2015年12月31日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回まで3回にわたって、12月例会で提示された論点と、それについてどのような討論を行い、どのような(一応の)結論に到達したかを紹介してきました。

 例会報告の最後にあたって、参加者からの感想を掲載したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会の範囲は、ヘーゲル『哲学史』のアリストテレスのうち、精神の哲学、論理学であった。

 当初、当該範囲を読んでみて、論点を考察し、共通の論点として提示されたものに対して見解を作成する段階までは、アリストテレスの説く内容が非常に漠然としか把握できなかったのであるが、例会での議論を通じて、それなりに把握できるようになった箇所も出てきたことであった。

 具体的には、アリストテレスは当時、自分の目にする全ての事物・事象について、それなりの筋を通した把握を行おうとしたのであるが、それぞれの把握については一定のレベルでの概括を行い得たものの、それらの把握全てに一本の筋を通すような唯一の原理を導き出すまでには至らなかったこと、論理学とは、哲学のいわば設計図・骨組みのようなものであり、ヘーゲル観念論においては絶対精神が自然に外化し、再び精神に復帰するまでの行程を、時間・空間の規定なしに描いたものであり、我々の唯物論の立場では、個別科学の成果を肉付けする前の段階の世界の論理構造の骨格であって、それを駆使して現実の対象を説いていくことが哲学である、ということ、などであった。

 さらに、ギリシャ哲学の第一期とはどのようなものであったのかを論理的に振り返ることができたことも大きな成果であった。ある会員が提出したまとめによって、この間の流れが非常に明確に、一本の筋として把握することができたのであった。そこでは、アナクサゴラスの「ヌース」なるものが、「実体の世界」を動かす原理として登場したこと、しかしこのヌースは具体的な内容を持っていない抽象的な「場所」を提示したにすぎないこと、この場所に視点を定めて「実体の世界」を眺めはじめたのがソフィストであったこと、ソクラテスはこの視「点」を真・善・美という普遍的内容により「面」として把握したこと、プラトンやアリストテレスに至ってようやく「実体の世界」を「包み込む」ような「学問の世界」と呼べるものが確立されたこと、「実体の世界」を唯一の原理で貫く体系を構築することが次期の課題として明確になったことなどが説かれていた。これは非常に優れた論考であって、繰り返し学ぶことで、このギリシャ哲学の第一期の流れを明確に把握するとともに、個別の問題の解決の土台とすべきものだと思う。

 いずれにせよ、まだまだ細かい部分まですべてを把握し切ったというレベルには当然至っていないわけで、今後の展開を大きな流れで押えるとともに、これまでの流れも何度も復習しながら、ヘーゲルのいう「哲学史」を自分のものにしなければならないと感じたことであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 論点への見解を作成する上では、『学城』第13号や「武道哲学講義〔Z〕」(『南郷継正全集 第11巻』)の内容をできる限り踏まえるように努力した。後者においては、ヘーゲル『哲学史』から、まさにこの12月例会で扱った範囲の文章が長々と引用されており、『アリストテレス全集』が『ヘーゲル全集』の下敷きとなっているとの指摘がなされていたが、ここは非常に重要なポイントだと思った。『哲学史』のアリストテレス論の最後の部分など、確かにそのように思って読まなければ、ヘーゲルが描こうとする哲学史の大きな流れがきちんと見えてこないことになるだろう、ということを感じさせられた。

 実際に、論点への見解を執筆していく過程で、『ヘーゲル全集』は『アリストテレス全集』に上書きしようとするものなのだ、ということを強く感じさせられた。なかでは、アリストテレスの霊魂論を扱う論点1がなかなか書きづらく、結果としては、ヘーゲルの論をそのままなぞろうとしたものになった(もちろん、それはそれでよかったとは思うが)。アリストテレスの論にきちんと1本の筋が通っていない、というところが書きにくさの原因だろうか、ということも感じた。

 論点3では、ヘーゲルが説いてきた「ギリシア哲学の第一期」について、少し詳しく振り返って書いてみる、ということを行った。これまでの例会での議論を踏まえつつ、大きな流れについて、自分なりに整理ができたと思う。端的には、変化してやまない「実体の世界」を捉えるために、「実体の世界」とは区別されたものとして思想(ヌース)が打ち立てられ(これをやったのがアナクサゴラス)、それが「学問の世界」といえるほどのものにまで発展した(世界全体をヌースで何とか〔少々大雑把だけれども〕包み込んだ)のが第一期の到達である、ということになるのではないだろうか。こうした流れのなかでは、ソフィストの存在というのがなかなか興味深い。個としての人間の意識という要素が、この世界の絶対的本質である神との同一性という自覚において大きな役割を果たしていくようになるのは、哲学史の第2区分であるゲルマン哲学においてであるが、個としての人間の意識という要素が、それだけで(神との同一性という自覚なしに)早熟的に(?)強く押し出されたのがソフィストの時期である、ということになるであろうか。そこから(その反動として?)ソクラテス、プラトン、アリストテレスらが、国家(政治的共同体)の役割を強調する方向に向かっていった、ということも指摘できるのではないか、ということも感じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の範囲は,アリストテレスの精神の哲学と論理学が中心であったが,ヘーゲルがアリストテレスを非常に評価していることが改めてしっかりと理解できた。われわれもアリストテレスを理解するためには,ヘーゲルが引用している部分をしっかり理解していくことが大切だと感じた。

 ヘーゲルは,アリストテレスの『霊魂論』を取り上げている。精神は「白板」であるという理解も,ロックのいうそれとは全く違うということがしっかり理解できた点はよかったと思う。また,アリストテレスのいう能動的ヌースというのは,ヘーゲルの説く絶対精神の原基形態といっていよいと思った。ヘーゲルも,そこに気づいたからこそ,アリストテレスの哲学を高く評価したのであろう。

 論理学に関しても,アリストテレスは初めて,認識の運動のある側面を純粋に取り出し,それを類型化することができるようになったのであろう。論理的な推論をすべて俎上に載せて,それらを検討し尽くしたのは,アリストテレスの大きな業績だといえるだろう。

 「ギリシア哲学の第一期」に関しては,これまでの流れをまとめることができた点はよかったと思う。今回の内容を踏まえて,長谷川宏訳も参考にしながら,読み返していくことも今後の課題である。われわれの例会報告を読み返すことも含めて,しっかりと原点からの学びをくり返していきたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会ではチューターとして議論を進行させていく立場にあったのだが、あまりうまく進めていくことができなかったというのが正直なところである。各メンバーの見解をまとめる際に、メンバーの見解の意味を読み違えていたり、当日の議論の中でも具体的な論点を提示することができなかったりする場面があり、進行が滞ることがあった。とは言え、前回チューターを行ったときに比べれば、一応ほぼ時間通りに終わらせることもできたし、良くなっているとは感じている。今後もチューターのあり方という問題意識を抱きながら、例会に臨みたいと思う。

 さて内容についてであるが、今回の例会ではアリストテレスをヘーゲルがどのように捉えているのかについて理解を深めることができたと感じている。論点1では、能動的ヌースに関しての議論を行ったのだが、この全世界を生み出し、一定の方向に向かって運動させているという構図はアリストテレスにおいて生み出されたのであり、その点をヘーゲルは高く評価しているのだということがわかった。まさに、アリストテレスの論が下敷きとなってヘーゲルの論が生まれてきているのだということがわかったのは大きな成果だったと思う。また、論点2の議論をとおして、論理学とは何かについての議論を深めることができたことも大きな成果だったと思う。特に「世界を認識する方法」という観点から言えば、唯物論でも観念論でも同じだと把握できた点はよかったと思う。最後の論点3においても、これまでの哲学史の流れを「実体の世界」「学問の世界」という観点から捉え返すことができた点は非常によかった。何度か読み込んで要約する中で、その流れをしっかりと理解することができたとも感じている。

 この1年間の学びをしっかりと復習しながら、これからの『哲学史』の学びに生かしていきたいと思う。
posted by kyoto.dialectic at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(9/10)

(9)論点3:「ギリシア哲学の第一期」とは何だったのか

 前回は、アリストテレスの論理学はどういうものかという論点について議論の流れを紹介しました。アリストテレスの論理学は思考の法則を把握したという点で評価できるものの、体系的に説かれていない点が欠点であるということでした。そこを克服すること、絶対精神の自己運動として体系的に説いたものがヘーゲルの論理学であり、より正確には絶対精神の自己運動の基本的な設計図を描いたものだということでした。では唯物論の立場ではどうなるのかという点について議論を行い、結局この世界の論理構造を体系的に把握したものであり、これが骨組み(設計図)となり、これを使って(駆使して)個別科学の成果を肉付けすることが哲学だという結論に至ったのでした。このように観念論の立場と唯物論の立場から論理学とは何かを検討した上で、「世界を認識する方法」というレベルでは共通性が存在しているということを確認しました。

 さて、今回はアリストテレスに至るまでのギリシア哲学の第一期の流れについて、どのような議論が行われたのかを紹介します。まず、論点を再掲します。

<論点再掲>
論点3 「ギリシア哲学の第一期」とは何だったのか
 ヘーゲルは、アリストテレスを「ギリシア哲学の第一期」を締め括る存在として位置づけているわけだが、そもそもヘーゲルのいわゆる「ギリシア哲学の第一期」とは如何なる課題が提起され、それが如何に解決されて、如何なる新たな課題が浮上してくる時期であったということができるだろうか。


 まずギリシア哲学第一期に提起された課題について確認しました。この点については、世界(の原理)とは何かが問われたということで共通していました。

 この課題が如何に解決されてきたのかについては、各自が見解を出しましたが、そのうちの一つが非常に丁寧な展開になっていましたので、それを要約しながら紹介したいと思います。

 そもそもヘーゲルは哲学史の全体像をギリシア哲学とゲルマン哲学の2つの時期に区分していました。ギリシア世界は思想を理念にまで発展させ、ゲルマン世界は思想を精神として把捉したということでした。

 その上で、ギリシア哲学をさらに3つの時期に区分しています。感性的形態をもつ抽象的な思想から出発して、規定された理念(イデア)にまで進む時期(タレスからアリストテレスまで)、理念(イデア)が対立の形によって展開し、アリストテレスによって打ち出された総体的な学が諸々の体系に分裂しつつも、対立の両極(例えば、ストア派とエピクロス派)が再び総合へと向かう過程が生じる時期(ローマ世界におけるギリシア哲学)、対立が止揚されて一個の神的世界のなかに解消される時期(新プラトン派の哲学)です。

 このように、ヘーゲルの哲学史およびその中のギリシア哲学の流れを大まかに概観した上で、ギリシア哲学第1期の流れについて、詳しく確認していきました。

 このギリシア哲学第1期は、世界の本質(原理)とは何かが問題とされた時期であり、それが解決されていく過程が3つに区分されています。まずタレスからアナクサゴラスまでです。タレスを筆頭とするイオニア派において、世界の本質(原理)が問われ、まずは感性的な形態をもつ抽象的な思想(タレスのいわゆる水など)が原理とされることとなりました。そこから、ピュタゴラス派を経て、不動の「一」なるものを把握したエレア派に至ります。エレア派は、存在(有)のみが存在する(有る)のであって、非存在(無)など存在しない(無である)としました。「実体の世界」「学問の世界」の図式で言えば、この2つの世界の対立の図式を描いたものの、変化してやまない「実体の世界」は存在しないとして捨て去ったと言えるでしょう。しかし、変化してやまない「実体の世界」が存在している(ように見える)ことはどうしようもなく、ここから「(存在(有)と非存在(無)の統一としての)変化こそが真なのではないか」というヘラクレイトスが登場することになりました。さらに、この変化を促すものこそが原理なのではないかという問いかけが生まれ、アナクサゴラスにおいて、「実体の世界」とは区別されたところに存在するヌース(非物質的な力)が原理とされるに至ったのでした。

 次がソフィスト、ソクラテス、ソクラテス派です。アナクサゴラスにおいて、「実体の世界」を把握するためには「実体の世界」とは区別される場所に視点をおかなければならないということがわかってきて、ヌースが打ち出されたのですが、ヌースは「実体の世界」と相互浸透しないままに放置されており、無内容なものでした。そこで、ヌース(思想)がこの世界に能動的に問いかけて、具体的で豊富な内容を自分のものとしていくことが課題として浮上してくることになりました。このような課題に対して、全てを自分(個的人間たる自分)の主観を尺度として評価していく、という形で果たしていこうとしたのがソフィスト派でした。それに対して、普遍的な内容を志向する理性的な人間こそが尺度であるという方向に向かったのがソクラテスです。ソクラテスは、そのような理性的な人間が志向する普遍的な内容として、真・善・美を打ちだし、そこから「実体の世界」を把握していくべきだと示唆しました。このソクラテスの示唆に基づいて、諸々の試みをなしたのがソクラテス派です。

 最後にプラトン、アリストテレスです。ソクラテスが示唆した真・善・美といった普遍的内容を核として、「実体の世界」に対立する「学問の世界」といえるほどのものを築いていったのがプラトンであり、アリストテレスです。プラトンにおいては、「実体の世界」の諸々の事物の範型としての理念(イデア)が存在する世界というものが設定され、唯一の絶対的な存在である神による世界の創造といったことまでが説かれるようになりました。しかし、プラトンは現実の事物(変化してやまないもの)と理念(不動のもの)とを画然と区別してしまっていました。それに対して、アリストテレスは、両者が重なり合って発展していくものであると捉え返して、プラトンの抽象的で不動な理念に代えて、具体的で活動する理念を打ち出しました。そのことにより、個々の具体的な事物をそれなりに概念的に把握して、「実体の世界」全体を網羅した学問の体系をそれなりに創り出したのです。

 以上を要するに、「実体の世界」に対立するヌース(思想)というものが打ち立てられて(当初は世界と言えるほどの広がりのない、単なる点というレベル)、それで何となく(1本の筋は通っていないけれども)「実体の世界」の全てを包み込むところにまで到達したのが、ヘーゲルのいわゆる「ギリシア哲学の第一期」だということでした。

 このような見解に対して、他のメンバーからは、「『実体の世界』とは区別される場所が設定され、当初は点というレベルだったものから、その場所を埋めるための核が誕生し、そこから『実体の世界』と区別される『学問の世界』と呼べるほどのものが構築されて、『実態の世界』を包み込むところにまで広がりをもつようになっていくという流れが、非常に論理的であると感じた」「これを踏まえて再び読み返せば、様々な発見があるように思う」などの感想が出されました。

 チューターからは全体から部分を把握しようとする視点があることを指摘しました。他のメンバーの見解では、ギリシア哲学第一期のみに焦点を当てているのに対して、この見解では、ヘーゲルが哲学史の全体像をギリシア哲学とゲルマン哲学とにわけていることを押さえた上で、さらにギリシア哲学を大きく三期に区分し、それぞれの時代について概観した上で、第一期に焦点を当てています。このように全体から部分を見ていくという弁証法的な姿勢を常に意識しなければならないということを指摘しました。

 最後にギリシア哲学第二期の課題について確認しました。こちらについても各自が見解を出しましたが、世界全体を説ききって体系を構築するといことが課題として浮上してきたのだということで共通していました。

 しかし、体系を構築するための原理が第一期の段階で把握されているのかどうかという点で見解が異なっていました。メンバーの一人は、「この原理とはヘーゲルからすれば絶対精神であり、これはアリストテレスの段階で把握されているものではない」と主張していました。これに対して、チューターから『哲学史』の記述をもとに反論しました。『哲学史』150ページには次のような記述があります。

「この要求とは、特殊的なものがこの普遍的なものによって認識されるよう・・・普遍的なものがいまや一つの普遍的なものとして、原理の普遍性としてとらえられ、普遍的な仕方で原理がうきぼりにされ、ないしは主張されることにほかならない。」


 「この普遍的なもの」とある以上、その普遍的なものは古代ギリシア第一期に出てきたものであるはずであり、ギリシア哲学第一期の段階で体系を構築するための原理は把握されているのではないかと主張しました。

 また別のメンバーは他にも次のように書かれていることを指摘しました。

「アリストテレスにはなるほど一つの原理が、しかも思弁的な原理がありはするが、唯一の原理として強調されているわけではない。」(p.150)


「哲学の次なる要求は、普遍的なものが他と関係なく自由にとらえられることであり、すべての特殊性の当てはまる原理への要求であって、―多様に形態化された実在が普遍的なものとしてのあの原理と結びつぎき、そのことによって規定され、このような統一において認識される、そのようなあの理念をとらえることである。」(p.153、傍点は筆者)


 このような記述から、アリストテレスの段階で原理そのものは把握されていたのではないかということでした。ただし、その原理を原理として強調されていなかったのであり、その意味では把握されていなかったとも言える、つまり把握されているとともに把握されていないということではないかということでした。全員がこの見解に同意し、この論点についての議論を終えました。
posted by kyoto.dialectic at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(8/10)

(8)論点2:アリストテレスの論理学はどういうものか

 前回は、アリストテレスの精神の哲学をめぐっての議論を紹介しました。魂は栄養をとる魂、感覚する魂、思考する魂と3つに区分されていることを踏まえて、感覚の二重性とはどういうことか、思考の二重性とはどういうことかについて議論を行いました。感覚の二重性については能動的であると同時に受動的であるということを確認しました。続く思考の二重性については、能動的ヌースと受動的ヌースとは何か、主観的なものと客観的なものとの統一とはどういうことかについて議論を行ったものの、明確な結論にまでは至らなかった、ということでした。最後にアリストテレスの倫理学については、ヘーゲルは高い評価を与えているものの、人間の社会的な生活のあり方を踏まえて徳とは何かを論じているわけではないこと、その意味で徳の本質的規定はできなかったと言えるという結論に至ったことを紹介しました。

 さて、今回はアリストテレスの論理学についてどのような議論を行ったのかを紹介します。まずは論点を再掲します。

<論点再掲>
論点2 アリストテレスの論理学はどういうものか
 ヘーゲルは、アリストテレスの論理学をどのようなものとして評価しているか。どのような点に功績を認め、どのような点に欠陥を認めているのか。これに対して、ヘーゲルの考える本来あるべき論理学とはどのようなものなのか。また、唯物論の立場からすれば、論理学とはどのようなものとして捉えられるべきか。


 この論点については、まずアリストテレスの論理学の功績と欠陥について確認をしました。功績に関しては、思考の運動の形式を明らかにしたということで、ほぼ共通した見解が出されました。

 一方、欠陥については「形式と内容の統一がなされていないこと、さらには個々の真理をつなぐ体系的な原理がないこと」「思考が用いる純粋な形式を諸々の動植物を記述するかのごとく、ただただ並べただけであり、まとまりにかけている、つまり体系化されていない」「事物そのものの運動と思考そのものの運動とが全く別物とされ、思考そのものの運動における個々の契機がバラバラにされてしまっている、つまり判断や推論の形式が、相互のつながりがないままに羅列されている」「アリストテレスによって定式化された思考の法則はバラバラなものになっている」といった見解が出されていました。

 端的には「思考の法則が統一されていないこと」と「事物そのもの運動と思考そのものの運動とが全く別物とされていること」の2つが出されていたのですが、この2つはどう関わっているのかという問いをチューターから提示しました。

 それに対して、メンバーの一人が「結局はすべてを一つのものとして説くということができていないということではないのか」という見解を提示しました。ヘーゲルにおいては絶対精神の自己運動の一つの過程として、思考の運動(これをアリストテレスは形式的に捉えた)も事物そのものの運動も統一して把握しているのであるが、アリストテレスはそこまでできていないということではないか、ということでした。この見解については、他のメンバーも納得しました。

 続いて、ヘーゲルの考える本来あるべき論理学とはどのようなものかを確認しました。これについては「絶対精神の自己運動として、森羅万象を貫く原理を説明するもの」「ばらばらな概念を一つにまとめあげる形式」「抽象的な概念が具体的な概念へと発展していく道筋を示したもの」などの見解が出されました。これらに対して、チューターは、間違いとは言えないものの、抽象的でわかりにくいものだと指摘しました。

 それに対して、一人のメンバーは「論理学は、絶対精神が自然に外化する前、時間及び空間という規定を獲得する前であり、絶対精神が自然から精神へという客観的なものから主観的なものへの発展過程を辿る前に、その基本的な設計図を描き上げてしまうもの」という見解を提示しました。チューターは、基本的な設計図を描き上げてしまうものという把握は、非常にイメージの描きやすいものだという見解を述べました。

 一方で、この見解に対して疑問も提示されました。「論理学は絶対精神が自然に外化する前の段階を扱うものとしながら、自然から精神へという発展過程を扱っている(その基本的な設計図を描いたものである)というのはおかしいのではないか」ということでした。これに対して、見解を出したメンバーは「確かに曖昧な部分はあるものの、『エンチクロペディー』の目次を見てみると、論理学は存在論・本質論・概念論にわかれており、その概念論の最後は絶対理念になっているので、一通り絶対精神の自己運動の過程が描かれていると解釈することができるのではないか。その意味で、やはり基本的な設計図を描いたものと言えるのではないか」と発言しました。これについては、全員が納得しました。

 最後に、唯物論の立場からする論理学とはどのようなものかを検討しました。あるメンバーは「全ての事物・事象を運動する物質から筋を通して説明しきったもの」という見解を出し、別のメンバーは、南郷先生の著作から「一から生成発展してきた世界全体を丸ごととらえ、そこからとりだした論理を体系化した」(『全集』第四巻p.319)ものであり、「実体としての世界の論理構造を観念体の論理構造として体系的に把握したもの」(同上p.336)という定義を引用していました。これらの見解に対して、チューターから「これだけでは論理学と哲学の区別と連関が不明確ではないか」と指摘しました。

 一方、別のメンバーは『武道哲学講義』(第一巻)をもとにして、「論理学とはこの世界の論理構造を体系的に把握したものであり」「論理学が骨組みとなり、そこに(個別科学の成果を)肉付けすると哲学になる」という見解を提示しました。すると、別のメンバーが疑問を提示しました。「確かに論理学と哲学の違いは説かれているが、南郷先生が『哲学は駆使の体系においたもの』としておられる点を踏まえると、少しイメージが違うのではないか。駆使の体系におくとは要するに使うということであり、論理学という地図で世界を歩くことこそ哲学というイメージなのではないか」ということでした。これに対して、次のような回答がなされました。「設計図をもとに実際に創っていくこと、そしてその結果出来上がったものを哲学と捉えれば、骨組みに肉付けするというイメージも地図を使うというイメージもそう大きく違わないのではないか」ということでした。これについては、疑問を出したメンバーも納得しました。

 最後にチューターが、研究会の指導者が以前に説いてくださった内容(「論理学とは世界を認識する方法である」というもの)をもとに議論をまとめました。世界を認識するためには、世界の枠組みを把握しなければなりません。ここまでは観念論の立場であろうと、唯物論の立場であろうと同じです。しかし、ヘーゲル観念論の立場では、全世界を絶対精神の自己運動と見るため、その絶対精神の自己運動の基本的なあり方(設計図)を把握することが論理学ということになります。一方、唯物論の場合には、全世界を物質の運動と見るので、その物質の運動としての全世界の論理構造を把握したものが論理学ということになります。

 以上のような流れで、この論点についての議論を終えました。
posted by kyoto.dialectic at 06:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(7/10)

(7)論点1:アリストテレスの精神の哲学とはどういうものか

 前回は、ヘーゲル『哲学史』の今回の範囲を改めて振り返った後、チューターがまとめた3つの論点を紹介しました。今回から、これらの論点についての討論過程を紹介していきます。

 今回は1つ目の論点をとりあげます。論点1は以下のようなものでした。

<論点再掲>
論点1 アリストテレスの精神の哲学とはどういうものか
 アリストテレスは思考(する魂)について、どのように説いているのか。また、アリストテレスのいわゆる感覚の二重性、知性(ヌース)の二重性とはどういうものだとヘーゲルは捉えているか。そこを踏まえて、魂は白板であるという比喩から生じるアリストテレス哲学への誤解をどのように解いているのか。タブラ・ラサ、能動的なヌースと受動的なヌース、主観的なものと客観的なものとの統一、などのキーワードをもとに議論したい。さらに、アリストテレスのいわゆる能動的ヌースとヘーゲルのいわゆる絶対精神とはどういう点が共通しており、どういう点が異なっているといえるか。

 また、ヘーゲルはアリストテレスの実践哲学について、どのような評価を与えているのか。特に「徳」にかんして、「理性的な側面」「非理性的な側面」(p.119)ということがいわれているが、これらはどういうことなのかを含めて議論したい。


 この論点については、まず思考する魂の位置づけについて確認をしました。アリストテレスは栄養をとる魂、感覚する魂、思考する魂という形で魂を3つに区分しており、それぞれが植物的魂、動物的魂、人間的魂だということ、さらに感覚する魂は栄養をとる魂を含んでおり、思考する魂は栄養をとる魂と感覚する魂を含んでいるのであり、上書きの論理として捉えられるということを確認しました。

 次に、感覚の二重性とはどういうことかを確認しました。外界の事物がなければ感覚は生じないという意味で感覚は受動的だと言えます。一方で、その感覚したものを魂が自分のものにするという意味では能動的だと言えます。このように受動的であると同時に能動的であるということが感覚の二重性だということで全員の意見が共通していました。その上で、魂が外界の事物を受け入れる仕方について「ちょうど蝋が金の印章指輪のただ印形だけを、受け入れるようなものである」という比喩表現で表していることについて検討しました。これは感覚が受けとるのは形相だけだという意味であることを確認しました。ここをあるメンバーは「机を感覚するというのは、質料としての木材を抜きに、その木材を机たらしめている形相を魂が受けとって(ここまでは受動的)、それを自分のものにしていく(ここは能動的)であるということである」と説明しました。

 続いて、知性の二重性について議論を行いました。こちらについては、まず能動的ヌース、受動的ヌースとは何かを確認しました。あるメンバーは次のような見解を出しました。通常、我々は外界の事物について思考するわけですが、その自らの思考をも思考の対象とすることができます。このように思考の対象となる思考が受動的ヌースであり、その受動的ヌースを思考する思考が能動的ヌースだということでした。このように、思考は主観的なものでありながら、思考されるものである(客観的なものである)という意味で、主観的なものと客観的なものとの統一ということになるのではないか、ということでした。

 しかし、これに対して別のメンバーが反論しました。ヘーゲル(アリストテレス)は受動的ヌースとは自然のことだと明確に述べており、受動的ヌースを人間の思考と捉えるのはおかしいのではないかということでした。そして、主観的なものと客観的なものとの統一ということも、人間の思考と自然との統一ということなのではないか、ということでした。

 このようにして、主観的なものと客観的なものとの統一とはどういうことか、もう少し具体的に言えば、客観的なものとは何か、自然なのか人間の思考(精神)なのかという点が問題となりました。

 これに対して別のメンバーは、「客観的なものは自然と捉えなければ筋が通らなくなってしまうのではないか」と述べた上で、次のように発言しました。能動的ヌース(神的ヌース)とは、全世界をそこに向けて動かすものであり、他のものは能動的ヌースによって動かされているという意味で、受動的ヌースということになるのではないか、魂についても、能動的ヌースによって栄養をとる魂から感覚する魂へ、さらに思考する魂へと動かされているのであり、そのような意味で受動的ヌースと言えるのではないか、ということでした。一言で言えば、全世界を動かすものが能動的ヌースであり、能動的ヌースによって動かされる全世界が受動的ヌースだということでした。

 これに対して、チューターから「そもそもアリストテレスの言う『ヌース』とは何なのか」という疑問を提起しました。これについては108ページに「ヌースの本質は実現の活力である」と書かれていることを確認し、これは全世界に含まれているものなのだろうという意見が出されました。

 さらにチューターから、「能動的ヌース(神的ヌース)が全世界を自らの方向へ動かすのだとして、ではその全世界そのものも能動的ヌース(神的ヌース)が生み出したものということになるのか」と疑問を出しました。これに対して、そのメンバーは「全世界そのものを生み出したのも能動的ヌース(神的ヌース)だということになるのではないか」と答えました。「そうすると、絶対精神が自然へと外化し、再び絶対精神に戻ってくるというヘーゲルの把握とほとんど同じということになるが、どこに相違点があると言えるのか」とチューターから改めて疑問を提示しました。この点については、全世界の発展の在り方が具体的にしっかりと説けているかどうかで異なっているのだという結論になりました。つまり、ヘーゲルにおいては、絶対精神の自己運動そのものが弁証法(後にエンゲルスによって相互浸透の法則、量質転化の法則、否定の否定の法則と定式化される)であることを指摘し、その自己運動のあり方を『歴史哲学』『哲学史』などの形において具体的に説いているということでした。

 以上を踏まえて、結局、主観的なものと客観的なものとの統一とはどういうことかを確認しました。結局、全世界を生み出した能動的ヌース(主観的なもの)が、全世界(客観的なもの)を動かして、自らのところへと到達させるということ、これが主観的なものと客観的なものとの統一ということではないかとチューターが発言しました。

 これに対して、別のメンバーは「確かに絶対精神レベルでそのように解釈することはできるだろうが、ここで説かれているのは個人レベルの話かもしれない」と発言しました。つまり「個々の人間の魂が事物の形相を取り入れて自らのものとする、その意味での主観的なものと客観的なものとの統一というレベルの話かもしれない」ということでした。別のメンバーは「そもそもここは、栄養をとる魂、感覚する魂、思考する魂と魂を3つにわけて、順番に見ていっている流れのはずであるから、そこでいきなり全世界の話が出てくるのは違和感がある」と発言しました。

 結局、今回の議論の段階では、主観的なものと客観的なものとの統一がどちらの意味であるかを決めるまでには至りませんでした。

 最後にアリストテレスの実践哲学に対する評価について見ていきました。その中でも倫理学の評価については、肯定的な評価が加えられながらも、「思弁的な見地からいって決して深い洞察とはいえない」と否定的な評価もなされていることを確認し、これがどういうことであるかを議論しました。

 ここに関わって、あるメンバーは「徳とは何かを本質的に規定することはなかったということではないか」と述べました。一方で、このメンバーは自らの見解の中で「理性が命じることを情欲が行うという関係になるときはじめて、徳と呼ぶことができる」というアリストテレスの徳論を引用しているので、チューターから「これは本質的な規定とは言えないのか。近代の教育学者であるヘルバルトも徳についてほぼ同様のことを言っている。これが本質的な規定と言えないとすれば何故言えないのか」という疑問を出しました。

 ここで、アリストテレスの徳論について確認しました。これについては、ブログにおいて「道徳思想の歴史を概観する」で説いたことがありますので、そちらから引用します。

「アリストテレスによれば、徳とは中庸を選択しうる魂の状態を指します。中庸とは多すぎず、少なすぎず、ちょうどよいという意味です。例えば運動はしすぎても、しなさすぎても健康には害になります。適度な運動が望ましいということになります。同じように例えば、勇敢さが多すぎると無謀となり、足りないと臆病ということになります。このように過超と不足を避けて、中庸をとることが徳だということです。」


 つまり、過超と不足を避けて中庸をとることが徳だということです。こうしてみると、確かに、(理性が命じたことを情欲が行うという形で)徳の構図は説かれているものの、その中身を見てみると、理性が命じることは中庸ということであり、非常に経験的、現象論的な把握でしかありません。そのような意味でアリストテレスの徳論は本質的な規定とは言えないのではないか、徳を本質的に規定するためには、そもそもなぜ徳が生まれてきたのかという点について、人間のあり方を踏まえて説いていかなければなりませんが、アリストテレスはそこができていなかったのではないか、という結論になりました。

 以上で、この論点についての議論を終えました。
posted by kyoto.dialectic at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月27日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 これまで4回にわたって、ヘーゲル『哲学史』のアリストテレス(精神の哲学・論理学)の内容の要約を紹介してきました。ここで改めて、これまでの内容をふり返り、大切なポイントをまとめておきたいと思います。

 まずアリストテレスの精神の哲学のうち、心理学に関わる部分を見てきました。アリストテレスは魂を3つに区分し、栄養をとる魂、感覚する魂、知性的(思考する)魂とし、それぞれ植物的な生、動物的な生、人間的な生に対応するとしていたのでした。そして、後者の魂には前者の魂が含まれているのであり、知性的魂には栄養をとる魂と感覚する魂が含まれているということでした。

 その上で、まず感覚について論じていました。アリストテレスは、感覚は対象抜きには存在しないという意味で受動的であると説きつつも、それを魂が自らのものにするという意味では能動的であるとして、感覚の二重性を指摘しているということでした。また、魂は対象の質料抜きに形相のみを受けとるのであり、そのために説かれた比喩を、精神白紙説を説いたものと解釈するのは誤りだと論じていました。

 続いて、思考の問題に移っていきました。思考する知性(ヌース)は能動的であり、可能的にはすべてであるが、実際にそこに何かが書かれるまでは無であるということでした。このことを比喩的に表現して、魂は白板だとアリストテレスは主張しているのですが、これを精神白紙説を唱えたものと解釈するのは誤りだということでした。さらにヘーゲルは、アリストテレスが能動的なヌースと受動的なヌースとを区別していることに触れていました。受動的なヌースが自然のことであるのに対して、能動的なヌースは働く力ともいえる全てをつくりだす知性であり、自立的絶対的に存在する活動であると説いたことを述べ、アリストテレスの心理学を高く評価していたのでした。

 アリストテレスの実践哲学に関わっては、大きく倫理学と政治学に区分されていました。アリストテレスの倫理学は意志や自由、責任の帰属や意図などの詳しい規定を思索するもので、ごく最近までの最も優れたものであったと評価されており、アリストテレスは魂を理性的な側面と非理性的な側面にわけ、理性が命じることを情欲が行うという関係になったのが徳だと説いていたのでした。このような徳を実現するためには、国家が必要であるとして、アリストテレスは政治学を展開していたのでした。

 最後に、アリストテレスの論理学について見てきました。アリストテレスの論理学は知性の法則を明らかにしたものとして高く評価されていました。しかし、その一連の諸形式はバラバラになっており、思考の運動と事物そのものの運動とのつながりも説かれていないという点で不十分だということが指摘されていました。

 このような内容が説かれたヘーゲル『哲学史』の今回の範囲に対して、メンバーからさまざまな論点が提出されました。それをチューターが3つにまとめましたので、その3つの論点を以下に紹介します。

論点1 アリストテレスの精神の哲学とはどういうものか
 アリストテレスは思考(する魂)について、どのように説いているのか。また、アリストテレスのいわゆる感覚の二重性、知性(ヌース)の二重性とはどういうものだとヘーゲルは捉えているか。そこを踏まえて、魂は白板であるという比喩から生じるアリストテレス哲学への誤解をどのように解いているのか。タブラ・
ラサ、能動的なヌースと受動的なヌース、主観的なものと客観的なものとの統一、などのキーワードをもとに議論したい。さらに、アリストテレスのいわゆる能動的ヌースとヘーゲルのいわゆる絶対精神とはどういう点が共通しており、どういう点が異なっているといえるか。

 また、ヘーゲルはアリストテレスの実践哲学について、どのような評価を与えているのか。特に「徳」にかんして、「理性的な側面」「非理性的な側面」(p.119)ということがいわれているが、これらはどういうことなのかを含めて議論したい。


論点2 アリストテレスの論理学はどういうものか
 ヘーゲルは、アリストテレスの論理学をどのようなものとして評価しているか。どのような点に功績を認め、どのような点に欠陥を認めているのか。これに対して、ヘーゲルの考える本来あるべき論理学とはどのようなものなのか。また、唯物論の立場からすれば、論理学とはどのようなものとして捉えられるべきか。


論点3 「ギリシア哲学の第一期」とは何だったのか
 ヘーゲルは、アリストテレスを「ギリシア哲学の第一期」を締め括る存在として位置づけているわけだが、そもそもヘーゲルのいわゆる「ギリシア哲学の第一期」とは如何なる課題が提起され、それが如何に解決されて、如何なる新たな課題が浮上してくる時期であったということができるだろうか。


 次回以降は、これらの論点についてどのような討論がなされ、どのような(一応の)結論に至ったのか、その過程を紹介していきたいと思います。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約C

 前回はアリストテレスの精神の哲学のうち、実践哲学の部分の要約を紹介しました。アリストテレスの実践哲学は倫理学と政治学からなっていました。ヘーゲルは、アリストテレスの倫理学について、意志や自由、責任の帰属や意図などの詳しい規定を思索するもので、ごく最近までの最も優れたものであったと評価していました。アリストテレスは、魂を理性的な側面と非理性的側面に分け、理性が命じることを情欲が行うという関係になったのが徳であると説いたのでした。しかし、倫理は個人に属するものの、その完成は国民においてなしとげられるとして、政治学を展開したのでした。

 今回は、アリストテレスの論理学の部分の要約を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4 論理学

 アリストテレスは論理学の父と見なされた。アリストテレス以降、論理学はまったく進歩しておらず、概念の諸形式も判断や推論に関する諸形式も、アリストテレスに由来する。アリストテレスは、思考を有限な領域で適用されるべきものとしてとらえ、明確に叙述する。論理学は純粋な知性の抽象的な活動についての意識であり、あれこれの具体的なものについての知ではなく、純粋な形式であるのだから、この意識は驚くべきものであり、この意識を学問にまで仕上げるのはさらに驚くべきものであって、創案者の洞察力の深さ、抽象力の強さには最高の敬意がはらわれるべきである。思考や表象を統合する最高の能力は、思考を素材から切りはなし、それを堅持することにあるからであり、思考が素材と融合していると、思考はいっそうありとあらゆる多様な仕方でのたうちまわることになるからである。アリストテレスは思考の運動を考察しただけではなく、表象における思考の運動をも考察したのである。この思考の運動の考察は、『オルガノン』という名のもとに総括された論理学の著作のなかで扱われている。それは5つの篇からなる。

a『カテゴリー論』

 単純な本質性、普遍的諸規定、存在するものについて述べられる。アリストテレスはことばによって表現される概念について、主語と述語との関係について考察し、10個のカテゴリーを採用する。@実体あるいは存在。A質。B量。C関係。D場所。E時。F姿勢。G所有。H能動。I受動。しかし、この労作は完全なものと見なすことはできない。彼はそれらを順次置きならべているだけである。

b『解釈論〔命題論〕』

 判断と命題についての論述。命題は肯定と否定がおこなわれる場、偽と真があらわれてくる場であり、ヌースが自分自身を思考するような純粋思惟の場合ではないとされる。

c『分析論前書』『分析論後書』

 証明と知性推論(論証)が詳しく扱われている。「推論とはなにか2、3のものが定立されているとき、それとはちがう他のものが、そこから必然的に定立されたものとして導き出される根拠である。」アリストテレスの論理学は推論の一般的理論をおおむねたいへん厳密に扱ってはいるが、しかしそれらは決して真理の一般的形式ではない。形而上学や自然学や心理学などにおいて、彼は推論したのではなく、ただ概念だけを絶対的に思考したのである。

d『トピカ』諸論すなわち場所論

 事柄がいろいろ考察されることのできる諸見地をひとつひとつ検討。場所は、それによってある対象が考察され、追求されるための数多くの見地のいわばひとつの図式である。それは弁証法であり、真らしく見えるものから命題や推論を見つけだす道具である、とアリストテレスはいう。アリストテレスは、弁証家には演繹的な推論(三段論法)を、大衆には帰納法を用いるべきだとして、弁証法的で論証的な推論と修辞学的な推論ならびにそれぞれの種類の説得とを区別し、帰納法を修辞学的推論のひとつに含めた。

e『詭弁論的論駁』

 思考が具体的なものの中を無意識に走り続ける場合、思考はたえず自己矛盾に陥るが、そのような矛盾が表象にもたらされる語法について。アリストテレスは、ゼノンやメガラ派がとり上げたこの種の矛盾を、区別し規定することによって解決する。

〔アリストテレス論理学の功績と限界〕

 このように抽象的な知性の活動を意識するようになったこと、思考が私たちの内で用いるこれらの形式を認識し規定したことは、アリストテレスの不朽の功績である。具体的な思考をつらぬく糸を定着し、意識にもたらすのは経験的手法の傑作であり、このことをわきまえていることには絶対的な価値がある。

 この論理学の内容は、知性の法則であり、正しい洞察を導くものではあるが、その運動は事物そのものの運動ではない、とされる。この認識の仕方は、たんに主観的な意義しかもっていない。推論それ自体が正しいとしても、そこには内容が欠けているため、真理の認識には到達しえないことになってしまう。しかし、思考の法則はその法則そのものが内容であり真理であるはずである。アリストテレスおよびその後の論理学のすべてにおいては、思考と、思考そのものの運動における個々の契機がばらばらになっている。個々の判断や推論がそのものだけで有効性をもち絶対的な真理性をもつとされるが、個別的にはそれらはいかなる真理でもない。むしろそれらの全体だけが思考の真理であり、このような全体だけが主観的であると同時に客観的なのである。

 アリストテレスは知性的な普通の論理学の創始者であるが、彼の諸形式は有限なものの相互に関わるのみで、真理はこのような形式ではとらえることはできない。注目すべきは、アリストテレスが研究を進めるさいに依拠したのは、このような知性的推論の諸形式ではない、ということである。もしそうなら、彼は思弁的哲学者にはならなかったであろうし、彼の命題や理念のどれひとつとして確立され主張されることはなかったであろう。アリストテレスの全哲学がそうであるように、彼の論理学も一連の彼の諸規定がひとつの必然的で体系的な全体(生きた有機的な全体)に組みかえられる改鋳が本質的に必要である。

 アリストテレス哲学の欠点は、論理の諸形式によって多様な現象が概念にまで高められてはいるが、その後一連の特定された概念がばらばらになっていて、統一つまりそれらを絶対的に合一する概念が表明されていないという点にある。それは後世の人がしなければならない仕事である。なくてはならないのは概念の統一(絶対的な本質)である。それは何よりもまず自己意識と意識との統一として、純粋な思考としてあらわれる。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月25日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約B

 前回はアリストテレスの精神の哲学のうち、心理学(特に思考に関わる部分)の要約を紹介しました。思考する知性(ヌース)は能動的であり、可能的にはすべてであるが、実際にはそこに何かが書かれるまでは無であると説いたことを指摘し、アリストテレスは精神白紙説を唱えたという従来の解釈を批判していたのでした。

 さらにヘーゲルは、アリストテレスが能動的なヌースと受動的なヌースとを区別していることに触れ、受動的なヌースが自然のことであるのに対して、能動的なヌースは働く力ともいえる全てをつくりだす知性であり、自立的絶対的に存在する活動であると説いたことを述べ、アリストテレスの心理学を高く評価していたのでした。

 今回はアリストテレスの精神の哲学のうち、実践哲学の部分の要約を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
b 実践哲学

α 倫理学

 倫理学に関する3つの大著が残されている。『ニコマコス倫理学』『大倫理学』『エウモデス倫理学』。はじめの2つは原理に関する一般研究が含まれ、最後のはどちらかというと特殊な諸徳目を扱っている。アリストテレスは意志や自由、さらに責任の帰属や意図などのより精しい規定について思索しているが、これはごく最近までのもっともすぐれたものであった。アリストテレスのやり方は、ここでもまた自然学の場合と同様、欲求においてあらわれてくる多くの契機、すなわち、意図、決断、自由意志的な、または強制された行為、無知による行為、罪、責任の帰属などをつぎつぎと、もっとも根本的に、もっとも正しく規定してゆく。

〔道徳的原理に向かう実在的な意欲一般の規定〕

 アリストテレスは実践哲学において幸福を最高善として規定する。それは善一般であるが、プラトンの善のイデアのような抽象的な理念としての善ではなく、実現の契機が本質的にそれに内在しているような善である。アリストテレスは、絶対的で完璧な目的は幸福であると規定し、それを絶対的に存在する徳へと向かう現実態と定義する。ここで彼は理性的洞察をこのための条件とし、善と目的とを理性的な活動であると規定する(幸福も本質的にこの活動に属する)。絶対的な行為はただ学問だけであって、それは自己自身のうちで自己に満足する行為であり、いわば神的な幸福である。それに対してその他の徳にあっては、ちょうど理論的なものの領域において感覚がそうであるように、人間的な有限な幸福しかえられない。

〔徳の概念についての規定〕

 アリストテレスは、実践的な見地から魂について一般に理性的な側面と非理性的な側面とを区別する。非理性的な側面においては、ヌースはただ可能態であるにすぎず、感覚や嗜好、欲情、情感がそれに属する。それに対して魂の理性的な側面においては、知性、知恵、思慮、知識がふさわしい。これら理性的な側面と非理性的な側面との統一、理性が命じることを情欲がおこなうという関係になるとき、私たちはそれを徳と呼ぶ。徳の原理はそれ自体純粋に理性なのではなく、むしろ欲情(嗜好)である。善に向かう何らかの非理性的な衝動があらかじめ存在しており、理性がこの衝動を評価し規定するものとして、あとからつけ加わるのである。衝動とか嗜好は特殊的な推進力であり、主体において実現をめざして進む力である。主体はその活動において特殊化され、その活動において普遍的なものと同一的なものになるのは必然である。理性的なものが支配的であるこの統一が徳である。

 ここからアリストテレスは、徳の準拠(ロゴス)を中庸にあるものとする。徳は2つの極端の中間であって、たとえば吝嗇と贅沢の中間の寡欲、憤怒と黙従との中間の温和、暴勇と臆病の中間の勇気、我欲と没我の中間の友誼などである。これは、たんに量的な規定でしかなく、不十分で曖昧だと非難されたが、このことは事柄の本性なのである。もろもろの特定の徳は、量的なものが重きをなしている領域に現れるものであって、その本性はそれ以上に厳密な規定が不可能な類のものなのである。

β 政治学

〔善、正義の本質的実在としての国家〕

 アリストテレスによると、必然的に実践的なものであり積極的であるもの、実践的精神の組織され現実化されたもの、この精神の実現であり実体であるものが普遍的国家である。彼は政治哲学を、普遍的な実践哲学の全体とみなしている。国家の目的は普遍的な幸福一般である。アリストテレスは、倫理は個人にも属するものの、その完成は国民においてなしとげられる、と認識している。彼は国家の高い位置づけにもとづいて「人間を理性をもつ政治的動物として」定義する。幸福には理性的洞察がなければならず、それは彼のいう徳の本質的な条件であり、したがって感覚の側面と理性との一致が彼の幸福の本質的契機である。

 アリストテレスは、個人と個人の権利を第一のものとすることなく、むしろ国家を、その本質からいって個人や家族よりも上のもので、それらの実体をなすものと見なす。国家は、善とか正義ということについての本質的な実在である。全体は部分に対して先なるもの(本質)だから、国家は個人の完成態であり、本質である。個人が全体から切り離されると、絶対的な全き存在でなくなるのは、何らかの有機的部分が全体から切り離された場合と同じである。こうしたアリストテレスの考え方は、個人から出発して、各人が投票し、それによってはじめて共同体が成立するという現代風の原理のちょうど逆である。

〔近代国家における市民的自由の原理〕

 彼の政治学は、その他の点でも、現在でもなお有益な国家の内面的な諸契機に関する知見や、さまざまな国家制度の叙述を含んでいる。およそギリシアほど種々雑多な制度が同時的におこなわれ、また同一国家内でめまぐるしく制度が交替したところはない。だが同時にこのギリシアは、私たちの近代国家の抽象的な法を知らなかった。近代国家の抽象的な法は、個人を孤立させ、個人に個人としての実を発揮させるが、それでいてこの法は、目に見えない精神として、すべての個人を統括する。しかし、個人のうちにはもともと全体のための意識も活動もない。近代の諸国民は個人として単独には不自由であり、しかし市民的自由は古代国家の知らなかった必然的契機であって、市民各自が点として完全に自立することではなく、全体がより大きな自立性を、より高度な組織的生活を確立することである。国家がこの原理を内に受け入れてのち、はじめてより高度な自由があらわれた。古代の諸国民の自由は自然の戯れであり、自然の産物であって、個人の偶然と気まぐれであるが、今日ここにその内面的な存立が見られるのであり、その諸部分のうちに実在として固められた不滅の普遍性が見られるのである。
posted by kyoto.dialectic at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約A

 前回は、アリストテレスの精神の哲学のうち、心理学(特に感覚に関わる部分)の要約を紹介しました。アリストテレスは魂を栄養をとる魂、感覚する魂、知性的(思考する)魂に区分し、それぞれ植物的な生、動物的な生、人間的な生に対応するとしていたのでした。その上で、感覚については、受動的であるとともに能動的であるという二重性について説き、また質料抜きに形相を受けとるのだと主張していたのでした。

 今回はアリストテレスの精神の哲学のうち、心理学(特に思考に関わる部分)の要約を紹介したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
a 心理学(承前)

〔絶対的な活動としてのヌース〕

 アリストテレスは、感覚の問題から思考の問題へ移るが、そこで本質的に思弁的になる。彼は、思考は外からの働きを受ける者ではなく、したがって受動的ではなく、端的に能動的である、という。思考がなされるとき、思考されたものが客体であるが、感覚されるものと同じではない。それは思考された思想であり、これもまた客体的なものという形態を奪い取られている。あらゆるものを思考する知性(ヌース)は、現実の働きとなって現われるとき、無縁のものを寄せつけない。ヌースの本性は可能的なもの以外の何ものでもないが、しかしその可能性そのものはヒュレー(質料)ではなく、ヌースは質料をもたない。可能性はヌースのウーシア(本質)そのものに属する。物体的なものにおいては、質料が形相に対して可能性であるが、魂は質料のない可能性そのものである。魂の本質は働きである。ヌースは絶対的な活動であり、それが活動しているときにのみそれはそのように実在し、存在する。感覚は物体なしには存在しないが、ヌースは物体から分離されうる。

〔アリストテレスの比喩を曲解してはならない〕

 思考は、受動的な知性に、すなわち思考に対する客体的なもの、つまり対象になる。ここで明らかにされるのは「感覚のなかになかったものは何ひとつ知性のなかにない」ということばが、どの程度までアリストテレスの考えであるかである。何かを考えるということは、ヌースが何かに到着し、或る対象を受けとるということだから、ヌースのうちには受動的なものがあるように思われる。この受動的なものはヌースのうちにありながらヌースと異なるものであり、同時にヌースは純粋でまじり気なしでなければならない。また、知性それ自身が考えるものでありながら、考えられるものであるならば、知性は対象として、つまり他のものとして現われることになる。思考は可能性としてはすべての考えられるもの(存在するもの)であり、思考はただ対象的なもの(考えられたもの)においてのみ自分自身と一体になるのである。自己意識的なヌースはたんに即自的可能的であるばかりでなく、本質的に対自的自覚的である。知性は活動としてのみ存在し、ヌースの本質は実現の活力である。受動性は現実性に先だつ可能性である。いま存在しているということは、すでに可能態として実在しているということ――これが現実の物である。

 これはアリストテレスの偉大な原理であるが、「ヌースとは、その頁に何も書かれていない本のようなものである」という比喩は悪評高い。精神は白板(タブラ・ラサ)であって、外的な対象によってはじめてそこに書きこまれる、とアリストテレスはいっている、というのである。だが、これはまさしくアリストテレスがいっていることの反対のことである。知性は働きそのものであり、働きは書板の場合のように、それの外にあるのではない。だから比喩が適用される範囲は、現実に思考がなされているかぎりでのみ、魂が内容をもつということにすぎない。魂がこのような書かれていない本であるということの意味は、魂は可能的にはすべてであるが、実際にはそれ自身においてこのような全体ではない、ということである。すなわち、可能態として1冊の本はすべてを含んでいるが、現実態としてはそこに何かが書かれるまでは無である、というのと同じである。ヌースはすべての思考されたもの(ノエータ)であるが、しかしそれはただ潜在的にそうだというにすぎない。ヌースは質料なき普遍的可能性であって、思考するときにのみ現実的である。だからあの魂の比喩があんな意味にとられたのは、まったく誤りである。

〔能動的ヌースと受動的ヌース〕

 アリストテレスはそこで能動的なヌースと受動的なヌースとに区別する。受動的な知性とは自然のことであり、あらゆるものになる能力がある知性であって、魂のうちなる感覚する働きや表象する働きもヌースそのものである。一方、能動的なヌースは働く力とでもいえる全てをつくりだす知性であり、自立的絶対的に存在し、まじり気のないものであって、実体的に活動であるので受動的でない。これだけが永遠で不滅である。受動的な知性ははかない無常のもので、能動的知性なしにはそれは何ものをも思考しない。

 存在するものは、感覚されるものか、それとも知られるものかのどちらかである。知はそれ自身ある意味で知られるものであり、感覚は感覚されるものである。この知られるもの、感覚されるものは、物そのものであるか、それとも形相であるかそのどちらかである。知と感覚は物そのものではなく、それの形相である。ヌースは形相の形相であり、感覚は感覚されるものの形相である。思考する魂のみが理念を保持するのであり、形相の形相としての魂は完成態として理念なのではなく、可能態としてのみ理念なのである。いいかえれると、理念もはじめはただ静止した形相であるにすぎず、働きとしてあるのではない。アリストテレスは、どのような対象も、感覚された大きさと切り離されるものではないのだから、感覚された形相のうちにはまた思考されるもの、すなわち、それの諸性質や諸規定も存在する、という。それゆえ感覚しない人は、何ものをも知ることなく、何ものをも理解することがない。これら形相は、外的自然の形相と同じくヌースの対象とされ、思考される対象とされ、可能態とされる。これらの有限な事物や精神の状態は、そこに主観的なものと客観的なものとの同一性が存在していないところのものである。したがってそこではそれはばらばらのもので、ヌースはただ可能態であって、完成態ではない。

〔思考するもの(主観)と思考されるもの(客観)の同一性〕

 私たちが今日、主観的なものと客観的なものとの統一と呼ぶものが、ここで最高に明確な形で表明されている。ヌースは能動的なものであり、思考(主観的なもの)であり、かつ思考されるもの(客観的なもの)である。両者はなるほど区別されるが、両者の同一性もまた明確に表明されている。私たちの用語では、絶対的なもの、真実なものとは、それの主観性と客観性が同一のものであることをいう。このことはアリストテレスでも同じように考えられている。絶対的な思考(神的ヌース)、それの絶対性における精神、このような思考はもっともよきものの思考であり、絶対的な目的であるものの思考である。これこそまさに自己を思考するヌースである。ヌースは自己自身を思考可能なものの受け入れによって考える。思考可能なものは思考において、思考の活動においてはじめて存在する。この活動は思想を対象として産出し、同時にこの思想を切り離すのであるが、これは思考が現実的であるためにはなくてはならぬものである。分離と関連は同一のものであり、ヌースと知られるもの(ノエートン)とは同じものである。なぜなら本質(ウーシア)を受けいれるものはヌースだからである。ヌースが受けいれることは活動であって、受けいれられたものとして現象するものを産出するのである。自己自身を思考するヌースが絶対的な究極目的であり、これが善である。このヌースは、もっぱら自己自身のために、自己自身のもとにある。

 これがアリストテレスの形而上学の最高峰であり、存在しうる最高の思弁的なものである。この表現は抽象的な規定ではあるが、絶対的な精神そのものの本性をよくいいあらわしている。
posted by kyoto.dialectic at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約@

 前回は,12月例会に際して提出された報告レジュメと,それに対してなされたコメントを紹介しました。

 今回から4回にわたって,ヘーゲル『哲学史』で説かれている,アリストテレスの精神哲学と論理学を要約したものを掲載していきます。今回の部分では,アリストテレスの心理学、その中でも感覚に関わる部分について説かれています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3 精神の哲学

 アリストテレスは『魂について』で、魂の働きの一定の仕方と可能性――彼にとってこれが魂の存在と本質である――を考察するが、それはきわめて難渋で思弁的である。アリストテレスは精神の哲学においてもいかなる経験的な側面や現象の考察をも軽んじ無視することはなかった。実践的な面に関しては、まず家父長のための家政学的な著作があり、ついで個々の人々のために『倫理学』――一方で絶対的な究極目的である最高善の究明であるとともに他方では個々の徳目についての講義――があり、最後に『政治学』においてあるべき本来的な国制と国制の様々なあり方を論じている。

 もうひとつの側面として、抽象的な思考の学である『論理学』がある。カントは、ユークリッド以来純粋幾何学がそうであるように、アリストテレス以来論理学は完成した学問であって、もはや何ひとつ改良もされず変更もされていない、といっている。

a 心理学

〔アリストテレスによる魂の3種類〕

 アリストテレスはまず魂について一般的に、思考としては身体から切り離されるが情緒としては切り離せないものと述べた上で、魂の形相(エイドス)は完成の働き(エンテレケイア)であり、それによって有機的物体は魂ある身体となる、と規定する。アリストテレスによれば、魂は生きものの運動の原理であり、目的であり、存在(実体)すなわち原因であり、生みだすもの――つまり目的としての原因、すなわち自己自身を規定する普遍性としての原因である。

 さらにアリストテレスは、魂を3通りに規定する。すなわち、栄養をとる魂、感覚する魂、知性的(思考する)魂であり、それぞれ植物的な生、動物的な生、人間的な生に対応する、と。植物的魂が同時に感覚すると動物的魂になり、さらに知性的であると人間の魂になるのであり、人間は植物的性質と感覚的性質の両方を自分のうちで統一している。しかし、知性的な魂は植物的魂、動物的魂をただそれの客体として、ないしは可能性として、潜在的なものとして含んでいるにすぎない。

〔アリストテレスが説く感覚の二重性〕

 アリストテレスによると、植物的魂は魂そのものの普遍的概念(それ以上の規定をもたないそのあるがままの姿の概念)である。アリストテレスによる感覚の規定はもっと興味深い。感覚作用は、たんなる受動性ではなく同時に能動性でもある、というのである。外からの影響が最初のものであるが、しかしそのあとで受動的な内容を自分のものにする(感覚を魂の所有とする)という能動的な活動が起こるのである。感覚が受動的な側面を持つことは、主観的観念論であっても否定できない(ライプニッツのモナド論だけは例外である)。アリストテレスが感覚の受動性の契機を支持したからといって観念論に劣るわけではない。しかし、感覚するものが感覚されるものと同じでない(自己自身との統一でない)限り受動的であるとしても、感覚したのち(自己のうちへの能動的受け入れによって)両者が同じものになる。主観的観念論はここをとらえて、外的な事物は何ひとつ存在しない、というのだが、これは感覚に関しては認容される。

〔アリストテレス哲学への誤解を解く〕

 アリストテレスは、感覚とは感覚的な形相を質料ぬきで受けとることであって、感覚においては形相だけが質料なしに私たちのところにやってくる、といったが、これはしばしばひどく誤解され、曲解された。私たちが実践的にものとかかわる(例えば飲んだり食べたりする)とき、現実的な個別的な個人(質料的な現実の存在)として質料的にかかわる。それに対して、感覚の形相の受けいれにおいては、質料的なものは抹殺され、質料なしの形相だけが受けいれられる。「ちょうど蝋が金の印章指輪のただ印形だけを、受けいれるようなものである」。アリストテレスがこの比喩でいいたかったことは、感覚の受動的な側面が受動的でありながら同時に純粋な形相だけを相手にしていること、そしてこの形相は魂にかかわるものであるということである。魂にかかわるといっても、形相と魂との関係は印章の形と蝋の関係にあるのではなく、また化学的な過程におけるある物体と他の物体との関係のように質料的に浸透されているのでもない。それゆえ「植物には感覚がない」のである。

 人々は大雑把な比喩にかなり粗雑に満足して、魂は白板(タブラ・ラサ)であり外的事物はたんに印象(押し跡)をつくるにすぎない、というのがアリストテレス哲学だ、などという。しかし、この比喩は、感覚においてはただ形相だけが受けいれられるということ、形相だけが感覚する主体に対していること、この形相だけが魂のところに到来するということ、そういう規定にかかわるだけである。印刻はあくまで蝋に付着した外的図形であって、決してその本質の形相ではなく、もしこの形相がその本質であるなら、蝋は蝋でなくなるにちがいない。これに反して魂の場合、それは形相そのものを自分自身の実体のうちに受けいれ、実体と同化するのであって、魂はそれ自身に然るべき度合いにおいて感覚されたものすべてなのである。感覚においてもちろん魂は受動的である、だが魂は外の物体の形相を自分自身の形相に変えつつ、自己自身を維持する。というのは、魂はそれ自身普遍的なものだからである。

〔感覚されるものと感覚するものとの区別と同一性〕

 感覚が存在するのは、感覚されるものの働きと感覚するものの働きがひとつになっているかぎりにおいてである。見ることと聞くことなどはただひとつの働きであるが、その現実の存在からいうと異なったものである。すなわちそれは鳴る物体と聞く主体とである。存在は2種類であるが、聞くということそれ自体は内面的にひとつであり、ひとつの働きである。私の視覚が赤であるとき、省察すると、そこに赤いものがあるということになる。しかしこの場合、あるものはひとつである。すなわち、私の目、私の視覚は赤で同時に物である。この区別と同一性をアリストテレスはもっとも強く力説し、それに固執する。のちに主体的なものと客体的なものとの区別がなされるが、これは意識の省察によるもので、感覚する働きはまさしく主体性と客体性とを捨象した主客の同一性の形式であり、この分離の廃棄である。

 本来的な魂とか自我という単純なものは、感覚の働きにおいては差別における統一である。感覚は感覚するものがひとつの統一でありながら、また別の感覚を目の前にもつとき、それは特定の感覚であり、分けられていてしかも分けられていない。したがって時間に関しても、私たちはさまざまな時点について語る。今は空間における点に比せられるが、それは同時にひとつの部分でもあり、未来と過去をふくみ、他のものでありながら同時にひとつの同じものである。それは同じものであって、ひとつの同じ観点からいって分割であり、結合である。というのは、過去も未来も時点としてはひとつの同じものだからである。したがって、感覚もまたひとつのものでありながら同時に分割である。
posted by kyoto.dialectic at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)(1/10)

目次
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約@
(3)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約A
(4)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約B
(5)ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学) 要約C
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:アリストテレスの精神の哲学とはどういうものか
(8)論点2 アリストテレスの論理学はどういうものか
(9)論点3:「ギリシア哲学の第一期」とは何だったのか
(10)参加者の感想の紹介
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 わが京都弁証法認識論研究会は、一昨年のヘーゲル『歴史哲学』と昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて、ヘーゲル『哲学史』を読み進めていくことを今年と来年の課題としています。ヘーゲルが絶対精神の自己発展をどのように捉えていたのかの大きな流れを掴み、極力それを唯物論の立場から捉え返すことを目指して、ヘーゲル『哲学史』にチャレンジしているところです。

 12月例会では、アリストテレス(精神の哲学・論理学)について説かれている部分を扱いました。

 今回の例会報告では、最初に例会で報告されたレジュメを紹介します。ついで、扱ったテキストの要約を4回に分けて掲載したあと、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメと、そのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学、論理学)

【1】精神の哲学(心理学)

 ヘーゲルはアリストテレスの心理学について、まず魂の3種類に言及する。すなわち、栄養をとる魂(植物的な生に対応)、感覚する魂(動物的な生に対応)、思考する魂(人間的な生に対応)の3種類である。さらに、人間は植物的性質と感覚的性質とを自分のうちで統一しているという。

 ここからヘーゲルは、感覚作用について考察していく。アリストテレスによれば、感覚作用は単なる受動性ではなく同時に能動性でもあるという。受動性とは、外からの影響がなければ感覚は成立しないということであり、能動性とは、魂が受け取った内容を自分のものとすることである、というのである。さらに、感覚においてはただ形相だけが魂のところに到来するとアリストテレスは捉えていることを紹介した後、ヘーゲルは感覚されるものと感覚するものとは現実の存在からいうと異なったものであるが、働きとしては1つのものであるという。魂は外の物体の形相を自分自身の形相に変えつつ、自己自身を維持するというのである。

 続いてヘーゲルは、思考の問題について検討していく。アリストテレスによれば、思考する知性(ヌース)は外からの働きを受けるものではなく、端的には能動的であるという。ヌースは絶対的な活動であり、ヌースは感覚とは異なり、物体から分離されうるというのである。ここでヘーゲルは、精神は白板(タブラ・ラサ)であって、外的な対象によってはじめてそこに書き込まれるとアリストテレスが主張しているかに解釈することの誤りに言及している。ヘーゲルは、この比喩について、魂は可能的にはすべてであるが、実際にはそこに何かが書かれるまでは無であって、思考するときのみ現実的である、という意味であって、思考の受動性を主張するような見解は全くの誤りであると主張する。

 さらにヘーゲルは、アリストテレスが能動的なヌースと受動的なヌースとを区別していることに触れ、受動的なヌースが自然のことであるのに対して、能動的なヌースは働く力ともいえる全てをつくりだす知性であり、自立的絶対的に存在する活動であると説く。また、ヌースは思考(主観的なもの)であり、かつ思考されるもの(客観的なもの)でもあるとされる。

 ヘーゲルはこうしたアリストテレスの心理学が、形而上学の最高峰であり、最も思弁的なものであると高く評価しているのである。

<報告者コメント>

 まず、アリストテレスが、魂を生物の大本にあるものだとして、生物の共通性に着目できたこと、さらにこの魂を3つに分類し、それぞれ植物、動物、人間の特徴を、栄養をとること、感覚すること、思考することという形で抽象でき、かつ、これらが上書きされる形で発展していることを捉えることができたことが興味深い。諸々の経験をそれなりに括ることができる論理能力の芽生えがアリストテレスに生じたということであろう。

 また、感覚や思考について、二重性で把握していることも着目すべき点であろう。例えば、感覚についていえば、感覚されるものがなければ感覚は成立しないし、感覚するものがなくても感覚は成立しないということを、この二重性の把握において明らかにしているようである。魂の形相は完成の働きだとした根本的な把握から、感覚とは何か、思考とは何かを当時の時代的制約の中で論理的に筋を通して説こうとしたといえるのではないか。但し、感覚する働きは主体性と客体性との同一性の形式であるとか、ヌースは思考でありかつ思考されるものであるとかいった主張は、唯物論の立場からは許容されるものではありえず、アリストテレスにおいては、まだ対象と認識との区別と連関が明確に捉えられていなかった、簡単にいえば、対象と認識とを渾然一体として未分化の状態で把握しようとしていた、といえるのではないか。

 それにしてもヘーゲルは、このアリストテレスの心理学を非常に大きく評価している。これは、ヘーゲル自身の把握した絶対精神の自己運動というものの原基形態を、アリストテレスのヌース論に見出したからにほかならないだろう。ヌースは感覚や思考によって、自分自身の実体を豊かなものにしていって、遂には完成態にまで達するという把握は、絶対精神の自己運動に近いものを感じる。しかし、ヘーゲルの絶対精神の自己運動と比べれば、アリストテレスの能動的なヌースというものは、全歴史的過程をも視野に入れた筋道というものにはなっておらず、第一質料から第一形相へという直線的な把握である印象があり、ヘーゲルのように円環が閉じる(絶対精神が自然に外化して再び絶対精神に復帰する)構造にはなっていない。始点と終点とが論理的に統一されていないといえるだろう。

【2】精神の哲学(実践哲学)

 ヘーゲルはまず、アリストテレスの倫理学について述べる。ヘーゲルによれば、アリストテレスは幸福を最高善として規定し、この善はプラトンのように抽象的な理念ではなく、現実の契機が本質的にそれに内在しているような善だという。そしてそれを、絶対的に存在する徳へと向かう現実態であるとするのである。

 またアリストテレスは、徳とは理性的な側面(知性、知恵、思慮など)と非理性的な側面(感覚、嗜好、欲情など)との統一、理性が命じることを情欲が行うという関係であるとする。ここから、徳の準拠を中庸にあるものとするのである。ヘーゲルはこのアリストテレスの規定に対して、これは事柄の本質であると述べている。

 続いてヘーゲルは、アリストテレスの政治学に言及する。アリストテレスによれば、必然的に実践的なものであり積極的なものは普遍的国家であって、倫理は個人にも属するものの、その完成は国民において成し遂げられるという。アリストテレスは、国家をその本質からいって個人や家族よりも上のもので、それらの実体をなすものと見なしていた。国家は個人の完成態であり、本質であるというのである。

 ヘーゲルによれば、アリストテレスの政治学は、現在でも有益な国家の内面的な諸契機に関する知見を含んでいるものの、近代国家の抽象的な法を知らなかったため、国家全体がより大きな自立性をもち、個人がより高度な自由を享受するということはなく、古代の諸国民の自由は自然の戯れ、個人の偶然と気まぐれであったということである。

<報告者コメント>

 善の規定に関して、プラトンとアリストテレスの違いが述べられていることにまず注目する必要があろう。プラトンの善のイデアというのは、抽象的な理念であって、現実の感性的な世界からいわば切り離されていたのであるが、アリストテレスの善は、徳へと向かう現実態であって、次々に形相を実現していく過程として、現実の感性的な世界から媒介されたものとして、把握されているのである。

 また、アリストテレスの徳の規定について、理性的な側面と非理性的な側面との統一として把握されていることも注意する必要があろう。それまでは、徳といえば非理性的なものを排した理性的なものだと考えられていたのであるが、これらを統一したところに徳があるとしたことは、上記の感覚の二重性、思考の二重性と共に、アリストテレスのものの見方を象徴しているように思う。対立物を統一する討論過程を、自らの頭脳活動として、「独りっきりの二人問答」を自らの実力で行えるレベルに、認識の実力が達していることを示すものではないか。

 合わせてこの徳の規定は、論理能力と大志の関係、すなわち学問構築上の必須の条件との関わりで見てみるのも面白いのではないか、などと感じた。徳に二重性があるように、学問構築にも二重性があるのであって、そのどちらも学問構築には必須の土台であるということである。

【3】論理学

 ヘーゲルはアリストテレスの論理学について非常に高い評価を与えている。そして、論理学は純粋な知性の抽象的な活動についての意識(あれこれの具体的なものについての知ではなく、純粋な形式)であり、この意識は驚くべきものであり、この意識を学問にまで仕上げるのはさらに驚くべきものだと驚嘆している。そして、思考の運動についての考察が、『オルガノン』という5つの篇からなる論理学の著作において扱われているとして、1つ1つ具体的に検討されていくのである。

 その上で、抽象的な知性の活動を意識するようになったこと、思考が私たちの内で用いるこれらの形式を認識し規定したことは、アリストテレスの不朽の功績であるとヘーゲルは讃えている。

 しかしその一方でヘーゲルは、アリストテレス論理学の限界についても言及している。すなわち、論理学の内容が知性の法則であり、事物そのものの運動が媒介されていない、あるいは、諸々の規定が必然的で体系的な全体になっていない、というのである。

<報告者コメント>

 ヘーゲルは、アリストテレスの論理学について、極めて高い評価を与えながらも、その限界についても指摘している。「思考の運動はまるでそれだけで自立していて、思考される対象とは少しもかかわりがない」(p.140)、「思考と、思考そのものの運動における個々の契機がバラバラになっている。多くの種類の判断や推論があるが、それらのそれぞれがそのものだけで有効性をもち、そのようなものとして絶対的な真理性をもつ、とされている」(p.142)ことなどが批判的に言及されていることから、ヘーゲルの批判の焦点は、形式と内容の統一がなされていないこと、さらには個々の真理をつなぐ体系的な原理がないことにあるのではないか。つまり、あまりにも抽象的な知性の形式について研究しすぎるあまり、現実の具体的な感性的な事物・事象をその形式で説明し切ることが不可能となったのであり、個々の概念についてはそれなりに捉えられているものの、それら全体を貫く体系性、論理性というものまでは示し切れていない、ということだろう。

 ヘーゲルは、こうした体系的な哲学について、ギリシャ哲学の第一期が残した課題として、第二期にその解決が託されたとみているようである。


 このレジュメに対して、他のメンバーからは「感覚する働きは主体性と客体性との同一性の形式であるとか、ヌースは思考でありかつ思考されるものであるとかいった主張は、唯物論の立場からは許容されるものではありえ」ないとはどういうことかという質問がなされました。報告者は「唯物論では、思考するものが思考されるということはない」と答えましたが、それに対して「例えば言語における主体的表現とは、主観を客観的なものとして見ており、思考するものが思考されていると言えるのではないか」という反論が出されました。すると、報告者は「確かにそうだが、この思考するものが思考されるとはそういう意味ではなくて、対象と認識が同一だという意味なのではないか」と発言しました。この点については、後の論点でも扱うことになるので、ここでの議論はひとまずここで終えました。

 その他のメンバーからは、内容がコンパクトにまとめられていてよいのではないかという感想が出されました。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

2年間の育児を振り返る(5/5)

(5)育児の記録をつけることが大切である

 本稿は,2年間の育児を振り返り,@子どもの実体の成長・発達,A子どもの認識の成長・発達,B親の認識の変化・発展の3つの観点から,まずは事実を事実としてきちんと提示すること,およびそれらの事実と南郷学派の論理をきちんと結び付けていくことを目的として説いてきた。ここで,これまでの流れをまとめて見たい。

 はじめに,子どもの実体の成長・発達という観点から,2年間の育児を振り返った。生後1年までは,泣いたりオッパイを飲んだりすることしかできなかったのが,徐々に仰向けに寝て手足を動かしたり,お座りやハイハイができるようになっていったのであった。これらは「生命の歴史」の単細胞段階から両生類段階くらいまでの系統発生を,機能的にくり返しているのであった。特に8カ月ごろからできるようになったハイハイは,系統発生でいうと両生類の段階に当たり,脳の構造に,同じ運動のくり返しに耐えきれる実力,たとえば忍耐,頑張り,努力としてその後の人生において苦しみや辛さに耐えるものとして花開く精神の大きな源が,たたきこまれる,という非常に重大な意義があることを説いた。

 生後1年前後からは,一人で立てるようになり,徐々に歩けるようになっていったのであった。徐々にスムーズに歩けるようになり,速度も速くなっていった。走ったり,階段を昇ったりもできるようになっていった。また,スプーンを駆使して,一人でご飯を食べられるようにもなっていったのであった。このような現象的な成長・発達には,どのような意義があるのかと自問し,瀬江千史先生の論文をもとに考察していった。すなわち,自力で立つことは,「生命の歴史」の従来の生命体の経験したことのないくらい高度な運動形態なのであり,ヒトの段階へ突入したことを意味するのであった。自力で立っているためには,骨や筋肉の実力だけではなく,バランスを保ち続けるだけの脳の統括力が必要であり,時には転びながらも,微妙なバランスをとって立ち続けることによって,脳の実力がヒトレベルの脳へと発展していくのだと説いておいた。自力で立って歩くことについては,人間としての新たな運動形態創出の端緒につけたことを意味するのであり,自力で歩くことができて,初めて人間らしい人間になれたということができると説いた。また,くり返して歩こうと努力をすることによって,「歩く」が技化され,いわば自動的に歩けるようになると直接に,歩きながら他の労働もすることができるようになり,そのことによっても,脳細胞のレベルが向上していくのだとしておいた。最後に,歩くことに関わっての今後の課題として,赤ん坊としての「立つ」「歩く」をしっかりと熟成させるために,土や芝などの自然の上を裸足で思う存分駆け回らせることによって,足の裏からしっかり地面を反映させるとともに,凸凹などの変化に応じた統括ができるような脳の実力を培っていくことをあげておいた。

 次に,子どもの認識の成長・発達という観点から,2年間の育児を振り返った。生まれたばかりの赤ん坊の五感器官は,全てを単一性の全てとしてしか反映できず,そのために,脳細胞が描く認識=像は,何が何だか分からないことも何が何だか分からないという像であったが,その後,徐々に,くり返し反映する対象は,それなりに像を描けるようになっていったのであった。半年を過ぎると,くり返して反映している対象は,その像を明確に描ける一方で,めったに会わないおじなどの対象は,ぼんやりとしたオバケ像を描いてしまうために,その像を否定して,母親像を求めて泣くのであった。これが人見知りとして現象するのだと説いておいた。だから,オバケ像の支配から脱するためには,外界をまともに反映できるようになるための働きかけが必要なのであった。また,認識は外界の反映であり,その反映した像に基いて行動するから,まねができるようになるということも説いた。

 生後1年を過ぎてからの認識の成長・発達については,とくに言語の発達が著しいので,その特徴的な事実をしっかり提示して,それについて考察した。1歳4カ月ごろには,特定の対象とその名前(音声)をセットでくり返して反映した結果,「リモコンとって」と指さしながらいえば,とってくれることもあった。また,大きな犬の看板を見て「わんわん」といったことから,TVの犬のキャラクターと,実際の犬の写真の共通性をそれなりに捉えられるようになっていたのだと説いた。1歳7カ月ごろになると,両親やTVの複数のキャラクターについて,それぞれを見て名前をいったり,名前を指定したら指させたりすることができるようになっていたのであった。このころは,本人をさしても答えられなかったが,逆に,「○○(娘の名前)は?」と聞くと,自分を指さすことが可能であった。歌も歌えるようになり,メロディーやリズムも,像として定着していることが伺えたのであった。1歳9カ月になると,ますます語彙が増えただけではなく,おもちゃ箱を持ってきて「あけて」といったり,バナナが欲しいときに「ばなな」といったりというように,意志を言葉で表現できるようになってきた。1歳10カ月になると,「パパさん,ありがとう」や「バナナ,ちょうだい」などの2語文が可能になっていった。これは,今まで一単語で全てを現わしていたのが,複数化して役割分担を行うようになったという意味で,「生命の歴史」の単細胞が多細胞化したことに対応していると考察した。このころには,意志の表明も一段とはっきりしてきたのであった。最後に,以上のような言語獲得の過程を,認識は五感覚器官をとおして反映したものの合成像であるという,認識の構造から捉えかえす試みを行った。たとえば,バナナを見て,バナナの視覚像が頭の中に描かれると同時に,親から「ばなな」という音声を聞かされた場合,このような聴覚像もバナナ像に合成されるのであった。このようなことがくり返されることによって,バナナを反映すると直接に「ばなな」という音声も(触覚や味覚と同時に)呼び覚まされるようになるのであり,その像にもとづいて「ばなな」と発することができるようになるのだと説いておいた。また,意志の表現についても同様の仮定があり,「〜したい」という像に特定の音声の反映像が合成されることによって,意志を言語として表現できるようになっていくのだと考察した。

 最後に,親の認識の変化・発展という観点から2年間の育児を振り返った。当初は,子どもが生まれることによってできた新しい媒介関係によって,親としての自覚が徐々に高まっていき,赤ん坊との相互浸透も進んでいったのであった。また,育児による時間不足も,師や友人からの助言を参考にしながら克服していった。生後半年から1年の間にも,親らしい言動がますます自然に出るようになったり,娘に対する対処法が分かってきて,徐々に心の余裕も持てるようになったりといった変化が表れてきたのであった。偶然,育児上の問題を抱えた母親へのカウンセリングも増えて,その中で,子どもに対する期待と現実とのギャップでストレスを感じているため,過度な期待をしないことがストレス軽減につながることがより分かってきたということにも触れた。

 生後1年から現在までの親の変化として最も大きいと感じたのは,さらに心に余裕ができて,平常心でいられることが非常に多くなったことであった。娘に対して感情を露わにして怒鳴りつけたり,イライラしたりすることが極端に減ったとして,その変化がどのようにして起こったのかを,親の認識の変化・発展という観点から考えた。一番大きかったのは,育児上の問題を認識論の学びの材料として活かしていく姿勢が強烈になったことであった。娘をお風呂からあげてから,母親があがってくるまでの間,そして母親があがってきたときに,泣きわめくのはなぜなのかを,冷静に,娘の立場に立って考えた結果,まずは,オッパイがもらえると思ったのに,母親が姿を見せてからしばらくは,自分に関わってくれないからであるということが分かったのであった。そこで,お風呂から出てからは別の部屋で過ごし,母親があがってきても見えないようにしたのであった。これで問題は少しは改善したものの,筆者が一人で見ている最中も泣くことがあったため,抱っこした状態で寝かしつけ,そのままうまく布団におろす方法を考察して実践したのであった。娘の立場に立ってみると,抱っこされた状態と,布団の上に置かれた状態とで何が大きく異なるのかというと,触覚であることが分かった。このくらいの時期の子どもにとっては,最も原始的な感覚である触覚に頼って周囲を認識し,危険を察知しているのだと考えられたのであった。そこで,胸をつけたままおろすようにすると,見事に泣いて起きることもなく,そのまま眠り続けてくれたのであった。他にも,夜泣きを軽減するために卒乳を断行したことにも触れた。また,筆者(父親)がある程度娘を放置している姿勢が,母親にも相互浸透して,今までのように余計な心配でストレスをためることも減ってきたのだと説いておいた。

 以上のように2年間の育児を振り返って思うことは,育児の記録をつけておくことがとても大切であるということである。記録を残しておかないと,一年前どころか,半年前や2カ月ほど前のことであっても,忘れてしまう。人間は「今」にしか生きていない存在であるから,「今」の生活や状態が当たり前となっており,少し昔のことを思い出そうとしても,当たり前となっている「今」の生活や状態を無意識的にイメージしてしまいがちである。たとえば,ほんの20年ほど前の日本社会を思い出そうとしても,携帯電話やインターネットが当たり前である今の状態を無意識的に想定してしまいがちである。当時はまだまだそんなものは一般的にそれほど普及していなかったのにもかかわらず,である。

 同じようなことは,育児を思い返すときにも起こってくる。つい一年前に,母親がお風呂上りに娘を怒鳴りつけていたことなど,まさに「今は昔」といった感じで,現在の生活からは想像もできない。今は当たり前のように言葉を発している娘を見ても,自分のことを「パパ」と初めて呼んでくれた時の感動など,すっかり忘れてしまっている。現在は走り回っている娘だが,1年前は10歩ほど歩いて転んでいたのである。その10歩でさえも,こちらとしては非常な驚きと喜びであったことが,記録を読み返して,初めて蘇ってくるのである。

 要するに,現在の反映像が強烈であるために,人間は昔を思い出そうとしても,どうしても今現在の反映像の影響をもろに受けてしまうのであり,「自分の昔化」ができず,「自分の今化」にとどまってしまいがちである,ということになろうか。ここに,しっかりと記録として残しておくことの重要性があると思う。しかも,本ブログ掲載の論考「高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く」で説いたように,記録を読んで,当時の世界を思い描くことはそれほど簡単ではないので,その当時は当たり前だと思っていることすらも,しっかりと記録に残していく姿勢が求められると思う。

 事実を事実として,きちんと記録しておけば,たとえ現時点でそれをうまく論理化できなかったとしても,のちのち役に立つことが出てくる可能性もあるだろう。たとえば,今回は言語面の発達について,それほど突っ込んだ考察ができなかったかもしれない。しかし,自分の娘が成長していく過程で,どの段階でどのようなことばを発していたかの客観的な記録があれば,近い将来,人類の系統発生において言語がどのように創出されてきたかの謎を考察する際に,系統発生と重なるはずの個体発生の事実は,非常に参考になると思う。また,今回は育児の事実とつなげられなかった論理についても,南郷学派の先生方の著作を読み返していく中で,ふっとつながる瞬間が訪れるかもしれない。その時に,詳細な事実の記録があれば,その時に,それを基に事実と論理ののぼりおりが可能となるだろう。そういう意味でも,事実を事実としてきちんと記録しておくことは大切だと考えられる。

 実はこの一年間のうち,まったく記録を書くことができなかった月もある。その間は特別な変化はなかったのだ,ということもできるかもしれないが,今後は,日常の何気ないことも,できるだけ具体的に記録していきたいと思う。その際,子どもの現象面の変化だけではなく,認識の変化にも注目し,さらには,自分たち親の側の認識の変化も,そのたびに記録していくことが大切だろう。

 1年後には「3年間の育児を振り返る」を書くつもりである。今後は反抗期(イヤイヤ期)の特徴が強烈に出てくることが予想される。たとえどのような問題が出てこようとも,この一年間で学んだようにそれをしっかりと弁証法や認識論を学ぶための題材だと捉えかえして,前向きに取り組んでいきたいと思う。また,一年後の論考に向けて,できるだけ詳細な記録を書き続けていきたい。


(了)
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

2年間の育児を振り返る(4/5)

(4)親の認識の変化・発展

 前回は,子どもの認識の成長・発達という観点から,2年間の育児を振り返った。特に生後1年以降,言語面の発達が著しかったので,ものの名前がいえるようになっていった過程,意志を表現できるようになっていった過程,2語文がいえるようになった過程について,事実を提示して,考察していった。最後にまとめて,認識は5つの感覚器官から反映したものの合成像であるという認識の構造に分け入って,視覚像や意志と音声が合成される過程について考えてみた。

 さて今回は,親の認識の変化・発展という観点から,2年間の育児を振り返ってみたい。まず,前回の論考である「一年間の育児を振り返る」では,この観点について次のようにまとめておいた。

「最後に,育児の対象たる子どもではなくて,働きかける主体である親の認識の変化・発展という側面から,一年間の育児を振り返った。半年までは,子どもが生まれることによってできた新しい媒介関係によって,親としての自覚が徐々に高まっていき,赤ん坊との相互浸透も進んでいったのであった。具体的には,赤ん坊の反映がくり返されることによって,徐々に親としての実感が深まっていき,父親らしい言動が出てくるようになるとともに,赤ん坊が喜ぶのか,どうすれば泣き止むのか,ということが,分かっていったのであった。また,友人や師の助言から,育児による時間不足を克服していった。これも具体的にいうと,育児実践自体を一つの学習の場として設定したり,空き時間を効率的に学習に充てるために,一カ月単位の学習計画を立てて振り返ったり,赤ん坊を背負いながら読書するという,二宮尊徳的運動形態を創出することによって矛盾の解決を試みたりしたのであった。半年を経過してからも,同じプロセスが進展していった旨を説いた。すなわち,父親らしい認識はますます固定化してきて,父親としての言動が技化した結果,友人の前でもごく自然と(照れを感じずに)娘に対してニコニコしながら少し高めの声でゆっくりと話しかけるという関わりができるようになった。娘との相互浸透もより進んで,娘のことがよりよく分かるようになり,対処法が分かり見通しが持てるようになったため,心の余裕も持てるようになったことを説いた。偶然,育児上の問題を抱えた母親へのカウンセリングも増えて,その中で,子どもに対する期待と現実とのギャップでストレスを感じているため,過度な期待をしないことがストレス軽減につながることがより分かってきたということも説いた。時間不足克服の取り組みも継続して,1カ月にほぼ10冊ずつの本を読むことができた点にも触れた。」


 ここでは,父親の頭の中に徐々に赤ん坊像が創られていき,父親らしい言動が自然と出るようになったこと,赤ん坊との相互浸透が進んで,余裕を持って,工夫しながら育児に取り組めるようになったことなどを説いた。

 この後,生後1年から2年の間で最も大きかった親の認識の変化としては,心の余裕がさらに出てきて,娘に対していらいらすることが非常に少なくなった,という点である。もう少し具体的にいうと,たとえば生後1年の頃,母親は,お風呂上りに娘に泣かれたりすると,「もう,うるさい!」「怒るよ!」などと大声で怒鳴りつけていた。筆者(父親)も,母親と一緒にお風呂に入っていた娘を先にあげて,着替えさせて,母親が上がってくるまで一緒に過ごす時間に,娘の機嫌が悪くなって泣かれると,イライラしていることが多かった。しかし,生後2年の今では,母親が感情的に娘に対して怒鳴ることなどほとんどなくなったし,筆者もお風呂上りに娘と過ごす時間にイライラするようなことはなくなった。テレビを見てくつろいだり,勉強したり,あるいは一緒に遊んで楽しんだりできるようになっていった。今回は,このような変化はどうして起こったのか,この点について,親の認識の変化・発展という観点から考えてみたい。

 筆者は,イライラしてみてもしかたがないので,認識論の実験だと思って,娘の立場に立って,なぜお風呂上りに泣くのか,どうすれば泣かないようになるのか,考えて実践することにした。娘の反応をよく観察すると,筆者と二人っきりの時は機嫌がまだマシがましなことが分かった。すなわち,母親がお風呂から上がってきたとたん,娘からするとママを目にしたとたんに,ひどく泣きじゃくるのである。これは何を意味するのか。娘の立場に立てば,ママ=オッパイをくれる人のような像が描かれるのに,実際は,ママは化粧水をつけたり歯を磨いたりするために,自分から離れていく。そうすると,娘は快を求めて泣きじゃくることになるのだと思う。

 そこで,当面は別の部屋で過ごして,娘がお風呂から上がってきたママを見ないようにする対策をとった。そうすると,少しはマシになり,まったく泣かないこともあった。ただ,これだと,筆者がずっとつていないといけないし,何よりも,この方法でも泣くときは泣くので,困っていた。

 そこで別の解決策を模索した。お風呂上りに娘を抱っこして揺すっていると,眠ってしまうこともあったのだが,これまでは,抱っこの状態で眠った娘を,布団の上におろすと,とたんに起きて,泣くことが多かった。何かコツがあるはずだ,うちの娘もこれで眠ってくれれば,母親の機嫌も悪くならないし,筆者も母親があがってくるまで20〜30分ほど,読書時間に充てることができる,と思って,抱っこからうまくおろす方法をネットでいろいろと調べてみた。

 すると,いくつかの方法が紹介されていた。その中で私が目を付けたのは,以下の記述であった。

「布団に入れると起きてしまう場合,最初から布団にくるんだまま,抱っこしておく。
降ろすときに,胸をつけたまま降ろす。
胸を離して起き上がる時は,手で軽く押さえて抱っこされているような感じを残す。
一人で寝せないで,胸の上に抱っこしたまま(ラッコ抱き)で寝る。」(https://nanapi.jp/11646)※現時点では,記事は削除されているようである。


 ここに書かれていること,特に2番目に書かれている「降ろすときに,胸をつけたまま降ろす」を試すことにした。これらの方法はすべて,5つの感覚器官のうち,触覚に対する介入だと思った。これを読んだときに,触覚に対する介入こそがポイントだと感じたのである。少し説明したい。

 抱っこされて寝ている状態と,布団の上で寝させられている状態とでは,赤ん坊に描かれる像がどう異なるのかを考えてみた。赤ん坊にしてみれば,何らかの像の変化があるからこそ,起きて泣いてしまうはずである。その変化とは,もちろん,不快の像を描くことであるはずである。

 そもそも人間の認識=像は,対象の反映でつくられるものである。では,抱っこされている状態で眠っている場合と,布団の上で寝かされている状態とでは,反映がどのように違うのであろうか。もちろん,すでに眠っているのだから,視覚の変化はない。聴覚や臭覚,味覚も,変化するはずがない。とすると,変わってるのは触覚ということになる。触覚の変化によって,不快の像が描かれて,起きて泣いてしまうのである。

 もう少し具体的に見ていきたい。抱っこしている状態のときは,赤ん坊の胸と私の胸とがくっついた状態で,お尻の下は片方の腕で支えられているし,背中にはもう片方の腕が巻き付いて固定されている状態である。ここから布団(床)の上におろそうとすると,腕で赤ん坊を支えている部分には変化はあまりないものの,胸と胸は確実に離れてしまい,その結果,赤ん坊の立場に立てば,今まで胸の上にあった温かい柔らかい感触が,急になくなることになる。これが,赤ん坊にとっての反映の変化である。しかし,これは赤ん坊にとっては,一大事ではないだろうか。

 まだまだ視覚や聴覚などが発達していない赤ん坊時代は,もっとも原始的な感覚といえる触覚に頼って,周囲の世界を認識し,自分の安心・安全を確認しているといえるだろう。スキンシップが大切だといわれるゆえんである。ところが,抱っこしている状態からふつうに床におろそうとすると,その触覚が大きく変化するのである。今まで胸の前にあったはずの父親の胸が,急になくなるのだから,安心・安全をもたらしてくれていた対象が,急になくなるように感じる,すなわち,危険を察知する,ということになると思う。危険を察知すれば,赤ん坊としてできることは,快を求めて泣くことしかないので,その結果,普通におろそうとすると泣きじゃくるのであろう。

 このようなことが分かれば,自ずと解決策も見えてくる。それが,胸と胸を合わせた状態で床におろすという方法なのであった。そうすれば,赤ん坊にとっては,触覚上の大きな変化がないままに,布団の上に横になった状態に体勢を変化させることができる。

 具体的には,背中の方に回していた方の手を少し上にあげて,頭を支えるようにして,そのまま,膝をついた体勢になる。そして,自分の上体を前のめりにしていくと直接に,抱いていた娘を優しく布団の上に置く。その際,自分の胸と娘の胸が離れないように注意する必要がある。それができると,ちょうど,娘の上に自分が覆いかぶさった状態になる。この状態をしばらく維持して,娘が起きていないことを確認したら,ゆっくり自分の体を起こし,代わりに手を娘の胸にあててやる。これは娘の立場に立てば,まだ何かが胸のあたりに接触している感覚が保持されていることを意味する。そうして,もう片方の手で布団をかけてやるのである。

 この方法で,見事,二日連続で,寝たまま,スムーズに布団の上に横たえることに成功したのであった。全く起きる気配すらなく,これ以上ないくらいにうまくいった。これが一歳を過ぎたばかりの頃であったが,1歳2カ月くらいまでは,この方法でうまく対処できるようになったのであった。

 この方法がうまく行き,筆者としては何事も認識論の材料として捉えようとする目的意識がさらに強くなったと思う。ほかにも,たとえば夜泣きを減らすことも試みた。娘はかなりの頻度(1晩で6〜10回ほど)で夜泣きをしていたが,これは夜中にオッパイを求めることからくるのだと推測した。そこで卒乳を試みたのであった。実体的にも胃の大きさがそこそこに成長していた時期のはずなので,夕ご飯をしっかり食べれば,朝までもつはずである。今まで与えられていたものが与えられなくなるので,一時的に夜泣きはひどくなるはずだが,そのまま夜中にオッパイを与えないことを継続すれば,必ず夜泣きは軽減されるという予測のもと,卒乳を断行し,見事夜泣きの軽減を実現できたのであった。

 このような取り組みの中で,問題を認識論的に解決することの愉しみを覚え,それが心の余裕につながっていったのだと思う。また,元から母親の方が心配性で,娘に対して過干渉気味であったが,父親がある程度娘を放置しているのを見て,その態度が相互浸透していったのだろう,以前よりも娘に対して心配することが減っていった。これも,母親のイライラが軽減していった大きな要因だと思う。

 もちろん,子ども自体が成長して,一人遊びできる時間が多くなっていったことなども,親の心に余裕ができるようになった大きな要因ではあると思う。しかし,問題を認識論の学びのための素材としていこうという目的意識も,大きかったと判断している。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

2年間の育児を振り返る(3/5)

(3)子どもの認識の成長・発達

 前回は,子どもの実体の成長・発達という観点から,2年間の育児を振り返った。自力で立つということは,「生命の歴史」でいうとヒトの段階への突入であり,自力で立って歩くことは,人間としての新たな運動形態の創出の端緒につけたことを意味するということであった。また,裸足で土や芝の上を思う存分駆け回らせることの大事性も確認した。

 今回は,子どもの認識の成長・発達という観点から,2年間の育児を振り返りたい。前稿「1年間の育児を振り返る」では,この観点について以下のようにまとめておいた。

「次に,子どもの認識の成長・発達の側面から,一年間の育児を振り返った。生まれたばかりの赤ん坊の五感器官は,全てを単一性のすべてとしてしか反映できず,そのために,脳細胞が描く認識=像は,何が何だか分からないことも何が何だか分からないという像であったが,その後,徐々に,くり返し反映する対象は,それなりに像を描けるようになっていった。親の笑顔もくり返し反映した結果,笑顔には笑顔で応えることもできるようになっていった。半年を過ぎてからは,本格的に人見知りが始まったが,これを『育児の認識学』の記述をもとに認識論的に考察した。娘は,めったに会わないおじさんに出会うと,しばらくの間はじいっと眺めて固まっているが,そのうちに泣き始めるのであった。これは,近寄ってくるおじさんは,母親や父親などと比べると,反映の回数が圧倒的に少ないため,しっかりとした像を描けずにぼんやりとしたオバケ像を描いてしまうため,その像を否定して母親像を求めて泣き始めるのであった。オバケ的なものとしてさらに問いかけ的に反映してしまうために,ますます激しく泣きじゃくることになるが,こうなると,しばらくはそのオバケ的像に支配されて,外界がまともに反映できないことになってしまう。ところが,何とか抱っこして揺らしたり,声をかけたりすると,徐々に徐々に外界が反映できて,その反映像が力をもってくる分だけ,オバケ的像が弱まっていき,何とか泣き止むということになっていくのであった。また,まねについても考察した。首をかしげたり手を振ったりする動作を娘はまねするようになったのであるが,これは,端的にいうと,認識は外界の反映であり,その認識でもって,人間は行動するのであるから,相手の動作をしっかりと反映して,その反映した像に基づいてまねをすることが可能となるのだ,と説いておいた。」


 ここでは,当初全てを単一性の全てとしてしか反映できなかったのが,くり返しの反映によって,馴染みのある対象はそれなりに明確に像として描けるが,馴染みのない対象は不鮮明にしか描けず,それが人見知りの原因となっていること,認識は外界の反映であり,その反映した像に基いて行動するから,まねができるようになるということ,を説いた。

 この後の生後1年からの認識面の成長・発達は,まさに怒涛のようなものであった。特に,言語の発達が著しかったので,この点に関して,特徴的な出来事(事実)をまずはしっかりと提示して,それについて少し考察していきたい。

 10カ月ごろには,既にそれと分かる発音で「ママ」「パパ」などという音(言語もどき)を発していたが,この時は,それらの音が何を意味しているのか,全くわかっていない状態だったと思う。ところが,特定の対象をくり返し反映し,それとセットで親の側から特定の音声を発してそのつながりを認識させるようなことをくり返していると,徐々に対象(の反映像)と音とのつながりが分かってきたものと思われる。1歳4カ月ごろには,「リモコンとって」と指さしながらいうと,テレビのリモコンを取ってきてくれた。これは,指さしという非言語表現を補助としながらも,音声を聞いて特定の対象を思い起こすことが可能になってきたことを意味している。

 また同じ頃,幼児向けのTV番組で,犬の「ワンワン」というキャラクターをくり返し見ていたため,「ワンワン」を見ると「わんわん」と発音できるようにはなっていたのだが,たまたま車に乗っている時に,大きな犬の写真の看板があったのを見て,「わんわん」と言ったのである。これは,TVの着ぐるみキャラクターである「ワンワン」と,犬の写真を見比べて,ある程度の共通性を把握できたからこそ,といえるだろう。

 1歳7カ月ごろには,父親(筆者)を見て「パパ」といい,母親を見て「ママ」といえるようになっていた。先ほどの「ワンワン」が登場するTV番組のキャラクターも,ほとんど完璧に弁別できるようになっていた。すなわち,「これだれ?」と特定のキャラクターを指して尋ねると,正確に答えられるのである。ところが,この時点では,まだ本人をさして「だれ?」と聞いても,答えられなかった。逆に,「パパはだれ?」「ママはだれ?」などと問いかけると,しっかりと指さすことができた。TV番組の複数のキャラクターのぬいぐるみを目の前に置いて,「ワンワンはどこ?」などと聞いても,正確に指させた。そこで試しに,「○○(娘の名前)はどこ?」と尋ねると,なんと,正確に自分自身を指さしたのであった。自分という特殊な対象についても,「対象→音声」というつながりはまだ理解できていないものの,「音声→対象」というつながりは既に理解できていた,ということであろうか。あるいは,「○○(娘の名前)」が,このくらいの子どもにとっては発音しにくい,というだけかもしれない。

 歌を歌うことも,同じころには既にできていた。カエルの歌や幼児向けTV番組でくり返される歌は,音楽に合わせて歌うだけではなく,何もない時に思い出したように歌うこともあった。それほど,メロディーやリズムも,像として定着しているということであろう。

 1歳9カ月になると,かなり言葉が増えてきたし,またこちらがいう言葉もかなり理解できるようになっていた。おもちゃが入った箱を持ってきて,「あけて」といったり,開けてあげたら「あーとー(ありがとう)」といったりする。「ばなな」といって,バナナを要求することもある。これらはすなわち,自らの意志を表現することができるようになってきた,ということであろう。その他,机,いす,うちわなど日常,目に触れるものや,「アンパンマン」や「バイキンマン」など絵本(アニメ)のキャラクターなども,言えるようになってきたし,こちらが言ってもそれを理解できるようになってきた。くり返しの反映によって,その反映した像と音の結びつきが徐々にできあがり,定着していったものと考えられる。

 1歳10カ月になると,2語文も可能になってきた。お茶やおやつを娘に渡すときに,「パパさん,ありがとう,は?」とか,「パパさん,ありがとう,やろ?」などとくり返し教えていた。すると,ものを渡した際に「パパさん?」と促すだけで,「パパさん,ありがとう」といえるようになってきた。しばらくすると,おやつを渡そうとして,娘が受け取る間際に少し引っ込めて,顔をじっと見ていたら,「パパさん,ありがとう」と自発的にいうことも出てきた。「生命の歴史」において,単細胞が多細胞化したのと同様の論理構造が,一単語しかいなかったのが,2語文をいえるようになったことについてもいえるのではないか。すなわち,はじめは一つで全てを担っていたのが,複数化することによって,役割分担を行い,より複雑な内容をもつようになってきた,という点で,論理的に同一だといえそうである。たとえば,以前は「ばなな」だけで,目の前のものを意味するだけではなく,「バナナが欲しい」という意志をも表現していたが,「バナナ,とって」と2語文化することによって,対象そのものを表す部分と,それをどうしたいのかという意志を表す部分というような役割分担が生じ,より複雑な認識を適切に表現できるようになったのである。

 意志の表明も一段とはっきりとしてきた。おもちゃ箱だけではなく,お茶が飲みたい時にはフタ付きのコップを持ってきて,ファスナー付きの袋を開けてほしい時にはそれを持ってきて,「あけて」という。袋は,閉めてほしい時にも,当初は「あけて」といっていた。「しめて,やろ?」と訂正しても,その場で直ちに「しめて」とはいえなかった。この場面では,ともかく何かしてほしい場合,その意志を「あけて」という言語で表現していた,といえるだろう。

 意志の表明については,面白い出来事があった。いつもは母親が座っている椅子(場所)に座って娘に夕ご飯をあげていたら,突然,「パパ,じゃま」といったのである。はじめは聞き間違いかと思っていたが,その後,やや興奮気味に「こっち! こっち!」といって,向かいの席を指さす。ひょっとしてと思ってそちらの,いつも筆者が座っている席に移動すると,興奮も収まり,納得した様子であった。その後も,「じゃま」という言葉は出なかったものの,同じようなことがくり返された。いつもの定位置に父親がいないと落ち着かないので,そちらに移動させようという意志(あるいはそこに父親がいたらいつもの定位置に母親が座れないので,移動させようという意志)を,非言語も含めて必死に表現していたということだろう。

 このような言語の獲得は,総じて,認識は5つの感覚器官をとおして反映したものの合成像である,という認識の構造から説かれるべきものであると感じている。どういうことか,少し説明したい。

 たとえば,目の前のバナナを見て,アタマの中にバナナの像を描くとする。少し曲がっている細長い黄色い物体の像である。これは視覚像ということになる。ところが,認識というのは,像は像であっても,単に視覚のみの像ではない。5つの感覚器官から反映したものが,脳細胞で一つに合成されて結ばれる。これが人間の認識=像である。だから五感覚像とか五感情像とかいういい方がされる。バナナの場合,バナナを持った時の感触であるとか,食べた時の味であるとか,そういったものも,頭の中に描かれるバナナ像に合成されているわけである。それだけではなく,親の側から,この黄色の物体とともに「ばなな」という音をいつもセットで発せられると,耳から反映するそのような音声もまた,バナナ像に合成されるのであろう。したがって,娘が頭の中で描くバナナ像は,単に細長い黄色い物体の像だけではなく,手触りや味も合成されているのであり,さらには「ばなな」という音をも,一体性として含んでいる像である,ということができると思う。もちろん,そのような五感覚像が形成されるためには,くり返しの上にくり返して,バナナ自体と「ばなな」という音を,セットで反映させるということが必要になってくる。ある程度の量がくり返されると,量質転化を起こして,バナナの五感覚像が定着するということになるだろう。人間の認識は問いかけ的反映であるから,バナナをみると,単にバナナの見た目が反映して像が描かれるだけではなく,すでに頭の中に存在して定着している過去像たるバナナ像をも呼び覚ますことになる。その像が描かれているからこそ,バナナを見て「ばなな」と発することができるのであろう。

 意志の表現についても同様のことがいえると思う。おもちゃの箱や袋を開けてほしいと思った場合,最初は,それを差し出して「う〜,う〜!」というような言葉にならない音を発していた。最初は何を要求しているのか分からなかった親も,開けてあげるとその唸り声をやめて笑顔になるので,開けてほしかったのだとわかる。そうすると,次回,「う〜,う〜!」といってきたとき,「う〜,う〜!じゃないよ。開けて,やろ?」などと声掛けをしていくことになる。このようにして,開けてほしいという意志と,「あけて」という音がくり返しセットで頭の中に描かれることによって合成化され,そのような意志が描かれた時には自然と,「あけて」という言葉を発することができるようになっていったのだと考えられるのである。

 以上,主として生後1年から2年の言語獲得に関わる事実を提示して考察し,最後にまとめて五感覚像という観点から,認識の構造に分け入って捉え返す作業を行った。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

2年間の育児を振り返る(2/5)

(2)子どもの実体の成長・発達

 本稿は2年間の育児を,特に生後1〜2年の間に焦点を当てて振り返り,その間の事実をしっかり記録するとともに,南郷学派によって創られてきた弁証法や認識論などの論理をしっかりと事実につなげて理解することを目的としている。

 今回は,子どもの実体の成長・発達という観点から振り返ってみたい。前稿「一年間の育児を振り返る」では,この観点について,以下のようにまとめておいた。

「初めに,子どもの実体の成長・発達という側面から,一年間の育児を振り返った。半年までの間に,泣くこととオッパイを飲むことしかできなかった赤ん坊が,仰向けに寝て手足を動かしたり,寝返りやお座りをしたりすることができるようになった。これは,生まれるまでに系統発生を実体的にくり返した赤ん坊が,生まれてからは系統発生を機能的にくり返しているのであった。具体的には,泣いたりおっぱいを飲んだりすることが単細胞段階のうごめき運動であり,仰向けに寝て手足を動かすのがカイメン段階の固着運動であり,母親に抱かれて揺らされたり速やかに場所を移動したりするのがクラゲ段階,魚類段階の運動であり,(寝返りやお座りや)ハイハイが両生類段階のできないことをできるように頑張る運動であった。この中で,半年を過ぎてからできるようになったハイハイについて,詳しく考察した。娘は,モデルとなるように筆者自身がハイハイをして見せたり,好きなおもちゃを少し離れた位置に置いたりすることによって,8カ月のころに突然ハイハイを始めたのであった。ハイハイには,上肢の骨や筋肉を鍛える意義があるだけではなく,脳の発達を促すという非常に重要な意義があることを見た。逆にいうと,ハイハイをしなければ脳の発達の可能性を欠落させてしまうのである。ハイハイは,系統発生でいうと両生類の段階に当たり,脳の構造に,同じ運動のくり返しに耐えきれる実力,たとえば忍耐,頑張り,努力としてその後の人生において苦しみや辛さに耐えるものとして花開く精神の大きな源が,たたきこまれる,という非常に重大な意義があるのであった。最後に利き手についても考察し,親の何気ない働きかけによって,一方の手が器用になっていくのであり,利き手は先天的なものではないと説いておいた。」

 すなわち,泣いたりおっぱいを飲んだりすること,仰向けに寝て手足を動かすこと,親に抱かれて揺られたりすること,ハイハイすることというように,順にできるようになっていったが,これらの成長・発達は,系統発生を機能的にくり返しているのだ,ということであった。そして,8カ月ごろから突然始めたハイハイについては,「系統発生でいうと両生類の段階に当たり,脳の構造に,同じ運動のくり返しに耐えきれる実力,たとえば忍耐,頑張り,努力としてその後の人生において苦しみや辛さに耐えるものとして花開く精神の大きな源が,たたきこまれる,という非常に重大な意義がある」ということを確認したのであった。

 さて,生後1年前後から現在までで,どのような実体の成長・発達があったであろうか。11カ月で一人で立てるようになり,12カ月で2,3歩,歩けるようになった。その10日後には,おもちゃを手に持っていたので,「ちょうだい!」といって手を伸ばすと,10歩以上歩いて持ってきてくれた。1歳1〜2カ月ごろに卒乳した。1歳4カ月のころには「リモコン,取ってきて」といってテレビのリモコンを指さすとテクテク歩いて取ってきてくれた。歩く速度が速くなっていた。走れるようにもなった。階段を昇ることもできるようになってきた。1歳8カ月のころには,自分でスプーンをもって,おかゆ状のご飯を食べることができ始めた。もちろん,まだまだ不器用なので,おわんの周りや床,服などに大量にこぼしながらではあったが。1歳9カ月になると,両足をそろえてぴょんぴょん飛ぶこともできるようになった。2歳になる直前には,電車内でも歩き回るようになり,不安定な中でも立ったままでいたり歩いたりもできるようになった。

 では,このような現象的な成長・発達には,どのような意義があるのであろうか。まず,自力で立つということについて,瀬江千史先生は「看護のための生理学(46)」において,次のように説かれている。

「このようにして「つかまり立ち」や「伝い歩き」ができるようになった赤ん坊に,やがて「自力で立つ」ということが可能になる日がやってきます。そしてこれこそが,「生命の歴史」の運動形態の発展で言えば,ヒトの段階への突入ということになるのです。すなわちこれは,それまでの生命体が経験したことのない,高度な運動形態であり,したがってなによりも脳の実力を必要とする運動形態です。」(『綜合看護』2013年2号,pp.28-29)


 すなわち,自力で立つということは,それまでの生命体が経験したことのない高度な運動形態であり,「生命の歴史」でいうとヒトの段階に突入したことを意味する,ということである。

 確かに,つい最近までお座りもままならなかった赤ん坊が,何の支えもなしに一人で立つのである。全身を立った状態で保てるだけの筋肉や骨の実力は当然求められるだろう。それだけではなく,倒れないように微妙なバランスを保ち続けるだけの,脳の統括力を要する。だから最初は,立っているだけで精いっぱいであり,一歩踏み出して歩くことなどできない。重心を移動させたらそれだけでバランスを崩してしまうし,たとえ一瞬であっても一つの足で立っていることも耐えられないのである。

 それでも,一人で立って,時には転びながらもバランスをとり続けていると,そのことによって脳の実力が向上していき,サルレベルを大きく超えた,ヒトレベルの脳へと発達していくことができるのであろう。

 次に,瀬江先生が歩くことについてどのように説いておられるのかを引用したい。

「このように,赤ん坊が「自力で立って,歩く」ことができるようになったということは,まさに記念すべきできごとなのです。なぜならこれは,人間としての新たな運動形態の創出の端緒につけた,ということだからです。」(p.29)


 ここでは,自力で歩くことは人間としての新たな運動形態の創出の端緒につけたことを意味すると説かれている。

 瀬江先生の論文ではくり返し説かれているが,二足で立って歩き,両手を自由に使うというのが,人間としての基本的な運動形態である。したがって,自力で歩くことができるようになって,初めて,人間らしい人間になれた,ということができるだろう。人間は「生理的早産」であるといわれるが,自力で歩くことができるようになる生後1年くらいで,ようやく,他の動物でいう生まれたばかりのレベルに達したのだ,ということだと思う。

 自力で立って歩くことができるようになった当初は,もちろん,よちよち歩きであり,歩くことで精いっぱいであった。歩くことだけに専念しても,よろめいてこけることが度々であった。それが,ある目的を持って歩くことをくり返し,よちよち歩けば親に笑顔で褒められたりすることによって,「歩く」が技化されていったのであろう。すなわち,それほど意識を込めなくても,いわば自動的に歩けるようになっていき,歩き方にも変化をつけることができるようになった(早く歩いたり,後ろ向けに歩いたり)だけではなく,歩きながら別のことができるようになっていった。歩きながら言葉を発したり,歩きながら物を投げたりすることができるようになっていったのである。このようなことをくり返すことによって,脳細胞の実力がますます向上して,完全に人間レベルの脳細胞へと成長していくことができたのだと思う。

 最後に,歩くことに関わって,今後の課題を明確にしておきたい。「二足で立って歩き,両手を自由に使う」という人間の基本的運動形態の基礎をしっかりと作っておくために,すなわち,赤ん坊としての「立つ」「歩く」をしっかりと熟成させるために,瀬江先生は次のようなことが必要だと説かれている。

「では具体的に何が必要かと言うと,歩けるようになった赤ん坊は,裸足で,土や砂の上,あるいは芝生の上を,思う存分自由に歩き回らせ,駆け回らせ,また楽しく転び回らせることです。そうすることによって赤ん坊は,足の裏で直接に地面を感じとりながら,その凸凹などの変化に対応して,自らの体をしっかりと支え,移動する実力を培っていくことになります。

 そして,その変化に応じた統括をするのは当然に脳なのですから,そのような運動で脳そのものもしっかりと育っていくことになるのです。」(p.31)


 ここでは,裸足で自然の中を歩きまわらせることによって,足の裏からの反映によって脳が創られ,また,凸凹などの変化に応じた統括ができるような脳の実力も育っていく,と説かれている。

 幸い,筆者の家の近くには,丘陵上の芝を敷き詰めた公園がある。いまはまだ寒いので無理だとしても,春になれば,そういうところに娘を連れて行って,裸足で駆け回るような遊びをたくさんさせたい。そうすることによって,運動能力だけではなく,しっかりとした脳の実力を培っていきたいと思う。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月17日

2年間の育児を振り返る(1/5)

〈目次〉
(1)2年間で歩けるようになり話せるようになった
(2)子どもの実体の成長・発達
(3)子どもの認識の成長・発達
(4)親の認識の変化・発展
(5)育児の記録をつけることが大切である

――――――――――――――――――――

2年間の育児を振り返る(1/5)

(1)2年間で歩けるようになり話せるようになった

 先日,次のような新聞記事があった。

「育児に悩む父親たち,パタニティーブルーって?――不慣れな子育て,周囲の無理解も(くらし)

 子育てに熱心な父親たち,いわゆる「イクメン」の存在はもはや珍しくない。しかしその陰で,仕事との両立でクタクタになったり,育児に自信をなくしたりした結果「パタニティーブルー」と呼ばれる憂鬱な状態に陥る父親たちが目立ってきた。母親の産後うつ「マタニティーブルー」の父親版ともいえる症状だ。今どきのパパたちが抱える育児ストレスに迫った。

 「とにかく,夜眠れないことがきつい」。東京都内のベンチャー企業で働くAさん(29)はこぼす。1歳8カ月の男の子を育てるAさん夫婦は関西出身。身近に子育てを頼れる親戚はいない。

 子どもはかわいいが,夜泣きがひどく,父親の自分が抱いても泣きやまない。あやし方もわからず,困惑し悩む日々が続いた。夜中に泣き続ける息子の世話で夫婦共に疲れ果て,妻は体調を崩した。

 Aさんの仕事は最近さらに忙しくなり,一方で妻は9月にうつ病と診断された。「仕事と育児と家事を全部こなさなければならない。疲れがたまり,自分自身も限界に近いと感じている」(Aさん)

◇ ◇

 子どもが生まれて幸せなのに,憂鬱になったりイライラしたり,うつ状態になることも。女性がホルモンバランスの変化で出産後に陥るマタニティーブルーの症状だ。この男性版ともいえる「パタニティーブルー」が目立ってきた。父親が同様の症状で悩むことを指し,パタニティーは英語で「父性」の意味だ。

 関西医療大学講師の板東正己さんによると,パタニティーブルーの典型的な症状はこうだ。「妻の妊娠時から不安やいら立ちが高まり,生後3カ月ぐらいまで頭痛や不眠,下痢や便秘が続く」。その後,体の症状は軽くなることが多いが「育児期もストレスが悪化すれば,妻や子どもに否定的な感情を抱くようになることもある」という。

 パタニティーブルーに陥るのは,初めての子育て時だけではないようだ。東京近郊に住むBさん(33)は今年,2人目の子が生まれた。「平日は仕事で育児ができない分,土日は世話をしている」と自負するBさんだが,乳幼児2人の子育てで疲れがたまりストレスを感じている。「妻も疲れており,イライラしてぶつかることもある」と話す。」(2015/10/28 日本経済新聞 夕刊)


 育児に悩む父親が憂鬱になったりイライラしたりする「パタニティーブルー」が増えているという記事である。筆者もこの間,育児に携わる父親として,多少の気分の落ち込みやイライラはあったものの,何とか乗り越えてきた。

 娘が誕生してから,2年間の月日が流れている。まさに光陰矢のごとし,である。育児に追われて,いつの間にか2年間が過ぎ去ったという印象である。この間,娘は中耳炎になって保育園を連続して休んだり,手足口病にかかってまともに食べられない日が続いたりしたものの,大きな問題もなく,無事に成長している。今年度に入ってからは,保育園を休むこともほとんどなく,身体的にも健康である。1歳になる直前に入った保育園でも,大きなトラブルもなく,楽しく過ごしているようである。ちょっとした遠出も可能になった。ぽっちゃりしていた体型も,歩けるようになってからどんどんスリムになっていった。半年間ほど,体重が10キロくらいで維持されていたこともある。

 この間,私自身のこれまでの生活のあり方は一変してしまい,夜中や休日の研修会に参加することが,ほとんどなくなった。それまでは,月に2〜3回は研修会に参加していたが,それがほぼゼロとなり,その分,育児に時間を費やすこととなった。しかし,それはそれで,この時期にしかできない貴重な学びの機会となったと思っているし,本稿も,その学びのために執筆するものである。本稿を書くために,この一年間,気づいたことを育児ノートに書きためてきた。このノートをもとに,本稿を執筆したいと思っている。

 ちょうど一年前に執筆した「一年間の育児を振り返る」では,最終回で,これまでの内容を振り返ったうえで,次のように説いておいた。

「以上のように一年間の育児で弁証法的に,あるいは,認識論的に,気づいたこと,学んだことを認めてきて,改めて実感するのは,育児というのは,南郷学派によって創られてきた論理・理論を再措定するのに,非常に適した実践の領域である,ということである。まず,『〔改訂版〕育児の生理学』や『育児の認識学』のように,直接,育児をテーマとした著作があるので,本稿で試みたように,それをそのまま自分の育児の事実で読んでいくことが可能となる。このように,自分の事実と本で説かれている論理を重ね合わせて,のぼりおりをくり返すことこそが,この種の理論書の本来の学び方だと考えられるのであるが,育児実践においては,これが非常にやりやすいのである。

 もちろん,玄和会の空手をやれば,南郷継正先生が創出された理論を,そのまま実践でき,理論を再措定するのにもいいのかもしれない。しかし,我々のように,外部で南郷学派を自分のものにして自らの実践に役立てたり,社会化したりして,あわよくばさらなる発展を成し遂げてやろうと志す者にとっては,再措定が最もやりやすい領域が,育児だといえるのではないだろうか。

 また,「生命の歴史」や人類の認識の発展史,哲学の歴史を学ぶという点でも,育児は非常に有益であると思う。すなわち,直接「生命の歴史」を目にすることはできないが,個体発生としてくり返されている系統発生であれば,育児実践の中で,赤ん坊の成長として目にすることができるのであるし,赤ん坊の認識の発展は,論理的には人類の認識の発展史や哲学の歴史をくり返しているということもできる。個体としての赤ん坊の認識の発展は,人類としての認識の発展のちょっと変形したものでしかありえないのだから,赤ん坊の認識の発展を通して,人類の認識の大きな発展をも学ぶことが可能なのである。こういったことは育児でしか学べない,非常に貴重な体験だといえるだろう。」


 すなわち,育児という実践領域は,南郷学派の論理や理論を再措定するのに,非常に適しているし,「生命の歴史」や人類の認識の発展を学ぶ上でも,個体発生は系統発生をくり返しているのだから,貴重な素材となる,ということである。

 この認識は今も変わらない。今回も,南郷学派の弁証法や認識論を,育児実践を通して再措定する試みである。「半年間の育児を振り返る」や「一年間の育児を振り返る」と同様,「子どもの実体の成長・発達」「子どもの認識の成長・発達」「親の認識の変化・発展」の3つの観点から,この2年間の育児を振り返り,主として生後1年から2年の出来事を中心に考察していきたい。

 前稿のくり返しになるが,なぜこの三つの観点を設定したのかを改めて確認しておきたい。それは,端的には人間は実体と認識の統一体だからである。人間は,目に見える体が成長していくだけではなく,脳細胞の機能である認識も,生成発展していく。認識の発展ということこそが,人間らしい成長のあり方といえよう。本ブログの読者であれば常識であるように,人間以外の動物には認識はなく,人間と動物の分水嶺は,この認識の有無にあるからである。したがって,子どもの成長・発達を見ていく際には,目に見える実体の成長・発展だけではなく,目に見えない認識の成長・発達にも注目していかなければならないのである。また,その子どもと関わることによって,親の認識も変化・発展していく。子どもの誕生によって,子どもが親化していくだけではなく,親が子ども化していくという対立物の相互浸透による大きな認識の発展が,親の側にも見られるわけである。ここから,育児を振り返るにあたって,親の認識の変化・発展も視野に入れることの大切さが生じてくる。

 子どもの実体と認識の成長・発達といっても,この二つはセットで,密接に関係しながら成長・発展していくものであるから,厳密に二つを分けて捉えることは適切ではないであろう。また,親の認識の変化・発展も,子どもの実体・認識の成長・発達と密接に絡み合いながら起ってくるものである。厳密に分けることはできないだろう。しかし本稿では,考察の観点として,あえて分かりやすく三分した次第である。

 さて,生後1年から2年の間を反省してみると,実体の成長・発達では,何といっても歩くようになったことが大きいと思う。はじめはよちよち歩きであったものが,徐々に歩くことが技化されていき,ごく自然に歩けるようになっただけではなく,走りまわることも可能になっていった。認識の成長・発達においては,言葉の獲得が考察の大きな柱となろう。最初は言語もどきとでもいえるような,単なる音か言語かが曖昧なものしか発せなかったが,徐々に言語らしい言語を話せるようになり,今や2語文も可能となっている。また,親の認識の変化・発展については,育児に対してややゆとりが出てきた点が大きな変化であった。イライラすることも極端に減ったといえるし,余裕が出た分,子どもと一緒に外出したり,旅行に行ったりもできるようになってきた。

 3つの観点について,おおまかな変化を確認したが,次回以降,このような内容について,一つずつ,詳しく考察していきたい。その中で,しっかりと事実を事実として記録することと,弁証法や認識論の論理を自分なりに再措定することが本稿の目的である。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月16日

2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回まで3回にわたって,11月例会で提示された論点と,それについてどのような討論を行い,どのような(一応の)結論に到達したかを紹介してきました。

 例会報告の最後にあたって,参加者からの感想を掲載したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会では,ヘーゲル『哲学史』のアリストテレス(形而上学,自然哲学)を扱ったわけだが,これまでの展開同様,なかなかに難しい内容であったというのが第一印象である。

 そんな中でも,これまでの議論の流れを踏まえて,ヘーゲルがどのような像を描いてアリストテレスを論じているのかという点に着目して,可能な限りヘーゲルの像を思い浮かべ,そこに筋を通すべく読み進めることにした。結果として,ヘーゲルが説く絶対精神の自己運動という観点からすれば,先月扱ったプラトンにせよ,今回扱ったアリストテレスにせよ,ヘーゲルのいう「円環」は閉じ切っていないのだ,ということがそれなりに掴めたように思う。簡単にいえば,ヘーゲルのいう「円環」が閉じ切るとは,一度自然に外化した絶対精神が,再び精神へと復帰し,そこから外界の感性的対象を眺め,その本質的な性質を掴みとり,この性質というのはほかならぬ自分自身の性質なのだと気付いていき,世界の全ての事物を自分自身が辿ってきた自分自身のそれなりの現象形態であると把握し切ることである。端的には,森羅万象を絶対精神の自己運動として掴みとることである。この観点からすれば,プラトンにおけるイデアというものが感性的対象とどのようにつながっているのかイデアと自分自身の精神とがどのような関係にあるのか,必ずしも明確に理解されていなかったし,アリストテレスにおいては,感性的対象と理念との関係が質料と形相,あるいは可能態と現実態という形で把握されてきたものの,それらのものと自分自身の精神が直接的同一性レベルで把握されているとは言い切れないものがある。ヘーゲルにとっては,「円環」が閉じ切るのはほかならぬヘーゲルにおいてであるのであろう。

 もう1つ触れておきたいのは,アリストテレスの限界について議論した際に,他の会員から指摘されたことに関してである。その会員は,以前の議論で扱ったヘーゲルの「抽象から具体への発展」という論理を用いて,アリストテレスの限界をヘーゲルがどのように捉えていたのかという問題について,筋を通して解答したのである。端的には,アリストテレスは時間や(純粋な)運動という根本的なところについてはなかなか鋭い規定をしているけれども,そこから具体的なものへと筋を通していくことができなかったのだ,ということである。これは先ほどの問題とも関連するが,これまでの『哲学史』の展開を踏まえて,その筋道をきちんと辿りながら,新たな展開を展望する必要があるということである。こうした「読み」を実践できるためには,やはりこれまでの重要な部分,特に序論などを折に触れて読み返しておく必要がある。大きな教訓を得た例会であった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回はチューターとして臨んだ。例会当日に,圧倒的に場を支配するということまでは至らなかったが,当日までの準備も含めて,それなりに論点や見解を整理できたと思う。今回の準備段階で新しく試みたのは,論点を3つに絞ったうえで,それぞれの論点をさらに3つに分けるという整理の仕方であった。そのように全体を全部で9つの小さな論点に分けた上で,ほぼ見解が一致している点については,当日の議論の中では確認程度に済ませて,見解が分かれている点や突っ込んで議論した方がよい点に,集中的に時間を使うことにした。その結果,しっかりと時間内に,効率的に議論できたと感じている。当日も,予め考えておいた疑問点や積み残された論点にしたがって,補足説明を求めたり,こちらがあえて発問して答えてもらったりということは,ある程度できたと思う。そういった点は,評価できるのではないかと自分では考えている。

 内容に関しては,ヘーゲルがアリストテレスをどのように評価しているのかという点がクリアーになったのがよかった。すなわち,ヘーゲルはアリストテレスを経験家であるけれども,最高度に思弁的であると評価していたわけであるが,やはりヘーゲルにとっては,経験家であるという点がアリストテレスのネックになっていると評価しているようである。経験家であるために,対立物の統一という,プラトンが示した認識のゴールに辿り着けなかったし,諸々のウーシアをそれなりに配置しただけで終わってしまったし,時間や空間の規定からより具体的な規定へと進んでいくことが叶わなかった,ということであろう。ここを唯物論的に捉え返すならば,アリストテレスの時代は,まだ人類の学的認識の実力として,現象の背後に潜む構造へと分け入っていくことなどできなかった時代であり,現象論レベルの論理を引き出すことがようやく可能となった時代でしかなかっただけに,やむを得ないということになるだろう。やむを得ないというよりも,当時のレベルとしては,これ以上にないくらいの優れた論理を引き出し,それを著作として残しているというのは,アリストテレスの偉業そのものである。

 プラトンからの発展という面も,かなり整理できたように思う。プラトンがイデアの世界と感性的な世界という形で媒介的な関係として把握していたものを,アリストテレスは形相と質料,あるいはエネルゲイアとデュミナスというとらえ方を導入することによって,直接的な統一として把握するに至った,ということであろう。なぜこのような認識の発展が可能であったかというと,これは端的には,プラトンのもとで,プラトンレベルの他者との討論を20年にわたって学び続け,それによって自らの頭脳内で一人きりの二人問答ができるようになり,その頭脳の実力でもって新しい対象に自ら取り組んでいったためであろう。このような認識の過程を「思弁」といい,その結果生まれた認識を「概念」という,ということも,しっかり確認できたと感じている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回はアリストテレスの前半部分を扱ったが,その中身は南郷学派の主張につながるものがあるなと改めてその偉大性を感じたことであった。

 その代表的なものが自然観である。自然を目的をもった1つの生命として捉えて,アリストテレスはその運動をデュナミス・エネルゲイアという概念でもって説こうとしている。生命の歴史においては,自然から生命体が誕生し,人間というゴールに向かって運動していく過程が説かれているわけだが,アリストテレスの自然観はこのような生命の歴史の自然観に通じるものがあると言えるだろう。

 もう1つは時間論・空間論である。このアリストテレスの時間論・空間論に関しては,これまで我々の研究会においても何度か取り上げられていた。今回,そこで学んだ内容をまとめたレポートを何度か読み返したのだが,その過程で当時は理解できなかった内容(端的には物体があってこその場所であるということ)がよくわかるようになった。

 例会に関わっては,プラトンからアリストテレスへの発展について理解を深められた点がよかったと思う。プラトンとアリスとテレスの関係に関わっては,「対立物の統一」という観点,「イデア」という観点から議論を行ったけれども,大雑把に言えば,プラトンが掲げたものをアリストテレスが実践していったという関係になるのだろうと思った。対立物の統一を重視したプラトンに対して,自然のあらゆる対象を「対立物の統一」として把握する前提として,それぞれの対象をそれぞれの規定においてとらえていったのがアリストテレスであり,理念という抽象的なものをプラトンが打ち立てたのに対して,そこから現実の運動を説こうとしたのがアリストテレスであるということになるのだろう。

 次回はアリストテレスの精神の哲学・論理学となるが,今回の理解を踏まえてその内容を把握するとともに,ヘーゲルがどのように評価しているか,我々としてはどう受け継ぐべきかを確認していきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会で扱った範囲において,ヘーゲルはアリストテレスについて思弁的な哲学者として高く評価しているわけであるが,この「思弁」とはどういうことなのか,近年の南郷学派の諸々の論考を踏まえて,しっかりと押さえておくことが重要だと思った。例会当日に向けては,『学城』第13号の本田克也論文や悠季真理『哲学・論理学研究(第一巻)』,南郷継正「武道哲学講義〔Z〕」(『全集第11巻』)などを読み直して臨んだ。思弁とはどういうことなのか,なかなか難しいのであるが,端的には,事実から論理(それも本質論レベルの)を導き出していく過程のことであり,この作業がいかに大変なこと(血のにじむような努力が必要なこと)なのか,また事実から論理を導きだすとはどういうことなのか(論理という像が如何にして成立するものであるか)が哲学史的にどれほどの難問であったのか,ということが,『学城』第13号や「武道哲学講義〔Z〕」などで説かれていることなのではないかと思った。

 ともかく,「アリストテレスは現象論だから……」などと軽くみてしまうのではなく,事実からそれなりに論理らしきものを導きだせるようになるまでにも,大変な苦闘が必要なのだということを,まさに学問志望者たる自らの問題として,しっかりと重く受け止めておく必要があるだろう。学問への道を決して容易いものとして考えてはならない。そこをあまりに軽く考えてしまうことから,アリストテレスのウーシアを実体とか本質とか解してしまう誤りも生じてくるのではないだろうか。ここを自分の問題として考えれば,事実からまともに論理を導きだすことができていないにもかかわらず(本田克也論文の言葉を借りていえば「考える」どころかまともに「思う」ことすらできているかどうか怪しいのにもかかわらず),あたかもまともに論理的な思考を成しえているかのように錯覚してしまう,そういう誤りとつながっているといえるかもしれない。

 ともかく,学問への道の困難さをしっかりと自覚した上で,アリストテレスが,経験的な事実からそれなりに論理らしきものを導きだせるようになったことを,そこに至るまでの困難さをしっかりと踏まえた上で,まともに評価しなければならないのではないか,などということを考えさせられた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(了)
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学(9/10)

(9)論点3:アリストテレスの自然哲学はどのようなレベルのものか

 前回は,プラトンとアリストテレスの「理念」の異同に関する討論過程を紹介しました。プラトン弁証法の神髄は,イデア(絶対的なもの)が自己を規定していく(諸々の対立する規定を含みこんで自己を具体的なものとしていく)必然的な運動を把握し(ようとし)ているが,プラトン自身は実際はそのような運動として説ききれず,単に結論(普遍的なもの,理念)を静的なものとして提示しているにすぎないということになるが,そのプラトンがやろうとして十分にできなかったことを,アリストテレスは可能態(デュナミス)と現実態(エネルゲイア)あるいは完成態(エンテレケイア)という捉え方を導入することによって,理念の自己規定の運動に筋を通して説こうとした,ということでした。また,アリストテレスのいうウーシアについては,それなりに配置されているものの,体系性はなく,現象論レベルの概念であることも確認しました。

 さて今回は,アリストテレスの自然哲学に関わる論点について,どのような討論がなされたのかを紹介します。まず,論点を再掲します。


【論点再掲】

 アリストテレスの自然概念とはどのようなものであり,ヘーゲルはそれをどのような点で評価しているのだろうか。アリストテレスの時間・空間論,空虚の否定を含めて確認しておきたい。またヘーゲルは,アリストテレスの自然哲学の限界を,85頁の最後4行目から86頁にかけて総括している。ここでは,アリストテレスが運動や時間の規定において対立する諸規定を統一したことが肯定的に評価されつつ,運動は真の規定において空間と時間を自分のうちに取り戻さねばならないという課題が示され,さらに湿,暖といった契機の扱いが問題になることが示されている。ヘーゲルは,アリストテレスがこうした諸課題を十分には遂行できなかったとしているわけであるが,それは何故だと考えられているのか。



 初めに,アリストテレスの自然概念について確認しました。これについては,会員間の見解の相違はありませんでした。すなわち,アリストテレスは自然を生命として捉え,必然性と目的の二つの規定が重要だと説いており,そのうえで,必然性よりも目的の方を重視しているということです。ここでいう目的とは,エネルゲイア(形相)のことであって,デュミナス(質料)がある目的=エネルゲイア(形相)に向かって運動・発展していき,それが実現されれば,またより高次な目的=エネルゲイア(形相)に向けて運動・発展していく,そしてその運動は円環運動である,と捉えているようである,ということでした。ある会員の補足によって,自然において合目的性の概念を重視するとは,自然は自己を維持する(自己を目的として,自己を生産する)性質をもっている,と捉えることにほかならず,ヘーゲルは,アリストテレスの自然概念を踏まえつつ,ある事物の自然〔本性〕とは普遍的なものであり,自己を自己自身から突きはなして自己を実現し,自己を生みだす(再生する)自己同一的なものである,と説いていることを確認しました。

 ヘーゲルがこのようなアリストテレスの自然把握を高く評価している点も確認しました。ヘーゲルは,このような真実の自然概念は機械論の哲学と知性が原因だとする神学的自然学によって失われていたが,カントによって復興させられたと説いていることも見ました。また,ヘーゲルは絶対精神の自己運動という自身の世界観の萌芽形態を,アリストテレスの自然概念に見て取ったために,高く評価したのではないかという点でも,見解の一致を見ました。

 アリストテレスの自然概念については,チューターから次のような補足コメントを行いました。このような自然の捉え方は,当然に現代の自然科学においては排除されているが,数年前に『西洋科学史』を読んだ際に確認したように,自然の本質を無視ないし等閑視するような現代科学の自然観は,改めるべきであるし,それを前提とした論に引きずられないように注意する必要があろう,もちろん,唯物論の立場からすれば,厳密な意味で自然に目的があるわけではないが,「生命の歴史」に見るように,自然にはあたかも,人間にまで至る目的があったかのような,一本の流れが存在しており,そういうものとして自然に筋を通して把握する必要はあると思う,ということでした。これについては皆が同意しました。

 さらに,目的論的自然観があるから,庄司和晃氏のいう「岩石の教育」とかが成立するのだ,というコメントもなされました。すなわち,岩石のような自然物にも,あたかも目的が存在しているかのように仮定し,そういうところを「教育」という切り口で掴んだのが庄司氏である,ということでした。これにも皆が納得しました。

 続いて,アリストテレスの時間・空間論,ならびに,その中で展開されている空虚の否定について見ていきました。議論した結果,次のような見解で一致しました。まず,アリストテレスは空間(場所)について,最初の不動のものとして取りかこむものの最初の不動の限界であると規定しているということです。また,アリストテレスは,空虚(いかなる物体も存在しない空間)がなければ物体は運動することができず,比重の変化(同じ重さのものが大小様々な容積になること)も生じえないという考えに反論しています。充満も変化することができるのだから,その中での運動は可能であるとアリストテレスは説いています。さらに深い見地から,逆に空虚になればあらゆる区別がなくなるので,運動はなくなり,すべてが静止すると説いています。また,空虚がもし無抵抗だとすると,一つの運動ではなく,あらゆる方向への運動(散乱)が生じて物体の凝集状態が維持できないはずであるとも説いています。さらに,ある量の水が水蒸気になるとき,もし空虚な空間が浸透することによってカサが増しているのであれば,そしてその空虚な空間のために上昇運動するのであれば,空虚がそれへと動いていくところこそ,空虚の空虚ということになってしまうが,そんなことはありえないから,空虚の中ではいかなる運動も起こりえないし,空虚もまた運動することはないのだとアリストテレスは説いているのでした。要するに,場所とは物体を他から分離し区別する限界であるが,それは空虚なのではない(場所そのものは物体ではないが,空虚でもない)ということであると確認しました。時間については,「私たちは運動に前後を認めるとき,時間が存在するという。ところでこの前後がどのように規定されるかというと,私たちがこの前後を別々のものとしてとらえ,さらに両者のあいだにもうひとつ別のものを中間のものとしてとらえることによってである。私たちが推論の両極を中間のものとは別のものと考え,心が今とは一方先行するものと他方後続するものの2つであるというとき,そのとき私たちは時間があるといえるのである」と述べていることを見ました。要するに,「今」は「前」と「後」の境界であって,両者を区別するとともに統一するものである,ということでした。

 こうして辿り着いた一応の結論に対して,当初はよく分からないとか曖昧にしか理解できなかったといっていた会員も納得しました。

 最後に,アリストテレスの限界をヘーゲルがどのように捉えているのかについて,討論しました。

 ある会員は,当時はまだ人類の学的認識のレベルが現象論段階だったから,アリストテレスには限界があったのだと述べました。しかしこれは,唯物論の立場から捉えたものであって,ヘーゲルがどのように捉えていたかはちょっとよく分からないというコメントが付されました。別の会員は,自然を広く観察し,その中から単純な規定で概念を導き出すのであるが,その概念でもって現実の感性的な世界を具体的に説明しようとする際に,現象にひきずられる形で次々に下位の概念を持ってきて,統一した説明を仕切れないという状態になってしまっているのだと主張し正いた。さらに,対象について個々バラバラに把握するのみで,体系的に把握しきることができなかったということではないかとする意見も出されました。

 これらはすべて間違いとはいえないものの,非常に抽象的で漠然とした答えではないかとチューターが指摘しました。ここから,もう一人の会員が,次のように説明しました。ヘーゲルがイメージしているのは,絶対的なるものは,まず空間・時間という規定を獲得したならば,次は当然にその空間・時間という規定によって運動という新たな規定を獲得する方向に進み,そこからさらに諸々の具体的な規定を獲得していく方向に進んでいくべきものなのだという,抽象から具体へという筋の通った発展の流れです。それなのに,アリストテレスは,時間や(純粋な)運動という根本的なところについてはなかなか鋭い規定をしているけれども,そこから具体的なものへと筋を通していくことができなかったのだ,というのがヘーゲルの評価でしょう。アリストテレスにこのような限界があった理由として,経験的な現象(感性的な現象)にあまりに重きを置きすぎたために,思考が深いところまで(対立の統一として把握するところまで)浸透しきれなかったからだとヘーゲルは説いています。これは,論点1のときに議論したように,アリストテレスが(様々な
規定を対立の統一に還元することではなく)それぞれのものをそれの規定において
しっかりと捉えることを大事にした,ということとほぼ同じことだといえるでしょう。

 この説明を受けて,他の会員も納得しました。

 今の説明をした会員が,人間の認識の発展を考えると,なぜ,時間・空間は当時にあって既に深いレベルの把握がなされえたのか,不思議である,というコメントをしました。具体的な自然の現象を把握していく中で,時間・空間というものが把握されるのではなく,ゼノンやアリストテレスのように,いきなりバシッと時間・空間が捉えられてしまうのはなぜなのか,ということでした。これに対して別の会員は,それは人間の認識は,まずは一般性を把握するということに関わっているのではないか,と発言しました。すなわち,南郷先生が大勢の前で講演する例で説かれていたように,当初は個々人の顔が分からず,大勢いるなあというくらいしか反映しないのと同じで,世界を眺めるときも,個々の部分は初めは反映せず,大きな世界の枠組みから見えてくるのではないかということでした。この会員は,赤ん坊も動くものと動かないものの区別が初めにできるようになると『育児の認識学』には説かれているが,人類の赤ん坊時代も同様に,動くものと動かないものの区別がまずできるようになり,そういった運動に関わる「時間」や「空間」なるものの究明が最初に進んだのではないか,とも述べました。これには皆が同意しました。さらに,赤ん坊の認識は,唯物論的には外界の反映ということになるのだが,ヘーゲル的には規定の少ない抽象的なもの,有論(存在論)的なものということになる,このような状態から,徐々に具体的なものが見えてくるようになるのであるから,ヘーゲルのいう抽象から具体へという流れは,個体発生にも,それに対応する系統発生にも,見られるといってよいだろう,という見解も出されました。これについても皆が納得しました。

 以上のような議論で,本例会の討論を終了しました。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月14日

2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学(8/10)

(8)論点2:アリストテレスの「理念」とプラトンの「理念(イデア)」とは何がどう異なるのか

 前回は,アリストテレスのやり方の特質についての議論を紹介しました。アリストテレスは,個々の具体的な経験的事物から出発しているという点では観察者であり経験家でしたが,対象を論理化し,現象論レベルとはいえ,対象をある程度の概念にまで括ることができたのであり,これはプラトンが抽象的に実現した「対立物の統一」に向けての,必然的な前段階である,ということでした。

 さて今回は,プラトンとアリストテレスの「理念」の異同についての議論を紹介します。


【論点再掲】
 
 ヘーゲルは,「アリストテレスの理念とプラトンの理念(イデア)とは異なる」(p.28)と述べているが,それはどういうことか。「生きいきとした活動の原理」「主体性の原理」がプラトンの理念(イデア)には欠けているとあるが,これはどういうことか。「プラトンの場合,肯定的原理である理念(イデア)はたんに抽象的に自己自身と等しいものであり,圧倒的な威力であるが,アリストテレスではそれは否定性の契機である」(p.31)とある。これはヘーゲルが絶対精神の自己運動を踏まえて表現しているもののようであるが,こうした点も含めて,さらにアリストテレスのいう「実体(ウーシア)」概念も含めて,考察したい。



 この論点については,最初に核心的な問題,つまりアリストテレスの「理念」とプラトンの「理念[イデア]」はどう異なるのかについて議論し,その後,各論的な部分を検討することにしました。

 ある会員は,プラトンの理念(イデア)というものは,この感性的な世界とは別に存在している客観的な存在であったが,アリストテレスの理念は,形相,あるいはエネルゲイアとして,現実の感性的な事物の中に存在して,そのものをそのものたらしめる活動(力)であるととらえられている,吉本隆明の言葉でいうと,プラトンにおいては実体の世界と学問の世界は媒介関係であったものが,アリストテレスにおいては,両者がそれなりに直接的な統一として理解された,と述べました。別の会員は,これに同意しながら,普遍的なものが何故に普遍的なものかはいささかも解明されないまま,ただ「そういうものとしてあるのだ!」とされるだけ,というのがプラトンの理念であるのに対して,アリストテレスは,可能態(デュナミス)と現実態(エネルゲイア)あるいは完成態(エンテレケイア)という捉え方を導入することによって,理念の自己規定の運動に筋を通して説こうとしたのだ,と主張しました。さらに,ヘーゲルは「活動とは可能態から現実態への移行」と説いているが,このような「生き生きとした活動の原理」や「主体性の原理」がプラトンの理念には欠けているのだという見解も出されました。

 これらの見解を受けて,チューターは,プラトン弁証法の神髄は,イデア(絶対的なもの)が自己を規定していく(諸々の対立する規定を含みこんで自己を具体的なものとしていく)必然的な運動を把握し(ようとし)ているが,プラトン自身は実際はそのような運動として説ききれず,単に結論(普遍的なもの,理念)を静的なものとして提示しているにすぎないということになるが,そのプラトンがやろうとして十分にできなかったことを,アリストテレスは可能態(デュナミス)と現実態(エネルゲイア)あるいは完成態(エンテレケイア)という捉え方を導入することによって,理念の自己規定の運動に筋を通して説こうとした,ということであろう,とまとめました。これについては異論が出ませんでした。

 ただ,もう一人の会員は,次のように主張しました。すなわち,プラトンは絶対精神としての自己の意識(真・美・善)と,感性的な世界(この世)の事物と,真実の世界(あの世)のイデアとの3つが,それぞれバラバラなものとしてある(円環が閉じていない)という段階であるのに対して,アリストテレスは目的が自己自身を規定して理念へと進んでいく(可能的に存在するものが現実的に存在するものになるという繰り返しで理念へと至る)と考えるのだ,とのことでした。これに対してチューターは,プラトンのいう3つというのがどういうことなのか,いまいちよく理解できないと指摘しました。するとこの会員は,プラトンにあっては自分の心の中に真・美・善という絶対的な基準があるとされているが,この個々人の心の中にあるものと,感性的な世界はつながっていないし,これらとイデア界もつながっていない,という意味だと補足しました。この説明に対して,別の会員は,プラトンにおいては,自分の心の中に真・美・善があるのは,昔はイデア界の住人であったためであって,それを思い出しているという説明がなされているので,それなりにつながっているのではないかと指摘しました。この会員はさらに続けて,ここで問題とされている「円環」がどのレベルの円環であるかが気になった,先のいい方であれば,プラトンにおいては閉じていなかった円環が,アリストテレスにおいては閉じられた,ということなのか,と問いました。これに対して当初の見解を出した会員は,いやそうではない,アリストテレスにおいても完全には閉じられておらず,感性的な世界と真実の世界とのつながりはそれなりに説かれたものの,これらと自己の意識とのつながり,すなわち,これらも結局は絶対精神の一つの現われであるにすぎないという意識には,まだまだアリストテレスの段階では到達していない,この円環が閉じるのはヘーゲルに至ってのことである,と答えました。問うた会員は,そういうレベルを問題にしているのであれば分かる,と述べました。「円環」という場合,いろいろなレベルのものがありうるのであって,ある意味,プラトンにおいてもそれなりに円環は閉じているといえるのだから,どういったレベルのものを想定しているのかを明確に表現したほうがいいだろうということになりました。

 ここに関してはさらに,唯物論的な研究の方法として,常に原点に戻ってそこから辿り返すというものがあるが,これは円環を閉じきるためではないか,という意見も出されました。すなわち,一つ一つ,しっかり筋を通していかないと,閉じるものも閉じない,そういうイメージである,とのことでした。この主張の是非はともかく,ヘーゲルを読んでいく場合は,常に唯物論的な弁証法の立場から,より具体的には「生命の歴史」から,捉え返して,そこにつなげて理解していくことが大切だという点を確認しました。

 続いて各論に入りました。まず,プラトンの理念(イデア)は単に抽象的に自己自身と等しいものであり,圧倒的な威力であるのに対して,アリストテレスの理念は否定性の契機であるということについて,討論しました。この問題については,プラトンにおいてイデアは「自分だけで自立した存在」(p.31)であるのに対して,アリストテレスにおいては,自己を他から区別し規定していく運動性を持つものとして理念が把握されている,という見解や,プラトンにおいてはイデア間の移行を説くことができないことが,「たんに抽象的に自己自身と等しいもの」ということであるのに対して,アリストテレスでは,材木や石がもつ現実態が実現されていくのだという形で,過程的に捉えている,その過程で材木や石という可能態が否定されて,家という現実態が実現することになるのが「否定性の契機」である,という見解などが出されました。チューターは,要するに,「プラトンの理念(イデア)は単に抽象的に自己自身と等しい」とは,イデアが感性的な世界とは切り離されており,何か他のものへと変化していくものとしては捉えられておらず,永遠に自己同一性を保っているという意味であろう,とまとめました。これに対して,「アリストテレスの理念は否定性の契機である」というのは,質料(可能態)としての自己を否定して形相(現実態)が実現するということであろう,と述べました。これらに対してはそのような理解でいいのではないかということになりました。

 ここでチューターは,誰も直接的には答えていない問題として,プラトンの理念(イデア)が「圧倒的な威力である」というのはどういうことか,アリストテレスの理念はそうではないのか,という問いを発しました。これについて,プラトンにおいては,現実の世界はイデアの影でしかないので,影にはなんの力もないが,イデアはそれだけで圧倒的な力であり,そのことが「自分だけで自立した存在」と表現されているのではないか,との回答がありました。チューターもこれで納得しました。

 理念に関しては,次のような疑問も出されました。すなわち,「理念はさらにそれ以上のものである。それは対立するものを廃棄するが,それでいて対立するものの一方はそれ自身統一である」(Die Idee ist mehr: das Aufheben der Entgegengesetzten, aber eins der Entgegengesetzten ist selbst die Einheit.)(p.31)という文章の2つ目の文は,どういう意味かよく分からない,というものです。これについてチューターは,理念というのは媒介関係における対立がなくなってしまって,Aでありながら,それが直接にBでもあるというような直接的な統一になっている,という意味ではないかと述べました。また,いずれにせよ,ヘーゲル『哲学史』は,ヘーゲル自身が書いた文章ではなく,学生のノートをもとに再現されたものであるから,あまり細かい部分にとらわれても仕方がなく,大きな論理展開としてどのようなことを説いているのかを把握することの方が大切なのではないか,という見解も出されました。疑問を出した会員も,このくらいの理解でいいだろうと納得しました。

 論点2の最後に,アリストテレスのいう「実体(ウーシア)」についても確認しました。ヘーゲルはアリストテレスのいうウーシアを,次のように捉えているということで見解が一致しました。すなわち,単なる質料を最も低いレベルに置き,質料と形相との統一によって存在する諸々のウーシアを中間に置いて,最も高いレベルに質料を持たない絶対的なウーシアを置いている,ということです。そして,最後のウーシアは,自らは不動で永遠でありながら他のいっさいのものを動かす「不動の動者」として捉えられており,また別に「思考の思考」などとも呼ばれていることも確認しました。このように,諸々のウーシアをそれなりに筋を通して配置しているようであるということになりました。

 ここについて,ある会員は,少し注意を促しました。彼は,次のようにヘーゲル『哲学史』の本文と悠季真理先生の著書を示しました。

「アリストテレスはいま実体のさまざまなあり方を一巡吟味するのであるが,実体は彼の場合,ひとつの体系にまとめられるというよりは,一連のさまざまな実体のあり方として順次考察されているように思われる」(『哲学史(中巻の二)』p.32)


「アリストテレスは学問の素材となるものは一応すべて提示しているのだけれども,まだ雑に並べるだけであって,それはこれから組織化(体系化)していくべきである,とヘーゲル自身は考えていたようだ,ということである。このようなことからアリストテレスは,○○とは何か,○○とは何か……とそれなりに出していくようには見えても,そしてそこでそれなりに秩序づけていくようにも見えはするものの,そこ止まりであって,すべての物事を意識して,神からその中身をしっかり説くことはできていないと言えようか」(『哲学・論理学研究(第一巻)』p.85)


 この会員のいわんとしていることは,要するに,諸々のウーシアの配置は,とりあえず並べてみたというレベルのものであり,体系的に筋を通すレベルには程遠いとヘーゲルは捉えているようである,ということでした。これには皆が同意しました。

 さらにこの会員は,悠季真理先生の著書の別の個所も示しました。それは以下です。

「哲学史においてアリストテレスを論じる際に,論の中核となるべきは,『形而上学』の中心的な議題である,「(そのものの)何物であるか」に関わってである。後世,アリストテレスの存在論,実体論などと称されている。ここで通常「本質」とか「実体」とか訳されているものの中身が,当時の時代性,学問の歴史から考えれば,とうていこのように訳されるものではない! ということを我々は理解しなければならない。あくまでも原文では,「そのものの何物であるか」「そうあり続けてきているその物の何たるか」でしかあり得ず,その中身は,対象としているものの様々な現象形態を見つつ,様々な現象形態の中にも,変わらないであるもの(同じもの)を見てとろうとして,そのものはこうではなかろうか,とそれなりに論理的にとらえられたレベルにすぎないものである。……本来の学問体系構築の過程ということから考えると,まだアリストテレスは,学問への端緒についたばかりの時代であって,その時代の人間の頭脳にいきなり「本質」などは絶対に分かるわけもないことを,しっかりと理解すべきである。」(『哲学・論理学研究(第一巻)』pp.92-94)


 ここでは,端的には,アリストテレスのウーシアはせいぜい現象論レベルの論理であって,「本質」「実体」などと訳すべきものではない,ということが説かれています。これは論点1で確認した,アリストテレスの「概念」が現象論レベルでしかないことと同じことである,ということも確認しました。

 以上要するに,アリストテレスのウーシアが体系的に筋を通したものとして配置されていないという点,および,このウーシアなる概念は,せいぜい現象論レベルの論理であるから,「実体」「本質」などと訳すべきではない,という点を確認し,皆が納得しました。

 最後にチューターが補足として,この,質料しかもたないウーシアから,質料と形相の統一であるウーシアへ,そして形相でしかないウーシアへという発展の論理構造は,ヘーゲルに至って初めて体系的,構造的に,絶対精神の自己運動として,捉えられたのではないか,両極が精神的存在であり,中間が自然ということになるのではないか,と述べました。これに対して,質料しかもたないウーシアが最初の絶対精神に対応するというのは,少しおかしいのではないか,質料が精神的存在というのは納得できない,という意見が出されました。しかし別の会員は,最初の絶対精神は,抽象的な存在で何の規定もないのだから,これが第一質料に対応すると考えても問題ないのではないか,ヘーゲル論理学でいうところの有論(存在論)で説かれているような内容に相当するのではないか,と反論しました。また,この会員は,アリストテレスは直線的に説いたが,ヘーゲルは円環的に説こうとした,この過程というのは,精神が自分が何者であるのかを知る過程であったのであり,結局知ったことといえば,自分が何者であるのかということ,すなわち自分のことだけであった,そういう意味では「自己」ということで筋を通したのであり,「自己」ということをいったからこそ,円環が閉じたのではないか,と述べました。これらの点については,皆がおおよそ納得しました。

 論点2に関しては,以上で討論を終了しました。

posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月13日

2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学(7/10)

(7)論点1:アリストテレスのやり方の特質とはどういうものか

 前回は,今回扱った範囲を改めて要約したうえで,会員から出された論点を提示しました。今回から,それぞれの論点について,どのような討論がなされ,どのような(一応の)結論に至ったのかを紹介していきます。

 今回は,最初の論点についてです。端的には,アリストテレスのやり方の特質を問う論点でした。具体的には以下です。


【論点再掲】

 ヘーゲルは,アリストテレスについて観察者(経験家)でありながら最高度に思弁的でもある,「精神と自然との個々の諸側面の本質が単純な仕方で,すなわち概念形式でとらえられている」(p.19)と述べているが,これは結局どういうことか。このようなヘーゲルのアリストテレス評価を念頭に置きつつ,「思弁的」「概念」ということを唯物論の立場から捉えるならば,どのようになるだろうか。また,ヘーゲルは,アリストテレスが様々な規定を対立の統一に還元することではなく,それぞれのものをそれの規定においてしっかりと捉えることを大事にした,と述べている(p.21)が,この点に限って見れば,対立物の統一(直接的統一)を重視したプラトンに比べて後退しているかのようにも思える。このことをどう考えればよいか。



 この論点については,まず,アリストテレスが観察者(経験家)でありながら最高度に思弁的であると評価されている点について検討しました。観察者(経験家)という点については,その当時の世界の全領域の現象に関心を持ち,経験的な諸々の事実の観察から出発して研究をした,ということで意見の一致を見ました。最高度に思弁的であるという点については,研究対象をそれなりに括って抽象化できるほどの頭脳活動を行いえたということではないか,という意見が出ました。他にも,対象の本質的なものをそれなりに導き出すことができ始めたということだという意見や,感性的なものを含まない単純な仕方で精神と自然との個々の諸側面の本質をとらえることができたのだという見解も出されました。要するに,対象を論理化して,当時としてはそれなりに本質的と思われるものを導き出すことができた,ということだということでまとまりました。そして,これこそが「精神と自然との個々の諸側面の本質が単純な仕方で,すなわち概念形式でとらえられている」ということでもあると確認しました。

 最高度に思弁的ということについて,プラトンとアリストテレスを比較した見解も出されました。それによると,プラトンが絶対精神たるイデアと感覚的世界とを切り離してしまったが,アリストテレスは両者のつながりを絶対精神の運動のあり方として把握した,とヘーゲルは捉えているということでした。この点,異論はなかったものの,そうした違いはあるものの,プラトンあってのアリストテレスであるという見解も出されました。そこで悠季真理先生の『哲学・論理学研究(第一巻)』の関連個所を確認しました。そこには,次のように説かれています。

「ヘーゲルの説く思弁とは,簡単には,「思う」ことを重ねていって「思考」できるようになり,その思考を重ねていって「思索」となり,それを重ねて「思惟」となっていくこの一連の思惟への過程で,思うことがすなわち思惟,つまり考えたら解答が出せるような頭脳活動のことを証することになるのであるから。
 もっと論理的に説くならば,「思弁」とは数多の事実を論理化すなわち一般化していく過程のことであり,もう少し過程的に言えば,当初は事実を見ていく時に,自分なりの思いに囚われてしまって,なかなかそこから先へ進めずにいるのだが,何とかそういった事実レベルに囚われている自分の思いを表象化・抽象化でき,(この過程においては,相手との闘論が必須。自分をまず否定して相手の意見を受け入れて,そこからまたさらに新たな問いが出てきて反論し……そうする中で),やがてようやく一般的なレベルで物事を見てとれるようになる過程性の思考過程,それが思弁ということの実感なのである。」(『哲学・論理学研究(第一巻)』p.63)


 ここでは,プラトンの「互いに滅ぼし合う対立物の統一」との繋がりにおいてアリストテレスの思弁が位置づけられ,前者の発展形態として後者があるとされていることに注目すべきであるという意見が出されました。すなわち,他者との現実的な闘論によって自らのアタマが否応なしに対立物の統一という把握に向かわされていた段階(プラトン)を経ることで,1人でも自分のアタマのなかで諸々の対立する見解を闘わせながら対立物の統一という形で対象の概念的把握ができるようになっていく(アリストテレス),ということでした。これには皆が納得しました。

 この見解を出した会員は,ヘーゲル観念論の立場からは,認識から独立した対象など認められないので,事実の世界から論理を導きだす過程は,あくまでも認識内部の問題として,感性的認識から超感性的認識への「飛躍」(絶対精神が感性的なものを断ち切って超感性的な本来のありかたに立ち返る)として,把握されることになってしまう,と観念論の立場による把握の限界も指摘しました。さらに,『学城』第10号所収の悠季真理先生の論文をもとに,アリストテレスの「概念」は,本当は現象論レベルの論理でしかないことを確認しました。

 続いて,今の論点と多少重複しますが,「思弁的」「概念」ということを唯物論の立場から捉えるとどうなるか,議論しました。皆が南郷学派の著作・論文を引き合いに出しつつ,おおよそ一致した見解に至りました。すなわち思弁とは,「思う」→「思考」→「思索」→「思惟」という発展過程で,思うことがすなわち思惟になるような技化された頭脳活動のことであり,相手との闘論を媒介として事実を論理化していく過程のことであるということです。そして,その「思弁」の結果生まれた認識が「概念」であるということになりました。概念をきちんと規定すれば,「概念とは一言で説くならば「そのものをそのものたらしめているそのもの」である。つまり本質レベルの構造でそのものを説明したものが概念である。」(『南郷継正全集第十二巻』p.95)ということになる,という点も確認しました。

 先のプラトンからアリストテレスへという発展の話と同じですが,チューターは,相手との討論の過程を経ることによって,自分の頭の中だけで討論が可能となっていき,その頭の中の討論によって,概念を生み出していくことが可能となる,ということが重要だとまとめました。ここに関して,別の会員は,テキストの次の箇所を指摘しました。

「彼はまたこれまでの哲学者たちのさまざまな思想を呼び出し,それらをしばしば経験的に論駁し,あれこれと論究を巡らせながらそれらを訂正し,このようにしてやがて本当の思弁的規定に到達する」(中巻の二,p.20)


 アリストテレスが頭の中で討論して,その結果思弁規定(=概念)に到達するという記述です。このような思弁の過程を辿れるようになったのがアリストテレスの段階であるということを再確認しました。

 少し違った観点からの見解も出されました。それは,エンゲルスや三浦つとむはヘーゲルのいう「思弁」を低く評価していたが,「思弁」の「弁」は,「弁証法」の「弁」であり,「思弁」という言葉は弁証法の発展を踏まえて創られた言葉ではないか,というものです。これに対して,別の会員は,そういえば南郷学派が「思弁」という言葉について説き始めたのは,ここ2,3年のことであり,「思弁」の「弁」は「弁証法」の「弁」であることに大きな意義を見出したという可能性もあるのではないか,と述べました。最新号の『学城』第13号にも関連する論文があるということなので,目的意識的に読み取っていこうということになりました。

 最後に,対立物の統一(直接的統一)を重視したプラトンに比べて,それぞれのものをそれの規定においてしっかりと捉えることを大事にしたアリストテレスは後退しているのか,という点について,討論しました。これについて,ある会員は,後退といえなくもないが,自然のあらゆる対象を「対立物の統一」として把握する前提として,それぞれの対象をそれぞれの規定においてとらえることが必要となったのであり,それをなしたのがアリストテレスであったということではないか,と述べました。別の会員はアリストテレスは,諸々に現象している現実世界の個々の対象を単純な規定として概念的に把握することを重視したのであって,対立の統一に還元するということを特に意識的に重視したわけではないということであろう,と指摘し,実際は,「水の表面と見られるものは,また空気の表面でもある」(p.67),「今とは一方先行するものと他方後続するものの2つである」(p.75)のように,プラトンよりも見事に対立の統一を行っているところもあると主張しました。さらに,プラトン弁証法における対立物の統一が悪くいえば言葉遊びのようなものによって達成されている印象があるのに対して,アリストテレスは,あくまでも事実をきちんと見た上でそれを(現象論レベルであるが)論理化する,ということをやろうとした,対象の諸々の側面をそれぞれとしてきちんと押さえることに注力したのだという見解も出されました。それぞれ表現は違っていても,ほぼ同じような内容であるとして,チューターは次のようにまとめました。すなわち,プラトンはいわば認識のゴール(目標)を「対立物の統一」という形で示したが,自分自身は抽象的にしかその目標を達成できなかった,アリストテレスはこのプラトンの示したゴール(目標)は当然の前提としながらも,そこに至るために具体的な経験的事実を出発点としてしっかりと設定し,部分的には対立物の統一として把握できた対象もあるけれども,世界全体をこの原理で把握するまでには至らなかった,ということです。およそ,このような理解でいいのではないかということになりました。また,最初に議論した観察者(経験家)ということが,それぞれのものをそれの規定においてしっかり捉えるということにつながっているという指摘もなされました。

 論点1に関しては,以上のような議論がなされました。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月12日

2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 これまで,4回にわたって,今回のテキストの範囲の要約を紹介してきました。ここで,今回の範囲の内容を,大切なところを中心に,再度,まとめ直しておきたいと思います。

 はじめにヘーゲルは,アリストテレスは宇宙の全領域と全側面に深く突き進み,それらの豊かさと多様さとを概念的に把捉したので,彼ほど包括的で思弁的な人はいない,と述べていました。その生涯として,17歳の時から20年間,プラトンの元で研鑽したこと,その後15歳のアレクサンドロスの教育を引き受けたこと,アテナイでリュケイオンという学園を開いたことなどが紹介されていました。

 アリストテレスのやり方の特質について,ヘーゲルは,精神と自然との個々の諸側面の本質が単純な仕方で,すなわち概念形式で捉えられている点にあると説いていました。また,アリストテレスにとって大事なのは,様々な規定を対立の統一に還元することではなく,むしろ反対にそれぞれのものをそれの規定においてしっかりと捉えることであったされていました。さらに,アリストテレスは普遍的なものを強調せずに,神の理念を唯一の絶対者としてではなく,ひとつの特殊者として他のものと並んだ位置に置いていた,と説かれていました。

 次に,アリストテレスの思弁的理念を『形而上学』から読み取る試みがなされていました。プラトンの理念は総じて客観的なもので,そこには生き生きとした活動の原理,主体性の原理が欠けていたのに対して,アリストテレスは,理念の諸契機の関係を詳細に捉え,これら諸規定相互の関係を活動一般として把握していたのであり,生き生きとした活動,主体性の原理は,本来アリストテレスのものであると説かれていました。アリストテレスはヘラクレイトスやエレア派に対抗して目的の実在を主張し,ピュタゴラス派やプラトンに反対して活動という概念を主張したとされていました。活動はどこまでも自己同一的なままの変化であり,自己自身を規定することである,目的は自己を規定する働きであり,自己を実現するものである,と説かれていました。

 続いて可能態(デュナミス)と現実態(エネルゲイア)または完成態(エンテレケイア)について説かれていきました。アリストテレスにおいては,可能態は抽象的な普遍的なもの一般であり,現実態つまり形式がはじめて活動であり,実現するものであり,自己を自己と関係づける否定性であるとされ,質料はたんに可能性であり,形相がそれに現実性を与えると説かれていました。また,ふたたび理念について説かれ,プラトンの場合,肯定的原理である理念(イデア)はたんに抽象的に自己自身とひとしいものであり,圧倒的な威力であるが,アリストテレスではそれは否定性の契機(他在,すなわち対立を揚棄するものであり,対立を自己の内に連れもどすもの)である,とされていました。

 この後,一連のさまざまな実体のあり方が説かれていきました。すなわち,形相とは区別される質料という外的な形式をもつ有限な実体(感性的感覚的実体),そこに活動性が入ってくる実体,そして最高の頂点である可能態と完成態との統一であるような実体でした。最後の真実で絶対的な存在である絶対的実体をアリストテレスは,不動で永遠なものであると同時に動かすもの,純粋な活動であり,これが普遍的契機である,と規定すると説かれていました。

 ヘーゲルはアリストテレス哲学の主要点として,思考と思考されたものとがひとつであること,客観的なものと思考(現実態)が同一であることを挙げていました。概念からいうと,真なるものは主観的なものと客観的なものの統一であり,アリストテレスもこのもっとも深遠な思弁的形式において研究を重ねたというわけです。

 さて次に,ヘーゲルはアリストテレスの自然哲学の考察に移行します。ヘーゲルは,アリストテレスは思惟する経験家であって,経験的なものから概念をつくりあげる,経験的であるようで最高度に思弁的である,と評価していました。

 ヘーゲルによると,アリストテレスにおける自然の理念においては,目的の概念と必然性の概念が重要視されているが,必然性を合目的性の外的条件と見た,とのことでした。アリストテレスは自然を,それ自身のうちに目的をもち,自分自身と一体的で,自分の働きの原理であって,他に移行するのではなく,自分自身の固有の内容にしたがって変化を適宜制御し,そのことによって変化しながらも自己を維持する,そういう生命としてとらえたと説かれていました。目的の概念について,ヘーゲルは,可能的なもの(質料)は合目的なもの,すなわち,特定の概念(形相)への手段であり,その結果この手段によって諸契機が確定されるのであり,目的とは他者において自己を再興するものという概念であると説いていました。自然の産出するものはそれ自身において目的であり,自己目的であり,自分を自分に関係づける行為であり,ある結果を生む原因であり,したがってこの結果がまた以前の原因の原因である,ということでした。必然性の概念については,目的と質料(必然的なもの)の両方が原理として立てられるべきだが,目的の方が質料に対してより高い原理であり,真の根拠であり,他を動かすものであると説かれていました。目的は必然的なものを必要とするが,それを自分の支配下にとどめ,勝手気ままを許さず,外的必然性を抑制するのだということでした。

 この後,運動や場所(空間),それに時間について,アリストテレスの見解が考察されていきました。アリストテレスは,運動は活動であり,実現の働きである(完成態であり,可能態から現実態への移行である)と規定した,ということでした。運動は動かすものによる動かされるものの活動であり,動かすものの活動も動かされるものの活動であって,両者のひとつの活動であると説かれていました。アリストテレスは場所(トポス)を,最初の不動のものとして取りかこむものの最初の不動の限界である,と規定しているとのことでした。また空虚な空間というものをアリストテレスがいかに否定したかも確認されていました。時間については,「私たちは運動に前後を認めるとき,時間が存在するという」というアリストテレスの言葉が引用されていました。

 最後に,物理的な過程の問題が取り扱われていました。運動のうち,「どこへ」動かされるかが「どこから」動かされるかより以上のものであるのが変化と呼ばれること,変化には,非主体から非主体へ,主体から主体へ,非主体から主体へ,主体から非主体へ,という4つがあることが説かれていました。ゼノンの弁証法については,運動や変化がないのではなく,否定的で普遍的なものが再び肯定的なものとして定立されるのであり,それによって可分性があらわれるのであると説かれていました。また,アリストテレスは原子に反対して,単純で不可分な存在である原子は変化することができずいかなる真理ももちえないと述べていることが紹介されていました。さらに,アリストテレスは,最初の動かすものはそれ自身不動であり,絶対的な運動は円運動であるとしていたこと,絶対的な円運動がなすものは重くも軽くもなく,どのような変化もないとしていたこと,それはエーテルと呼ばれていること,などが説かれていきました。

 今回の範囲の最後の部分で,ヘーゲルはアリストテレスの限界に触れていました。アリストテレスは,時間や運動を規定するとき,対立する諸規定をひとつに統一したが,運動はその真の規定においては,空間と時間とをもう一度自分にとりもどさねばならず,運動がこれら空間時間の実在的諸契機の統一であり,それらの諸契機にそくして現われるものであることが明らかにされなければならないのに,さらになお,暖,湿など自身を過程の概念のもとに引き下ろされねばならないのに,それができていないというのでした。経験的なものは個別的な仕方で扱われ,ばらばらになってしまうのがアリストテレスの限界であるということでした。

 さて,以上のような内容に関わって,会員から様々な論点が提出されました。それをチューターが3つにまとめましたので,以下に示しておきます。


論点1:アリストテレスのやり方の特質とはどういうものか

 ヘーゲルは,アリストテレスについて観察者(経験家)でありながら最高度に思弁的でもある,「精神と自然との個々の諸側面の本質が単純な仕方で,すなわち概念形式でとらえられている」(p.19)と述べているが,これは結局どういうことか。このようなヘーゲルのアリストテレス評価を念頭に置きつつ,「思弁的」「概念」ということを唯物論の立場から捉えるならば,どのようになるだろうか。また,ヘーゲルは,アリストテレスが様々な規定を対立の統一に還元することではなく,それぞれのものをそれの規定においてしっかりと捉えることを大事にした,と述べている(p.21)が,この点に限って見れば,対立物の統一(直接的統一)を重視したプラトンに比べて後退しているかのようにも思える。このことをどう考えればよいか。



論点2:アリストテレスの「理念」とプラトンの「理念(イデア)」とは何がどう異なるのか

 ヘーゲルは,「アリストテレスの理念とプラトンの理念(イデア)とは異なる」(p.28)と述べているが,それはどういうことか。「生きいきとした活動の原理」「主体性の原理」がプラトンの理念(イデア)には欠けているとあるが,これはどういうことか。「プラトンの場合,肯定的原理である理念(イデア)はたんに抽象的に自己自身と等しいものであり,圧倒的な威力であるが,アリストテレスではそれは否定性の契機である」(p.31)とある。これはヘーゲルが絶対精神の自己運動を踏まえて表現しているもののようであるが,こうした点も含めて,さらにアリストテレスのいう「実体(ウーシア)」概念も含めて,考察したい。



論点3:アリストテレスの自然哲学はどのようなレベルのものか

 アリストテレスの自然概念とはどのようなものであり,ヘーゲルはそれをどのような点で評価しているのだろうか。アリストテレスの時間・空間論,空虚の否定を含めて確認しておきたい。またヘーゲルは,アリストテレスの自然哲学の限界を,85頁の最後4行目から86頁にかけて総括している。ここでは,アリストテレスが運動や時間の規定において対立する諸規定を統一したことが肯定的に評価されつつ,運動は真の規定において空間と時間を自分のうちに取り戻さねばならないという課題が示され,さらに湿,暖といった契機の扱いが問題になることが示されている。ヘーゲルは,アリストテレスがこうした諸課題を十分には遂行できなかったとしているわけであるが,それは何故だと考えられているのか。



 次回以降は,それぞれの論点について,どのような討論が行われ,その結果,どのような(一応の)結論に達したのかを,紹介していきたいと思います。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編