡大することで農業生産力を飛躍的に増大させることが可能だと考えていたのです。

(**)上記の例では、地主が20億の収入を均等に折半し、生産階級に10億を支出し(農産物を購入し)、不生産階級に10億を支出した(奢侈品を購入した)ことが、単純再生産の維持につながりました。仮に地主が生産階級により多く(10億以上)支出するならば(生産階級においてそれだけ前払を増加させる余地が生じるので)拡大再生産に、より少なく(10億以下)しか支出しないならば(生産階級においてそれだけ前払が減少せざるを得なくなるので)縮小再生産につながります。

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2016年02月10日

ケネー『経済表』を読む(2/5)

(2)ケネーは如何なる問題意識のもとに『経済表』を作成したのか

 本稿は、経済学という個別科学の確立に大きな役割を果たしたケネー『経済表』を取り上げ、それが如何なる時代背景の下で如何なる問題意識によって作成されたものなのか確認した上で、『経済表』から如何なる経済政策が導かれることになったのか、それが現在の日本経済に対して如何なる示唆を与えるものなのか、考察していくことを目指したものです。

 今回はまず、ケネーの生涯を辿りながら、医師であったはずのケネーが如何なる問題意識で『経済表』を描くことになったのか、確認していくことにしましょう。

 フランソワ・ケネーは、1694年6月4日、パリ近郊のメレという村で、父ニコラと母ルイズ・ジルーとの間に、女8人、男4人、合計12人の8番目の子(四男)として生まれました。当時のフランスは、いわゆるアンシャン・レジーム(旧制度)の時代であり、ブルボン王朝の国王を頂点とする絶対王政の下、第一身分たる聖職者と第二身分たる貴族が、数の上では少なかったにもかかわらず、免税特権をもった封建領主として国土の大半を領有していました。それ以外の大多数の農民、都市の商人などは、免税特権を持たない第三身分とされ、重い税金に苦しめられながらも、参政権は認められていなかったのです。ケネーの父ニコラは地主であったとされますが、自分の土地からの収入だけでは家族の生活を賄えず、小作農として耕作したり、雑貨商を営んだりもしていたようです。

 ケネーは幼少期には正規の教育を受けることができませんでしたが、12歳頃から、村の司祭にラテン語やギリシャ語を習うようになり、プラトンやアリストテレス、キケロなどの著作に親しむようになりました。やがて、外科医を志すようになったケネーは、サン・コーム外科医学校やパリ大学医学部などで、外科医の技術や解剖学を学ぶ傍ら、数学や哲学にも熱中しました。この頃、イギリスの医師ウィリアム・ハーヴェイの『動物における血液と心臓の運動について』 (1628)を学んで大きな影響を受けたことが、後に『経済表』を創出する土台になりました。また、デカルト派の哲学者マルブランシュの『真理の探究』からも大きな影響を受けました。

 1717年、外科医の資格を取得したケネーは、1719年(25歳)、パリ近郊のマント市で開業しました。外科医としてのケネーの評判はなかなかのもので、間もなく市立病院の外科医長も務めるようになりました。そんなケネーの名声を決定的なものにしたのは、パリ大学医学部教授で内科医でもあったシルヴァとの論争に勝利したことです。この論争は、瀉血(血液を体外に排出させることで症状の改善を求める治療法)の効果をめぐるもので、当時最も著名な内科医であったシルヴァ教授が、外科医としてのケネーの評判を妬んで仕掛けたものでした。その頃、内科医たちは、ガレノス(ローマ帝国時代のギリシャの医学者)の説にもとづいて瀉血を有効な治療法と考えており、シルヴァもまた、体の一部に苦痛を伴う患部があれば、そこから離れた適切な場所の血管を切除して血圧を下げることで苦痛を和らげることができる、と主張していたのでした。これに対して外科医ケネーは、実験を通じてこの主張が誤りであることを確認し、その成果を「刺賂の結果に関する観察」(1730年)という論文に纏めて発表したのでした。いうまでもなく、その理論的な根拠となったのはハーヴェイの血液循環の説にほかなりません。こうして、一介の外科医にすぎなかったケネーが、医学界の権威である内科医シルヴァとの論争に勝利したことは、外科医の社会的地位――その当時、外科医は医者というよりも、理髪師を兼ねる技術者と見なされていました――の向上にとって非常に大きな役割を果たすものとなりました。ケネーは、自ら外科学界を創設するなどして外科医の社会的地位向上に努めました。そうした努力の甲斐もあって、1743年には外科医の理髪師からの分離独立が宣言され、1750年には外科医学院が大学医学部と同格とされるに至ったのです。ケネーは、こうした取り組みと並行して、1744年には医学博士の称号(内科医の資格)を獲得してもいます。

 こうした名声の高まりのなかで、ケネーは1749年(55歳)に、ルイ15世の寵妃ポンパドゥール公爵夫人付きの侍医としてヴェルサイユ宮殿の「中2階の部屋」に居住するようになり、間もなく国王の侍医も兼ねるようになりました。ヴェルサイユ宮殿に住むようになったケネーは、そこでダランベールやディドロなど公爵夫人の庇護を受けていた著名な知識人たちと交流するようになったのでした。

 こうしたなかでケネーは、フランスの国家経済および国家財政の危機的な状況を目の当たりにするようになり、大いに問題意識を刺激されていくことになります。それでは、ケネーが目の当たりにした危機とは、いったい如何なるものだったのでしょうか。

 フランスでは、ルイ14世(在位期間:1643〜1715)の時代、財務総監を務めたコルベールにより、重商主義的政策が推進されていました(それ故に、フランスの重商主義のことを「コルベルティスム」と呼びます)。それは、貿易差額による金銀の獲得を目指すあまり、貿易差額に結びつきやすい奢侈品産業を重視する一方、国民生活の基盤となる農業を軽視するものでした。輸出品の価格を安くするために賃金を低く抑えようと、穀物価格を低く抑える政策が採られたことが、農業を疲弊させてもいました。こうしたなかで、ネーデルラント継承戦争(1667〜1678)、オランダ侵略戦争(1672〜1678)、スペイン継承戦争(1701〜1714)など戦争が相次いだこと、加えて宮廷生活における浪費がかさんだことにより、国家財政が危機に陥ってしまったのです。1715年にルイ14世が逝去し、ルイ15世が即位しましたが、国家財政の危機と農村の惨状はますます深まるばかりでした。

 ケネーは、通商監督官であったヴァンサン・ド・グルネーなど「自由放任(レッセ・フェール)」を掲げてコルベルティスムを批判していた人々――「エコノミスト」を自称していました――との交流を通じて、身体の病気は医師が治療するように国家経済の病気はエコノミストが治療するのだ、という考えを抱くようになっていきます。さらに、身体における血液循環と同じようなものとして、国家経済における財貨の循環を捉えるという着想を温めていくようになっていったのでした。

 ケネーは、フランス絶対王政の現状について、特権的貿易商人が貿易差額という偽りの国富観念を弄びながら、国民を犠牲にしつつ自らの利益のために植民地獲得戦争を煽っているのだ、と把握して激しい怒りを抱きました。そして、国家経済を安定させて平和と繁栄の基礎としなければならない、という強烈な問題意識の下に、ディドロやダランベールら啓蒙思想家たちが編集する『百科全書』に「小作人論」(1756年)、「穀物論」(1757年)を発表していくことになります。これらがやがて、国家経済の再生産のあり方を1枚の表に描き出す「経済表」(原表第1版は1758年)に結実していくのです。こうして、医師として功成り名遂げたケネーは、実に60歳を超えてから(!)、経済学者としての道を歩み始めることになったのでした。

 ケネーの経済思想はしばしば「重農主義」と呼ばれますが、原語の「フィジオクラシー」は、「自然の支配」を意味するものにほかなりません。ケネーの経済思想の根柢には、自然法の思想があったのです。ケネーによれば、自然法は物理的法則と道徳的法則に分かれますが、ケネーにとってはこの自然法こそ国家統治の最高原則でした。「経済表」は、現実のフランス経済の模写ではなく、自然法に基づいた国家統治によって到達すべき理想的な「農業王国」の経済システムを描写したものにほかなりません。ケネーは、農業をことさらに優遇することを主張したのではなく、特権的貿易商人を優遇する諸々の規制を廃し、経済の自然な進行に任せるならば、まず農業が発展し、それに伴って工業も商業も発展していく、という経過を辿るはずだと考えたのでした。
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 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
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 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
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 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
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 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
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 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
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 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
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 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
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 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
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 ・初任者に説く学級経営の基本
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 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
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 ・一会員による『育児の生理学』の感想
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 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
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 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
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 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
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 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
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 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
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 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史