2017年01月17日

一会員による『学城』第4号の感想(2/13)

(2)全ての学びを一般論に収斂させ、全ての事実を一般論から説く

 今回から、『学城』第4号に掲載されている各論文について、順次その感想を述べていきたい。

 初めに取り上げるのは、加納哲邦先生の国家論論文である。この論文では、滝村隆一の国家とは何かの論理的把握が概観され、加納先生の国家の概念規定が述べられる。

 本論文の著者名・タイトル・リード文・目次は以下である。なお、『学城』誌上では、目次はなく、本文に項番のみ振られているため、その項番に私なりにタイトルを付して目次とした。

加納哲邦
学的国家論への序章(最終回)
―国家とは何かを問う―

 「序章」の最後として、滝村隆一氏『マルクス主義国家論』における国家の把握のおよその全貌と国家の本質を簡潔にまとめ、ヘーゲルの国家とは何かにふれてから、最後に筆者の国家の概念規定について解説する。

 〈目 次〉
 (1) マルクス主義国家論者は誰もヘーゲルの「絶対精神」の構造を理解できなかった
 (2) 滝村の説く広義の国家の2つの見方
 (3) 滝村は国家の本質を政治的支配だと捉えた
 (4) ヘーゲル『法の哲学』は国家論を説いたものではない
 (5) 「国家とは社会の実存形態である」とはどういうことか

 本論文ではまず、マルクス主義国家論を論じる誰もが、ヘーゲルから大きな影響を受けているにもかかわらず、ヘーゲルの学問の中身を受け継いでいないと説かれる。具体的には、「絶対精神」の運動形態、学問レベルでの弁証法性を誰も理解できなかったというのである。このことを踏まえて、滝村隆一の国家の把握が広義の国家を中心に詳述される。滝村は広義の国家を2つの見方で構成されたもの、つまり内部体制的な政治的諸関係と他国との関係における対外的な側面との2つの見方で構成されたものだとしたというのである。さらに滝村が国家の本質について、政治的支配であり政治の実存形態だとしたことが紹介される。そして、こうした滝村の規定に対して、国家の本質を述べたものだといえるのかという疑問が呈されるのである。続いてヘーゲル『法の哲学』における国家に関する記述が取り上げられ、これは国家を説いたものではなくて、国法学を説いたものであることが述べられる。そして最後に、筆者の国家の概念規定である「国家とは社会の実存形態である」に関して説明されていく。すなわち、人類は共同体としてしか生存できないこと、その共同体=社会は国家としてのみ実存できることが、国家が国家内でも他国家との関係でも社会の治安・秩序を守り続けている実態を踏まえて説かれていくのである。

 この論文に関してまず取り上げたいのは、本稿のテーマである「一般論を掲げての学びの重要性」へと至る道筋についてである。どういうことかというと、一般論を措定し、それを掲げて学んでいくということは確かに重要かもしれないが、まずは一般論を掲げることができるだけの実力をつけるための学びの過程が必要であって、この流れ、道筋がどのようなものかをしっかりと確認しておく必要があるのではないかということである。

 この観点で本論文を読んでみると、次のようなことが明らかになるのではないかと思う。すなわち、まずは自らの対象とする専門分野の先学の個々の業績を自分の実力と化すよう研鑽する過程が必要であって、この過程を経た上で、その対象とする個別科学が如何なる過程で発展してきているのか、その必然性を論理的に把握するとともに、現時点での最高峰の成果について、「一」から全てを説き切れているのかを考察しつつ、その「一」を措定すべく対象と格闘するレベルで関わっていくことである。この論文でいえば、国家の一般論を措定するためには、ヘーゲルから滝村までの国家論の内実を深く研鑽するとともに、それぞれの論者の国家論において何が解明され何が課題として残されたのかを大きな流れとして把握し、その上で、それぞれの国家の規定が国家の本質から説き切られたものかどうかを検討しつつ、現実の国家に関わるあらゆる問題に取り組みながら国家の一般論を措定すべく研究を重ねていくということである。この論文を読んでいくと、加納先生がこうした学びの道筋を辿ってこられたことがよく分かるような展開になっていることに気づくはずである。

 さらに重要なことは、こうした研鑽過程が可能となるためには、ヘーゲルの著作を中心とした哲学一般の学びの過程を重ねておく必要があり、加えて哲学一般の学びのためには、一般教養レベルの学びが必須であるということである。全ての個別科学は、哲学から分離独立したものである以上、全体を把握することなしには部分は正しく掴みとれないものであるし、世界全体の理解のためには、一般教養レベルの学びが必要不可欠だからである。

 我々京都弁証法認識論研究会は、以上の観点に立って、ヘーゲル『歴史哲学』、『哲学史』を共通の課題として学んできたし、今年からはカント『純粋理性批判』にも挑戦していくことになっている。部分たる個別科学を確立するためには、全体たる哲学の学びが必須であるとの観点に立って、経済学、認識論、教育学、言語学と、それぞれの専門分野は異なるものの、哲学的研鑽については共同作業での学びを実践してきているのである。さらに、それぞれの個別科学において、先学がどのような業績を残してきたのかについて、個別科学史として、論理的に個別科学の発展過程を辿っていく努力も合わせて行ってきているところである。このような学びを経て、それなりに個別科学における一般論が措定できていくのである。

 さて、ここまで述べた「一般論を掲げての学びの重要性」へと至る道筋での学びを押さえた上で、では一旦一般論を掲げることができたなら、その後如何なる学びを行っていく必要があるだろうか。この答えに関しても、本論文では実践的に解答が与えられているのである。

 加納先生は、国家の概念規定である「国家とは社会の実存形態である」という一般論を提示した後で、p.18で「我々は、なぜ安全に社会生活を送ることができるのだろうか」と問い、その答えとして、それは「社会が国家によって、社会の治安・秩序が守られているからこそなのである」と説かれているのである。より具体的には、「例えば、家にいきなり暴漢が襲ってきて、家財を略奪されたり、大切な家族を殺されたり、暴行されたりすることがない」、「道で強盗に会わない」、「店で売っている食べ物に毒が入っていないだろうという前提で暮らせる」、こうしたことは、「社会がまさに国家として実存しているからに他ならない」のであって、「具体的には、国家の法に従わない者は警察に捕まり裁かれるからこそ、我々は安全に社会の中で暮らしていけるのである」と説かれているのである。

 ここから学ぶべきことは、自らの専門分野の対象について一般論を掲げたならば、あらゆる具体的事実がこの一般論から説けるかどうかしっかりと吟味してみるということである。諸々の学びを経て措定した一般論であっても、対象とする専門分野の事実が偏っていたために、あらゆる事実を説くことができないような一般論の規定になってしまっている可能性もあるから、一度掲げた一般論からあらゆる事実が本当に説けるのかという検証過程を持つ必要があるのである。こうした事実と論理(一般論)の「のぼりおり」の過程を通じて、先に掲げた一般論を精査していくのである。あるいは加納先生のように、一般論の確かさを論述において実証していくのである。

 以上、本論文からは、一般論を掲げる実力を把持するための学びの過程と、一般論を掲げての学びの過程とが如何なるものかを学ぶ必要があることを説いた。端的には、事実から一般論へ、一般論から事実への「のぼりおり」が学問構築において非常に重要だということであった。
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2017年01月16日

一会員による『学城』第4号の感想(1/13)

《目 次》(予定)

(1)「一般論を掲げての学びの重要性」が『学城』第4号の全体を貫くキーワードである
(2)全ての学びを一般論に収斂させ、全ての事実を一般論から説く
(3)一般論から具体的事実を説いていくことの重要性
(4)一般論から事実に問いかける重要性
(5)一般論を掲げての学びは学問を構築する上での鍵である
(6)一般論は血肉化するレベルで鍛えておく必要がある
(7)人類の認識の発展過程を一般的に押さえておくことの重要性
(8)一般論を掲げての学びを通して対象の構造を深めていく
(9)一般論を措定するためにはより広い対象についての一般論を踏まえる必要がある
(10)人間に関する問題を説くには「生命の歴史」を踏まえる必要がある
(11)「悟り」と一般論との共通性とはどのようなものか
(12)学問構築のためには「人間とは何か」、「国家とは何か」を学ぶ必要がある
(13)我々はどのような研究活動を行っていくのか


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(1)「一般論を掲げての学びの重要性」が『学城』第4号の全体を貫くキーワードである

 本稿は、日本弁証法論理学研究会編集の学術誌『学城』を読み、その感想を認めることによって、学問を自力で創出していく土台となる学問力を創り上げていくことを目的として執筆する小論である。

 これまで、2011年9月28日から『学城』第8号の感想を本ブログに掲載して以来、第9号、第10号、第11号、原点に立ち返って第1号、最新号に戻って第12号、ここからジグザグに第2号、第13号、第3号とそれぞれ感想を執筆してきた。本来であれば、ここでまた最新号に戻っての感想論文となるところだが、本稿を執筆している2016年10月現在、第14号は発刊されていない。そこで今回は、第4号を取り上げ、じっくりと読んでいくこととする。

 第4号の大きな特徴として、第3号までは表紙に記載されていた「弁証法編」という文言がなくなっていることが挙げられる。どうしてこのことが「大きな特徴」といえるかといえば、それは「編集後記」に記載されている以下の中身に関わる。

「前号までの『学城』の表紙に「学問への道」とあり、その下に小さく「弁証法編」と書かれていたことは、前号までの読者の方々は当然に目にされているはずである。その文字が今号から消えることになる。
 …真の学者やまともに学問を追求する人たちにとっては、自分の専門分野を学問化するには「弁証法の学び」というより、「弁証法を駆使できる能力」は必須なのである。
 …だが『学城』も第4号ともなれば、もっと上の段階を目指すべき時にきている。そこで「弁証法はもはや常識」として次のレベルへと昇っていくことにした。」(pp.213-214)

 さらっと説かれているが、ここでは凄まじいレベルのことが説かれている。つまり、第4号から「弁証法編」という文字が消えたのは、学問体系を構築するために必須の弁証法が重要ではないという意味では決してなくて、「弁証法がもはや常識」であるというレベルに達したからである、ということである。「弁証法を駆使できる能力」を手にしたのだから、学問の体系化に向けて、次の段階に進んでいくという宣言の意味を込めて、「弁証法編」という文字を削ったのだということである。それゆえ、第4号からは一段と高いレベルの論理展開を含む論文が掲載されているものとして、読者に大きな覚悟が求められているのである。これが第4号の「大きな特徴」なのである。

 ここで問題にしなければならないことは、では「次のレベルへと昇っていく」という場合の「次のレベル」とは具体的にどのようなことであるのかということである。この問題を考える際に参考になるのは、「巻頭言」で説かれている以下の文章である。

「学問レベルの論文というものは、まず第一に問題にされるべきことは、その論理性にある。」(p.1)

「端的に論理とは、自らが究明したい専門的対象の事実という事実に横たわる性質の共通性を導きだして後、そこを一般性レベルで把持できたものを最低限として成立可能なものである。それだけに、論文を書くためには、少なくとも対象的事実の共通性をまずは導きだし、そこを一般性として把持できるだけの実力を必要とする。」(同上)

 ここでは、学問レベルの論文においては、何よりも論理性が問題にされなければならないこと、論理とは、自分の専門的対象の事実の共通性を一般性レベルで把持できたものが最低ラインであること、こうした対象的事実の共通性を一般性として把持できる実力が論文執筆=学問への道には必要であることが説かれている。

 以上の「巻頭言」の内容を踏まえるならば、「編集後記」において「次のレベル」とされている中身は、自分の専門的対象の事実の共通性を一般性レベルで把持できる実力、つまり自分の専門分野の対象の一般論を措定できる実力ということになるのではないか。「弁証法を駆使できる能力」を踏まえて、次の段階では、対象たる事物・事象の一般論を高く掲げ、そこから対象的事実に問いかけ続けることで、対象の構造を把握していく必要があるということが示唆されているのではないか。

 ここで、「一般論」とはどのようなものか、P江千文『看護学と医学(上)』の内容を参考に確認しておきたい。「一般論」とは、簡単にいえば、専門的対象を一言で言い表したものである。例えば、看護の「一般論」といえば、「看護とは、生命力の消耗を最小にするよう、生活過程を整えることである」ということになるように、専門的対象をズバリと概念規定したものである。こうした「一般論」を措定するためには、専門的対象に関わるあらゆる具体的な事実という事実の共通性を把握する必要がある。ここで注意すべきことは、その共通性を把握した論理を「一般論」として掲げるにしても、この「一般論」はあくまでも仮説的なものだということである。なぜなら、本当の「一般論」、すなわち本質論と呼べるレベルの論理を把握するためには、「一般論」から対象的事実に向って問い続けけることで、対象の構造を把握し、こうした過程と重ねる形で、「一般論」をヨリ高めていく必要があるからである。簡単にまとめるならば、対象とする事物・事象の共通性をまずは仮説的一般論として措定し、これを導きの糸として対象的事実に問いかけ、一般論をヨリ構造に踏み込んだ形で修正していく必要があるということである(詳しくは上述の著作をしっかりと学んでほしい)。

 第4号においては、こうした学問への道が全編にわたって説かれているのではないか、全編にわたって学問の構築過程の「次のレベル」が展開されているのではないか、こうした観点から、第4号を学んでいく必要があるのではないか、これが本稿の問題意識である。

 以上を踏まえて本稿では、第4号の各論文において「一般論を掲げての学びの重要性」が隠れたテーマとして説かれているという観点から、それぞれの論文から学ぶべきことを執筆していきたいと思う。もちろん、それ以外の事柄についても、特に筆者の専門分野たる言語の問題を中心に、学問を創出するための過程の学びを行うべく、しっかりと執筆していきたいと思う。

 では最後に、『学城』第4号の全体の目次を以下にお示ししておく。

学城  第4号


◎加納哲邦  学的国家論への序章(最終回)
      ―国家とは何かを問う

◎悠季真理  古代ギリシャの学問とは何か(4)

◎悠季真理  古代ギリシャ哲学、その学び方への招待(4)
      ―ポリス社会が誕生するまでのギリシャ小史

◎瀬江千史  「医学原論」 講義 (4)
      ―時代が求める医学の復権

◎本田克也  ウィルヒョウ 『細胞病理学』 なるものを問う(中)
 瀬江千史 ―研究至上主義は学問への道を断つ

◎諸星史文  学問形成のために問う医学の歴史(4)
 悠季真理 ―医学史とは何か

◎小田康友  日本近代医学教育百五十年の歴史を問う(3)
      ―医学教育論序説

◎志垣 司  障害児教育の科学的な実践理論を問う

◎横田政夫  「バリアフリー住宅」は転ばぬ先の杖か
      ―人間にとって「住宅」とは何か

◎井上真紀  青頭巾 ― 『雨月物語』 より(下)
      ―悟りへの道を考える(2)

◎田熊叢雪  現代武道を問う 〔T〕 ―居合とは何か(4)

◎南郷継正  東京大学学生に語る 「学問への道」(2)
      ―平成十六年、夏期東京大学合宿講義

◎南郷継正  欧州版 『武道の理論』
 悠季真理 ―科学的武道論への招待(U)

◎悠季真理  編集後記

 次回以降、順次各論文の感想を認めていくが、その際、この第4号全体を貫く「一般論を掲げての学びの重要性」というテーマを常に念頭において、論を展開していくこととする。なお、連載回数の都合により、本稿では田熊叢雪「現代武道を問う〔T〕 ―居合とは何か(4)」及び南郷継正、悠季真理「欧州版『武道の理論』 ―科学的武道論への招待(U)」を取り上げることができないことを予めご了承いただきたい。
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2017年01月15日

『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想(5/5)

(5)論理と共に教育者としての生き様を学ばなければならない

 本稿では、志垣司・北嶋淳『障害児教育の方法論を問う』を取り上げ、そこにどのような意義があり、何を学ぶべきかについて、教師として、また教育学を構築しようとする者として感じたことをまとめてきました。

 ここで、これまでの流れを振り返ってみましょう。

 最初に、お二人の先生が障害児教育に対してどんな問題意識を抱き、障害児教育はどうあるべきだと考えたのかを見ました。「現象的なニーズの把握の細分化と、それらに応じた専門的な働きかけの連続が、かえって障害による成長の歪みを大きくしていく事実さえ、数多く見うけられる」という現状に対して問題意識を抱いておらえるのでした。これは通常学級の例で言えば、算数が苦手な子に対して、無理矢理算数をやらせてできるようになったとしても、算数が大嫌いになったとしたら果たして教育と言えるのかどうかと同じ問題なのだということを説きました。そこでそもそも教育とは何か、医療である機能訓練とは何が違うのかが問われ、両者は目的が違うのであり、歩くことで言えば、医療は歩くことそのものが目的であるのに対して、教育では子供の主体性と目的意識が社会性と共に培われるようにすることが目的だということが説かれていたのでした。したがって、教育の場合は何かができるようになったという現象の背後にある認識にこそ目を向けなければならないのであり、このことを明確にしたことが本書の意義なのだということでした。

 続いて、お二人が定められた障害一般論および障害児教育一般論にはどのような意味があるのかを見てきました。障害とされる状態が大きく改善していった事実と、そもそも人間は「社会的関係の中で、かつ社会性を持つべく育てられて、はじめて人間として成長できる」という南郷先生の人間一般論を踏まえて、「障害には何らかの原因によってもたらされた回復不能の問題と、本人あるいは周りによって『つくりつくられたもの』としての問題の二重構造があり、たとえ障害の本体は消せないとしても、障害を組み込んで学習してしまった結果、つくりつくられた部分に対しては、教育として働きかけることができるし、そのように教育していくことで『障害』として現象しているものを変えていくことができるのだ」(p.87)という障害の二重構造を明らかにされたのでした。さらに、「障害を負うとは、実体及び機能上の不可逆的な変化によって、そのままでは環境との相互浸透ができにくくなることである」から、「成長過程における障害による認識(=像)の歪みを最小にするように環境を整えながら、文化遺産の継承を可能な限り大きくさせていくこと」こそ障害児教育であると定められたのでした。これはどんなに重い障害であっても教育できる可能性があることを示す一般論であり、そうした障害児と関わる親や教師に大きな励ましを与えるものなのだということでした。

 最後に、本書が「理論的方法論の構築過程をたどれる」ものとして執筆されていることを踏まえて、そもそも理論化の過程とはどのようなものか、とりわけ一般論を掲げて構造に分け入るとはどういうことかについて具体的なイメージを描くようにしました。構造という言葉は、もともと建物から来ていて、「外の壁などをひっぺがしてでてくるそのものを成り立たせている大事な柱、骨組み」のことを言うという南郷先生の説明を踏まえて、家(障害児教育)についての認識がどのように深まっていくのかを考えてみました。まず一般論を掲げるとは、家(障害児教育)とはこういうものと定めることであり、自分の研究する対象を明確にすることだということでした。その上で、自分の研究対象に入っている個々の家(個々の障害児教育)を1つ1つ見ていき、その骨組みがどうなっているかを調べることが構造に分け入るということであり、そうやって1つ1つの骨組みを明らかにして、それらを論理的に整理する過程が構造論を構築する過程だということでした。

 本稿を終えるに当たって、この理論化への過程とはどういうものであったのかを別の角度から考えてみたいと思います。

 本書を読んでいて、筆者が非常にひっかかった表現は、「『それは障害ゆえだよ』という答えが返ってくるかもしれません」というものです。この種の表現が本書の中でたびたび、ある意味くどいほど登場してきます。これは何故なのだろうと考えるに、恐らくは障害のある子を見て「なぜこの子は健常児と違うのだろう」と問うお二人に対して、周囲からたびたび投げかけられた言葉だったのではないでしょうか。そして、この言葉こそ、障害に対する(場合によっては親も含めた)世間の考え方(社会的認識)を表したものだったのだろうと思います。それに対して、「決してそうではないのだ!そう考えたらどうしようもないではないか!」と反発し、そのことを事実として、理論として示したものが本書だと言えるでしょう。

 それを踏まえるならば、お二人が歩んで来られた障害児教育の理論化の過程は、障害に対する社会的認識への闘いの過程であったとも言えるでしょう。

 では、なぜそうした過程を歩むことができたのか、その根本的な原動力は何なのかと言えば、「目の前の子どもを何としてでも変えたい!」という教育者としての愛情だと言えるでしょう。そして、その愛情を裏付けるものこそ「人間は育てられて人間となる」という人間一般論にほかなりません。「人間は育てられて人間になるんだから、今の状態も育てられた部分があるはずだ!それに、こちらの育て方次第で育てたように育っていくはずだ!」という思いを抱いて実践に取り組まれたのだろうと思います。

 恐らくは、その過程において、どうしても子どもを変えていくことができず、自らの無力感に襲われるとともに、当初掲げた人間一般論に対する疑問が生じるような場面もあったのだろうと思います。そうした中でも信念として掲げ続けて実践に取り組んだ結果、当初は信念として抱くしかなかったものが、徐々に確信へと変わっていくとともに、その過程で明らかになった障害児教育の論理を駆使すれば、より見事に実践を導いていくことがわかってきたのでしょう。だからこそ、「あとがき」で以下のように書いておられるのでしょう。

「学問の力は本当にすごいと感じる日々である。しかし、その奥を訪ねる時、そこから真に学ぶことは『負けないこと』『諦めないこと』『人間は変わり得る存在である』という人間としての『精神』の力であると思っている。それこそが、目の前の障害児、育てていく母親、そして自分達の人生に必要とされることであり、そして勇気を与えてくれるものだと思っている。」(p.217)


 ここで言われる「学問の力」とは、人間の可能性(ここは障害児本人の可能性とそれに働きかける教育者の可能性の2つがあると言えるでしょう)を最大限に引き出す力、現実化する力のことであり、そもそもそうやって引き出される可能性を人間はもっているのだ、そういう人間としての精神の力を信じること、またその力を発揮させてくれる学問を身につけることが大切なのだということです。この言葉は、「人間は精神であるから,最高者にふさわしく自分自身を尊敬してよいし、また尊敬すべきである。」と説いたヘーゲルのハイデルベルク大学の就任演説を彷彿させるものがあります。

 障害児に対する社会的認識との闘いの過程を歩んでこられたことに思いを馳せたとき、この言葉のもつ重みを感じずにはいられません。お二人が提示された論理とともに、その教育者としての生き様をしっかりと継承して、今後の自らの研鑽に励んでいきたいと思います。そして、すべての子どもがその可能性を現実のものにできるような教育学の構築を果たしたいと思います。
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2017年01月14日

『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想(4/5)

(4)理論化の過程を示した

 前回は、『障害児教育の方法論を問う』から学ぶべき意義として、障害児教育の理論的な可能性を示したという点を取り上げました。障害の二重構造および障害を負うとはどういうことかを明らかにしたことは、障害児教育が可能であることを示すとともに、障害児教育に携わる親や教師に大きな励ましを与えるものになったのだということでした。

 本書はこのように障害児教育の論理が明らかにされているのみならず、そもそも理論化への道はどのようなものなのかを示すものでもあるとされています。例えば、あとがきでは次のように書いておられます。

「本書をまとめる過程で気づかされたことがある。それは、(筆者注:『学城』での)連載の過程が、実は学問(=理論的方法論)の構築過程になっていたということである。そこで、読者の方々が本書を読み進めていくことで、理論的方法論の構築過程をたどれるものにしたいとの思いが膨らんできたのであった。」(p.215)


 「理論的な方法論の構築過程をたどれるものにしたい」ということで本書を執筆されたということです。実際、目次を見ると、4つの実践が「一般論を導きだすまで」と「一般論を立ててから」の2つにわけられています。

 一般論を定立する過程については(3)で簡単に触れました。つまり南郷先生が明らかにした「人間とは何か」「教育とは何か」を踏まえて、目の前の障害児と関わる中で、障害を負うとはどういうことか、障害児教育とは何かを明らかにしたということです。今回はこの一般論を立ててからの過程について見ていきたいと思います。ここでは、「一般論を立ててから」で紹介されている「母親へ働きかけた事例」を取り上げたいと思います。これは「仮説的に立てた一般論から、よりその構造に入っていこうとした」(p.132)ものだとされていますので、一般論から構造に入っていくとはどういうことかについて、具体的なイメージを描くようにしたいと思います。

 ここでは母子集中訓練会に来たT君(脳性麻痺で全盲、知的障害もあわせ持つ小学五年生)と、その母親への働きかけが紹介されています。T君は1年前に盲学校に転校し、転居もしたのですが、それ以来、掴まって歩いていたのに立たなくなったり、喋らなくなったりしたということでした。さらに自分の髪を自分でむしったり、傷がつくほど肘を噛んだりするようになったということでした。困り果てている母親に「引っ越して転校したからではないか」と話したところ、「そんなことは分かっていますよ!」と切り返され、取り付く島もなかったので、T君に二重化してもらうために母親に盲体験をしてもらったのでした。周囲がわからない不安を母親に体験してもらった後、環境が変わったことについて説明を受けていなかったT君はまさにそのような不安を抱いてきたことを伝えるとともに、話をしたり触れてもらったりすることで、周りを確かめられる安心感を得られるという話をして、具体的な関わり方を母親に説明したところ、数ヶ月後、T君は元に戻ったということです。

 この事例について、次のように解説がなされています。

「この事例は、私達が立てた障害児教育の一般論、すなわち『障害児教育とは、成長過程における障害による認識(=像)の歪みを最小にするように環境を整えながら、文化遺産の継承を可能な限り大きくさせていくことである』の中の、『成長期における障害による像の歪み』とは何かを問い、また、『認識(=像)の歪みを最小にするように環境を整える』とはどうすることなのかを問いかけることによって、一般論の中身に入って、その構造を明らかにしようとして説いていったものである。(中略)
すなわち、人間の一般性としての認識の成長過程をT君の育ちの過程に重ね、『像の歪み』がどのように進んでいったのかを辿っていったのである。それによって、T君の像が歪んでいく過程的な構造が捉えられ、T君の今の姿になっている訳を明らかにすることができたのである。
 さらに、そうして明らかになったT君のあり方に対して、その『認識(=像)の歪みを最小にするように環境を整える』手段が考えられたのである。まず『環境を整えていく』とはどうすることかが問われた時、母親の困惑した姿が飛び込んでくると同時に、障害児の最大の環境としての母親を整えていくことが必要であると判断されたのである。」(pp.155-156)


 つまり、障害児教育とは何かの一般論のうち「成長期における障害による像の歪み」とは何かを問い、T君の「像の歪み」がどのように進んでいったのかを明らかにするとともに、この場合において「認識(=像)の歪みを最小にするように環境を整える」とはどうすることなのかを問うことで、母親の困惑した姿が飛び込んで来て、母親を整えていくことが必要だと判断したということです。これが一般論から構造に入っていくということだということです。

 ここで、そもそも構造とは何かを確認しておきましょう。

「現象を否定して中身に入るばあい、その中身を構造という。構造という言葉は建物からきている。家でいえば柱がだいたい構造である。外の壁などをひっぺがしてでてくるそのものを成り立たせている大事な柱、骨組みが構造である」(南郷継正『武道と弁証法の理論』三一書房、1998年、p.73)


 つまり、家の場合でいう柱のように、そのものを成り立たせている大事な柱、骨組みが構造だということです。

 この骨組みはそれぞれの家によって当然異なります。Aという家にはaという骨組みがあり、Bという家にはbという骨組みがあり・・・という形で、です。一般論から構造に入っていくとは、個々の家を取り上げて、その骨組みが具体的にどのようなものかを明らかにすることだと言えるでしょう。

 この事例で言えば、「T君への障害児教育」という個別の家(事実)があって(もっともこの事例はお二人の先生が創り出したものですが)、その家(事実)を成り立たせている「成長期における障害による像の歪み」「認識(=像)の歪みを最小にするように環境を整える」という骨組みは具体的にどういうものなのかを明らかにしたということになります。

 こうして個々の家(個々の障害児教育の事実)の骨組みをたくさん見ていけば、家の骨組みがもっている共通性というものが見えてきます。「家の骨組みにはこういう種類のものとこういう種類のものがある」という具合に、です。これが構造論を打ち立てる過程ということのイメージだと言えるでしょう。

 ここまで見たところで、最後に一般論を立てる過程も含めて、理論化の過程をイメージしてみましょう。

 そもそも一般論を立てるというのは、家とはこういうものだと定めることにより、例えば「人間の住む住宅は家だが、いくら車中で生活していても車は家ではない」などのように線引きをするということです。つまり、「自分自身が研究の対象とするものはここからここまでですよ」としっかり決めるということです。その上で、その中に入っているもの1つ1つに目を向けて、それぞれの骨組み(=構造)を明らかにしていくことこそが構造に踏み込むということです。「この家はこういう骨組みだった」「あの家はこういう骨組みだった」ということを確認していくということです。こういう作業を積み重ねることで、その骨組みの共通性が浮かび上がってくるのであり、これをしっかりと論理的に整理する過程こそ構造論を打ち立てる過程なのだと言えます。こうして「家とはこういうもの」という認識を深めていく過程こそが、理論化の過程だと言えるでしょう。
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2017年01月13日

『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想(3/5)

(3)障害児教育の可能性を理論的に明らかにした

 前回は、『障害児教育の方法論を問う』の意義として、教育が見るべき対象を明確にした点を取り上げました。つまり、「何かができるようになった」という現象に着目するのではなくて、そのことをとおして、どのような認識が形成されたのか、果たして前向きな目的像が描けるようになったのかこそが問われなければならないということを明らかにしたのだ、ということでした。

 『障害児教育の方法論を問う』では、こうした障害児教育の一般的な概説を踏まえて、4つの実践が紹介されていますが、今回は、その中でも視知覚異常と言われている子どもへの実践を取り上げ、そこから導き出された論理にはどのような意味があるのかを見ていきたいと思います。

 ここで取り上げられている子どもは、小学三年生の男の子です。脳性麻痺で自力での歩行はできないけれども、座ることはできて、日常生活で手を使うことには不自由がないということです。さらに知的にも大きな問題はないけれども、斜めの線を書くことができず、お手本を見ながら「4」と「め」という文字を書いても判読不能なものになってしまうということでした。こうした視知覚異常について、医療では、視覚野へ情報を送る手前の伝達路やネットワークに傷があるために起こるものだとされているということです。しかし、この子どもに対して指導を行った結果、わずか2ヶ月で書く文字が大きく改善したということです。

 その理由について、人間の一般的な育ちと、視知覚異常の子どもの育ちを重ね合わせる形で説かれています。つまり、一般的には「寝る、寝返りを打つ、座る、そして這っていくという、新たな大いなる変化を伴った運動=労働過程を通して、より対象の実質が反映していくと共に、それがどう反映するかということによって、赤ちゃんの五感器官は当然のこととして、反映された認識に、より厚みが出てくることになる」(p.81)ものの、視知覚異常の子どもは、運動に障害を負っていることによる「遊べない体と共に『訓練・訓練』で遊びの時間がないという二重構造によって、五体を使って外界を把握していく経験を十分に積むことができなかったのであり、そのために外界をしっかりと反映できず、対象とうまく関われないでいる」(pp.82-83)ということです。したがって、五体を使っての対象と関わるように指導をしたのであり、その結果、「斜め」ということがどういう感覚なのかをつかむことができて、大きな改善が見られたのだということです。

 このように障害とされる状態が大きく改善していった事実と、そもそも人間は「社会的関係の中で、かつ社会性を持つべく育てられて、はじめて人間として成長できる」という南郷先生の人間一般論を踏まえて、障害の二重構造という論理を明らかにされたのです。

「障害には何らかの原因によってもたらされた回復不能の問題と、本人あるいは周りによって『つくりつくられたもの』としての問題の二重構造があり、たとえ障害の本体は消せないとしても、障害を組み込んで学習してしまった結果、つくりつくられた部分に対しては、教育として働きかけることができるし、そのように教育していくことで『障害』として現象しているものを変えていくことができるのだ」(p.87)


 この言葉だけを見れば、「そんなの当たり前だよ」と思う方もいるかもしれません。しかし、この把握の大事性はいかに強調してもしすぎることはないものです。

 例えば、先の視知覚異常の子どもが改善した事例に対して、「障害が軽かったのだ」という見方もできますが、そうした考え方とは根本的に違うことがわかるでしょうか。

 「障害が軽かったから改善した」という捉え方であれば、逆に言うと、「障害が重ければ改善しない」ということになるのです。そうすると、重い障害の場合は何をやって無駄だということになります。ここに障害児教育が成立する余地はありません。一方で、いかに重い障害の状態があっても、そこにはもともとの障害によるものと、つくりつくられたものがあると捉えるならば、つくりつくられたものについては働きかけていけるということになります。したがって、どんなに重度の障害であっても障害児教育は可能なのだということになるのです。

 しかもこれはあくまでも障害に関わる一般的な構造です。一般的というのは、どんな障害をもつ子にも当てはまるということです。このことは、障害をもつ子ども(特に重い障害であればあるほど)に関わる親や教師にとって、この上ない励みになるものだと言えるでしょう。

 また、別の角度から言えば、幼い頃に自分の子どもが障害をもっていることを医師から告げられたとしても、親としては決して諦める必要も、落ち込む必要もないのだということになります。10ヶ月の妊娠期間を経て、ようやくにして生まれた子どもが障害をもっていると告げられた親の心境を想像してみてください。「これからどうなってしまうんだろう」「もう治らないのだろうか」「この子は一生苦しんで生きていくのだろうか」そんな思いが押し寄せてきて、絶望のあまり心中をはかるということもあるのです。しかし「決してそうではないのだ」「障害があっても、育て方次第でその子はしっかりと育っていくのだ」ということを示しているのです。

 そのことを裏付けるように、本書では「障害を負う」とはどういうことかが次のように説かれています。

「障害を負うとは、実体及び機能上の不可逆的な変化によって、そのままでは環境との相互浸透ができにくくなることである。」(p.41)


 環境と相互浸透をするとは、例えば、目の前におもちゃを示されたら、そのおもちゃをしっかりと反映させ、結果として「さわりたい」などの像を描いて行動するということです。あるいは、親や教師が言ったことを理解するということ、などです。こうしたことを積み重ねて人間は成長していくのですが、ここで着目してもらいたいのは、「そのままでは・・・できにくくなる」という部分です。「できない」ではないのです。どんなに障害をもっていても、環境との相互浸透をすることは可能なのです。それこそが人間の一般性だからです。しかし、それが健常児に比べればできにくいということです。ということは、そのことを踏まえて、健常児の場合より意識的に環境との相互浸透を質・量ともに充実させれば、十分に育つということを示しているのです。

 環境との相互浸透を図れるようにする媒介を設定すること、それによって文化遺産の継承という教育の目的が果たせるようにすることが障害児教育だとして、障害児教育一般論を次のように措定しておられます。

「障害児教育とは、成長過程における障害による認識(=像)の歪みを最小にするように環境を整えながら、文化遺産の継承を可能な限り大きくさせていくことである」(p.52)


 このように障害の一般論・障害児教育の一般論を措定し、障害児教育の可能性を理論的に示すとともに、そのことによって障害をもつ子どもと関わる親や教師に対して大きな励ましを与えたことこそ、本書の大きな意義なのです。
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2017年01月12日

『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想(2/5)

(2)教育が見るべき対象を明らかにした

 本稿は、志垣司・北嶋淳『障害児教育の方法論を問う―人間一般から説く科学的障害児教育』(現代社)を取り上げ、そこにどんな意義があり、何を学ぶべきかについて、筆者が感じたことをまとめていくものです。

 今回は、著者であるお二人が、現状の障害児教育のどのような点に問題点を感じられたのか、それを踏まえて障害児教育はどうあるべきだと考えられたのかを見ていきたいと思います。

 現在の日本において、障害児教育は特別支援教育として行われています。これは、障害のある児童・生徒の一人ひとりの教育的ニーズに応じた働きかけを行おうというものです。かつては、障害種別の教育が行われていました。例えば、視覚障害があれば盲学校で、聴覚障害があれば聾学校で、という形で障害に応じた特別の場で指導が行われていたのです。これを特殊教育と言います。こうした学校を特別支援学校として一本化し、また通常の学校に在籍している軽度発達障がいの子どもも射程に入れて、通常学級とは別に特別支援学級での教育を可能としようとするのが特別支援教育です。障害の重度化・多様化に対応するべく、このような変化が起こってきているのです。

 しかし、こうした理念の実現と現実の目の前の子どもたちの育て方や教育との間には大きな隔たりがあるとして、次のように指摘しておられます。

「確かに、専門性の向上として研修を積み、その結果、個々の障害の理解に習熟し、個々の教育的なニーズに対応した障害の軽減化をはかっていく働きかけがなされ、その結果それらが改善されたとしても、それで教育ができた、つまりその子供がしっかり育っていくことができたと言えるのだろうか。(中略)現場の事実でいえば、むしろ、現象的なニーズの把握の細分化と、それらに応じた専門的な働きかけの連続が、かえって障害による成長の歪みを大きくしていく事実さえ、数多く見うけられるのである。」(p.27)


 つまり、専門的な研修によって、個々の障害に対応した軽減化はなされるようになったが、それがむしろ成長の歪みを大きくしているという事実がある中で、それで果たして教育したと言えるのかいうことです。

 たとえば、脳性麻痺の子どもの場合、異様な姿勢をとったり、健常児のような運動を行えなかったり、ということがあります。そうした状態を少しでも通常と同じようになるように、医師や理学療法士などから研修を受けていて、専門的な働きかけによって改善の様子は見られるけれども、それが果たして教育したことになるのかと問うておられるのです。

 少しイメージが湧きにくいと思いますので、通常の学校の場合で考えてみましょう。ここに算数がすごく苦手な子どもがいたとします。その子が何とか算数ができるようにしたいと思い、担任の先生は休み時間や放課後に1対1で教えていたとします。しかし、友達と遊びたいと思っていたこの子にとっては、そうした時間を奪われることは苦痛で仕方がありませんでした。こうした取り組みが1年間続けられた結果、算数の成績自体は大きく改善したものの、クラスの友達との関係があまりつくれなかったし、いやいややらされた算数も大嫌いになりました。さて、果たしてこれは教育したと言えるのでしょうか。このように考えれば、お二人の問題意識にも共感することができるのではないでしょうか。

 そこで、「ではいったい教育とは何なのか」「障害の程度を軽減させるための取り組み(運動機能を回復させるための機能訓練)とは何が違うのか」ということが次に問題とされています。

「そもそも『機能訓練』は、『健康を守る』治療のための医療技術である。それはあくまでも、障害を持つ個人の運動機能を向上させるためのものである。これに対して教育活動は、広く文化遺産の伝承であり、社会的適応性と社会を発展させる力の形成をはかるためのものである。つまり、肢体不自由児に対して同じ運動をさせていくのでも『機能訓練』と『自立活動』(注:教育活動の1つ)では目的が違うのである。目的が違うということは、教えるべき中身が違うということである。それでは、どう違うのだろうか。」(p.60)


「たとえば、歩くこと一つをとっても、医療は歩かせることそのものが目標になるのに対して、教育は文化遺産を継承させる、すなわち社会に適応し、さらに社会を発展させる認識の形成が目的であればこそ、『あそこへ行きたい、あの人のところへ行きたい、あれを見たい、あるいは周りの人に褒めてもらいたい』などと、子供の主体性と目的意識が社会性と共に培われるように歩かせなくてはならないのであるから、歩く練習を通して、そうした認識が形成されていくようにしなくてはならないのである。」(p.61)

 つまり、医療と教育は目的が違うのであり、歩くことで言えば、医療は歩くことそのものが目的であるのに対して、教育では子供の主体性と目的意識が社会性と共に培われるようにすることが目的だということです。簡単に言えば、教育の場合は「もっと歩きたい!」という目的像を描かせることこそ目的にしなければならないということです。

 そもそも人間が動物と異なるゆえんは、動物が本能によって統括されているのに対して、人間は自らが描いた認識によって統括されているという点にあります。つまり、外界との関わりの中で「ああしたい」「こうしたい」という目的像を描いて、それを実現するために行動するということです。これは日常生活を振り返ってもらえればよくわかると思います。たとえば、少し太ってきたことに気づいて「やせよう!」と思いダイエットに取り組むとか、英語をペラペラと話している人を見て、「あんなふうに話せるようになりたいな」と思って英語の学習に熱心に取り組むなどです。

 こうしたレベルであれば、単に個人的な問題にすぎませんが、たとえば病気に苦しむ人々を見て「何とか改善したい」と思って治療法の開発に取り組むとか、貧しい生活を送る人々の現状を知って「何とか人間らしい生活ができるようにしたい」と思って政治的な解決を図っていこうとするなどになれば、大きく社会の維持・発展に関わってくると言えるでしょう。このように、現実にはまだ存在しないよりよい状況を思い描き、それを実現していくという取り組みの積み重ねによって人間は歴史を創ってきたのですから、社会の維持・発展につながるような目的像を描けるようにすることこそ、教育の大きな役割だということになります。その前提として「もっとこうしたい」「もっとよりよくしたい」という前向きな目的像を描けるようにするのが必要だということになります。

 本書を執筆されたお二人の先生は、立川博氏を障害児教育の世界における恩師として挙げておられます。その立川氏は、次のように説いています。

「幸せになるってことは何なのだ。欲求を見いだして、そしてそれを実現して喜びを味わう。そういうことの積み重ねによってこの人生を楽しんでいく、それが幸せなのです。
 とするならば、今言ったように、脳性まひ児に対して、訓練が、単なる動作の向上を図るだけではなくて、その向上をもとにしてその子ども自身が変わっていく。そしてその子どもの中にある欲求の広がりがどんどん出てくる。そしてそれを実現しようとする努力が子どもの自主性の中から開発されてくる。引き出されてくる。つまりその子どもが人間としてもっているもの、隠されていて今までみんなからも認められなかったし、本人自身もそれを出すことができなかった、その子どもの中に潜在するところの広がりが、どんどん引き出されていく。そうしてその欲求の満足によってこの世の中で楽しく暮らす。これは幸せと言ったらおかしいでしょうか。この子どもたちの人間的な変容と言ったらおかしいでしょうか。」(立川博『教育としての静的弛緩誘導法』御茶の水書房、2003年、pp.107-108)


 つまり、脳性麻痺の子どもに対して、単なる動作の向上を測るだけではなく、その向上をもとにして、子ども自身の中に新たな欲求がどんどん引き出され、それを満足させていくことこそが幸せになるということなのであり、そうなることこそが人間的な変容なのだということです。これは志垣・北嶋両先生が抱いておられた問題意識と全く同じだと言ってよいでしょう。

 志垣・北嶋両先生は、こうした立川氏の問題意識をしっかりと受け継ぎ、南郷学派の文化遺産をもとにして理論的に捉え返したのだと言えるでしょう。つまり、何かができるようになったという現象にのみ着目するのではなく、その背後にどのような認識が形成されたのか、果たして前向きな目的像が描けるようになったのかこそ教育では問わなければならないのだということです。

 このように、教育が見るべき対象を明確にしたことが、本書の大きな意義の1つだと言えるでしょう。
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2017年01月11日

『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想(1/5)

○目次
(1)『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか
(2)教育が見るべき対象を明らかにした
(3)障害児教育の可能性を理論的に明らかにした
(4)理論化の過程を示した
(5)論理と共に教育者としての生き様を学ばなければならない

・・・・・・・・・・・・
(1)『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか

平成27年5月27日、次のような事件が報道されました。

http://plaza.rakuten.co.jp/allarounder/diary/201506180000/
(元の産経ニュースはすでに削除されていたので、引用していたブログからの掲載です)

知的障害の長女を包丁で殺害、64歳母親を起訴 「1人になるの忍びない」 札幌

 札幌市西区の自宅で長女を殺害したとして、札幌地検は17日、殺人罪で、母親の無職、佐藤和子容疑者(64)を起訴した。
 起訴状によると、被告は5月27日午前11時半ごろ、自宅で由紀子さん=当時(42)=の首を包丁で殺害したとしている。
 北海道警の捜査段階で佐藤被告は「金がなかった」「自分の死後、知的障害のある娘が1人になるのが忍びなかった」と供述していたという。
 由紀子さんは江別市の障害者支援施設に入所していたが、和子被告の自宅に一時滞在していた。

 つまり、知的障害を負っている長女(42)を、母親が殺害したということです。

 この長女は、1歳の時に「自閉症」という診断が下され、医師からは「話せるようになるかわからない」と言われていたようです。さらに、この診断を受けて、母親は義父から「うちの家系にはこんな子はいない」と言われたそうです。さらに、幼い頃、娘が水遊びをしていたことに対して隣人から差別的な発言を投げかけられたことや、また入所先の施設で娘が職員から虐待を受けたりしたことなどから、障害を負った娘はこの社会では一人では生きていけないと感じ、無理心中を図って殺害をしたようです。母親は裁判において自分に死刑が下ることを望んでいました。

 本当に痛ましい事件であり、母親の立場に立つと胸が苦しくなります。しかし、こうした事件は決してまれなことではありません。

 例えば、2014年11月22日には、脳性麻痺の次男(44)が寝ているところを母親が首を絞めて殺害したという事件が起こっています。この次男は幼い頃から重い障害があり、歩いたり話したりすることができず、生活のすべてにおいて介護が必要だったようです。成人してからは50キロ前後の体重の次男を介護するため、母親は腰痛や寝不足に悩まされるようになり、うつ状態に陥ったようです。そして、もし自分が介護できなくなった場合、長男だけではとても次男の面倒を見ることはできないと思って、殺害に至ったようです。

 両者の事件に共通しているのは、幼い頃から重い障害であることが判明していることです。現在でこそ障害者に対する差別も多少緩和されてきていますが、二つの事件の被害者が生まれたころ(1970年ごろ)と言えば障害者についての理解などほとんどなかったと言ってもよいでしょう。そのことは「うちの家系にこんな子はいない」という発言からもわかります。そうした時代において40年にもわたって育ててきた母親の苦労は想像を絶するものがあったでしょう。

 障害者に対する施策としては、この時期(1970年代)、これまで就学猶予・免除の扱いとされてきた障害児の全員就学体制が整えられました。また、1980年代には国民年金法の改正による基礎年金制度の創設に合わせて障害年金の充実が図られ、1990年には身体障害者福祉法や知的障害者福祉法に在宅福祉サービスが法定化されるに至っています。また、1990年代後半からは、地域生活の基盤整備の流れの中でバリアフリーが進められ、障害者の移動の円滑化が図られています。このように障害者施策は徐々に整備されていったものの、日本の障害者に対する介護は結局は家族中心となっています。その問題がこうした事件として現れたのだと言えるでしょう。

 したがって、障害者の人生を保障する社会制度がもっと整えられていく必要があります。その中で教育としては、障害のある子どもたちを可能な限りしっかりと育てていけるようにすることが求められます。わが子を殺した母親たちは「少しでもよくなってほしい」「がんばって自分で生きていけるようになってほしい」と思って、障害のあるわが子に働きかけていたに違いないのです。しかし、そうした母親の切実な願い・思いに応え得なかった教育のあり方は大きく問われるべきものでしょう。

 このような教育の社会的な責任に応えるものとして、障害児教育の分野の理論化を推し進めようとするものこそが、本稿で取り上げる志垣司・北嶋淳『障害児教育の方法論を問う(第一巻)』(現代社、2014年)です。「まえがき」において、次のように書かれています。

「本書は、障害児の理論的教育書である。
 本書を上梓しなくてはならないと私たちに決意させた動機は、一にも二にも、現在の障害児教育が経験的実技レベルの教育・指導に留まっていた結果、何十年にもわたっての不毛と混乱の渦中にあることによる。それを引きおこさせている原因とは何かを一言で説けば、『障害児教育には理論としての方法論、理論としての教育論がない』という一事である。」(p.13)

「このように考え、私たちは『障害児教育に理論的方法を』と決意して出立したのである。そして、今やっと理論化の端緒につくことができたと言える。どうしてそう言えるのかと言えば、私達が障害児教育の一般的方法論を立てることができたからである。
 障害児教育の一般的方法論を立てられたということは、障害児教育の構造に入っていける、いわば扉を開ける鍵を持てたことを意味する。そうは言っても、まだその鍵の使い方も、それを使って家に入る入り方もぎこちなくはある。しかし、確実に理論化への道を辿っているのであり、この科学的な一般的方法論を用い、少しまた少しと障害児教育を解く成果を挙げ始めている。確かに扉を開けて入口から入って中を歩き始めたばかりではあるが、本書は、私たちがそこまで歩んできた過程とその成果を示そうとしたものである。それはきっと、かつての私たちと同じように、障害児の教育方法に迷い、悩んでいる多くの教師の導きの糸になるものと確信している。」(p.15)

 つまり、障害児教育が不毛と混乱の渦中にあるのは理論がないからだとし、その理論化に向けて歩んだ結果、障害児教育の一般的方法論を立てるところまで歩みを進めることができたということです。本書にはその具体的な中身とそこに至るまでの過程が詳しく説かれています。

 本稿では、この『障害児教育の方法論を問う』を取り上げ、そこにどのような意義があり、何を学ぶべきかについて、教師として、また教育学を構築しようとする者として感じたことをまとめていきたいと思います。

 以下、本書の目次を紹介します。

障害児教育の方法論を問う (1)
・推薦の言葉  瀬江千史
・推薦の言葉  本田克也
【 第1編 】 障害児教育とは何か
第1章 障害児教育の現状と問題点 ―― 大本を忘れた障害児教育
 第1節 理念と現実の隔たりの中で
 第2節 専門性とは、専門家とは何か
 第3節 一般論を把持した障害児教育の必要性を説く
第2章 「人間とは何か」 「教育とは何か」 を問う
 第1節 人間とは何か、人間の育ちとは何か
 第2節 教育とは何か
第3章 人間が障害を負うとはどういうことか
 第1節 障害とは何か
 第2節 障害の二重構造を説く
第4章 障害児教育とは何か
 第1節 障害児教育の歴史的事実
 第2節 障害児教育とは何か
  1. 障害児教育の一般論を説く
  2. 「自立活動」 とは何か
  3. 「自立活動」 と 「機能訓練」 との違いを一般論から説く

【 第2編 】 障害児教育の科学的実践方法論とは何か
第1章 科学的実践方法論への道
第2章 障害児教育実践方法論の構築過程を説く (1) ―― 一般論を導きだすまで
 第1節 教育実践を説くことを通して科学的実践方法論構築の端緒を説く
  1. 視知覚異常と言われている子供達に起こっていること
  2. 科学的実践方法論の端緒を説く
 第2節 教育実践を説くことを通して構造に入ることを説く
  1. 運動障害を持つ子供達に起こっていること
  2. 構造に入るとはどういうことかを説く
第3章 障害児教育実践方法論の構築過程を説く (2) ―― 一般論を立ててから
 第1節 教育実践を説くことを通して一般論の有効性を説く
  1. 集団力に働きかけた事例を 「障害一般・障害児教育一般」 から問う
  2. 一般論を立てるとどのように教育が違ってくるのかを説く
 第2節 教育実践を通して障害児教育の全体像を明らかにしていく
  1. 母親へ働きかけた事例を一般論から説く
  2. 障害児教育の科学的実践方法論の全体像を説く

【 第3編 】 科学的実践方法論から説くサリバンによるヘレン・ケラーへの教育
第1章 障害児教育の原点を問う (1)
 サリバンによるヘレン・ケラーへの教育の構造 (1)
 ―― 奇跡を起こさせたものとは何か
 第1節 サリバンの教育を取りあげる意義
 第2節 サリバンによるヘレンへの教育の事実
  1. ヘレンの障害とその育ち方
  2. サリバンによるヘレンへの教育
 第3節 サリバンの教育を障害児教育一般論から問う
  1. ヘレンの障害を 「障害の二重構造」 から説く
  2. ヘレンの育ちの可能性を見抜いたサリバンの視点
  3. サリバンの教育を障害児教育一般から説く
  4. サリバンの教育は障害児教育の原点である
第2章 障害児教育の原点を問う (2)
 サリバンによるヘレン・ケラーへの教育の構造 (2)
 ―― サリバンの教育の事実をもとに障害児教育の構造を説く
 第1節 再度サリバンの教育を取りあげる意味
 第2節 ヘレンの育ちとサリバンの教育の事実を問う
  1. サリバンに出会う前のヘレンとサリバンの教育を受けた後のヘレンの変化
  2. サリバンの教育の構造を説く
 第3節 サリバンの教育の事実をもとに障害児教育の構造を説く

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2017年01月10日

激動する世界情勢を問う(5/5)

(5)世界歴史の大きな流れを視野に、混迷を前向きに打開する努力を

 本稿は、世界中でこれまでの常識を覆すような衝撃的な出来事(イギリスのEU離脱、アメリカでのトランプ大統領の誕生など)が相次いでいることを踏まえ、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことを目的にしたものであった。ここで、これまで説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしよう。

 まず、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも最大の衝撃だったといえる、アメリカ大統領選挙でのトランプ勝利について検討した。トランプが「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方として自らを押し出す一方で、「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」(「東京新聞」社説)のは、新自由主義的な「グローバル資本主義」によってもたらされた格差と貧困の拡大に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそである、ということであった。

 次いで、アメリカのトランプのみならず、フィリピンのドゥテルテ、中国の習近平、ロシアのプーチン、トルコのエルドアン等々、世界各国で相次いで強権的な指導者が登場してきているのはなぜなのか、検討した。端的には、新自由主義的な「グローバル資本主義」により、全世界的な規模で格差と貧困の拡大が進行していることが根底にある、ということであった。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかは分からない――こうしたなかで、ナショナリズム的な気分も高まってきている、ということであった。

 さらに、強権的な指導者がナショナリズムを煽る背景に、「パクス・アメリカーナ」の崩壊という国際環境の変化があることについて検討した。そこでは、トランプの「アメリカ第一主義」の宣言は、アメリカの国力の衰退に伴って、アメリカの特殊利害を人類の普遍的な共同利害であるかのように偽装していく余裕がなくなってきたことの表現にほかならないこと、アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄していくことは、世界情勢の混乱に拍車をかけるものであることは間違いないものの、特定の大国が世界を支配するという構造が壊されること自体は前向きに捉えられるべきであることを指摘した。

 以上でみてきたように、世界中でこれまでの常識を覆すような衝撃的な出来事が相次いでいる背景には、「グローバル資本主義」、すなわち、巨大な多国籍企業がより大きな利益を求め国境を超えて傍若無人に暴れまわるというあり方が、各国の国民生活を不安定化させ地域社会を衰退させていることがある。ポピュリズム、保護主義、ナショナリズムなどといわれる最近の動向、あるいは、「強い指導者」への待望論は、国民生活を守る国民国家の役割を求める民衆の切実な要求の反映にほかならないともいえよう。そこに排外主義の肯定や民主主義の否定につながりかねないような危険な要素が含まれていることを否定できないが、「グローバル資本主義」に欠けている要素を求めていくものとしては、基本的には肯定的に捉えられるべきものだというべきであろう。少なくとも、「無責任な人間たちの暴走」(本稿の連載第1回で紹介した津山恵子の言)などと切って捨てしまってよいものでは絶対にない。

 現在の世界では、「パクス・アメリカーナ」衰退による地政学的な混乱も含めて、左か右か、帝国主義か反帝国主義かという伝統的な単純な二分法では事態をまともに把握できないような状況が大きく広がっている(例えば、「イスラム国」は反アメリカ帝国主義だから進歩的だ、などということは到底できない)。現状への諸々の異議申し立てには、前向きの要素と後ろ向きの要素とが未分化のまま混在している。そのことを良いとか悪いとか云々する以前に、従来の社会体制が「グローバル資本主義」に規定されて深刻な行き詰まりに直面している事実を直視しなければならない。

 「グローバル資本主義」が中間層を疲弊させ、格差と貧困の拡大をもたらしたことで、従来の社会体制の安定は大きく揺らいでいる。これまで、支配層(社会の特殊な階層)の特殊利害をあたかも社会全体の共同利害であるかのように偽装するために利用されてきた諸々の理念が空洞化し説得力を失ってきている。「自由」といっても結局は金持ちと権力者が好き勝手に利益追及するための自由でしかないのではないか、規制緩和による自由競争の促進や自由貿易の推進で経済が活性化すれば国民みんなが豊かになるといわれたが全くそんなことはないではないか、「民主主義」といっても結局は政治屋どもが金持ちや権力者に都合のいいことを決めているだけではないか――こうした疑問が浮上してきているわけである。あるいは、「女性差別はいけない」「障害者差別はいけない」「民族差別はいけない」等々のお説教がなされる一方で、これまで国を支えてきたはずの普通の労働者(男性労働者)の生活が苦しくなってきていることはまともに省みられていないではないか――こうした不満が広がってきているわけである。「ポリティカル・コレクトネス」への嫌悪感の広がりというのは、要はそういうことなのだといえるだろう。各国の内部をみても、国家どうしの関係をみても、特殊利害どうしのむき出しの衝突が起きている。「自国第一主義」を標榜する強権指導者の登場も、そうした文脈のなかで捉えられるべきものである。

 「ポリティカル・コレクトネス」への嫌悪、「強い指導者」への待望論などが、それ自体として不健全なものであることは論を俟たない。しかし、これらが、従来の社会体制を変革しようとする民衆のエネルギーの(歪んだ)表現であることをみてとらなければならない。アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄していくことによる地政学的な混乱の深まりも、「自国第一主義」の広がりも、それ自体としてみれば、決して望ましいものではないことは当然のことである。しかし、これが、特定の大国が世界を支配するというあり方が崩されていく過程に必然的に伴わざるを得ないものであることをみてとらなければならない。各国の「自国第一主義」への開き直りは、圧倒的な超大国アメリカの支配の下で、その他の国々が主張したいことをまともに主張できなかった状態が崩されたものと捉えることもできるのである。まずは各国が主張したいことを存分に主張すること、次いでそれらを安定した秩序の枠に収めていくこと――このような過程をたどることによってこそ、真に対等・平等な国際関係が構築できるのだ、と考えることもできるだろう。

 現在の国連は、安全保障理事会の常任理事国が実質的に支配するようなものであるし、EUにしても、「ドイツ帝国」(エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』文春新書)と揶揄されるように、加盟国どうしの関係は非常に不均衡なものとなっている。こうした現実を、もっともらしいが空虚な理念によって糊塗するのではなく、各国が「自国第一主義」的な主張によって動揺させることによってこそ、真に対等・平等な国家関係を構築していくための前提条件がつくられていくのだといってもよいかもしれない。

 現在の世界情勢の混迷は、幻想的な共同利害の下で抑えつけられてきた諸々の特殊利害が強烈に押し出されつつあることによるものだといえる。ポリティカル・コレクトネスへの嫌悪とかトランプの「アメリカ第一主義」とかは、それぞれの主体の特殊利害を剥き出しのまま通用させようという開き直りなのである。これが危険な動きであることは間違いないが、だからといって、旧来の体制を正当化するために利用されてきた諸々の理念の側に大衆を押し戻そうとしても、それは不可能なのである。いま求められているのは、諸々の特殊利害の主張を否定することではなく、それらの特殊利害を真の共同利害と調和させていくのに資するような新たな理念を構築していくことである。

 そのためにも、民衆の生活の苦境をもたらした社会の構造(いわゆる「グローバル資本主義」)についての理論的な把握を踏まえて、民衆の不満を前向きに解決していくための体系的な社会変革の構想の提示が求められているのである。そのためには、国家学を中核とする社会科学体系の構築が急務である。このことこそが我々京都弁証法認識論研究会の歴史的任務であることを確認して、本稿を終えることにしたい。

(了)
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2017年01月09日

激動する世界情勢を問う(4/5)

(4)アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まり

 前回は、世界各国で相次いで強権的な指導者が登場してきているのはなぜなのか、検討した。端的には、新自由主義的な「グローバル資本主義」により、全世界的な規模において、格差と貧困の拡大が進行していることが根底にあるのであった。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかが明確に認識されていないなかで、ともかく何でもいいから現状を変えてくれるような強い指導者に期待したい、という感情が大きく広がっている。こうしたなかで、ナショナリズム的な気分が高まっているのも、新自由主義的な「グローバル資本主義」、すなわち、国境を超えて「ヒト・モノ・カネ」が激しく行き交うという状況のなかで、各国の国民生活や地域社会の安定が崩されていることへの民衆の怒りの表現だというべきであろう。

 しかし、こうした強権的指導者がナショナリズムを煽る背景、とりわけ、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領などが領土拡張主義的な行動に打って出ている背景には、単に民衆の国内的な不満の矛先を国外に向けさせるという狙いだけではなく、「パクス・アメリカーナ」の崩壊という国際環境の変化があることも見逃してはならないだろう。

 こうした文脈のなかでは、トランプが「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義(America First)」を掲げていることが注目される。トランプのいわゆる「偉大なアメリカ」については、まず、これがかつてブッシュ(ジュニア)政権を支配したネオコン勢力が掲げた「強いアメリカ」とは大きく異なるものであることが確認されなければならない。

 2002年9月の「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(いわゆる「ブッシュ・ドクトリン」)は、「アメリカは、人間の尊厳という妥協の余地のない要求――法の支配、国家の絶対的権力の制限、言論の自由、信仰の自由、公平な裁判、女性への敬意、 宗教や民族への寛容、私有財産の尊重――のために、確固として闘わねばならない。」「偉大な多民族民主主義国家としてのアメリカの経験は、多様な文化的遺産や信仰を持つ人々が平和的に共生し 繁栄することができるという我々の確信を肯定するものである」と述べていた。すなわち、ネオコンの主張した「強いアメリカ」は、自由と民主主義という普遍的な価値観の擁護者たるアメリカが、一元的に世界を支配してしまおう(アメリカを盟主とする有志連合が国連を無視してでも世界のルールを体現しよう)という強固な意志に基づくものであったのである。

 これに対して、トランプの「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義」には系統だった内容はなく、過去の栄光を懐かしむ気分のようなものにすぎないといえよう。あえていえば、アメリカを「世界の警察官」として維持していく負担を減らしつつ(NATOや日本に一層の負担を求め、ロシアとの敵対を避けるなど)、民主主義や人権、多民族の共生といった建前(いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」)にこだわらず、その時々のアメリカの利益を最優先していこうというものである(*)。

 もっとも、トランプの掲げる「アメリカ第一主義(America First)」は、トランプだけの特殊な考え方だともいうこともできない。すでにオバマ大統領が、2016年1月の一般教書演説において、「危機的状況にある全ての国を引き受け、再建することはできない」と述べて「世界の警察官」から脱することを宣言している。2001年の9・11テロ事件以降、ネオコン勢力に支配されたブッシュ(ジュニア)政権は、「世界の警察官」として、テロ支援勢力の掃蕩や「中東民主化」を掲げ、アフガニスタン戦争やイラク戦争など、中東への軍事介入を強めてきたが、これが事態を深刻に悪化させてしまったことは、もはや否定しようがない。そもそもオバマは、アフガニスタンやイラクからの撤退を掲げて、2008年の大統領選挙に勝利したのである。大統領に就任したオバマは、アメリカの世界戦略の重心を中東からアジア太平洋地域に移すリバランス政策を打ち出した。これは、アメリカ経済の低迷と財政赤字の増大のなかで、国防予算を削減せざるを得ないという条件の下、軍事力をアジア太平地域に集中的に配分していこうとするものであった。中国が台頭するアジア太平洋地域の秩序の安定を最優先し、この地域の経済活力をアメリカに取り込もうというのである。とはいえ、巨額の財政赤字を抱えるアメリカが単独で秩序維持を図るのはもはや不可能であり、日本などの同盟国にこれまで以上の軍事的負担が求められるのは必然であった。日本における安保法制の制定の背景には、こうしたアメリカの世界戦略上の都合があったわけである。

 いずれにせよ、アメリカが世界を一元的に支配するのはもはや不可能であるということは、アメリカの支配層に広く共有されつつあることは間違いない。アメリカの国力の衰退に伴って「パクス・アメリカーナ」が衰退し崩壊していくことは、大きな方向性としては避けられないのである。「アメリカ第一主義」を掲げるトランプの登場は、こうした流れのなかで捉えられなければならない。オバマは、普遍的な理念の擁護を掲げつつも、アメリカの国力の衰退に見合った形で、「世界の警察官」としての役割を縮小しようとしてきた。これに対して、トランプは、もはや普遍的な理念を掲げること自体を放棄しようとしているのである。トランプの「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義」の宣言は、決してアメリカの自信の表れというようなものではなく、アメリカの世界支配の行き詰まりの端的な表現にほかならない。現在のアメリカには、アメリカの特殊利害を、あたかも人類の普遍的な共同利害であるかのように偽装していく余裕がなくなってきているのであり、アメリカの特殊利害を特殊利害のままで露骨に押し出そうとしているのである。要するに、開き直りである。

 第二次世界大戦後、アメリカが支配的な位置を占めたことが、国際社会を良くも悪くもそれなりに安定させてきたことは否定できない。それだけに、アメリカが「世界の警察官」の役割から退いていくとすれば、これまで抑えつけられ隠されていた諸々の対立が表面化し、国際社会が少なからず混乱することは避けられないだろう。

 とりわけ深刻なのは、中東である。中東情勢の混迷の根本的な要因は、第一次世界大戦中に結ばれた「サイクス=ピコ協定」(イギリス、フランスにロシアが加わった秘密協定)にあるといえる。ドイツ、オーストリアなどの同盟国の側に立って第一次世界大戦に参戦したオスマン帝国は、イギリス、フランスを中心とする連合国に敗北し、オスマン帝国の支配領域のうち、アラブ人やクルド人など非トルコ系の諸民族が主として居住する地域が分割・解体されて、イギリス、フランスの植民地支配下に置かれた。このときに、民族や宗派を分断するような国境が引かれてしまったことで、アラブ人は単一の国家にまとまることができなくなり、クルド人は自分たちの国をもつことができなくなった。

 このように、「サイクス=ピコ協定」によって国境が恣意的に引かれてしまったことで、各国内部に諸々の対立が潜在させられたことが、中東情勢の混迷の根本的要因であるといえるのであるが、イギリス、フランスによる植民地支配、あるいは、第二次世界大戦後の米ソ冷戦構造の下では、それらが大きく顕在化することはなかった。しかし、米ソ冷戦の崩壊後、ブッシュ(シニア)政権による1991年の湾岸戦争を嚆矢として、中東におけるアメリカの一元的な支配を目指した軍事介入が繰返されたことで、諸々の対立が一挙に顕在化していくことになった。湾岸戦争の後、アルカイーダなどアメリカを敵視するイスラム過激派が伸長し、2001年の9・11事件へとつながる。これを受けたブッシュ(ジュニア)政権による「対テロ戦争」のなかでイラクのフセイン政権が崩壊させられたが、イラク情勢の混乱のなかフセイン政権の残党も合流する形で、「サイクス=ピコ協定」に基づく秩序の打破を掲げた「イスラム国」勢力が伸長してくることになったのである。

 中東情勢は、現在、諸大国による事態のコントロールが困難な状況に陥っている。シリアの内戦に象徴されるように、植民地支配の歴史によって深刻な対立を抱え込まされた中東の諸国家は、内外の攻撃から国民生活を守るという国家としての機能をまともに果たせなくなっている。このことが、大量の難民の流出(欧州への流入)を招いているのである。同様のことは、南スーダンなど、内戦を頻発させているアフリカ諸国についてもいえるであろう。

 アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄することは、こうした混乱に拍車をかけるものであることは否定できない。だからといって、アメリカが「世界の警察官」としての役割を果たし続けるべきだ、などと求めるのは筋違いというべきであろう。特定の大国が世界を支配するという構造が壊されること自体は、前向きに捉えられるべきことである。現在の混乱を前向きに打開するにはどうすればよいか、特定の大国の支配によらずに世界の秩序を保つことはどのようにして可能なのか――こうしたことが真剣に模索されるべきなのである。

(*)国防長官に「狂犬」の異名をもつジェームズ・マティスが指名されたことからして、トランプの「アメリカ第一主義」は、単純に、対外的に戦争を仕掛けることはやめる、というようなものではないとみておくべきである。アメリカの直接的な利益になると見れば戦争を仕掛けることも厭わないが、普遍的な理念を掲げて攻撃の正当化を図るなどというまどろっこしいことは(積極的には)やらない、ということであろう。
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2017年01月08日

激動する世界情勢を問う(3/5)

(3)各国で相次ぐ強権的指導者の登場

 前回は、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも、最も衝撃的なものであったといえるアメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利について、検討した。トランプが、「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方として自らを押し出す一方で、「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」(「東京新聞」社説)のは、現状に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそであることを指摘した。前向きの要素と後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているとはいえ、ともかく現状に対する民衆(とりわけ「グローバル資本主義」のなかで疲弊させられてきた中間層)の強烈な不満が、現状を変革する強いリーダーの登場を求めたことは否定しようがないのである。 

 しかし、これはアメリカのトランプ勝利だけに限られる現象ではない。トランプと同じように、世界中の様々な国々で相次いで、強権的な指導者が登場してきていることが注目されるのである。例えば、フィリピンのドゥテルテも、トランプと基本的に同様に、既得権益層と闘う「強い指導者」のイメージを打ち出すことで大統領選挙に圧勝したのだといえよう。今年行われるフランスの大統領選挙では、反EU・反移民を掲げる国民戦線のマリーヌ・ルペンが決選投票に進むことがほぼ確実視されており、決選投票でも勝利する可能性が指摘され始めている。また、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席など、もともと民主的とはいえない国家の指導者も、より独裁的な色彩を強めてきているように思われる。トルコでも、2016年7月のクーデター失敗以降、エルドアン大統領がこれまで以上に独裁的な傾向を強めているとされる。

 しかし、こうした強権的指導者は、必ずしも恐怖政治によって国民を支配しているということではない。強く頼もしいリーダーとして国民に支持されている側面を否定できないのである。中国の習近平の例を取り上げて検討してみよう。

 2016年10月に開催された中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議は、習近平総書記を党中央の「核心」であると明記した。これまでに「核心」という表現が使われたのは、毛沢東、ケ小平、江沢民の3人だけだったということもあり、習近平への権力集中が強く印象付けられることになった。また、習は、最高指導者としての任期延長を視野に入れているのではないかとの見方も出されている(「日本経済新聞 電子版」2016年9月28日付「任期延長競う習近平主席と安倍首相の思惑」) 。中国共産党の最高指導部である政治局常務委員については、選出される党大会の時点で68歳以下でなければならない、という慣例がある。また、国家主席の任期については、憲法上、2期10年までという規定がある。したがって、2013年に国家主席となった習の任期は、最長2023年まで(2013年―2018年が第1期、再選されれば2018年―2023年が第2期)ということになる。しかしながら、現在63歳の習(1953年6月15日生れ)は、共産党の慣例となっている68歳定年を引き上げた上で、あわよくば憲法を改正して国家主席の任期を3期までに延長しようとしているのではないか、というのである。

 習がこのように強気に打って出られるのは、それなりに国民の支持があるからこそ、であろう。この点でまず注目しなければならないのは、習の華々しい「反腐敗闘争」である。習は最高指導者となった直後から、「トラもハエも一緒にたたけ」との号令をかけ、徹底した反腐敗の姿勢をアピールしてきた。この4年間で、最高指導部の元メンバーも含めて、党幹部らが次々と汚職で摘発されてきている。党規違反などで処分を受けた人数は、2013年で約18万2000人、2014年で約23万2000人、2015年で約33万6000人、2016年も9月までで約26万人にものぼる。習近平は、こうした反腐敗闘争を通じて、共産党内の規律を強化し、権力基盤を固めてきたわけであるが、これは極端に広がってきた格差から生じる民衆の不満を巧みに吸収するものであったともいえるだろう。ケ小平による市場経済の導入以降、中国経済は、新自由主義的な「グローバル資本主義」の不可欠の構成部分としての性格を強めていき、都市と農村の格差に加えて、都市住民の内部でも劇的な格差の拡大が見られるようになってきた。中国国家統計局は、2015年にジニ係数を0.426と公表した。ジニ係数は、所得格差を測る指標のひとつで、格差が小さいほど0に近づき、格差が大きいほど1に近づく。ジニ係数が0.4を超えると社会不安が広がるとされるが、公表された統計でも、中国はすでにこの水準を超えていることになる(*)。華々しい反腐敗闘争を演出してガス抜きを図らない限り、劇的な格差の拡大によって蓄積させられた民衆の不満が現体制の安定を脅かしかねないところまできているのだともいえよう。既得権益層と闘う「強い指導者」というイメージを創り出すことで民衆の支持を獲得するという点では、習近平もまたトランプと同様の性格をもっているのである。

 加えて、こうした強権的指導者について指摘しなければならないのは、ナショナリズムを煽ることで、現状に対する民衆の不満を解消しようとする傾向がみられることである。中国の習近平は、「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを掲げつつ、南シナ海や東シナ海において、領土拡張主義的な行動をとっている。また、ロシアのプーチンは、アメリカや欧州諸国からの批判を振り切って、ウクライナからの独立を宣言したクリミアのロシアへの併合を強行した。これらは、経済的な苦境で自信を失ってしまった民衆に対して、自分も偉大な国家の一員なのだという満足感(慰め)を与えようとするものだともいえるであろう。中国やロシア、あるいはトルコの場合、過去の帝国(中華帝国、ロシア帝国〔またはソ連邦〕、オスマン帝国)への郷愁がくすぐられるという側面があることも無視できない。

 大きくいえば、世界各国で強権的指導者の登場が相次いでいるのは、新自由主義的な「グローバル資本主義」のなかで、全世界的な規模において、格差と貧困の拡大が進行していることが根底にあるといえる。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかが明確に認識されていないなかで、ともかく何でもいいから現状を変えてくれるような強い指導者に期待したい、という感情が大きく広がっているのである。こうしたなかで、ナショナリズム的な気分が高まっているのも、新自由主義的な「グローバル資本主義」、すなわち、国境を超えて「ヒト・モノ・カネ」が激しく行き交うという状況のなかで、各国の国民生活や地域社会の安定が崩されていることへの民衆の怒りの表現だというべきであろう。過去の帝国への郷愁をくすぐられたり、あるいは、安い労働力として流入してくる移民への反感を煽られたり、必ずしも健全なものとはいえないにしても、ナショナリズム的な気分の高揚を全否定するわけにはいかないのである。

 強権的な指導者だからこそ国民の支持を集める――こうした現象は、この日本も決して例外ではない。2012年末に発足した安倍晋三政権(第2次安倍政権。2014年12月24日以降、第3次)は、2014年、閣議決定により憲法解釈を変更して集団的自衛権の容認に踏み切り、2015年、安保法制の成立を強行した。昨年秋の臨時国会でも、会期を無理やり延長した上で、カジノ法や年金改革法の成立を強行するなど、強引な国会運営が目立った。しかし、野党や市民運動の側から、立憲主義の破壊だ、独裁的だ、という強い批判がいくら繰り返されても、内閣支持率は依然として堅調である。政権発足から4年たった現在においてもなお、いまだに6割程度の内閣支持率が維持されているのである。こうしたなか、自民党総裁の任期が「連続2期6年まで」から「連続3期9年まで」に延長されることがほぼ確実になった。安倍は、2018年の総裁選挙にも立候補が可能となり、最長で2021年9まで政権を維持する道を拓いたのである。「安倍一強」体制とも呼ばれるような状況がつくられているのである。

 これは安倍政権が、日本経済の長期停滞、格差と貧困の広がりのなかで、「アベノミクス」による経済再生という幻想を振りまき続けていることが大きく影響しているだろう(大企業経営者に対する賃上げ要請などのアピールも重要な要素であろう)。また、台頭する中国の脅威を煽り、それに対して強硬姿勢をとることで、現状に対する国民の不満を巧みに吸収(経済的に中国に追い抜かれてしまったという悔しさを解消)しているという側面も無視できない。

 野党が安倍政権を本気で打倒しようとするならば、安倍政権は独裁的だ、などと非難するだけではダメである。なぜならば、独裁的だからこそ国民の支持を集めているという側面があるからである。野党には、なぜ安倍政権の支持率がここまで堅調なのかをきちんと踏まえた上で、日本の政治経済の現状、世界における日本の立ち位置について、まともな変革の展望を明確に打ち出していくことが求められているといえよう。

(*)北京大学は2014年に、中国の国内個人資産の3分の1を上位1%の富裕層が握り、実際にはジニ係数は0.73に達しているとの独自調査を公表、極端な富の偏在が進行している状況に警告を発した。
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2017年01月07日

激動する世界情勢を問う(2/5)

(2)いわゆる「グローバル資本主義」に苦しめられた民衆の怒りの爆発

 本稿は、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことを目的にしたものである。

 今回は、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも、もっとも衝撃的なものであったといえるアメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利について、少し踏み込んで検討しておくことにしたい。

 前回の注で触れたとおり、一般投票での得票では、クリントンがトランプを上回っている。最終的な集計結果によれば、クリントンの得票数は6584万4954票(得票率48.2%)で、トランプの6297万9879票(得票率46.1%)を約290万票上回った。トランプは激戦州とされる州を確実に押えることで、過半数を上回る選挙人を獲得することができたのである。なかでもトランプとクリントンの勝敗を決定的に分けたのは、「ラストベルト(錆びついた地帯)」と呼ばれる中西部の工業地帯、すなわち、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの4州であった。これら4州は、前々回2008年、前回2012年の大統領選挙では民主党のオバマが押さえたところであるが、今回は全て共和党のトランプが押さえることになった。この「ラストベルト」と呼ばれる地域は、かつては鉄鋼や石炭、自動車製造業などで栄えてきたものの、NAFTA(北米自由貿易協定)など新自由主義的な政策の推進によって、低賃金のメキシコなどに雇用が流出することで、大きく衰退していた。「ラストベルト」におけるトランプの勝利は、雇用の流出に苦しむ労働者層の反乱としての側面をもつことは否定できないであろう。トランプが選挙戦中、ミシガン州において、もしフォードが工場を閉鎖してメキシコへ移転するならメキシコで製造されてアメリカに入って来る自動車の全てに35%の関税を掛けると主張し、労働者の喝采を浴びたのは象徴的である。トランプは、労働者層の不満を巧みに吸収したのである。普通に働けばそこそこの暮らしが可能であったという状況が崩されていくなかで、8年前に「チェンジ」を約束して登場した民主党オバマ政権の下でも一向に状況が改善しなかったことが、民主党のクリントンへの投票をためらわせる要因にもなったであろう。

 こうした事情について、「東京新聞」11月10日付社説「トランプのアメリカ(上) 民衆の悲憤を聞け」では、次のように述べられている。

ロイター通信の出口調査によると、「金持ちと権力者から国を取り返す強い指導者が必要だ」「米経済は金持ちと権力者の利益になるようゆがめられている」と見る人がそれぞれ七割以上を占めた。/トランプ氏はその怒りをあおって上昇した。見識の怪しさには目をつぶっても、むしろ政治経験のないトランプ氏なら現状を壊してくれる、と期待を集めた。/逆に、クリントン氏はエスタブリッシュメント(既得権益層)の一員と見なされ、クリントン政権になっても代わり映えしないと見放された


 このように、トランプは、「金持ちと権力者から国を取り返す強い指導者」というイメージをつくりだすことで、現状に対する民衆の不満を吸収し、大統領選挙に勝利することができたのだといえよう。

 同時に、見逃してはならないのは、格差と貧困の拡大に苦しむ民衆の不満が、「金持ちや権力者」という社会的強者に向けられただけでなく、女性や障害者や移民といった社会的弱者にも向けられていることである。「東京新聞」の同じ社説では、次のように述べられている。

女性や障害者をさげすみ移民排斥を唱えるトランプ氏は、封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った。そうした暴言は多民族国家である米社会の分断を、一層進行させることにもなった


 このことに関わって、トランプが首席戦略官にスティーブ・バノンを起用したことは重大である。バノンは、ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の会長で、インターネットを通じて影響力を拡大してきた白人至上主義的な右翼運動「オルタ・ライト」(日本でいうところの「ネット右翼」に相当する)の重要人物とみなされる。白人至上主義者、女性差別主義者とされるバノンの起用は、共和党内からも激しい非難が沸き起こった。トランプは、オルタ・ライトについては非難し、バノンとオルタ・ライトとのつながりも否定しようとしているが、トランプ自身が、移民排斥を煽るような人種差別的な発言、女性蔑視的な発言を繰返して物議をかもしてきたことは周知の事実であり、トランプが、選挙戦勝利のために、また政権への支持を獲得するために、白人(男性)至上主義的な気分を利用しようとしてきていることは否定しようがないであろう。

 トランプが、一方では「金持ちと権力者」と闘う姿勢をアピールしながら、他方では「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」のはなぜなのだろうか。結論から言えば、それは、現状に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそだといえるであろう。 

 第二次世界大戦後の資本主義経済の高度成長期には、普通に働けばそこそこの暮らしが可能になるという状況が実現され、白人男性労働者層が中間層として社会の安定を支えていた。しかし、低成長への移行とともに、1980年代以降、新自由主義的な改革が押し進められるようになり、少しでも安い労働力を求めて資本が地球規模で動き回るという「グローバル資本主義」の現実のなかで、労働者の生活は大きく不安定化させられてきた。昔は良かったのにどんどん暮らしが苦しくなっている――こうした状況への怒りはどこに向かうのか。利潤追求のために雇用を劣化させてきた資本家に向かうのか。それとも、白人男性労働者の職を奪ってきた移民に向かってしまうのか。白人男性労働者の置かれた状況がますます厳しくなってくる一方で、女性や障害者がことさらに保護され優遇されているように見えてしまうことへの不満も醸成されてくるかもしれない。

 要するに、民衆(とりわけ疲弊させられてきた中間層)の生活の苦しさがどのような構造によってもたらされてきているのかが明確に認識されておらず、どのような対象に対してどのように怒りを向けていくべきかが明らかになっていないのである。端的にいえば、新自由主義的な「グローバル資本主義」を変革していくための展望が見えていないからこそ、「金持ちや権力者」への怒りが、純粋な形で登場してくるのではなく、社会的弱者への攻撃をも伴った形で噴出してこざるをえないのである(*)。

 トランプは、自らの経済政策について、大きな理念からきちんと筋を通して考えているというよりも、こうした混沌とした民衆の不満に対して、その場その場で最も受けのよさそうな言動をとっているのではないかと思われる節がある(雇用の確保のアピール、バラマキ的な財政支出の拡大、TPP離脱などの「保護主義」、中国や日本の「為替操作」攻撃)。とはいえ、トランプ政権の人事を見ると、商務長官に投資家のウイルパー・ロス、経済政策の司令塔である国家経済会議(NEO)委員長にゴールドマン・サックス社長兼最高執行責任者(COO)のゲーリー・コーンなど、経済関係では元企業幹部の起用が目立つ。「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方というトランプ像は虚像でしかなく、いわゆる「トランプノミクス」は、法人減税や規制緩和など供給力重視の経済政策で企業収益の拡大を通じて「強いアメリカ」をつくりあげようとした「レーガノミクス」の焼き直しにすぎないというべきであろう。「トランプノミクス」は、「グローバル資本主義」の深刻な行き詰まりを打開するようなものでは到底なく、一時的な活況をもたらすことがあるにしても、長期的にみれば、アメリカ経済と世界経済の危機をいっそう深くするものでしかない。

(*)イギリスのEU離脱をめぐる国民投票でも、排外主義的な右翼が反移民的な感情を煽るような形でEU離脱を主張したのみならず、左翼の一部も、EUが押しつける緊縮政策、新自由主義的な政策への反発からEU離脱を主張していた。労働党のコービン党首も、一応は離脱反対派でありながら、EUに対して懐疑的な見解を繰り返し表明していた。
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2017年01月06日

激動する世界情勢を問う(1/5)

目次
(1)世界中で衝撃的な出来事が相次いだ2016年
(2)いわゆる「グローバル資本主義」に苦しめられた民衆の怒りの爆発
(3)各国で相次ぐ強権的指導者の登場
(4)アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まり
(5)世界歴史の大きな流れを視野に、混迷を前向きに打開する努力を

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(1)世界中で衝撃的な出来事が相次いだ2016年

 2016年は、世界中で、これまでの常識を覆すような衝撃的な出来事が相次いだ1年であった。

 それを象徴するのは、何といっても、11月8日に行われたアメリカ大統領選挙の結果であろう。移民排斥を煽るような人種差別的な発言、女性蔑視的な発言を繰返して物議をかもしてきた共和党のドナルド・トランプ候補が、女性初のアメリカ大統領を目指した民主党のヒラリー・クリントン候補に「圧勝」したのである(*)。全米屈指の「不動産王」と称される実業家で、公職経験のないトランプは、2015年6月に大統領選挙への出馬を表明した当初においては、単なる泡沫候補としてしか見られていなかった。トランプが、共和党の予備選挙において、ジェブ・ブッシュ、マルコ・ルビオなど本命とされた候補者を退けて指名を獲得したこと自体が一般的には驚きをもって迎えられたのであるが、本選挙においても、大本命とされたヒラリー・クリントンに勝利してしまったのである。ほとんどのメディアが、世論調査の結果などを踏まえて、直前までクリントンの勝利をほぼ確実なものとして予想していただけに、これを覆すトランプの勝利は、巨大な衝撃として受け止められたのであった。また、本選挙に先立つ民主党の予備選挙においても、大本命候補とされたクリントンに対して、「民主的社会主義者」を自称するバーニー・サンダース候補が、学費ローンの重い負担に苦しむ若者たちの熱狂的な支持を受けて、あと1歩というところにまで迫るような大健闘をした。サンダースも、当初は泡沫候補としてしか見なされておらず、こうした大健闘は大方の予想をくつがえす出来事であった。アメリカ大統領選挙のこうした展開については、格差と貧困が広がるなかで、エスタブリッシュメント(既得権益層)に対する民衆の不満が表れたものだと報じられることになった。

 6月23日にイギリスで行われたEU離脱の是非を問う国民投票において、離脱支持が多数となったことも、世界に大きな衝撃を与えた(残留48%、離脱52%)。そもそもこの国民投票は、デイビッド・キャメロン首相が、EU離脱を主張して支持を伸ばしてきたイギリス独立党の勢いに歯止めをかけるとともに、与党・保守党内のEU離脱派の勢力を抑え込むために、賭けに出たものだといわれたものである。しかし、離脱反対が勝利するだろうというメディアの事前の予想を覆して、離脱支持が多数となったのであった。この結果を受けて、キャメロン首相は辞任、政界からも引退することを表明した。このイギリスで国民投票の結果については、大量の移民が流入して低賃金で働いていることによってイギリス人の雇用が奪われているという労働者層の不満が背景にあった、と解説されることになった。

 イギリス以外のヨーロッパ諸国においても、反EU感情、反移民感情の高まりが顕在化している。12月4日に投開票が行われたオーストリア大統領選挙のやり直し決選投票では、緑の党のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン候補が、反EU・反移民を掲げる極右・自由党のノルベルト・ホーファー候補に辛うじて勝利したものの、同日に行われたイタリアの憲法改正の是非を問う国民投票では、改憲反対が多数となった。この改憲案は、上院の権限を縮小して政治を安定させることを狙ったものとされたが、マッテオ・レンツィ首相の事実上の信任投票とされた(レンツィ首相が、改憲反対多数なら首相を辞任すると表明した)ことで、EU条約にしたがって緊縮政策を進めてきたレンツィ政権の政策の是非が争点として浮上させられることになり、反EU・反緊縮を掲げる新興政党「五つ星運動」などの野党が強力な反対運動を展開していたのであった。

 このほか、5月9日に行われたフィリピン大統領選挙においても、事前の予想を覆して、ダバオ市長であったロドリゴ・ドゥテルテ候補が圧勝した。ドゥテルテは、麻薬取り締まりのために「犯罪者は殺す」など過激な言動を繰り返したことなどから「フィリピンのトランプ」とも称されたが、サンダースのように「社会主義者」を自称してもいる(ドゥテルテの大学時代の恩師はフィリピン共産党の創設者ジョマ・シソンであり、ドゥテルテ政権の閣僚には4人の共産党員が起用されている)。

 これらの一連の動きは、しばしば、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭として、自由と民主主義を脅かす危険な動きとして捉えられている。例えば、ハフィントンポスト日本版の「「世界はポピュリズムに流され無責任な社会に」英米在住のジャーナリスト、EU離脱とトランプを語る」と題された記事はその典型だといえよう。これは「ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎が、イギリス在住のジャーナリスト小林恭子氏、アメリカ在住のジャーナリスト津山恵子氏に聞いた」というものである。このインタビュー記事では、EU離脱を選択し、トランプを躍進させた英米の民衆の選択に対して、「数字的な検証や理論立てて説明することなど「知性」への嫌悪感や、「理屈はもういい。私たちの感情が大事なんだ」という無責任な雰囲気」(竹下)、「世界経済や政治の秩序なんて無視してもいい、というような動きはあるような気がします。現実や事実を基にして議論するのではなく、自分たちの感情にまかせて行動しているのです」(小林)といった罵詈雑言を浴びせかけた上で、「このポピュリズムの台頭を端的に言い表すと、どのような言葉がふさわしいでしょうか」という竹下の問いに対して、津山が「「無責任」ですね。これからの将来を担う若者たちに大きなダメージを与えている無責任な人間たちの暴走です」と答えて切って捨てているのである。

 しかし、イギリス国民のEU離脱の選択やアメリカにおける「トランプ現象」は、本当にこのように全面的に否定されるべきものなのだろうか。こうした動きを一方的に非難するだけでは、問題の解決にはつながらないのではないだろうか。まずは、こうした動きが生じてきている必然性、従来の体制のどこに無理が来ているのかを深くつかむ必要があるのではないだろうか。

 2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスの国民投票、あるいはフィリピンの大統領選挙のみならず、ここ数年、ロシアのクリミア併合や中国による南シナ海での領土拡張主義的な行動、中東での「イスラム国」の伸長、アフリカ諸国における国家的機能の崩壊と内戦、ヨーロッパへと押し寄せる難民の波など、従来の世界の秩序が大きく揺らぎ、世界情勢は混沌とした様相を見せている。

 本稿では、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことにしたい。

 第一に、トランプの勝利は「グローバル資本主義」によって没落させられた中間層の反乱である、という捉え方を踏まえつつ、それが排外主義的な気分を伴って現われてきていることについて検討する。

 第二に、「グローバル資本主義」による世界的な格差と貧困の拡大が、世界各国で相次いで強権的な指導者を登場させていることについて検討する。

 第三に、世界各国で相次ぐ強権的な指導者の登場の背景としては、アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まりという要因を無視することができないことを論じる。

(*)アメリカ大統領選挙では、一般の有権者は直接に大統領候補に投票するのではなく、大統領選挙人に投票する。アメリカの大半の州では「勝者独占方式」を採用しており、州ごとに得票数で上回った候補者が、その州の選挙人の票を独占(総取り)できるという仕組みになっている。このため、たとえ一般投票における得票数で上回っても、獲得した選挙人の数によって敗北してしまうということが生じうる。今回の大統領選挙では、獲得した選挙人数でトランプがクリントンを引き離したため(クリントン232人に対してトランプ303人)、トランプの「圧勝」というイメージがつくられているが、実際には、一般投票での得票数ではクリントンが大差(およそ290万票差)で上回っている。 
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2017年01月05日

年頭言:機関誌の発刊を目指して(5/5)

(5)我々の機関誌が新時代の新たな理念を創出する

 本稿は,新年の初めに昨年の研究会活動を振り返り,本年の課題を設定することによって,目的意識的に研鑽を重ねられるようにするための論考でした。ここで,これまでの流れを振り返っておきたいと思います。

 初めに,我が研究会の機関誌を発刊することを宣言した上で,その必然性を理解していただくために,また,昨年の活動の総括や今年の課題設定の前提として,これまでの20年にもなろうとするわれわれの研鑽の歴史を振り返りました。われわれの研究会の前身は,1998年に京都のとある大学で生まれたものでした。当時は,週に1回ほど集まって,三浦つとむや南郷継正の著作を読んでいくというものでした。筆者が大学在学中に,現在のわれわれの指導者のゼミに参加するようになったこと,大学卒業後も,月に一回ほどのペースで読書会を開催するとともに,年に2〜3回のペースでわれわれの指導者のゼミ合宿に参加して,毎回そのレポートを書いていたこと,ゼミ合宿に参加する若いメンバーが増えてきたことなども紹介しました。2008年ごろからは,指導者に個別指導(コーチング)を受けるメンバーも出てきて,その内容はレポートにまとめられて共有するようになりました。2010年は一つの結節点となりました。それはブログを開設して,毎日,論文や例会報告を掲載するようになったからでした。それに伴い,論文を事前に提出して,メンバー間で討論するようになりました。また,例会でも,事前に論点やそれについての見解をそれぞれが書いて交流するようになりました。例会で扱うテキストの他にも,特定の著作を取り上げて何人かのメンバーが集まって行う読書会が組織されたり,毎月の振り返りを文章化して共有するようになったり,社説に対してコメントを行うようになったりしてきたことにも触れました。要するに,われわれの研究会の歴史は,会員間の認識の相互浸透が活発になされるようになってきたとともに,「書くことは考えることである」の実践がより深まってきた過程であったのであり,その必然的な帰結として機関誌の発刊があるのだと説きました。

 このような研究会の発展史を踏まえて上で,連載第2回では,昨年の研究会活動の総括を行いました。昨年取り組むべき課題として,毎月の例会で,ヘーゲル『哲学史』のギリシア哲学の第二期以降を最後まで読み進めることと,吉本隆明『日本近代文学の名作』(新潮文庫)を読み進めていくことを挙げていました。各会員の専門分野に関する課題としては,言語学や心理学(認識論),教育学や経済学に関わる著名な人物を取り上げつつ,その専門分野における歴史を把握していくというものが挙げられていました。各会員の専門分野に関しては,本ブログで発表してきましたので,研究会全体に関わる課題について振り返り,総括しました。まず,ヘーゲル『哲学史』については,ともかく,2年間かけて哲学の2000年にもわたる発展の歴史を読み通すことができた点が,まず評価できるとしました。さらに,「生命の歴史」と重ね合せて読むことによって,場所の変更を伴う2部構成として発展していることも掴めました。また,吉本隆明の言葉であるとされる「実体の世界」と「学問の世界」という観点から大きく整理できたことも大きな成果でした。すなわち,二つの世界が未分化な状態から分化していき,重ね合せる努力がなされて,一時的には実体の世界が放棄され,すべて学問の世界に解消されながらも,近代に至っては,この二つの世界の統一(宥和)という課題が明確にされ,ついにヘーゲルに至ってその課題が一応の解決を見たのでした。吉本隆明『日本近代文学の名作』については,夏目漱石『こころ』から保田與重郎『日本の橋』までの10作品を読み進めながら,吉本の評論を参考にして感想を交流していきました。全体的に見て,作家が属している時代や社会の心が,無意識的に文学作品に反映しており,また作家が捉えた人の心が,登場人物の心理描写として描かれているので,このような文学を読んでいくことは時代の心,社会の心,人の心を学ぶことになるのであり,ひいては人間とは何かを分かるための学びになっていくのだということが,実感として分かってきた学びとなりました。最後に,ゼミでの討論についても簡単に触れました。基本概念の大切さを痛感し,読み手にイメージが伝わるように説いていくことの重要性を再確認したのでした。

 連載の第3回では,研究会全体としての本年の課題を設定しました。まず,毎月の例会で扱う内容としては,2年間かけてカント『純粋理性批判』に取り組むことにしました。これは,学問の構築過程では,アリストテレス,カント,ヘーゲルの学問が必然的な流れとして表れてくるからでした。学問構築を目指すわれわれとしては,カントの主要著作は避けて通れないということです。また,「アリストテレスから,カント,ヘーゲルの学問を志して学んだその学習の課程(=過程)を二十代でたどってみることが大事」「それにはヘーゲルの『哲学史』からカントの『純粋理性批判』に下り,そこから再びヘーゲルの『エンチュクロペディ』に至る過程をもつこと」(南郷継正『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集』第2巻,p.144)という指摘を踏まえたからでもあります。一流の哲学者が学問を志して学んだ学習過程を辿ってみるために,昨年までの2年間でヘーゲル『哲学史』の学びを(一応)終えましたので,今度はカントの『純粋理性批判』に進もうというわけです。次に,機関誌の発刊に向けた取り組みについては,まず,そのタイトルとして京都を髣髴とさせる『哲学への道』が有力であることに触れました。しかしこれはまだ確定ではありませんので,今年中に決定する必要があります。中身に関わっては,集団的に討論して共著で書き上げる論文として「新・社会とはどういうものか」というタイトルの論文を検討していることを紹介しました。これは,三浦つとむ『社会とはどういうものか』の21世紀版として,中学生や高校生にも理解できるものを目指しているのでした。この論文執筆のために,とりあえずは,三浦つとむや滝村隆一の関連する著作を,集団的に学び直していくことが必要であり,2カ月に一冊ほどのペースで読了していくために,読書会の場を設けて,討論を重ねることとしました。さらに機関誌に,ドイツ語の古典の翻訳を少しずつ載せていくことなども検討していることを説きました。最後に,以上の二つ以外にも,吉本隆明『日本近代文学の名作』の読書会を継続すること,南郷継正『看護学科・心理学科学生への“夢”講義』を1巻から順に読んでいき,1年間で全6巻を復習するために,会員全員で読み込んで読書会で討論していくこと,この二つも研究会全体の課題として設定しました。

 連載の第4回では,会員それぞれの専門分野について,具体的に課題を設定しました。主として,ブログに発表する論考として,どのようなテーマを設定するのかということですが,今年からは合わせて,発刊を目指す機関誌にそれぞれが載せる論文も意識して学んでいくことになると確認しました。認識論(心理学)に関しては,第一に,南郷継正『“夢”講義』を,読書会を通して会員間の認識の交流を図りながら,しっかりものにしていくことを挙げました。第二に,認知行動療法の哲学的背景を明らかにした本を執筆し,認知行動療法についてより論理的に筋を通した形で把握できることを目指すと説きました。第三に,歴史も含めて心理学の全体像を把握し,弁証法や認識論,そして心理学の知見と実際に行っている実践を相互浸透させるために,担当している事例についても毎月の振り返りの中で考察していき,可能であれば専門誌に一本,論文を投稿することを目標としたいとしておきました。経済学については,日本経済史の全体の大きな流れについて把握すること,経済学の原点を哲学者としてのアダム・スミスに問うことの2つを大きな課題としました。アダム・スミスについては,2013年に「アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う」と題した論文を本ブログに掲載しましたが,それ以降,アダムスミスのほぼすべての著作・論文・講義録を取り上げて論文化しましたので,こうした取り組みを総括する論文として,2013年論文を書き直すことが目標であるということでした。他にも,ヒュームの『政治論文集』とジェームズ・スチュアートの『経済の原理』についての検討も進めていくことも課題として挙げておきました。教育学については,昨年の取り組みの中でルソーの意義を痛感したので,ルソーを中心に学んでいくことを課題としました。ルソーが『エミール』のような有名な著作を書くことができたのは,ルソーが社会全体を論じる中で教育についても扱ったからだと言えるのではないか,そうであるならば,ルソーの代表的な論文を学ばなければルソーの教育論もきちんと理解できないのではないかと考えての課題設定でした。また,昨年の取り組みによって,教育の歴史とは,教育によって人間観が拡大し,その拡大した人間観に基づいて教育が行われてきた歴史と言えるのではないかということを感じましたので,「人間観の歴史を概観する」と題した論文を執筆し,人間観と教育の深まりを具体的に捉えていくことを今年の課題としたいと述べました。こうして歴史的な過程を踏まえることにより,自らがなすべき歴史的な課題について把握するようにしたいということでした。言語学については,昨年に引き続き,この間取り組んできた言語学史の事実的な把握に重ねる形で,論理的な把握を行っていくことを大きな課題としました。具体的には,19世紀の比較言語学に至る直前の18世紀に流行した言語起源論とは如何なるものかを明らかにするとともに,20世紀のソシュール言語理論に後続するチョムスキーの変形生成文法の論理的検討へと進んでいきたいと考えています。合わせて,三浦つとむの言語論を徹底的に学んでいくことによって,言語の一般論をより豊かなものとしていくとともに,言語とは何かということについて,特に言語の二重性に焦点を当てつつ,中学生にも分かる内容でしっかりと論文として説いていくことも課題として設定しました。全体を眺めてみると,これまで数年かけて研究会全体として取り組んできた哲学史の理解を踏まえて,哲学者でもあり,個別科学者ともいえるようなそれぞれの分野の先達の文化遺産をしっかりと自分のものにして,まとめ上げていくことが共通した課題だといえると説いておきました。

 以上,本稿で説いてきた昨年の総括と本年の課題について,改めてまとめ直してみました。全体として見れば,本年は明らかに飛躍の年となります。これまでの20年にもなろうとする研究会活動の中で創出してきた研究会としての「一つの頭脳」を,いよいよ専門領域の具体的な課題に対して使用していく過程が始まり,使用する中で獲得されていく成果を世に問うていくという,大いなる前進の年になるはずです。

 最後に,われわれが創刊を目指す機関誌に込める思いを説いておきたいと思います。昨年は,イギリスのEU離脱やトランプ氏の大統領選勝利に象徴されるように,混乱・混迷の時代の始まりを示すような大きな出来事がありました。日本においても,先行きの見えない不安定な時代の到来を暗示するような出来事が次々と起こりました。参院選で与党が大勝し,改憲派が3分の2超を占めることになったため,いよいよ改憲の問題が現実味を帯びてきました。憲法という国家を規定する最高の法典が変わる可能性が強まってきたのです。これは,国家のあり方そのものの変更が現実味を帯びてきたということをも意味します。天皇が国民に向けたビデオメッセージで,退位の意向を示唆したとされる問題も,今後の日本のあり方を占ううえでは重要な問題だといえるでしょう。至るところで混迷の度を深めていることを実感させられるような事件も起こりました。自動車メーカーが燃費データを偽造したり,築地市場の豊洲移転に関わって,豊洲市場の建物下で土壌汚染対策の盛り土をしていなかった事実が明らかになったり,相模原市の障害者施設で19人が刺殺されるという痛ましい事件が起こったりしました。国勢調査で初めて,日本の人口が減少したというニュースも,将来の日本に暗い影を落としていると感じさせるものでした。

 このような世界的にも日本国内でも,大混乱・大混迷の時代にあって,それを抜け出し,新しい社会を作っていくための明確な理念が求められているということができます。人々は理念によって動かされます。理念には,人々を動かす力があるのです。われわれ京都弁証法認識論研究会が創刊する機関誌は,そのような時代の要請である理念の創出・提示を第一の目的としています。混乱の中で人々が指針とできるようなもの,そういったものを創り出していきたいのです。

 そのためには,何といっても,社会についての科学的な理論が必要となります。「生命の歴史」において哺乳類段階の生命体が,激動する地球環境に合わせて,その変化を取り込むようにして発展していったように,現在の人類も,激動する社会環境の変化に合わせて,その変化を取り込みながら発展していかなければなりません。というより,その変化に合わせて,変化を取り込んでいけないならば,衰退し,滅んでいかざるを得ないといえるでしょう。そうならないためにも,しっかりと社会の変化に合わせ,さらには社会をあるべき方向へと改変していく必要があるのです。そのためには,どうしても社会を科学的・体系的に把握したところに成立する社会科学が必須なのです。

 われわれ京都弁証法認識論研究会では,このような展望のもとに,社会科学の構築,さらには新時代に求められる理念の創出を目指して,機関誌を創刊し,発刊し続けていくことを決意しています。昨年まで以上に厳しい研鑽の過程になりますが,本稿で説いたような目的をしっかり把持し続け,お互いに情熱を燃やし合いながら,何としてでもこの困難な道を歩み続けていきたいと思っています。

 最後になりましたが,本年もご愛読のほど,よろしくお願い申し上げます。

(了)
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2017年01月04日

年頭言:機関誌の発刊を目指して(4/5)

(4)本年の課題A――個別の専門分野での学び

 前回は,昨年の研究会活動を踏まえて,今年1年間,研究会全体としてどのような課題を設定して取り組んでいくのかを説きました。毎月行う例会では,カント『純粋理性批判』を読み進めていくこと,機関誌の発刊に向けた取り組みとしては,社会科学の構築のために三浦つとむや滝村隆一の著作に集団的に取り組んでいくこと,その他,吉本隆明『日本近代文学の名作』や南郷継正『“夢”講義』の勉強会を実施していくことを確認しました。

 さて今回は,今年1年はどのような課題を設定し取り組んでいくべきかについて,各メンバーの専門分野(認識学(心理学),経済学,教育学,言語学)の学びについて整理しておくことにします。主として,ブログに発表する論考として,どのようなテーマを設定するのかということですが,今年からは合わせて,発刊を目指す機関誌にそれぞれが載せる論文も意識して学んでいくことになります。

 それでは,それぞれの専門分野について,具体的に課題を確認しておきましょう。

 認識学(心理学)に関しては,まずは,南郷継正『“夢”講義』を1年間かけてしっかり読み込み,最新の認識論の成果をしっかりと自分のものにすることを課題とします。幸い,他の会員も協力してくれ,2カ月に一回ほど,『“夢”講義』の読書会をしていただけることになったので,『“夢”講義』に関する会員間の認識の相互浸透を図り,それぞれの専門分野に関わって認識論をどう活かしていくか,専門分野からどのように認識論を再措定していくのか,ということについても,討論していければと思っています。次に,認知行動療法の哲学的背景を明らかにした本を執筆します。認知行動療法には,共同的経験主義とソクラテスの質問法という二つの基本原則がありますが,これらは共に,哲学上の成果を直接に活用したものです。このように,哲学から直接的に取り入れられている考え方や発想だけではなく,媒介的に取り入れられているものも含めて,哲学の発展史に沿って解説していく本です。取り上げる予定の哲学者としては,ソクラテスとロック以外に,パルメニデス,プラトン,アリストテレス,アダム・スミス,カントなどです。このような作業を通じて,認知行動療法についてより論理的に筋を通した形で把握できることを目指します。最後に,歴史も含めて心理学の全体像を把握することを第三の課題にします。そのために,心理学の歴史に関する本を数冊読み,認知心理学,社会心理学,臨床心理学などの代表的な教科書に目を通し,特に専門たる臨床心理学に関しては,その研究法なども学んでいきます。可能であれば,専門誌に一本,論文を投稿することを目標にします。また,弁証法や認識論,そして心理学の知見と実際に行っている実践を相互浸透させるために,担当している事例についても毎月の振り返りの中で考察していきます。

 経済学については,今年は,日本経済史の全体の大きな流れについて把握すること,経済学の原点を哲学者としてのアダム・スミスに問うことの2つを大きな課題とします。それぞれ,2017年中に本ブログ掲載する論文としてまとめた上で,それをより詳しく説きなおす形で,2018年4月に創刊する計画の研究会機関誌に連載していくことを考えています。アダム・スミスについては,2013年に「アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う」と題した論文を本ブログに掲載しましたが,それ以降も,アダム・スミスの個別の著作物についての検討を深め,その成果についてはその都度ブログで発表してきました。昨年掲載した「アダム・スミス『国富論』を読む」までで,アダム・スミスによって遺されたほぼ全ての著作・論文・講義録をとりあげたことになります。2013年に発表した論文を,こうした取り組みを大きく統括する論文として書き直すことが,2017年の大きな目標となります。このほか,経済学の歴史についての学びとしては,この2017年には,ヒュームの『政治論文集』,ジェームズ・スチュアートの『経済の原理』についての検討も進めていくことにします。

 教育学については,昨年の取り組みをより深めていくことが今年の課題となります。昨年は,コメニウス,ロック,ルソー,ペスタロッチのそれぞれについて,代表的な著作を取り上げてその歴史的な意義を明らかにするとともに,この4人の流れがいかなる過程であったのかを明らかにしました。その中で感じたことは,やはりルソーは非常に大きな意義をもっているということでした。『エミール』については知らない人がいないほどの有名な著作ですが,そのような著作を書くことができたのは,ルソーが社会思想家であったから,つまり,社会全体を論じる中で教育についても扱ったからだと言えるのではないかと思います。したがって,ルソーの社会思想全体を見ることなくして,ルソーの教育論の歴史的な価値を把握することはできないのではないかと考えます。そこで,今年はルソーの代表的な論文,具体的には『学問芸術論』『人間不平等起源論』『社会契約論』を丁寧に読みといくことを課題としたいと思います。また,昨年の取り組みの中で人間観こそ教育を成り立たせる大きな柱なのだということをつかむことができました。教育の歴史とはこの人間観が拡大してきた歴史,もう少し詳しく言うならば,教育によって人間観が拡大し,その拡大した人間観に基づいて教育が行われてきた歴史と言えるのではないかということを感じました。そこで「人間観の歴史を概観する」と題した論文を執筆し,人間観と教育の深まりを具体的に捉えていくことを今年の課題としたいと思います。こうして歴史的な過程を踏まえることにより,自らがなすべき歴史的な課題について把握するようにしたいと思います。

 言語学については,昨年に引き続き,この間取り組んできた言語学史の事実的な把握に重ねる形で,論理的な把握を行っていくことを大きな課題として取り組みます。具体的には,昨年明らかにした比較言語学誕生の歴史的必然性,ソシュールの言語理論の歴史的意義を踏まえつつ,19世紀の比較言語学に至る直前の18世紀に流行した言語起源論とは如何なるものかを明らかにするとともに,20世紀のソシュール言語理論に後続するチョムスキーの変形生成文法の論理的検討へと進んでいきたいと思います。著作としては,ルソー『言語起源論―旋律と音楽的模倣について―』,『人間不平等起原論』,コンディヤック『人間認識起源論』,アダム・スミス「諸言語の起源に関する論文」,チョムスキー『統辞構造論』,『生成文法の企て』,『デカルト派言語学』などを読み進めて検討していくことにします。合わせて,三浦つとむの言語論を徹底的に学んでいくことによって,言語の一般論をより豊かなものとしていくとともに,言語とは何かということについて,特に言語の二重性に焦点を当てつつ,中学生にも分かる内容でしっかりと論文として説いていきたいと思います。その際,1つ1つの概念の中身をしっかりと押さえながらの展開とすることも意識してやっていきたいと思います。

 以上のように各分野で研究・研鑽していくことになります。全体を眺めてみると,これまで数年かけて研究会全体として取り組んできた哲学史の理解を踏まえて,哲学者でもあり,個別科学者ともいえるようなそれぞれの分野の先達の文化遺産をしっかりと自分のものにして,まとめ上げていくことが共通した課題だといえるでしょう。また,これまで研究会全体で創出してきた「一つの頭脳」を,いよいよ使用して専門分野に切り込み,,その成果を世に問うことが課題になってきている,ということもいえるでしょう。

 以上,今回は,個別の専門分野についての本年の課題を紹介しました。

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2017年01月03日

年頭言:機関誌の発刊を目指して(3/5)

(3)本年の課題@――カントの学びと機関誌発刊の準備

 本稿は,昨年の研究会活動を振り返り,本年の目標を明確にするための論考です。前回は,研究会全体で取り組んだヘーゲル『哲学史』と吉本隆明『日本近代文学の名作』を取り上げ,その取り組みや成果を総括しました。

 今回は,昨年の取り組みを踏まえて,今年はどのような課題にチャレンジしていくのかを明確にしておきたいと思います。今年取り組むべき課題の中で,今回は,研究会全体として取り組むことを取り上げます。そして次回は,各会員の専門分野における課題を提示したいと思います。

 では,研究会全体としてどのようなことに取り組んでいくのか。大きく分けて3つあります。すなわち,毎月の例会で扱う内容,機関誌の発刊に向けた取り組み,そして,その他の勉強会で扱う内容の3つです。

 まず,例会で扱う内容についてです。これについては,一昨年から昨年にかけて学んできたヘーゲル『哲学史』を踏まえて,本年と来年の2年間をかけて,カント『純粋理性批判』を読み進めることにします。なぜ,カント『純粋理性批判』なのでしょうか。それは,端的にいうと,われわれが学問の構築を目指しているからであり,学問の構築に取りかかった先達から学ぶためです。ここに関しては,次のような指摘があります。

「……学問は,具体的な事物・事象として現象している,つまり自然,社会として現象している世界のありかたを,その一般性レベルの論理として把握した一般論を,まずはしっかりと保ちながら現象論を構築し(アリストテレスの学問です),それを構造論として深めていく流れのなかで本質論的構造論(カントの学問です),ないしは現象論的構造論から本質論へ(ヘーゲルの学問です)と体系化していくものなのです。

 最終的結果としては,学問は本質論―構造論―現象論として体系化されることになります。」(南郷継正『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集』第2巻,p.73)


 すなわち,学問の構築過程では,アリストテレス,カント,ヘーゲルの学問が必然的な流れとして表れてくるということです。したがって,学問とは何かをしっかり分かり,学問構築へと向かっていくためには,カントの学問は避けて通れないものなのです。

 また,次のような指摘もあります。

「……アリストテレスから,カント,ヘーゲルの学問を志して学んだその学習の課程(=過程)を二十代でたどってみることが大事です。ここでたど(辿)る! とはその課程(=過程)を卒業することではありません。簡単にデッサンすることです。

 それにはヘーゲルの『哲学史』からカントの『純粋理性批判』に下り,そこから再びヘーゲルの『エンチュクロペディ』に至る過程をもつことです。つまりヘーゲルからカントへ,カントからヘーゲルへと,否定の否定としてその道程を論理レベルの事実性として,簡単ながらもきちんとたどってみることが大事です。」(同上,p.144)


 ここでは,一流の哲学者が学問を志して学んだ学習過程を辿ってみることが大事であり,そのためには,ヘーゲル『哲学史』からカント『純粋理性批判』へ,そしてそこからヘーゲル『エンチュクロペディ』に至る否定の否定の過程をもつことだと説かれています。われわれは既に20代ではありませんが,この過程を辿ることは学問構築にとっては必須であると理解して,ヘーゲル『哲学史』を一通り学習し終えたことを踏まえて,その次にカント『純粋理性批判』に取り組むことにしたわけです。

 次に,機関誌の発刊に向けた取り組みについてです。機関誌の発刊を目指すことについては,連載第1回でも触れました。その目的は,われわれの研鑽の成果を世に問うと直接に,われわれの論理能力のさらなる発展を目指すためでした。現時点では,2018年4月の創刊を目指しており,タイトルは『哲学への道』が有力です。京都を拠点に活動している我々としては,京都を髣髴とさせるタイトルにしたいと考えています。京都には,西田幾多郎や田辺元が歩いたという「哲学の道」という道が実在しており,このイメージに重なるようなものということで,現時点では『哲学への道』が最有力になっているのです(他にも無難に,『弁証法認識論研究』という案も出ています)。

 では,この機関誌の中身はどのようなものでしょうか。これも現時点での案ですが,会員各自が自己の専門に関わる論文を連載していくだけではなく,集団的に討論して共著で書き上げる論文も掲載したいと考えています。具体的には,「新・社会とはどういうものか」という論文の連載です。これは,三浦つとむ『社会とはどういうものか』の21世紀版として構想しているものです。三浦つとむの社会論をベースにして,初期滝村国家論や南郷学派の最新の成果も踏まえる形で,中学生や高校生にも理解できるようにまとめていく予定です。

 このようなものを構想しているのは,経済学にしろ教育学にしろ,あるいは心理学や言語学にしても,社会科学一般を構築しえた上でないと,まともな学として構築することは不可能であると考えているからです。われわれの研究会に共通する基盤としての社会科学を,集団的な討論をとおして創りあげていく必要があるのであり,その一環として,機関誌の創刊号から「新・社会とはどういうものか」を連載していこうとしているわけです。

 また,唯物論哲学を構築するためにも,社会科学(社会哲学)の全体像を描くことは必要不可欠となってきます。近年,南郷継正先生は,ヘーゲルには社会哲学がなかったと指摘されています。たとえば,昨年末に刊行された『学城 第14号』の190ページでは,ヘーゲルは『エンチュクロペディー』で精神科学,自然科学の全体像を書けたものの,社会科学(社会哲学)がなかったために,哲学すなわち学問一般をよじ登ることが可能とはならなかった,と説かれています。われわれにとっては,ヘーゲルに欠けていたこの部分,すなわち社会科学(社会哲学)の構築こそ,最大の課題なのであり,そのための第一歩として,「新・社会とはどういうものか」を執筆しようとしているのです。

 では,「新・社会とはどういうものか」執筆に向けて,どのような研鑽が必要でしょうか。とりあえずは,三浦つとむや滝村隆一の関連する著作を,集団的に学び直していくことが必要だと考えています。以下,本年中に再読する予定の文献を列挙します。

・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』
・三浦つとむ『社会とはどういうものか』
・三浦つとむ『マルクス主義の基礎』
・三浦つとむ『マルクス主義と情報化社会』
・三浦つとむ『マルクス主義の復原』
・滝村隆一『マルクス主義国家論』
・滝村隆一『革命とコンミューン』

 これらを2カ月に一冊ほどのペースで読了していき,社会科学の遺産をしっかりと受け継ぐとともに,「新・社会とはどういうものか」の構想について討論を重ね,大雑把な目次からやや詳し目のアウトラインを作成していきたいと考えています。

 わが研究会の機関誌発刊に向けての取り組みとしては,もう一つ,ドイツ語の古典の翻訳を少しずつ載せていくということも考えています。これは,頭脳を論理的にするためには必須とされているドイツ語の勉強を兼ねたものです。社会科学の構築というわれわれの目的からして,とりあえずはエンゲルス『空想から科学へ』の翻訳と解説を掲載していこうという話になっています。ゆくゆくは,現在では翻訳の入手が困難であるにもかかわらず重要であると考えられる先達の著作を翻訳していくことも考えています。

 個別の会員が執筆するものとしては,「経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス」(仮)の執筆はほぼ決定しています。また,これはわれわれ自身が一番楽しみにしているのですが,われわれの師が「弁証法入門」や「認識論入門」などといった初学者向けの弁証法・認識論の解説を書いてくださるということです。

 このように,機関誌の発刊に向けては,集団的に取り組んでいくとともに,各自も自己の専門分野についての研鑽を重ね,しっかりと公開できるレベルの論文を執筆していき,ブログ掲載用の論考以上にそれについて会員間の討論・議論を経て,よりよいものにしてしたうえで発表したいと考えています。

 最後に,以上の二つ以外の勉強会についても簡単に触れておきます。昨年に引き続き,吉本隆明『日本近代文学の名作』を読み進め,そこで説かれている文学作品を読んで感想を交流するとともに,吉本の解説とわれわれの感想を比較検討していきます。これは,人間とは何かを分かるために,時代の心,社会の心,人の心を小説を通して学ぼうとする取り組みです。次回は吉川英治『宮本武蔵』であり,これは全7巻にもなる大作ですので,しばらく読む時間をとり,3月ごろに勉強会を再開することが決まっています。その後は,基本的に毎月勉強会を行うこととし,長い文学作品が扱われている場合には,柔軟に期間を延ばしたりすることは行っていきたいと思います。

 もう一つ,2カ月に一回ほどのペースで南郷継正『看護学科・心理学科学生への“夢”講義』を1巻から順に読んでいき,1年間で全6巻を復習することにします。これは,昨年行っていた『看護のための「いのちの歴史」の物語』の読書会の次のテキストとして『“夢”講義』を選んだものです。また,一会員が今年は『“夢”講義』の感想文を,2カ月に一回,ブログ掲載用の論考として認めていくことにしたため,どうせなら,研究会全体の課題として設定して,みんなが読んで討論した内容をブログ論考に反映させたほうがいい,という判断が働いたということもあります。いずれにせよ,本年は『“夢”講義』をしっかり読み込み,それをきちんと理解していくことを研究会全体の課題として設定したいと思います。

 以上,今回は,研究会全体として取り組む本年の課題を説きました。

 
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2017年01月02日

年頭言:機関誌の発刊を目指して(2/5)

(2)昨年の研究会活動の総括

 本稿は,2017年の年頭にあたって,昨年の研究会活動をしっかりと振り返り,本年の目標を明確にしていくための論考です。前回は,わが研究会では機関誌の発刊を目指すことにしたと宣言し,その機関誌発刊に至る必然性を理解していただくために,研究会の歴史を辿り返し,現在の活動内容を概観しました。

 今回は,昨年の研究会活動を具体的に振り返り,総括したいと思います。

 まず,昨年の課題は何であったかを確認しておきます。昨年の年頭言において,研究会として取り組むべき課題を明確にしておきました。研究会全体の課題としては,まず,毎月の例会で,ヘーゲル『哲学史』のギリシア哲学の第二期以降を最後まで読み進めることを挙げていました。それは,ヘーゲルが哲学の歴史をどのような流れとして描いているのか,そして,唯物論の立場に立つ我々としてはヘーゲルが説く哲学史をどのように捉え返すべきなのかを把握するためでしたし,それをとおして個々の専門分野における学問を構築するための土台を形成するためでした。

 もう一つ,吉本隆明『日本近代文学の名作』(新潮文庫)を読み進めていくことも,研究会全体の課題としておきました。そこで吉本さん自身が取り上げている名作を1つずつ読んで感想を交流するとともに,吉本さんの評論と比較検討していくという課題です。これは,夏目漱石の小説を順番に読んでいった読書会の続きであり,人間とは何かを分かるために,時代の心,社会の心,人の心を小説を通して学ぼうとするものでした。

 また,各会員の専門分野に関する課題としては,言語学や心理学(認識論),教育学や経済学に関わる著名な人物(ソシュールや三浦つとむ,ミルトン・エリクソン,コメニウス,ロック,ルソー,アダム・スミスなど)を取り上げつつ,その専門分野における歴史を把握していくというものが挙げられていました。

 では,これらの課題に対して,昨年1年でどのような取り組みをなして,どのような成果を上げることができたといえるでしょうか。各会員の専門分野に関する取り組みや成果については,本ブログ掲載の論考で発表しているので,主に研究会全体にかかわる課題について振り返り,総括しておきたいと思います。

 まず,ヘーゲル『哲学史』についてです。これについては,ギリシア哲学の第二期たるストア派やエピクロス派から始まり,スケプシス主義を経て新プラトン主義においてギリシア哲学が完成に至ること,そして中世のスコラ哲学を経て近代のデカルトからライプニッツに至り,カントに始まるドイツ観念論がフィヒテ,シェリングと経て発展していくことを1年間で見てきました。ヘーゲルの『哲学史』を前半と後半に分けると,前半はギリシア哲学を非常に丁寧に見ていく感じであったのに,後半は約2000年を一気に駆け抜ける感じで,決してバランスが整っているわけではないのですが,昨年はその2000年にもわたる哲学の歴史をとりあえず最後まで読み通すことができた点が,まずは評価できると考えています。

 もう少し中身に入って,一昨年の内容も踏まえて振り返っておきたいと思います。まず,南郷学派が措定した「生命の歴史」と重ね合せてみるならば,生命の歴史も哲学の歴史も大きく分けると2部構成になっており,第1部から第2部への移行は比較的安定した場所から激変・激動する場所への変更を伴っていたということができるでしょう。生命の歴史でいうと水中から陸へであり,哲学の歴史でいうとギリシア・ローマ世界からヨーロッパ世界へという場所の変更でした。このような場所の変更がものごとの発展にとっては必然性であることは,唯物論の立場からでしかきちんと筋を通して解けないことを確認できたことも,この間の学びの大きな成果であり,われわれが哲学史を書かなければならない大きな理由といえるでしょう。

 また,哲学の歴史を吉本隆明の言葉であるとされる「実体の世界」と「学問の世界」という観点から大きく整理できたことも,この間の成果の一つといえます。この吉本の言葉のおかげで,哲学史の理解が深まりました。どういうことかというと,もともと人類の頭の中で,この二つの世界が分離していたわけではなく,当初は未分化な状態でした。これが分かれ始めたのがパルメニデスの段階であり,学問の芽生えといえる段階でした。これが完全に分離したのがアナクサゴラスのからプラトンにかけての段階でした。ただし,この段階ではまだ実体の世界と学問の世界が並べられただけであり,両者のつながりがはっきりとはしていませんでした。両方の世界を一致させようと努力して,現象レベルでそれなりの一致を見い出したのがアリストテレスといえるのであり,続くヘレニズムの時代には,社会が不安定になっていく中で自己意識が芽生えてきて,ストア派とエピクロス派が心の安寧を求めて真理とは何かを追求し,実体の世界と学問の世界が個人の意識の中で表象レベルで一致することで満足していたのでした。それに対してスケプシス派は,具体的な個人の自己意識から独立した客観的な世界そのものを否定してしまったのでした。つまり,実体の世界の否定です。そしてギリシア哲学の完成形態といえる新プラトン主義においては,自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界(学問の世界)を,具体的に規定された世界,すなわち叡智的世界として構成し直そうとし,そのために,世界の全ては一者(=神)からの流出なのであり,あらゆる存在は精神的なものであるとしたのでした。

 近代になると,個人的・具体的な意識とは独立しているとされていた叡智界(学問の世界)と,具体的な個人の眼前に広がっている自然(実体の世界)の両方を,自分自身の意識の中に取り戻すことが課題として浮上してきました。個人の視点から世界を眺めて客観と主観というように分けていたのを,もっと俯瞰した視点から,物質と精神というようにして眺められるようになってきたのです。デカルトにおいては,人間は精神的存在であると自覚されるようになり,精神と物質の統一(宥和)という課題が明確になりました。すなわち,学問の世界と実体の世界をぴったり一致させることが哲学の課題であることが自覚されるようになったのです。ここからスピノザやライプニッツがこの一致のために努力していきましたがうまくいきませんでした。ドイツ観念論のカントに至っては,人間の精神(認識)について研究し,いってみれば実体の世界は保留して(物自体は認識できないとして),学問の世界をきちんと描こうとしたのでした。フィヒテはこれを引き継ぎ,自我からすべてを説こうとしましたし,シェリングは,自然を研鑽したうえで,自我(学問の世界)と自然(実体の世界)に共通するものがあるはずだとして絶対的な「神」を措定しました。この絶対的な「神」が実は自己運動する絶対精神なのだとして,人間精神の展開として全世界を説ききったのがヘーゲルであり,ここにおいて一応,自己=世界という図式が完成し,学問の世界と実体の世界がぴったりと一致したといえるレベルにまで到達したのでした。

 このようなヘーゲル『哲学史』の学びに関しては,年末に連載した「2016年12月例会報告」に詳しく説きましたので,これ以上の内容については参照していただけると助かります。

 さて次に,吉本隆明『日本近代文学の名作』についてです。本書を読み進めながら,そこで紹介されている作品を読んで感想を交流し,吉本の解説と比較検討していきました。昨年扱ったのは,以下の作品です。

夏目漱石『こころ』
高村光太郎『道程』
森鴎外『高瀬舟』
森鴎外『雁』
芥川龍之介『玄鶴山房』
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
江戸川乱歩『陰獣』
横光利一『機械』
川端康成『雪国』
保田與重郎『日本の橋』

 このような機会がなければ読まなかったであろう作品もあり,吉本の推薦するものを順番に読んでいく取り組みというのは,それだけでも意味があったといえます。以下では,時代の心,社会の心,人の心を学ぶという問題意識からして,印象に残っているところを取り上げたいと思います。

 高村光太郎の作品は詩であったため,なかなか読み慣れていないこともあって難しい印象がありました。それでも,「父=自然=東洋」と「自分=人間=西洋」という対比の構造ということが光太郎の問題意識にあるようである,ということが討論の中で分かってきました。吉本が,光雲(江戸期からの伝統を引く仏像彫刻職人)の作品について「西欧近代の彫刻が芸術として追求したモチーフの垂直性,いいかえれば素材の本質から出ながら素材を超えた抽象の宇宙に到達する方向」をもたず「作品は円く閉じるが,無際限な拡がりを持たない」(p.26)と述べているところについては,西洋性と東洋性の違い,西洋と東洋の社会的認識(の表現形式)の違いであるということまでは分かりましたが,具体的な作品でそれがどのように表れているかについては,われわれはまだそれを感じ取る実力に欠けていることを痛感しました。今後は,優れた芸術作品も,社会的認識の表現という観点から鑑賞していく必要があるという課題が明確になりました。

 森鴎外については,吉本が解説している『高瀬舟』だけでなく,吉本が最高傑作と評価している『雁』も読むことにしました。作品自体はそれなりによくできており,面白いといえるものではありましたが,漱石と比較した場合,鴎外のスマートさが際立っていました。すなわち,血を吐くような思いで,命懸けで文学に取り組んだ漱石に対して,鷗外には受験秀才的な器用さを感じさせられてしまうのでした。作家の姿勢や生き方といったようなものまでも,作品に(そこはかとなく)表現され,読者はそれを感じ取ってしまうということも,面白い気づきでした。

 作家の認識が無意識的に表現されているという意味では,宮沢賢治『銀河鉄道の夜』も興味深かったです。吉本はこの作品について「文学と宗教が混然一体」となっていると評価していましたが,これは,宮沢賢治が宗教的な思想を完全に血肉化しており,何事かを語ればそれが直接に思想の表現となってしまう,ということだろうという議論になりました。

 江戸川乱歩『陰獣』は二重,三重のどんでん返しのある緻密な構成で,単純に読んでいて楽しかったです。会員間の議論の中では,ある会員から,諸々の事実にきちんと筋を通して考えていくことができるかということ,あるいはひとつの新たな事実が出てきたことによって従来の解釈が根本的にひっくり返ってしまう可能性があるのだということ,など,自らの学問の構築過程と重ね合わせて読んだ感想が出されて,非常に有意義でした。

 保田與重郎『日本の橋』については,これが文学作品といえるのかどうか,若干疑問がありましたが,興味深い論考でした。「はし」というものを何かと何かを媒介するものとして捉えて,言語の問題にまで視野を広げて,日本的な美のあり方一般として論じており,日本文化の唯物論的把握という課題からしても,少なからず参考になるものでした。『万葉集』等からいくつも引用されていましたが,このくらいの評論家レベルを軽く凌駕しないようでは,学問の構築など不可能なのだと,ひどく反省させられた作品でもありました。

 全体的に見て,作家が属している時代や社会の心が,無意識的に文学作品に反映しており,また作家が捉えた人の心が,登場人物の心理描写として描かれているので,このような文学を読んでいくことは時代の心,社会の心,人の心を学ぶことになるのであり,ひいては人間とは何かを分かるための学びになっていくのだと感じているところです。

 最後に,ゼミでの討論で昨年痛感したことにも,2つほど触れておきたいと思います。まずは,基本概念の大切さです。たとえば,年末のゼミでも,「媒介する」と「媒介とする」の違いや,「対象」とは何かに関わって,激しい討論がなされました。このような超基本的な概念も,しっかりと基本書での使われ方を踏まえて,自分のものにしていく必要があると感じました。また,読み手にイメージが伝わるように,丁寧に説くということの重要性も,改めて確認できました。そのように説いてこそ,自分の中で論理の筋がしっかりととおるようになるのであり,自らの論理能力の養成につながっていくのだということです。

 以上,今回は,研究会全体として取り組んだ課題について総括しました。
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2017年01月01日

年頭言:機関誌の発刊を目指して(1/5)

〈目次〉
(1)わが研究会の歴史と現状を概観する
(2)昨年の研究会活動の総括
(3)本年の課題@――カントの学びと機関誌発刊の準備
(4)本年の課題A――個別の専門分野での学び
(5)我々の機関誌が新時代の新たな理念を創出する

――――――――――――――――――――

(1)わが研究会の歴史と現状を概観する

 読者のみなさん,新年,明けましておめでとうございます。いつも本ブログをお読みくださり,ありがとうございます。

 毎年,京都弁証法認識論研究会では,年の初めに昨年の研究会活動を振り返り,本年の目標を設定する論考を掲載しています。本年も基本的には同様の形式で,本稿を書いていきたいと思います。

 しかし,本年,2017年はわれわれにとって大きな飛躍の年になります(と断言しておきます)。詳細は本稿で説いていきますが,端的には,わが研究会の機関誌の発刊を目指すことにしたのです。なぜ機関誌の発刊なのでしょうか。それは,われわれの20年にもならんとする研鑽の成果を世に問うと直接に,われわれの論理能力のさらなる発展を目指すためです。

 実はわが研究会の主要メンバーは30代後半の者が多く,40歳が目前に迫っている会員もいます。この時期に,すなわち,40代の会員が誕生するこの時期に,われわれの研鑽・研究の成果をきちんとした形で世の中に発表していくことをしなければ,いつまでたっても内輪の議論に終わってしまい,結局,人間としての使命を果たすことができなくなってしまう可能性が高まります。

 逆に,この時期に機関誌を発刊して,研鑽の成果を世に問うことを行えば,まず,それを目指して,これまで以上に目的意識的に,努力を重ねていくことになるでしょう。これまで説き続けているブログ記事の内容を,質的に大きく上回るものを発表する必要性に迫られますし,そのための個人的・集団的な研鑽も,これまで以上のものが求められるでしょう。また,定期的に機関誌を発行していく予定ですので,第1号よりは第2号,第2号よりは第3号の方がさらに発展している必要があります。そのために,必死の覚悟で努力し,論理能力を高めていくことになるでしょう。

 このように,われわれの成果を世に問うとともに,自らの論理能力を著しく向上させるために,わが研究会では機関誌の発刊を目指すこととしたのでした。

 このような機関誌の発刊ということは,わが研究会の歴史を振り返れば,必然的なものであるということがいえます。そこで,機関誌発刊というさらなる発展を成し遂げるためにも,ここで,これまでの研究会の発展の流れを,簡単に辿り返しておきたいと思います。

 われわれの研究会のそもそもの発端は,1998年に筆者が三浦つとむ・南郷継正の著作を知ったことでした。当時大学生だった筆者は,普及し始めたばかりのインターネットを使って弁証法についての情報を集めている中で,とある掲示板で三浦つとむ・南郷継正の著作を紹介されたのでした。さっそく取り寄せて読んでみたところ,まるで自分のために書かれているかのような内容に衝撃を受け,また,非常に壮大なスケールで学問の発展の最先端の内容が説かれているように感じたものでした。そこで,当時同じサークルに所属していた先輩を誘って,三浦つとむ研究会なるものを立ち上げたのでした。これが,現在の京都弁証法認識論研究会の前身になります。この研究会の立ち上げも,スムーズにいったわけではないのですが,結局,筆者とこの先輩は三浦つとむ・南郷継正の熱心な読者となっていったのでした(このあたりの詳細は,ブログ掲載論考「三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出」「続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出」で紹介しています)。

 この当時の学習内容は,まずは三浦つとむ・南郷継正の著作を読み進めて行くことが中心でした。もちろん,その中で紹介されている本を読み,勉強方法を実践していくことも行いました。たとえば,南郷継正『弁証法・認識論への道』(三一書房)で推薦されていた滝村隆一の初期の著作や林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)を読んだり,中学校の理科や社会の教科書で弁証法を学んだりしていきました。実はこの過程で,筆者は玄和会への入門を試みたこともあります。これはすぐに挫折してしまいましたが。

 筆者が大学在学中,われわれの研究会にとって大きな転機となる出来事がありました。それは,インターネット上で知り合ったわれわれの現在の指導者が主催されているゼミに参加するようになったことです。記録では2001年の冬に,筆者が単独でゼミ合宿に参加したとなっています。なぜ,このゼミ合宿に参加しようと思ったのかというと,当時,三浦つとむや南郷継正の情報を交換していたメーリングリストがあったのですが,そこに現われたわれわれの現在の指導者に,筆者が非常に惹かれたからです。他にも,弁証法・認識論を長年勉強されていた方はおられたのですが,われわれの現在の指導者は,明らかに論理能力がずば抜けており,筆者個人としては,南郷継正その人が別名で参加しているのではないかと本気で疑ったくらいでした。もちろん,実際は別人だったのですが。

 このような経緯で,われわれの指導者が主催されているゼミに筆者が参加するようになり,しばらくして,一人,また一人と筆者の仲間も参加するようになっていきました。参加したのは主として年に2〜3回開催されている合宿形式のゼミで,そこでは,基本的な概念についての徹底的な討論がなされていきました。また,『弁証法はどういう科学か』を最初は丸ごと筆写し,そのあと,項目ごと,節ごと,章ごとに400字で要約していき,最終的に,本一冊を400字で要約する,などといった勉強方法も教えていただき,実践していきました。

 大学卒業後は,多くのメンバーは働きながら,月に一回ほど集まって,滝村隆一の『国家論大綱』や『新版 革命とコンミューン』,『増補 マルクス主義国家論』,それにディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』や 本田克也他『「いのちの歴史」の物語』などを読む読書会を継続しました。この読書会では,新メンバーが加わるたびに,三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』に戻って,再学習を進めて行く,という形をとりました。

 この読書会と並行して,われわれの指導者が主催されているゼミ合宿にも年に2〜3回のペースで参加を続けました。もちろん,参加した後には,ゼミで学んだ内容をレポートにまとめて,指導者はじめ会員に送るということも行ってきました。ゼミ合宿では,基本概念についての討論や,指導者による講義に加えて,徐々に,会員が自らの専門分野についての論考を発表するということも行うようになっていきました。2006年ごろからは,指導者に関西(京都)に来ていただき,関西例会という形でゼミを行うようにもなりました。

 2008年ごろからは,指導者にスカイプ経由で個別指導(コーチング)を受ける会員も出てくるようになりました。これは現在でも続いています。もちろん,受けた指導内容はレポートにまとめ,会員間で共有するようにしています。

 そんな中,2010年はまた一つの結節点となりました。というのは,会の名称を正式に「京都弁証法認識論研究会」と定め,ブログを開設して,そこに例会報告や論文を載せるようになったからです。初めは不定期に掲載していましたが,間もなく,毎日更新するようになりました。これに伴って,事前にブログ掲載用論考を会員間で共有し,その内容について相互にチェックして討論を行うということも増えてきました。

 読書会(例会)の形式も発展していきました。京都からやや遠い場所に住んでいる者が入会したことをきっかけに,毎月行っていた読書会をスカイプで行うようになりました。数年前からは,各会員が予め論点を出して,チューターがそれを3つの論点に整理して,その整理された論点に対して,事前に各々が見解を書いて提出し,それをチューターがまとめたうえで,当日の例会に臨む,という形式に整えられてきました。

 毎月,定例で行う例会の他に,何人かの会員が独自の勉強会を立ち上げて,定期的に行うこともありました。たとえば,カントの著作を読み進めたり,三浦つとむ『認識と言語の理論』を要約しながら読み進めたりするプロジェクトもありました。最近では,『看護のための「いのちの歴史」の物語』を月に一回のペースで読み進めて行くことも行っていました。2年ほど前からは,全員が参加しての文学作品の読書会も毎月行っています。

 2013年からは,一番新しい会員が毎月の振り返りを文章化して,会員に送るようになりました。これに刺激されて,他の会員も同様に,毎月の学びを文章化して,共有するようになっていきました。そして,その中身が,質的にも量的にも発展していって,論文レベルの振り返りを書くようにもなっていきました。また,一部の会員は,毎月どころか,毎週の振り返りを行うようになっています。

 2015年からは一人の会員が,現代社会を丸ごと論理的・主体的に把握するための取り組みとして,東京新聞の社説にコメントし,それを会員間で共有するようになりました。他の会員のほとんどは,このコメントに対しても返信して,認識の交流を行っています。

 われわれの研究会はこのような発展をなして現在に至っています。改めて,現在の研究会活動を列挙してみると,以下のようになります。

・年3回のゼミ合宿(発表資料作りとゼミ内容のレポート作成)
・毎月の例会(論点への見解作成とチューターのコメント作成)
・毎月の振り返り作成
・毎月の文学読書会
・毎月の一部メンバーによる勉強会
・毎月のコーチング(発表資料作りとレポート作成)
・毎日のブログ論文
・毎日の社説へのコメントとそれへの返信

 大きな流れとして捉えるならば,会員間の認識の相互浸透が活発になされるようになってきたとともに,「書くことは考えることである」の実践がより深まってきた過程である,といえると思います。明らかに学生時代よりも,そして2010年ごろよりも,会員同士の認識の交流が劇的に増えています。直接顔を突き合わせての討論に加えて,メールでのやり取りやスカイプを用いたやり取りが増えています。同時に,しっかりと自分の認識を文章化して,筋道立てて考えていくことも圧倒的に増えてきているのです。

 このように研究会の発展を振り返り,辿り返してみれば,われわれが機関誌の発刊を目指すということは,必然性がある発展だといえるでしょう。というのは,よりしっかりした文章を,より分かりやすく書いていくということにつながることだからですし,また,そのためにはこれまで以上に認識の相互浸透を図っていく必要があるからです。要するに,会員が書く文章の量と質の発展,それに伴う認識の相互浸透の発展が研究会の発展の歴史だったわけであり,その当然の帰結としての機関誌の発刊なのだ,ということなのです。

 以上,今回は,機関誌の発刊につながった研究会の歴史と現状を概観しました。

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2016年12月31日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までは3回にわたって、論点に関してどのような討論がなされ、どのような(一応の)結論が導き出されたのかについて報告してきました。

 さて、本例会報告の最終回である今回は、参加者のメンバーそれぞれの感想を掲載したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会では、2年間かけて扱ってきたヘーゲル『哲学史』のまとめを行った。ヘーゲルが哲学史をどのようなものとして描いていたのか、それは「生命の歴史」とどのような共通点があるのか、我々が唯物論の立場から哲学史を説くにはどのような視点が必要か、などについて議論することになっていた。

 今回は、論点への見解が全く書けずに、他のメンバーの見解をもとにして、担当になっていた報告レジュメを執筆することになってしまった点は、非常に心残りではあるが、何とか他のメンバーについていくことを最重要課題として取り組んだ。

 こうした中でまとめてみると、やはり「生命の歴史」が生命と地球環境との壮絶ともいえる相互浸透の過程であることに比較すれば、ヘーゲルの「絶対精神」は、もともとゴールが定められていて、そこに向っていわば自動的に発展していくという説き方になっている感は否めないと思った。全てを絶対精神として説くという点では、非常に筋が通っているといえるのであるが、なぜ絶対精神はそのように発展していったのかという必然性に関しては、完全に説き切れてはいない、これがヘーゲルの『哲学史』の評価ではないかと思ったのである。

 これはやはり、世界観レベルの問題が大きくからんでのことであろう。つまり、全てが絶対世親だと説くヘーゲルにとっては、唯物論の立場から説く認識と自然的・社会的外界との相互浸透過程が十分な形では説き切れないのであって、ここが曖昧なまま絶対精神がなぜかしら発展していくと説かざるを得ないのではないかと思った。

 我々の課題としては、生命の歴史の延長としての人類の歴史の中の、認識の最高形態がどのような過程を経て発展していったのかを、当初は自然的外界を、後には社会的外界を中心とした相互浸透関係を丁寧に解き明かしながら説いていく必要があるだろう。そのためには、まだまだ十分に解明できたというわけではないヘーゲル『哲学史』の論理構造を深めていく努力をしつつ、世界歴史の流れを論理的に措定し、生き生きとした事実レベルで説けるような研鑽を積んでいく必要があるだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・

 ヘーゲル『哲学史』の全体について、結語におけるヘーゲル自身の要約を念頭に置く形で議論したが、ヘーゲルの文言そのものをもっと丁寧に押さえていくべきでなかったか、という反省はある。吉本隆明の「実体の世界」「学問の世界」という構図を念頭において、我々なりには何となく筋を通して把握できたという感じはあるのだが、ヘーゲルのアタマのなかにあったイメージとはズレてしまっているのではないか、自己流の解釈に陥っているのではないか、という恐れもないではない。とはいえ、ヘーゲルが哲学史のゴールとして描いていたであろうイメージについては、この2年間の議論を通じて、かなり鮮明にすることができたという手ごたえはある。

 来年の4月には、この2年間のヘーゲル『哲学史』の学びの成果を統括するものとすて、「ヘーゲル『哲学史』を読む」と題した論稿を掲載する予定である。私個人としては、今回の例会の議論を念頭に置きつつも、それに過度に縛られないようにして、ヘーゲル『哲学史』の全体を、来年1〜3月で読み直していく計画を立てたい。

 また、唯物論の立場から筋の通った(ヘーゲルを超える)哲学史を書き上げる、という我々自身の課題も忘れてはならない。そのためにも、南郷学派の先生方が出されている哲学・論理学についての成果にこれまで以上に真摯に学びながら、世界歴史の学びもしっかりとやっていきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会では、ヘーゲル『哲学史』の総まとめができた。中でも、南郷学派が措定した「生命の歴史」と重ね合せてみる試みがよかった。生命の歴史も哲学の歴史も大きく分けると2部構成になっており、第1部から第2部への移行は比較的安定した場所から激変・激動する場所への変更を伴っていたということが見えてきたのが一番の収穫であった。
生命の歴史でいうと水中から陸へであり、哲学の歴史でいうとギリシア・ローマ世界からヨーロッパ世界へという場所の変更であるが、このような場所の変更がものごとの発展にとっては必然性であることは、唯物論の立場からでしかきちんと筋を通して解けないことを確認できた。

 また、哲学の歴史を吉本隆明の言葉であるとされる「実体の世界」と「学問の世界」という観点から大きく整理できたことも、今回の例会の成果の一つである。この吉本の言葉のおかげで、哲学史の理解が深まった。どういうことかというと、もともと人類の頭の中で、この二つの世界が分離していたわけではなく、当初は未分化な状態であった。これが分かれ始めたのがパルメニデスの段階であり、学問の芽生えといえる段階であった。これが完全に分離したのがアナクサゴラスのからプラトンにかけての段階であるが、この段階ではまだ実体の世界と学問の世界が並べられただけであり、両者のつながりがはっきりとはしていなかった。両方の世界を一致させようと努力して、現象レベルでそれなりの一致を見い出したのがアリストテレスといえるのであり、続くヘレニズムの時代には、社会が不安定になっていく中で自己意識が芽生えてきて、ストア派とエピクロス派が心の安寧を求めて真理とは何かを追求し、実体の世界と学問の世界が個人の意識の中で表象レベルで一致することで満足していたのである。それに対してスケプシス派は、具体的な個人の自己意識から独立した客観的な世界そのものを否定してしまった。つまり、実体の世界の否定である。そしてギリシア哲学の完成形態といえる新プラトン主義においては、自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界(学問の世界)を、具体的に規定された世界、すなわち叡智的世界として構成し直そうとし、そのために、世界の全ては一者(=神)からの流出なのであり、あらゆる存在は精神的なものであるとしたのであった。

 近代になると、個人的・具体的な意識とは独立しているとされていた叡智界(学問の世界)と、具体的な個人の眼前に広がっている自然(実体の世界)の両方を、自分自身の意識の中に取り戻すことが課題として浮上してきた。個人の視点から世界を眺めて客観と主観というように分けていたのを、もっと俯瞰した視点から、物質と精神というようにして眺められるようになってきたのである。デカルトにおいては、人間は精神的存在であると自覚されるようになり、精神と物質の統一(宥和)という課題が明確になった。すなわち、学問の世界と実体の世界をぴったり一致させることが哲学の課題であることが自覚されるようになったのである。ここからスピノザやライプニッツがこの一致のために努力していったがうまくいかなかった。ドイツ観念論のカントに至っては、人間の精神(認識)について研究し、いってみれば実体の世界は保留して(物自体は認識できないとして)、学問の世界をきちんと描こうとした。フィヒテはこれを引き継ぎ、自我からすべてを説こうとしたし、シェリングは、自然を研鑽したうえで、自我(学問の世界)と自然(実体の世界)に共通するものがあるはずだとして絶対的な「神」を措定した。この絶対的な「神」が実は自己運動する絶対精神なのだとして、人間精神の展開として全世界を説ききったのがヘーゲルであり、ここにおいて一応、自己=世界という図式が完成し、学問の世界と実体の世界がぴったりと一致したといえるレベルにまで到達したのであった。

 大雑把にいえば以上のような内容が確認できた例会であった。まだまだ、ヘーゲルのいわんとしていることと一致しているのかどうか、あやしい点もあるが、今後もくり返し学んでいくことによって、深めていきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会はかなり重たい論点が挙がっていたが、この2年間の学びをしっかりと振り返る形で議論ができたのがよかったと思う。チューターも務めたが、それなりにしっかりとそれぞれの見解を整理し、進行していくことができたのではないかと思っている。

 今回の例会の中でヘーゲルの哲学史を自分の視点から神的な視点(第三者の視点)へという過程として捉える見解が出ていて検討したが、これは学級をどう見るかという点でも当てはまりそうだと思った。例えば、学級で何か問題が起こったとする。そのときに、いつも特定の子どもが問題を起こすことに気づいたとき、教師は「この子が根本的な原因だな」というような理解をする。これは教師が教師としての視点から学級を眺めている状態である。しかし、第三者として眺めてみると、実は教師の働きかけに対する反発としてその子が悪いことをしているということがある。たとえば、全然認めてくれなくて叱ってばかりとかそういうものに対して、ふてくされていて、いろんな問題を起こすということである。そうやって見てみると、学級の状況(客観・客体)は結局教師(主観・主体)が創りだしたものだということになり、それが教師にはね返ってきているだけなのだということになる(ここでは悪い場合を挙げたが、よい場合でも同じことが言えるだろう)。このように学級も絶対精神の自己運動として捉えることができるのではないか、などと思った。

 あと、観念論の立場からの哲学史と、唯物論の立場からの哲学史の違いという点について、論点を作成する中で、また見解を整理する中で理解を深めることができたのがよかった。端的には、哲学の発展の必然性を外界との相互浸透という観点から見るかどうかが最も大きな違いだということである。確かにこのような視点がなければ、ヘーゲルの哲学史についても、どうしてヘーゲル自身が説いているような8つの段階を辿って発展していくのかが説けないなということを議論の中で感じた。

 まだまだ十分に消化できたとは言えないが、とりあえずヘーゲルの大著をしっかりと読み通せたことは自信になった。来年からはカント『純粋理性批判』を扱うが、この2年間で培った実力をひっさげて取り組んでいきたい。

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2016年12月30日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(9/10)

(9)論点3 唯物論の立場から哲学史を説く目的と方法とは何か。

 前回は、ヘーゲル『哲学史』を生命の歴史から見ていくとどうなるかという点について、どのような議論を行い、どのような(一応の)結論に至ったのかを確認しました。これについては、両者とも大きくは2部構成になっていることと、発展の終末局面において急激な発展をしていることが取り上げられました。2部構成になっていることについては、外界との相互浸透ということが関わっているのだろうが、ヘーゲル自身はその点を自覚できていないから、2部構成になっている必然性を捉えられてはいないだろうということでした。

 さて今回は、唯物論の立場から哲学史を説くにはどうすればよいかについての議論を紹介します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
 観念論の立場から説く哲学史と唯物論の立場から説く哲学史は何が同じで何が異なるのか。とりわけ哲学と社会の関係について、両者の立場の捉え方はどのように異なるのか。唯物論の立場から哲学史を説く必要性は何か。唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業は何か。


 この論点については、時間が大きく不足したために、あらかじめ各メンバーが出した見解を簡単に整理し、確認するのみに留まりました。

 まず観念論の立場から説く哲学史と、唯物論の立場から説く哲学史の共通点については、「ひとつの精神(認識)が発展してきたものだと捉える点では同じである」「精神の発展を描いているという点では・・・同じだと言える」という見解、さらに「人間がこの世界全体を自分自身のこととして体系的に筋を通して把握しきるに至る過程である」「自分自身を知ることと世界全体を知ることとは同じことであり、世界全体を自分自身のこととして分かること」という見解が出されました。精神の発展を捉えようとするのが哲学史ですが、自分自身はその精神の発展の先にいるのだという観点からすれば、これは結局自分自身を知ることとも言えます。このような形で提示された見解を整理しました。

 では、両者の差異は何かについては、まず観念論哲学と唯物論哲学の違いについて、あるメンバーが前回の例会での議論を踏まえて「観念的な自己をいわば神の立場に立たせて、世界全体を(その歴史性をも含めて)眺め渡すという過程において、これはフィクションであると自覚しているのが唯物論の哲学で、実際にその通りなのだ、自分はもともと神と同じものなのだ(自己=絶対精神)と思い込んでしまうのが観念論の哲学である」という見解を出しました。

 その上で、観念論の立場から説く哲学史と、唯物論の立場から説く哲学史の違いについては、「観念論の立場では、精神は精神として発展すると捉えるのに対して、唯物論の立場では、精神は、自然的・社会的外界との相互浸透によって発展すると捉える」「観念論の立場では、物質の(いわば見せかけの)運動の背後にある精神の運動を見てとるという形になる。一方、唯物論の立場では、精神はあくまでも物質の発展形態として捉えるのであるから、物質とのかかわりの中で精神の発展を捉える」「観念論の立場から説く哲学史は、精神はもともと神的なものとして存在していたのであり、自らの力で、本来の自己のあり方へとたち返っていくのだ、ということになるのに対して、唯物論の立場から説く哲学史では、客観的な世界の反映を原基形態として人間の頭脳において成立した精神が、人間が社会的労働を通じて客観的な世界(自然、社会)と主体的に関わっていく(問題にぶつかり解決しようと苦闘を積み重ねていく)なかで、世界の現象、構造、本質についての体系的な像を形成していくことになる」という見解が出されました。

 結局、観念論の立場では精神が自らの力によって発展すると捉えるのであり、唯物論の立場では精神が物質的な外界(自然・社会)との相互浸透によって発展していくということで、ほぼ共通した見解であることを確認しました。

 哲学と社会の関係については、「観念論ではその精神(哲学)の現れとして社会が存在すると考えるのに対して、その精神が社会を統括しているのと捉えるのが唯物論だと言える」という見解が出されましたが、唯物論の立場では確かに精神=哲学とも言えるが、観念論の立場ではすべてが精神であり、哲学はその一形態であるから、精神と哲学を同一視することはできないのではないかという疑問が提示されました。一方、別のメンバーの出した見解は「観念論の立場においては哲学も社会も世界精神の現れであるが、哲学はその最高の成果としてあるのに対して、唯物論の立場においては社会(複数の人間が協同によって自然に働きかけ、また相互に働きかけ合いながら、生活を生産していく集団)のなかで、自然および社会と人間の認識との相互浸透を通じて、次第に形成されていくものだ」というものでした。ここでは観念論の立場では哲学も社会も精神の現れとして捉えられており、こちらの方が妥当ではないかということになりました。

 唯物論の立場から哲学史を説く必要性(なぜ観念論の立場ではなく唯物論の立場から説く必要があるのか)については、「対立物との統一においてこそ、真の発展の必然性が捉えられる」「唯物論の立場でなければ、精神と自然・社会との相互浸透の関係の捉え方が甘くなってしまい、精神の発展の構造がまともに捉えられなくなってしまうから」という見解が出されており、要するに外界との相互浸透という視点をもってこそ精神の発展の構造(必然性)がしっかり捉えられるのだという点で同様だということを確認しました。

 唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業については、「サルから人間に至る過程でどのように認識が誕生したのかという点からきちんと筋を通すこと」、「アリストテレスが現象論、カントが構造論、ヘーゲルが本質論という把握がなされているが、それがどういうことかを把握すること」「人類(精神)と世界との相互浸透という観点から、世界歴史の流れを把握すること」「(自らが)専門分野における学問の構築過程を辿ること」などの意見が提示されました。

 以上で、12月例会の議論を終えました。
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2016年12月29日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(8/10)

(8)論点2 生命の歴史とはどのようなものか

 前回は、ヘーゲル『哲学史』全体に関わる論点について、どのような議論を行い、どのような(一応の)結論になったのかを紹介しました。端的には古代ギリシャにおいて、現実の世界と観念の世界が未分化な状態から明確に分離され、両者の一致ということが課題となったのでした。しかし、それが果たすことができないなかで現実の世界が否定され、新プラトン派において、自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界を、具体的に規定された世界―叡智的世界―として構成しなおそうとしたのでした。近代においては、具体的な意識とは別個のものとして広がっている叡智界(=「観念の世界」)、および、具体的な個人の眼前に広がっている自然(=「現実の世界」)の両方を、自分自身の意識のなかに取り戻そうとする試みが始められ、それがヘーゲルにおいて果たされたのだということでした。

 さて今回は、このヘーゲル『哲学史』を生命の歴史から見ていくとどうなるかという点についての議論を紹介します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
 生命の歴史は、結局、何を目指した過程と言えるか。その過程において、単細胞段階、カイメン段階、クラゲ段階、魚類段階、両生類段階、哺乳類段階(哺乳類→サル→ヒト)は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。それにヘーゲルの哲学史を対応させると、どのようなことが言えるか。


 まずこの論点の文言に関わって、「何を目指した過程と言えるか」というと生命体が意志をもって発展していったようになり、このままでは観念論になってしまうのではないかという指摘が出されました。生命体はあくまでも結果として人間まで発展していくことになったのであり、生命の歴史はその結果から過程を捉え返そうとしたものだということを押さえておかないといけないということでした。これは全員が納得しました。

 その上で生命の歴史が何を目指したものなのかについては、「『自由(自在)』を目指した過程」「地球環境に生命体がしっかりと対応できるようになっていく過程」「地球から分離した生命体が、母体たる地球(および月、太陽など)と相互浸透しながら、主体的な自由を獲得していく過程」など、ほぼ共通した見解が出されました。

 さらにその過程は魚類段階までとそれ以降で大きく2つに区分できるという捉え方も共通しており、「魚類段階は、水中での運動体としての完成であり、それ以前の段階は、魚類に至るための実力を培う段階として位置付けられるとともに、魚類段階で創出された統括器官・運動器官・代謝器官という形態がスタート地点となって、地上での運動性が徐々に獲得されていく」「統括する存在が創られる過程とそれが使われる過程という2つに区分することができる」「水中での発展(a〜d)という第1部と、陸上での発展(e〜f)という第2部に分けられる」「生命体は、水中で培った実力を引っさげて陸上に進出」などの見解が出されました。

 その上で、ヘーゲル哲学史との対応関係について確認をしました。その際の注意点として、メンバーの一人が「『生命の歴史』では、運動・変化・発展の論理が説かれているのであるが、運動・変化・発展の一般性と、『生命の歴史』に特殊な運動・変化・発展の論理(特殊性)をしっかりと区別しなければならない」という指摘を行いました。何となくイメージとして似ているからといって対応させていくのではなく、そこにはどんな運動・変化・発展の論理があるのか、それは一般的な論理なのか生命の歴史のみに当てはまる特殊な論理なのかを考えなければならないということです。これは全員が納得しました。

 具体的な対応関係については、メンバーの一人が、古代ギリシャ哲学という第1部と、近代哲学(ゲルマン哲学)という第2部に分け、「第1部では、精神は、自己意識をもつようになり、『現実の世界』を『観念の世界』に解消した上で、その『観念の世界』を、具体的に規定された内容のある叡智界として完成させる。第2部では、『観念の世界』と対立する『現実の世界』が厳然としてあることを(改めて)確認した上で、思惟(「観念の世界」)=存在(「現実の世界」)という宥和が実現される」という見解を提示しました。

 これに対して、別のメンバーが「確かに2部にわかれる点は共通しているが、それは偶然ではないのか。偶然ではないとすれば、そこにどんな必然性があるのか」という疑問を提示しました。

 この問題については、まずそもそもヘーゲルの哲学史の2部構成とはどういう段階からどういう段階へと発展したのかを検討しました。これについては、ヘーゲルの哲学史においては、現実の世界と観念の世界の2つを重ね合わせるということが大きな課題となっていたわけですが、その重ね合わせ方の違いなのではないかという見解が出されました。つまり、新プラトン派までは表象レベルであったのに対して、近代哲学においてはこれが概念レベルで行われるようになったということでした。

 疑問を出したメンバーはこの見解に対して、「なぜそのような発展がなされるのか、そこに2部構成になる必然性はあるのか」とさらなる疑問を提示しました。これについては、やはり生命の歴史と同じように環境の変化が関わっているのではないかという見解が出されました。生命の歴史では海のような(相対的に)安定した環境から、陸のような(相対的に)変化の激しい環境へと移り変わっています。ヘーゲルの哲学史においても、海(地中海)の近くの限られた世界から、ヨーロッパ内陸を中心としたヨーロッパ世界全土という環境の変化が存在するのではないかということでした。ただし、ヘーゲルは環境との相互浸透が説けていないから、ヘーゲル自身は2部構成になる必然性は見えていないのではないかということでした。この見解には全員が納得しました。

 また、メンバーの一人は生命の歴史において、哺乳類が四足哺乳類からサルへ、さらにヒトへと発展していることと、ヘーゲルの哲学史においてドイツ観念論がカントからフィヒテ、シェリングを経てヘーゲルへと発展していることが非常に似ているという見解を出しました。つまり、発展の終末局面において、急激な発展をしていくという点は共通しているのではないかということでした。これについて、別のメンバーは、確かに発展が進むにつれて複雑な構造をもつようになると、外界との相互浸透もより複雑になって加速度的に発展が進むということが言えそうだと発言しました。

 一応、以上のような結論に至って、この論点についての議論を終えました。
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<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想